Loading…

スポンサーサイト

Posted by 世羽 on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「年末」の最終日にあたり・・・

Posted by 世羽 on 31.2013 季節ごとに   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
激しい感覚があり、危ういにもかかわらず
地下がなんとかもちこたえている。

と・・・。KA○○・・さん、
鍵付きのご連絡ありがとうございました。
そうだったんですかぁ・・・自分も興味深く・・・です。合掌。


とある冬山な情景のimage


2013年、カレンダーの最終日になりました。
数多くの立派なブログの立っているなか
3月より細々と書き続け・・・今日にいたり・・・。

一見さまも、
また、ときどき来てくださっているかもしれない皆様にも
年の区切りに際し、
改めて、心より御礼と感謝を申し上げます。


開始以来、できるだけ(書きたいことを)自重しつつ
それとなく・そこはかとなく、何とか書き続けて来られたのは
とにもかくにも
僅少とはいえ、暖かい貴重な励ましをいただいたことが大きく
そんな皆様には、感謝するばかりです。
ほんとうに、ありがとうございました。

・・・これまでの記載を振り返ると・・・

ときに、近隣国について書くなどもしてきました。
始めのころ記しましたが、
自分・・・親戚づきあいをするほどの中国人の方も
また、韓国人の知人もおります。


ですから、異種間フレンドシップ・・・のように


異種間の仲良しなimage


早く、色々な思想や思惑、認識等の誤解や洗脳が解け、
本当の意味での地球家族として
ともに未来を創造していけるようになることを
願ってやみません。


異種間スキンシップなimagegif



とは言っても、

勇気をもってとすることが必要なときは、
どれほど悪口雑言を浴びようとも
一時的に疎遠になろうとも
堂々と主張を貫く姿勢を保ちつつですが・・・。

おべっかをつかった「ご機嫌うかがい」的な付き合い方では
結局のところ
まことの友情は築けないので。


とある日の勝手にやってネコなimage


そして・・・

大晦日にあたり
(人が微笑むときは、必ず心が明るくなりますし)
このさい少し口元を緩めていただき


とある少女の笑顔(南スーダン)image



たとえ、
今年のどこかの時点ですごく嫌なことや心痛いことなどがあって
それが記憶に残っていたとしても・・・
いまだ悶々としていたとしても・・・

どこか余所の誰かが羨ましく、
自分が悲しく思えるようなことがあったとしても


せっかくです!
この区切りのいい最終日に
どこかに放り投げていただき・・・


(って拾ってど~する)


とあるネコのマトリックス的なimage



新たな、素晴らしい心持ちでお過ごしいただけたら・・・と。


とある子供たちの笑顔と合掌なimage




そして、
つぎには必ずこんなことがあるさ・・・の勢いで


クリスマスの喜びのimage



新たな激動の時代の幕開け、けれども記念すべき「初年」を
お迎えください。



陽光のなかでのフレンドシップなimage



どこの誰かもわからない小さな自分が
大きなことを言える段でもありませんが・・・


どこかしらで困難に合っている人の心に寄り添えるよう
どんなにささやかでも
自分のできるかぎりのことをして


南スーダンの子供の補足image_convert_20131231042942


この地球に生きる生命の、人類すべての、
そしてみなさんの幸せを
心から祈っていこうと思っています。



子供の笑顔(ブータン)image



そして末筆にあたり・・・まことに恥ずかしながら
自分の「生きる指針」のひとつをお贈りしながら
2013年の「最終日」を閉じさせてください。


   いつも喜んでいなさい。
     絶えず祈りなさい。
        すべてのことに感謝しなさい。

                     ――1テサロニケ 5:16-18――


そんな感謝の想いとともに
みなさんのご多幸を、心より祈りつつ・・・。





ゆらめく火のimage





スポンサーサイト

参拝の「裏側」で・・・

Posted by 世羽 on 29.2013 時事ネタ   0 comments   0 trackback
軽い時事ネタです・・・。


とある冬のおもしろい景色なimage


今回、アメリカの主要各紙、またEUあたりも
さかんに日本を叩いているようで。

でも・・・

それらは、「靖国」云々ということよりも、
自国経済のことが大事という感も否めません。
(もちろん、精神性の違いからくる誤解もある)

