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「晩秋の夜話」・・・ロシア兵の日記のつづき

Posted by 世羽 on 31.2013 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)なんか地下が・・・凄すぎる振動・・・。


くじら座タウにある惑星のimage


昨日書き留めた(以下リンク先記事)
「晩秋の夜話」・・・ロシア兵の日記

ものの・・・つづきです。

*****


1917年11月29日
今日、異星人に故郷の星について詳しく教えてほしいと頼んだ。
以下はその説明だ。

彼の星は、
わが国では「Tau Ceti」(くじら座のτ[タウ])として知られている恒星の第4惑星で、
地球や、そのほかの似た星よりも古い。


くじら座のimage

クジラ座のタウimage


大きさは地球とほぼ同じだという。
必然的に、地球よりも古い歴史を持っている。
昔は、ちょうど今の地球のように多くの国があったが、
自分たちの大気圏を越えて旅することを覚えてから、およそ100年後、
すべての国がひとつの政府のもとにまとまったそうだ。


私は、この話を聞いて、その星の政治形態に興味をおぼえた。
たとえば、それが君主制なのか、
もしくはアメリカのような民主主義のような形をとっているのかということだ。


異星人はアメリカのことを実によく知っていた。
アメリカの政治機構は、多くの点で、彼らの星と類似しているとも言った。

これは私にとって、かなりショックだった。

さらに私は、彼らがボルシェビキを援助しているのか・・・とたずねてみた。
すると、彼はそれに答えず、こう言った。
「地球人を助けるためにここにいるのであって、けっして傷つけるためではない」

彼の星の首都は、モスクワ、ニューヨーク、東京、ローマといった都市よりも遙かに大きいそうだ。
建築物も、地球のどれよりも大きく、
それはメティノースという物質でできていると言った。
その物質はなにかの石でできたものなのかと聞くと、
地球の人間にそれを説明するのは難し過ぎると、首をふった。

でも彼は、プラスチックを知っているかと聞いた。
私は知らなかったので、その話はそこで終わってしまった



1917年11月29日
(ここまでに、ニコライが体験した戦闘の様子が残っている)

異星人はこの寒さにもびくともしない。
銀色の服が寒さを防いでくれるという。

その衣服に触れてみると、見たこともない材質でできていた。
織り目がひとつもないし、絹よりも薄いぐらいのものだ。
そんなに薄手の服で、どうやってこの寒さに耐えられるのか聞いてみた。
しかし、私に理解させることができないと、彼は言った。

夜の食事のときに、私はいつものように自分の食料を分けた。
餓死する時期が早く来ても、それはそれでかまわないと思うほど
彼とは親しくなっていたから。
でも、今夜、彼は食べなかった。
実のところ彼は、私たちが食べているような食糧は必要としないそうで
これまで一緒に食べてきたのは、私の意に沿うようにそうしたのだと言った。



1917年12月2日
爆弾はすでに尽き果てた。わが軍では降伏の話しすら出始めた。
ボルシェビキが共産主義革命に成功するかどうかはわからないが、
軍事的に彼らは確実に勝利に近づいている。


ロシア革命時の塹壕image


ロシア革命時の兵士の行進image



中尉はそれを理解できないらしい。
闘いを続けることを命令し、従わなければ射殺も辞さないかまえだ。
私にできることは、全員が殺される前に、中尉の妄想がとけるように祈るだけだ



ロシア革命のころのニコライ2世image


異星人が去ってから、すでに2日がたった。
ボルシェビキを援助するために、彼がわが軍の補給ラインを分断したことについて
私はけっして彼を恨まない。


彼らは明らかに平和を愛する種族で、
地球人より技術的にも道徳的にも遙かに進歩していることを知っているから。
もし、彼が共産主義革命の成功が人類に多大な利益をもたらす・・・と言ったなら
私はその言葉を信じるだろう。
それは、私の望むことでもあるから・・・。



くじら座タウあたりからの宇宙船のimage
(くじら座あたりからのもの・・・とされているシップ)


この日記に残された内容がニコライの実体験なのか、はたまた創作かどうか・・・
また、異星人がほんとうにロシア革命を援助したのかどうか・・・
今となってはわかりません。

もし、異星人の介入があったとして
現状のままの共産主義では、とても世界が平和になるとも思えませんが、
そこまで友人を信じられるようになったニコライの心はわかります。

ニコライは
自らが飢えたとしても異星の友人に食物を分け与えようとした・・・
自分の心には、この“優しい気持ち”がいつも印象に残っていました。

そして、この日記が書かれたころには知られていませんでしたが
近年になってやっと、
くじら座タウに、地球と似た環境の惑星がある・・・と
現代科学が実際に発見したことも、つけ加えておきたいと思います。


バイカル湖のimage


と・・・この文を書く前に検索をかけたら
以下の文が目にとまりました。
自分的には、この類が好きで・・・。
あわせて書き留めておきます。


聞いてください神さま

僕は今まで、あなたの存在について全く知りませんでした。
子どもの頃から、あなたなんかいないと聞かされ、そう信じてきました。

もう言うことはありません。
あなたを知ることができて嬉しいのです。
あなたがご存じのように、戦いは激しく、
今夜、僕は、あなたのドアを叩きに行くかもしれません。
そんな僕が行ったら、入れてくださいますか?

僕の目は開かれたのです。

さようなら神さま。
もう行かなくてはなりません。
多分生きては帰れないでしょう。
おかしいのでしょうか。
僕は、もう、死を恐れてはいないのです。
  (作者不明)

              「置かれた場所で咲きなさい」 渡辺和子著 幻冬舎 
              「神は信じるものを拒まない」P92~93より

WW2のときのロシアの少年兵image


時がどれだけ移っても、人の知り得ないことは無限にあり
それと同じように
神聖な「何か」について、
たとえどんなに人の枠組みや思考で書き表したり、説明しようとしても、
それはやはり、人の思惑を遙かに突き抜けており・・・
ほとんど不可能ではないか・・・

もし、“そうできる”と断言したとしても
その彼方には、未知の領域が必ず待っているだろう・・・


自分はそう感じています。



とある流れ星の情景image




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「晩秋の夜話」・・・ロシア兵の日記

Posted by 世羽 on 30.2013 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)誰かから、目に痛い、耳に痛い、心に痛いことを告げられたとき、
それに思い当たるふしがあると、けっこう受け入れ難かったりするだろう。
嫌気がさしたり、見たくも、聞きたくもなかったりするかも・・・だ。

でも、もし告げられたことについて
心の深いところが確信的に「もっともだ」と感じたなら・・・
伝えられたことを素直に受け止めて、昇華し、修正し
自らの「生き方」の良い方向へと反映する勇気と根性を出せれば
すべてに目をつぶって“知らないふり”をきめこむよりも、
きっと、さまざまな面で伸びるだろう。
・・・あとは「ありがとう」とつぶやいて・・・笑って終了すればもっといい。


異星人のシルエットなimage


(今宵は、ほんとうにたわいのない話を置いておきます)

今となっては取るに足らない、
でも、個人的に記憶の片隅にほのぼのとした印象で残っている、こんな話しです。

*****

不思議な話にことかかないロシア

シベリア横断鉄道が敷設されつつも、
いくたびも手直しをされていた数十年も昔・・・。


シベリア横断鉄道のimage
(参考画像:それよりも・・・ずっと昔のシベリア横断鉄道の姿)


その作業現場で労働者たちが
“ツルハシやシャベル”で土を掘り返していたときのことです。
一人の労働者の男性が、土の中から“ある物”をみつけました。

それは、パラフィンをしみ込ませた布で包まれた「何か」で
男は、「なんだろう」と、丁寧に開いてみたのです。

布の下は、ありふれたコーヒー缶のようなもので、
とても古いものだとわかりました。

蓋の部分は破損していましたが、
“パラフィン漬け”にされた布がうまい具合に保護膜の役目を果たしたのか
缶全体は腐敗を免れていました。

そして・・・缶の中には、一冊の“小さなノート”が入っていたのです。

男は取り出して、読んでみようか・・・とも思いましたが、
紙面の痛みはひどく、
また直感的に、「これはものすごく貴重なものかもしれない」と感じ、
缶ごと現場の責任者のところへ持って行きました。


シベリア鉄道のimage


幸いなことに、その責任者も賢明な人で、
缶に入っていたノートは結局、
当時の“ソビエト文化保護”の担当者へと渡ります。

そして、分析が行われ、そのノートは
発見当時よりさらに50年ほど昔のものだったことが判明しました。
それは、「ロシア革命」の最中の物だったのです。

旧ソ連の科学者は、紙の傷み具合を考慮し、
当時のソ連より技術が優れていたアメリカに、紙面の復元と、
文章内容の読み取りを依頼することにしました。

依頼を受けたのは、
当時アイオワ州人類学研究センターに在籍していた
モーリス・デソート博士です。
彼はノートの紙を“フッ化ヨウ素”のクロマトグラフィーを用いて保護し、
数ヵ月をかけて、調査を行いました。

それによると・・・。

ノートは、1917年、ロシア革命の最中に、
ニコライ・スコルニコフという白ロシア兵士が残した日記で、
痛みが酷くて判読不能の箇所があるものの
革命当時の様子が書き記されており、
そのなかには、なんと“異星人との交流話”も書かれていたのです。


ロシア革命のimage


1917年11月17日
先日、森の中を歩いていると、遠くにまぶしい光を見た。
続けて大きな音も聞こえた。・・・
ボルシェビキが新たな武器を獲得した徴候はない。
だとすると、あの光と音はいったい何だったのだろう。
不思議なことがあるものだ。




光りを追う的なimage



日付不明
私は以前、森のなかで光りを見たが、それは異星人の飛行船だった。
異星人の説明によれば、この光で広大な“星間距離”を飛べるという。
詳しい働きは説明してもらえなかったが、
彼らの星の「政治や文化」についての情報と
我が国(ニコライの住む国)についての情報交換を快諾してくれた。

異星人は会話を記録するのに“不思議な装置”を使った。
見た限りでは、モスクワに旅行したときに目にした「電信」の装置に似ていた。
ただ、私が
「どこに管があって、ラッパはどこについているのか」と質問すると
彼は物珍しそうに私を見て、笑うような声を出した。



1917年11月24日
最初に異星人に遭ったのが私だったことを理由に、
中尉が「その生物を護れ」・・・と命令してきた。

しかし、この戦時下において
私自身が危険な目にあっているというのに、
どうやってこの生き物を護ればいいのか。
ボルシェビキの執拗な攻撃に弾薬すら底をついてきているというのに。

敵の銃弾の音は、いつも聞こえているし、
私が発見されるのは、もう時間の問題かもしれない。



WW2のロシア兵のimage
(上のイメージはWW2の時代のものを使用)


しかし、私と友だちになった、この奇妙な“銀のスーツ”を着て
壊れやすいアンテナのようなものをつけた、“黄色い肌”をした生物は
死というものを理解できないらしい。
兵士の一人が襲われて動かずに横たわっているのを見ると
「なぜすぐに起きあがらないのか」とたずねてきた。
逆に私は、「あなたの星の人間は、すぐ蘇るのか」と問うと
「もちろん、すぐに息を吹き返す」と答えた。



