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一人の少女の命が残したもの

Posted by 世羽 on 30.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(独り言)
世界的にみると、つまり海外ということだが・・・かなり大きな震源があると思う。
先日の房総周辺は、いまだ気にかかる。同様規模の後発が続くかもしれない。

中国の草原images

昨日、お隣の国について書いて
そのあと、「いいところ」もあげておかなければ・・・と感じました。

で、本題の前に・・・。

我が家には、両親の世代から親戚のように親交を深めた、
中国から帰化したMさん家族がいます。
そのM家のお父さん(叔父さんと呼んでいました)は
高齢になるまで、都内でとても小さな中華料理店を営んでいました。
周囲の日本人の人たちとも、非常に仲良く暮らし、
儲けることよりも、お客さんが喜んでくれることをいつも考えていた叔父さんでした。

来店する初めてのお客さんにさえ、餃子一皿の注文に、メニューにない何かしらの副菜料理をつけたりしていました。

そんな感じですから、
地域の人たちも「Mさん、Mさん」と親しみをこめて付き合っていたようです。

店は小さいし、いつもたくさん収入があるわけではありません。
お客さんが少なくて、Mさんの実入りが少なく生活に困った様子が見られると、
周囲の人たちはさりげなく、頻繁にお店に通い、
単なるお客さんとして食事をし、生活を助けていたことも多々あったようです。

Mさんの餃子はほんとうに美味しかった。
今はもう天国ですが・・・あの、もの凄く優しかった叔父さんのことです。
きっと地上での色々な苦労をはるかに越えて、幸せな時を過ごしていると思います。

そして・・・。
タイトルのお話。

*****

中国が今の状態になる以前、
その国内では、キリスト教を始めとする宗教が容認されていた時期があります。
ですが、共産党政権の樹立とともに、宗教への弾圧が起きる時代を迎えます。
そして、今も見られるように、迫害を受けることとなります。

当時、多くのキリスト教の聖職者たちが弾圧の渦に巻き込まれていくなかのことです。

一人のカトリック司祭が、教会に併設された司祭館に監禁されました。
そして共産党の党員たちは、教会に入り、祭壇へ向かうと、
信者の崇敬してやまない「聖体(ホスチア)」が安置されている聖櫃(せいひつ)をこじ開け、
チボリウム(ご聖体を入れる器)を取り出し、床に投げつけました。
ホスチアは無惨にも、床に散乱してしまいます。

司祭は、その様子を窓から見ていたのですが、
彼はそのとき
チボリウムに32枚のホスチアが入っていたのを知っていました。

ホスチアimages

このホスチアとは、聖書で語られる「最後の晩餐」のときに、
イエスが「これを私の記念として行いなさい・・・」と弟子に伝えた「秘蹟の業」を行うことによって、ただの種なしパンが聖変化を起こし、
そこにイエスの霊的な「現存」が宿るとされるものです。
つまり、
今も昔も、信者にとって、それはこのうえなく神聖な尊いものです。

ですから、司祭は非常に心を痛めながら、それを見ていたのです。

と・・・その同じとき、教会の後方で一人、
「11歳の小さな少女」が、この様子をひっそり見ていました。

そして、その夜のこと・・・。

なんと、その少女が教会にやってきたのです。
少女は見張りの目をかいくぐり、聖堂の中に入ると、
しばし聖時間(顕示された聖体に崇敬の念を現し、イエスとすべての人との一致を祈る信心行)の祈りを捧げます。
そして、祈りを終えると祭壇に近づき、散乱していたホスチアの前にひざまづくと、
屈みこむようにして、そのホスチアを舌で拝領したのです。
(この頃は、今よりも、ホスチアを拝領するにあたっての崇敬の度合いが深く、
それを手で持つのが許されるのは司祭だけでした。
信者は、ホスチアを手で受けることは許されていなかったのです)

それからというもの、その少女は毎晩教会にやってきました。
毎晩、祈りをささげ、そのホスチアをひとつずつ拝領していったのです。

聖体訪問images

司祭は、その少女を監禁された部屋の窓から、毎夜、毎夜ずっと眺めていました。

そして、散乱したホスチアの32枚目、つまり「32日目」のことです。
少女はあやまって物音をたて、見張りにみつかってしまいます。

そして・・・

この少女は、見張りがふるった銃身で殴られて、命を落としてしまったのです。

監禁されていた司祭はなすすべもなく、
この少女の死を
苦悶のうちに、ただ見ているほかありませんでした。

この話はのちに、ニューヨークのとある司教に伝わり、彼に深い感動を与えました。
後年、この司教は世界中の人々に宣教をし、大勢の心を動かす人物となりますが
あるとき
「これほど多くに感動を与えるあなたの心を動かしたのは誰ですか?」
と問われ
彼はこう答えたそうです。

「教皇でも、枢機卿でも、ほかの司祭や修道女でさえもない・・・・」
それは・・・と言って語ったのが、この中国の少女の話だったそうです。

そして、11歳の少女が、これほどまでに神の現存を、この世に証しできるなら、
自分がそれを世に証しするのに何の不足があろう・・・と、
心に深い感銘を受けたことを打ち明けました。

一粒の麦死なずば・・・
名も知らぬ少女の命は、決して無駄にはならなかった・・・。

こうして、
知っている話でしか語れませんが、
住む場所は違っても、
どんなに、色々なことがあっても
そこにはたくさんの美しい魂がいることでしょう。

それらを「憎悪」や「怒り」に変えてしまうものこそ・・・
平和を願う人々が対峙し、克服していくべきものだと
改めて思わされています。



http://www.youtube.com/watch?v=TWRMhxt8CoI





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「赤い国」の軍用機40機以上が尖閣に・・・その侵略作戦

Posted by 世羽 on 29.2013 時事ネタ   0 comments   0 trackback
(独り言)先日から感じ、メモした「東方向」はこれだと思う。
平成25年04月29日22時10分 気象庁発表
29日22時01分頃地震がありました。
震源地は茨城県沖(北緯35.8度、東経141.3度)で、
震源の深さは約30km、地震の規模(マグニチュード)は5.7と推定されます。

でも・・・。前に書いたように、本丸じゃない。

尖閣侵入 Zma20130423GZ0JPG0003340010


すでにご存じとは思いますが、ゴールデンウィークにはいる少し前、
尖閣付近では、こんなことが起きていました。

(サンケイのウェブニュースから引用:読みやすいように一部修正)
尖閣に中国軍機が40機超飛来 「前代未聞の威嚇」 空自パイロットの疲弊狙う
2013.4.27 12:07
尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の日本領海に
中国の海洋監視船「海監」8隻が侵入した23日、
中国軍の戦闘機など軍用機「40機以上」が、尖閣周辺に飛来していたことが分かった。
複数の政府高官が26日、明らかにした。

軍用機は戦闘機が大半で、新型のSu27とSu30(Suはスホーイのこと)を投入。
航空自衛隊の戦闘機パイロットの疲弊を狙って絶え間なく押し寄せた。

政府高官は「前代未聞の威嚇だ」と指摘している。

政府は、中国軍機の威嚇飛行について、海監の領海侵入と連動していたと分析している。
海上保安庁の警備態勢や海上自衛隊の護衛艦、P3C哨戒機の配置を軍用機が上空から情報収集し、海監に伝える狙いもあったとみられる。
海監8隻は
23日午前7時23分ごろから8時25分ごろにかけ、尖閣周辺の海域で相次ぎ領海に入った。
うち1隻は、尖閣諸島の魚釣島の北西約1キロまで近づいた。
8隻は同日午後7時半ごろまでに領海を出た。

領海侵入を始めた頃、戦闘機など軍用機も尖閣周辺に飛来し始めた。
入れ代わり立ち代わり尖閣周辺上空に接近し、
その都度、航空自衛隊那覇基地のF15戦闘機などが緊急発進(スクランブル)で対処。

飛来してきた中国軍機は延べ40機以上に上った。

新型の戦闘機を投入してきたのも特徴。
これまで尖閣周辺での威嚇飛行はJ10が大半だったが、今回はSu27とSu30を多数投入してきた。
3機種とも各国の主流である「第4世代戦闘機」だが、Su27とSu30は戦闘能力などでJ10を大きく上回る。

スホイsu27
スホイ30images

空自のF15、F2の4世代機は計約300機なのに対し、中国軍は560機以上を保有。
別の高官は「今回のような威嚇飛行が続けば、空自側が対処しきれなくなる恐れもある」との懸念を示した。

*****

巷ではよく、こんな声が聞こえてきます。
「尖閣ぐらいあげちゃっていいじゃん・・・。戦争するよりマシでしょ」

もし、この声が大多数を占めるようになるなら、
日本と世界の未来を創る道は、逆に、平和とはほど遠いものになる・・・。

繰り広げられている霊的なせめぎあいもさることながら
日本の多くの方々は、あまり現実を知らされていません。

かなり昔から、中国は「日本への侵略作戦」を着々と、しかも入念に進めていました。

それは3つの段階からなるもので、
実際、日本の内外で工作員らが非常にたくみな活動を行いながら
下準備を進めていました。

●第一期・・・国交正常化(1972年)

●第二期・・・民主連合政府の形成(2009年に成功したかのようにみえたが
これを、阻止する動きによって何とか食い止められた)

●最終期・・・日本を占領、分割し、日本人民共和国を樹立する。
(現在進行中)

中国 列島線 ae3h44

当たり前と言えば当たり前ですが
中国の計画は、日本人がほとんど気づかない方法で進められます。
それは実にさまざまな方法があります。

たとえば

実に昔から、尖閣などがどこに領有権があったかを示すものとなるような古地図を、
すべて買い漁り、日本人ですら真実がわからなくなるような工作が
数十年の長きにわたって行われていました。

そして・・・・

日本人への心理作戦
日本国民の心理をつかむため、中国への親近感を抱かせ、警戒心を捨てさせる。(本土側ではうまいぐあいに、逆の方向に向きましたが、沖縄では・・・)

新聞や雑誌への侵入
「三大紙」(朝日、毎日、読売の三紙)への工作。
こうした中央紙をはじめ、かつての日本が悪いという論調を地方紙へと拡大していく。

「民主連合政府」を樹立させる
世論を工作し、大衆迎合型の民主連合政治に導く。
よって、それに反対する論調は徹底的に叩く。
(上記したように、何とか阻止)

その他にも
*反日思想教育を受けた、一般の中国民衆を大量に送り込み、
 いざというときには、彼らを日本国内で蜂起させる。

*日本の各地の土地を購入し、戦争勃発時に、それらを侵入拠点にする。


現在、沖縄が基地問題で揺れていますが
あれも、中国側にとっては、ひとつの工作の「たまもの」です。
今の沖縄の主要新聞は、軒並み中国の支配下にあるといっても過言ではありません。

中国が欲しいのは、領土問題にかこつけて
喉から手が出るほどほしい、台湾、尖閣、沖縄へといたる海洋路を自由に航行したいのです。それは世界の覇者になるために必要なことだからです。

そのためには、沖縄に常駐している、
中国にとって「目の上のたんこぶ」である米軍を追い出さねばなりません。
(確かに、米軍兵士の行動から出る被害などは改善されるべきものです。
しかし、それだけに目を向けすぎると、ワナにはまります。
また、本土に比べて復帰が遅くなったこと、これらを本土の人々は感謝を込めて、思いを馳せることも必要です。でも、それに目を向けすぎると、沖縄の人も本土の人もワナにはまります)

沖縄では、報道されるような「米軍基地反対派」ばかりではありません。
ですが、それらの人々の意見や行動はまったく報道されないのです。

すると本土から見れば、「なんだそんなに日本が嫌なら独立すれば」・・・という気持ちになってしまっても当然です。

(ひとつ現実を申し上げれば、当初基地の周囲には一般家屋はほとんどありませんでした。
基地の近くに家を建設していったがために、あのような密集地となったのです。
また、騒音や危険から護ろうと、小学校にも移転の話がたびたびあったにもかかわらず、
それを阻止したのは誰だったでしょうか・・・。
子供に米軍への憎しみを持たせたのは誰だったでしょうか・・・)
普天間の過去 5b2a8e54
普天間現在d5f2f77f-s


未来が確定していない・・・と言っても、
それを選び、創造していくのは、人々の集合意識の選択にかかっています。
それを考えるとき
今は正念場の「1歩手前」です。

すでに、霊的な世界、意識の世界では、
中国と日本は攻防を繰り広げているといっても過言ではありません。

中国の人たちは同じ人間です。
ですから、何の遺恨もありません。
ですが、中国の方々はマインドコントロールされている現実があります。
そして、対国家レベルとなると猛烈に話がややこしくなります。

以前の記事で、「いずれ中国は日本に本気で牙をむく・・・」
とお伝えしました。

現状をこのまま辿ると
そうなる未来を選ぶ可能性が非常に高いからです。

スピリチュアルに傾倒する方々は
個人の心が昇化されれば、そんなものは自ずと回避されると考えるかもしれません。
ですが、それは逆に、別の勢力に巧妙に導かれている・・・。

確かに個人の心・魂の向上は、未来を形作るには必須のことです。
とても大事です。

しかしながら、
この世界全体の意識の向上が「同時に」なされてこそ
それらの努力も生きることになります。
どちらか一方では方手落ちです。

霊的観点からすると、日本は「平和の砦」になる必要があるのです。

では、どうしたらそんなことができるのか・・・。

日本人の住むこの列島全体に「気づき」の意識をもたらすことです。
ゆえに、そのための「心」の在り方を、これまで再三お知らせしています。

今、日本への良からぬ侵攻は中国だけではありません。
某隣国からの心ない憎悪・・・、
また、民衆の気づかないうちに洗脳を試みる
アジア以外の「まったく別の勢力」からの侵攻も進んでいます。
そうして日本の国内は、「日の本」の尊厳が崩壊しつつあります。

見かけは小さいことですが

なぜ、昔のように武士道精神を鼓舞するような時代劇が姿を消してしまったのでしょう?

いつから、両親は親でなく、友だちになってしまったのでしょう?

いつから、自分が一番でなければならず、
そのために誰かを追い落とさないと生きにくい日常になってしまったのでしょう?

いつから、子供があれほど家庭での王様のように育てられるようになってしまったのでしょう?

あげればキリがありません・・・。

とても大事な時期です。
個人のスピリチュアルの向上も大切です。

けれど、それだけではなく
こうした、見える世界で起きていることに、もっと気づいてほしい。

その「気づき」は
魂を磨くことを、決して阻害するものではありません。

むしろ、何が起きているかを見つめることは
人が未来を創造していくために、何が必要かを知りうる、
貴重な「気づき」となります。

もちろん、すでにお察しくださっている方々もおられるでしょう。
でも、もしそうでない方がおられたなら
自らの面白、楽しき、だけでなく
ときおり、こうしたことにも目を向けていただければ
本当に嬉しく思います・・・。


少し古いですけど・・・。わかりやすいかと。
http://www.youtube.com/watch?v=s8u1ziIax-A





太陽に「大地」があるとしたら・・・

Posted by 世羽 on 28.2013 宇宙と星がらみ   0 comments   0 trackback
(独り言)昨日を危惧していたが、大地が静かになっている!
 一時的にはいいことだ・・・。
でも、これが長期にわたると・・・・・・・。
*****


太陽 594643main1_solar_orbiter_satellite1

以前から不思議に感じていたことがあります。

はるか彼方の星系の意識をチャネリングできる人は多いけれど、
どうして「太陽」からはないのだろう・・・と。

今でも多くの人が太陽を拝んだりします。

昔から、太陽には神のような神人がいて、
太古、地球へ多大な貢献をした神話も残っています。

でも、「太陽」にまつわるチャネリング話はあまり聞いたことがない・・・?

太陽の周辺にスターゲートがあるかもしれない・・・と言われたりもしますが、
なぜかそこを通ってきた地球外生命体の話を得たことがなく・・・。
(たまたまめぐりあわないだけかもしれません・・・)

太陽より遠くの星々の住人に意識を繋ぐ人がいる。
銀河の中心からの意識をも捉える人がいる。
宇宙空間を漂う魂の集団の、過去の意識を捉える人もいるらしい。

仮に太陽に何かがいれば、大なり小なり何かしらキャッチできそうですが・・・。
なんで・・・?

そしてふたつの「?」「?」が湧くのです。

実際にチャネリングしている人がいると知りつつも、
多くある情報のどれくらいが真相を伝えているのか?

太陽に何らかの存在がいる・・・というのは根も葉もないたわい事なのか?

・・・・・・。

近年、太陽の詳細な写真が撮られるようになってから、
太陽周囲では
すごくたくさんの「未確認飛行物体」の映像が捉えられるようになりました。
つい最近も、太陽からエネルギーを得ているらしき「何か」・・・の話がかけめぐりました。

太陽に何かを繋いでるindex

そんなことが多いせいか、
おかげで太陽の写真は、かなりの頻度で
たくさんの部分的な目隠しがされます。

0712021500_soho_eit_284_1 モザイク???太陽

一般に、太陽はガス天体とされ
通常の生命体が近寄ったら一瞬で溶けてしまう「高温のプラズマ大気」で包まれているという見方です。
ここに生命体はいない・・・そう教えられています。

太陽の構造 NASA-launches-sun-scanning-instrument

でも、今の科学では、
太陽内部がどうなっているのか、はっきりとわかっていません。
「わかっていない」という事実はなぜか教えられませんけど・・・。

木星もガス惑星と捉えられています。
ところが
土星探査機カッシーニが、土星に向かうさい、木星近くでスイングバイしたのですが
そのとき、偶然得られたデータは、予想を覆すものでした。

個体の陸地があるかもしれない・・・というのです。
長いこと、木星にみえる巨大な渦巻き「大赤班」は、大気の嵐だ・・とされてきましたが
それが何と、下にバカでかい火山があったりして・・・そんな可能性も噂されるようになりました。
以前にもガリレオという探査機が木星に接近したおり
木星の大気の下にある乾いた部分が存在する可能性を秘めたデータを送ってきています。

木星 redspot

太陽もそんな感じで
公に報道されませんが、正体不明の動かない陸地?のようなものが映し出されたりしている・・・
という話があるようです。
すべてが溶けてしまうほどの熱源のような太陽の上に陸地?・・・アホな、と思うのですが、
そうなのです。
太陽も、いまだ多くの謎に包まれた天体のひとつ・・・ということです。

現在教えらている太陽系の形成モデルは
コンピューターのシミュレーション力の発達とともに、真実性が崩れ始めています。
なぜなら、データを突っ込んでいくら計算してみても、現状の惑星らの誕生を示せないのです。

ムーに連なる、とある伝承はこんなことを伝えています。

遙か昔、大勢の超人が高度に発達したもうひとつの世界から、
人類と地球の進化を促すためにやってきた。
彼らは精神でできた身体をもち、
その身体は、根源的な物質から創造され、地球の中心核と同じくらい重く、
太陽と同じくらい明るく熱かった。
彼らは神のような、巨人のようだった。


これに当てはまる地球外生命体で、
現在、名前があがっているような存在のなかには見あたらない?

つまり通常の「惑星」に生きる生命体ではないような・・・?

すると、伝承が「何かしら」を伝えているとしたら
これに当てはまる存在とは、
いったい「どこ」から来たのでしょう・・・。



http://www.youtube.com/watch?v=tY2n2CHMXfI





「視えない存在」と接触するときに知っておきたいこと

Posted by 世羽 on 27.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback

(独り言)
昨日、ブログを書いた後
「今はほんとうに平和だなあ・・・」と改めて思った。
どんな情報を信じても、それで殺されることはない。
仮に、妙な方向へ誰かを誘導し、それが嘘だったとしても、多少批判を浴びるぐらいだ。心の学びとして終結できるし、磔刑にも、獄門にも、火あぶりにもならない。
「平和だ・・・」 これはいいことだ。

ひきかえ、地下が少し危うい。かなりの感覚がある。そう・・・かなりだ。全方位から迫ってくるので向きがわからない。でも、東が気になりだした。房総の方角、本丸の前駆があるのかもしれない。深発だといいが、揺れるとしたら、少し大き目かもしれない。


LIGHT_GRAFFITI_7_large.jpg

たぶん・・・。
本当の能力者・・・というか、
生命を賭すほどの想いをもって、視えざる高次の助力のもと、
誰かを助けようとする人・・・
そのような人なら、同じことを言うのではないかと思うのですが・・・。

視えない世界と接触し、会話をしたりするとき
最低限の「指針」のようなものがあると思います。

それは

霊(スピリットのような。今どきは雑多なソース)などの存在が与える情報を
 盲信しないこと。まず疑ってかかること。

与えられた情報は調査・確認を怠らないこと。

こっくりさん、ウィジャ盤を使用する降霊には近づかないほうが安全・・・ということ。

トランスレベルの度合いにかかわらず、
 相手にする存在が何者かを査定し、
 確固たる確証が成立するまでは、
 得た情報を「安易に他者に伝えるべからず」・・・ということ。

審神者の能力を有する者が身近にいれば、その力も借り、
 さらに精査すること。
(徳に優れた賢明な判断力を持つ者でもよい)

内なる自分の魂(高自我)に従い、
 その内なる声、導きを信頼するほうがより安全なこと。


やみくもに視えない存在を捉えようとするのは、相手先を知らないで電話をかけるのと似ています。
どんな人がわからないまま、
電話相手の言うことをすぐに信用する人はそういないでしょう。

また、セールスで電話がかかってきたとします。
賢明な人は、売り込み内容がどんなものか確かめます。
ときに、言葉たくみに誘う悪質なセールスもあるでしょう。
そうして、けっこうな人が騙されて泣きをみることがあります。
これと似ています。

加えて、本気でそのような存在とかかわるときは、
防御の方法も知る必要があるでしょう。

たとえば、
古来より、何かが降りてきたとき、
その存在に「3回」名前を尋ねる方法がありました。
3回尋ねて、沈黙するようなら無視します。
もし、名前を言ってきても、すぐにはそれを認めません。
それを、時をおいて何度か試すと、名前が変わるときがあります。
その場合、たとえ素晴らしい神さまの名前であっても、さらなる確認を要します。

身を護る術を知らずに行う視えない世界との交流は、危ういもので
思いのほか慎重さを必要とします。

相手にする存在が、たとえどんな類であろうと
信頼に足ると確信できるまでの道のりは、そう簡単ではありません。


もし、このような手順を怠ったまま、安易に視えない存在を相手にしていくと
思わぬ危険も生じます。
また、得た情報を誰かに伝え、その人の人生を左右するなら、
本来、「遊び」の感覚で行うのは許されないこと。
(この際、プロだろうがアマだろうが関係ありません)

本人の心・精神・魂が優れ、受け手として導かれる場合が確かにあります。
それでも、当初はこの手順を踏む必要があるかと。

これだけでなく、状況を複雑にしているのは・・・

現在の地球上には、大衆に気取られないように行われている
非常に悪質な、意識を操作する実験さえあることです。

軍事目的、また人類のコントロールのための実験が実際に存在しています。

米国では、それがかなり酷い・・・。
そうした実験では、人の意識をさまざまな「嗜好」へと導くもの、
意識に働きかけて犯罪さえ起こすこともある。
そして、宇宙への関心を利用して、偽りの情報を流すことすらある。
それらは、海を越え、良い情報に混入して世界に発信されていきます。
日本も例外ではありません。

これらは、上記した「視えない存在」との接触よりも
対応が難しいものです。

「個人の喜び」のみを追求させ、
思考をコントロールして奴隷化することで、
庶民を「働くための道具にする試み」さえ行われているとしたらどうですか?
これは、一種の精神的な麻薬のようなものになります。

