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「小さき天使」のこと・・・同伴者

Posted by 世羽 on 09.2013 天使考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)たくさんの人が色んなことを伝えている。
むろん自分もそのうちの一人だ。
そして、思う。
多くの人にどんなに「特別な力」があるとしても、
また、多少、己にも何かがあったとしても
それで今すぐ、すべてを知りうるなんぞ、できないはずだ。

たぶん、この世を去って、異なる「どこか」にたどり着いたとしても
きっと、その先はまだまだ続いていくだろう。

守護の天使angelgardians

天使が復権したかのように
さまざまな書籍に紹介されるようになって久しいのですが・・・。

ときおり、自分の天使観・天使から受けるイメージは
多くの人のとズレているな・・・と感じることがあったりします。

もちろん「天使なんかいるか!」・・・という人もおられるでしょうけれど。

でも自分は、そのような存在を実際に感じ、助けてもらったりしています。
かといって、
よく一般書籍で言うような
また、よく見かけるような「なあ・なあ・・・といった友達感覚」ではありません
誇れるような体験でもないですから
誰かに話せる・・・そんなものでもありませんが・・・。

3人の大天使とtobias

自分は、そんな存在にある種の「敬意」を持っています。

特に「守護の天使」のようなものには特別な親しみもあります。

なぜなら、人生の「同伴者」のようにして、この身の喜び、悲しみ・・・諸々を
知っていてくれるからです。
時には、いくら助けを求めても
無視のような感じでほおっておかれることもありますが
そういうときはいつも、そこに教訓があることを追って知ることになります。

とはいえ・・・
そんな話しも、「個人の感覚で受け得る印象」でしかないでしょう。

で・・・ちょっとだけ、別の天使観をあげておくと・・・。

天使と名前がつけば、みな同じ・・・と思うでしょうが
宗教などの別によって、同じ名前を持っていても、異なる性質があったりします。
それは、本当の役割・・・というより
永い時間の経過のなかでの混乱もあったりします。

中世のころなどは、やたらにいろんなものに天使の名前をつけたりしましたから、
実際にいるかどうかわからない天使ができあがったりしています。
キリスト教で例にとれば、やたら「エル(神)」をつけて、天使化してしまったため
無用(?)の天使までできあがった次第です。
(ちなみにこれは、神道の「神さま」の一部などで同じことが言えるかもしれません)

大天使聖ミカエルarcangeloMichele

それはともかく。

もし・・・という程度で読んでもらえればいいですが・・・。
こんな話しもあります。

天使は「神」の知識をもっています。
そしてその知識は、天使が位置するヒエラルキーによって程度が異なります。

つまり、誰かが天使とコンタクトしたとしても
その天使が位置するところによって、
与えられる情報は「限られる場合がある」
ということです。

しかしながら、それが真に「天使」という存在なら、
彼らの人間に対する愛情は広く深いものです。

そして彼ら天使たちが、人間の想像をはるかに超えて、
如何に細かい配慮をもって守護しているか
・・・という事実に辿りつきます。

特に、個人に寄り添う小さな天使・・・「守護の天使」と呼ばれる存在は、
人が、弱さゆえに罪を犯してしまいそうになるのを防ごうとします。
自由意志で、それに気づき、人が罪を避けられたとき、その天使はすごく喜ぶようです。