ロシア革命のころ(1918あたり)のimage
(参考資料画像:上記は1918年のもので、当時はおよそこんな感じでした)


すみません。一度に書ききれず、次回につづきを・・・。


地球をめざしてimage




そっと「願って」みたり・・・

Posted by 世羽 on 29.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)ねむい。脳内疲労・・・。歳だ。

鳳凰のようなimage


けっこう、日本が参戦したときの記述は読み漁ってきました。
史実の賛否両論いろいろと・・・。

そのなかで、いつも感じていたのは

疎開児童であった方々が長じて戦争体験を語るようになったとき
そこから生み出された戦争観
戦争の起きた理由を探るよりも
とにかく「してはいけなかった」・・・に終始する傾向があり、
それが、今に伝えられている・・・ということでした。

そして
実際の戦いに生命を捧げた方々や敗残兵の方々の
悲喜こもごもな真実の「想いのたけ」が省みられず、
すべてが「軍国主義」下での“誤った思想観”に過ぎない・・・と
簡単に片づけられてしまっている現実でした。

ですから、
けっこう多くの方々が、「左」気味の流れをすることこそが
「平和」の道・・・と思いこんでしまったかのように映るのです。
そのため、日本が戦争をしたすべてが「悪い」と受け止める人も出てくるまでに・・・。

今の日本の人々は、
自分たちがどのような国に生まれ、
どのような戦争を経てきたか・・・について
情感の部分も含めて、あまり知らされていない・・・
というのが現実ではないでしょうか。

さらに・・・

長年にわたる陰湿な印象操作によって
文化も精神性も、かなり破壊されつつある日本です。
日常使用される言葉の「根幹」さえも
壊れつつある日本です。

ちょくちょく拝見しているサイトで
以前見た、ある動画が貼ってありました。

そのなかでミランさんという作家の言葉が的確に映ります。

「ひとつの民族を抹殺するには
その記憶を失わせることである。
その歴史を失わせた上で、新しい歴史を与えればよい。
そうすれば、その氏族は自らの現状も過去も忘れてしまう」


何気に響く言葉です。

その他、“日本への言葉”が並ぶ動画、
ご覧になった方も多いと思われますが、
詳細は以下をどうぞ。





関連で・・・。
原著は読んでおらず、一部「ん?」と思うところもあるのですが
引用された部分の文章の範囲であれば
およその気持ちは納得できますので、これも。





「てなこたぁあ・・・どうでもいいんだよ」
という声も聞こえてきそうですが。

それでも

雄々しく高貴だった日本・・・その心を、誇りを胸に抱く人が
さらに増えてほしいなあ・・・と、
そっと「願って」みたり・・・。


(・・・と、野原の賢者が「そう言った」ことにしておこう・・・)

野原の賢者のごとくのimage



せっかくですから、文末に「不思議話」もどうぞ。






どうしても気になる・・・

Posted by 世羽 on 27.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)「もう、そろそろ動いても」と書いたヤツの対応が
26日未明、M7超えで発震した・・・。
広範囲で震源がわからない・・・とメモしていたが「そういうことか」と、“一部分”は納得した・・・。

でも、今のほうがもっとすごい地面のうねりを感じている。
下から響く細かい振動が、ものすごい。妙だ。気になる。

考えたくないが、まだくすぶっている感。
(同時並行のように、別の、関東からみて真北と西南方向からも、振動が来ている)
・・・備忘まで。


地球のimage


こんな書き込みがありました。

【宏観】そういえば?不思議な現象【場所必須】450

844 :M7.74(WiMAX):2013/10/26(土) 10:52:37.13 ID:Ym5QwqiA0
昨日am9:00頃数十秒の間、ゴゴゴゴゴゴドドドドドのような音が聞こえて
会社で皆、え?なに?何の音?雷?みたいになったんだけど、速攻雷情報ひらい たけど全くなし。
地鳴り?って同僚と話してて地球われちゃうね!
なんて話してたんだけど、誰かその音聞いてない?@都内



878 :M7.74(dion軍):2013/10/26(土) 14:24:53.02 ID:0FAX9LIn0
>>844
それ自分も聞いた!
やっぱり聞いた人いるんだ。
それ空鳴りだよ、多分
こちら茨城だけど、大きな地震の前とか良く聞こえるよ
後必ず微震が続く。でも強震モニタとか見ても反応無いんだよね
多分空震とか空鳴りで微妙に家が揺れてるのかも
なんか揺れてるねって言うと3日以内には大きめの地震が来る


901 :M7.74(WiMAX):2013/10/26(土) 17:43:08.14 ID:ahwDzD0y0
>>878
そう、空が鳴ってる感じ。
初めて聞いたわー近県にも聞こえてるのではとは思った。よかった聞いてる人いてw

902 :M7.74(茨城県):2013/10/26(土) 17:43:52.75 ID:z6BxC2bO0
>>844
雷鳴ってたよ@鹿嶋


910 :M7.74(茸):2013/10/26(土) 19:02:47.65 ID:S3qwvv3t0
>>844
飛行機じゃないの?
9時ちょっと前に上昇中のFedExが通過してるよ


918 :M7.74(WiMAX):2013/10/26(土) 20:11:00.46 ID:90miscVP0
>>910
音が大小することはなかったなぁ…本当ンゴゴゴゴゴ…って継続的な音がずっとに20~30秒くらい。その前も後も何もなし。6年勤めてるけど初。もっと聞いてる人いると思ったんだけどなー…


ちなみに、最初の人が聞いた音ですが
これは飛行機でも、雷でもなく、大地の異常音です。
(同時刻に自分も捉えました)
聞き分ける音の「体験」を重ねると、区別がつくようになります。

こうした、異常に気づけるかどうかは、とても大切で・・・。

今現在、関東の地下もかなり動いているのを、しっかりと感じており
たぶん、「体感」できる人なら、同じような状態があるかと。

起きる「地震」に色々な意味づけをしたくなる方もおられるでしょうが
自分は、
今の地球の変動が、歴史的に繰り返してきた「変動の時」の
具体的な地象の一環と捉えています。



ポール・シフトのimage


そして、この現象もさることながら、
諸々において、
地球の時間にすると、2030年代の後半あたりに
また、新たな分岐点が出てくる可能性が高い
・・・とも。


ポールシフトの3image


ポールシフトの4image


そして・・・
そんな時間の流れの“あたり”を待つ間もなく、
実に色々なことが、順次起きていくでしょう。



洪水の(パキスタン)image


洪水の(アルバータ)image


竜巻の(オクラホマ)


竜巻のような雲のimage


火山の噴火image


火山と放電のimage


意識の浄化も格段に加速していきます。

いちばん顕著に現れるのは、誰かが“嘘や偽り”を言ったとしても
多くの人が、心の深いところで見破れるようになることです。

今の時点で、不正なことをして利得を得ている人たちは
そのツケを払う事態に「自ら」を追い込むようになります。
たとえ、それがどんなに小さいものであっても・・・。


ほんとうに、この浄化の時にもっとも必要とされることは
これまで以上に誠実に、正直に、愛情深く生きるのみ。

この言葉の「意味」は、きっとみなさんが
身をもって体験したとき、初めて納得するでしょう。


そして・・・

愛する人、大事な人を護るには、
自らの「異常を察知する感覚」をとぎすませることです。


超智の存在たちは、何かが起きるとしても
日づけを指定することは、まずないでしょう。
それは、人が選ぶ、「この世の道」、それは実に流動的ですから・・・。

そのようななかで・・・
人は何が起きても、笑顔とともに
必ず逞しく生き抜きます!



振り向いた少年の笑顔image


人びとの笑顔のimage


情報は何処からともなく流れてきたりしますが・・・
それらを得たとき、いたずらに必要以上の恐れを抱くよりも
“賢明に”自然の鼓動と息吹を「よく」感じながらお過ごしください。



・・・「自然を感じるなんて、そんなのできない」・・・と意気消沈してしまうようであれば
以下のリンク先あたりを気長に「観察」したりできます。
それなりに役にたつ可能性があります。
参考になる情報源は、それこそたくさんありますが、一つを見続けると見えてくるものがあるので)

Ionospheric Map

たとえば日本の2013年10月27日
20131027WorldIMap.gif

レベルが12以上になって、14~15を超えるレベルが何日も続いたら
警戒していて「損」はありません。
けっこう頻繁に起きる時期もあり、根気がいりますが
それでもこれは、簡単な自衛のひとつになります。
(太陽風などの影響のときも、それに囚われずに)



あと、以下を見ている方も多いと思います。
こちらも、観察していると“それなり”に・・・。

麒麟地震研究所 @kirinjisinken


****


どんな変化の時にあったとしても
みなさんが落ち着き、平安で、心安らかな日々を過ごせますように・・・と、祈ります。



*****


でもきっと・・・誰もがほんとは・・・何事もなく
ときおりこんな感じで「ほっ」としていたいのは・・・同じですよね。


子犬の食べ寝なimage




とても「小さなこと」ですが・・・

Posted by 世羽 on 26.2013 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)言の葉の力は、すごい。
12才の少年がこんな俳句を詠んでいるのを知った。

「紅葉で 神が染めたる天地かな」

頭が下がる。


秋のひとこまなimage


浮き世の辛さ、感じる苦しみ、その“本当の痛み”
「体験した人」にしかわかりません。

「体験」は人の数だけあって、その種類も度合いもさまざまです。

ときにお医者さんは、
重篤な症状を抱えた患者さんを手術して治療したりします。

でも、たとえどんな優秀なお医者さんでさえ
患者さんとまったく同じ症状に陥り、まったく同じ手術を受けなければ
そのとき、患者さんが“どれほどの痛み”を体感しているか
けっしてわかりません。

人生の“あらゆる痛み”もそれに似ています。

「こんな酷い苦しみが、お前にわかってたまるか」
そんなことを口にする人もいるでしょう。

確かに・・・。
当人の苦痛は、その人しか知り得ないのです。

でも、人は
それを「体験せずとも」推察し、寄り添うことができます。

それはちょうど、手術後に身体が痛くて仕方がないとき
誰かが傍にいて、手を握ったり、場合によってはさすってあげたり・・・するのに
似ています。


病の人を支える手のimage


人の心が大きく成長するのは、
自らの抱えた問題を解決できたときだけではありません。

推察できる心が、自分の愛する人や、親しい周囲の人たちだけでなく
もっと、たくさんの人のことを「思いやる」ことができると
素晴らしい飛躍をみせます。


この成長に、“特殊な能力の有無”はいっさい関係ありません。

人生で起きる“負の出来事”は自らが招いたこと・・・
そうならないよう、心をワクワクさせた喜びの状態にいれば
嫌な出来事は起きない・・・良いことが起きる・・・と言われ
多くの人が、大なり小なり、そうなれるよう努力をしています。

それはそれで・・・良いことでしよう。

ただ、ときどき、勘違いも生まれたりします。

いつも笑っていられて、自分が喜びにいても
もし誰かが、「悲しみ」に沈んでいる真っ最中に、
その横で
「わたしはこの人とは違う、それにこの人が引き寄せたことなんだ。
 すべてはこの人の責任だし」
・・・
・・・と、内心に感じているなら
悲しみに沈んでいる「誰か」は、さらに悲しくなるでしょう。