しかもここに、霊的な次元での戦いも加わっています。

2012年が次元上昇の要と騒がれ、
今にも素晴らしい世界が拡がるかのように宣伝されてもいましたが
実際、今の時代はそんな生やさしい、
素敵でファンタジーなことばかりではありません。

日本の経済が非常に落ち込んでいることについて
経済の専門家たちは、バブルがはじけた
リーマンショクだ・・・
そう原因を教えてくれるでしょう。
けれど、そこにはもっと隠れた計画があった・・・。

米国の経済を揺るがすと世界も揺らぎます。
その米国経済の一翼を担っていたのが日本です。
それを追い込み、世界恐慌にいたらせる計画があったとしたらどうでしょう。

そんなこと、あったとしても一般人にはどうすることもできない・・・
そう思われるかもしれません。

なので・・・
ここのところ頻繁にお伝えしてきたのが日本の「心」を取り戻せ・・・
ということでした。(その理由は、以前書き残したとおりです)

繰り返しますが、
これは個人レベルの心の浄化とは異なるもので
地球の未来を選ぶ岐路にあたり
とても大切なことになります。

チャネリングができようが、できまいが関係ありません。
今、小さな人々、
純粋で、人の痛みを感じることができ、謙遜な人たち
その賢明に判断できる心
まことの「心」の輝きが求められています。これには国籍も関係ありません。
その「心」が、事の真相を感じ、見ぬくのです。

そして特に、この列島に「住む」人々は
大地を通して、そこに居る意味を「心」で気づき
さらなる変化を促されている・・・。

テモテがこんなことを言っています。

終わりの時には困難な時期が来ることを悟りなさい。
そのとき、人々は自分自身を愛し、金銭を愛し、ほらを吹き、高慢になり、神をあざけり、両親に従わず、恩を知らず、神を畏れなくなります。
また情けを知らず、和解せず、中傷し、節度がなくなり、善を好まず、人を裏切り、軽率になり、思い上がり、神よりも快楽を愛し、信心を装いながら、その実、信心の力を否定するようになります。・・・・・

だれも、健全な教えを聞こうとしない時が来ます。

そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、
好き勝手に教師たちを寄せ集め、
真理から耳を背け、作り話のほうにそれて行くようになります。



終わりがすぐに来るとは思いません。
それでも、上の言葉は、今進行しているこの世界の状況を端的に現している・・・
そんな気がします。

みなさんが、より一層の賢明なご判断をされることを心から祈ります。

*****

もうご存じかもしれませんが、ひとつ置いていきます。
連休を迎える方も、そうでない方も、どうぞ善い日々を・・・。

ガリラヤ湖の湖底に・・・。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52125341.html



あの物語のガリバーが訪れた長崎:「雲仙地獄での殉教」と「他国の聖戦」

Posted by 世羽 on 26.2013 歴史もの   0 comments   0 trackback
(独り言)
なんか、午後あたりから地下の動きがかなり凄くなってきた。この前の宮城・淡路が同時に起きた時に似た感覚がある。しかも遠方北方向との複合感も出てきた。三重・四重だ。自分の足下も動いている。少々、危惧。

*****

ボストンでの不幸な事件。
報道の推移を見ながら、あってはならないことだと思いながらも、
犯人の兄弟に何とも言えない、心を揺さぶる「哀愁」を感じてしまいます。
犯人の一人は19才・・・まだ少年です。兄も若い。
(憎悪は心に闇を誘う恰好の材料となってしまいますね・・・)

今現在も、世界のどこかで
「聖戦」という標語を盾にして他者を巻き込む自爆などが生じています。

これまでも、世界の長い歴史においては、
宗教をめぐる対立や戦争、弾圧が起きてきました。
近代ではチベットの事件もあります。

今ではめっきり取り上げられることがなくなりましたが
かつて、日本でも弾圧が確かにありました。

あの、キリシタン弾圧。

この事件は、古代ローマでのキリスト教殉教者たちの話と並び、
世界に比類ない・・・とされているものです。
日本での殉教者が出た場所は色々あり、歴史の教科書などにさらっと書かれているので、ご覧になったことがあると思います・・・。

有名な26聖人殉教者などについては、下のリンク先で概要が見られます。
リンク先にあるように
日本で最初の殉教者、日本二十六聖人は近世においては、日本よりもヨーロッパでよく知られていた・・・。
日本26聖人:ウィキペディア

この秀吉の政権下での事件の後
徳川政権下から250年におよぶ長きに渡り、弾圧が続きました。

そのなかの「雲仙地獄」でのキリシタンたちの話です・・・。

雲仙 pho003_1b

先の26人の殉教者が出たあと、
1613年には、雲仙のふもと、有馬川の中州で、アドリアノ高橋主水を含む3家族8人のキリシタンが、火あぶりにされます。
このとき、刑場の周囲には多くの信徒たちが集まり、聖母マリアへの祈りを唱え、殉教する者たちを力づけたと言われています。

殉教者 genna

時が進み、1627年の冬。
島原領主・松倉重政の治世のとき、長崎各地の牢屋にいたキリシタンらが雲仙に集められました(「山入り」と言います)。
そして
雲仙の熱湯泉や噴気口の傍でキリシタンらへの過酷な責め苦が行われたのです。

このとき受難にあったのが、パウロ内堀作右衛門を含む十数名。

内堀はかつて有馬藩に身を置く武士でしたが、有馬藩主の背教後、自ら録を捨てたとされています。
彼は、藩内で非常に慕われ、徳に優れた人物だったようです。
彼が捕縛されたとき、もちろん財産は没収。当然、拷問を受けることになります。
彼には5歳~18歳までの3人の子供がいましたが
どうしても転ばない親の眼前で、彼らは見せしめのように指を切断されます。
子供たちは、見事にそれを耐えてみせますが、やがて親の見守るなか有明の海に沈められてしまうのです。

内堀も、同様に足や手の指を切り落とされました。
彼はグループの最後に落命しますが、
裸にされ、何度も熱湯を浴びせられたのち、硫黄の煮えたぎる泉に放りこまれます。
彼はその直前まで「最も尊き聖体は賛美させられたまえ」という祈りを口ずさんでいたそうです。そして「転び」ませんでした。

同年には、内堀同様の責め苦を受ける、何人もの殉教者が出ます。
もちろん婦人や子供もいました。
彼らは、雲仙の煮えたぎる熱湯を何度も何度も浴びせられ、肉がそげ落ち、骨も顕わになるほどでした。

翌年になると、殺さずに転ばせよ・・・ということで、
責め苦がさらに長引くようになります。
肥後の中島という修道士などは、手足の関節をはずされ、日干し、水責めを受け、最後に雲仙に連れていかれて絶命します。しかし転びませんでした。

その後、さらに大量の捕縛者が出て、なかには拷問に耐えきれず、信仰を捨てる者も出てきます。

そうしたなか、平戸藩の武士を父にもつシメオン末武という「19才」の青年がいました。
あのボストンの犯人と同じ年齢です。

彼は、天正遺欧少年使節で有名なジュリアン中浦から受洗していますが、彼も他の者たちと同じように18日にも渡る色々な拷問を受けました。
命を落としそうになる直前、殉教者として崇められてしまうとマズイというので、家に戻されるのですが、それから2日後に息を引き取ります。
しかし彼の死は、単なる病気として言いふらされ、死体は焼かれたのち、海に捨てられてしまいます。
ですが、この話が、ヨーロッパに伝わり、前々からの殉教者の話とともに、海の彼方の国々で感動を呼ぶことになりました。
(ジュリアン中浦からの受洗のことも影響したかもしれません)

そして、踏み絵も激化していきます。

日本でのキリシタン弾圧の話は、交易商人たちからも、段々と異国に伝えられました。

そのせいもあってか
あのスイフトが『ガリバー旅行記』の話のなかで、主人公ガリバーを、難破の果てに日本にたどり着かせるのです。
そしてガリバーを、商人の船にのって母国に帰還できるよう、交易の港があった長崎(ナンガサク)に向かわせています。

物語のなかでガリバーは、当時オランダ人にも要請されていた「踏み絵」を避けられるよう画策します。途中、帰国のために乗るはずの船の船長にちくられて、あわや「踏む」のか・・・というところでしたが、それまでにしていた数々の機転が功を奏し、見事切り抜ける・・・という展開になっています。

こうした話にいたるほど、日本での弾圧や殉教の様子が伝えられていたのでしょう。
(そのなかには、宣教師として日本に渡り、信徒とともに殉教した、何人もの外国人神父がいたことも忘れられません)

その後、踏み絵はキリシタンの人々に哀しい歴史を創ります。

隠れキリシタンの人たちは、生き延びるために、定期的に行われる「踏み絵」を「踏む」のです。
そして一方で、そのことを神に詫び、許しを請い、そしてまた「踏む」・・・というような繰り返しが延々と続きました。これも精神的な拷問のようなものです。
同国の者が、同国の民へ責め苦をもたらす・・・。
何とも、哀しい歴史でありました。

とはいえ、生き延びた隠れキリシタンが、後の時代に姿を現した話は有名です。
喜びと驚きをもって迎えられたのは周知のとおりです。
「花」が咲きました。

長崎j殉教者images

これら諸々の史実のなかに、
どんな責め苦を加えられても、己れの信じるところを貫き通して殉じた日本人の強さ、
また「転んでも」なお、信仰を貫いていた純朴さ
そんな心の特性を垣間見ることができるかと思います。

他国の聖戦は、戦争状態にない一般の市民を巻き込んで殺傷し、自らの使命と信じて落命していきます。
かたや日本人の場合、ほとんどが受け身、つまり受難の形をとっています。
そこに別の誰かを殺傷してまで、という行動はありません。

これは、非常に大きな違いです。

そしてこの特性は、今の日本の国の対外姿勢にも、見事に現れています。

日本は、いつも受け身で、何を言われても、ほぼ耐えてしまいます。

けれども、それは受難を耐え忍ぶ、何事にも一途である・・・という特性ゆえのことでしょう。
これは、逆をかえせば日本の底力です。

日本で起きたキリシタンの殉教が、当時のヨーロッパ諸国の人々の心を打ったように
今の日本も、同じことができる。

今は、色々な面で、また精神的な憎悪を受けたりして、対外的に苦渋をなめている時期ですが
この国の人々は、それを昇化する底力を持っています。
ただ、多くの人がそうと気づいていないだけで・・・。

どんな場面においても
「憎悪」に「憎悪」をもって返すのではなく
それを溶かすぐらいの底力を見せたいものだ
・・・
そんなことを思ったりしています。

どうか「栄光の花」が咲きますように・・・と願いながら。


http://www.youtube.com/watch?v=N7XH-58eB8c




素朴な生き方

Posted by 世羽 on 25.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback

(完全独り言)
22日の夕方から断続的に大地の騒がしさが始まっている。「まだだ」と思ったのと
24日に地震が来るという話がネットで流れているのを見て、混同されてはたまらん・・・と、沈黙を決め込んだ。方角を探るが、色々混ざる。西の遠方方向。南方海洋・・・三宅島よりもう少し先かもしれない。でも、比較的深いところだ。雨が幸いしている。土曜日までのあいだには当地も揺れるかもしれない。(あくまで個人的な感覚だが)つぶやいている今の時点では、国内なら人命にかかわるものとは感じていない。東の「本丸」はまだ動かない。海外なら微妙だ。地球さん・・・あなたの頑張りに感謝します。

*****

自分・・・本当は、
誰かを幸せにできるなら、そんな話なども書き残しておきたい・・・
いつもそう想うのです。

でも、
ここを起ち上げた動機が、
自分の視た、一部のネット上の情報への密かなレジスタンス・・・という想いだったので、
どうもそちらが先にたち、なかなかできず・・・。
(実を言うと、細切れになっていますが、これまで記載したことの要所・要所をつなぐと、 一つ、見えてくるものがあるように、書き連ねたりしています・・・あくまで今のところ・・・ですが)

レジスタンスな想い・・・対象は様々ですが、
たとえば
(正直に言って、ほんとうに申し訳ないのですが)
個人の方々が自分の創った護符などを販売していたりするのを見かけ
視た範囲のものでは、自分がそこから感じるものは何もなく、
何でこれでお金をとれるのか?・・・と考え込んでしまったこともあります。
「プラシーボ効果で善い方向に心が動くならそれもいいか」などと思い直してみたりしましたが、それでも「こんなのを売って良心が咎めないのだろうか・・・」と、
心を痛めたりしました。

自分的にいえば、「周りに円を描くほうがよっぼどいいのに」
などと心でつぶやいたり・・・。
ちなみに、
身の回りに円を描くと、身を護る力が発するのを、経験で知りました。
想いで描いても、実際に指などで描いても同じです。
それを、自分の信じる尊い存在に祈りながらするのですが、
あまり好ましくない雰囲気の場所に行くときは、そんなことをします。
と同時に、身体のまわりに繭のような光をまとうこともします。

護符といっても、お金のためや、成功のためのものもあったようなので、
すべてをひとくくりにはできませんが。
それでも「何だかなあ」と、思うことしきりです。

そう、本題を忘れていました。

pray3jpg.jpeg

人が祈るときに手を合わせる姿を見ると、「美しいなあ・・・」と、
いつも素直にそう思います。

たとえ、その祈りの内容が単なる願掛けであったとしても
手を合わせる行為ができる・・・その心の姿勢を美しく思うのです。

最近では、食事をする前や後に、
手を合わせ、感謝を表す姿をほとんど見かけなくなりました。
ひょっとすると、一日のうちに、一回もないかもしれません。

最近は、瞑想などがブームですし、静かに座ることはあっても
手を合わせて祈ることなど、ないのかもしれません。

あくまで個人的な感覚ですが、
瞑想と、祈ることに、少なからず違いを感じるのです。

瞑想は「聞く」こと。
祈りは「話をする」こと。
といった感覚です。

自分も静かに座ることがありますが、その時は何も考えません。
もっぱら、心を開いて受け取る感覚になります。
もし、思考が浮かんだら、流してしまいます。

一方、祈るとき(それなりの時間をとって、心を落ち着けてする場合)は、
心は意外に活発に、高次の上智と話をする感じです。

他の方に通用するかどうかはわかりませんが

たとえば
手を合わせて、少々頭を下に向けて
指先を鼻面近くのあたりに持っていくような格好をしたとします。

このとき、胸の下あたりの内部に「白光」が燦然と輝くのを感じながら
その光が指先にいたるのをイメージします。

すると、
蝋燭の先に火が灯ったような感じで、指先に「淡い光」を感じます。
さらに、その指先と眉間を結ぶように光を通します。
そして、
その意識の光を上位の存在に向けます。
(たぶん、これは意識的に祈りを強めているだけで、こんなことをせずとも
手を合わせるとき、似たようなことが、どんな人にも起きているように思います)

そうしてから、自分の思っていること、迷っていること、苦しいこと、悲しいこと
こうしたいんだ、ああしたいんだ・・・などと
想いのたけを、自分の信ずる至高の存在に「心」で話します。

時には、対象が天使のような存在の時もあります。
それは、親しい人と会話するのと同じです。
ときおり、文句を言ったりすることも。
愚痴もこぼしたりします。
(もちろん、指を組んだり、好きな姿勢で祈ることは多々あります。
祈りの途中で、沈黙に浸ることもあります。
また、何かしながら、射祷のような感じの祈りを心でしていることも。
そして道を歩いているときも、仕事をしているときも
誰かと談笑するときも、心のなかには、それぞれに素朴な祈りがあります)

話したからといって、祈ったからといって
すぐに、見えるような結果が起きたり、
思い通りの答えがやってくるわけではありません。
ですが、それでも
話がちゃんと「通じる」のを何度も体験してきました。

それは、思考がすべての現実を創る・・・という論の感覚と
ほんの少しだけ、「最後のあたり」が異なるものです。

人は確かに、自分の周りの事柄は左右できると思います。
でも、この世界は共同の創造の場、
そしてそれらを包括して創造する、
もっと大きな創造者のような意識が
さらに・さらに
段階をへて、「いる」と感じます。

自分は
たとえ「全能の力の一端」を抱いていると教えられて
納得はしていても
この世が「幻想」だと理解していても
あの太陽は創れません。
星々も創れません。
地球も創れません。
それらを運行するシステムも創れません。
原子を操ることも、そうそうできません。
愛する人たちの身体さえも創れません。

そのなかで自由に遊ぶぐらいです。

論の異なりは
末端から上を見上げたときの
各々の感覚のズレだけかもしれませんが・・・。


なので、自分はたんたんと素朴に祈ります。
以前、残した「祈りの言葉」のように・・・。

自分に変えられることを「勇気」をもって変更し
変更できないことは
「心の静けさ」を抱きながら受け入れられますように
・・・と。

心の「内」で手を合わせ、色々なことがあっても、絶えず感謝しながら祈る・・・
自分は、そんな「素朴な生き方」が好きなのかもしれません。



歌詞の「君」のところ色々置き換えられます・・・
好きな言葉をあてはめてみてもいいかも・・・です。

http://www.youtube.com/watch?v=xtQYRq3PF3o




「特攻」にみる精神性・・・そして今の日本が残った

Posted by 世羽 on 24.2013 歴史もの   0 comments   0 trackback

日本の心について書き連ねていたところ、168人の政治家の皆さんが「靖国神社」を参拝した報道が流れました。
メディアは、いつものように揃ってこれを叩く論調です。
「他国への配慮はないのか?」「外交はどうなるのか」・・・と。


特攻花 images


どうして、いつ頃からこんなふうになってしまったのか・・・。
この問題を見るたびに、そう感じます。

いまどき
誰が戦争を肯定するでしょう。
誰が好んで、命を捨てる戦いに臨むでしょう。

よほどの狂気の持ち主でない限り、そんなことを望む人などいないと思います。

正しい歴史認識・・・と謳いながら、
世界のどれほどの人たちが、当時の時代背景、開戦の詳細・・・等々を
知っているのでしょうか。

あの大戦の時、戦勝国にも敗戦国にもたくさんの尊い命が散っていきました。
それらは、すべて等しく大切な命です。
そんなことは、自明の理ですし、今生きている人々はみな
知っていることです。

であれば、本当の思いやりをもって、故人を偲ぼうとするならば
散っていた多くの命すべてに「ありがとう・ごめんね」という想いを向けることに
何の躊躇がいるのでしょう。

それは、決して「国粋主義」を助長するものではなく
また、まつられている魂が戦犯と称せられようがいまいが関係ないでしょう。

そして、それをとやかく言われる筋合いもありません。

それは、故人を偲ぶ「想い」だけなのですから。

皆さんは今、愛する人がいるとして、その人をどうしても護らねばならず
自らの命をかけなければならない場面に遭遇したとして
命を捨てられますか?

当時がいくら戦争時代だからといって
それは、そう容易くできるものではないでしょう。

もちろん、戦争が起きたとき、心ならずも、そして拒否しつつも「行かされた」人もいます。
ですが、彼らの、死に際の精神性は、今とは比べようもなく高かった・・・。
自分はそう感じています。
ある意味「崇高さ」さえ伝わってきます。
それが即、戦争を「美化」することと同義に考えてしまうほうが妙だ・・・
自分はそう思っています。

もし、本当に正しい歴史認識を知りたければ
個人個人が多くの資料を調べるべきでしよう。
自分は長いことそうしてきました。
そして、この国で現在伝えられている過去の戦争観に
ひどい歪曲がある現状に、悲しみを覚えています

平和を望みながら、過去に逝った人々を偲んではいけないのでしょうか。
自分の国のために散った多くの人々を偲んではいけないのでしょうか。
祀る場所が気に入らない・・・と、どうして、そんな小さいことにこだわるのでしょう。
宗教が違うからといって、善い神様が自分の懐に託された魂を邪険にするのでしょうか?

ご存じのとおり
平和主義を語る人たちからは、「特攻」などは、特に非難される対象となります。

それはわかります。本当はそんなことしてはならなかったでしょう。

でもそれは、その時代の運命であり、過ぎたことなのです。

特攻の任を受けた人たちの多くは、30代にも満たない若者たちがほとんどでした。

特攻隊員index

飛行機をもってその任を遂行した場合、初期の頃は、まだ熟練の飛行技術が優れた人たちが飛びましたから、目的を達する成功率も比較的高かったものの
終わりに近づくにしたがって、飛行技術の未熟な少年兵が飛ぶようになり、飛行機自体も粗末なものとなりました。
そうした条件下、ときにはレーダーをかいくぐるために海上を超低空で飛び続けたりした・・・これは至難の業でした。仮に、やっと目的海上にたどり着いても、銃弾の嵐です。多くが、目標に達する前に散華しました。

当時の米軍が伝えた話に、こんなものがあります。

一機の特攻機が米艦船に突っ込んだときのことです。
特攻機は米軍の集中射撃を受けて、目標手前の海中に墜落してしまいます。
ところが、
機体が没するなか、飛行機のエンジンだけが跳ねるようにして飛び上がり、まるで、意思をもったかのように、艦船の甲板を直撃したというのです。
それはまるで、乗員の魂が乗り移ったかのような、不思議な光景だったそうです。
たぶんそれは、本当にパイロットの一念だったのではないでしょうか。

神風特攻128961271439316309059

そうした体当たりを食らう米軍はたまったものではありません。
無意識のうちに、特攻機と乗員の意思を感じ取っていましたから、恐怖も倍増します。
いっときは、空母を囲む駆逐艦などで、
「空母はあっちです」という言葉とともに「↑」を書いて、自分たちの艦船に特攻機が突っ込んでこないようにしたという逸話も残っています。

飛行機ばかりではありません。
回天などの、船舶への体当たりなどもありましたから、海面下では乗員の魂の葛藤もあったわけです。
機械の故障で行くも戻るもできず、海底に沈む人たちもおりました。酸素不足で気が遠くなりながら逝くならまだしも、場合によっては水圧で押しつぶされたこともあったかもしれません。

そしてこのほかにも、実にさまざまな特攻の形がありました。

マルレ20080305071041

伏龍index

このような戦いのすえ、終戦を迎え、日本は敗戦国となりました。

ですが、日本が起こした行動の奥にある精神性を、相手国は心で感じとったのです。
「心の世界」的な面から見れば
それゆえ日本は、敗戦国がくらう「全植民地化」を免れたといっても過言ではありません。

これらの経緯を、単に「狂気の沙汰」・・・と見てしまうと誤るでしょう。

特攻に赴いた彼らは、望む望まないにかかわらず、その最期の時、
通常では感じられない心のありようになっていた・・・自分はそう感じます。
(注:これは、今現在起きているテロとはまったく別の精神性です)

彼らの残した遺書がたくさん残されています。
それを文字だけでなく、とある視点から読むと、書かれている文字だけではなく
それ以上のものが、自分には感じられるのです。

今の時を生きている人たちからすれば・・・
また、平和で「心の喜びを追求する」ことのみに力を向けられる人たちからすれば
無益なことに見えるかもしれません。
ですが
当時の彼らの見せた精神性の有りようが、確かに、当時の日本を救った面がある・・・。
そして、今の日本が残った・・・。


自分がここ数日お伝えしていることは、ここらにも通じます。
日本が引き継いできた「心」を想いだしてほしい・・・と。

それが、なせるとき、今回は争わずして平和をもたらす大きな力になるからです。

戦争で行われた殺戮によって、尊い命を失った異国の人々を等しく大切に想います。
他国の方々を卑下するつもりは、まったくありません。
自国を必要以上に誇るつもりもありません。

