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小さな道の霊性・・・「マッサビエルの洞窟から」終回

Posted by 世羽 on 12.2014 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
A新聞集団的自衛権について意見を述べた某女性ライターさん。
これまで何度、日本を馬鹿にする発言をしてきただろう。

何を語ろうが自由だし、とやかくは言えない・・・しかし・・・。

“祖国”を持ち上げて“今住む国”を貶めるほど嫌な日本に
どうして住んでいるのだろう。

ともかく・・・何を書いても仕方ないとはいえ

あの、仲間と3人
「靖国神社」境内で“全裸写真”を撮ったことだけは・・・

少なからず「日本護国の社のひとつ」として敬意を集める、その「地」
心から謝ってからにしてほしい・・・と、心が叫ぶ。


夕陽と飛行機雲とシルエットimage



「ルルドの物語」・・・
これまで、ほとんど一般に注目されないところをメモってきました。
終回ではさらに、もっと注目されない部分につっこんでみます・・・w。




小さな道の霊性


ベルナデッタの家庭が貧しかったことはすでに書きましたが
彼女は、病弱な身体をおして
当時の貧しい人なら誰でもしていたように
羊飼いや女中・・・実に色々な仕事をしていました。

思うように学校に行けなかったので
読み書きはほとんどできず、
初聖体前の準備を迎えたときには
学校の休み時間に5歳も年下の少女に教えてもらったりしています。

「何かを覚えるのはベルナデッタには難しいんです。
頭が固くてなかなか入らないみたいで」
・・・と、その少女。

またあるとき、ボ(ポ)ミアンという神父とベルナデッタの
こんなやりとりも・・・。

「あなたはどんなことを知っていますか?」

「天におられる(主の祈り)と、アヴェ・マリア(天使祝詞)と、
天地の創造主、全能の父である神を信じます・・・のお祈りです」


「ああ、それだけあれば“ロザリオの祈り”をするには十分ですね」

とにかく、ベルナデッタはこんな具合でした。

しかし、感性にはもともと鋭いものがあり

「ねえベルナデッタ、神さまをお迎え(聖体拝領)するのと、
洞窟でマリア様に会うのとどっちが幸せなの?」


と聞かれると

「さあ・・・わからない。この二つって一緒のことだもの。
比べるなんてできない。
私に言えるのは、どっちも幸せってこと」
と答えます。


うまく言えませんが、もの凄く単純なようで
感じていることが、さりげなく深いのです。

そんな貧しい無学な少女
とっておきの「不思議な出来事」が起きたわけです。

彼女には、欠点としての頑固な一面もありましたが、
それを覆い隠して余りある、生来の謙虚さがあり

「もし、この世で私より愚かな子がいたら、
マリア様はきっと
その子のところへ現れたでしょう」


・・・と、 自分の体験を誇ることが一切ありませんでした。

さらに、自分の体験をどれほど「インチキだ!」と罵倒されても、
見たものは見た・・・と言い切る「勇気」も持っていました。

そんな性質の持ち主だったからこそ出来たことかもしれませんが・・・

「罪人のために祈ってください」

(具体的には、改心[良心の回復]と回心[神に心を向ける])

という聖母からの頼みを、
純朴な意志を貫いて、この世を去るときまで実行しつづけます。


洞窟の出来事ののち
ベルナデッタは飛躍的な内的進歩をとげ
とりわけ、聖母の導きを通して「キリストへの愛」を深めます。

そして、その愛を生きる一つの方法・・・
修道者としての生活を心から望むようになります。

しかし、当時の女子修道院は
一生を過ごす一助として、ある程度まとまった持参金が必要で
極貧のベルナデッタには叶うはずもなく

加えて彼女は自分のことを
『もし修道院に行けたとしても、
学も才もない私には何もできないだろう』
と思い、諦めていました。

けれども、彼女の体験を聞き及んだ様々な修道会が
「うちに来てください」と申し出てくれるようになります。

「いくら何も出来ない・・・と言っても
ニンジンの皮くらいは剥けるでしょう?」


「なんだ、そんなのは簡単です!」

というように、自分なりにやれることがあるとわかり
とても喜んだりします。

で、そこらの裏話には紆余曲折ありますが

とにかく、多くの修道会が名乗りを上げてくれるなか
「いちばん私を引っ張らなかったから」という理由で
ヌヴェール愛徳修道会に入会することになりました。



ルルド(修道院入会へ)image



御出現を受けた稀有な人材として迎えられたベルナデッタでしたが
彼女はときに、非常に“愚鈍”に見えることもあり
「これがほんとうに、聖母に遭ったという少女なのか?」
周囲が困惑することも度々あったようです。

また、御出現を受けた者として特別扱いをしないように、
厳しく対応されすぎて
非常に辛い時期を過ごしたこともありました。

しかし何と言っても、彼女の類い希な特質は
単純で素朴、けれども非常に深い想い・・・
内に秘めた愛です。

その愛は、こうした日々の困難のすべてを
「ありがとう」という感謝の思いに昇華していったのです。



ルルド(修道女のベルナデッタ)image
    (修道者になると決めてからのベルナデッタの顔に、微笑みが浮かぶようになる)



彼女から湧き出る「愛」は、
病人の看護を通して働くときも、修友との語らいにおいても
周囲の人々に「超自然的な何か」を感じさせました。

とくに、祈るときの姿には、それが眼に見える形で
映し出されていました。

まるで・・・かつてベルナデッタがその眼で見た
あの「美しい方」の在り様をそのままなぞるような感じで。



聖母信仰のようなものは、どんなに素朴なものであっても
「偶像崇拝」と言われて、神学的な批判を受けることも多々あります。

考察は自由ですから
それはそれで仕方がないでしょう。

また、処女マリアキリストの母となったことについて
諸説もたくさん流れています。

ただ、それを覆すかのように
「汚れなき(無原罪の)御宿り」として
ベルナデッタに「姿を現した存在」がいた・・・ということだけは
本当のことだったろう・・・と思います。

さらに・・・ですが

不思議なことに
かつて聖母マリアを深く愛した人
キリストの愛を生きなかった聖人はいないのです。

つまり、みなが
聖母マリアを通してキリストへ至る道を見出した・・・。

ベルナデッタはそのなかでも
とくに貧しい人、無学な人、病める人など・・・
この世界ではあまり重要視されていなかった人たちに
その道を示してくれた人
・・・と言われています。

ルルドの泉は、ともすれば
病気の治癒だけが取り沙汰されてしまうのですが
そこに現れる奇跡的な現象の最大のものは、
むしろ「心への働き」である・・・と言われています。

また、この「泉」の意味するものとは
聖母マリアから溢れ出るキリストの福音の象徴であるとも。

なので、キリストを慕う人であれば「キリストへの愛」が一層深まり
そうでない人には、
何かしら「神聖な心」「愛の心」が発動するように働くと・・・。


ベルナデッタが辿った道は、非常に「小さな道」に見えるもの
しかしそれは、
キリストが告げた、「私は道である」(Ego sum via)へとつづく小径。

すなわち、
聖母マリアキリストとともに生きていたときに歩んだ
偉大な「愛の道」(via amoris)
と呼ばれるものです。

もし、本気でこの道を歩む人がいれば

ベルナデッタが言ったように

「イエズスよ、すべてを越えてあなたを愛します」

にいたるのでしょう。



1879年4月16日、ベルナデッタは35歳でこの世を去りました。

そして、「三日間」聖堂に安置され
聖母を視た彼女の遺骸を一目見ようと、多くの人たちが集まります。

記録によると
この三日のあいだ、遺骸には死後硬直が起こらず
手足は柔らかで、肌は自然な色を呈し
指先は血液が流れているかのようにバラ色
でした。


葬儀ののち、ベルナデッタは聖堂の中央に埋葬されます。


ルルド(聖女帰天直後画像)image


それから30年もたった1909年9月22日のこと。

ベルナデッタの列聖調査のために
ヌヴェール教区長の司教を筆頭に、数名の調査委員および2名の医師
会の修道女たちが立ち会って、彼女の墓が開かれます。

すると、葬られた当時のままの姿で彼女が現れました。

修道服はそのままで、
そこから出ている手や顔が、多少青白くツヤが失われていたものの
唇はほんのり赤味を帯びていました。

医師たちがベルナデッタの身体を丁寧に調べると
腕や股などに十分な弾力があり
医学的には死後数時間を経過した時の状態と同じだ
・・・
という結論になりました。

この遺骸について巷では
法医学でいうところの「特殊死体現象」(永久死体)のひとつ
屍蝋化(adipocere formation/死ろう化)だろう
・・・と、言われたりもしています。