たとえ、自分の喜びの気持ちが
“完璧”なまでに維持できていても
誰かを「思いやれる心」を無くしていたら・・・本末転倒なのです。

「自分はそんなんじゃない」・・・と思えたとしても・・・

どうでしょう・・・。

世界には、日本には、「気持ちだけでも」寄り添って欲しい人がたくさんいます。
けれど、そんな人たちにまで、気をまわす時間はあまりない・・・というのが
この世の現実ではないでしょうか。

気づかなくても・・・

どこかで孤独に泣いている人、病で辛い人、愛に飢えて焦燥に駆られている人
飢えで瀕死になっている人、いじめられたり、虐げられたりしている人
戦禍にあえいでいる人
・・・もう諸々、たくさんいます。


働く子供たちの2image


「遠く離れた見知らぬ人にどうして寄り添えるのか?
アホなこと言うな」

と、思うでしょうか・・・。

でも、できるのです。


わんこのハグな2image


ふと、そんな人たちがいることを想い出して
小さな暖かい「想い」を向けることができるのです。

人によっては、それを「祈り」とも呼びます。

祈る女性のimage

それは、形式的なものではありません。
「どうぞ、ふんばって」といった、簡単な一言を心に想うだけでもいいのです。
好きな形でできます。

スピリチュアルの世界を好む方々なら
意識が繋がっていることを、みながご存じです。

人の「想い/祈り」が、時も空間も超えて届くことを
知っておられるでしょう。

もし、みなさんが幸せで、心に余裕があったなら
ほんの少しだけでいいのです。

見知らぬ誰か、日本の、世界の誰かのために
小さな「想い」(祈り)を向けてみては・・・。



働く子供たちの3image


働く子供たちのimage


これに「お金」はまったくかかりません。
徒党を組む必要もありません。
決まった時間に決まったようにする必要もありません。

ただ、気が向いたときに、積極的に
どこかの誰かを力づけ、励まし、慰める「想い」(祈り)を向けるだけです。

この手の「祈り」が無駄になることは、けっしてありません。
それは、良い結果を生む力となって、必ず届きます。


あの大島にも
シリアにも
世界のありとあらゆるところへ・・・。


祈る子供のimage


変化のすべては、こんな小さな・小さな地道な「実践」から始まります。

でも、それを日常にしている人は、まだ少ないでしょう。

たぶん、地球の意識は、そしてみなさんの守護者の方々は
もし、そんなことを時々でもしてくれたなら
きっと喜んでくれるはずです。


みなさんが、今日よりも明日が幸せで、
その先も、もっと幸せで・・・


その幸せから出る「小さな思いやり」の意識が、
見知らぬ多くの人への「視えざる助け」となりますように・・・。




秋のひとこまな2image





二人の「突き抜けた」御仁

Posted by 世羽 on 25.2013 歴史もの   0 comments   0 trackback
(つぶやき)台風の接近中はともかく、さすがに、そろそろ動いても・・・。なんでも我慢すると、あとが大きくなるし。小出しを願いたい。

よくワカラン場所の絵のimage


明治時代の時期不明なころ。

とある古本屋で、一冊の奇妙な筆写本が見つかりました。

非常に難解を極める『自然真営道』です。

著者は安藤昌益(あんどうしょうえき)・・・
彼は1700年頃、
東北のどこかで生まれたとしか分からない謎の人物です。


安藤昌益のimage


で、この人が書いた本の主題を簡単に記してみると、

宇宙には自然真(しぜんしん)あるいは土活真(どかつしん)と称する実体がある。
それは“宇宙の中心”に存在し、無限に万物を生成してやまない活動の主体。
それは「真」(たましい)であり、宇宙の精神である。
この「真」に働きかけて、直接に交感することで、「転定(てんち)」(天と海)に、
「真」の理想を実現する・・・


つまり、自然と調和していたと思われる、かつての「自然生」の時代
それを取り戻そうとしたようです。

彼は「士農工商」を否定し、
当時の日本の思想の根幹になっていた“孔子や釈迦の教え”も否定しました。

彼いわく
孔子は「身分制度」をつくり、釈迦は「現世からの逃避を促した」・・・というのです。

昌益が生きた時代のシステムからすると、
この考え方は暗殺されてもおかしくないレベルの思想で、
そのため昌益は、直弟子だけにこの思想を伝えるものとし、
「転真敬会」という“秘密結社”を創設して、密かに教えを伝えていました。

安藤昌益は、彼が生きた時代を“はるかに突き抜けた”かのような人だったのです。

さらに彼は、後の日本の世に「正人」なる者が現れて、
「無盗・無乱・無迷・無欲の活真の世」を実現する・・・

と予言めいたことも述べています。


さらに
洪水や凶作兵乱といった“不測の大災”はすべて、
「人間の邪欲、妄狂の悪念」が原因で、
「それらはみな、人間から発して人間に帰するもの。
宇宙の神霊のせいではまったくない」

と断言しています。

今でも、誰かしらが言いそうな考え方です。
(今の世で新しいとされていることが、すでに昔の日本にはあった)


一方、同時期(1700年代の中頃)
昌益と双璧をなすと言われる傑出した人物で
同じく東北出身の佐藤信淵(のぶひろ)という人。

佐藤信淵のimage


この御仁も、時代を突き抜けた人で・・・。

彼は『宇内混同秘策』を書き残しています。

この著は
「皇大御国(すめらおおみくに)は
大地の最初に成れる国にして、世界万国の根本なり」
という言葉で始まります。
(これも、現代の、どこかで言われている思想にそっくりです)

で、彼がどんなことを言っているか・・・というと

宇宙の創造者は「産霊神」であって、
世界のすべての創造神もこれにあたる・・・。


産霊神〔むすび〕とは、
古来より、万物を産んで育てる霊妙を現す言葉で、天地生々の理と言われるもの)

しかしながら・・・この書は
実のところ、日本による「世界征服」書と言えるものを含んでいます。

その“征服計画”は、かなり具体的かつ詳細に示されており、
中国を皮切りに、中央・東南アジアをはじめ、インド方面、
果てはロシアのあたりまで視野に入れているのには驚かされます。

しかも、この人は、
具体的な兵器をつくるための軍事的なテクノロジーについても研究していて、
「自走火船」(ロケット推進を利用した船)や
「毒火玉」(毒ガス弾)さえ考案しています。


ここでよく見ると、「世界征服」のために佐藤が考えていた道筋が
先の大戦のころの、
日本軍の“進軍”具合に酷似しています。

実際、大戦のころには、
この佐藤信淵の“オカルトチックな思想”の部分に傾倒した人々がいて
一説によれば、
彼の著作がベースとなって、「富国強兵」「八紘一宇」が生じたと言われています。


八紘一宇のimage


事実、関東軍作戦参謀として名をはせた石原莞爾(いしはらかんじ)は、
信淵が唱えた思想の実践者で、
石原の構想を受け入れた軍部は、「満州国」を創立しています。


この安藤さんと佐藤さん・・・という二人の御仁。

しばしば、
前者が自然派であった「ムー文明」
後者が科学技術を推進した「アトランティス文明」の生き方を汲んでいる・・・と
囁かれたりします。
(注:本来、ムー文明の記憶が残る土地を、アトランティス文明の流れをくむかもしれない
信淵の思想に基づいて、日本軍が進軍して行ったというのは注目すべきところです)


ムーとアトランティスのimage


で・・・もし

日本が世界の中心である・・・と思うとき
佐藤信淵の考え方の方向に進んでしまうと
“新たな大戦”をどこかの時点で引き起こす可能性が高くなります。

また、安藤昌益の思想に従ったとしても、
誰が「正人」かの見極めは難しく
その出現をひたすら待つだけでは埒があきません。
また、彼の思想についての解釈を取り違えると
かつてレーニンが佐藤信淵の提唱した「すべての平等性」を賞賛したように
共産主義的な誤った方向にひきずられそうになったり
自然に執着しすぎて“文明の先祖返り”を起こす可能性をはらんでいます。

つまり、両者のどちらもが完全というわけでなく・・・
熟考が必要です。


ですが、今の日本の思想形態には、
なかなか気づきにくい、
こうした「過去の道」を、もう一度辿るような
「姿」を変貌させた“危うい火ダネ”が潜んでいるのです。


いずれにしても、
今後の日本が辿る道は、集団意識の決定によるところ・・・。

多くの人が、どのような新しい「世界観」を抱くかにかかっています。

ですがその際、吟味せずに人伝えの情報を鵜呑みにしてしまうと
安易な主張や喧伝がまかりとおり、
火ダネを災禍に育ててしまうことになる
でしょう。

たとえ「正人」が出現しなくとも
多くの人が、安藤昌益の言わんとする自然志向の理想の生き方ができて

佐藤信淵の思い描いたように、
どのように世界へ進出していくのがいいかを、現代的・科学的に考察していくなら、
日本は人道的・経済的・平和的に、大きな変化を起こすことができます。

これは、
かつて敵対したムーアトランティス良いところを融合させる試み・・・と言えるもの。


ムーのimage


海外からの思索形態だけが
世界や意識を変えるものではありません。

この日本の国に起きたことを、改めて正しく把握すると
新たな精神的な道筋が見えてくるでしょう。


そのための道標は、今は軽んじられ、忘れがちになっている
日本人が古来より備えていた、健全な「心のありかた」
日本人らしい、素朴でまっとうな「生き方」の向かう先にあります。

それが・・・どれだけの「鼻力」
いや、「力」


シロクマさんの鼻力なimage

・・・持っているか・・・

世界は、そして、日本の人たちはまだ・・・それほどわかっていません。


オーロラの光りのimage




誰かを「愛する」こと・・・

Posted by 世羽 on 22.2013 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)大気もそうだが、地面が気になって・・・。


恋人たちの肖像image


人は、ごく普通に“恋”をする生き物です。
そして、そこから色々なことを教えられていきます。

長年、誠実に寄り添っていれば
「恋」の一文字などには“まったく無縁”か・・・と感じてしまう伴侶にも、
改めて
「恋」よりも深い「愛」を感じる“時が来る”でしょう。


老夫婦の笑顔なimage


また、誰か見知らぬ人を、
我が身のごとく愛するような、
通常人にはできない愛を抱く人も・・・。


動物にも「恋」の季節があり
たいていの動物は、季節ごとにパートナーを変えて
種の保存、より強い種の継続に努めます。


野性の馬の恋人たちのimage


そして、このような“動物的な「本能」”を盾に、
多くの人と肉体関係を持っても、問題はない・・・と言う人たちもいます。

一方、
一夫一婦制を貫く、鳥や動物がいます。


ツル目の夫婦のimage


人から見るとそれは、「恋」というより「愛」の姿に映るかもしれません。
おそらく、「素直な心の人」であればあるほど
それをいっそう強く感じるでしょう。


オオカミの一夫一婦制のimage


こうした、人の想いに見え隠れする
「恋」から「愛」への感情移行の姿について
あまり、語られることはありません。

というのも、この「移行」は・・・ある意味

人が、高尚な意識へ向かう「移行」であると同時に
肉体の“本能”という部分をコントロールすることが必要とされるので、
それをまだ、多くの人の意識が望んでいないのです。