すでに、だいぶ前から
K国のデフォルトについては、「いつ」か・・・という話が流れていました。


韓国外貨準備の内訳のimage



“釣り”を覚悟で・・・一応のっかってみると
こんな書き込みがあり(国名を一部イニシャルにします)

333 :本当にあった怖い名無し:2013/12/27(金) 22:01:57.26 ID:LFTJEQxF
  安倍首相の参拝のおかげで日本は金づるにならずに済んだ
  欧米各国が日本を批判しているのはこういう事情のせい


  557 可愛い奥様 sage New! 2013/12/27(金) 08:37:26.00 ID:wq58zopi0
  >>555
  K国政府は借金100兆円と発表してたのに
  IMFが「嘘つけ、監査する」って言ってきて
  急いで「本当は1500兆円」(←ブログ主注:ここら疑問。ウォン?)
  ですって発表したけど、
  それでもIMFが「それも嘘だろ。監査する」
  って言われてた監査の結果発表が、年末か年始に出るんだよ。
  だから、K国は日本に乞食しにくる気だったんでしょう。
  なくなりましたけどね。


  後、アメリカが韓国と仲良くして欲しいのは、そのIMF絡み。
  K国の主要銀行の7つの内の6つはアメリカが出資している銀行。
  日本がK国を見捨てたら、アメリカが助けるしかなくなるのです。



韓国の隠れた借金のimage


あたらずとも遠からじ・・・というところで
まんざら、大嘘とも言えない・・・。

IMFストレステストをしているという話題は以前から流れており
もし、それが続行中だとすると、
日本の首相の行動に反発したK国は

もはや・・・

前回のデフォルトのときのように日本に援助を願うことができないでしょう。

で・・・

資料として、わかりやすかったので
「韓国経済の実態」さんの記載からお借りします・・・(ありがとうございます)

K国の大手7行の株主保有構造(外資比率:1997年末→2005年末,主要株主)

*国民銀行
  …外資比率:41.2%→85.68%
  …主要株主:Bank of New York(15.21%)
*ウリィ銀行
  …外資比率:8.6%→11.10%
  …主要株主:ウリィフィナンシャルグループ(韓国預金保険公社)(77.97%)
*ハナ銀行
  …外資比率:21.3%→72.27%
  …主要株主:ゴールドマンサックス(9.34%)
*新韓銀行
  …外資比率:23.4%→57.05%
  …主要株主:新韓フィナンシャルグループ(100%)
*韓国外韓銀行
  …外資比率: 2.7%→74.16%
  …主要株主:ローンスター(50.53%)
*韓美銀行
  …外資比率:29.4%→99.90%
  …主要株主:シティグループ(99.91%)
*第一銀行
  …外資比率: 0.1%→100.0%
  …主要株主:スタンダード・チャータード(100%)


さらに、あのサムスンも、
株主のほぼ半分が外国人だというのは
有名な話なわけで。


とある日のオバマさんimage


K国経済はこれまで
日本の資本をつかって資本主義経済を発展させてきており
その発展させたK国経済から“うまい汁”を吸っているのは
今回の参拝で、
K国を助けなくても良くなった「かも」しれない日本を叩いている国々
・・・といった構図が、確かに見え隠れしています。

さらに今、EUが日本を叩くのは、
K国とのFTAがらみもある・・・かもしれません。

失業率の高いEUは、K国相手にけっこう利益をあげているわけで。
(K国は今季、むしろ赤字を出している)
この大事な収入源がどうにかなれば、EUもいい顔はできないでしょう。


EUのimage


そして中国・・・(奥歯にものがはさまった言い方ですみませんが)
ちょうど、首相の靖国参拝のあたり、中国経済で起きている
とあることが鍵となって・・・
もしかすると、ミニ・デフォルトが匂います?
でも、これに関して、中国も
以前のように日本に“たかる”わけにいかなくなっている・・・。

(助けたらダメですが・・・)

日本が、かつてなら平身低頭で助けていたことが
今回の参拝を機に、
しなくても良くなる可能性がかなり高くなっている・・その「何か」
これらがどうなるか。


もし、すべてを見越して日本の政府が動いていたなら
これはけっこう「すごい」こと。



仮に、偶然だとして・・・
日本も、政治的にまた経済的に痛みを伴うものの
それでも、これを“天の配剤”と言わずして何と言う・・・の感です。

加えて・・・ですが

こんな大事なことを報道できずにいるとしたら・・・
「知る権利」とはよく言ったものだ・・・と。



いずれにしても、今後の推移から眼が離せません。



ライジングサンなimage




ほんの「少し」だけ・・・

Posted by 世羽 on 28.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
国情が色々な時でもあるので、
災害だけには至らぬように・・・と願う今日このごろ。
(近場のあたりからなにか・・・)