けれど、この特殊な地に生まれ、生を受けた人々には
個人個人の役割とともに、また大きな展望から視た特別な役割があるのです。

それは、ただ生活を善くするためだけの力を得ることだけでは遂行できません。

出来うるならば
どうぞ時折、自分の眼で、日本にあった歴史を調べてみてください。
賛否両論を、共に、冷静に捉えるなかで、自身の心に聞いてみてください。
そのとき、それらのなかの「何が」皆さんの心に一番響くのか・・・。

それが日本の「心」とは何たるか、の答えになると思います。


先日「日の丸」についてちょっと記しました。これは個人的にぜひ見てもらいたいと願うものです。

http://www.youtube.com/watch?v=sQ4T6dmm-k4&feature=related




それと、神風を。
http://www.youtube.com/watch?v=Nl6-AV_NCCs




アトランティスの「鍵」

Posted by 世羽 on 23.2013 語り   0 comments   0 trackback

現行のスピリチュアルの話題は、もっぱら地球外生命体や多くの神々の名前を冠するソースとのチャネリングが多いようです。
地球外生命体といっても、最近ではその多くが意識のみでの交信傾向ですね。

それらについて、いずれ記したいと思っているのですが・・・。
その前に、少々のトンデモ話を残しておきます・・・。

AtlantisTemple.jpg


紀元前5万年の昔、そこから1万5000年もの長きに渡り
「トート」なる者が地上に存在した・・・という伝説があります。

「それ」によると
彼は不死の者で、かつてはアトランティスの祭司でした。
彼は、アトランティスの一番最後の沈没後、エジプトでピラミッドの建設に携わりました。
(伝説では最終的にすべてが没したのがおよそ1万2500年前あたりで、それ以前から沈降が始まったとされています)

彼がもたらしたアトランティスの霊的な叡智は、さまざまな教訓の「鍵」としてタブレットに刻まれました。
そしてその一部が、今世に出ている「エメラルド・ダブレット」です。

エメラルドタブレットemerald-tablet2


ご存じの方も多いと思いますが、改めてその「ごく一部」を流してみます・・・。

たとえば「智慧の鍵」には以下のような文言があります。

恐れを抱いてはならない。恐怖は人を暗黒に縛る足かせである。

生涯にわたって、あなたの心に従いなさい。
(心が)命じたことより多くをなしてはいけない。

導かれる者は道に迷うことがない。けれども道に迷う者は道を見出すことができない。
人々の間ですごすのであれば、愛を心の始まりと終わりにするように。

知識は愚かな者によって無知とみなされ、有益なものも彼には有害なものとなる。
彼は死(闇)の中に住む。死(闇)は彼の食物である。

どこかで見るような内容です。

そして、「神秘の鍵」には、こんな文言も。

恐怖は大きな障害になることを知りなさい。
光の輝きの中で、すべての支配者であるように。
(そうすれば)陰はまもなく消え失せる。
わたしの智慧を聞きなさい。そして留意しなさい。光の声は明白だから。
陰の谷を求めてはいけない。そうすれば光のみが現れる。

わたしは、上位の超越した諸空間からもたらした智慧をもって、
光について教えにきた。
わたしの言葉を聞いて自分のものとしなさい。
その智慧の言葉に「形のないもの」を見出しなさい。
超越する界への「鍵」を見出しなさい。
神秘とは隠された知識にすぎない。
・・・あなたの目を常に「光の界」に向けていなさい。


このほかタブレットの各所には、現在のポジティブ思考と類似の原型があるかと思います。

そして彼は伝えます。

アトランティスが存在する遙か昔、暗黒を追う者たちがいて、
秘技を用い、とある霊的な存在を呼び出してしまった。
彼らは異なる振動をもつ形のない存在で、地球に住む者には見えない。
この異形の者たちは、血を好み、それと人間の形を通してのみ、この世に姿を見せる。
彼らは、人に似た形をとり、人々の間に入り込んだ。
そして人々を滅し、成り代わって支配を試みた。
彼らに用心せよ。彼らはこの世において今も住んでいる。
・・・時が過ぎるとふたたび、彼らは人の姿をとるだろう。

陰の国を求めてはならない。必ず悪の現れることになるから。
光の輝きをもった「聖なる師」のみが恐怖の陰を制することができる。


つまりこれが・・・直近での見えない異形の存在たちについての言及になります。
ここで言う聖師の系譜のなかには、イエスも名を連ねることになります。
(注:心の闇と、異形の存在の闇は別のもの)

そして、彼は更に他の鍵のところでこんなことも。

暗黒(闇)と光とは、単に外見が異なるのみにして一本質の両面である。
なぜならそれらは「すべての根源」から起こったものだから。
暗黒は不秩序。光は秩序。
変換された暗黒はこの世の光。
あなたたちの生きている目的は、この暗黒を光へと変換することである。

人の住める地球と人生との関係、人間本性の神秘について聞きなさい。
あなたたちは、肉体的、アストラル的、心的なるものが一体となった本性上の三重体なるものであることを知りなさい。
この「三」本性のそれぞれは、さらに「三」特性をもち、合計して「九」となる。
上なるごとくに下もまたそのようになる。

人は、地球上においては時空間によって縛られ、奴隷のように存在している。
各惑星を振動波によって囲み、人をその顕現の界に束縛する。
しかし解脱への鍵は人の内にある。人の内に自由は見出される。

来るべき時代に、この星におけるあなたたちの場所を受け継ぐ者たちに智慧の復活を見る。
彼らは順次、智慧にいたり、光にて暗黒を消すことを学ぶ。
彼らが自己自身に光をもたらすには、諸時代を通じて大いに努力すべきである。
暗黒に縛られた多くの人々は、
他の人々が光に行くことをとどめようと努めるだろう。
ついで、人々の間に大なる戦いが起こる。
それは地球を震わせ、進路をゆする。
その時、暗黒の同胞が、光と夜との間に戦いを開く。

その時人々は、兄が弟に抗し、父が子に抗して争う。
その時、我が祖の古代の家が、暗き海洋のうねりの下なる処より隆起する。
その時、すべての人々が「目標とする光」を求める光の時代が現れる。
その時、光の同胞らが人々を治める。夜の暗黒は消え失せる。


これらの言葉が、どこから出てきたにせよ、
留意するにあたいする示唆があるように思います。
下手な解説は道を誤るので
どう取るかは読まれた方の直感におまかせするとして・・・。

アトランティス・・・この聖なる「鍵」の叡智を継ぐ直系の人々の多くが他国にいます。

そこからの知識の流れ・・・それがどういう形であるか何となくおわかりになりますか?
そこには真実があると思います。

ただ、それを利用し、攪乱しようとする輩もいます。情報を操ることもあります。
日本人の場合は、先日お伝えした、内に眠る「種」をつかうことができます。
そこには、このアトランティスの記憶も同時に組み込まれています。
皆が望めば、これらを読み取ることが必ずできるはず・・・。

今は、それぞれの自己と向き合い、自らの内なる光を増しているところです。
その光が一定の数を超えたとき、
光の群衆が外なる世界で
対局に位置する者たちと対峙することになるでしょう。
そしてそれは、もう少し先のこと。

今は、あらゆる恐怖の宣伝に惑わされず、それぞれの心の作業を着々と進めるのみです・・・。

そうして・・・
皆さんの心が、日々、より一層の輝きを増していきますように。
ご健闘を祈ります。

http://www.youtube.com/watch?v=a1awyjCTDL8





お隣の「赤い国」・・・そして日本の心

Posted by 世羽 on 22.2013 歴史もの   0 comments   0 trackback

(先にまた、つぶやく・・・)
今まで、足を向けることを拒否していたスピリチュアル系の色々なブログ
参考のためにと、「タイトル」を頻繁に目にするようになってから1ヵ月半ほど。
本音を言えば、辛い!
自分のもつ、多少、鋭敏かもしれない感覚、そんなもの無ければ良かったのに、
と正直思う。
さまざまなブログの思惑、虚実、その人達の性格、なぜそれを書いているか・・・などが
洪水のように流れ込んでくる。
時には、ふつふつと「怒り」に似たような気持ちさえ感じる対象さえある。
これを、自分の卑小な愛というもので押しとどめるのには、予想以上に力を使う・・・。

ならば「見なきゃいい」。
でも、ほとんど見てはいない・・・ちらっと一瞥しただけでもそうなる。
いや・・・この世には誰か、きっと自分と似た感覚の人がいるのだろう。
とどのつまり、まあ個人の精進ってやつだ。ひたすら精進・精進・・・。


アトランティスthumbbig-84115

ここのところ「日本の心」を、自分なりに捉えた感覚で紐解いてきています。

なぜかというと、今時のマスメディアから流れる情報が
列島を選んで生まれた人々の心を卑下するプロパガンダに満ちている事実を踏まえてのことでした。
無垢な人ほど、それらを盲信してしまう。
(これは、スピリチュアルな世界に足を突っ込む人たちにも言えることで)
そして・・・。自分の話も続くわけで・・・。
*****

今でこそ、存在していたことさえ分からなくなってしまいましたが
かつての日本には、「巨石文明の遺構」がいたるところにありました。
温帯気候の条件下、それらは草むして、山のように見えてしまっています。

お隣の中国にも、秦嶺山脈のあたり、西安市の南西数十キロほどの地点に「白いピラミッド群」があるとされています。
詳細は省きますが、これらと日本の巨石文明の遺構は、ルーツが異なっていると思います。
(あくまで自分視ているところでしかありませんが)

白いピラミッド images

そして、これまた決して表には出ないでしょうが、中国のとある山岳地帯
中国発行の少数民族の「表」にも登らない、ある部族がいたと思います。
彼らの特徴は、身長が低いこと、そして目が細く、顔の中央にパーツが集中するという、見た目ちょっと奇妙な風貌をしている民です。
20世紀末あたりまでは、彼らは確実にいたと思うのです。
が・・・その後の消息を調べてみたのですが、どうしてもわかりません。

彼ら・・・実は、この白いピラミッド群に非常に縁のある民でして。
彼ら自身、伝承として、自分たちの祖先が天からやってきたということを語り継いでいると思います。

不確かな情報をさらすようで申し訳ないのですが
いずれ、これも時がきて、解明されることになるでしょう。
その時、ここを訪れた方が「あ・・あの話・・・」と想いだしてくだされば
ちょっと嬉しいかもしれません。

失礼・・・話が飛んでしまいました。

とどのつまり、日本の地にある石造りの遺構と、中国の地にあるそれは
似て非なるもの・・・と言っておきたいわけで。

先の記事に書いたように、毛沢東政権下の時節から、
中国はチベットを侵略し、そこにあった思想文化をことごとくつぶそうとしています。
これは一見すると、単なる政治的思惑でのことにしか捉えられませんが
見えざる世界からすれば、一つの霊的な戦いの結果です。

日本はかつて、植民地化とはほど遠い、「アジアの解放」を目指して大戦に臨みました。
ですが、その目的がいつの間にか、侵略という言葉にすり替えられてしまった経緯があります。
当時の軍部の思想もひどかったことは否めません。
ですが、その時、とある見えない計画があったのです。
でもそれは、時が許してはくれませんでした。

解放をしようとした場所を考えてみてください。
それは、日本が太古から抱える記憶、遙かな日本が知っていた親しい土地ばかりです。

今現在、アメリカを支配していた裏側の勢力が、中国大陸に侵入していると思います。

そして、いずれ、中国は本気で日本に牙をむくでしょう。
もし、そうなったときにはじめて、大半の人に・・・
日本という土地に生まれることを望んだ民の心に、
一つの憧憬が芽生えるのかもしれません。

かつての2文明の末裔は今、集合意識から視れば
心を許しあい
お互いを認め、共に生きることを決めていると思います。

これを嫌がる勢力は
別のところから、争いの火種を燃やそうとしています。

これにうまく対抗する手段の一つには、
列島に住む人々の心に、かつての記憶が「憧憬」として蘇り
それに「誇り」を持てるかどうか・・・がある、と言っても過言ではありません。

その「誇り」は、単なる人間的な・民族的な誇りとは違います。
より善き世界を形づくるための礎の一つとなるもの。
進化のエネルギーを生み出すものです。

もし、それがより早い時期に叶うなら、
太古の、そして近代の大戦の教訓をふまえ
新たな大戦という愚行を避けることができるかもしれません。

そして文末にまたひとこと。

人は、視えない存在の位格への注意を怠りやすいものです。
そして、いったん信用してしまうと
たとえ、それが好ましくないと言われても
あとには引けなくなります。

そして、その存在の言うがままに、
お金をとってまで他者を導こうともしたりします。
しかもそれは、無意識の段階でも起こり得ます。
もし、その存在が好ましくない場合
彼らはいずれ、「傲慢」「自尊心」をくすぐり始めるでしょう。

同じことが、太古にもありました。
そして、文明が崩壊する要因を創り出しました。
今度こそ、そうならないように祈ります。

このような弱小ブログに、こんなことを記したところで
何が伝わるというわけではないでしょうが
そのことを、心を込めて、ここに「そっと」書き残しておこうと思います。


http://www.youtube.com/watch?gl=JP&feature=related&hl=ja&v=g2lZHTvZfF4




大戦の陰で・・・見えざる敵とは

Posted by 世羽 on 21.2013 歴史もの   0 comments   0 trackback

(その前の完全独り言)
18日の冒頭に
「どこだ? 西も?・・・赤い国がある大陸も?・・・まさかね。」と書いた。
半信半疑だった。
でもやはり2日後に・・・。被害が最小であることを願いたい。

地震情報(震源・震度に関する情報)
平成25年4月20日9時38分 気象庁発表
きょう20日09時02分ころ地震がありました。
震源地は、中国中部(北緯30.3度、東経102.9度)で、地震の規模
(マグニチュード)は6.9と推定されます。


もし、こうした自分の感覚を信じていいなら、本日までに出なかった日本の東方向の震源域は「待機現象」に突入したと思う。


クック諸島 cook-island-sunset


昨日、日本人の心に宿る「種」について少しお伝えしました。
実はこれ、隣国の姿形が似ている人々との、大きく異なる原因の一つです。

自分は日本が「辺境の地」であったと視ているという見解も述べました。

なぜそうなのか・・・。

自分の視ている事柄が、ある程度真実を映し出しているなら、ナーカルの聖なる人たちは
あの隣国、中国側には、聖典を運んでいないと・・・。
なぜなら、そこにはナーカルの到達を拒む勢力がすでに存在していた・・・。

仮にですが、そんなことがあるかも知れない・・・と頭で遊んでいただきながら
進めてみます。

昨日の、近代に起きた大戦での面白い動き・・という話。

当時、ドイツが日本と同盟を結んでいたことは史実のとおりです。

ドイツの頭目ヒトラー・・・彼は後年、様々な神秘思想の虜となり、
彼自身が「あいつ」と呼んだ、得たいの知れない存在に取り憑かれた状態になります。
その存在に教えてもらった未来の話が、あの「究極予言」として残っています。

彼に侵入した存在・・・これこそ、日本人の宿す聖なる「種」の反対に位置するものの一つでした。太古から、戦いが続いているのです。

ではなぜ、このとき日本は、ドイツと手を結んでしまったのか。

直接の、大きな原因の一つとしては、ヒトラーが信を置いていた秘密結社の勢力が日本に侵入したことがあげられます。
「表」に出て実際に活動していた秘密結社には、ナチズムの産みの親となった「トゥーレ協会」があります。
この団体の中心人物、神秘主義の権威とも呼ばれたカール・ハウスホッファー(ハウスホーファー)。彼は当時、ドイツ大使館の武官として来日し、政府高官らと会っています。
これは、本来あってはならない、きわめて危険な接触でした。
そして日本のトップの多くが、闇に取り込まれていくことになります。

また彼には、正体不明の日本の超秘密結社から、秘技を授けてもらったという巷の噂もあります。

よく、この日本にある超秘密結社が、チベットの教えに繋がるとされているのですが
仮にこの結社の存在があったにせよ、本筋を逸脱した話です。

聖なる者が、太古からの敵と手を組むことはできません。
もし組んだのなら、自分がここでお話しているナーカルの血を継ぐ者ではないか、
闇に墜ちた者たちでしょう。

このときから日本は、遙か昔に起きたことと非常によく似た
まさに、歴史のデジャビュとも言われるような体験をしていくことになるのです。
(これについては、また別途・・・)

ヒトラーが「あいつ」から教えてもらった・・・という予言には、こんなことが記されています。

「若いころ私は、『我が闘争』に、いずれ人間が大自然から復讐されると書いた。
それが1989年以後の状態だ。
人間が思い上がって宇宙の自然を犯すため、宇宙が人類に復讐の災厄を下すのだ。
そしてそれが人類を、想像を絶する究極の状態にみちびいていく。
私が生まれてから150年後、21世紀に来る究極に。
私自身もそれを霊感ではっきりと見てさえ、信じられないような究極に・・・」

「・・・“二つの極”はますます進む。
1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、
非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。
一方は、全てを操り、従える者。
他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち」


ヒトラーはこうした状況下で、次世代を担う神人が現れ、彼らが人類を支配する・・・と言い、残りの人間の状態を次のように述べます。

「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。
これはある意味では気楽な身分だ。
戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。
食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。
自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。
しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ」

(ここでの神人は、自分が常々書いている「神」とはまったく別物です)

今すでに、これがそれとなく進行しているのがわかるでしょうか?

ヒトラーの残した言葉には、ある程度の真実が含まれています。
けれども、それは人類の選ぶべき未来の姿ではありません。

ラインを引いた部分、深くは申しません。
でも、これまで書いてきたことを続けて読んでくださった方なら
朧気でもお察しくださるのではないか・・・そう思っています。

現在流布されている、精神世界に関する情報、それらは、真理を伝えている一方で
非常に操られている部分がある。
これを見極めないと、ゆくゆくは霊魂に「ダメージ」をくらうことになるのです。

視えない世界の力を得ようとし、オカルトの秘技にのめり込んだヒトラー・・・。
その探求心の高まりとともに彼に取り憑いた「あいつ」・・・その始まりはこうでした。

「ある声が私に、『立って向こうへ行け』と命じた。
その声が、あまりに明瞭に同じことを繰り返したので、私は上官の命令を聞くように機械的に従い、20ヤードほど移動した。
とたんに、今までいた場所から衝撃と轟きが押し寄せた。
そのときまで私も属していたグループの上に、流れ弾が炸裂して1人残らず死んでしまったのだ」

「そうだ、それは“あいつ”の命令だった。あのときから、私には“あいつ”が憑くようになった。恐ろしいことだ。私は“あいつ”に選ばれて取り憑かれたのだ」


ときに彼は、ふいに立ち上がって目を剥き
「“あいつ”だ、“あいつ”が来た。また私に未来を教えに来たのだ。そこにいる、そこだ!」 と、あらぬ方向を指さして絶叫することもあった」・・・などとも記録されています。

気安く、遊び半分の軽い気持ちでチャネリングをする・・・その裏側に潜む危険性の見本、その究極の姿をヒトラーに見ることができると思います。
だからこそ、繰り返し記してきました。
本当にチャネリングをしているならば「ソースを確認してほしい・・・」と。
疑わしきは近寄るな・・・と。

大戦の終結以後、本来であれば、芽を出す時期であった「種」も、腐敗し続けています・・・。

現在の日本の状況はどうですか?
善き文化がことごとく消失しかけています。
たとえば「日の丸」、
近年「偶然」出来たかのように伝えられ
一部の人たちに煙たがられる国旗。
あれほど、日本の特質を端的に表現したものはありません。
まさに神的インスピレーションで創られたものとさえ言えます。
しかし、それを尊ぶ「心」が崩壊し始めています。

同時に日本人が継承してきた、さまざまな心の特性も破壊され
骨抜き状態になりつつあります。

でも、一部の人たちは言います。
「日本神界は世界の頂点にある。日本が世界の盟主になる。日本が世界の救世主になる」
しかし、この状態をもって、どうやって日本が世界の盟主になれるというのでしょう。

日本人の心の「種」の琴線に触れるものは、もはや
日本のものというより
海外からの受け売り情報ばかりです。
それらを引用する人々のなんと多いことでしょう。

それらがすべて悪いというのではありません。
国粋主義を促しているわけでもありません。
日本が世界の盟主になることを望んでいるわけでもありません。

何を今、伝えたいか・・・それは・・・

比較的近い古(いにしえ)の2文明は、自然災害だけで滅びたわけではありません。
そのとき、内部では精神的な侵略が起きていたのです。
この重大な事実がなぜか、無視されている状況にあります。

実は、日本と似たような状況が、
アトランティスの聖なる系譜に連なる国々でも起きています。

聖なる存在とそうでない存在の霊的なせめぎあいは、いまだ続いています。
それは、個人の「心の闇」を放逐するのとはわけが違うものです。

これを読み取らずして、精神世界の全体像を掴むことは難しい・・・。

今、「日本の心を尊ぶ人々」が抗うべき相手、それこそが
善の仮面をかぶって多くの人を間違った方向に誘う「操られていることに気づかない人々が出す情報」、そして99%の真実のなかに1%の偽りをもたらそうとする霊的な存在です。
これを、真剣に見極める作業が必要だ・・・ということです。

見えざる霊的な闇を恐れることはありません。
ただ、それに巻き込まれないために、細心の注意が必要だということです。

そんな、闇なんてものはもうない・・・とおっしゃる方もおられるでしょう。
むしろ、そう言う方のほうが多いかもしれない。
そして、「今や闇も光も区別はない、二元論は過ぎた」と・・・。

でも、自分は言います。
それは、概念として頭で考えるようなことではなく、
心で感じ取ることだ
・・・と。

対峙してみなければ決してわからないこと。
それは実際にあるのです。

地球は確かに昼の時代を迎えています。
でも、それはたかだか、2万6000年程度で巡ってくる昼と夜。
これまで、それが何度やってきましたか?
そして、その昼の時代にすべてが統合されましたか?
宇宙に戦いがなくなりましたか?