屍蝋化:水中や浸潤で空気の流通の悪い土中等に置かれた場合、
  腐敗が進行せず、身体成分が“灰白色”の柔らかいチーズや
  ワックス様に硬化した状態。
  中性脂肪が脂肪酸とグリセリンに分解され、脂肪酸が土中・水中のCaイオンや
  Mgイオンと結合して石鹸化するため生じる。
 水中で1~2ヵ月、土中で数ヵ月で、皮下脂肪から始まり、
 筋肉・深部組織へと進んでいく。
 全身が屍蝋化するのは、水中で半年~1年、土中で数年。
 栄養不足の体は屍蝋にならず、脂肪の多い肥満体に起きることが多いとされる)


のちの所見では、墓から出された彼女の皮膚が時間とともに茶色を帯びて
現在のベルナデッタの身体には、薄いコーティングが施され
表情も微妙に異なります。

そんな見方もある・・・と、真摯に受け止めながらも

この時の遺骸が修道女たちの手によって、ていねいに洗われて
新しい修道服に着替えさせられ
それに十分耐えたベルナデッタの遺骸とは・・・
はたまた
医学的な見地でいう灰白色ではない
肌の色や唇の赤味はいったい何だったのか
・・・と、思ったりします。



ルルド(聖ベルナデッタ遺体)image


ルルド(ベルナデッタ遺体)image


ルルド(遺骸)



そして

1925年6月14日、ピオ11世によって列福。
1933年12月8日、同じくピオ11世によって列聖。


こうして、

「ロザリオの祈り」しか知らなかった貧しい無学な少女


ルルド(ベルナデッタ微笑)image



聖ベルナデッタとして知られるようになりました。


ルルド(修道女のベルナデッタ2)image



そして洞窟の聖母は「ルルドの聖母」として、知られるようになりました。


ルルド(とある聖母像)image



聖ベルナデッタの霊性は、聖母マリアのそれに倣うもの。
与えられた「恵みに対する素直さ」であり
それはとりもなおさず
あの受胎告知のときのフィアット(fiat)・・・と同じ

「お言葉どおり、この身になりますように」でした。



ルルド(PESELLINO+DIPTYCH)_convert_20140611213352



この辺で、そろそろ一連のメモをしめくくるとして。

文末にひとつ。

聖ベルナデッタには、とても“ささやかな想い”があって
どなたかが、もしルルドに行かれたとき
あるいは、ルルドの洞窟をふと思い出したとき
それが・・・伝わるかもしれない・・・ので
その言葉をお贈りしておきます。


「美しい聖母のことや、聖母との約束はもう忘れてしまった?」

「忘れたかですって? いいえ、決して忘れていません。
それは“ここ
(額を指さす)”にあります・・・」

「どうぞ、私のために祈ってください。
特に、あの懐かしい洞窟に行かれるときには・・・。


私は、あの大好きな洞窟にしっかり結ばれています。

ですから、

みなさんは“心の中”で、
そこに私を見出してくださることができるでしょう」



ルルド(ベルナデッタの修道女姿)image



ルルド(ステンドグラスの聖母)image





(つたない筆による「ルルドの物語」をお読みくださったみなさんに
改めて、心より御礼申しあげます・・・万感をこめて感謝!)









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「誰か」の御名・・・「マッサビエルの洞窟から」つづき

Posted by 世羽 on 09.2014 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
中国の実際の軍事力・・・なかなか報道されない。

・総兵力・・・・・・日本 22万人  中国 230万人

・陸上兵力・・・・日本 14万人  中国 160万人

・艦艇・・・・・・・・日本 141隻(護衛艦48隻 潜水艦16隻)
          中国 970隻(駆逐艦80隻 潜水艦60隻)

・作戦機・・・・・・日本 410機(戦闘機350機)
          中国 2580機(戦闘機670機)


この中国へ、いまだ日本からの莫大な公費を投入し
軍備の差をどんどん広げられ、手玉にとられ
和平交渉はとにかく外交のみでしろ・・・と言うのは

なんか、拳銃を振り回す凶悪犯の前に
「話せばわかる・・・」と、無防備に出て行くのと同じような?


黄色の木洩れ日image



以下、これまでのつづきです。
(ため込んだので、少々長い・・・)



「誰か」の御名


1858年3月4日。
約束した“15日間”に渡る洞窟通いの最終日。

「誰か」は、特別何かを告げるということもなく
ふたたび現れるかどうかもわからないまま
スパッ・・・と姿を消してしまいます。

ベルナデッタはペーラマール神父から依頼された「誰か」への伝言も
しっかり伝えましたが
「あの方は、ただ微笑んでいただけでした・・・」とのことで。


一方このころ、洞窟あたりでは、

人々が(すでに)聖母像を安置し、花を飾り、
参詣する人が行列をなし
洞窟付近はちょっとした聖地の雰囲気になっていました。

心ある人たちが進んで
“湧き水”の場所に水が溜まるように手を入れ
小さな「泉」にし
その水を“容れ物”に汲んで持ち帰る人たちも・・・。

そんな情報は政府にまで達し、
「真実のところを報告せよ」
内務省から県知事へ書簡が届けられたりしています。


同年、3月25日。「お告げの聖母」の大祝日・・・
(ベルナデッタの信仰するカトリックでは
大天使・聖ガブリエルが聖母マリアに受胎告知をした日として祝う)

その前日の、24日夕刻
ベルナデッタは久々に
『明日、洞窟に来てください』という
内的なささやきを感じます。

ベルナデッタは
「とにかく嬉しくて、一睡もできなかった」・・・そうです。

そして、いよいよ25日の未明

ベルナデッタが“内的呼び声”に従って洞窟に出かけると、
典礼の大祝日をそこで過ごそうと
すでにたくさんの人たちが集まっていました。

ベルナデッタは、自分よりも先に
「誰か」が、光り輝くようにして
洞窟のところに来ているのを見つけます。

「私はその方の前に跪くと
遅れてしまって申し訳ありませんでした・・・と、
真っ先にお詫びしました。

そしたら
『心配することはありませんよ』とでもいうように
その方は頷くように頭で合図をしてくれました。

それで・・・私は
『今日、お逢いすることができて
もの凄く嬉しいです』と言いました。

いつものようにお祈りを始めると
なぜか、どうしても“あの方”の名前を聞きたくなりました。

でも・・・
これまで何度聞いても、答えてもらえなかったし
また尋ねたら失礼かと思ったので我慢していました。

それでも、どうしても我慢できなくなって
何度か
『あなたのお名前をお聞きしたいです・・・・』と
言ってしまいました。

それでも、あの方は
微笑むばかりで答えてくれません。

そうなると、もっともっと聞きたい気持ちが強くなって
『私のような卑しい者は、
お名前を教えてもらう恵みにふさわしくないかもしれません。
でもどうぞ、特別の憐れみで教えてください!』
そう、無理にお願いしました。


(このとき、ベルナデッタは小さく震えながら
涙ぐんで話している)

すると、あの方が洞窟のバラの上に立ちました。

それから胸のところで合掌していた手を
“不思議のメダイの聖母”のように
下のほうへ静かにのばし
もう一度胸のあたりで合わせました。

そして

とても厳かに、それでいて謙虚に、
感謝するように天を仰ぎながら
『ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・カウンセプシウ』
と言いました」


「インマクラダ・カウンセプシウって、何のことですか?」

(注:彼女は正確に発音していない)


ルルド(資料として不思議のメダイの聖母)image


ベルナデッタがこの話をしたのは、
当時の税務管理局長だったエストラード氏と、その妹で、
この“素直な質問”を聞いたエストラードは
「“ベルナデッタは嘘を言っていない”と直感した」
と証言しています。

さらに、

このときの「誰か」の動作を真似ながら話したベルナデッタの姿が
「あまりに優美で、感動を覚えた・・・」とも。


ベルナデッタが言った、
「インマクラダ・カウンセプシウ」
「Immaculata Conceptio」(ラテン語)を示していると思われ・・・

日本語では「汚れなき(無原罪の)宿り」というものです。

つまり、「誰か」は自分のことを
「私は汚れなき(無原罪の)宿りです」と言った・・・。

これは、すなわち神学で言うところの
「聖母マリア」の最高最大の呼び名だったのです。

ここでようやく
洞窟の誰かは、やはり「聖母マリア」らしい!・・・となります。

(しかし、教会が調査をして公式に認めるまでは
 あくまで、「そう言った」という段階だった)