とどのつまり、自分たちにまかされた霊魂を、
彼らは護り抜くことに全力をあげるわけです。

仮に、万一、人が何かとてつもない不祥事を起こしたとしても、
天使は自らが守護を任された「その人」に、寄り添うでしょう。

そんな天使たちには、違いがあったりします。
ある天使たちは活発で、別の天使は静かで、ときに臆病な感じを持つものもいたりします。

なので、こんなファンタジーな話しがあったりする・・・。

赤い服を着て、頭上に小さな冠をかぶっているのは、
「苦しむ人たちの助け」に派遣される天使。

白い服を着て、頭上に美しい冠をかぶり、いつも嬉しそうな顔をしているのは
「潔白な霊魂を世話する」任務が与えられている天使。

薄い青色に彩られ、真珠のような飾りものをつけた服を着て、
頭に美しいバラの冠をつけ、とりわけ美しいのは、
「子供たちのため」に送られる天使。

深紅の服を着て、自分たちの手を胸の前に合わせ、
嘆願するように頭を天のほうに向けているのは、
「罪人に寄り添う」天使。

これらの描写・・・ファンタジーかもしれませんが、
なんとなくわかるような・・・。

妖精のような天使zelf

天使に逢いたいという人はたくさんいたりします。

でも、その存在は、「視るため」に存在しているわけではないでしょう。
また、感じられないから、視えないから・・・といって、
存在していない・・・という証拠にもなりません。

これらについて
子供のような「夢」を持ってもいいと思うのです。

彼らの護りを知って、どんなときも「助けられている」と思えるなら
それでいいと思うのです。

色々な記録を読むと
彼ら天使は、笑ったり、泣いたり、時に人の姿をとって現れたり
場合によっては、さまざまな局面で、生命の危機を回避するよう動くのです。

それに・・・

人はいつも強くいられるとは限りません。

ときには多くの荒波にもまれるような時期が
人生には必ずやってくるでしょう。
そんなとき、「神」を信じられないまでも
一人ひとりに、いつも見護ってくれる存在がいる・・・そんなことを思えるなら
たぶん・・・それが、どれほど酷い嵐だとしても
乗り切る「よすが」の一つになるのではないでしょうか。

そして、天使を「感じる」には
子供心のような純粋さを持つ・・・
実は・・・・ここらに「鍵」があるようです。

天使のimage

今は使う人も少なくなった、こんな祈りがあります。
参考までに、残しておくことに。

わが守護の天使、御身は天主の御摂理によりて、
わが終生の友となりたまえり。
御身の尊きご保護と、絶えざる御導きとを感謝し奉る。
願わくは、御身の強き御翼もて弱きわが霊魂を覆い
危険を免れしめたまえ。
苦しみに会うとも落胆することなく、幸運においても思い上がることなく
世俗とその精神に流さるることなく
貧しき人をないがしろにすることなく
主の御慈しみにより、御身に委ねられたる我が一生が
すべて御身の喜びとなるよう、
われを導き、われを励まし、われを強めたまえ。
われを離れず、わが足のつまずかざらんよう
清き御手もてわれを支え、われを護りたまえ。




この場合は天使かどうかわかりませんけど・・・。

そして補足:自分が聞いたことのある、天使の歌声の「音質」に近いものがあったので・・・
歌詞のない高音のところです。






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落とし穴の手前で・・・

Posted by 世羽 on 04.2013 天使考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)多くの人にはどうでもいいことなのかもしれないが・・・。
堕ちた天使と呼ばれる「ルシファー」(ルシフェル)。
この存在について、悪の濡れ衣をおわされただけ、汚れ役を引き受けただけ、
として賞賛する論調をみかける。
正直なところ、抵抗感アリだ。
で、ちょっと・・・下にメモっておくことにする。

光と闇image

フリーメイソンでもあったバイロン(イギリスの詩人)。
彼が1821年に発表した戯曲「カイン」
この戯曲のなかでルシファーが、カインを誘惑するくだりに
こんな展開が見られます。

神にすらも、そして一切何にもとらわれない自由な認識、パワー、
そして万能の知識を与えよう・・・と、
ルシファーは、
カインを「無限の宇宙」へと導き出します。


のちに、カインが地球に戻ったとき
カインは「人間の英知は無限である」という想い、
またその想いにともなう「自由の要求、高慢な心」を植えつけられ、
神を信じなくなります。