冬の情景と少年のimage


今年もあとわずかになりました。

そんなさなかで
本日はほんとうに少しだけ・・・たわいのない話です・・・。


自分・・・物心ついたころから、神秘的なことが大好きだったので
長じるにしたがって
いわゆる一般科学や不思議なことにやたら首をつっこみ
UFOやサイキックなことはもちろん
瞑想にしても、ヨガにしても、かじりましたし

海外の有名どころのニューエイジャーの書いた書籍もよみあさり、
数々のオカルトな神秘思想も探究し、
超古代の叡智から、はては比較宗教まで・・・と
ほんとうにいろいろと、探りました。

霊的な事象関係も・・・実体験が頻繁でしたし
そう・・・ET関係も・・・。
マーフィーから、シークレットやら・・・もう、本当にいろいろです。

でも、あるとき、ふと思ったのです。
それが何になる?

人は幸せや、不思議なものに惹かれ、探究したくなるのは常です。
ですから、当たり前のことだったと思います。

自分もそうだったのです。

でも、そんな道のりを歩みながら
人はそんなことのために生まれて来たわけじゃない・・・だろう
そんなことも同時に想っていました。

そして、どちらかというと

上記のような諸々は
心の、どこか片隅に席を占めるようになりました。


そして・・・遠い昔のことですが・・・。


まだ、自分も若く、両親の傍で過ごしていたころのこと。
とある施設で「一日里親」というのをすることになり
ご縁ある人に、依頼をされて
我が家に小学2年生の女の子が訪問して来ることになりました。


ひとりの少女のimage


自分が迎えに行きました。

たくさんの子供たちがいるなか、その少女が紹介されたので
「こんにちは」と言って手を差し出すと、
少し恥ずかしそうに手を握ってくれて
仲良く手をつないで我が家に来たわけで。

両親はもちろん、歓待ムード
そんなに食えるのか?・・・というほどのご馳走を用意し
昼食やら、おやつやらを出して、もてなしました。

母がおもに相手をしていましたから
自分は眺めていましたが・・・。

ふとした瞬間、「いいなあ・・・」と彼女がつぶやいたのです。


ひとりぼっちなimage


『えっ?』・・・と思ったものの
何が“いい”のかわからなかったので
「何が?」とぶしつけに聞いてしまいました。
(自分も若かった!)

すると、「こういうの、いいな・・・」と言うのです。

つまり、ごくふつうの家庭の団らんが「すごくいい・・」ということで。

それとなく、上手に聞き出してみたところ
父親がいるのだけれど、なかなか逢えない・・・
楽しみにしていても、そう長くは一緒にいられない・・・
ようでした。

そして少し自慢げに、こうも言っていました。

施設(ホームと彼女は呼んでいました)では
靴下やハンカチなどの洗濯は、自分がやるんだ・・・と。


洗濯物のimage


お姉さんやお兄さんもいるけど、もっと小さい子もいるから
その子たちの手伝いとかもしている
・・・とも。

若気の至りで、さらにぶしつけに
「嫌なこととか、ないの?」と尋ねてしまったのですが
ちょっぴり悲しげに「ううん」と首をふりました。

心のなかで、なぜか唸りました。


ひとりぼっちの少女のimage


年をへた今でも、このシーンは心に浮かびます。

そして、そのとき

自らにとって、ごくふつうの当たり前の日常が、
誰か他の人にとって
ものすごく幸せに想えることがあるのだ・
・・そう知りました。

というか、この小さな少女に教えてもらったわけで。
貴重な体験だったと想っています。


確かに、
心や魂を清めたり高めたりする実践的な修練のようなものは大切で
それについてのさまざまな方法もあります。

でも、今では自分にとって、
どんな興味本位で知り得たことよりも
こうした数々の体験のほうが、
より多くのことを教えてくれる
・・・そう実感しています。

もちろん、人によって成長の仕方はそれぞれですが
誰かの痛みや苦しみ、心の動きというのは、
やはり実体験したり、こうした間接的にでも体験してみないと
なかなかわからない・・・。