ベルナデッタは家庭の貧しさから、ろくに学校に行けず
話す言葉は“ルルドの方言”にときおりフランス語が混ざるぐらい
標準的なフランス語は話せず
識字についても、ほとんど文盲に近い状態でした。

教会の教えの理解にも乏しく
ラテン語の意味もほとんどわからずにいたことから
耳にした言葉をそのまま覚えた様子がわかります。

「誰か」は、そんなベルナデッタにもわかるように
ルルドの方言で話しかけてもいた・・・)

ベルナデッタは、エストラードさんに教えてもらって初めて
正しい言葉と意味を知り
自分がこれまで「誰に」会っていたかを悟りました。
(すごく喜んだようです)


少し時間を逆戻りさせますが

ベルナデッタがこの言葉(名前)の意味を知る前に
実はこんなことがありました。

ベルナデッタは「誰か」から名前を教えてもらうとすぐ
「この名前を伝えれば聖堂が建ててもらえるかもしれない」・・・と、
言葉を忘れないように
繰り返し・繰り返し、口のなかでつぶやきながら
ペーラマール神父のいる教会に向かいます。

途中、人に出遭っても、一切答えず
ひたすら名前をブツブツ連呼しつづけ
やっと神父を前にすると、

彼に向かっていきなり
「ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・カウンセプシウ!」
と叫びました。

「・・・・・!?」
神父は唖然とします。


『ああ、あなたはなんと言うことを口にする!!
 そこまで傲慢なのですか?
あなたは、自分が汚れなき御宿りだとでも言うのですか!!!』
・・・と
言葉にしたかった神父さんですが、口から出て来ません。

(神父は、多少、間違って発音されていても
何を示しているかは直ぐわかった。
ベルナデッタが“自分のことを”そう言ったわけではないことも
わかった)

神父の頭の中で、理性がひたすら理屈をこねようとしていました。
彼はしばし考え、こう言います。

「あなたは間違っている・・・。
女性でこの名前を持つものはいません。
いったいあなたは、その意味をわかっているのですか?!」


ベルナデッタは黙って首を左右にふります。

そう・・・このときはまだ、
エストラードさんに会う前で
ほんとうに「意味」を知らなかったのです。

神父は、名前とやらを聞いた瞬間、
それを否定しようとしていましたが・・・。

それに反して・・・彼の「心」に訴えてくる何かがありました。

感動に胸がつまり、ともすれば、涙が出て
嗚咽しそうになるのを必死に抑えなければならないほどでした。

神父はさらに黙り込みます。

するとベルナデッタは言いました。
「あのお方は、まだ聖堂をお望みです!!」

神父はわけもなく流れ出る涙を、子供に見せまいと
わざと荒々しく言い放ちます。

「もういい!!! 家に帰れ!!!
そのうち、あなたに会うだろうから・・・」


この後ペーラマール神父は延々
自分の否定してかかる思考
心から生じる「何か」とのせめぎあいに置かれます。

「あの子はフランス語もラテン語もよくわからない。
だから、こんな言葉が自分でつくれるはずがない。
言い方も変だ。
ならば、この名前も意味をなさないのではないか。
それに、教会か、どこかで
“無原罪の聖母”という言葉を聞いていたかもしれない。
でも・でも・でも・・・」


巡る思考の中、

彼の心にふと、
遠い昔から聖母マリアに与えられていた伝説的御名のゆえん・・・
4年前(1854年12月8日)、教皇ピオ9世によって
正式に信仰箇条とされた言葉が響きます。

「幸いなる童貞は
 御宿りの瞬間から、
 原罪のあらゆる汚れから守られたことを宣言する」・・・



結局、これが神父の心にさし込んだ一条の光となりました。

どうやら神父は、
この信仰箇条を裏打ちするように洞窟の貴婦人が現れた・・・
ということを悟ったようで・・・。


当初から信じたいと思っていたにもかかわらず
「そんな馬鹿な」と否定したくなる思考が
起きていた出来事の真実を「心から」確信したことで
素直に受け入れることができたのです。




ルルドの聖母image




この「尊称」の件は、神父から司教へと伝えられます。
お達しは
「とにかく、熱狂はいけない。推移を見守るように」でした。

これと並行して、
一連の出現騒ぎを良く思わない県知事から圧力がかけられ
官憲による弾圧が起きます。

ベルナデッタには繰り返し
「厳しい尋問」、「病的精神異常の有無」を探る調査が行われ
県知事は、憲兵を投入し
騒ぎの張本人として「ベルナデッタを拘束してしまおう」
本気で検討していました。

これに、立ちはだかったのがペーラマール神父です。


「ベルナデッタは罪人でなければ、狂人でもありません!
それを不法に監禁しようとするなんて、許されることじゃない。

何人もの医者が精神鑑定をして
『入院すら必要ない』と言ったそうじゃありませんか。

もし、暴力で弱い者を圧迫するなら
私は牧者の任から、一命を投げ打ってでも彼女を救います。

もし、武力をもってスビルー家を襲うと言うなら
門前に立ちはだかって最後まで戦う者がいることを
忘れないでください!!」



かろうじて、ベルナデッタ拘束の事態は回避できたものの
こうした政治的な弾圧によって
崇敬を集め始めていた洞窟は柵で覆われ、
警官が見張りに立ち
誰もが、行くことも、通ることも、法的に禁じられる状態が
しばらくつづきます。

しかし住民たちは黙って従っていたわけではありませんでした。

あれこれと知恵をしぼって抵抗し、
命さえいとわず頑張っていましたので
憲兵と住民が一触即発・・・という
危機的な状況にまでなってしまうのです。

この危機を、またもやペーラマール神父が食い止めます。

行動を起こそうとしていきり立つ住民を前にして
神父が言いました。


「聖母マリアの洞窟を血で汚すなんて、
その名を崇めるどころか、辱めることじゃありませんか。

もしみなさんが、あくまで自分たちの意志を通そうとするなら・・・
いいでしょう・・・・。

私はみなさんに立ち向かいます。
私の屍を越えてから官憲に立ち向かいなさい!!!」




ルルド(近づけなかったとき)image



そんなこんな・・・があって、時は夏
すでに7月16日となりました。

実はこの日が、
ベルナデッタにとって
洞窟で聖母に会う最後となります。

ルルドの教会で、ベルナデッタが聖体訪問をしていると
心の中に『洞窟に来てください・・・』という促しを受け
彼女は早速、伯母の付き添いを得て、洞窟へと向かいます。

聖なる洞窟はこのとき
二重の柵に覆われて近寄れず
ベルナデッタは対岸から祈りを捧げます。

時間は、午後4時ごろから、その日の黄昏時あたりまで・・・。

会話はあまり伝わっていません。

ただ、今日が最後だということもあったのでしょうか
「聖母のご様子が非常に愛情深かった・・・」
ベルナデッタが言っています。

さらに、この日の聖母の様子を、彼女はこう表現しました。

「今日の聖母マリアさまの姿・・・
なんと美しかったことでしょう・・・。
今までさえも、まったく見たことのないものでした」



こうして、一連の洞窟での出現自体は
それほど華やかではない終わり方で幕を降ろします。


ルルド(水汲み)image


この最後の御出現までには
ヨーロッパ中の国々に話が広まり
さらに多くの人々がルルドを訪れるようになっていました。

本格的な泉の成分調査や、
教会側の“神学的な調査”も進み
日を追うごとに、泉の癒しの報告も増えていきました。


ルルド(運ばれていく病人)image


ここで、肝心の教会当局の調査が具体的にどんなであったかを
書いておこうと思います。

その一部はこうです。

本教区において、事件に関する調査委員会を設け、
ルルドの洞窟に起こった出来事、
あるいは今後起こり得る出来事
およびこれに関する一切の情報を収集・調査し、研究する。

よって、諸氏の協力を希望する。

決定事項は以下のごとく。

まず、ダルブ教区において、洞窟に関する調査委員を選定する。

調査すべき事項はつぎのとおり。

第1
・ルルドの洞窟の水を使用し、これを飲み、あるいは注いだことで
はたして病が治癒したかどうか、
またその治癒は自然的に説明し得るかどうか。

・ベルナデッタ・スピルーが洞窟で貴婦人のご出現を得たというが、
それが真実の申し出であるかどうか。

もしそうであるなら、それが自然的現象として説明可能なものか、
あるいは超自然的現象、すなわち神の御手によってなされたものと
認めるべきものなのかどうか。

・出現者はこの少女に何の意向を現し、何を求め、
少女はそれを、誰に伝えるべき任務を受けたか。
また、その意図と要求は、どのようなものか。

・現在、洞窟に湧いている泉は、
ベルナデッタ・スビルーが出現者に会う前からあったのかどうか。

第2
委員の調査すべきは、“確実な証拠”に基づく“事実に限る”。
かつこれに関する「詳細な報告」と、各自の意見を提出すること。

第3
本教区の司祭たちは、各々通信員となり
以下のことについて調査委員まで報告すること。

  各自の管轄内に起こった本事件に関する出来事
  事実の証人となるべき者の住所氏名
  調査委員の調査に、多少なりとも“参考となる知識”を有する者の住所氏名
  不思議な治癒を得た患者を診た医師の住所氏名。