その時を遙かに超えて
解決されていない事柄が厳然と存在しているのです。
本当の統合は、まだ先です。

話が幾分、脱線してしまいました。

お伝えしきれなかった部分を省みて
可能であれば、さらに続けてみようと思います。

そして文末に・・・。

聖なる者を尊び、聖なる教えを心に宿そうと試みる人々は、
たとえ血の系譜が違っても、相手を尊重しあうことができます。
協力しあうことができます。
世界を眺めてみてください。
さて、どこがどうなっているでしょう・・・。

*****
次に赤い国のことを書こうかな・・・と思っていたら
こんな報道が。
http://www.hoshusokuhou.com/archives/25912920.html



遙かなる日本・・・古代を受け継ぐ人々

Posted by 世羽 on 20.2013 歴史もの   0 comments   0 trackback
(いつもの完全独り言)
きょうは全体音が少し弱い。代わりに、うねり感がゴトゴト感に変化してきた。時折ドドンという響きも感じる。待機状態にある感。明日の土曜は都内だ・・・。

平成25年04月19日23時15分気象庁発表
19日23時11分頃地震がありました。
震源地は千葉県東方沖(北緯35.7度、東経140.9度)で、
震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は4.7と推定されます。
(震度4)


発震後、感覚が細くなってはいる。
残っていた東方向がこれだというのか?・・・まだ、違う感じがする。
かぶるようにして、北方向も強く感じるようになってきた。
いずれにしても絞れないんじゃ意味ないよなあ。とにかく、同日複合は遠慮しますって。


虹 391398_327119907382404_167226155_n

かつて、かの有名なチャーチワードは、
日本について、こんな言葉を残していたと思います。

「この国の起源ほど謎に包まれたものはない。・・・
島国という条件下、ムー大陸の民族の血を、かなり純粋に持ち続けている民族だ・・・
彼らは島にたどり着いた時から・・・大文明の所有者だった。
その名残りは、現在の日本人の中にも流れ続けているはずだ・・・」


彼は、日本が即、ムーというわけではなく、
ムーの「一つの植民地」と捉えていたようです。

自分はちょっと、これと違い、
日本は、かつてあった文明の「辺境の地」と視ています。
(証拠が提示できませんので、あくまで自分の感覚がそう伝えてきている・・・ということですが)

この経緯は非常に複雑で、簡単にお話しすることが難しい・・・。
が、自分の捉えていることを少しずつお伝えできたら・・・と、
思っています。

先日、ちょっとばかり『聖なる霊感の書』の名前を出しました。
そして「ナーカル宗教結社」という名前も。

この書は、ムーの聖典です。
そしてナーカルの聖徒たちは、それを伝える者として知られています。

伝承では、
ナーカルの聖徒たちは、ムーの支配が及ぶ各地に、聖典の写しを携えて
伝道に赴いたとされています。
ちょうど、西洋諸国が世界の植民地に伝道師を派遣していたように。

そして・・・決して表には出てこないでしょうが、
このナーカルの血を継ぐ人々が日本にもいると思うのです。
本人たちがそれを知っている場合、
決して表に出ることなく、密かな活動をしていると思います。

また、ナーカルの血脈を色濃く受けついでいるものの、
それを知らない、自覚していない人たちもいると思います。

仮に彼らが、ある時それを心の内に想いだしたとしても、
おそらく、正統な血統の者であればあるほど、それを隠すでしょう。

なぜなら、彼らのルーツとなるナーカルの聖なる徒たちは
さまざまな霊的な教えを体得し、精神的に進化し、霊魂を昇化しており、
意識においても精神性においても、非常に謙遜だったからです。

その血を受け継ぐ者も、自然に同様の資質を身に帯びるのです。

いずれにせよ、彼らは
日本の歴史が形づくられる過程で、色々な影響を及ぼしています。

そして、
彼らの教えを受けた民・・・その子孫も、
教えの「種」を心に宿している・・・。

日本全体の意識のなかに、生物学的な遺伝子のなかに、
遙かな時を超えたところにある「かつての日本」という国の記憶が
確かに眠っているのです。

これが、日本の「心」として、非常に特殊な役割をしている・・・。

それだけではありません。

日本人のなかには当然、アトランティスの記憶も受け継がれています。

また世界には、日本と同様
アトランティスでの聖なる人々の血脈を担う人たち、
また彼らに教えを受けた民の子孫たちがいます・・・。

運命的なことに、
これら両陣営は、彼らとは別の陣営を交え、近代の大戦において、
非常に面白い動きを見せるのです。

この話・・・今日はここで一旦区切って、続けてみようかなと。


*****

とある場所、とある交通量の多い交差点。道路を挟んだ向こう側に二人のスーツケースを携えたカップルが信号を待っていました。 と・・・、突然、人目もはばからず男が女にKISS!! それが、あまり印象のよくない感じの!! 信号が変わり、すれ違いざま「日本人ではない」のがわかりました。KISSしてもいいんです。素敵なら・・・。でも、なんか、これは?・・・と思っていたら、なぜか上のようなことを書きたくなりました。

今日は、ほっこり系の落とし物を残して去ります。
では・・・(昨晩からあまり寝てないので、さすがに眠い)。
「ハム速さん」の記事から

http://hamusoku.com/archives/7821412.html



それでも「霊的な戦い」は、いまだ残っている可能性が・・・2363

Posted by 世羽 on 19.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback

(いつもの完全独り言)
朝の起き抜け時から、もの凄い感覚が続いている。
轟音に近い重低音、心臓にまで届く地響きのような振動、物理的に鼓膜を押してくる空気圧。
地面から、熱感さえ感じる。周囲に説明してもわからんようだ・・・(言葉で説明するのは難しい)でもありがたいことに、周囲は信じてくれる。

ん~~。昨年から思い出してみても、感覚としては最大級だ。

日ごと、「やばい?感」が募っていく。それほど異常な感覚だ。
まだ、空に感じる特徴が出ていないだけ救われる。
同じような感覚を感じている人も、きっといると思う。

なんかあったとして、直前を知らせるのは難しい・・・。
恐怖は煽りたくないし・・・。はずしたときの責任も考えねば・・・という意気地のなさもあったり。
だいたい、これまで遠回しに知らせてきたように、せいぜい二日前がいいところだ。
それでも、ここを訪れる人だけにでも、知らせたい気持ち・・・。
やっぱ・・・無理か・・・。
ここ2日間は、関東に住む自分も一応は注意しようと思う。

地球さん! 列島さん! マグマさん! 
無理はしないでいいです。体勢はできるだけ静かに変えてください!


チベット index

チベットが毛沢東の率いる中国に侵攻され、併合される前のこと。
幾多もあったラマ寺院・・・その一つ「タシ・ルンポ寺院」には
4000人を超える僧がいました。
そこは、チベット仏教の教学における高位指導者・・・
代々の「パンチェン・ラマ」が座主になる特別な寺院です。

パンチェン・ラマは、ダライ・ラマの位にも匹敵する地位があり、
これまた、転生した「霊童」を捜すことで継承されていました。

パンチェン・ラマはまた、ふさわしいと認めたラマ僧に
「シャンバラへのパスポート」を授けることができるとされ、
霊能力にも秀でています。

寺院のランプやろうそくを、ひとりでに灯したりするのはしょっちゅうで、
近代では、あるパンチェン・ラマがインドに行ったときなど、
「霊能力があるのは本当ですか?」と聞かれ、
彼は答えず微笑んだのち、突然皆の前から消えてしまいました。
そこで皆が総出で捜したところ、
まったく別の場所で木の根本に座っていた・・・そんな逸話もあります。

こうした人を輩出する土地、そしてタシ・ルンポには、実にさまざまな伝承があります。

現在のニューエイジの人たちは、
「闇と光の戦いなんてとっくに終わった」「時代遅れもいいとこだ」「いつまで二元論に振り回されているんだ」と言うでしょう。

でも、宇宙でさえ、とある戦いが続いているのに、地球は例外ですか?
そこまで地球は完全になっていますか?

神が何か、究極の光が何か、
またそれを体験することがどんなことかを知らないと、それが何か分からないように
本当の闇を知らない者は、光を知らない者と同じく、闇を語ることができないのです・・・。
まことに、それに対峙した者だけが、それが何かを知る・・・。

伝承は、ほぼ聖書の「堕天使」と同じような存在・・・
反逆の存在「マラ」について伝えています。

シッキムの地、隠れた寺院のラマ僧が、ある男にこんな話をしました・・・。

ボーディサットヴァ(救世主)の仕事にはふたつあり、
一つは人類の魂の向上をはかること、
そして、もう一つは
人類を、さまざまな局面で縛り付け、
利己的で破廉恥で好戦的にしようとするマラのたくらみと戦うこと
・・・だと。

さらに、(時と時間を超えた)あらゆる世界に住む高貴な人々が、
サタンとも言えるマラに告げたことを、こう語りました。

「みずからの明かりは輝かすがよい。
しかし、この宇宙に光り輝く、ほかのさらに輝かしい光を妨げてはならない。
地球を取り囲む壁を打ち壊せ。
人類の魂は、その殻のなかでいまや窒息しかかっているのだ。
宇宙の時計は魂の時代の訪れを告げている。
もはやそれは、止めたくても、止められない。
宇宙と惑星の超越的存在者ディヤン・チョーハンが、
もうすぐ宇宙からあるものをもたらすからだ。
それはいまだ目に見えないが、いわば、ただの力の渦にすぎないが、
しかしそれがいったん燃え上がれば、
その炎がおまえ(闇のマラ)の仕事をことごとく焼きつくしてしまうだろう」

さらに僧は語ります。

何百年、いや何千年もかけて、
われわれは特定の人々への神託によって人類と接触してきました。
彼らはみな、調和と全宇宙的な友愛とを強調しましたが、残念ながら、人類を覚醒させるのに成功した者はほとんどいませんでした。

人類は心の神命を受けなければならないでしょう。
さもなければ・・・破壊あるのみです。
人類は自然によって裁かれるでしょう。
都市という都市が海に飲み込まれ、陸は地殻の激変によって裂けるでしょう。

地球上の人々は、地球への最後通牒に注意しなければなりません。
この神託は、仁慈をもってなされます。
が・・・しかし、きわめて断固としたものです。

警告というものは、善意によってのみ、なされるものです。

人類はそのとき最後の決断をしなければなりません。
光か闇か、平和か戦争か、心か拳か、智慧か無明か。

おわかりでしょうか。人類は天上の軍隊が相戦う戦場なのです。
これはいうまでもなく、あらゆる宗教に共通の、きわめて古い教えです。
世界と世界の戦争が、今にも荒れ狂おうとしているのです。
われわれは、人類が闇の軍隊に味方しないよう願いましょう。
もしそのようなことになれば、
人類はカルマの神々によって、この地上から抹殺されてしまうでしょう。

地球への最後通牒は、すべての人に届けなければなりません。

この岐路に立ったとき、人類は道徳的頽廃のどん底に墜ちていくか、
星へと登っていくか、ふたつに一つを選ばねばなりません。
警告が無視され、人々があいかわらず今の道を歩み続け、
魔王の側につくならば、
宇宙の神々はその挑戦に応じ、
シャンバラの光輝く支配者が、
地球上のすべての邪悪を破壊するでしょう。


(注:このシャンバラはアガルタとは違う)

実はこの最後通牒・・・すでに1980年代までにされていると思います。
そして、今があります。
人類が放つ光は、まだまだ十分とは言えません。
だからこそ、小さな人々がそれぞれの場所で輝かねばなりません。

どうでしょう。
人類は今、どのあたりにいるのでしょう。

光の時代に突入した今、
光は、闇の好む「嘘・偽り」・・・どうせ分からないだろうと、人を嘘の情報で誘う者も浮き上がらせます。
そしてそれを、それぞれの「嘘・偽り」に対して無限の方法で修正していきます。

本当に光の国へ足を向けている者は、嘘がつけなくなります。
人を思う優しい嘘でさえ、光の沈黙に変わっていきます。

うまくいけば問題はありませんが・・・。
たとえば、仮に善意から始まったとしても
人は、自らの心を美しくしようとするあまり
本当の自分を見出そうという言葉のみに捕らわれ
ときに、他者のことを省みられなくなったりします。

それは、自らを幸せにしたい・・・ということだけに向けられた
自己満足に陥る可能性も含んでいます。

これこそ、巧妙な闇が忍び寄る糸口になる・・・ということです。
そうならないように、切に祈ります。

そして・・・。

カーラチャクラの教えは・・・とある「天上の戦い」を預言しています。
それは最終決戦・・・2363年に起きることだと。

まだまだ先のことです・・・。自分もいません。皆さんも。
でも・・・ひょっとすると、
そのあたりまで、霊的な戦いは姿形を変えて残るのかもしれません。

そんな戦いがあるとして・・・。
それに対抗できるものは、人が持つ魂の美しさ、その輝きです。
さて・・・今、
それぞれの輝きはどのあたりでしょうか。


*****
こんな時間か! 明日までにしなきゃいけない事が・・・。
徹夜かあ。 ま・それも善し。

また落とし物していきます。目だけでも美しい場所へ。
IRORIOさん・・・からの記事
【厳選】これを見なきゃ死んでも死にきれない!!!
死ぬまでに一度は行ってみたい世界の名所40選
・・・下からどうぞ。
http://irorio.jp/asteroid-b-612/20121101/34299/


叶えられる祈り・・・3祈り目

Posted by 世羽 on 18.2013 聖人からの学び   0 comments   0 trackback
(完全独り言・・・備忘録)
15日に自分がメモした異常に相当する発震・・・。

平成25年04月17日18時02分気象庁発表
17日17時57分頃地震がありました。
震源地は三宅島近海(北緯34.1度、東経139.4度)で、
震源の深さは約20km、地震の規模(マグニチュード)は6.2と推定されます。

この前後で群発が始まった。これが一つ。

そして
平成25年04月17日21時10分気象庁発表
17日21時03分頃地震がありました。
震源地は宮城県沖(北緯38.5度、東経141.6度)で、
震源の深さは約60km、地震の規模(マグニチュード)は5.8と推定されます。
(震度5弱)


平成25年04月17日22時36分気象庁発表
17日22時33分頃地震がありました。
震源地は釧路沖(北緯42.9度、東経145.5度)で、
震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は4.0と推定されます。


先日、北か東、南方海(海外)か・・・と書いた。
これは、北が宮城と釧路。 南方としたのは三宅のやつだ。

これらが、今回自分の感じているものの「一部」。同日に起きた複合だ・・。

・・・うねりが収まらない。今朝一端収まり、10時頃より高まって、今も最大感覚で続いている。でかい。実のところ、本丸は別にある・・・と、さらに感じる。
どこだ? 西も?・・・赤い国がある大陸も?・・・まさかね。
一番気にしている場所、東が出ていない。ふたたび北方向も気になる。海底が気になる。
何かがふたたび動き出している。本丸は別だ。
これからが勝負だと思う。注視していこう。
被災ができるかぎり少なくなるように、切に祈りたい。


パラマハンサ00_3

本日はシリーズの最終。パラマハンサは神を「無機質なもの」とは捉えていませんでした。
自分もそうです。
だからこそ、これを置いておこうと思いました。
つまりこれは、今現在、海外から流入してくるニューエイジ思想のなかで、特に「神の心」を説きつつも、その一方で実体のない表現をし、結局のところ宇宙の法則にとどめてしまうことになる「やり方」への、せめてもの抗いです。同時に、時代の先端を行くかのごとく発信されている、一部の情報への抗いでもあります。
そしてこれは・・・ある意味、密かな「霊的戦い」の一端かもしれません。



叶えられる祈り・・・パラマハンサ・ヨガナンダの3夜目

神が応えてくれるまであきらめないこと
神は、物も言わず感情もない、非常な存在ではありません。
神は愛そのものです。
もし、あなたが、神と接触するための正しい瞑想の方法を知っていて、その中で愛を込めて求めれば、神は必ず応えてくださいます。
あなたは神に嘆願するのではありません。
神の子として要求すればよいのです。
ただ問題は、あなたがそれに必要な時間をかけるかどうかです。
神の応えが得られるだけの集中状態に達するまでがんばるかどうかです。

たとえば、あなたの家が抵当に入ったままお金の工面がつかないとか、あるいはあなたがどうしても就職したいと思っている仕事があるとします。
そういうときは、まず深く瞑想して、そこから訪れる静寂の中で、確固たる意思をもって、あなたの求める状態をはっきりと心に描き続けなさい。

途中で結果が現れてきたかどうか気にしてはなりません。
あなたが、もし畑に種を播いても、それが育っているかどうか心配してたびたび掘り返していたら、芽は出ないでしょう。
それと同様に、祈るときも、
主があなたの願いを叶えてくださる「しるし」が現れたかどうか気にしていたら何も起こりません。
神を試そうとしてはなりません。
ただ、たゆまず祈り続けなさい。

あなたの役目は、あなたの必要としているものに主の注意を引き、主を助けてその願いが実現するように、自分のなすべき事をすることです。

たとえば、慢性病の場合だったら、治療のための最善の努力をつくしながら、
心の中では、「結局、神だけが癒してくださるのだ」ということを確信していなさい。
「神だけが助けてくださる!」
毎晩この信念を瞑想しなさい。
そしてあらゆる決意を込めて祈りなさい。
そうすればある日突然、その病気が治っているのに気がつくでしょう。

心はまず暗示を受けます。すると、心は神の力を宿します。
その結果、脳から生命エネルギーが供給されて癒されるのです。

あなたは気づいていませんが、あなたの心の中にある神の力が、
身体すべての機能をコントロールしているのです。

この心の力を訓練すれば、あなたは身体の不調を癒すこともまた、丈夫になることもできます。
それにはまず、正しい瞑想法を学ぶことが必要です。そうすれば、神の力によって強化された集中力を利用して、健康になることも、日常の問題を解決することもできるようになります。

何か一つ、あなたが困っている問題を取り上げて、毎日この方法を応用してごらんなさい。
五回や六回失敗しても、続けて試しなさい。
そうして、それが成功したら、その集中した意志を、また別の目標に向けなさい。
そうすれば、しだいにより大きな事ができるようになるでしょう。

意思は、「全能の神の似姿につくられたあなた」に授けられた能力です。
あなたの意思の中には、大自然のあらゆる力を支配している「神の無限の力」が宿されているのです。
この力を応用すれば、あなたは何でも望みのものを手に入れることができるのです。
繁栄をつくり出すことも、憎悪を愛に変えることもできます。

身体と心とを完全に支配できるようになるまで祈りなさい。
そうすれば神の応えが得られます。
現に、私は、自分の望んだことが「どんなささいな事」でも、すべて叶えられてゆくのをいつも目撃しています。


あなたにとって必要なのは神である
眉間には天国の門があります。この脳の中枢は、意思の座です。
この点に深く集中して静かに願い事を念じれば、何でも叶えられます。

ですから、この意思の力を邪悪な目的に使ってはなりません。
この力を、故意に他人を傷つけるような目的に使うことは、神から与えられた力の重大な誤用であり悪用です。
もし自分の意思が間違った方向に進んでいると気づいたら、すぐにやめなさい。
それはあなたの聖なるエネルギーを浪費させるだけでなく、あなたの天与の才能を失わせることになります。
そしてそのあと、その能力を善い目的に使うことさえも、できなくなってしまいます。

自分の祈りが筋の通った正当なものかどうか、よく見極めなさい。
自然の理に反することを神に祈ってはなりません。
真に必要なものだけを祈りなさい。
ほんとうに必要なものと、必ずしも必要でないものとを区別しなさい。

必ずしも必要でないものに対する欲望を断ち切るには、よく道理を考えてそれを捨てることです。

私には大きな建物を夢見る道楽がありましたが、今では興味がありません。
私はすでにそれらの建物をたくさん持っていますが、かえってその維持が頭痛の種です。
物を所有することには煩わしい責任が伴います。
不必要なものを欲しがることはやめて、ほんとうに必要なものを求めることに集中しなさい。
あなたにとって何よりも必要なものは神です。
神はあなたのために、ほんとうに必要なものだけでなく、
必ずしも必要でないものまで一緒に用意してくださいます。
あなたが神と一つになれば、神はあなたのすべての欲望を満たしてくれます。
とてつもない夢でさえも叶えてくださいます。

私がインドにいた子供のころ、子馬が欲しくてたまらなかったのですが、母が許してくれませんでした。
何年かたって、私がランチに少年たちの学校を開いてから、校内の仕事をさせるために馬を一頭飼うことにしました。
ある朝、その馬は子馬を産みました。私は忘れていた子供のころの夢が叶えられたのを知りました。
こうした類の経験はほかにもたくさんあります。
昔、カシミールへ旅行に行ったときは、この建物(SRF本部)の幻を見ました。
そして、それから何年もたってロサンゼルスへ来てこの建物を見たとき、私はそれが昔、幻で見た建物であることに気がつき、これこそが神がわれわれのために用意してくださったものだと知りました。

祈りの法則に従うこと
祈るときの第一の法則は、正当な願い事だけをもって神に近づかなければならない、ということです。
第二は、物乞いのような態度ではなく神の子として
「私はあなたの子です。あなたは私の父です。あなたと私は一つです」
と言って、願い事の成就を求める
ことです。

深く祈り続けると、心の底から大きな喜びが湧いてくるのを感じます。
この喜びが湧いてこないうちに、途中でやめてはなりません。
あなたの心を完全に満足させるこの喜びが感じられたら、それが、あなたの祈りが神に届いたしるしです。

そうしたらこう祈りなさい。

「主よ、これは私に必要な事です。
私は、そのためには何でも喜んでします。
どうかこの願いが成就するために、私が正しく考え、正しく行動するようお導きください。
私は、あなたからいただいた理性と意思の力を使って行動します。
どうか私の理性と、意思と、行動とが、正しい方向に働くようお導きください」

これが私のいつも実行してきた祈り方です。

今では、何かの計画について神に尋ねるとすぐに、
その計画を実行すべきか否か、またどんな手順で進めるべきか、などの答えが返ってきます。

祈りを実用手段として真剣に考えなさい。
そして、祈りの目的に深く精神を集中しなさい。

仕事を捜すときも、契約にサインするときも、そのほか重要な事をするときはいつも、
この神の力のことを考えなさい。
そしてそれを考え続けなさい。
睡眠時間を割いてでも祈りなさい。
あなたの心は、昼は働き、夜は眠るように習慣づけられていて、夜になると「眠ろう」と催促します。
聖なる意思の力を結集して逆に命令しなさい・・・。
「睡魔よ去れ、神との約束のほうが大事だ!」
そうすれば、神は応えてくださるでしょう。

                      
   結
   



補 足
神は決して遠く近づきがたい存在ではありません。神について語りあい、聖典に記された神の言葉に聞き入り、神を思案し、瞑想の中で神を実際に感じるようになると、
それまで
実在しないと思っていたものが実在するとわかり、
逆にそれまで実在すると思っていたこの世界が実在しないことがわかってきます。(略)

何から何まで、今すぐ知ろうと焦るのは無益なことです。
無益な試みはやめなさい。(略)
インドの大師たちはこう言っています。
「まず神を知れ」と。
そうすれば、神があなたの知りたい事すべてにすべて答えてくださいます。
神の国に入って神の知識を授けてもらうのです。
(略)
神はわれわれに、この幻の浮き世に身を投じるか、または父の家に帰るか、選択の自由をお与えになりました。
どちらを選ぶかは各人の自由ですが、みんなで父の家に帰ろうではありませんか。(略)
世界のいろいろな紛争は、人間の利己主義と憎しみが原因です。
みんなが神を忘れたために、地球全体がうめき苦しんでいるのです。
今こそ父の家に帰る決心をしなさい。
あなたがたは時間をたいそう無駄に使っていますが、そんな余裕はありません。
あなたがたは、人間として生まれたことがどんなに幸せなことか、もっと自覚すべきです。(略)
あなたがたは、神を求める能力が与えられているのに、それを使っていません。
たまに瞑想しても、ちょっと座るだけで心はいつも飛び回っています。
心を鎮め、祈って・祈って・祈りなさい。そうすれば天の扉が開かれます。
そしてあなたを納得させるあらゆる経験が与えられます。
それによって、あなたは神を知るでしょう。 
                            パラマハンサ・ヨガナンダ




(長かった・・・。これでもなんとか縮めたんです。道を極めた人の言葉の次に、自分がなんか書いても色褪せそうな気が・・・。でも自分は思います。どんなに回り道をしたとしても、「神」という言葉を使うのを避けてみても、人は皆、結局のところ、そこに回帰していくのではないかと。
そして、今、流れる言葉とは裏腹に「神を見ていない」現実があるのではないかと。
そんなことを「つぶやき」つつ。
皆さん今日も1日、お疲れさまでした。
皆さんそれぞれが抱える「願い」が、祈りによって叶いますように。お休みなさい)