口で論理を語るのは意外に簡単でも
心の機微を伴う体験というのは、
論理では語れないものを含んでいます。


自分の実体験のうちの、ほんの一つを書いてみましたが
自分はそうした経験から、
実に色々なことを教えてもらっています。

    
    
    
    


偉そうなことを言っても・・・恐らくは
周囲から言わせると
こんなふうにアホ感覚な人として生きており



クリスマスのごめんなさいなimage



そして、こんな感じも多分にあり・・・。



クリスマスの暖炉ネコなimage



いや、そんなことはともかく・・・


みなさんの日常にも
さまざまな
心の成長を促す実体験が生じているかと思います。

もし、そんなことがあったなら、それをどうぞ大切に・・・
そして、その体験が、

暖かい「心の糧」となるものでありますように。




冬の情景のなかのレトロな家族image




「濡れ衣」と世情

Posted by 世羽 on 26.2013 時事ネタ   2 comments   0 trackback
(伝言とつぶやき)
Oさん・・・ご連絡、感謝です。お返事はあちらに・・・w。
ほんとうに、日本に対する誤解が解けて、
良さがもっと知られると嬉しいです。

と・・・
色々と、公私で立て込むなか、本日の参拝の報道が・・・。あはは。
また、マスコミも隣国も、こぞって日本を叩くんだろう。


冬の黄金色なimage


(臨時の話題があったので、急遽この話題をとりあげてみたくなり・・・)


以前から、今の日本の急務は“敷島”に住む人たちが
「日本人の誇り」を取り戻すことだ・・・と
書き記していました。

それは国粋主義に走ったり、軍国主義を助長することではなく
類い希な精神性をもった民族としての「誇り」を自覚する・・・
という意味でした。

本日、時の首相が靖国を参拝されましたが
これは、けっして間違ったことではないのです。
隣国や、米国の反応を危惧する必要はない・・・ことです。


靖国(2013年12月)image


「失望」した・・・と表明されても、グラつかず
そうではないところを見せていけば、いいだけです。
(米国は、戦争の勃発回避が念頭にあり、
水面下で行われている某当事諸国への裏事情もある)


歴史を曖昧に見つめたまま、
マスコミや、一部の識者、有名人の偏向的な言論に流されると
おそらく、その、まことの意味を見失います。

また、信じる宗教が違うから・・・などと、
靖国を捉えても見誤るでしょう。

そして、そのままだと
今回の参拝について不安になるかもしれません。

(ほんとうに霊的な眼をもって、靖国を視ることができる人たちなら
そこに降るさまざまな諸霊のみなさんが
何を言わんとしているかがわかる・・・と思うのです)

日本を、本気で貶めたいと画策している勢力や人たち、
また偽りの平和主義を論じる皆さんは
よく、「戦犯」が祀られているのに・・・との旨を
引き合いに出します。

でも、たとえば、

大戦犯としてボロクソに言われる東條英機氏などは
よくよく調べれば、およそ現在の人がイメージとして描く
「極悪非道な人物像」とはまったく異なっていることがわかります。

むしろ、その大半が「濡れ衣」とさえ言える・・・
と感じるほどです。


東條英機(東京裁判)2image


配給時、民衆に冷たくあたる官僚に「どうしてもっと優しくできないのか」と諭し、
本当に配給が適切にされているか、
自らがゴミ箱をあさってまで調べ、それで揶揄されていた人。

仕事に実直で、お金にも潔癖、どんなに融通できる政治的な金子があっても
自分のためにビタ一文使おうとしなかった人。


そんな逸話がたくさんあるのに・・・
どうして、その姿が正しく伝わっていないのでしょう。

東條氏の“遺言”を読んだことがあれば、
どのような気持ちで、国を想い、刑を受け、
そして皇室を重んじ、靖国を大事にしていたかもわかるのですが・・・。

それも、まったくと言っていいほど、公に伝えられていません。


東條英機(東京裁判)image


現在の資料の多くが、逆に“偏向的”な見方で記載されていたり
公立学校での教職人で構成される組合人の多くの方たちが、
特殊な思想で子供たちを教育してみたり

あわせて、異国籍であった人たちが帰化して教職につき
必要以上に日本を「悪の権化」として教えているケースも
残念なことに、多数あるのではないですか?
でなければ、学生たちが、なぜ某国に修学旅行に行って土下座までさせられるのでしょう。
(教鞭を持つなかに“立派な人”たちがおられても、
 意外に少なかったり、自由に教えられなかったりしているのではありませんか?)