第4
調査委委員は報告を得るごとに、即時調査に着手し、
証人には、事実の真実を立証するために必ず宣誓をさせ、
調査のために出張する時は、2名以上の委員を伴うこと。

第5
調査委員は医学、科学、地質学の学術に精通する人々の出席を求め
各自に関わる諸問題を論議させ、その意見を聞くことを切望する。
問題の如何を問わず
調査委員は偏見に捉われず、
光明を求めて真理に到達する道を忘れてはならない。

第6
調査委員は、本教会に属する9名の参議員と、
神学大学・学長、中神学校・校長、本教区司祭団の主席司祭、
ルルドの主任司祭、
神学大学の定理神学・道徳神学および物理学の教授をもって組織する。

第7
調査委員長にはノガロ神父、副委員長にタバリエス神父、スーレ神父を任命する。
なお、他に書記1名、副書記2名を委員の協議によって、選定する。

第8
調査委員はただちに調査に着手し、
必要に応じて随時、委員会を開催すべきこととする。
                                   1858年7月28日
            タルブにおいて 司教ベルトラン・セーベル/書記 フルカード


(これが発せられると
フランスを皮切りに周辺国の反教会思想の新聞各社が猛烈に叩き始める。
そんな情勢下で、調査が進められていた)


昔とはいえ、それなりにしっかり調べようとしていたようで
このときの調査で記録されたことが、書籍になったり
後世に伝わる結果になりました。

ベルナデッタ本人の聞き取りでは
彼女は教会に呼び出され、
出現当初からの詳細な話しが聴取され、あわせてさまざまな質疑応答、
その物言いや態度から、言質の真偽が調べられました。

ベルナデッタは、いつもと変わらない無邪気な態度でこれに応じ
「小さな出来事も質朴に話した・・・」とあります。

ときに、自分でよく言い表せないことがあると
身振り手振りで表現し、
調べの最後に、はっきりと、こう断言しました。


「私は、いままでお話したことが偽りでないことを
神さまの御前に誓います」




ルルド(洞窟と松葉杖)image



この・・・膨大な調査報告がまとめられたのは4年後で、
それをもとに、声明文が出されます。

第1(以下は、その中心部分・・・)

「我々は、神の御母、無原罪の御宿りなる聖マリアが
ルルドに近いマッサビエルの洞窟において、
キリスト降誕1858年2月11日から18回
(15回目の出現は定時でなかったので除く)出現したもうたこと、
およびその御出現が真実の証明を有すること、
ならびに
信者たちがこれを真実として信仰する正当性があると判定する。
ただし我々は、
全カトリック教会の最高統治権を託されたローマ教皇に、
最終的判定をゆだねる」


第2
我々は本教区内において、「ルルドの聖母」を崇敬することを許可する。

第3
聖母御出現の際、しばしば表示された御旨を戴して、
洞窟のかたわらに聖堂を建立することを提唱する。
                                  1862年1月18日
                    ローマにおける聖ペトロ聖座の祝日にあたり
                       タルブ司教館において司教の命により 秘書フルカード



これはもう、なかば「聖母の御出現」
ほぼ公認されたようなもので
各所から寄付金が集まるようになり
「洞窟に現れた聖母」が求めたように
出現地にバジリカが建立される運びとなります。

また、

『人々が行列をつくって、ここを参詣するように望みます』
という言葉どおり
ロウソク行列が今日にいたるまで、“日々”続けられています。


ルルド(行列の人)image


ルルド(ロウソク行列4)image_convert_20140608230555


ルルドはこうして、いまや世界的な巡礼の聖地となりました。


ルルド(バジリカ)image



そして・・・

ルルドの物語はたいてい、このあたりで
終わってしまうのですが・・・。

そのつぎに来る、物語の本当の「核心」と思しき部分
あと少しだけ、つづけてみます。


ルルド(バジリカ正面)image_convert_20140608225228


この手の「不思議な体験」をした人が
のちに必ず遭う心の試し・・・。

それは

自分が“特別な者”である・・・と思いこんでしまい
周囲に必要以上に誇ってしまったり
高慢になったり
自慢・吹聴したり・・・という心の動きで・・・。

人はときに、
そんな心の向きに屈服することがあります。

すると、

まこと特別な恩寵だったものが
いつしか自らの“権力の道具”に変わり
多くの人を、自らの傘下に押しとどめたくなったりします。

特に、

人のためになる「特別な賜物」を与えられた人ほど
この“試し”は大きいものになるでしょう。


だからこそ、
輝く“宝石”には、汚れがつかないように気をつけて
もし、ついてしまったら・・・綺麗に磨く・・・。
これはやっぱり、気持ちがいいものですよね。




満天の星image



湧き水、そして“誰か”の伝言・・・「マッサビエルの洞窟から」つづき

Posted by 世羽 on 05.2014 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
あの話題のパソナさん。
展開する事業の一端はすでに、
国防にかかわる「自衛隊の生活」に食い込み
「国家公務員採用試験」の面にも進出しているようだ。
パソナという企業さんが日本のために働いてくれるならいいが・・・。
かなり危ういような。

移民増加に歯止めをかけようとしているフランス
いま、その支持率第1位の政党、国民戦線の掲げる政策と言えば

生活保護はフランス人のみに適用
生活補助金はフランス人のみ適用
(外国人であれば片親がフランス人であること
・フランス国籍を持つ移民(移民2世・3世も)でも犯罪を行えば、 出身国へ強制送還
・移民はフランスの文化を尊重すること
極左に操られている団体に対する補助金廃止
・国籍については血統主義を採用する



これを見たら、日本なんてもう、
相当“優しい”・・・。


ルルドの近く(ピレネーあたりの川の一コマ)image



湧き水、そして“誰か”の伝言


かつて「不思議な“誰か”」が現れた“マッサビエルの洞窟”あたりは
当時、かなり薄汚れたところで、
食肉用の豚が連れていかれる場所でもありました。

その小汚い場所が、俄然注目を浴びるようになり
ベルナデッタが洞窟へ向かうたびに
大勢の人が集まるようになっていきます。


1858年2月25日朝。
ベルナデッタが洞窟に着くと、
すでに物見の群衆が待ちわびていました。

この日、
いつものように祈り始めた彼女でしたが
これまでとは異なる行動をします。

途中、彼女は立ち上がり、
群生する野バラをかき分けて洞窟の中に入ると
その大地に接吻します。

その後、戻ってしばらく祈ると、また立ち上がり、
洞窟の脇を流れるガーヴ川のほうへ足を進めます。

そして
群衆の中から発せられた
彼女を呼び戻そうとする声に一瞬反応して振り返るものの
いつも跪く場所からさらに8~9メートル離れた場所に進み
何かを探すような仕草を見せます。

しかし、“何も見あたらない”という素振りで
何事かを請うように洞窟を見上げ
やおら跪くと、地面を掘り始めました

しばらくすると、そこから水が溢れ始めます。
(これこそが、のちの「泉」の始まりでした)



ルルド(映画のワンシーン)image
(映画のワンシーンより)


それを見た彼女は、その水を飲もうとします。

しかし、かなり濁った泥水だったので
飲もうとしては、躊躇し
4度目でやっと、水を口にします。

さらには、その泥水で顔を洗い
あろうことか
近くの岩の影に生えていた草をむしって食べたのです。

彼女の顔は泥だらけで
見かねた一人の夫人がベルナデッタの顔をそっと拭いてやると
嬉しそうに微笑んでいましたが・・・。

この様子を目撃した誰もが
「ついにベルナデッタが発狂した!」・・・と、思ったようです。

日々を重ねるうちに、
ベルナデッタに好意と敬意を抱き始めていた人たちでさえ
「なんだあれは・・・?!」と、ふたたび疑念を起こしました。

その後、通常の状態に戻ったベルナデッタは
「どうして、あんな馬鹿げたことをしたのか」と尋ねられ、
こう答えています。


「お祈りをしていたらあの方が
『泉へ行って水を飲んで、顔を洗いなさい』
と言ったのです。

でも、探そうとしたって
この辺りに泉なんかないでしょう?
それで、ガーブ川のほうに行こうとしたんです。

するとあの方が、急に私を呼び止めて
洞窟の左を指さしました。

それで、そこを探してみましたけど、見つかりません。

どうしよう・・・と思って
ふと、土を掘ってみたら、水が湧いてきました。


ああ、これだ!!!・・・
そう思ったので、飲もうとしました。
でも、あまりの泥水だったので、すぐに飲めませんでした。


けれど、あの方のお言葉ですし
4度目に思い切って飲みました。
そして顔も洗いました」


「草を食べたのはどうして?」

「何のためかはわかりませんが・・・。
あの方がそうするようにおっしゃったから食べただけです」



ルルド(源泉)image



その翌日。26日の朝6時。
(この時間にもかかわらず、ギャラリーは300人を超えていた)