そのために、恋から、次なる愛に移行することが
しばしば途中で止まります。


「愛」の先にあるものが、“超智の存在”へと向かう道だとしても
朧気にそれを自覚していたとしても
肉体の、とある「本能」を超えて行くことは
そう容易くはありません。

でも・・・人はみな、
その方向に向かっています。



夫婦の絆のimage


とはいえ

この世では、失恋の痛手を被って、すべてに絶望し
「ああ・・・生きていたくもない」と思えることなど
日常茶飯事でしょう。


涙の雨のimage


また、婚姻を誓った“正式な伴侶”がいながらも
さまざまな原因で、道ならぬ「恋」に走り、
自他ともに、心の傷痕をつくることもあったりします。


不倫のimage


さらに、長い結婚生活や付き合いによって、
いわゆる「マンネリ」状態を感じ
伴侶やパートナーがひたすら“うるさく”
うっとおしく感じたりすることも、きっとあるはず。


カップルのマンネリなimage


そして世間では、

「自由な恋愛」として
自由な“離別や出会い”を模索する動きが
「新しい意識」の形として推奨されていきます。

確かに、共に生きる人が酷い暴力をふるったり、
あるいは「生命」の危機をはらむ「つながり」であれば
それらは解放される必要が生じます。
そうして当然です。


でも、この世では

嘘をつき、誰かを騙してまで・・・。
単なる肉体の“快楽や欲望”から生じてくる気持ちを制御できず
人の美しさや尊厳を傷つけてしまうような
「愛」と呼ぶにはほど遠い
妙な「恋もどき」がどれほど溢れているでしょう・・・。


それは「新しい意識」の定義に促された人たちにさえ起きています。

すると、その「新しい意識」とは
いったいどこから派生しているのでしょう。
そのとき「良心」という大切なものはどこに行ったのでしょう。

誰かを恋しく想い、自分の気持ちのままに行動するのは
時として美しいものです。
けれども
すべてが容認される・・・とするなら
それは・・・
まことの意味では「愛を知らない」ことの現れです。



一人の人を愛し抜くのは
おうおうにして簡単ではありません。

でも、だからといって
それはけっして「人生の墓場」にいたることでもありません。

なぜなら
人というのは、一人ひとりが無限の“未知”を宿しており、
たとえ、どれだけ一緒に居ようとも、
発見出来る新たな部分がたくさんあるからです。

誰かを本気で愛し抜くというのは
絶えざる上智の助けによって「愛」を育て貫く
何にも代え難い“尊い道行き”なのです。



恋人たちのimage


でも・・・もし

“仮”の「恋」や、
ある程度培った「愛」を手放す状況に陥ってしまったなら・・・


失恋の面影のimage


それで人生のすべてが終了した・・・などと思いませんように。



どんなに死にそうに辛い時期でも、そこを通過すると
人生には必ず明るい展開が訪れます。・・・確実に・・・。

愛情にかかわることで絶望的に思える状況に流した涙、心が感じた苦痛は、
けっして無駄にはなりません。
それはいつの日か、
同じ苦しみを体験している人を思いやれる「優しさ」になります。


そして

苦しい時期・・・人を支え、導こうとする
視えざる尊い存在が必ず寄り添っていることを想い出してください・・・
忘れないでください。
たとえ、それが感じられないとしても・・・です。

そして、その支えが「ある」と信じ
前に進むことを恐れず、勇気を抱いて、
新たに
堂々と、本当の「愛」の形をみつけてください。



見守ってくれる光りのimage


そのことにおいては勇敢に、けっして諦めることなかれ・・・・です。


今、誰かに喜びに満ちた愛を感じている「時」であるならば、
どうぞ、その「愛」を大切にして・・・美しく貫けますように。






そして・・・そうでない人にとって
すべてが“良き想い出”となりますように。







少し昔の「日本の人」たち・・・

Posted by 世羽 on 21.2013 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)最近、産経新聞が「慰安婦問題」で特集を組んだ。

対する朝日は沈黙気味。・・・社内に、心ある人はいるだろう・・・。
でも、偽りを含む自虐史観を発信し続けているかぎり
多少時間がかかったとしても
どこかで大きな墓穴を掘ることになる。(それは、政治家も同じ・・・)

あの“本多勝一”・・・も、「朝日」の元・記者だった。
そして、「詳細な取材をもとに」・・・と称して発刊された著作の数々。
そのなかの「残虐な日本軍の非道ぶり」について、多くの人が信じきっているだろう。

でも、彼が「日本人」であったかどうかについて、ほとんど注目されていないし、
なぜ、あそこまで「憎んだ調子」で書き連ねたのか・・・と思う。
その辺りはいずれ、明らかにされていくだろう。

お伝え:時の旅人さん・・・「ありがとうございます」当該記事の拍手のところへお返事しました。
・・・あわせて、「どなた」でしょうか・・・拍手を根気良くしてくださり、感謝します。
今ごろ知って・・・すみませんでした


秋の風景のimage


時代の流れもあって
「美しくなる」ためにいろいろな宣伝がされています。

ほんとうに、世界中の人は美しくなりました。
日本も男女問わず、一昔前の人たちから見れば「スター」のようです。

さらに時が進めば、
それこそSF映画に出てくるスペース・スーツに身を包んだ
美しい人たちがあふれていくでしょう。

ただ・・・人の「美」とは何か・・・と問いかけるとき
やはり、外側に伴う内側から湧き出る「美」なくしては語れません。

そんなことを想起していたら、
いくつもの昔の日本の画像が目にとまりました。


昔の日本の水辺の風景のimage


日本でも、けっこう隣国同様、普通に「“昔”を通りすぎていて」
ドラマの時代劇ほど華麗な雰囲気ではありません。


昔のカゴかきのimage


とはいえ、画像からは今にない別の何かを感じます。
同じ笑い顔でも、微妙に異なったものを感じたりして・・・。


昔の美人2(大正)image


今のように、みなに学問や、「美」の知識があったわけではありませんから、
それらは「生きる」ことで身につけた、自然な“心の深み”とも推測できます。


昔の美人4(1880年代)image


昔の花魁さんのimage


昔の美人のmage


昔の美人3(明治)image


昔は“子だくさん”だったりしましたから
子供でも、当たり前のように年下の子の面倒をよく見ました。
なので、
自分だけにかまける暇もなく、生きるにも
とにかく、ひたすら素朴な実地体験しかありませんでした。
でも、そこで学んだことは多かったはず。


昔の少年の(幕末のころ)image


昔の大道芸のimage


昔の日本の子供たちの風景image


そんな彼らが受け継いできてくれた
素晴らしい「日本人の素直で朴訥とした心」は、多くの現代人に残りました。
ありがたいことです。

昔の日本の水辺の風景のimage


画像でさかのぼれるのは、近代あたりまでですが
それ以前も、かけがえのない日本の姿があったでしょう。

昔の日本の風景のimage


そんな日本を「悪の国」と、ひたすら貶めて、
余所の国を持ち上げ、他国の味方ばかりする報道機関や「お人」が
いつまでも大手をふれるわけがありません・・・。
時間がかかっても
日本にかけられている、過大な「濡れ衣」の多くも
晴れるときが来るでしょう。

それまで、日本が頑張って、耐えて、知恵を絞って対処して
誇りを失わずにいられるかが、勝負どころです。

誤りや疑心がはびこるなかでは、
どのようにきれい事でとりつくろっても
本当の友人も、家族さえもつくることができません。

ましてや、本当の「平和」は遠い・・・。


まことの意味で、自分の住んでいる国を好きでいて、愛することは
国粋主義に走るということにはなりません。
「自分」を好きになるようなものです。

明治ころの子供たちのimage


どこの誰が、日本を貶めたとしても

日本に生まれ出たことを喜んで感謝し
日本の“良いところ”を大好きになって
日本という国が培ってきた「美と誇り」を大事にしながら
これからも生きていく・・・


あらためて、そんなことを感じます。


     愛は風土のようなもの。心の風土。
                   ―――アーディス・ウィットマン―――




秋の清流のimage




きっと、「何か」がどこかで・・・

Posted by 世羽 on 19.2013 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback
(つぶやき)夜のしじま・・・という言葉があるけれど
近頃は、地下からの極微震動と、唸る音に翻弄されて
今は「しじま」どころではなく。
かれこれ3週間を超えてつづく、この騒音状態。
聞こえてくる範囲が広すぎて出口がつかめない。


スパイ衛星のimage


地球上空には、いろんな目的を持った衛星が飛翔しています。

そのなかで、解像度がきわめて高く、反面どれほど詳細な情景が見えていても
「絶対的な秘密」とされている「軍事偵察衛星(スパイ衛星)」があります。

最近、かなり昔の米国軍事衛星の画像が公開されました。
今までは、トップ・シークレット扱いされていた資料です。

トップシークレットのimage

実際には、それら画像は、ほんの一部にすぎず
どこまで、ズームして、どんなものを撮っていたかなど
ほとんどの詳細は闇のなか・・・というのがもっぱらの論評で。

すぐる数十年前
アメリカのスパイ(偵察)衛星「KH-9 ヘキサゴン」
(地上の約60~90cm程度を識別)

アメリカのKH9型スパイ衛星のimage


・・・が撮った衛星画像はこんな感じです・・・。

アメリカのスパイ衛星の画像image


アメリカのスパイ衛星の画像2image


アメリカのスパイ衛星画像image

(上記とは別の参考資料画像:北朝鮮)
衛星が撮った北朝鮮のimage


そういえば、グーグルアースの初期のころ
よく、こんな動画が投稿されていて・・・。
(今でもけっこうありますが)



とにかく趣味一筋の感で探すのでしょうが、なんか職人業のようで、大したものです。



最近では、こうした“民間”の衛星画像でさえ、
精度がすごく向上していますから

今どきのスパイ衛星となれば
どれほどの精度を有していることか・・・。

映画の世界でも、こうした衛星を駆使する話しもありますし
それは、けっこう真実に近いところを突いているのでしょう・・・。


スパイ衛星の撮った画像image


ペンタゴンの衛星写真のimage


何かの探索中に、地上でこんな光景があったとして、


馬の背中で昼寝のimagejpg


モニターする人が、偶然、目にすることも、
絶対に「ない」・・・とは言い切れません。

しかも、そんな光景さえ、とりあえずは記録されて・・・。

ですから、ちょっとした・・・「神の眼」もどき・・・とさえ
言いたくなったりします。



で、さらに。カテゴリーの手前上・・・心話しをつけ加え・・・。

ニューエイジ系の方なら、知らない人はいないぐらい有名な「アカシックレコード」

歴史的な事実もさることながら、個々の人生をもすべて記録するという・・・これ。

アカシックレコードのimage


たとえばいつの日か、
それを「誰でも」、自由に読めるようになって・・・。

自分の「記録」を誰かが読んでくれたとき
人生での行いを、「正々堂々たる」記録として残せていたなら
どんなに素晴らしいことでしょう。

一方、誰にも、わからない、見られるはずがないと思っていると、
けっこう「よろしくない」ことでも平気でやれるのが・・・人間・・・。

でも、「神」さまは、すべてお見通しで・・・。
いえ、たとえ「神」でなくても
人の行いは・・・あますことなく記録されており・・・。


なにがしかの、ほんとうに霊的な能力を持っていて、
こうした「霊的な記録」について、とりわけ造詣が深いなら
人の道理に外れたおかしなことが記録されると思えば、
そう容易く業(ごう)を積むマネはできなくなっていく「はず」ですが・・・。