あげくのはてに、カインは神に従順だったアベルの命を奪い、
神の祭壇をぶち壊す・・・。


・・・といったふうに。

人の心のなかにある「神殺し」・・・のような話しですが
ゲーテ(メーソン)をはじめ、サタニストたちは、
この戯曲を絶賛したようです。

後にこれは、

人が、神から離れて「いかに自由に生きることができるか」
それを人間に教えてくれた
また「神の束縛」とも感じられるものに反抗してくれた
ありがたい「光の天使ルシファー」・・・
という考え方にもなっていきます。

この「自由」の認識は、21世紀へ向かう思想の流れに溶け込んで
ニューエイジムーブメントの構成に取り込まれていきます。

この裏には、数々の秘密結社と呼ばれるに値する、さまざまな集団が
それこそ「非常に複雑に」絡み合いながら影響を与えていました。
(これら集団はいわずもがな、特定の星々にもつながります)

そして、真理を含む「数々の法則」を世に出しながら、
自己利益を満足させることのみに終始させ
一見、「まことの自由」を獲得するかのように見せて
逆に人を囲いこむ
という手法をとっています。

こうした時代の到来を告げ、
あらゆる宗教が、「新しい宗教の奴隷」になる・・・と告げた主要人物のひとり
あのアレイスター・クロウリーは、
自らを「666」と称して「ルシファー」を崇拝しました

降霊を通して彼に言葉を与えた謎の霊的存在エイワス
そして、同じチベットでも光と反対の集団との接触・・・。
そんな経緯が、彼にはありました。
さらに、
クロウリーが、魔術と称して実践した多くの詳細をご存じであれば
それらの行いがどれほど「暗く、陰湿」であったかがわかることでしょう。

引き合うものが「似たものになる」のであれば、
彼を引き寄せ、
かつてのクロウリーとは似ても似つかない
暗く陰湿な男に変貌させた存在とは・・・「何」でしょう。

言霊の重要性を口にする人々はたくさんいます。
にもかかわらず、そんな人たちが、けっこう
ルシファーの称号や、人の次元を表する数字を
実に無防備に使用したり冠したりする・・・。
「エイワス」の名前は、知ってか知らずか
不用意にアニメにまでも使用されているほどです。
(アニメでの名前はクロウリーの「エイワス」からとったとされています。
どれだけ多くの人が、その影響下にあることでしょう)

本来、名前そのもの、数字そのものに善い悪いはありません。

ですがそれを、「明確な霊的な意図」をもって頻繁に使うとき
「属性」が、使用する側へと自然に入り込みます。
それが何を生み出すか・・・その力と影響に対して、
多くの人があまりに無防備です。

よく、こんなことも言われます。

善悪の二元論から「光」を追う者は、
所詮、コントロールされた神の意識の罠に陥っているにすぎない・・・と。
それは、偽の神の支配のなせる業だと。

たぶん、そう言う人たちは、理性の罠に落ちている。
しかも
「自分の信じているもの/存在」を
知識として受け取ってはいても
心から愛していないでしょう。

人は誰かを愛するとき、
暖かい気持ちで、愛するものと一体になりたい・・・と感じます。
それは「信じる何か」についても同様です。

深い意味で、真剣にこの部分を「実体験」しないと
おそらく、二元論がどういうものか、
それを
「まことの意味で超える」とは、どういうことなのか・・・が
実感できないでしょう。

だからこそ、
「遊び」感覚での「霊性の探究」は行き止まりになるのです。

何を選んで、どう生きようとも
まさに、それは自由です。

ですから、たとえどなたであろうと
何をしても、何を言っても
クロウリーのような道を辿ったとしても、
他者が止める権利はありません。

ただ、
せめてここに記したことを
落とし穴に陥るかもしれないような場合に、
穴の「手前で」思いだしてほしい・・・。

そんなことを願って、改めてここに記しておきます。


光と闇2image


     ただ愛して
     すべてを明け渡すとき
     驚くべきことが起こる。
     わたしたちは
     もうひとつの場の中に溶け込んでいく。
     すでに
     心の内にある力(神)の場に。