洞窟にやって来たベルナデッタ・・・。

いつもであれば、定位置に跪いて祈るところ
この日はまず
きのう掘った“湧き水”の場所に行きます。

そして大きく十字架の印をしてから
また、湧き水を飲み、顔を洗い
前掛けで手と顔を拭くと
いつもの場所、いつもの跪く格好で
いつものように祈り始めます。


(「ていねいな十字の印の仕方」を教えられていたことも、のちに明かされている)

ルルド(聖母が十字の仕草を教える)image


そののち、脱魂というか恍惚というか、そのような状態になり
ロザリオの珠を繰りながら、
何かを聞いて、それを慎んで受けるかのように
頭を下げたり
「いいえ」というように首を横に振ったりしていました。

最後のほうになると、思い切り深く頭を下げて涙ぐみ
地面に接吻した格好のまま、しばらく動きませんでした。


それから、

跪いたまま、何度か地面に唇をつける動作を繰り返しつつ
洞窟のほうへ“にじり寄って”いきます。

そして野バラの枝がある辺りに来ると立ち上がって
人々のほうに向き直り、

右手の人差し指を“自分の唇”にあて
左手の人差し指で“地面”を指して、
自分と同じように接吻するよう、人々を促します。


みなは最初、「なんだ?」と思い
ベルナデッタの伝えようとしていることがわかりませんでした。

しかし、一生懸命ベルナデッタが同じ動作を繰り返すのを見て
「ああ・・・そうか」
多くの人が、平伏して大地に接吻しました。

ベルナデッタがあとで説明したことによると
この「大地への接吻」
「償いの業のひとつ」とのことでした。

余談ですが・・・。
先日聖人となったヨハネ・パウロ2世は、
非常に聖母に愛された教皇として、
また、深く聖母を崇敬し、愛した人として知られています。
彼が、行く先々で“大地に接吻していた”のは、
その意味合いがあったのかな・・・と思ったりします。

さて、

人々に、“大地への接吻”を促したあと
ベルナデッタはまた、湧き水を飲み、
その水で顔を洗い、草を少し食べ
何度も何度も大地に接吻しながら、
見えざる存在が消え去るまで祈っていました。

この日、ベルナデッタはこう言っています。

「今日、あの方が悲しそうな声で

『罪人のために祈ってください。
彼らの罪を償う業をしてください』


・・・と、おっしゃいました。

頭を下げてそれをお受けしたら
『跪いたままで地面に接吻しながら洞窟へ進んでください』
と言われ
『そうするのは、疲れ過ぎますか?』
と、尋ねられたので

『いいえ』・・・と答えました」


また、とある夫人の
「あなたばかりを見ているその方は、
私たちのことを顧みてはくださらないの?」
との尋ねに
こう答えています。

「そんなことはありません。
あの方は、とても愛情のこもった眼差しでみなさんを見ています。

とくに、みなさんを見ているときは、
ずっと長いあいだ会っていなかったお友達に会うような
とっても懐かしそうな感じで見ています」



ルルド(増える人々)image



時間が移り

同年2月27日土曜日・・・。

この日、「誰か」とベルナデッタの語らいは
いつもより長くつづきました。

あとでわかったことですが
このとき、「誰か」は話の途中で急に言葉を止め
しばらく考え込んでから
「この地に聖堂を建てるように・・・と、神父さまに伝えてください」
とベルナデッタに告げていました。


ルルド(聖堂の建設を促す聖母)image


ベルナデッタは一抹の不安を抱きながら
けれども忠実に
ルルドの教会の主任司祭だったペーラマール神父
この言葉を伝えに行きます。

神父は常々、事の真相を見定める必要がある・・・と感じ
仮に超自然的なことが起きているとしても
出現者の正体がはっきり明かされるまでは
たとえみなが、どれほど熱中しようとも、
教会としては容易く容認できない・・・と思っていたので
自分を訪問したベルナデッタに
かなり辛辣に、突っ込みを入れます。

「よくわかりました。
あなたは、あくまでその“誰か”を信じて
このマッサビエルに聖堂を建てるように・・・という言葉を
伝えに来たわけですね。

しかし・・・。
仮に、あなたの言うことに“嘘や偽り”がなかったとしても
名前もわからない“誰か”の言葉を真に受けて聖堂を建てるなんて
容易くできるはずがありません。


もし、その誰かが、そう望むなら
自分が何者なのかを、はっきり示してもらわないと。

そうして、聖堂を建てるための確固たる理由が見つかったら、
無論、そうしないこともないでしょう。

あなたに伝言を頼んだ誰かが、まことに力のある方であれば
私の言うことをよくわかってくださるでしょう。

それがわからないようなお方なら
二度と遣いなど寄こさないでほしい・・・と伝えてください」



詳しい経過をすっ飛ばしていますが・・・。


このあいだにも、出現は起き続け、
群衆の数も2000人を超えるほどになっています。
しかも巷では、
出現者は「聖母マリアでは?」
密かに思われるようになっていました。

また、泉に願いを託した数件の治癒がすでに起き、
その現象は、あのドズー博士を唸らせてもいました。

加えて、様々な意地悪な想いをもってなされる取り調べも受けています。


ルルド(取り調べ)image



そして、

つぎにベルナデッタが伯母とともに
ペーラマール神父を訪ねたのは3月2日のこと。

ベルナデッタがこう言います。

「今日もお遣いで来ました。
あのお方が、
『洞窟に聖堂を建てることと
人々が行列をすることを望みます』
・・・とおっしゃいましたので」


すると、神父は不機嫌になり

「行列!?・・・愚かさにもほどがあります!!!
あなたはそれを、聖母マリアからの伝言だとでも言うのですか!?

あなたがいくら上手く説明したとしても
私は信じられない。

そんな行列をすることを望むなんて・・・。

それこそ無神論者たちの攻撃の的になります。
カトリックの威信にも傷がつきます。

その誰かとやらは、司祭の権限も知らないようです。
もし、知っていたら、
そんな望みを私ごときに伝えるはずがない。

聖母マリアだとしたら、
私にそんな力がないことをご存じでしょう。
タルブの司教のところへあなたを行かせるはずです。

あなたと、あなたに現れる何者かの計画は
曖昧で、要領を得ません。

聖堂を建てろ、行列をしろ・・・と言うなら、
なんの資格があってそれを求めているのか
ハッキリ示してもらいたい。

あなたの言葉の様子だと、
その何者かは聖母マリアにも思えますが
もしそうなら、“証拠”を見せてくれるように伝えてください。

もし、そのお方が、
みなの前で野バラに花でも咲かせようものなら
私も信じましょう。
そのお方の言うように、出来る限り手助けをするから・・・と
伝えてください」


で・・・後日、ベルナデッタは
またまた神父を訪ねます。

「今度は何だというのですか?」

「はい、神父様の言葉をお伝えしたら
あの方は、ただ微笑むだけで、何も言いませんでした。
ただ、『聖堂を建てることを望みます』・・・とだけ言って・・・」


「聖堂を建てろと言われたところで、
いったいその費用をどうしろというのですか?
私にはお金がありません。
だから・・・
神父にはお金がありませんから、あなたに出してもらいたい・・・と
私が言っていたとでも伝えてください!!!」