そうでない現実も見え隠れして・・・。

それは・・・
自らの「記録される内容」に注意を向けるのを忘れているにほかならず・・・。

ましてや、それに、まったく気をつかわないでいるとしたら
他者に人の道を説くのは・・・・・・・・・・。



重ね行く、尊い人生の日々・・・。

現代では、当たり前であるはずの、最低の倫理観や道徳観も薄れてしまい
「すべてが許される・・・」と思わせる風潮・・・。

それでも「霊的な記録」には、たんたんとすべてが記憶されてゆく・・・。



人はみな、「霊的な図書館」に納めるにふさわしい一冊の「本」・・・



アカシックレコードの2image


でき得るかぎり汚点を少なくし
精一杯、美しく輝いたものとして納まったほうが
どんなにいいか・・・と。




      はかりしれない内面の深みが、その人を美しくさせる。
                   ―――マーク・ラザフォード―――





この動画・・・視点感覚を地上におくか、
天側におくかで、何が回転しているかの印象が変わります・・・
感覚がつかめると何気に面白いかも・・・です。






エフェソの「聖母マリアの家」とか・・・

Posted by 世羽 on 17.2013 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)昨晩から、知らないうちに凄まじい被害が出ていた。
とてつもなく心が痛い。
被災された身内の人たちのことを思うとなおさらだ。
関東某所は、いまだ風も強い・・・。
懸命に救助にあたる方々のご家族も、心配しているだろう。
こういう現実を知るとき・・・いつも、心底・我が身の非力が身にしみる。
せめて、小さな祈りを向けようと思う。


(お伝え:Eさん・・・実際は、まったくもって「程遠い」のが実態です。
そんな姿に追いつくように、精進します。ほんとうに、ありがとうございました

嵐のあとの光りと影のimage


冗談で言っているのかと思ったらけっこう本気で説いているような・・・?

「韓国メディアの朝鮮日報の報道として、ソウル大学の教授が『大量の史料を調べた結果、
イエス・キリストは韓国の血筋を引いていたことが判明した』と発表したと伝えられた」

という文言を含む記事・・・が流れていました。

ガシャッimage


詳細は以下のリンクでどうぞ。
【起源】「イエス・キリストは韓国人だった」世界に真実を伝えるため、イエスの生涯展を開催


この、お隣の国の話し・・・で、想い出したことがあり・・・。
ついでに。

*******


過去も未来も、
よく視える人には“透視可能”と言われます・・・

でも

「未来の出来事」は、その時になってみないと「本当か」どうかわからず
「過去の出来事」も、ある程度の検証がされないと、
視たことが「本当か」どうか
湧き上がる疑問は、なかなかぬぐえません。

しかし、見ないで信じる者は幸い・・・という金言もあるように

宇宙の根本的真理を
ある程度「正しく、適度に」信じられる人なら
誤謬の類に惑わされることもなく、さほど問題にもならないわけです・・・。

とはいえ、

人はもっぱら、
得た情報の「正確性」を探りたくなる生き物で
徹底的に調べまくってみたり
と同時に、
明らかな「創作話」でも、
いったん信じてしまうと他の意見が頭に入らない・・・という
複雑で厄介な思考の向きも持っています。

これまで、特に信頼できそうな幻視者をとりあげて
書き残してきました。

そのひとり、カタリナ・エンメリックですが・・・。


エンメリックの近影image


彼女の幻視の強みは、かなり詳細に記録されていること、
後世になって、
幻視が「歴史的な発見」を促したところ・・・にあります。

彼女は、修道女であり、「イエス・キリストの生涯」を中心に視ていましたから
無宗教の人や、別の信仰形態を持つ方には
アレルギー反応を起こすかも・・・と思いますが
あえて、もう少し続けてみると・・・。

たとえばエンメリックは、
約2000年前のキリストの聖母であるマリアが「晩年を過ごした家」
これについても、詳細な幻視の記録を残しています。
(関連の過去記事でも、少し書きました)


エンメリックの本image


その「一部」を、さらに書き起こすとこんな感じで・・・。

「聖母のお住まいは、(エフェソの)街中ではありません。
そこから歩いて3~4時間ほど離れた丘の上です。
この丘と街のあいだには、川がうねうねと流れており、
街よりもむしろ海に近く、この丘の頂上からは街と海と、多くの島々が見えます。

近くには、退位した王様の住むお城があり、
街道は1本もなく、淋しいところです。

聖母は、木立のなかの、
炉で二つに仕切られた部屋からなっている石造りの家にお住みになっていました」


かつて、この幻視をもとに調査発掘が行われました。

調査の前段階では、
カトリックの司祭たちが、この幻視の情景に合致する場所を探索し、
エフェソの初代教会の子孫たちが、「聖母の家」と呼んでいた場所がある
という事実をつきとめました。

そこは特別な場所で、
初代教会からの子孫たちが毎年、
「聖母の被昇天祭」に当たる日に、その場所を訪れる“巡礼地”
のようなところになっていたのです。


聖母の家への地図image


さらに、そののち、専門の考古学者による本格的な調査が行われ

彼女が指摘した場所・・・
正確に言うと、
古代都市エフェソの街から少し離れた丘の南側に、
指摘どおりに遺跡が発見され
その様子は幻視での状況と一致していました。

そしてそこが、紀元1世紀ごろのあいだに建造された事実も確認されたわけです。


で、面白いのは
トルコ政府が、この遺跡を、けっこう重要視したことで。

日本ではあり得ないですが
報告を受けた当時のトルコ政府は、
新たに数人からなる「透視能力をもつサイキック」に過去の様子を視させ
それに基づいて、キリスト時代にあったと推測される建物そっくりに
建物を復元しました。

これが、
今、「聖母の聖なる神殿(聖母マリアの家)」と呼ばれているものです。


聖母マリアの家image


聖母マリアの家2image


聖母マリアの家3image


幻視の記録から、いくつもの歴史的事実が確かめられているということは

キリストの存在と、キリストに付き従った人々らの生き様も
幻視の記録のなかで、活き活きとして甦る形となります。

エンメリックの描き出す、イエスという存在
伝えられているよりはるかに
人智を超えた不可思議な存在でした。

その不可思議な存在が残した「言葉」は、今も伝わっていますが
今では、心ない解釈によってねじ曲げられたり
公的に、宣教の形をとられたとしても
形骸化したり
無数の亜流が派生したり、
その教えも、誤謬の満ちたものになっていることは否めません。

後世において
キリストが望んだ「生き様の模範」として生きることを誓った聖職者さえも
心が弱くなり、数も少なくなっています。


ともしび的なimage


キリストと呼ばれた存在について、エンメリックはこんな情景を描き出しています。

ゲッセマネでイエスが祈っているとき
イエスが、遠い未来を見抜いていた様子。

初代キリスト教信者の微々たる数が、発展しながら人を増やすものの
並行して、異端が生じ、多くが分裂するであろうこと。

傲慢な教師による種々の虚言や詭弁、
悪徳司祭の冒涜的罪、
それらによって派生する、地上における信仰の荒れ果てた状態。


最期の晩餐で制定された、イエスの現存が甚だしく曲解されて、
忘れ去られていく様子


そして・・・未来に起きる数々のこと・・・。


聖母マリアの家の聖母像image


もし、歴史的な事柄への確証と整合性が認められた幻視であるなら
こうした他の情景にも、それなりの「真実」が含まれているはずで・・・。


最近では、キリストという存在は異星の民・・・とされることもあるようですが
エンメリックは、そう視ませんでした。

いずれにせよ、
キリストという存在が、いちばん残したかった・・・伝えたかったこと
それがたぶん、今ではほとんど無視されたかっこうで・・・。

さまざまな「誤謬や解釈」が繰り広げられて
ボロボロにされていく状態を、この「不思議な存在」は見通し
それゆえ、人性を合わせ持っていた身としては、かなり辛かった・・・のではないかと。


キリストが残した「狭き門」
ここを、どのくらいの人が大手をふってくぐっているかは
わかりません。


狭き門のimage


むしろ、キリストをまったく知らないとしても

キリストの示した生き方に沿う形で
一生懸命に生きている人なら
この「不思議な存在」の本質に近く・・・


この「狭き門」・・・
知らないうちに通っているかもしれません。









「自然」な渦巻きなので・・・

Posted by 世羽 on 16.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(お伝え:「ありがとうございます」を贈ってくださったどなたか・・・
こちらこそありがとうございました。
ちょっとした言葉が、やはり嬉しく・・・。
これまでの方々の言葉に並び、
ときに、弱まる「書く気」をつなぐ励みになりました。
心から感謝します。そして、みなさん・・・本当にありがとうございます

・・・と。フィリピンでM7超えの被災発震があったが、
受ける感覚がいっこうに収まっていない。
台風に伴ってというのは珍しい。
日本近辺に大き目の震源が、出そうで出ない感じで「待機」している感がする。
(少し危惧しているのは、フクシマの遺構が耐えてくれるかな、ということと
大地が、台風と連動したあとで、人をビックリさせはしないかな・・・と)


台風の眼のimage


ある報道番組のなかで、一人の女の子が
「台風は怖いし、色んな物も飛んでくるから
来てほしくないと思う・・・」
と言っているのを耳にしました。


嵐雨なimage


そうですね。
確かに、人にとって
被害が出やすい台風は「怖い」と感じるかもしれません。


最近では、人が創り出すさまざまな悪要因も重なって、
地球が疲弊し
見るからに恐ろしげな印象の嵐も起きたりしていますから・・・
なおさらでしょう。


オーストラリア海上の砂嵐のimage


でも、地球に生まれるこうした現象の多くは、
一部を除けば
すごく雄々しく、美しいもので・・・。

さらに人で言うと、カユイところを掻くかのような、
地球の自然な動きでもあります。


台風の眼の2image


台風と銀河の相似image


とはいえ、そんな、ごく自然な「超巨大渦巻き」(台風など)だとしても
場合によっては、複合する別の自然現象を伴ったりするので
人からすれば、怖さを感じても仕方ありません。