意味もなくですが、気分転換・・・。いろんな人が歌ってますが彼女の歌うバージョンが好みでして。


叶えられる祈り・・・2祈り目

Posted by 世羽 on 17.2013 聖人からの学び   0 comments   0 trackback

(どうでもいい・・完全な独り言)
きょうは色々なことを考えさせられる・・・。
ボストンの事件(凡人なので思う。「許せない!」)、これを日本人になりすましたと思われる男が「ようつべ」で、「祝福」とぬかした・・・(凡人なのでブン殴りたい)。
先日の某国会議員の「沖縄は日本から独立したほうが良いと真剣に思う」発言・・・。
「幸せは失ってみて初めて気づくのに・・・」、天を仰ぎ、独立するだけなら止めないが、その先には属国の道が待っているはず・・・とひとり思う。

とあるチャネラーさんが「創造主など信じていません。人類を創ったのは異星人・・・」と発信しているらしい。思うのは自由だし、それには何も言えない。遺伝子の操作は少なからずあるだろう。でも、その異星人はどうして発生した?・・・と、ため息が出た。この人は・・・どんなソースとつながっているのだろう。

いや、それにも増して、今も地中の動きが気になる。もの凄いうねりだ。異常と感じているのは自分だけなのか? 
この規模で? 何もない? そうだろうか・・・・。海外なのか?
それともこれは、もしかして、次のステージの前哨戦の始まりなのか?
誰かに聞きたい・・・。

あ・・・。アップしようとして一応情報を見てみたら・・・。

地震情報(震源・震度に関する情報)
平成25年4月16日20時40分 気象庁発表
きょう16日19時44分ころ地震がありました。
震源地は、インド付近(北緯28.1度、東経62.1度)で、地震の規模
(マグニチュード)は7.8と推定されます。


確かに、二日後・・。
でも、違う・・・。自分が捉えているのはこれじゃない・・・。と、
ヤボな感覚が伝えてくる。


Paramahansa_Yogananda.jpg


叶えられる祈り・・・パラマハンサ・ヨガナンダの2夜目

頭の中から「できない」という観念を捨てる
(略)・・・人間の意思の背後には、全能の神の意志があります。
死でさえも、この神のご意思を妨げることはできません。

主は、絶え間なく意思の力の働いている祈りには必ずお応えになります。
(中略)
「できない」という観念は焼き捨ててしまいなさい。

あなたの内部には、やりたい事は何でもやれる力があり、
その力は意思の中にあるのです。
意思の力を強くしようと思ったら、よい仲間と付き合いなさい。

もし、あなたが立派な数学者になろうと思っても、ふだんいっしょにいる仲間が数学嫌いだったら、きっと意欲を失ってしまうでしょう。
しかし、立派な数学者たちと付き合っていれば、
あなたは「他の人にできるなら自分にもできる」と思って意思が強められるでしょう。

意思を鍛錬したいあまり、いきなり大きな問題と取り組むのは賢明ではありません。
成功しようと思ったら、初めは比較的「小さな問題から試してみる」ことです。
一生懸命やれば必ず成し遂げることができます。
昔私は、友人や周りの人たちから、
私にはとてもできないと言われた事を、すべてやり遂げてしまったことがあります。
(中略)
われわれの意思は、交友相手から最も大きな影響を受けます。(中略)
あなたの意思は、あなたが付き合う仲間によって確実に強められたり弱められたりします。
独りで自分の意思を訓練するのはきわめて難しいことです。
目の前によい手本が必要です。(中略)
信じている事と体験した事とは全く別です。
信じている事とは、
読んだり聞いたりしている事をそのまま事実として受け入れたものですが、
体験した事とは、自分で実際に感じて「知った」事です。

神を体験した人の信仰は決して揺るぎません。
もしあなたがオレンジを食べたことがなければ、私はオレンジがどんなものか、あなたに「嘘をつく」ことができますが、もし食べたことがあれば、あなたを騙すことはできません。あなたはそれを体験として知っているからです。

信仰心を強めてくれる仲間を捜す
あなたの脳の中には、神に対する思いや、成功や癒しを求める願望などがタブロイド版の新聞のように詰まっていますが、あなたはそれらを実際に経験すべきです。

それらの思いを経験するには
それらを「現実化するために」意思の力を使わなければなりません
そして、それに必要なだけ意思の力を強めるには、強力な意思の力をもつ人たちと付き合うことです。
もし、あなたが神の力によって癒されたいと思ったら、あなたの信仰と意思の力を強めてくれるような仲間を捜しなさい。
(中略)
現在では、神についての知識を自分の体験した事実として説く教師がきわめて少なくなってしまいました。
しかし、私があなたがたに語っている事は、すべて私が体験したことです。

私は、単に知識として知っている事を講義しようと思いません。
たいがいの人は、真理についての話を読んだだけで自己満足し、
自分で体験してみようとは思いません。

しかし、インドでは、単に神学の学位をもっていても、
また、どんなに聖典の知識が豊富でも、
真理を実際に体験していなければ「霊的指導者(グル)」とは認められません。
覚え込んだ知識をただ口先で繰り返す蓄音機のような説教者は、われわれに何の感動も与えてくれません。
われわれは、その人の説いている事と、身につけている事とを見分けなければならない、と教えられてきました。
真の説教者は、自分が学んだ真理を実際に証明できなければなりません。


確実に天国に到達するためには
あなたが神について学んだことを実際に経験しようとして、具体的な努力を始めると、新しい世界があなたの前に開けてきます。(中略)
神を知るには自分で努力をすることが必要です。(中略)
あなたが自分の祈りに対して直接の応えが得られるようになるまでは、
あなたの本心は決して満足せず、真の救いは得られません。

神が応えてくれないような祈りは何の役にも立ちません。
神の応えを得ることは確かに易しいことではありませんが、
しかし、それは可能なのです。

あなたが最後に確実に天国に到達しようと思ったら、
自分の祈りの力が有効に働くまで試してみなければなりません。
私は子供のころ、神に祈るときはいつも、

「これは必ず叶えられる祈りだ」
と決めて祈りました。


このような決意が神の応えを引き出す秘訣です。

途中であなたの決意を挫くようないろいろな試練がやって来ますが、神があなたの祈りに応えてくださる方法は、無限です

あなたの意思が強固で、いつまでも挫けなければ、神は必ず応えてくださいます。

あなたは、心を集中する方法を学ばなければなりません。
そのためには独りになる時間をもつことが必要です。
いつも人とばかり一緒にいることは避けなさい。
彼らはスポンジのようにあなたから何もかも吸い取ってしまいます。
ほとんど何も返してはくれません。
しかし、誠実で精神力の強い人と一緒にいて、互いに誠実さと強さを認め合うなら、双方の精神的長所を交換し合うことになり、価値のあることです。
(中略)
私は毎晩、俗世間から隠遁して一人きりになります。
この世のことを忘れて心を空っぽにします。
そして意思の力だけ残して、自分の成し遂げたい目標とそれに至る方法が心に明確に浮かぶまで、想念をその方向に向け続けます。
それから自分の意思を正しい行動の実行に向けると、事はうまく運びます。

私は今まで何度も、この方法で意思の力を有効に利用してきました。
しかし、意思の力はたえず働かせていないと効果をもたらしません。

「わたしの意思の力は神の意志によって充電されている。だから私の目的は必ず達成される」
と心底言えるようになることは素晴らしいことです。(中略)

神の力はたえずあなたを助けようとしていますから、あなたはことさら助けを嘆願する必要はありません。
しかし、その代わり、意思を使って堂々と「神の子」らしく振る舞わなければなりません。
「全能の主は、天のはるか彼方におられ、自分の地上の苦悩に埋もれた虫けらのような存在だ」などという考えは捨てなさい。
あなたの意思の背後には、偉大な神のご意思があることを忘れてはなりません。
しかし、その偉大な力は、あなたに受け入れ態勢ができていないと、あなたを助けることができないのです。

自分の意思を精神集中によって充電せよ
(略)想念を価値ある目的に集中し、あなたの熱意と思いを、その目的とする観念の中にすっかり溶け込ませなければなりません。
そうすると、あなたの意思の力には全知全能の神の力が流れ入って、あなたを目的の実現に導くよう働きます。

しかし、ただ座って成功が転がり込んで来るのを待っているだけでは不十分です。
ひとたび進路が決まり、意思が固まったら、具体的な努力もしなければなりません。

そうすれば、成功に必要なものがあなたの周りに集まりはじめます。
そしてすべてのものが、あなたを正しい方向に導くようになります。
あなたの祈りに対する応えは、こうした「超充電」によって聖化されたあなたの意思にあります。
このように意思を使うことによって、祈りを叶えてもらえる道が開けるのです。
これは私の経験です。(中略)

かなり昔のことですが、私の生徒の一人が間違った道へ走ろうとしていました。
私は彼の身に災難が差し迫っているのを予感したので、
ありったけの理由を並べて思いとどまらせようとしましたが、
彼はすでに決心を固めていて、私の説得力ではそれを翻させることができませんでした。
私はついにあきらめて
「ではしかたがない、好きなようにさせよう」
と自分につぶやきました。
しかし、すぐにまた彼に対する愛情と心配が私を駆り立てました。

そこで私は、菩提樹の下に座って彼の姿を瞼に思い浮かべながら
「神が私に、お前を呼び戻すよう命じておられる」
と何度も繰り返し、
一生懸命この心のメッセージを放送しました。
夕方近く、彼がもうすぐやって来るという直感を感じて、私は身体と心がわくわくしてきました。やがて、「放蕩息子」は帰って来ました。そしてプラナムの礼をしてこう言いました。
「きょうは一日中、私が何処に行っても何をしても、先生のお顔が見えるのです。いったいどうしたのでしょう?」

私は答えました。
「私を通して、神様がお前を呼んでおられたのだ。
私が呼んだのではない。
神が呼んでいらっしゃったのだ。
私の望みには少しの利己的動機もない。
だた、お前が帰って来るまではここから動くまいと決心していたのだ」

このような決心には世界をも変えことのできる偉大な力があるのです。
ですから、深い祈りは必ず叶えられます

祈るのに最もよい時間は、邪魔の少ない夜です。(中略)
最初のうちは難しく思えても、慣れればだんだん容易になります。
そしてあなたは、その効果にびっくりするでしょう。


(きょうは、ここで区切ります。次が「叶えられる祈り」の最終。核心部分となります。いつも長文ですよね。でも、いつの日か、誰かの役に立つことを願っています。
で・・・。読み疲れた皆さんに、落とし物を・・・。
ある時期・・・自分、心痛で慟哭しながら、これを見て思わずクスっとし、なごみました。皆さんの心には、いつも明るい灯火がありますように。・・・お休みなさい)

落としていく記事・・・以下からどうぞ(「ねこメモ」さんから)
http://nekomemo.com/archives/20570279.html

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叶えられる祈り・・・1祈り目

Posted by 世羽 on 16.2013 聖人からの学び   0 comments   0 trackback

(皆さんには、たぶんどうでもいいことだと思うんです。が・・また備忘録・・・)
先日来、久々の、常とは違う感覚を覚え、過去記事にそれとなく記載し、それぞれ約二日後に発震のパターンを辿っていると思います。
そして、今ふたたび、かなりでかい地中の唸りを感じていて・・・。
ためらったのですが、害にもならないだろうと思い(自分のためにも)メモっておきます・・・。

自分の足元(関東)を、必要以上に大きく捉えているのか、
遠方のものなのか・・・迷います。でも、経験則から感じるのは、東もしくは北方向、海の方向から・・・の気配です。それも、もしかするとかなり大きい・・・。たとえ南方海外だとしても、困る。なので、何とかしてくれ!!!・・・と、さらに本気で、真剣に地球さんに訴えている状況です。捉えた感覚に反して、発震がなかったこともあります。
でも、普段は捉えにくい昼間でさえ感じられるこの感覚は異常で・・・嫌だ!・・・
一応・・・勝手な「つぶやき」まで。


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自分の尊敬する聖人の一人にパラマハンサ・ヨガナンダがいます。

彼も、聖徳をきわめ、不朽体(死後、体が腐敗しない:聖ベルナデッタや聖ピオ神父など多くの聖人がいる)に至った聖人です。

彼は、宗教を問わず、仏陀、イエスをはじめ、他の聖なる人々を等しく尊敬できた人でした。
パラマハンサの講演の言葉は、多く残されています。
本日から、とある講演の長い内容を、数度に分けて抜粋して置いておこうと思います。

これを見ると、たとえば「ニューエイジ思想」が流行るずっと以前から、また「引き寄せの法則」が世に出るずっと以前から、すでに真理は世に出ていたことがわかります。
書き続けているように、今ある「光の言葉」の類は、決して新しいものではなく、地球外生命体からしか聞けないといった特別な話・・・でもありません。
時が来て、やっと、多くの人が知ることを望み始めた、そして届き始めた・・・ということなのです。


叶えられる祈り・・・パラマハンサ・ヨガナンダの1夜目

(原文中、に当時には規制されていなかった、ある「単語」が使ってありました。それは現在の書籍には不向きなため、そこのみ別の語に置き換えてあります)

導入
われわれは知らない所からこの世界にやってきました。
そこで当然、この人生の起源と目的について、疑問を抱きます。

われわれは、創造主について本で読んだり話に聞いたりしますが、
創造主と接触する方法は知りません。
ただ、宇宙全体が創造主の知性を現しているのがわかるだけです。

ちょうど、精巧な時計を見てその製作者の技量に驚嘆するように、われわれは大自然の驚異を見るとき、その背後に隠れている知性に畏敬を感じます。(中略)
夜、月や星が銀色の光を放ってわれわれを取り巻いているのを見ると、あの大空いっぱいの天体を整然と導いている知性について考えさせられます。

やわらかな月の光は昼間の活動には不十分ですが、親切な知性は、こうしてわれわれに夜眠るように示唆しています。やがて、朝が来ると、太陽の明るい光が周囲の世界を明確に照らし出し、われわれをその日の必要な仕事に目覚めさせます。

われわれが問題を解決しようとするとき、二つの方法があります。

一つは物質的方法です。たとえば病気になると医者のところへ行ってその治療を受けます。
しかし、どんな医者の手にも負えないとなると、
もう一つの方法、すなわち、肉体と魂のつくり主である神の力に頼ろうとします。
物質的な力には限界があるため、それで用が足りないとき、われわれは無限の神の力に頼ります。お金の問題でも同じように、最善を尽くしてもうまく行かないと、やはり神の力に頼ろうとします。

誰でも、自分の問題を最悪だと思います。
ことに精神力の弱い人は、ほかの人よりも重圧感を感じます。
人は精神力の強弱によって、湧いてくるエネルギーにも強弱が生じます。精神力の弱い人が大きな困難にぶつかると、始めから降伏してしまいます。
精神力が強ければ、ある程度の困難は克服できますが、どんなに精神力が強くても克服できない場合があります。

こうして物質的、精神的、あるいは困難に取り囲まれて手も足も出なくなると、われわれはこの物質世界における生命の力が、いかに限られたものであるかを知ります。

われわれの努力は、経済的安定や健康の獲得といった外面的な問題だけでなく、もっと根本的な生命の意義を探り出すことにも向けられなければなりません。

たとえば、われわれは何か問題にぶつかると、まず状況から判断して有効と思われるいくつかの具体的な手段を講じて対応します。
しかし、それらの手段がすべて失敗に終わると、そこで初めて「問題の本質」について真剣に考えはじめます。そしてその思案が十分な深さに達したとき、答えが内から湧いてきます。これは一種の「叶えられた祈り」です。

祈りは魂の要求
祈りは魂の要求です。神は人間を、物乞いにではなくご自分の似姿におつくりになりました。このことはキリスト教の聖書も、ヒンズー教の聖典もはっきりと述べています。
金持ちの家に行って施しを求める物乞いは、物乞いの分け前しかもらうことができませんが、そこの息子は、父から何でももらうことができます。
ですから、われわれも物乞いのように振る舞うべきではありません。
キリストやクリシュナや仏陀が、人間は神の似姿につくられた、と言っているのは真実です。
確かに一部の人たちは、まるで銀のスプーンをくわえて生まれてきたかのようにすべて恵まれて見えますが、別の人は反対に、たえず失敗や困難に付きまとわれているように見えます。このような人たちのどこに神の似姿があるのでしょうか?
 
神の力は誰の内にもありますが、どうやって掘り起こすかが問題なのです。

私がそれについて経験した方法を、もしあなたがたも実行すれば、あなたがたも確実に自分の求める結果を手に入れることができるようになるでしょう。
あなたがたは、今まで何度も祈りが叶えられなかったことに失望しているかも知れませんが、信仰を失ってはなりません。
祈りが叶えられるために最も大切なことは、まず、「祈りの力に確信をもつ」ことです。

あなたの祈りが叶えられなかった理由は、あなたが物乞いのような態度で祈ったためかもしれません。
またあなたは、天の父に子としての正当な要求として祈りうることは何か、ということも知らなければなりません。
あなたが仮に、全身全霊を込めて「私に地球をください」と祈ったとしても、それは聞き入れられないでしょう。
なぜなら、物質的な願い事に関する祈りにはすべて、限界があるからです。それは当然のことです。神は気まぐれな欲望を満たしてやるためにご自分のおきてを曲げるようなことはなさいません。
祈りには正しい祈り方というものがあります。
「猫は九つの命をもつ」と言われていますが、困難には九十九の命があると言ってもよいでしょう。このしぶとい困難に打ち勝つためには、一つの確実な方法・・・正しい祈り方・・・を知らなければなりません。

祈りを効果あらしめるための秘訣は、あなたの立場を物乞いから「神の子」に変えることです。この「神の子の意識で父に祈る」とき、あなたの祈りには神の全能の力と英知が流れ込んで来るのです。


成功の目は意思の力の中にある
たいていの人は、自分にとって何か大きな事をしようとするとき、
ことさら緊張したり神経質になったりしますが、
心配や神経質は神の力の流入を妨げます。

しかし、根気よく、静かに、力強く意思の力を行使すれば、それは神の無限の創造力に働きかけて、そこから答えを引き出します。
何をするにも、成功の芽はあなたの意思の中にあります。

意思の力は、何か困難によって打ちのめされると一時的に麻痺してしまいます。(中略)

意思の力はあなたの神性を甦らせます。
この意思の力を使うことを忘れたとき、
あなたは有限の人間になってしまいます。(中略)

イエスが祈りの中で、「私の願いどおりにではなく、み心のままになさってください」と言ったのは、自分の意思をまったく使わないと言っているのではなく、人は自分の意思を欲望の支配から引き離して神のご意思に従わせるべきだ、ということを
身をもって示したのです。
ですから、正しい祈りを根気よく続けるのも意思を働かせているのです。

あなたは自分の祈りが叶えられることに確信をもたなければなりません。

もしあなたが、家を欲しいと思ったら、心の中で、「ばかな! 家などもてるはずがない」などと思わずに、意思の力を奮い起こさなければなりません。

神の力は、あなたの心から「否定的な思いが完全に消えたとき」入ってきます。

家は天から降っては来ません。
建設的な行動を通して、たゆまず意思の力を送り込みなさい。

少しの疑いも持たず、確信をもって続ければ、目的は必ず実現します。

あなたの考えと行動の中にたえずそのような意思を働かせていれば、あなたの望みは実現せずにはいません。たとえあなたの望むものがこの世になくても、あなたの意思がたえず働いていさえすれば、何らかの形で望みは叶えられます。
そのような意思の中に神の応えはあるのです。
なぜならば、意思は神から来るものであり、
絶え間なく働いている意志は神の意志だからです。


(話は、さらに具体的な方法を示しながら進んでいきます。でも今日はこのへんで一区切り・・・続きはまた。皆さんの心が今日も幸せでありますように・・・。お休みなさい)



砂の上の足跡・・・FOOTPRINTS IN THE SAND

Posted by 世羽 on 15.2013 語り   0 comments   0 trackback

(備忘録・・・)
14日の午前、自分の居る地域に近いところで発震がありました。
昨日書いた感覚は、これも多分に受けていたと思います。

平成25年04月14日10時26分 気象庁発表
14日10時22分頃地震がありました。
震源地は埼玉県北部(北緯36.0度、東経139.4度)で、
震源の深さは約100km、地震の規模(マグニチュード)は4.7と推定されます。


でもこれは、自分が感じている、最大のものとは違うと思います。
上記の発震後、騒がしさが弱まってきてはいますが、深く静かに継続中です。

・・・と、ここまで書いたら「揺れた!」(汗)

平成25年04月14日22時28分 気象庁発表
14日22時25分頃地震がありました。
震源地は福島県沖(北緯37.5度、東経141.4度)で、
震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は5.2と推定されます。

これで終わり・・・と言えればありがたいです。
でもまだ、地中が唸っていてるし。
これが収まるまでは・・・。
追って傾注してみます。


砂の上の足跡2 index

「引き寄せの法則」がブームになったとき
「このままでいいのだろうか」と思ったことがあります。
で・・・こんな話になりました。

*****

内なる神性に気づく・・・
自らが、人生を創造していく概念・・・。
どれも素晴らしいことで、
真理の一端があります。

でも、人はその段階で、
宇宙のすべてが法則だけに支配されている・・・と錯覚し
至高の存在を「無機質」なものとして捉えがちです。

この時、人は
口で美しい言葉を連呼していても
知らないうちに
自らが何でも可能にできるという
「傲慢」の落とし穴に墜ちてしまうことがあります。

・・・宇宙を「単なる法則の世界」のみだと認識してしまうことも・・・。

宇宙そのものが、
人の創造や概念を遙かに超越した「霊的な生命体」であるとしたら・・・
さらに、その心髄となるものが、
単なる物理的なエネルギーを超えたものだとしたら
法則の上に成り立つものがすべてではないでしょう。

人の知りうることの枠組みは、まだまだちっぽけなものです。
そして、その枠組みを拡張するには、段階を経る必要があります。

だからこそ
心の神性を通して、
その先の
まず近づき得る「大いなる存在」を見出す・・・。

人が近づける・・・といっても
近づける上位の存在には、人が 思う以上にまだまだ限りがあります。
まずは、一段目に至る道を踏破してからです・・・。

先への道は、まだまだ続いて行きます・・・。

その道を行くとき
人には素敵な「贈り物」が与えられています。

それは、感情を通して物事を視る力があることです。
(文明の高度に発達した生命体でさえ、それができない者たちがいるのに・・・)

感情はしばしば、扱いにくい悪者にされがちです。
でもそれは、人が使い方を間違っているだけのこと。

本当は、これを上手く、「聖なる贈り物」として扱うことにこそ
人として生まれた喜びがあります。

自らの「神性」を見出すとき、
人は同時に、
必ず「感情」を伴った魂の喜びを感じるでしょう。

そしてその、感情の彼方に
人が、心から求めてやまない「至高の存在」の感覚を感じとります。

宗教やその他の、信じる事柄の枠を超えて、
皆が「至高の存在」を「感情を通して」愛せること、
誰にもその能力がある・・・と、気づけること・・・

本当は何にもまして大切な、この事実が、
なぜかあまり伝えられません。

ここに、有名なようで、知らない方も多いという
素朴でファンタジーな英詩を置いておきます。
実に人間くさいかもしれません。
レトロかもしれません。
でもこれには、とても「人間らしい」温もり、感情の発露が見えるでしょう。


FOOTPRINTS IN THE SAND

One night a man had a dream.
ある晩、男が夢を見ました。

He dreamed he was walking along the beach with the LORD.
彼は、神と並んで浜辺を歩いている夢を見たのです。

Across the sky flashed scenes from his life.
そして空の向こうに、彼のこれまでの人生が映し出されました。

For each scene, he noticed two sets of footprints in the sand: one belonging to him, and the other to the LORD.
彼は、どの場面でも、砂の上にはふたり分の足跡が残されているのに気づきました。
ひとつは彼のもの、もうひとつは神のものでした。


When the last scene of his life flashed before him, he looked back at the footprints in the sand.
人生のつい先ほどの場面が目の前から消えると、
彼はふりかえり、砂の上の足跡を眺めてみました。

He noticed that many times along the path of his life there was only one set of footprints.
すると、彼の人生の道程の多くの場面で、
ひとり分の足跡しか残っていない場所が、いくつもあるのに気づいたのです。

He also noticed that it happened at the very lowest and saddest times of his life.
しかもそれは、彼の人生の中でも、特につらく、悲しいときに起きていました。

This really bothered him and he questioned the LORD about it.
すっかり悩んでしまった彼は、神さまにそのことをたずねてみたのです。

"LORD, You said that once I decided to follow you, You would walk with me all the way.
「神さま、私があなたに従って行こうと決めたとき、あなたはずっと私と一緒に歩いてくださるとおっしゃいました。

But I have noticed that during the most troublesome times of my life, there is only one set of footprints.
でも、私の人生のもっとも困難なときには、いつもひとり分の足跡しかありません。

I don't understand why when I needed You most You would leave me."
私が一番にあなたを必要としたときに、
どうしてあなたは私を見捨てられたのか、わかりません」

The LORD replied, "My son, My precious child, I love you and I would never leave you.
神は答えられました。
「わが子よ。 私の大切な子供よ。 私はあなたを愛している。
私はあなたを決して見捨ててはいない。

During your times of trial and suffering, when you see only one set of footprints, it was then that I carried you.
あなたの試練と苦しみのときに、ひとり分の足跡しか残されていないのは、
その時わたしが、あなたを背負って歩いていたのだよ・・・」

Author Unknown
作者不詳


原詩と少し違いますが、歌になっていて・・・宗教色を抜きにした「和訳つき」があればよかったですが・・・。
すんません、とりあえずこれで。

http://www.youtube.com/watch?v=QrF2L1dmehQ





「心からの微笑み」とは、何と美しいものでしょう・・・(想いをこめてマルセリーノに捧ぐ)

Posted by 世羽 on 14.2013 語り   0 comments   0 trackback

(・・・その前に、寄り道を・・・)
11日の夜、記事の文末に
けっこう祈る感じで、
それも
危機感をこめて、遠回しに書いたのですが・・・。

それが、以下の発震だと思います。

平成25年04月13日05時48分気象庁発表
13日05時33分頃地震がありました。
震源地は淡路島付近(北緯34.4度、東経134.8度)で、
震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は6.0と推定されます。

幸い、なんとか最小の形をとってくれたようで少しは胸をなでおろしたものの・・・。
実は、地中深くの騒ぎがまだ・・続いている気配で。
しかも、自分が久々感じる、うねる感じも伴っており

なんとか、このまま収まってほしい・・・。
地球さん頼みます! 耐えてくれ!