「・・・・・」


ルルド(ベルナデッタが神父を訪ねる)image_convert_20140604151439


そして・・・“その時”が近づいていきます。

そのあたりをつぎに・・・。


ルルド(ロウソク行列3)image



「見ないで信じる者は幸い」・・・と言われても
「見る」と、「見ない」とでは大違いな時があります。

実際に眼にしてさえ
信じられないこともあったりする・・・。

見ないで信じられる「何か」は
揺るがない確信をもって
心底「そうだ」と思えてこそ
・・・なのでしょう。

でもそれは、思うほど簡単ではなく・・・

ときに、人の“頭が判断すること”
心が「そうだ」と思うこと
食い違うことはざら・・・です。

そして、なにか

心が本当に「そうだ」と確信し
その判断が「最終的に正しかった」と知り得ることが
あったとき

そこには意外にも、
「上智の世界からの恩恵」による助けや導きという
視えざる働きがふんだんにあったりするのに
不覚にも、人は気づけないでいたりする・・・。


ゆえに、
すべてを自らの力で成し遂げている、とだけ感じ
「恩恵」に感謝できない場合も多々あるのでしょう。

そんな、儚くも未熟なこの世・・・かもしれませんが
それでも自分は、

この「人の世界」というものが
“そこはかとなく”愛おしい・・・です。




緑のピレネー

ルルドの近く(ピレネーの緑)image




母親が眼にした娘の姿・・・ 「マッサビエルの洞窟から」つづき

Posted by 世羽 on 03.2014 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
5月31日、都内某所の駅近くで
ブルーインパルスの描く航跡を真上に見あげていた。

「おおおおおっ・・・」と唸るギャラリーの歓声。
自分もつられて声が出た。

やっぱ・・・かなり、かっこ良かった。


さよなら国立競技場(ブルーインパルス)image


で、少し関連して・・・巷の記事にこんなことが・・・。

安倍首相 3月末空自に北朝鮮へのフライト準備の指示してた

スウェーデンのストックホルムで
5月26日から開催されていた日朝局長級協議終了後の29日、
安倍晋三首相は「北朝鮮政府との間で、
拉致被害者を含むすべての行方不明者の全面的な再調査で合意した」
と発表し、
経済制裁の一部解除に踏み切った。

官邸にとっては、今回の再調査合意も、
今年の3月から動き出した「首相の電撃訪朝シナリオ」の一幕に過ぎない。
実は、安倍首相はすでに3月末
政府専用機を運用する航空自衛隊に対して、
「北朝鮮へのフライト準備」を指示していた。

政府専用機はパイロットから客室乗務員まで全員、
空自の隊員で編成
される。
普段は北海道の千歳基地に待機し、
ひとたび命が下れば、ただちに羽田に向かう。

防衛省中枢筋が明かす。
「官邸からの指示は2つ。
第1は、平壌へのフライトシミュレーション。
北朝鮮の領空内は普段、日本の航空機は進入できないため、
東京から平壌までどんな航路で飛び、
その際、他の航空機とバッティングしないようにする調整だ。

第2は、2002年の小泉訪朝時のパイロットが手配できるか
という照会。
彼らのスケジュールを確保しておけという指示だった。
官邸は平壌までのフライト経験があるパイロットのほうが安心
と考えているのだろう」
   (週刊ポスト2014年6月13日号web)

へぇ・・・。本当だったら面白い。



赤っぽい夜空なimage



長いつぶやきのあとの本文(これまでのつづき)


母親が眼にした娘の姿


1858年2月19日。
「誰か」の4回目の出現でした。

この日、初めてベルナデッタの身内、
母ルイーズ伯母のベルナルド
ベルナデッタを連れて洞窟の出現現場に行きます。

内緒にして行くつもりだったのですが
気配を察知した人たちが
彼女の後を追っていきました。

洞窟に着くと、
ベルナデッタはいつものよう跪いて
十字の印を行います。

この時の仕草は、非常に荘厳な、気品溢れる感じで
とても無学な田舎娘の仕草に見えず

のちの出現でもそうですが
この様子が野次馬たちを驚かせ
周囲の人々が自然に跪いたり、
帽子を脱いだりするような
何かしら“畏敬の念”を抱かせる結果を生み出しています。

ルイーズは、
持参したロウソクに火を灯してベルナデッタに渡すと
伯母ベルナルドと共に跪き、天使祝詞を唱えます。

このあたりで、ベルナデッタの様子に変化が起こりました。

顔が照り輝くような、
言葉では表現しがたい美しさを帯びます。


ときに、何かを話しているかのように、かすかに唇を動かし、
ときに、微笑み
あるいはまた、納得したかのように頷いて、
とても幸せそうであったり・・・。

これを自分の眼で見た
母ルイーズと伯母ベルナルドは感嘆します。

「ああ、なんて美しいの!・・・」

この出現は、およそ30分ほどで終わりました。

この日の「誰か」との会話がどんなものだったか
帰る道すがら、
ベルナデッタは母と伯母に打ち明けました。

「私が約束を守ったことを誉めてくれた。
あとで知らせることがあるって・・・。

今日は、お話しているときに
地の底から怖ろしい声が聞こえたの。
何と言っていいか、とにかく大きな声だった。

何かがたくさん集まって、叫び合っているような・・・
ひどく争っているような・・・。

そしたら、何か誰かが大声で
『逃げろ、逃げろ!!』って叫んだ。

そしたら、“あの人”が眼を上げるようにして睨んで、
さっきまでの騒々しさがピタッと止まってしまって・・・。
大風が吹いたあとみたいだった・・・」



同年2月20日土曜日の5回目の出現時までには
噂がさらに広がり、
400~500名ほどの見物人たちが押し寄せます。


ルルド(集まる人たち)image


彼らのほとんどは、面白半分で、
何かおかしな素振りを見せたら、からかってやろう・・・
そんな感じでした。

なかには、
真相を暴いて迷信の類を払拭してみせる・・・
そう意気込んで出向いた“反宗教家”たちも混じっていました。

しかし、いざ出現が始まり、
ベルナデッタの顔に、光るような、
輝きを帯びる変容の様子が現れ、

彼女の喜びに溢れた様や、
出現者に対する“敬虔な態度”を眼にして
彼らの多くは非難も忘れ、むしろ感激するにいたりました。
(そうでない人たちもいた)


(追記:注/以下の画像はファティマの写真で・・・こうした感じ・・・というイメージとしてご覧ください)
ルルド(人々の様子)image_convert_20140602235235



このとき、母ルイーズが発した言葉・・・

「ああ、私は頭がおかしくなってしまったんだろうか?
 あれは本当に私の子なの?!」


いつも傍にいて
よく見慣れ、よく知っていた“我が娘”を見た母親・・・
この感想こそが、
ベルナデッタの変容を正確に表しているようです。


ルルド(ベルナッタのとある日の祈り)image


この日、ベルナデッタが母に話したのは
こんなことで。

「今日は、お祈りを一つ教えてもらった・・・」

「なら、そのお祈りを教えてちょうだい」

「それはダメなの。いまは許されていないから」

(こののちも、ベルナデッタは「誰か」との約束を必ず守ります)


マッサビエルでの出来事は、日を追うごとに周囲の村々に伝わり
地方新聞も取り上げたりと
いたるところで話題のネタになっていきました。

ですが、いずれの場合も

生活苦から出た金儲けの類だ、
精神病による錯乱だ
すべて狂言だ

そんな受け取り様でした。


2月21日
事件の真相を糾弾し、人心を乱す噂を一掃しようと
ルルドの医者で、
無神論者のドズー博士が出現の場に立ち合います。

彼の記録(の一部)はこのように伝えています。

「ベルナデッタは洞窟の前に来るとすぐ、
跪いてロザリオを取り出して祈り始めた。
ほどなくして彼女の顔が、辺りの人たちの注意を引くほど変化した。

出現者に会っていたようだ。

私は彼女の動きを注視していた。

脈拍には異常がなく、呼吸も平常。
全体の様子から見ても、
精神的な疾患症状は認められない。

彼女が立ち上がって洞穴の前に進んだとき
それまで喜びに満ちた顔が、突然憂いを帯びて、
両眼から涙が溢れた。
私は、この急激な変化に驚いた。

このあとで出現者は去ったらしい。

私はすぐと、どのようなことあったのか・・・・と
彼女に尋ねた。

彼女はこう答えた。


「あの方は、私を見ていましたが、
ふと、私の頭越しの彼方のほうを見ました。
それからまた私を見たのです。
でも、そのとき凄く悲しそうだった・・・。

そしたら、私も悲しくなってしまって
『なぜ、そんなに悲しいのですか? 
私はいったいどうすればいいですか?』とお尋ねしたんです。
すると

『罪人のために、よく祈ってください』とおっしゃいました。

そして、しばらくすると
穏やかな顔になったので、私はすごく安心しました」


私はまた、
誰かが杖で洞穴に触れようとしたのを
ベルナデッタが急いで止めたところを見た。

そのときのことを聞いてみると


「あれは、杖があの“お方”に触るんじゃないかと心配したからです」
と答えた。

さらに彼女の精神状態を調べるため
彼女とつぎのような話しもした。

「それが現れると、あたりの様子はどんなふうかね?」


「はじめに黄金色の輝く雲のようなものが出てきます。
それから美しい姿が現れます。
帰るときは、姿が先に洞穴のなかに消えて見えなくなって
そのあと、雲も消えます」


「姿とか態度とかは、どんな様子なのかい?」

「姿とご様子ですか!?
まあ!!・・・私のような頭の者の言葉ではうまく言えません。

でも、神々しくて、美しくて、威厳があって・・・
すごく深い愛があって・・・
一度その姿を見たら、何とも言えない良い気持ちがして・・・
自然に引き付けられてしまう感じになります。