たとえ人が「賢明」にじっとやり過ごしても、被害が出れば
のんきに「美しい」などと言ってはすまされないことだって多々あります。


台風の時の竜巻と雷のimage


でも・・・それでも、
こうした自然には、「美しさ」が潜んでいます。


それは、人の心に起きる嵐にも似ており・・・。

今では、科学的な察知機能を装備することで、事前に嵐を回避できるようになり
嵐そのものが原因で船が沈む事故は、少なくなりましたが

もし、陸地の影も形も見えない“大海原”で、
回避が間に合わず嵐に遭遇してしまったら
どんな“熟練の”船乗りでも、それなりの恐怖を感じるでしょう。


嵐にもまれる船のimage


一方、嵐が来ると喜ぶ人たちがいたりします。

嵐の最中のような波に乗る人のimage


ビッグ・ウェーブキラー・ウェーブに乗れる・・・と喜び
嬉々として、もの凄い大波に命がけでチャレンジする人たちも・・・。


キラーウェーブのimage


これに似て
心の世界の「大嵐」に果敢に挑み、長足の進歩を遂げる人たちも
実際にいます。


嵐が過ぎ去ってみると、
空気も一掃されて、青い空とまぶしい光りがさしてきます。
この瞬間は、最高に気持ちのいいものです。


地球のこうした営みが繰り返されるように、
人の「心の営み」も繰り返されながら続いていきます。

そこには営みの「美しさ」を宿しながら・・・。


嵐のあとのimage


嵐は

人や生き物を傷つけたり、被害を与えたりしようとして
起きているものではなく・・・

当たり前のように嵐が生まれ、通り過ぎる・・・
そんな自然を有した 「地球」という星に

人が、生き物が、生を受けたがゆえに「体験する」ことで


本当は「怖いもの」ではないのです・・・。

「嵐」のなか、
人が被害を心配しながら、家のなかでテレビなどを見て情報を得ているとき

野性の鳥や多くの動物たちは
誰に教わるともなく、本能的に「嵐」を避けて、じっと耐えています。
植物たちも、風雨に身をまかせて、何とか乗り切ろうと頑張っています。

(自然に囲まれていた幼いころ、とある嵐が過ぎ去ったとき・・・
太陽の光りを浴びた一羽のカラスが
「ぷは~っ」と声を出したのを覚えています)


嵐を逃れた鳥さんたちのimage


嵐を逃れた動物のimage


そんなことを、ふと想ったら
報道インタビューのお子さんの映像に向かって、
思わず
「地球が起こす“嵐”・・・
あんまり嫌って、怖がらないでね」
・・・と
恥ずかしくも、なんか、つぶやいてしまった・・・わけで。








さらに、そこはかとなく・・・愛

Posted by 世羽 on 14.2013 そこはかとなく   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
13日の夜7時ごろから8時にかけて、どデカイ乱打音が聞こえていた。
今も断続的にグワーン・グワーンと響いている。
(花火とか雷鳴ではない)
大地がずれている音・・・。備忘まで。


とある秋の日のimage


誰かが喜んでいることを、我がことのように喜べるとき、
その人の心は平和です。

思いっきりの笑顔的なimage


かりに、
そうできない事情や心情にある人も、
今はそう思えない・・・だけで
少しだけ踏ん張ると、


やがて必ず、新たな喜びの日、平安な心持ちがやって来ます。
ありがとう的なimage

ゆったり寝る気分的なimage



環境や、諸問題に囲まれて
「わたしほど不幸な人間がいるか?」と嘆くことがあったとしても
時がたつと、すっかり忘れてしまうか、想い出の一コマに変化することもけっこう多く・・・。

神の手にひっかかった人image



それでも、さらに色んなことが起きて当たり前なのが人生ですが・・・
笑える失敗的なimage


兵隊さんひっくりかえるimage


だからこそ、
色々と学んで、新しいことも体得できたりします。

頭のいいわんこのimage



いつしか我が身のためにもなって・・・。
ハイテクニックなわんこのimage


そうしたなか・・・ふと気づくと、


誰かしらが横にいて、救いの手をさしのべてくれたりも・・・。
わんこのレスキューなimage



もし、手をさしのべられてばかりでなく
心から「手をさしのべられる」側になりたい・・・
慰めのハグ的なimage


ある日、ほんのわずかの瞬間だけでも
もし、意識的にそう思えたなら
さらに世界は変わっていきます。

遺跡に


お父さん、お母さん、兄弟姉妹の身内はもちろん
友人、同僚、まったくの見ず知らずの人・・・やがては敵対する国にさえも
そんな想いが向けられるようになっていけば・・・


ひとつの世界に仲良くおさまれるようになり・・・。
異種間会議的なimage



とある仲間の肖像的なimage


まだ時間はかかるでしょうけれど
でも、人類はそれをめざしています。


神さま・・・ってものは、あらゆる生き物が織りなす
生きざまを
決して見逃すことはありません。


諸々の心痛い悲しみも・・・
仲間をいたむimage


ちょっぴりダメダメな下心さえも・・・。
無理矢理見る犬image



そうしたこと一切を含めて
たった今、幸せな人も、
そうでないと感じている人も
ほんとうは、まったく同じに愛されて、生かされているわけで・・・。
たとえ、それが実感できなくても・・・それは確かなこと。


子供の笑顔image


なので、
一人でも多くの人が
助けとなる、暖かい愛というものを
心から実感できる日々になりますように・・・と

そこはかとなく、祈りながら・・・。



人生を踊るとしたら、明るく踊りたい・・・。




いにしえの「展望」から

Posted by 世羽 on 12.2013 そこはかとなく   0 comments   0 trackback
(つぶやき)・・・やはり大地がヘンだ。


とある民族の情景image


あのオッセンドウ(フ)スキーが、かつて聖者ナラバンテから聞いた「予言」
こんな文言があります。


人々はますます魂を忘れて、肉体にひきずられる。
最大の罪悪と堕落が地上を支配する。

人は同胞の血に渇き、凶暴な獣に変わる。
あらゆる民族間に、恐るべき戦争が始まる。

海は赤くなり、地と海底には骨がまき散らされる。

王国は瓦解し、疫病、飢餓、
人類の体験したこともない大犯罪が勃発する。

御仏(注:これは仏教にかぎったことではない)
人間の聖なる魂に対する挑戦者が現れ、それと共謀する者らが勝利を見せる。

そして霧と嵐、地震がやってくる。
古代の聖者が歩いた道は、愚民におおわれ、
大いなる都は消失して滅び行く。

真理と愛は消え失せ、親子兄弟は、相逆らって立ち、
悪徳、霊魂の破滅がとめどなく続く。
地上はすさまじい闇となり、
荒れ狂う者は狼のようになって、屍をむさぼり喰らう。

そのとき我は、今は知る者のない民を使わして、
霊に忠実なる者を導き、悪と戦わせる



オセンドフスキー近影image


さらに、ニコライ・レーリッヒ夫人ヘレナの残した資料にはこんなものも。

燃える炎が、闇の魔王に言った。
おまえは大気を汚した。
お前は水を汚した。
お前は大地を枯らした。
しかし、火はお前に触れなかった。
いまや、火がお前を燃やす。
光りが闇を裂くように、宇宙から私は呼び出す。
新しき火を・・・。
お前の業を滅ぼすものを


ニコライとヘレナimage


『大方等大集月蔵経』では、こうも。

人々は疑い深くあり、財をむさぼり、邪淫を犯し・・・悪事に奔走する。
自らを高ぶり他を軽蔑する。
・・・天は雨を降らさず、潤沢はことごとく枯渇し、
飢饉が世間にあまねく。
果実は滋味なく、飲食乏し、怒りて互いに侵奪す。
・・・殺害して慈悲なし、父母に孝ならず・・・。
戦いを楽しみ、持戒を憎み、互いに欺きあう。


上記はいずれも、末法の世を書き表した様子です。

新約聖書などにも、類似した記述が散在しているのはすでにご存じでしょう。
ちょっと、とりまとめると(聖書の言葉そのものではありません)

偽預言者が多くれ現れて、あちこちに神がいる・・・と言うようになり
世は荒れる・・・
そして、その日がいつかは誰にもわからないが、特別な「日」も来る。
世に現れるさまざまなしるしに注意を払え・・・



ミステリアスな世界のimage


こうした「展望」はもう訪れない・・・そう仰有る方もいます。

もちろん、それが実現できているならば嬉しいです。
でも、世界は・・・・。

今に残されているこれらのヴィジョンにうたわれたことは、
完全に消失できておらず、残っているでしょう。

こんなヴィジョンではなく、
明るい展望に移行するとしたら

少なくとも
上文に指摘されている現実に「思いあたる」ことを
無くす必要に迫られます。

この世界が、輝かしいものとして変化するには
いまだ、精神的にさらなる向上が必要です。

幸せになること、喜びに生きることは
人として、ごく当たり前のことで
どんなにささいなことであっても
それを願い、追うことは、生来の自然な欲求です。


へっなimage


ただ、その欲求を満たすために
偽りを伝えたり、それによって誰かを間違ったところへ導いたり
自分や自分の会社、家庭だけが成功していれば文句ない・・・
という生き方では
上記の「いにしえのヴィジョン」が起こる可能性は残ったままです。

なぜなら、こうした小さなことが集積して、
大きな現実を構成していくからです。


古来からの
聖者と呼ばれ、人々に良い影響を与えた人たちの足跡を見ると

彼らが
慈愛をもって、他者や、この星に生きるすべてに接し
神性を発揮するためのさまざまな方法を残した
ことが見てとれます。

その異なる足跡を、すごく簡単に要約すれば、
実直に、愛の行いに生きる・・・
という根本に行き着くこともわかります。

この素朴で簡単なことは、
すべての「悪行」を更正できる生き方の指針にできます。


月の幻影なimage


要は、無宗教であっても、何かの宗教に属していても
この簡単な促しを実践をしていけばよいだけです。

細かい主義主張は異なったとしても
暖かい思い遣りのこもった行いに文句を言う人はいないでしょう。

でも、それをなおざりにしたまま、多くの人が集団を形成し
“神聖な霊感”が不足した状態で、
“人間の思惑”によって民衆が導かれていくとき
「おかしなこと」が多々生まれてしまいます。


何かの能力が得られたとしても
お金と引き替えに、何かのワークを施す「力」があっても
著名で高位にある宗教者だとしても
国をまとめる役職についていても・・・

日常で「愛の行い」が実践できていないなら、
せっかくの賜物も、やがて、失われていくでしょう。


未来をより良いものに変えていくには
実直に、愛の行いに生きる・・・という真髄を
日々の生活に盛り込んでいくことが望まれています。


まったく聖人のように生きる・・・というのではありません。

それでも、
彼らの根本精神を倣うなら
そんな人が増えるなら
それこそが
いまだ解除されていない
一つの「暗い未来」を解き放つ鍵となります。


鍵のimage


それは、人にとってすごく平凡なことの積み重ね・・・。
でも、生きる姿そのものが、他者に良い影響を与える業です。


単なる「行ってらっしゃい」「おかえりなさい」さえも
愛から出る心持ちをふんだんに込めて口にするなら
ただの行いが、かけがえのない「宝物」に変わっていきます。

その「宝物」が眼には視えなくても、色々な場面で積み重ねるごとに
しだいに、人性に美しい輝きを添える光りの花になって


心に咲く光りの花のimage


やがては・・・より高度な精神性を育み
あらゆる闇から人を護る「避難所」にもなるでしょう。










あまり気にとめられない「隣人」

Posted by 世羽 on 09.2013 そこはかとなく   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
隣国の、「海外の日本人」にまで及ぶ酷い「ヘイトクライム」はほとんど報道されず
今もって
悪さの原因が常に日本にある・・・という、特殊な報道論調は、どうしてもいただけない。
隣国をもちあげるようにして促される平和の呼び声も、うさんくさく感じる。
日本はもう、堂々と胸をはって反論しなければ・・・。
こうなったら、
今までにもまして、過去に何があったのか
多くの人が真実を把握するしかないだろう。
そして、メディアが放つ嘘情報を、庶民がつぶすしかない。