花畑 images

人が心から浮かべた微笑み・・・。
本当に素晴らしいものです。

それは、何かがおかしくて大笑いする・・・というのとは
ちょっと違います。

ふとしたことで
ごく自然に浮かぶ
けれど、どこか輝きをもった、
実に美しい微笑みのことです。

この微笑みは、心が平和なときに出る
霊魂の美しさの表出でもあります。

それは、幼い子供によく見られたりします。

子供がとても嬉しいとき
安心しているとき
心が穏やかなとき
お母さんや、お父さんを見上げて
浮かべる、あの、輝く微笑み・・・。

マルセリーノ b0283437_21212315

小さい時は誰でも
この微笑みが上手かった。

でも
大人になると
そうそう出てこなくなります。

口元で笑ってみても、目がそうでなかったり
誰かに気をつかって
無理に微笑んでみたり・・・。

演技などで、
したくもない強制された微笑みを創ってみせる子供は
周囲から見ていると、とても不自然に感じる・・・
まさに、あの状態です。

そして
内心、こう思ったりします。

「なんか疲れるよな・・・」

心と身体が違う方向を向いているのですから
確かに疲れるわけです。

では
いつも、心からの微笑みを醸し出すようになるには
どうしたらいいでしょう。

はい・・・多少、
いや、かなり・・・練習も必要です。

それは
自ら意図して、心を平安に保つことの継続ですから。

たとえば手始めに、とりあえず(少なくともこれだけは、という意味を込めて)

その日、どんなことがあったにせよ
泣くようなことがあって
「とてもそんなことできないよ・・・」と思えるような真っ最中だとしても
今日あったこと、そのすべてを、夜に解き放ってみます。

風呂敷にでも包んで、身体の外に放り投げる、
そんな感じでイメージすれば十分でしょう。
(色々なイメージで試してみてください)
そして、放り投げると同時にパツンと消してやるのです。
それだけです。

もし、信じる尊い存在(妙ちくりんなのは困りますが)をお持ちなら
助けを願って、すべて預け渡します。
それだけです。

あとは、「ケ・セラ・セラ」で、眠るのみ。

この練習で得るものは・・・継続をしてこそ培われるもの・・・。
霊魂の錬磨です。
けれど、それが、なかなか続けられなかったりする・・。

でも、毎日でなくとも
こうした錬磨を、しばしば実行できたなら
知らず知らずのうちに
心が平安に満たされるようになります。

ことあるごとに
心からの美しい微笑みが浮かぶようになるのです。
そこには、特別な品位すら備わっていきます。

こうして意図した
美しい現実に近づけば近づくほど
同時に、この世界全体も理想に近づいていきます。

今、そのためにこそ
多くの、
小さいけれど「大きな協力」が必要とされていると言えましょう。

一人でも多くの人の
霊魂の美しさが・・・
心からの微笑みとなって
内から輝き出すことを、願っています。

誰かが、美しい微笑みを浮かべたとき、
周囲の人たちは「必ず」無意識のうちに
その輝きを感じとるでしょう。

そして本当の「美」とは何か・・・を、
その微笑みから感じとっていくでしょう。

*****

今週もどうぞ良い日々をお過ごしください。
皆さんの平安と、安全を心より祈りつつ・・・。


自分この子の微笑みが大好きです。
たぶん実際に、かなり心が綺麗な子だったろう・・・と。

http://www.youtube.com/watch?v=bqKFXlg1h6s




シベリアの地下の・・・幻想地帯

Posted by 世羽 on 13.2013 不思議考   0 comments   0 trackback
先日来、日本周辺の防衛状況を気にしていたら
脳内が別のところに飛びました。
地球にもあるかもしれない未知の防衛システム。
この手の類は、単純に好きです。ロマンがあって・・・。


隕石落下1355094050

先日ロシアに隕石が落下したニュース・・・。
その後、さまざまな憶測が飛び交いました。

そして隕石(?)と言えば、あの・・・ツングースカの・・・。

まず、「ロシアの声」ニュース記事から抜粋です。

「ツングースカ大爆発」の謎について、「ロシアの声」日本語科のアーラ・ソロヴィヨワが、
ロシア科学アカデミー宇宙学研究所宇宙学研究室主任研究員で数理物理学者の
リディヤ・ルィフロワ氏にインタビューを行った。

同氏はまた、2008年にモスクワで行われた国際会議「ツングースカ大爆発の100年」の参加者でもある。

ツングースカで起きた爆発は、地球全体を揺るがすものであった。ルィフロワ氏はそう考えている。
しかし、幾世代にもわたって世界中の学者ら、様々な分野の専門家らが研究を続けているにもかかわらず、
この出来事に対する完全かつ包括的な説明には至っていない。

(彼によると)
ツングースカの事件を識別するために、我々はある呼称を用いている。
「ツングースカの天体」というものだ。
というのも、ポドカーメンナヤ・ツングースカ周辺の大爆発の原因になったのが、
果たして小惑星だったのか、彗星だったのか、いまだ判明していないからだ。

判明している確かなことは、ただ、
1908年6月30日の早朝、半径50から100mの「何らかの天体」がエニセイ炭田地区上空の大気圏に突入し、南東から北西へ飛行し、急速に制動し、高度5kmから10kmの地点で爆発した。
これだけのことだ。
爆発は甚大な規模のものだった。TNT火薬10から15メガトン、また広島型原爆2000発分に相当する規模だ。

タイガを燃やした閃光は数百km遠方からも視認された。
また強力な衝撃波は周囲2000平方kmの樹木を薙ぎ倒した。
大地は共振し、地磁気は乱れ、地震波・音波・重力波が発せられ、それらは世界中の天文台で観測された。
続く数日間というものは、夜ともなれば、北半球全域で異常な現象が見られた:不自然に明るい夜空。奇妙にカラフルな朝焼け。夜光雲。
こうした「ヴィジュアルな怪奇現象」にこそ、ちょうど、ツングースの天体の謎が隠されているのだ。

とリディヤ・ルィフロワ氏は強調する。

―隕石の爆発によってこうした現象が引き起こされることはあり得ない。
それに、もし隕石が落下したのなら、クレーターはどこか?
隕石は重く、石や鉄から出来ている。
100年がかりで探したが、クレーターは見つからなかった、隕石のかけらなど何ひとつ見つからなかった。
かと言って、では彗星か?
もし彗星が落下したのなら、火急の航跡、弾道軌道に沿って、細かな帯同物質が落ちていなければおかしいが、そんなものは見つかっていない。
大気が異常に照らされたり、夜光雲が見られたり。
これらは確かに隕石の爆発ということで説明できる。
しかし、今手元にある限りの「物理法則」を総動員しても、どうしても、そうした現象が見られるためには、爆発は実際よりずっと高い気圏で起こらねばならぬ。
つまり、高度30kmから40km。
学者の多くは彗星説に傾いているが、いぜん謎は謎のままである。

太陽系内の全ての小さな天体が、様々な謎に満ちている。
それぞれ形、大きさ、化学組成、物理学的特性、寿命などで異なっている。
彗星の核は硬い塵や氷で出来ている。
「彗星説」に味方する人々は、ポドカーメンナヤ・ツングースカ上空で爆発したのは他ならぬ氷の核をもつ彗星だったと見なしている。
いわく、当の彗星は超高温で融解し、地上に彗星本体の痕跡を残さなかったのだと。
しかし、これも現段階では、仮説の域を出ない。
ツングースカ事件の研究はこれからも続く、とルィフロワ博士は確信している。


ツングースカtopics080702_2_1L

2000年代まで、かつてロシアにはUFOなどを専門に調査する部署がありました。
一時期はNSAR(ロシア安全保証アカデミー)の一部署がそれに当たっていたと思うのですが、今はもうないと聞いたような・・・(違っていたらすみません)。

その部署のウバロフなる博士(すみませんフル・ネームを失念)が、
あるときアメリカのとある国際UFO会議で爆弾発言をしたのです。

それはツングースカの爆発についての新説で、
ツングースカ上空に侵入した物体は、知的操作をされた防衛システムで破壊された・・・というものでした。
当然、「ホラふき」の悪口を浴びせられることになりますが、
それでもこの新説は、人々の知るところとなりました。

彼が言うには、ツングースカに侵入した物体は、数度の攻撃を受け、
完全に破壊されたとのこと。

この時の破壊力と爆発の影響は凄まじいもので、破壊地点から50キロも離れたところにいた住民が、熱傷をおい、さらにそこから10キロも離れた地点でさえ、人々は立っていられずなぎ倒されたという記録があります。

では、そのとき何が起きたのか・・・。

ロシア・・・旧ソ連時代から・・・この地には、地下における色々な噂がありました。
地下からはい出てきた緑色をした人間のような生物との遭遇、
地中から飛び立ったと思われるUFOの頻繁な目撃。
地下から響く機械音(これは最近でも類似事件がありました)。
地面から天空に向けて走る奇妙な閃光。
もう、色々です。

そしてシベリアの最寒極の地、サハ共和国・・・
ここに「死の谷」と呼ばれ、人々の寄りつかない場所があります。
ここを中心にして、かなり広い範囲ですが、
当時、この周囲ではしばしば、「金属」でできた不思議な構造物が目撃されていたのです。

1007-e1361429458701.jpg

形状はそのときどきによって異なりますが、
あるものは部屋の形状をしていたり、
あるものはドーム型で直径にして10メートル近くあるものだったり・・・
そして意外に共通しているのは、その金属が不気味な赤みを帯びていたことです。

当時、その話を聞いて「この金属は銅ではないか・・・」そう考えた人もいたようですが
実際に、それに触れた住民によると、傷一つ、つけることができなかったそうです。
そして、物によっては、地中から出たり入ったりするところも目撃されています。

さらに、目撃者のなかで、その構造物に入ったり、近づいた人たちが、
後々、体調に不具合を覚え、ときには命を落としたりしたのです。

で・・・先ほどの爆弾発言をしたウバロフ博士は、
こうした構造物を介した、正体不明の地球をガードするシステムがある・・・
このシステムは「死の谷」を含む広い地域の地下に分散して存在しており、
ツングースカに落下した物体は、このシステムによって破壊された・・・。
そう発表したわけです。

ツングースカに墜ちた物体が何であるか、
またその爆発原因・過程がどのようなものであったかについては、
いまだ諸説あり、特定されていません。
飛行経路も妙なことから、ミニ・ブラックホールだ、いやUFOだったのではないか・・・などという人もいました。

それが何であるにせよ
後々の調査で、面白いことがわかってきたのです。
というのも、
この物体が大地を襲おうとしたほぼ同時刻、
物体をめざして飛ぶ少なくとも「7個」ほどの複数の光球が、
異なる地点から目撃されていたのです。
そのうちの一つは明らかに
大地(たぶん湖)から放たれたところを周辺住民によって目撃されています。

光球は、月ぐらいの明るさで、白い尾を引きながら出現し、
地上はまばゆい閃光に照らし出されたと言います。
この光球は、人によっては太陽ほどの明るさで、周囲が何も見えなくなったほどだった、という証言もあり、それはなんと、空中で停止することも・・・。
そしてこの球が飛び去った後に、
ものすごい轟音が響き、窓ガラスが粉々になった・・・そうです。

博士は、落下物体の侵入経路と、
同時に発生し、物体めがけて飛んだ光球の目撃ルート、
その光球が見せた異様な飛行軌跡・・・
そして、このツングースカだけではなく、2000年代に起きた別の隕石による爆発事件
また、過去に同様の事象が何件もあったことを突き止め、
それらをもって
シベリア上空に飛来した物体は、未知の力によって迎撃された・・・
と結論づけたようです。

もし、この話が本当だとしても

落下物が何で、何のために、誰が迎撃したというのか・・・。
ただ単に、自然災害を軽減しようとしただけなのか・・・。
はたまた
地球を護るというより、もっと深い真相があるのか・・・。

これらは、いまだ謎に包まれたままです。

そして、冒頭にも書いたように似た事件が、今年の2月、またロシアで起きました。
動画などで、隕石を貫く「何か」が示されてもいましたが、規模は全く違います。

ロシア2013年2月15日images

(参考動画はこちらからどうぞ)
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=4utRB0v-Ud8

それにしても
この場合もどうだったのか・・・今後の研究の結果が待たれるところです。


おりしも隣国からの騒ぎで
飛んでいるミサイルを、ミサイルで打ち落とすのは至難の業と言われていますし
なんか、それを思ったら・・・。この話を思いだしたわけで。

ちなみに、ロシアには、潜在的にサイキックが多いです。
政府公認で、さまざまなジャンルでサイキックが働いています。

それは・・・・。

かつてオレンジ、ノルディック・・・と呼ばれた他の星の住民がロシア近隣にいて、
彼らと人とのあいだにできた混血の子孫がいるから・・・との、密かな声もあります。

この地下にあるという防衛システム・・・
これを創った存在かどうかは別にしても
あそこら辺の地下に何かがいるなら・・・。

(どなたか・・・視抜いた方はおられるでしょうか?)

たぶん・・・それは、人の形はしているのですが・・・。
身長が高くて顔の特徴に「大きな違い」が一点あるのではないでしょうか。
そして、見た目が陰気くさい。
今も地下にいるかどうか・・は、わかりません。
でも、もし・・・
いつの日か、そんな情報が世に出て、地下にいた存在が確かめられたら、
そのときは、今最期に書いた部分を比べてみてください。


*****
(そして終わりに、唐突に一言つぶやく・・・)

できるかぎり
幸せを運ぶ人になりたいものです。
人をくつろがせるような、寛容で優しい人に。
ほんの小さなことだったとしても
誰かを幸せにできたなら、人は・・・自分が幸せになるでしょう・・・。

いつでも・・・とはいかないまでも・・・
自分もそんなことを日々・・。

http://www.youtube.com/watch?v=858outU8d88



http://www.youtube.com/watch?v=mh1AA0aduAw



今、日本で語られている神の物語は「古史古伝」類が土台なんでしょうかね

Posted by 世羽 on 11.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback

先日・・・「つぶやいて」から
ちょっとばかり思案していました。
「つぶやき」たいことは「日常生活」にとってはどうでもいいことですし。
某国のミサイル話もかなり興味があるし・・・。
大地がまた騒がしいし・・・。

でも・・・結局、こんなふうになって・・・。

ダイヤモンド富士 ent1_00001201


日本神界・・・そのなかでも「消された神々」、
キリスト教を含む海外の幾多の神、
ひいては
ムーやアトランティスを含む幾多の超古代文明の数々・・・
そして宇宙の彼方の星々に話をつなげるもの・・・

これらの点をつなぐもの・・・といえば
世に出ているものでは、
古史古伝における「竹内文書」
そして、それに与えられる多くの解説書などが思い浮かびます。
(ときに、宮下古文とかも・・・)

そこに
数々の神代文字の解読もあいまって・・・色々と。
(ときには、過去を視た人たちの書籍も一役かって・・・)

「竹内文書」での根本思想は、
知る人ぞ知る
「日本は世界の中心/支配者」というもの。

その創造神は
「世界の真の主神」と文書が語る
元無極躰主王大御神モトフミクライヌシノオオミカミ
(別称:天地身一王大神アメツチミヒトツオウノオオカミ/神随南無天地人カンナガラナムアモン)。

この神が世界宗教のすべての主神である・・・
宇宙そのものである・・・
そう述べられていると思います。


日本が大好きで、愛国心も「右向き」ぐらいけっこうある自分・・・。
「だったら嬉しいな」と言いたいところです・・。


しかし、現実にそうか・・・は
正直わからない・・・。


太古に何があったか・・・

おそらく、いくら力を駆使して過去を視たとしても
神々と思しき存在の示しを受けたとしても
すべてを知りうるのは易しくないでしょう。
(いや、わかる・・という方もおられるかもしれませんが)


昨日動画で「神の名に墜ちる者」という動画を貼ったのですが
実は、ちょっと隠れた意味がありました。

たとえば、
「竹内文書」において
上古代第4代天之御中主のときに登場する
ミヨイ、タミアラ・・・
これらの地は
ムーやトランティスに結びつけて考察されたりしています・・・。

文書中では、
第4代天之御中主が、
「皇子たち」を領地の国主命にしたと
されていると思います。

その一方で、

ムーから、かろうじて伝承されたという
有名な「聖なる霊感の書」があります。
一説によると
7万年以上もの昔から存在した「ナーカル宗教結社」によって
現代にまで継承されてきたと・・・。

そして、この書に連なる
いくつもの「碑文板」があり
こんな文言も伝えられています。

「創造主は人間の理解し得ざるものなり。
理解し得ざるものなるとき
描くことも、名付けることもかなわず。
無名なるものなり」


つまり、至高の存在たる創造主は
「人間には理解できない」「名前がない」というのです。

わずかな文言ですが・・・自分は感覚的に重みを感じます。

ここから何が読み取れるか・・・というと・・・

太古の歴史がどのようなものでも
もし、その歴史上で何かの名前を冠する「神なる存在」がいるとすると
それは、神というより
実際に存在した生命体が、
悠久の時を経て「神」として扱われるようになった可能性もある・・・
ということです。

「竹内文書」に書かれていることが真(まこと)なら、
それは
神の物語とされているものの
実際にあった出来事を朧気に伝えた可能性もある・・・
ということです。


また、
もし、上記した「碑文の文言」にも真実があるなら
多くの方々がソースとしている様々な神の名前をもつ存在は
果たして何なのか・・・。

このことは、
「何々神」のチャネラー・・・と称する皆さんが
改めて、自らのソースを「探究する」糸口にもなるかもしれません。

神と神の戦い・・・。
それは本当に「神」と「神」の戦いなのか・・・。

日本語で言う「神」とは何なのか。

広義で皆がいう、人の心の奥底のみが知りうる
「神/至高の存在」とは何なのか。

はたまた、
特に昨年末、ネットを駆け抜けていた
「下生信仰」の終末論のように
「現世を改革」しようとする思想・・・
その頂点に位置し
衆生を救う・・・とされている
もとは人である「弥勒(マイトレーヤ)」という存在・・・
ときとして、これが日本の多くの「神の名前と共存して」語られるとき
そこに
「至高の御者」という存在・・・を、どう繋げるのか・・・。

こうした事柄に際したとき
人として、
「地球に生きる霊魂」として
どう整合性をつけるのか・・・。


無謀かもしれませんが、
今、そんなことを問いかけたいと・・・。

そして

神が、追う者を愛される・・・なら
人が真摯に
神とは、どのような存在かを知ろうとする限り
いつかきっと、それぞれの人へ
これらの点をつなぐための「適切な開示」があるだろう・・・

そんなことも感じています。


*****
と・・・それより・・・
地面の奥が・・・・何というか。
日本の人も世界の人も、多くの人が・・・
幸せになりたいのです・・・。
大きく羽ばたこうとしているのですから・・・。

自然の営みとはいえ地球さん・・・
大きく揺れるのだけは勘弁してください。


http://www.youtube.com/watch?v=v724fmvJ4yw




「日本の神さま」と「西洋的な神さま」の名前を結びつけていることへの素朴な疑問が・・

Posted by 世羽 on 09.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback


(・・・と・・・くそ長いタイトルで・・・どうも)

以前から気になっていたのですが・・・。
書くにはかなり「勇気」がいるのでためらっていました。
いまだ自分には、はっきり答えがやってこない部分でもあり・・・。


カラフル夕焼けtruecolors


ネットで菊理媛神(くくりひめのかみ)が聖母マリアとされ
イコールで結ばれて・・・
場合によっては
瀬織津媛・瀬織津比売とも同一視されていたりする・・・
それについてです。

また、その聖母マリアと同一視されたはずの
瀬織津媛・瀬織津比売が
マグダラのマリアと同一視されたりしてるのも見ました。

さらに饒速日命、邇藝速日命(ニギハヤヒ)が
イエス・キリストと同一視されたりも。


この論の発端は誰が最初に言い出したのかと・・・
ちょっと調べてみたのです。

ある程度までさかのぼれましたが、調査対象があまりに多く
その根拠となる最初ものが特定しきれていません。

ただ・・世に著書を出した方や、
スピリチュアル・ブログで絶大な人気を博しておられた方々が、
そう仰有っており、
それがさまざまな形で引用され、拡散された経緯は見てとれました。