                    ―――マリアンネ・ウィリアムソン ―――



自由もいろいろ・・・それぞれの道で、明るい「自由」を得られますように。



本性上の「天使」・・・

Posted by 世羽 on 04.2013 天使考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)いやあ・・・ちょっと。最近は色んなことを他のブログの「見出し」に見ながら、多くの人はどんな想いや意向で読んでるのかな・・・と思ったり。

天使234232

昨日、闇側について書いたので
もう一方も。

*****

近頃は、本当に「天使」について語られることが多くなりました。

天使・・・。
一般書ではなく、神学上での見解によると、それらはこんなものとされています。

神によって創られた純粋な霊。
使者と呼ばれるのは、「一部の天使」が使者として、天上から人間のもとに派遣されるからである。
肉体を持たず、自身が存在するためにも、また活動するためにも、物質に依存しない純粋な霊。
天使の数は、数え切れないほど多数。
天使と人間では、本性上も、恩恵においても異なっている。
個々の天使は「個別」の存在である。
天使は高位から低位へと9群に分けられる。
「天使」という語は一般に、神に忠実であったものに限って使われる。
悪魔も本性上は天使であり、ときおり「堕落した天使」と言われることがある。
「天使」という語は「天使群」をさすこともあり、
この天使群から「守護の天使」が人間の必要に応じて派遣される。


天使の群れ146589965

天使は「神の意」を伝える仲介者として、これまでさまざまなかたちで表現されています。

面白いことに、コンスタンティヌス帝(337年没)以前には、描かれる天使には翼がありませんでした。
その代わり、使者の任務を表す杖を持っています。

おそらく・・・ですが
天使のほんとうの姿は、こうした描かれた姿とは少し違うのではないかと。

そして、人が愛情をもって呼ぶ個々の名称・・・それらは「通り名」のようなもので
彼ら自身の実際の名前は、実のところ、人が呼べない感じのまったく違う名前ではないかと。

いずれにしても彼らは「神」とは別物であり
人とは本性上異なるものですが、それでも「被造物」としての生命体です。

一部、天使を神と見る向きもあります。
では今、みなさんの心を使って想像してみてください。

みなさんの心は、天使が宇宙や星を創造したところが浮かびますか?

みなさんの心こそが、本当のことを知っていると思います。

天使の本性は、時の流れのなかで、さまざまな形で確認されてきました。
彼らは、時代の大切な節目ごとに、何かしら後世に残るような形で
その足跡を残しています。

そこには、すべてではなくとも、天使が「何であるか」について
人が感じ取った「真実」が含まれています。

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人は「苦しみ」を厭います。それを「悪」としか見ません。
そこにある「何らかの神聖な意図」を感じとることができず、
「今はそんな時代ではない」
・・・そう教える書籍も数限りないほどあります。

でも、多くの人が愛してやまない天使は、
たびたび「苦しめない」ことを残念がったことがある・・・
としたらどうでしょう。

もし、それが偽りでないなら、そうでないことを言う天使とはいったい・・・。

天使は「友だち」以上のもので、
尊敬してもしきれないほど大切な、先生のようなものだとしたらどうでしょう。

そんな先生の言葉を伝えるとき、彼らが「タメ口」をきくほど、
その本性は低次でしょうか。

だとしたら、今、天使が伝えているという言葉のなかで
真実のものとして残るのは・・・
・・・はたして、どれくらいあるのでしょう・・・。

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天使は、本当に美しい存在です。
どれほど大好きになっても限りないほどです。

きっと「本当の天使」を愛する人であれば、
その天使を、愛すれば愛するほど
その人は愛する「天使」に似て
身体・魂・霊の統合点である「心」の美しさが、素晴らしく飛躍するでしょう。

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天使を好きになるなら、愛するなら
せっかくですし
その「天使の属性」まで身につけていただけたら・・・と。



http://www.youtube.com/watch?v=KtNYA4pAGjI



  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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