秋の森のimage


人間のさまざまな生活の傍らで
たくさんの植物が共生しています。

植物について、以前も少し書き残しましたが、
動物と同様、彼らは親しい隣人です。

でも、植物好きの人でないと
それほど、彼らが注目されることはないようです。

森林浴・・・などと、その効用が宣伝され、
人のために「良い」ものとして知らされることはあっても

彼らと隣人のように親しく交わる人は、そう多くないかもしれません。

少し古い話になりますが
アメリカ南部で、あれほどピーナッツが普及した影に
一人の黒人の方の活躍があったことをご存じでしょうか。

ジョージ・ワシントン・カーヴァーという人がその立役者で
後に彼は、「黒いレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ばれるまでになります。


ジョージ・ワシントン・カーヴァー近影image


南北戦争直前、奴隷の家庭に生を受けたカーヴァーさんは、
苦学のすえ園芸化学者(植物学者とも言われている)となり
豚のエサにすぎなかったピーナッツを、重要な作物に育てあげ
さらには、ピーナッツやサツマイモなどから化粧品や工業製品を生み出したばかりか
有機農法や、植物性タンパク質食品も開発していきました。


ジョージ・ワシントン・カーヴァー近影2image


このカーヴァーさん・・・実は、幼いころから植物と話しができました。

正確に言うと、虫や動物とも会話ができたようです。


ピーナッツとリスのimage


某テレビに出ている、ハイジさんのような人かもしれません。

「言葉を聞いていたら、彼らの気持ちがわかるようになったんだ・・・」
と、カーヴァーさんは言いました。

彼は病気になった植物を親身に世話し、歌をうたって治したりもしています。

第一次世界大戦のころ
アメリカで染料が不足したことがあったのですが
そのさい、彼は森に行き
「誰か、染料になってくれないかな・・・」と、植物に聞き回っています。

すると28種類もの植物が
「私がお役に立ちましょう」と応えてくれて
実際に、カーヴァーさんはこれらの植物の葉や茎、実などから
あわせて500種類以上の染料を作り出しました。

彼は言います。

「私が植物に触れるのは、“無限性”に触れるということです。
この地球に人が住む前から、植物はいました。

彼らは、その後、延々と生き続けています。
だから私は、植物を通して無限に話しかけているのです。


でもそれは
吹く風や火がある“物理的な現象の世界”にあるわけではありません。
眼に視えない世界にあるんです」



幻想の森のimage


カーヴァーさんにとって
植物と話し、ときに教えを請うたりするのは
ごく普通の、当たり前の日常の一部でした。


あのドン・ファン・マトゥス(カチョーラ・ギッティメア)の言葉にもあります。

「植物を視るときには、親しく話しかけることだ。
個人的に、それを知る必要があるのだ。
そうすれば、あなたが知りたがっていることは何でも話してくれる」

人も、大まかにいえば
視えないエネルギーの根っこをはやした
歩く植物みたいなもの。

そして植物は、確かに
他の生命体と同様に
親しくなれる隣人です。

都会の雑踏の片隅で
煤煙に汚れながら、酸素を出してくれている植物はけっこういます。
動物の休む場になる植物もいます。

ときに、人の勝手で、邪魔になったから・・・と
植物の想いは一切省みられることなく
あっと言うまに引っこ抜かれたり、伐採されたりしながらも・・・。


都会の木で休む鳥のimage


かつて、とあるネイティブ・インディアンたちは
木を伐採するときに、その理由を話し
「切らせてください」と頼み
即、その“隣の木”を切る・・・というおかしなことをしていました。

それは、木に苦痛を与えないための
ちょっとした誤魔化しで
これはこれで、それなりに「隣人」を大事にしていたわけです。


木々の小鳥のimage


ふと、そこらを見渡せば、何かしら緑が見えます。

どうでしょう、気が向いたらでいいのですが
「こんにちは」「今日は元気?」などと
小さな言葉をかけてみるのは・・・。

たとえそれが、どんなにささいな言葉だとしても

彼らはきっと、人の想像する以上に
もの凄く嬉しく感じるはずです・・・。


そして、その場所が少し明るくなりますから・・・。



内容はちとずれてますが、何となく貼り付けておきます。




何気ない「ふたつの力」

Posted by 世羽 on 08.2013 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
大地の動きが・・・地球規模で大きくなっている。
かなりの変化が起きている感覚がある。備忘まで。

とある海上のimage


たとえそれが、どのような「神」の名前を冠する存在であっても
また、名も無き不思議な力をもつ存在であったとしても

それが真理から派出する存在であるなら
この「存在」に接する人は

限りない柔和、謙遜で満たされるでしょう。

その存在を内なる心で感じるとき
人は、感じる度合いごとに変容され、隣人に対する愛そのものになり
「柔和で謙虚」になっていくでしょう。

広義の「神」という存在は、
たとえそれを知っている・・・と想ったとしても

どのようなものかは
言葉ではけっして表現できないでしょう。

それは感覚が告げる真実であり・・・

「理性」ですべて理解できる・・・と考えるなら
それは空しいことです。

なんかのimages


ときに人は、

さまざまな視えざる諸力、諸霊によってもてはやされ
おだてに乗ることがしばしばあります。

そして

それを引き寄せる最大の原因が
高慢心だ・・・ということが、なかなか分かりません。

天使のようなimage


天使のようなものも、人間も、ある程度の理性を有する生き物なら
その「生命体」は
二つの能力を持っています。

一つは「知る力」
もう一つは「愛する力」


この二つを生み出したのは、
人智を超えた、人が「神」としか形容できない
不可知な存在です。

その存在は、
「知る力」においては、
いつまでも「知られざるもの」で
ただ「愛する力」によってのみ、到達しうるものです。


そして、この力の程度は、個体によって差があります。

なぜなら、その存在は

“思考”では「つかめない」けれども
「愛の力」によって、はじめて「つかめる」ものなので
「愛」がどれだけ心にあるかによって
「神」と呼ばれる存在を知る度合いが異なってくる・・・

からです。

よって古くから
この状態は「愛の奇跡」と呼ばれたりします。

人の光りのimage


そして
古(いにしえ)から起きた「多くの信仰」の形態の基本もここにあります。

しかもそれは、

本来は現世利益のためのものではありませんでした。

強制的な勧誘によって導けるようなものでもなく、
正義をふりかざすためのものでもありませんでした。



人が「神」を知り、「神」と向き合うための愛・・・とは
もともと、誰にでも与えられている素朴な
けれども最大の力です。



今、「神」なる存在は、
現代的な、色々な言葉に置き換えられてもいます。
それでも
この基本は不変です。

すると・・・。

人が、それぞれ
自身や他者が抱く「愛」の感覚がどの程度かを見極めるなら
「神」の本質を、
ほんとうのところ、どのくらい知り得ているかが

“何とはなしに”だとしても、把握できる・・・
ということです。


「愛の力」は、生涯かけて人が培うもの。
素晴らしい目的になるものです。



愛のシャワーのimage


そのために人は生きている・・・。


少しだけ・・・そんなことを・・・。


      あなたは愛した。
     そして
     それ以上のものになるよう呼ばれている。


                  ―――アニー・グレー―――



なんかの子供とチョウチョのimage





「世情」に笑う・・・

Posted by 世羽 on 05.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)何日か前、こんな話が浮遊していて・・・。
なんか、笑った・・・。よく読んだら、さらに笑えた。

あなたの知っているまったく役立たない雑学 48
333 :おさかなくわえた名無しさん:2013/09/29(日) 12:43:59.95 ID:nTPKSB1l
【フィンランド人・珍名さん】
スキージャンプのヤンネ・アホネン選手
政治家には、エスコ・アホ元首相。 パーヤネン、アホカスという苗字も珍しくない。
フィンランド初の大使は、アホカス大使。
さらに女性のフルネームでは、ヤーナ・アホ、ヘンナ・アホ
アホさん、アホネンさん、ヒエタラ・イルカさん、アシカイネンさん 、
エーロ・カッパさん(長髪イケメン)
スンマネンさん (発音がスンマセン)
パンツ・ミルカさん(美人)、ウーント・マッテロさん、 ケツカイネンさん等等など・・

335 :おさかなくわえた名無しさん:2013/09/29(日) 15:10:11.12 ID:Ts+HeW02
>>333
ノキア日本法人元社長、マウリ・ウコンマーンアホさんもな。

************
また・・・「どうでもいいさ」病がぶりかえしたし・・・こう言うときは
くだらないことでも笑うにかぎる。あははははは・・・・・。

秋の紅葉なimage

(本日も、つぶやきに徹する・・・そう、単なるつぶやき)

米国の政府機関の一部停止・・・。

裏を読むと色々ある。
視ていても・・・ある。

話題にもされないが
議員の過半数が隠れフリーメーソン(下っ端の)という現実。

彼らは自分たちが
何をやらされているかも、わからなくなっている。
(視えない世界についても同じで)
まあ、そんなもんだ。

一日に一兆ドルを超えるお金が動きまわる今の世界。

その八割から九割ユダヤ財閥・資本が抑えている。
この流れを本気で操作するなら
一夜にして、一つの国を滅ぼすことさえできる。

ユダヤ資本のimage


千数百兆を超す個人資産を抱える日本も、ターゲットの一つ。
ことの次第では、再びしかけられるだろう。

今の世は、
いまだ、「お金」がすべてをコントロールしている世界。
それが、「この時点」での現実だ。

打ち破るにはまだ時間もかかるし
打ち砕こうとする人々の絶対人数も満ちていない。

お金自体に善し悪しはない。
うまく使えば、平和さえ創り出せる。


でも

人は、多額のお金を得出すと、必ず意識や心が揺らぐ。

お金の魔力のimage

その揺らぎをうまく利用し、
お金を得る「楽しさ」を強調し、洗脳し続けているのが
世界を動かす「一握り」の集団だ。


働いてお金を稼ぎ、それを自由に使うことに問題はない。

でも・・・お金の「支配力」に囚われたなら・・・

多くの人は、欲に取り憑かれ
自らの幸せのみを考えるというトラップにはまる。
それが、トラップだということもわからない。

美しい言葉でこう語られる・・・
「宇宙の法則、お金を得て成功する方法を教えます」・・・と。
教える方法には色々あって、値段がつくし、値段も様々・・・。

おかしな話しだ。

宇宙の法則というなら、
法則のなかにある
光りも、空気も、引力も、重力も、その他、さまざまな自然現象に
どんな値段がつけられるというのだ。

おかしな世の中だ。

でも、そのおかしなことが最先端だともてはやされ、
どこがおかしいか・・・に気づかない。


なんだか・・・もう・・・。

セーフな猫のimage



これはまさに、ヒトラーが告げた「愚かな奴隷」の姿だろう。

まずは、「その姿」だけにでも・・・気づく必要がある。

先の具体的な話しは、この「気づき」のあとだ。

人のまことの豊かさ、幸せは
誰が何と言おうと、理屈をこねようと
断じて、お金に支配されるものではない。


幸せな寝姿image


そのように感じさせる「システム」自体がおかしいのだ。


まことの人性を取り戻さなければ・・・。

今が、ほんとうにその時。
今後を左右する「その時期」だ。


     人を豊かにするのは心、
     豊かであるか
     貧しいか
     それを決めるのは
     その人自身
     持ち物が多い少ないによらない。

                ―――ヘンリー・ウォード・ピーチャー―――



とにかく、「あははははは」・・・だ。




なんとなくファンタジーなimage




野生の少年

Posted by 世羽 on 04.2013 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)昨今の世界は進歩しながらも、退行している部分が多々ある・・・のかも。