ほかには、あまり想い浮かびません。

お歳のころ?・・・16~17ぐらいだと思います。

胸のところで手を合わせて、涼しげな空色の眼で私を見ます。
ときどき、天のほうを見上げているときもあります」



ルルド(ロザリオの聖母御影)image


「それと・・・話しをしていたようだけれど、
どんな話しだったのかね?
私たちにはそれを聞くことができなかったんだ・・・」


「いつも話しをするときと同じようにしていますが、
みなさんには聞こえないんですか?
そう言えば・・・
耳に響くというより、心に響くんです。
お言葉は、ていねいで、
私みたいな者にも『あなた』と言ってくれます」


「私が手を取って、脈を調べたのを覚えているかい?」

「いいえ、何も覚えていません」


こうしたやり取りのうちに、
ドズー博士はベルナデッタの受け答えが率直で
体験した事実を歪めていないことを直感し、
「これは簡単にすむ事件ではない」という想いを抱きます。

これが、いわゆる“識者”が介入した最初でした。

その後、出現に並行しながらそのほかの調査が進むにつれ
博士は「マッサビエルの事件は超自然の出来事だ」と公言し
最終的には無神論者だった彼が、
信仰を持つまでにいたります。

晩年、博士は、
ルルドの聖母についてまとめた自身の研究の結びに
「わたしの信仰は、この奇跡を目の当たりにして発心したものだ」
と書いています。

同時期、ベルナデッタは両親とともに、
警察やら、地方の権力者やら、学者やら
多くの人たちから、実にさまざまな取り調べや追求を受け
しばしば、
見たことを撤回するように諭されたり
ひどく罵倒されたりします。

けれども、
彼女自身が眼にしたことについての供述は
ゆるぎなく一貫しており
かまをかけられて、わざと違う返答に誘導されても
はっきりと「それは違います」と訂正しました。

そして、どれほど脅されても、
「私は見ていることは本当に起きていることです」と、引き下がることなく
子供の能力を超えるかのような“勇気”を示していた・・・と
記録は伝えています。

調べにあたっていた一人
ルルドの検事ジュツールは日記に、こうあります。

「あの少女は貧しい家の子だ。
だから衣類はすこぶる粗末で
かぶり物も色や模様の褪せた洗いざらしだ。
しかしそれらは清潔で、汚れていなかった。
彼女は貧しいが自重心がある。
話しぶりは極めて無邪気。
しかし、確信をもって話すことは微動だにしない。
人を十分納得させる力がある。

とくに、洞窟の出来事を話すときは
“心の潔さ”が顔に溢れている。
返答は淀みなく、非難すべきところがまったく見あたらなかった」



ルルド(ベルナデッタ正面近影)image


このさなか、いわゆる教会などはどう対応していたか・・・というと
洞窟で何かが起きているのはもちろん知っていましたが
ベルナデッタが「何と」会っているのか
はっきりしていないこともあって、
ある意味、傍観・中立の姿勢をとっていました。

途中、ベルナデッタの指導司祭が、
取り調べをしている人たちに意見を求められ
彼は、このとき
起きていることを超自然の出来事だと信じていなかったものの
「特に他の人々の信仰などを阻害しているわけではないし、
今のところ、このままにしておいてもいいのでは・・・」

と助言しています。

結局のところ、このあたりになると、

何が起きているかはわからないけれど
ベルナデッタが、人を騙そうとか
金銭的な利益を求める目的とかで
洞窟に行っているわけではなく
頭がおかしいかどうかを別にすれば
嘘や偽りなく、本当にそのまま話している「だけ」らしい・・・
と言う見方になってきます。

ですが、それでも世間一般の風は依然冷たく、
ことがあれば、ヤジを飛ばされたり
嘲笑される
・・・ということに
さほど変化はありませんでした。

少しすっ飛ばして・・・・

さらに出現が進んで9回目のとき
ついに、あの「泉」の水の湧出にいたります。
そして、どうしてこの地にバジリカが建ったのか・・・・。


ルルド(ロウソク行列2)image



(そこらを、次回につづけてみます)


*****

一時的に、巷の話題をさらったのち
忘れ去られ、消えていく不思議話というのは
けっこうあります。

自分、そこらに大事な本質があるような・・・と
個人的に想ったりします。

たとえ、どんなに“小さな不思議話”だったとしても
それが、どんなことを周囲にもたらしたか
あるいは、もたらし続けているか・・・というのは
けっこう大事かな・・・と想うわけです。

人の深層に影響を与え、
“「心」の記憶に残る”ものというのは・・・

話が、どれほどぶっとんで不思議であったか・・・
というだけでもなく
また、ジャンルにも関係なく

教養を高めたり、
お金をもうけたり、
名誉に変わったり、
地位を向上させたり

そうした類の要素にとどまることもなく

その辺りをすべてを凌駕して

ときに、心情を揺り動かす「力」を伴い
この世界を超えた美しい「何か」を伝え、
人の心にとどまっていく
・・・そんなふうに感じます。

なので、このあたり、
案外、大切な本質かな・・・と。


ルルド(花と聖母像)image



内なる声に誘われて・・・「マッサビエルの洞窟から」のつづき

Posted by 世羽 on 31.2014 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
伊勢と出雲が手を組んだのを見て・・・「こりゃあ・・・」と想っていたが
ふ~ん、そういうことかぁ・・・(一人納得)。
だんだん楽しみになってきた。
敷島よ・・・頑張れ。


黄金色のimage



前回からのつづきです。


内なる声に誘われて

正体不明の不思議な存在と出遭った2月11日の木曜日・・・
ベルナデッタは両親にきつく注意され
母ルイーズからは
「私たちの眼や耳は、ときどき幻を見たり、
不思議な声を聞いた入りすることがあるのよ。
悪魔だって人を騙そうと、
あの手この手で心を捉えようとすることもあるわ。
こんなときは、そういうことから早く心を離して忘れなきゃ」


などと、忠告を受けていました。

けれどベルナデッタは、どうしても
自分に現れた「誰か」が悪い存在とは思えませんでした。

そして、洞窟へ「行きたい」と想う気持ちは強くありましたが、
叶わないまま、2月14日の日曜日を迎えます。

この日、ベルナデッタは
心のなかに「洞窟に行きなさい」という
はっきりとした強い促しを受けます。

それで「あそこに行かせて・・・」と、母に何度も願い、
父が「ロザリオをかけているのだから悪いものではないかもしれない」
助け舟を出したこともあって、
母も根負けし、
『まあ、改めて何もなかった現実を知れば
かえって妄想も消えるだろう』
・・・と
戻る時間を決めて、洞窟に行くことを許します。

嬉々として洞窟に向かったベルナデッタには、数人の子供たちがついてきました。
彼女が「何かを見た」話は、それとなく伝わっていたのです。


ルルド(御出現の聖母)image


「もし、見えるものが悪いものだといけない。聖水を持っていこう」
ベルナデッタたちは
途中、教会に立ち寄り、「聖水」をもらっていきます。

洞窟につくと、
ベルナデッタは友達と一緒にロザリオの祈りを始めます。
ちょうど、その途中・・・・。

(メモ:ロザリオは5連で一環
一連は、主の祈り1回、天使祝詞10回、栄唱1回を唱える。
時と場合、また人にもよるが、
1環を唱えるのにおよそ20~30分ほどかかる。
なので、そのどこかのあたり)


ルルド(ベルナデッタの祈り)image


「ほら、あそこ。ロザリオを右の腕にかけている!・・・」
と、ベルナデッタが小さい洞穴を指さしました。

しかし、ほかの子供たちには何も見えません。

子供の一人が聖水を渡してきたので
ベルナデッタはそれを受け取り
「あなたが、ほんとうに神さまのお遣いなら、こちらに近づいてください」
と言って、「誰か」に向かって聖水を撒きます。