そこでの話の展開は、要するに

数百億年前の遙か昔から存在し、宇宙の頂点に位置する日本神界
その神々の分御霊のようにして
イエス・キリスト、聖母マリア、マグダラのマリアが世に姿を現し、
また「次元上昇の要」となる神格の筆頭に、
「女性エネルギー/慈愛の姿」として
菊理媛神なり、瀬織津媛・瀬織津比売なりが位置している・・・
との見方のようでした。

・・・そこで素朴な疑問が湧きました。

日本神界を思うとき
他国で非常によく似た神々の系譜があることを想い出します。

・・・あのギリシア神話やローマ神話の神々の話です。
そして、それらは
当然ながらシュメールでの神々の話にまで及びます。

この共通点には多くの謎があるとして、
考古学やら神学やらの範囲でさまざまな研究がされてきました。

(たくさんの書籍もありますから、
どのように類似しているかを改めて記載するのは省き・・・)

日本神界を頂点と見る人たちは、
これら共通点こそ
日本の神々の名前、出自が世界に残っている証拠だ・・・
日本の神々が頂点にある・・・という説を唱える方々もいます。

さらに、そのルーツの一端が、いくつもの地球外文明につながっている・・・
そんな話があることも、理解しています。

加えて、日本が世界のひな形だとすれば、
イエスの生まれたあたりは日本でいう某大社に近く、
それらをめぐる日本神界の封印話があり、
どれが本物でどれが偽神か・・・の
論調が出てくるのもわかる気がします。
日本の某所にイエスが渡来した話もありますし。

とはいえ、疑問が湧くのです。

たとえば、イエス・キリスト・・・・
神でありながら人として生まれたとされ
その神秘は心で理解しないと、一般的には
単に「聖なる人だった」で終わってしまう・・・神人・・・。

それでもよいのです・・・

仮に、限りなく神に近い人だった・・・としても

おそらく今いるどんな人よりも霊感にすぐれ
何人もの死者を復活させる力をもち
ライ病で肉がそげ落ちた人の患部をまったくの元の肉体に戻し
悪霊を祓い
嵐を静め
波の上を歩き
今いるどんなチャネラーよりも、遙かに
神の何たるかを知っていたと思しき存在は
実はオリンポスをはじめ異邦の神々を
「神ではない。人の創造した偽神です」と
断言していた・・・これはあまり知られていません。

仮に、この世界に共通する神々の系譜があるとして
海外の神が先か、はたまた日本神界が先か・・・
そんな位置づけがあったにせよ
同一視されているものに繋がりがあるなら
他方を「本物ではない」と言うだろうか・・・と思ったわけです。

嘘を絶対つかなかったイエスが、
もしどこかに自分に繋がる神の系譜があれば
そう伝えて、そこに至る道を示しはしなかったでしょうか。
全世界に教えを伝えよと言ったのはなぜなのか・・・。

だとすると、今言われている
日本の女神と、聖母マリアやマグダラのマリアの繋がりは・・・
どこから生まれたのだ・・・と、
心の声にもまして「素朴な疑問」が湧いたのです。

視えない世界からの示し・・・そう言われるのかもしれませんが
それでも、何か妙だ・・・そう感じるのです。

自分は日本が好きです。
日本の神々にも思い入れがあります。
社での「舞女」の方々の御神慮をお慰め奉るにあたっての
神に対する「絶対の敬意の表出」とも言える
あの禊ぎ・・・作法の数々は
本当に素晴らしいなあ・・・と思ったりしています。

でも、自分の心は伝えてきます。

「何かが違う・・・」と。

今のスピリチュアルでは「何でもあり」の精神でいいのかもしれません。
そのほうが楽しいかもしれません。

けれど、自分の心が「それでは迷う・・・」と伝えてきます。

上記したように
日本神界をめぐる攻防の論説があるのも知っています。
でも、果たして多くの人が伝えることだけが本当なのでしょうか。

先日、大天使ミカエルを神だと位置づける説があるのも知りましたが
正直、自分はそう感じないのです。

これは単なる感覚の違いだけでしょうか・・・。

本当の姿がどのようなものであっても
今現在、天使と名付けられ、位置づけられた生命体がいるのは感じます。
ですが、それは人が「神」と感じるものとは別物だ・・・
自分の心はそう言います。

何がこの「感じること」の差異を生み出すのか・・・
たとえば、皆さんの心はどのように感じますか?

聖母マリアが、日本の多くの方が言うように何の分御霊であろうと、
聖なる存在であることは疑いがないかと思います。

その出生のさまざまな文献や記録、幻視を辿ると、
人とはここまで聖なる者になれるのか・・・という、
人として、
女性として、
母としての
最高傑作とも言える「人間性」を見ることができます。
でも聖母は、その生涯において一度も自らを神のように見なさず
イエスと同格に値する者としませんでした。
むしろイエスを「創造主」そのものとして見ていた・・・。

マグダラのマリアについても・・・
キリストの花嫁などと言う人がいたり、
この聖女を悪魔の手先とさえする説もあるようですが、
これも、自分の心は「違う・・・」と伝えてきます。
(長くなるので、書きませんが自分の心に視る彼女は別者です)

神と神、また諸聖人との関係性については
もう少し、深く知り、探ることが必要だろう・・・。

心がそう伝えてきます。

かくいう自分の言葉も、
もちろんすべてが的を得ているとは限りません。

でも、思うのです。

どのような情報であれ、人として一応調べてみる・・・
そんな気持ちは大切だろう・・・・と。

そして、
心を、そしていちばん大切な霊魂を扱う世界だからこそ、
「神」につながる話だからこそ
もしかすると、予想以上に真剣な作業が必要ではないのか・・・
そんなことを素朴に感じたりして・・・。


http://www.youtube.com/watch?v=hhdNqaTNxJ4




運命の大河で小舟にのって

Posted by 世羽 on 08.2013 語り   0 comments   0 trackback

(ちょっとだけ・・・メモ)
4日にメモった地中の騒がしさ・・・その結果はこれかと。
地震情報(震源・震度に関する情報)
平成25年4月6日14時9分 気象庁発表
きょう06日13時43分ころ地震がありました。
震源地は、ニューギニア付近(南緯3.5度、東経138.6度)で、地震
の規模(マグニチュード)は7.2と推定されます。


同じ騒がしさを感じるとき
日本が揺れることがあるので、ちょっと危惧していました。
多少のはねかえりも、否めないので
個人的には、軽減の意識を向けていきたいと思います。
(7日少し静まったのですが、本日また色々な感覚があるものでメモしておきます)



小三峡 230784083


この星の上には、自然界にできた無数の河川が流れています。
ときに、支流が合体しながら大きな流れをつくり
そして海へ、海へと流れを進めています。

大河では色々な船・舟が航行し
さまざまな場所に立ち寄ったりします。

運命を大河にたとえると
人はその上を行く小舟にも似ています。

小舟だと、大きな船の入れない支流にも
入っていけたりして、けっこう自由に動けたりします。

「運命の大河」は逆登ることができません。
大海にたどり着くまで、一定の方向に流れるままです。

それでも、
浮かぶ小舟は、水上を好きなように遊びながら
流れにそって海をめざします。

ときおり、立ち寄りたい幻の都がいくつも見えてきます。
点在する都のどこかで舟をとめ、
心ゆくまで遊んだりします。

ドイツ lrg_10411912


都では色々な人に出逢い、素晴らしい体験や
嬉しいこと、嫌なこと、腹の立つことなどにも出会ったりして・・・。

そして、都で少し時を過ごすと、
また河に戻り流れを楽しみます。
(都の楽しみに捕らわれて、ずっと居続けてしまう人も出てきます)

舟に支障が起きて進めなくなったりすると
修理が終わるまで
親切な、優しい別の舟乗りが曳航してくれたりします。

ときに、心から共に流れていきたい人と出逢い
舟を繋いで同道することにもなったり・・・。


そして・・・その途上のことです。


運命の流れをどうにかしよう
進路を創造していくのは自分だ・・・と思っていても
本当は、
人の「創造/想像」を遙かに超えた神秘を映す、
運命の大河の上にいる自分・・・

それをはっきり見い出すときがあります。


旅の途中で、思い切りさまざまなことに出逢おう・・・そう望み
望みをどう体験するか・・・
支流に進路をとり、迂回して冒険をしてみよう・・・
そう決断する・・・

これは「自由意思の舵」を操って可能になる
少しばかりの進路変更・・・
とはいえ無限の可能性をもって選びとれる、
素敵なオプション・ツアーです。

けれど、その支流の流れも、
やがては本流に戻ってきます。


そして人は、ある時・・・必ず・・・
ふと気づくのです。

自分はものすごく大きな河の上で
海に向かって、とても自然に、運ばれているのだと・・。

この、ごく自然な流れに気づき
それに身を委ね、流れを信じ、安心して進路を進むこと・・・。

ここに「運命の大河」を行く者が悟る神秘があります。


皆さんの舟旅が
いつも安らかで、心地よいものになりますように。



テロップに誤字があるかも・・・
https://www.youtube.com/watch?v=qEOd_dnBYtg




雨の音を聴きながら・・・ふと

Posted by 世羽 on 07.2013 語り   0 comments   0 trackback

関東の某地域も夜半から本降りになり始めました。
都心の電車内も、いつもの土曜日に比べると
心なしか人が少なかったようです。

ニュースで盛んに、「必要がないかぎり外に出るのをやめましょう」と
言っていたのが、けっこう効いていたのかも・・・などと思ったりして。

当地の今は、まだ風がないので静かです。
これから朝にかけて風雨ともに激しくなるのでしょうね。




index.jpg


1日の終わりに来る夜は、人生の「区切り」の予行練習にも似ています・・・。

その日、浮き沈みがあっても、最終的に良い気分でその日を終わると、
その夜は楽しく、心安らかに眠りにつくことができます。

そうでない日は、当然のことながら
悶々として眠れなかったり、夢見も悪かったり。

人生全体も、大きく見れば同じようなもの・・・。

ある時分は、
こんな力があってね・・・こうなんだ・・・と
自分を特別な何かにしたくなる・・・
そんなことがあります。

でも、きっと、少しずつ歳を重ねるごとに
それらが本当は「大したことではない」・・・

そう気づいていくことでしょう。

人はそれぞれ、どんな人でも
確かにユニークで
かけがえのない存在だ・・・ということが自然にわかってきます。

そして、ある日

平凡という日常のなかで
ごく普通に生きていることの素晴らしさ
ありがたさを、教えられることがあるでしょう。

たとえ喧嘩をしたとしても
傍に「誰か」がいてくれて
一緒に買い物に行ったり
どこかに遊びや旅行に出かけたり
テレビや映画を見て笑ったり、泣いたり

そんなありふれた日常が
どんなに素晴らしいことか・・・知る時が必ずくるものです。

そこには、どんな陰謀論も、神示も、チャネリングもおよばない
かけがえのない
人としての生きる道が現れています。

ときおり
この大切な

もしかすると
「失って」初めて知るかもしれない
そんな「生きる喜びの道」を歩いていることを
忘れてしまうことが、しばしばあります。

そのとき
「孤独」の試練が、やってくることさえあるとしたら
そんな試練は避けたいものですね。

今、共に笑いあえる家族、恋人、友人がいるのなら
その絆のありがたさに
ちょっとだけ、想いを馳せてみてください。

そして、それを大事に、さらに育んでいくことを
心に思い起こしてみてください。

人生において、同じ日は二度とやってきません。

1日、1日が本当に大切なのです。
だからこそ、昔から
人は無意識のうちに
その日の始めにも終わりにも「感謝」をしてきました。

それは、自分を導いてくれる「何か」への
自然な「感謝」でもありました。

でも・・・
人は最近、それをよく忘れてしまうのです。

本当の意味で人生を照らす光は、
こんなささやかな事柄に隠れています。


今日という1日の終わりを迎えるとき
眠りにつくその瞬間
皆さんの顔が、優しい「感謝」の笑顔に包まれていますように。



http://www.youtube.com/watch?v=6afXUJAElHU





時の渡り手「ウイングメーカー」の情報はまだ続いてたんですね

Posted by 世羽 on 06.2013 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback


タイムトンネルtime_travel



気になることがあって、検索していたら・・・な・なんと
久々にウイングメーカーの文字が飛び込んできました!

これが日本で公に紹介されたのは2006年くらいが始めだったと思います。
当時はマイナーなネタで・・。HPも一度は消滅したことがあったかと。
(今はしっかり存在しています)
検索してみたら、近年、記事として扱っている方も結構いました。

ウイングメーカーは時を超えて、今ある世界に足跡を残したことで有名です。
過去記事に書いた、自分の知る存在とは少し違うようですけど、
すごく似ている部分もあります。

書籍にもなり(自分はなぜか読んでない)
名だたる方が記事にしておられます。
詳細は本や、他のブログを見ていただくとして・・・。

彼らが残した文字を解読した文書を、改めて載せてみます。

imgbb3d9fd11ifyds.jpeg


23室目の光ディスクからの解読(一部)

われわれをウイングメーカーと呼んでもらいたい。
われわれはしばしば天使と混同されるが、実際には完全に人類・・・
ただし
未来の、おそらく進歩した人類である。
人間はそう条件づけられているのだろうが、宇宙のさまざまな存在レベルにはきわめて多種多様な生き物がいることを理解できない。
あるいは理解しようとしないようだ。
そこで、多少は一種の防御規制として、きわだってユニークな生物を見るとみないっしょくたにしてしまう。

天使の王国は
人間やウイングメーカーの存在形式とは異なる生命種族である。

ウイングメーカーは時間の焦点の外に存在するが、
人間や地球体生命や天使は時間内部に存在し、
様々な程度で時間原理に束縛されている。
われわれのユニークさは
人間である肉体的・精神的特性をすべて留めたまま、
時間から独立して行動できる能力から生じているのだ。

ウイングメーカーの第一の目的は、文化の形成にあるが、
これは文化形成こそ、
精神の世界と宇宙論的変革に
重大な関連があると理解されるからである。

文化形成を定義づけるなら、
個人主義の価値観と一体性の価値とを融合させることだ。
それが生命の目標であり、
それを生物の種に関連させれば
おのれの多様な認知力と表現力を維持できるようになる段階まで進化して、
それらを統一的で包括的な文化へと統合することである。

人類はそのような文化を心底から望んでいる。
構成する各部分を認識し大切にする全地球的文化を・・・。

これが20世紀の地球上で通信技術が急速に進化した、
主たる理由のひとつである。

こうした技術を通して、
グローバル文化はより急速に発展し経験を積むことができる。
このグローバル文化を通して、
人類は一体性(ワンネス)への精神的傾向にますます敏感になるだろう。
人類という種の一体性のみならず、
人類を包含する生命全体における一体性への。

全体性の宇宙のなかでは、
人類はあらゆる他種族と形態の生命に複雑に繋がっていることを、
ウイングメーカーは知っている。
この繋がりは「神の精神」として知られる。
それは食物連鎖や生態系に表現される素朴な相互依存以上のものだ。
それは
あらゆる生物の生活経験の吸収を通じて達成される「至高造物主」の蓄積的知識である。この全網羅的知識はあらゆる生物に進んで提供されるが、
時間から歩み出る能力を獲得した生物にしか理解できない。

生命はすべて、いわゆる邪悪で否定的な局面を含め、
計り知れぬほど複雑でありながら単純な精神の持ち主の、
進化する生物たちの変革に専念する宇宙有機体の一部であり、
そのおかげで生物たちは、
全生命との親密な繋がりと「至高造物主」との一体性を理解できる。

これが多元宇宙のあらゆるシステムにまで拡がる基本システムであり、
この根本理由のためにこそ、生命は存在するのである。

ウイングメーカーはタイム・カプセルを
地球上「7箇所」に戦略的に配置したので、
いざ発見されたあかつきには、特定の地域や民族や哲学ではなく、
人類と地球を代表するグローバル文化の発展を促進するだろう。

この文化形成の目標と並行して、
存在形式のパラダイム群を導入するという目標がある。

タイム・カプセル第1号の場合には、
時間移動のできる文明が地球を訪問し、
あとに「名刺」を残したという、まごうかたなき証拠を紹介するだろう。

それはまた、同時代で最初に発見されるタイム・カプセルであるため、
ウイングメーカーによって地球上の他の場所に配置されたタイム・カプセルが他にもある、という事実の発見にも繋がるだろう。
これらのタイム・カプセルは結果的に、
現代の人類と未来の子孫との対話の架け橋となるだろう。
ウイングメーカーは責任ある兄貴分として、
人類の次の2世代がグローバル文化を築く手助けをしに戻り、
人類が進化の次なる跳躍にかかる準備をさせるだろう。

この新たな跳躍は、
人間の遺伝子型と魂に基づく完全な新種の設計と発展を意味するだろう。
存在の異本的な目的は、「至高造物主」が生命の表現と認知に万全を期せるように、生命形態を拡大し、多様化することである。

人類の種は、全宇宙いたるところで多種多様にまぎれもなく成長し、
拡張する無数の知的生物のひとつでしかない。
「集合体の体」に含まれた一原子に過ぎないのだ。

その意識の範囲内では、人類は五感に頼りすぎるあまり、
全体性の宇宙の認知が制約されている。
これらの感覚が
強大な力で人間という装置を分離されたひとつの現実だけに集中させるところは、ちょうど潜水マスクがダイバーを水中の世界だけに集中させるのとよく似ている。

われわれが残したタイム・カプセルは、
技術と芸術と哲学と、実質的にひとつの原語を丸ごと用意し、
適当な時期がくれば、
それが人間という装置にふたつの付加的感覚を発達させるだろう。

人類の遺伝子構成は、本来「7大感覚」を持つように発想されている。

諸君は最近になって、第6感つまり直感ということをしきりに言い始めた。

じつは第7の最も強力な感覚も存在していて、
それこそがタイムトラベルにリンクする感覚であり、
それがスペーストラベルにもリンクしているのだ。

しかしながら、
人間装置のこれらふたつの付加的感覚が十全に起動されるには、
その前に地球が統合され、
完全に一体化したことを表すグローバルな文化が出現しなければならない。

われわれの使命は、人類の遺伝子能力を開発し、
これらふたつの新感覚を包含させる一方で、
人類を一政府、一文化、そして卓越した一哲学のもとに統合させるグローバル文化への発展を、同時に確保することにある。

もし、とても不可能な目標のように思えるなら、
われわれはそれが実現した時代に生きているのだから、成功を保証できる。
そしてわれわれの使命に関する証拠がもっと必要なら、われわれの原語を学ぶだけで、その証を見出すことができるだろう。




ウイングメーカー補足を少し


ウイングメーカーは、宇宙の中の最古の種族の系譜につながるとされている。
この最古の種族とは、全ての銀河の生命を生み出した伝説上の神々、全宇宙の遺伝子の創造者であり、遥か太古に人類と相互作用した際に神々であると考えられていた存在、それに繋がるとされている。
ウイングメーカーは数千年前、地球の未来を想定し、地球の各大陸に「7つの知識の貯蔵庫」を建造し、遺した。ニューメキシコの遺跡は、7つの遺跡の最初のものとなる。
7つの遺跡は、それぞれがミステリアスな方法によって相互に繋がるとされている。


7つの遺跡photo_2


そもそもこの話が世に出たのは、ネルダ博士と彼の助手がウイングメーカーの目的に心動かされ、エンシェント・アロー遺跡を、科学者一般に知らせたいと願ったことから始まる。当時、遺跡の調査は、NSA局内の超秘密組織、「コルテウム」と呼ばれるエイリアンとの接触を行っていたACIO(先進コンタクト諜報組織)の管轄下にあった。そのため、ネルダ博士は情報を世に流すには、組織から脱走するしかなかった。
それが成功し、今、情報がここにある。

ウイングメーカーはいくつかの予言を残している。
そのひとつによると、「アニムス」と呼ばれる魂を持たない人工生命体のエイリアンが、
2011年に地球を発見することになっている・・・と。
アニムスは「古代の敵」と称され・・・ここには深い謎がある。

ウイングメーカーは、このアニムスの接近に対し、
人類が自己防衛できるようにと、7つの遺跡に必要とされる知識を収納した・・・と言われている。




遺跡でみつかった光ディスクの解読によれば、ウイングメーカーは
かたや750年先(28世紀の中葉)の未来の人類を代表する・・・ということもあります。ここには、前記したような古代と未来を結ぶ時間のギャップがあり、説明があいまいです。そこには、いまだ明かされない時間の操作があるのでしょう。

彼らは元をただせばプレアデス星系の出身だとも言います。
また上記したように、2011年に魂をもたないアニムスが地球を発見することについて警告していました・・・あれはどうなったのか・・・。
でも、この「古代の敵」というのは、
実はすでにすでに地球に存在する「とある文書」に記載されています。
いつか時をみて、つぶやいてもみたいのですが・・・。
(そして自分は・・・あの火星のシステムがどうして停止しているのか・・・やはり気になるところです。あれが作動していれば、たぶん未来もまた、多少変化していると思うのです)

まあ、残り6箇所のカプセルがそろったとき、さらなる詳細がわかるのでしょう。

いずれにしても、時間を操る存在はけっこういるわけで・・。
以前自分が話した存在とも、どこかで接点があるだろうな・・・と
春の夜長に思ったりしています。



自分的には「時を駆ける・・・」くそ古いバージョンが、なんか好きです。
https://www.youtube.com/watch?v=Au38fLkJEkI




神秘数字の羅列「●●●」を見てみると・・・考えさせられます

Posted by 世羽 on 04.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
散開星団NGC4755 images



昨年末、特定の数字の羅列にかかわる事柄が
次元上昇の件とからめてネット上でにぎわっていました。

カバラの知識を日本神界や仏教と融合させて解釈したり、
ある宗教の教えを元にして解説したり、
多くの人がいろいろな見解を述べていたかと思います。

そして「●●●の世へ・・・」の宣言なども随所に・・・。

これらを否定するものではありません。
宗教として信じている方々のご意思も尊重しています。


ときに、自分もそれについて、つぶやきたくなりまして・・・。


世界一般的に666の数字を解釈するさいには
ゲマトリア・・・
ユダヤ以前、古くはすでに
アブラハムの時代にはすでに確立されていたという手法によって
言葉や名前を数字に変換したり、
カバラに見られる数字の意味、また「生命の木」を用いて
隠された意味を探ることがなされているかと思います。

たとえばネットのURLにあるWWWは666です。
コンピューターという呼称のアルファベット変換も666.
とあるバーコードにも666がある。

実にさまざまなところで目にします。

やり方によっては
生命の木の数字を縦方向に足すと666が浮かびあがります。

もちろん、聖書に登場する数字としても超有名です。

実に多くの隠れた意味があるようです。

キリスト教的に言えば666は反キリストを示し、
日本ではそれを救世の数字とする方々もおられます。
(自分は、この場合567のほうが、本当なのかも・・・と感じており
ここに深い謎があるかと思っています)。

また、この数字を扱ううえでは、多くの陰謀論の存在もあり
一つの記事内につぶやける内容ではありません。

・・・が、

少しだけ、補足「つぶやき」をしてみると

まず、生命の木を元にする場合、
生命の木は上下があって一つになっていることを
忘れてはならないでしょう。
自分が目にしたネットでの見解は、
上の部分しか説明していませんでした。
つまり、闇のほうの部分の解説がなかったかと。

下側では数字の持つ意味はネガティブになります。
(究極の闇に落ちる道が示されているわけで)
また、6は単独で人を表すともされる数字です。

さらに、隠れたダアトの数字を加算すると
生命の木に現れる数字は「777」
(絶対神を象徴することがある)
となり
666ではありません。

イエス「888」
神の秘密/神聖な神「999」

これらの説明もありませんでした。

カバラを論じるとき、
救霊の道を示す、この神秘手法のなかで
これらを抜きに語れないはずなので
それが落ちていることに、「いいのかな・・・」と思っていました。

また666の世と称するとき
提唱された教祖の方は、確か
「これからの働きは567」とも
仰有っていたように記憶しているのです・・・。

つまり、666はむしろ「これまでの・・・」と言う意味もあったかと。
つまりむしろ666は過ぎた時でのミロク?