砂漠の情景のimage


今ではあまり見なくなりましたが
「動物に育てられた人間」の話が、けっこう残されていたりします。


かつてサハラの地で、「カモシカに育てられていた少年」が発見された・・・という話しを想い出しました。

この逸話は日本の新聞にも掲載されたはず・・・と
調べてみたら、読売新聞などに掲載されていたようです。

どういう経緯で少年が「カモシカ」と暮らすようになったかはわかりませんが・・・。

その少年は、
フランスの人類学者・地質学者・詩人という複数の肩書きをもつ
ジャン•クロード•アルメンに発見されたという記録が残っています。


(世羽注:少年は北アフリカからアラビアに分布するマウテン・ガゼルの近種ドルカスガゼルに育てられた・・・とも言われています。
種類も多く、亜種も生まれているガゼル
少年を育てた種については、不明瞭な点があるようなので、以下の記述では
「カモシカ」の古来からの呼び名「レイヨウ」を用いて記しますが、ご了承ください)


ドルカスガゼル(シナイ)のimage


この「野生の少年」についての概要はこんなものです。


発見当時、少年は十代前半に見え、その年にもかかわらず
レイヨウの群れとともに走り抜くことができる「驚異的な体力」を有していました。

黒い髪が両肩まで伸び、赤黒い肌、黒い瞳で、
人なつっこい感じのする子供だったようです。

ガゼルボーイのimage

サハラ周辺を移動しながら生活をおくるネムダイ族の子供ではないか・・・
との推測もされていますが、はっきりしたことは不明です。

発見者となったジャンは、この少年に近づくために
何日もかけて、ねばり強く、少年の属するレイヨウの群れに近づく努力を重ねます。

ガゼルのimage
(画像はイメージで・・・実際のガゼル、またガゼルの種類ではありません。あしからず)

そしてついには、レイヨウたちが、
ジャンの匂いをかいだり、舐めたりするまでに・・・。

それからさらに日を重ねたある日、
「群れのリーダー」と思しき雄がジャンに近づき、
匂いをかいで、舐めるという出来事が起きました。

すると、それが「GOサイン」だったかのように
少年がジャンに近づき、リーダーと同様の行動をしたのです。
それほど、少年には用心深さがありました。

以後、ジャンは群れに溶け込むようにして
少年の観察に没頭していきます。

その観察では、生物学的ないくつかのこともわかり・・・
つぎのようなことが伝えられています。

少年の筋肉は並はずれて強靭で、
 踵(かかと)は通常の人間とは異なる発達を見せており
 手は、火のついた枝を掴んでも屁とも感じないほど厚く、丈夫な皮膚になっていた。

群れが食するのと同じ草木や実、球根などを口にしていたせいか、
 歯の構造が草食動物のものに似た様子へと変化をしていたものの
 ときおり、(人間の)彼にしか手にできない崖の上の実や、
 ナツメヤシなどを特別に食べ
 身体に必要なものを本能的に食していた。

怪我をすると、動物ならたいていするように、傷を舐め、
 ときには粘土、もしくはアカシアの樹液で傷を治療する業を身につけていた。

群れ仲間に髪を引っ張られて遊ぶなど、微笑ましい場面もたびたび目撃され、
 親密なコミュニケーションが見られたが
 とりわけ、一頭の雌レイヨウとは特に親しげで、
 おそらくこの雌が「育ての親」であろう・・・と推測できた。


などです。

ガゼルなimage
(画像はイメージです)

そして・・・ある日のこと。

少年は水場で、水面に映った自分の顔を、
「これは何?」・・・というように、手ですくう仕草を見せました。

これを見たジャンは、こうつぶやきます。
「自己の存在をも知らずにいられる幸せ者よ!」

確かに・・・。そうかもしれません。

ナルキッソスのimage


そんな少年の描く、美しい情景は他にもあります。

彼は

南風が吹いたりしたとき、
また満月の夜に、
何かを感じているかのように、ひとりで不可思議なダンスを踊り
レイヨウを伴って、サハラの大地へと走り出すことがありました。

笑顔を見せることのない少年でしたが

朝陽の到来を喜び、
それを表現するかのように、跳ねたり、踊ったり・・・するとき
彼の顔には、いい知れない「微笑み」が溢れていたそうです。

サハラの太陽のimage


ジャンはこの少年の発見について世間に公表しましたが
居場所はけっして明らかにしませんでした。

少年が「研究対象」「見せ物」になることを望まなかったからです。

そして・・・
少年は、その後もサハラの地で
レイヨウたちと変わらぬ生活を送った・・・

そう報告されています。

このように
野生の動物がまったく種の異なる「人間の子供」を育てる話しは昔からあり
人に発見されたときには、たいていは粗暴になっていて、
人の手で育てられるようになっても適応できず、
早くに死んでしまうのが常でした。

けれども、この少年については、そうした粗暴性を感じない
一種独特な、不思議な感じのする「野生の少年」だったようです。


サハラのキャラバンimage


我が子が五月蝿いから、邪魔だからといって
いたいけな子供に手をあげて痛めつけ、
挙げ句の果てに命を奪う親は、今もあとを断ちません。

そこには、ケースごとに異なる要因もあったりするのでしょうが・・・

自然と分断され
機械文明の「利便性」にあまりに侵され「すぎる」と
本来持っていた母性も父性も、
いえ、人性そのものが傷つき、破壊され
狂いを生じることが多々あります。

人が人として生き、「悩みをもたず幸せに生きる」というのは
命の長短
文明の豊かさ
何を学んだかの知識
手にする金銭の多寡・・・・などに基づくものではなく

ほんとうなら・・・

もともとの人間は

「どうしたら幸せになれるか」すら
わざわざ考えなくても良かった存在のはずで・・・。


こうしてみると

多少、過酷な自然の洗礼を浴びたとしても

サハラの情景image

自然の「生命」の尊さを心で感じられる環境で

太陽や月、星の声
大地の歌
風のささやき
季節の訪れる足音・・・

そんなものをネイティブな感性で捉え、
生まれた星の鼓動に、自らの鼓動を合わせていく・・・

番外の砂漠きつねさんのimage


こうした単純な行為から生まれる喜びこそが

ほんとうは
本来の「幸せ」に、近かったりするのかもしれません。




流れ星と月と水辺のimage




想いのたけ・・・

Posted by 世羽 on 01.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)記事をいくつも書いた・・・でもアップしなかった。
心が違うところを向いている。

うまく言えないが・・・。
自分の心の・・・ムカムカする想い。
たぶん、地球の想いとも連動している。
揺れないでいるのがむしろ、おかしいくらいだ。

池のほとりに佇む人のimage

(本日は完全つぶやきに徹し・・・)

先日来、ものすごい「嫌気」がさしていた。

脅かすつもりはないが・・・

今は、本当に・・・
人が心の浄化によりいっそう励まなければならない時期にある。


それがなされるか・なされないかが命運をわける
非常に大事な時期だ。


でも、
世情はというと
一抹の寂しさを感じることが実に多い。

神の声を、霊の声を、天使の声を・・・聞く・・・その他諸々・・・
発信する人々がいる。

それがどの程度のもので
どこが嘘で、どんな心根で書いているかがわかる辛さ・・・。

そして、それにつられていく人々の多さ・・・。

それを感じる気持ちをどう表現してよいかわからない。
まじで、涙さえ出る。

感傷からそう言っているのではない。
そこに、世界の縮図さえ見えるからだ。

ほおっておけばいい・・・。
好き勝手にやっていればいい。
正直そう思ったりする。

でも、それでいいのだろうか・・・とも、
心の半分が叫ぶ。

暖かい気持ちで、すべてを視ていても、しがない人間。
ときに、腹立たしくなることもあるのだ。


人間を「愛する神」なら
もっと、それは辛いはずだ。

霊性を培うとは
日々の指針を、託宣に任せきることではない。


神の名をあげる新手のサイキックがいるからといって
人生の判断すべてを、お告げにあずけることが
霊性の促しでもない。


結局のところ、
そのようなことに身を任せ続ける人は
自分の想いに自信が持てないだけだ。

だから、ひたすら頼る。

そして、頼ってくる人のエネルギーを餌にするように
周囲に人をはべらす人も出てくる。

こんなことを続けていれば
いつかは、すべてが破綻する。

もう、気づかねば。

政治もそうだ。
社会もそうだ。
家庭もそうだ。

小さくとも、正直で清らかな愛・・・
これがいかに尊く
これが本当の意味で
この世界を大きく変えていくことを


あまりに多くの人が・・・忘れている。

不倫を助長してまで、良しとする
魂の絆とはなんだ?

マスコミに名が売れると霊性が高くなるのか?


紛争地帯から逃れて小舟に乗り、故国から必死で逃れる人たちがいる。
それは北朝鮮だけではない。
地中海周辺にもいる・・・。
それらの人たちが人知れず命を失ったとき
どれほどの人が、彼らのために悲しんでくれただろう。
そんな事実があることも知ろうとはしない。

勇んで、反戦・平和を唱えるサイキック、スピリチュアリストが
全力をかけて、苦しむ人々のために
どれほど心を寄せているだろう?

その力は、生活のためだけにあるのか?

今の状況を見ると
皆、自分の幸せしか眼中にないように映るのは
「視」誤りか?

恋人を得て、美しくなって、できるだけ金持ちになって・・・。

これが、精神性・・・だというのなら
魂の輝きとは・・・そんなものなのか?

人の幸せより、まず自分の幸せ?
どうせなら、すべて一緒に・・・だろう。

宇宙意識が物理次元の法則としか捉えられていないと
神が泣く・・・と、言っても
多くの人は信じないだろう。

でも、愛とは
想えばこそ涙もするもの。


それを感じるから・・・人としての涙も自然に浮かぶ。

何か、口惜しいのだ。

神の涙のimage


でも・・・それでも。
信じている。

この世界には、そんな現実に気づき
この世界をよりよい方向に変化させていく
真摯な人たちが必ずいることを。

だから、祈る。
心から祈る。

そうした気づきを得た「真の勇者」がさらに増えていくことを。


     愛は忍耐強い。
     愛は情け深い。
     愛は自慢せず、高ぶらない。

     礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
     不義を喜ばず。
     真実を喜ぶ。

     すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
     愛は決して滅びない。

                      ―――コリント13・7-8―――


この世界はきっと・・・
そんな「愛の輝き」を待っている。




流れ星を見上げる人image





  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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