そして、
「聖水をかけても怒っていない。喜んでいるみたい!」
と叫びました。

この辺りから、
ベルナデッタに急な変化が生じていきます。

当時の子供たちの話によると

「その時、ベルナデッタの顔は神々しく輝いて、
いつもとは全く違う感じで、美しく見えた・・・」
・・・と。

しかし、あまりの変化に狼狽した子供たちは心配になり
「ベルナデッタがこのまま死んでしまうかもしれない・・・」
と思い始めました。

このころ、
噂を聞いた別の数人の子供たちもきていたので
そのうちの一人がベルナデッタに近づき、彼女に言葉をかけます。
でも
ベルナデッタは無反応で、身動きひとつしません。

それで、子供たちは騒ぎだします。

ちょうどこのとき
たまたま洞窟の上の道を通りかかったニコロ家の夫人たちがその騒ぎを知り
何事か・・・と、駆けつけます。

そして、ベルナデッタの様子を見て非常に驚き、
声をかけたり、身体をゆすったりしてみましたが
ダメでした。

もともと理由がわからず駆けつけた人たちだったので、
わけがわからないまま、何とかしなければという思いだけで
とりあえず、力自慢の息子を呼びに行きます。

というのも、それだけベルナデッタの身体が異常に重くなっていて
動かせなかった・・・。

助けを求められて現場にやってきた息子は、
ベルナデッタの姿を見て仰天します。

のちの彼の証言はこうです。

「あのとき、彼女の顔は、まるで白い蝋(ロウ)のようだった。
石に跪いて洞穴を見つめており、
合掌した指のあいだからロザリオが垂れ下がっていた。

微笑みながら泣いていて・・・でも、凛とした美しい姿だった!
私は、そのあまりの神々しさに心打たれて、
近寄ることができなかった。

母も伯母も(ニコロ姉妹のこと)、他の人たちも、
洞穴を見てみたが、私たちには何も見えなかった」



ルルド(聖母とベルナデッタの御絵)image


大人たちは、そののち
やっとのことでベルナデッタを立ち上がらせ
なんとか、サヴィの水車場まで連れ戻ります。

ベルナデッタの妹は、姉のあまりの変化を眼にし、度肝を抜かれ
自宅に駆け戻ると泣きだしました。
で・・・母親は、ことの子細を知って、
ベルナデッタが運ばれた、その水車場へと急行します。

娘を前にした母親は、
「あれほど注意をしたのに、なんでこんなことをしたの」と
凄い剣幕でベルナデッタを叱りつけ、
棒きれを振り上げてまで、おしおきをしようと怒りを顕わにするのですが、
それをニコロ婦人が止めます。

「そんな乱暴なことをしてはいけませんよ。
娘さんに、いったい何の過失があると言うの?
さっき、私が見た娘さんの姿は
この世のものではありませんでした。

美しくて、尊くて・・・。天国の聖人みたいで、
私はけっして忘れられない・・・」



この日、ベルナデッタに起きたことを目撃したのは
ニコロ家の人々と、子供たち数人でしたが
この話は、たちまち村中に噂が広まってしまいます。

そのような人たちのほとんどが
起きたことの詳細を知らず、「単なる子供の世迷い言、妄想だろう」
思っていたので
ベルナデッタの母は、それを知り、
「このままでいたら、私たちはみんなの笑いものになってしまう」
ということばかり危惧していました。

そんな住民のなか
アントワネット・ペレーという女性が
最近帰天した、とある有徳な女性のことを思い起こし
もしかしたら、その女性が現れたのかもしれないし、
事情を確かめてみようと
友人のミレー夫人を誘って、スビルー家を訪ねます。

そして、あまりに“家の体裁のみ”を心配していた母親を見かねて
こう言いました。

 「お嬢さんは悪いことをしているわけではありませんよ。
 洞窟に行きたがっているのをあまりに止めるのは
 かえってためにならないかもしれません。
 神さまの思し召しということだって
 あるかもしれないじゃありませんか」


「神さまの思し召し」・・・この言葉がベルナデッタの母親の心を幾分なごませたのか
結局、娘のことを、この二人にまかせてみよう・・・と思い立ちます。


で・・・


同年2月18日の朝早く
この二人の女性はベルナデッタと一緒に
洞窟へと向かいます。

二人は、もし現れる「誰か」が「何者」かを教えてくれるようならと
用意周到に、紙とペンを持参します。

洞窟には、
一足早く着いたベルナデッタが跪いてロザリオの祈りをしており
しばらくすると、
「あ、現れた」とつぶやいて、挨拶をするように頭を下げました。

二人の女性には、まったく何も見えません。

ベルナデッタが祈りを終えると・・・

アントワネット夫人が
「その方が何か知らせたいことがあるかもしれないから
これに、名前と言いたいことを書いてくれるようにお願いしてみてちょうだい・・・」

頼みます。

ベルナデッタは言われたとおりに「誰か」に近づいていくと
「誰か」は大きな洞窟の上あたりに移動します。

それでベルナデッタは
「あなたがほんとうに神さまからのお遣いなら
名前と、お望みのことを言ってください。
そうでないなら、ここを離れてください」
と言います。

はじめ、微笑んでいた「誰か」は
この最後の言葉を聞くと、一瞬眉をひそめ
首をふりました。

その様子を見たベルナデッタは、思わず後ずさりしますが
「誰か」はそれを止めました。

そののち、ベルナデッタは紙とペンを差し出して
「お願いします。これに名前とお望みを書いてください」と頼みます。

すると「誰か」は微笑みながら
ベルナデッタが話している「方言」で

「言いたいことは、書くまでのことではありません」
「あなたは、ここに15日間来ることを約束してください」


と答えます。

さらに、
ベルナデッタと同行した二人の女性が一緒に来たことが気に入らないのか・・・
という問いかけに、「問題はありません」と告げます。

そして・・・・

ベルナデッタと「誰か」のやりとりは1時間ほどつづき
その後、「誰か」は去りました。

同行した二人は、さっそく
どんなことを話していたの・・・と、ベルナデッタにあれこれと尋ねます。

すると彼女は、とても嬉しそうに、
しかし、どことなく悲しげにこう言いました。

「あの方は、わたしに
『あなたに幸福を与えます。
 しかし、この世ではなく後の世で』
・・・と、言いました。
 そして、みなさんを見て優しく微笑まれました」


この日、
二人の女性はベルナデッタを自宅に送り届けると
母ルイーズに
「こんなに恵まれた良い娘さんを持ったあなたは
なんて幸せなんでしょう。
私たちは、本当に羨ましいと思います」
と話しています。


ルルド(ベルナデッタ立ち姿近影)image


後日、「誰か」が「誰であったか」がわかったとき
この二人の女性は、ベルナデッタから知らされたことを
感慨をもって、周囲に話し、
度々思い起こすことになりました。

とはいえ、

周囲の人々の“好奇な目”“諸々の批判・中傷”
日を追うごとに増え、
スビルー一家は、ほんの一握りの人たちを除いて
針のむしろ状態に置かれることになりました。

母ルイーズは悩みます。

『仮に「誰か」がそれほど悪いものではなかったとしても
無学で、公教要理
(カトッリックの一般的な教義)も知らず、
初聖体すら受けていない私の娘に
そんな素晴らしい恵みがくだるはずがない・・・』


思いあまったルイーズは、妹ベルナルドと申し合わせ
ついに自らも、現場を確かめに行くことを決意します。


そして・・・はじめて
娘の変容を見たとき、母親が何を想ったのか・・・。



つぎに、そのあたりから書いてみます。


*****

遠い昔、はじめてこの物語を読んだとき
心に響く「何か」を感じました。

そして、

本当に“神々しい存在”に出遭い、
その想いを抱きしめたなら
その人は出遭った存在に似たものになっていく・・・
それを「心」で知りました。

このことは、
自分が長じながら
世間のさまざまなを身に帯びていくなかでも
心の奥底から響き、
途切れたことはなく
いまも感じ続けています。

それは、お金にはならないこと。
人の眼にも触れないこと。


でも、いま
一つの物語から芽生えた心の「想い」
何にも代え難いものになっています。


ルルド(とある聖母像正面)image_convert_20140531002525


なので・・・
そのことに導いてくれた「何か」に
心から感謝しているというか・・・。




ルルドではロウソク行列も有名です。
これはベルナデッタが、洞窟の貴婦人から
お願いされて行われることになったもので。
その時に大合唱される歌の一つ・・・
とりあえず、日本語のものを貼り付けておきます。







  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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