そして、どなたか、その道の信者さんが、
「今の魂の状態ですぐにミロクの世が来るとは思えない・・・」と、
とても鋭い指摘をされていたのを覚えています。
(こちらの思想の専門ではないので、上記に間違いがあればお許しを)

最近では天使ブームにのっとり、
数字の羅列とその意味を記したものが本になったりしています。

ちなみに、今流行の天使の数字でも見てみたのです。
666は
「あなたの思考が今バランスを欠いています。物質的な世界に焦点を当てすぎています。
 この数字の羅列は、天界と地上の間の思考のバランスをとるように言っているのです。・・・・」
といった感じでした。


この世がどのように視えざる世界からの指示を受けているかは
そう易々と、わかるものではありません。

わかったとしても、まだまだほんの一部分でしょう。

そして、たとえば上のように数字の意味を一つ例にとっただけでも
さまざまな解釈が浮かびます。

どれが正解なのか、はなまた正解などないのか。

ですから、それをもって
聞きかじりのまま
何かがある、それが起こる、だからそこに行こう・・・と、
直ぐさま他者をいざなうのは
まかり間違うと
とんでもない方向に人を導くかもしれません。


よほど、神事、またその道に卓越した者であり、
そのために命も惜しまずその使命を果たす・・・
そのような気概なくして
これらを語ることは早計ではないのか・・・。


自分は、あの昨年末・・・
この数字の羅列を眺めながら本当はそう感じていた・・・

それを素直に、ここに思いきって「つぶやいて」みました。




アップ後追記:なんか地中の奥のほうが騒がしいのです・・・。
       どこか大きく揺れなければいいですが・・・。



あまり報道されていませんが・・・もしかしてかの国でエピデミック?

Posted by 世羽 on 03.2013 時事ネタ   0 comments   0 trackback

あちらでは、しょっちゅうあることとはいえ・・・。
ニュースで流れたのって・・・少ないですね。

エンデミック(地域流行)⇒エピデミック(流行)⇒パンデミック(汎発流行)
本当のところ今どのあたりなんでしょうね。


 鳥インフルm86346

大紀元より
http://www.epochtimes.jp/jp/2013/04/html/d11391.html

鳥インフル 長江デルタに集中 感染源と感染者数が錯綜

【大紀元日本4月3日】中国で発生している鳥インフルエンザ(H7N9型)で新たに4人の感染が発表され、感染者は計7人となった。
これ以外にも、上海市 では5人が原因不明の重い肺炎になっていることが報じられており、上海市の川で大量の豚の死骸が見つかったこととの関連性も囁かされている。

 新たな感染例は、上海市に隣接し、同じく長江の河口地域にある江蘇省で報告された。
2日の同省当局の発表によると、感染が確認されたのは省都・南京市に 住む45歳の女性、宿遷市に住む48歳の女性、蘇州市に住む83歳の男性、無錫市に住む32歳の女性、の4人。
4人とも重体で入院中だという。

 これまで同ウィルスに感染した3人は、上海市の27歳と87歳の男性と、南京市に近い安徽省●州市(●はさんずいに除)の35歳の女性。
上海市の男性二人は死亡し、安徽省の女性は重体で入院している。

 一方、香港文匯報は、2人の死者が入院していた上海市第5人民病院の内部筋の話として、同ウイルス感染とみられる死者は上海では4人だと報じた。
また、 同病院に近いほかの大型病院の医師の話として、3月からその病院にも5人の患者が原因不明の重い肺炎で入院しているという。
普通の肺炎と違い、病状の悪化 が速く、「入院時に片方のみの感染が、翌日にはすでに両肺に拡散し、症状も深刻だ」と同医師は明かした。

 感染者の中では、安徽省の女性と南京市の女性は鶏と接触していた。
死亡した27歳の上海市の男性は、市場で豚肉の販売に従事していた。
世界保健機関(WHO)の駐中国代表マイケル・オレアリー氏は中国メディアに、豚などの動物が感染源である可能性も排除しないと語った。

 豚は、鳥のウイルスにも、ヒトのウイルスにも感染する。
特に、中国では鶏やアヒルは豚と一緒に飼育されることが多いため、鳥型ウイルスに豚が感染するこ とは今までも起きていた。
ウイルスが一旦、豚の体内に入ると、ヒトに感染しやすい変化をすることが判明している。
2009年に世界で流行したH1N1豚イ ンフルエンザ(新型インフルエンザ)もこの仕組であったと考えられている。

 家族内の感染も疑われている。
上海市で死亡した87歳の男性は、息子(55歳)も同じ時期に重い肺炎で死亡している。
もう一人の息子(67歳)も肺炎で 入院したが、回復している。
病院側の発表によると、H7N9型ウイルスに感染したのは87歳の父親のみ。
また、死亡した27歳の男性は、親子と同じ病院の 同じ階に入院していた。
男性の妻は医師に「伝染性がある」と告げられたという(香港紙アップルデイリー)。
WHOのオレアリー氏は、人から人への感染はま だ証拠がないとした一方、家族内感染の可能性は排除できないとの見解を示した。
「家族3人が同じ時期に重い肺炎にかかることは、多くの懸念をもたらす」と 語った。

 今までの感染例がすべて長江デルタ地域で確認されたことから、3月に長江の支流となる黄浦江などで見つかった大量の豚の死骸との関係も囁かされている。
また、3月末に四川省の川で見つかった千羽あまりのアヒルの死骸も懸念を深めた。
一方、上海市動物疾病対策センターは1日、豚の死骸を調べた結果、鳥イン フルエンザのウイルスは検出されなかったと発表した。

 国内紙・新京報によると、全国のインフルエンザ監視機関へのH7N9型ウイルス検査キットの配布が始まった。中国疾病予防控制センターの専門家は、感染が今後、拡大する恐れがあると警告している。


さらに
そこらをあたってみると(コピペなので内容が一部重複してます)・・・。

752 :本当にあった怖い名無し:2013/04/03(水) 09:20:56.54 ID:pwnklmWg0
このニュースって関連していると思う?
大量の豚でH7N9型ウイルスが培養され、人へ感染するタイプへ変異
人→人感染の可能性はグレーだけど…

上海ブタ大量死、「回収おおむね完了」 死骸1万6000匹超す
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2935723/10495829

豚の次は大量のあひる、中国の河川は死骸まみれ!?
http://www.data-max.co.jp/2013/03/29/post_16449_sn_1.html

中国の鳥インフル、感染7人に 豚体内でウイルス変化か
http://www.asahi.com/international/update/0402/TKY201304020383.html

鳥インフルで2人死亡 中国、H7N9型が人に初感染
http://www.asahi.com/international/update/0331/TKY201303310069.html

586 :名無しさん@13周年:2013/04/03(水) 01:08:10.05 ID:5eX/1TD10
ぶたくんCIDRAPのレポート来たよ。 ヒト-ヒトの可能性が否定できないってさ。
China reports three H7N9 infections, two fatal Apr 1, 2013 (CIDRAP News)
Lisa Schnirring Staff Writer
http://www.cidrap.umn.edu/cidrap/content/influenza/avianflu/news/ap0113chinabr.html

【中国】鳥インフル感染、中国で2人死亡…H7N9型
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1364734488/

632 :名無しさん@13周年:2013/04/03(水) 06:51:35.58 ID:jtb3AX/s0
H7N9型 ヒトに感染しやすく変異
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130403/t10013633821000.html

753 :本当にあった怖い名無し:2013/04/03(水) 09:22:09.52 ID:pwnklmWg0
470 :名無しさん@13周年:2013/04/02(火) 22:04:34.61 ID:C4KCWFan0
いまNHKで、上海日本総領事館も警告を出した。
>
中国東部の江蘇省の衛生当局は、
南京市などで新たに4人の感染が確認されたと発表しました。

発表によりますと、
4人の患者はそれぞれ、南京市の45歳の女性、宿遷市の48歳の女性、蘇州市の
83歳の男性、無錫市の32歳の女性です。

4人は先月19日から21日にかけて発熱やせきなどの症状を訴え、
衛生当局の詳しい検査の結果、いず れも2日になって「H7N9型」の鳥インフルエンザウイルスに感染していることが確認されました。
4人は病院で治療を受けていて、いずれも重体だということです。

478 :名無しさん@13周年:2013/04/02(火) 22:10:20.43 ID:jw0fj4iK0
>>470
けっこう広範囲に患者が点在しているね
ヤバいと思うわ

487 :名無しさん@13周年:2013/04/02(火) 22:18:21.05 ID:C4KCWFan0
>>478
こんな感じで広がってるね。

上海市 87歳男性  2月19日発症
     27歳男性  2月27日発症
           ↓
安徽省 35歳女性  3月15日発症
           ↓
江蘇省         3月19日~21日発症
南京市 45歳女性       ↓
宿遷市 48歳女性       ↓
蘇州市 83歳男性       ↓
無錫市 32歳女性       ↓


*******

こういうのが発生したら、人→人でないにしても
やはり早めに手をうって
渡航の制限とか、しなくていいんですかね・・。

あの、口蹄疫のときもそうでしたけど・・。

ちょっと気になるところです。


自分も・・・先週の無理がたたって、ちと風邪気味でして・・・。
(家庭内エンデミックに)
そして鼻水が・・・・(・・・あはは・・・)。

皆様もお身体だけは、どうぞご自愛ください。



ひとつの目安になる1万2500年前あたり

Posted by 世羽 on 03.2013 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback


日本で多くの人が発信するいろいろなチャネリング情報・・・は
ほとんどが「心と魂」について・・・かもしれません。

たまにそれ以外を見かけると、海外情報の焼き直しだったりします。

どなたかが独自で発信されて、検証に値する情報に接することができれば
個人的にはありがたいな・・・と感じたりします。
それを自分の情報と比較して、精査できるからです。

そして・・・ちょっとばかり科学的見地を含む角度からも捉えられたら
自分のためにも嬉しいのです。


さて・・・。


今から12年ほど前のこと。アメリカで発表された研究・・・。
きちんと説明すると、ものすごく長くなってしまうので
すごく簡単に言うと

ローレンス・バークレイ国立研究所にいた核物理学者で、
放射線専門家でもあったR・ファイアストン博士と、
その協力者であるウィリアム・トッピングという人たちが
「現行の放射線炭素年代測定法についての重大な欠陥について」
面白い研究を発表したのです。

それは、今から1万2500年ほど前、
地球が何らかの放射線を浴び、
甚大な被害を受け、
そのとき様々な元素に影響を与えた可能性がある
・・・というのです。

そのなかには、当然C14も含まれており、
C14年代測定法による測定に「誤差」が生じていると考えられる・・・と。

これがどういうことかというと

原因が何であるにせよ
この1万2500年辺りを境に
一定の速度で崩壊するはずのC14が一端増大しており、
よって測定された年代に狂いが生じているはずだ・・・
そんなようなことです。

それがなんだ・・・ということにもなりますが・・・。

つまり、現在に残る遺跡や遺構などが
今からどれくらい前に造られたのかを知ろうとするとき
実は、もっと昔に造られた可能性もある・・・ということです。

当然、エジプト古代文明などの時代測定にも狂いが生じている可能性があるわけで。

また、この1万2500年近辺というのは、
伝説のアトランティスが沈んだ年代としても有名です。

とにかく、そのあたりに何かがあった・・・。

海外のチャネリング情報や地球外生命体情報では、
アトランティスの海中沈没原因を星間戦争に結びつけているものがあり、
情報の余波として、日本では、
戦争に影響を与えたとされるさまざまな地球外生命体、
シリウス・プレアデス・オリオンなどの名前が連なってでてきます。
(それ以前からの関わりも詳細な説明がありますね)

実際の物理次元で起きたことを、眺めてみると
そのころ、実にさまざまなことが起きているのがわかります。

当時、マンモスなどの巨大生物が絶滅を迎え始めたとされていますが、
実は地球全体でけっこうな数の生物が絶滅しています。

マンモスが瞬間冷凍された話などは有名なのでご存じと思いますが、
その原因として、「地磁気の移動」が起きた可能性も示唆されていますね。

さらに、だから何なんだ・・・かもしれませんが・・・。

でも、追って付け加えると、
この時期に、
もしかするとあの「大洪水」の伝承となった現象が、
ほぼ同時期に起きていたかもしれないわけで・・・。

しかも、この「大洪水」・・・。
単なる気象変化だけでは説明がつかず、
北米先住民のチョクトー族などは、

「地上が闇に閉ざされてずいぶんたったころ、
北に明るい光が現れたので、みなが喜んだが、
まもなくその光は、
こちらに突進してくる山のようにそびえ立つ巨大な水の壁だとわかった・・・」


などと伝えており、大量の雨ぐらいでは片づけられない「何か」を示唆しています。

類似の伝承は多々あり、それは地球のみのせいで起きたことだけでなく、
別の天体の接近による重力異常さえも起きていた・・・
そのようなことまで示唆します。
膨大な海水が宙に浮いたとする伝承もあるほどです。

つまり、この1万2500年代あたりというのは
これ以上ないというくらいものすごいことが
いくつも同時に起きた特異な時期だった・・ということです。



そこで・・・。


これだけ色々な事象が重なった時期です。

しかもそう遠い昔のことでもありません。

もし、チャネルしているソースが如何なるものでも
それが本物で、
また、場合によっては神の領域ほどの存在で、
しかも中には、
超古代に起きた日本や世界の出来事を発信している方たちも
実際におられる・・・のですから・・・。

であれば、
この比較的近い時代に「何が生じた」のか
これらを視、
情報を聞き取ることができるはず・・・。
(意識は時空を超えます。
次元が違って視えない、聞こえないということもないでしょう)

チャネラーである方、
またそうなりたいと志す人がいるとして
試してみてください。
すると、自分が受け取っている情報がどのようなものか
指針として活用できる可能性があります。

おそらくですが、自分の声を聞いているだけだと
こうした情報の答えが出て来ない可能性が高いでしょう。

チャネルに与ろうとする人にとっても、
これらをチャネラーの方に質問してみるのも
情報を確かめるひとつの手になるはずです。

心や魂についての情報というのは、
よく眺め、またさまざまな聖典を比較してみると
色々な伝統的な宗教において、
すでに遠い昔から語られている情報がほとんどです。

ここに、神秘主義や神智学からくるものなどが加わり
それが、わかりやすく多くの人に知られるようになった・・・。
光の幾何学とされるものさえも、
本当は、そう新しいものではないのです。


知られざる世界・次元からの情報をすべて証明しよう・・・
そういうつもりはまったくありません。

ですが、ときに、
ほんの少し心を拡大し
こうしたことも、冷静に、
かつ同時に眺めていく姿勢も必要ではないか・・・
そう思っています。



自らの実践がともなってこそ・・・伝えることが生きるのでは?

Posted by 世羽 on 02.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback


語り始めてまだ一ヶ月もたっていませんが・・・。
(本日は番外編みたいなもので・・・珍しく・・・ふつふつと・・・)

う~ん。今日は珍しく、かつ柄にもなく心が・・・。

ときおり、参考にと、
とあるランキング上のブログの「タイトルだけ」を追ったりしています。
それらを視ていて・・・。

う~ん。・・・色々と摩擦があるんですね。

心の領域・世界を語るのは難しいなあ・・・と思います。

いえ、自分のことではないのです。

人がたくさん集まれば
意見の相違や見解の違いがあって当たり前ですね。

でも、どうして、精神世界の向上を目指す人々のなかで
軋轢が生じていくのでしょう。

すべてが「愛」・・・という言葉はたくさん書いたり口にできるのに
なぜ、それらが「実践」できないのだろう・・・と。

そんなことを想ったら、共感タイプの心を持つ自分は
ちょっと、辛くなったりするわけで・・・。

物事の善し悪しを判断することは必要で
ときとして「否」という勇気は確かに必要です。

でも、その勇気ある行動をした後に
他者を貶めるような行動が加わると
せっかくの勇気が無駄になるばかりか
自分自身を貶める結果を招いてしまいます。

これは宗教戦争と同じで
自分の信念を絶対だと思えたとしても
それを他者に「無理矢理に」押しつけてしまうと
戦いが始まってしまいます。

まずいです・・・これは。

さらに、それに参加して、取り巻く渦ができる。

まずいです・・・これは。

少なくともチャネラー/ヒーラーと称する方々なら気づくはずですよね?

それらによって
もの凄い、暗いものが画面から流れているのが・・・。

これはすぐには消えません。
誰がこの責任をとるのでしょう・・・。
垂れ流しのままにしておきますか?

せめて、気づいた人たちは
明るい気持ちを送り、消していかねば・・・。

これだけ特殊な力をお持ちの方が多い場であるなら
本当にチャネラーやヒーラであれば
どうすればいいかなど
おわかりかと思います。

もう・・・こういうときは理屈もへったくれもありません。
消してこそ・・・です。

これはそこに集うすべての人に言えること・・・。

軋轢に参加して余波を受けたなら
無理矢理にでも口角をあげて
一度自分のエネルギーを陽のほうに持って行くしか・・・。


少なくとも心の領域を使う人たちは
またそれに与ろうとする人たちは
自分の行動で
他者に「良い影響」を与えてこそ、
自覚に値する使命を果たせるというものです。

無関心でもいけません。
無関心はいいように思えて
結局のところ「愛」の欠如につながっていくからです。

たとえ、言葉を発しなくとも
「愛」の心で起きている物事を眺め
そこに平安をもたらすべく祈るなら
必ず光はさしていきます。
そうする人が多ければ多いほど
物事は良い方向に進んでいきます。

だからこそ、自分は祈ります。

皆が平和のうちに
お互いを大事にできますように
・・・と。

これは、いつも如何なる時も
そして如何なる場所においても
できる祈りです。

文章や口で何かを説くのはむしろ簡単です。
でも、それを「実践」できてこそ
初めて説いたことが実証されるというものです。

真の意味で魂の向上を求めるならば
今こそ
人の心の平和をも願う
大きな「愛」をもちたいものですね。

そして・・・でき得るならば
互いに許しあえる、真の「愛の心」を
育みたいものですね。


http://www.youtube.com/watch?v=ZeydI0eRitw





春ですし・・・恋をしている人もいますよね?

Posted by 世羽 on 01.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback

突然、自分には似合わない妙ちくりんな話題です・・・。


人の場合、恋をするのに季節は関係ありませんが
時は2013年4月という新しい月になり、
それぞれが、それぞれのスタートを切ったりする時節で・・・。

季節柄、そこには出逢い・別れ・・・諸々あることでしょう。

以前、書きました。

恋は愛の始まりと・・・。

少年・青年時代ごろまでの「人を好きになる」感覚は
いわば練習。
ですから、恋をして、ちょっとぐらい傷ついたとしても
切ない想い出になったとしても
意外に早く忘れられるものです・・・。

そして大人になって「誰かを好きに」なり
スムーズに恋が運び、
めでたく結婚し、
スムーズに人生の終わりまで愛が貫ければ
とても・とても嬉しいことです。
その恋、愛を楽しみ、たくさん喜んでください!

でも、たぶん、
そんなケースばかりではありませんね。
心が痛むことを含む経験を伴うケースも多いでしょう。

忘れたいのに忘れられない
今の状況から抜け出したいのに抜け出せない。
実らない恋に、人知れず涙を流したりする人もいたり・・・
別離を体験したり・・・
胸のあたりに物理的な痛みをずっと抱えていたり・・・。

そんな人はけっこう多いかと思います。

「特効薬」があればいいのですが・・・。
こればかりは・・・。


たとえ、伝え聞いた

自分を愛することだ。
自分に価値があると思え。
愛は人から貰うのではなく、自らの愛で空白を埋めましょう。
負の感情は解き放て・・・。
無条件の愛で行け!

などと・・言われても。

たぶん・・・ほとんど無理だと思います。

人は自分の「思いどおりになる愛の感覚」を体験したい生命体です。
そして、この願望が叶わないと
苦しい体験・感情に身をやつしたりし始めます。

しかも理論とかでは消せない場合が多いので
エネルギーも低調になっていきます。


ひとつ思います。

もし、仮に、今そのような状況にあるなら

4月という新年度になったことですし
今、勇気を出して

「あなたにはわからないかもしれませんが
ほんとうは、自分の想いどおりに、事が進んでいますよ・・・」


という声を、本気で聞いてみませんか?

人は、ほとんど未来が視えません。
先を想うと、怖くなったりします。
そして、今ある状況にしがみつき、離れられなくなったりします。

ですから、誰かを手放さなくてはならない
今の愛情を捨てたらもう次はないかもしれない・・。
この人でなければダメだ・・・。
こうなった以上、どうにもならないなら、
生きている価値もない。

そんな想いに捕らわれて、絶望に駆られることもしばしばです。
ときに、
その想いが高じ過ぎると、
とんでもない事件を引き起こしたりもします。

でも、
人は心の深いところで、いつもこんな声を聞いています。


「あなたにはわからないかもしれませんが
ほんとうは、あなたの想いどおりに、
いちばん幸せになるように、事を進めていますよ・・・」


「怖がらないで・・。何も恐れなくていいのです。
すべては、良い方向に進んでいるのですから。心配しないで」


心を澄ませてこの声を感じてみませんか?
(この、心から絶えず流れている促しは、
すべての困難に出会ったときにも、
決して消えることはありません)

いつも響いているはずの、この声を信頼していくと
たとえば、恋の駆け引きをするような、
「無理矢理な行動」が消えていくでしょう。

無理矢理に何かを成就させようと頑張り過ぎると、
自身のエネルギーが枯渇します。

どんな問題にせよ、
自分のエネルギーの主権は
相手や物理的な事柄にあるのではありません。
それは自分が自由にできる、最大の特権です。
まず、それを一端「取り戻し」て
自らのエネルギーをチャージしてみませんか?

「誰か」のこと(またはあらゆる問題)を考え過ぎていると
対象となるものへ自分のエネルギーが必要以上に流れてしまいます。
それは、あまり得なことにはなりません。

「うまく行かない」と自分が感じること・・・。
それは、表面的な意識が「そうしたい」と想っていたとしても
それを「魂が願っていない」場合があります。



この両者が一致してはじめて
物事が成就するものです。


それを本当に自分が納得するには、少しばかり「時間」も必要です。


ですから、とりあえず
胸の痛むどんな状況にいるとしても

「こう見えても、すべてはうまくいっているのですよ」

そうした、深い促しに

「じゃ・・・あとは頼んだから、絶対に完璧に最善にもっていって!」

ぐらいの気持ちで、全面的に委ねてしまうほうが近道でしょう。
(実のところ、ここにこそ「委ねる」・・・という奥義が隠されています)
その結果、何が起ころうとも、
それはいずれ「それで良かった」・・・に
なっていくことがわかるでしょう。

新しい月になりましたし・・・。

どうでしょう。
さらに勇気を出して、天にすべてを委ねる・・・体験を
試してみてはいかがでしょう。


皆さんの、さらなるご多幸を祈ります。


何だかこの心境・・・一人間的には、切ないほど「美しい」気がします・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=p_b152vOTXs



  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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