そして、

慰安婦問題で起きたねつ造。
竹島や尖閣のほんとうの歴史。

また、年ごとにドンドン、人数が増加し、
展示されている写真の9割“日本の報道写真”からのフェイク
であることが見てとれ、
しかも軍服などから自国の兵が自国民を殺めていたこともわかるのに、
果ては、「通州事件」で日本人に行われた凄惨きわまる虐殺行為・・・
それこそが、某国自身の残虐性の現れであるにもかかわらず、
それをあたかも日本が持っているかのように、
「日本は残虐だ」・・・と、
自国民に吹聴し、創りあげられた南京大虐殺のことなど・・・

こうした「日本の悪さ」・・・についての伝聞を
疑いもせずに信じ込む日本人がいるとしたら
ほんとうに悲しいことです。

そのために、国旗である日の丸国歌さえ、国内で愚弄されているのは、
ほんとうに寂しいことです。

それらを強調する新聞やテレビ局には
慚愧の念を呼び起こしてほしいとさえ思います。

東京裁判において、
インド人の判事、パールさん
「ハル・ノート」を読んで何と言ったか・・・。

「このような通告をつきつけられたら、
 モナコ王国やルクセンブルグ大公国といえども、
 矛をとって立ち上がっただろう・・・」



東京裁判のパールさんimage


つまり、“すごく簡単”に言えば、

当時の日本は、我慢に我慢を重ねて戦争を避けようとしたにもかかわらず、
自衛のために
武器を取らざるをえないほどに追い込まれていた
・・・わけで。

確かに、軍部の一部には、井のなかの蛙(かわず)状態で、他国を知らず
戦争をしてしまえば早期に決着がつく・・・と、はやる人々もいました。

しかしながら、国の上層部全体としてはそうではなかった。

しかも、以前紹介したように、
大東亜圏として組み込まれた国々が
それぞれ“自治できる形”
西欧の圧政から独立できたことを喜んだのは、
本当のことであり・・・。

それを今も根強く恨むのは、
国の「上層部」が“ねじ曲げた歴史”自国民に教え込み、
国民が洗脳されて、延々と今日にいたる、
特定の2ヵ国の皆さんにほかなりません。

その洗脳の影響を受け、間接的に、
さらに洗脳を受けていた
のが、今の日本とも言えます。


靖国神社公式参拝国image


こんな逸話もあるようです。

 ASEANの会議に、K国がオブザーバーで出席していたとき
 突然K国代表が立ち上がって、議題とは何の関係もない日本批判を始めた。

 ASEAN各国の代表はまたかと思い渋い顔をして聞いていたが
 いつまで立っても、終わる気配がなかったため、
 ついにインドネシア代表が、K国代表の話を遮りこう言った。

  「K国人はどうやらASEAN諸国を見下しているようだ。
   我々は確かになかなか発展できないでいる。
   しかしもし、日本がそばにあったら、現在のようなASEANではなかったはずだ

   日本が隣にあれば、どんな国家でもK国程度の発展はできる。
   K国の成功は、100%日本のおかげであって、別にK国が誇れるようなものではない。

   K国人が、恩を受けた日本人に感謝ひとつできない人たちであることが
   我々には全く理解できない。

   我々は戦前に日本から受けた恩に今でも感謝している。
   永遠に忘れることができないものだ。
   その結果できたのが、今ここで開催しているASEAN首脳会議だ」



そして・・・

特定の国が押しつけている「濡れ衣」状態から
解き放たれる時期が来ています。

日本のまことの精神性を、世界に“丁寧に”伝える時期が来ています。

それが、始まった・・・と視るなら
対外的な評価を恐れることはないのです。

また、

現代において宗教の別はない・・・と言う人なら
その「区別しない心で、眼で」
靖国を捉えることができるのではありませんか?

であれば、誰がいつ、どのように参ろうが関係ないですし

お国を護ろうとして亡くなった多くの方々
また、巻き添えになって生命を落とした方々のご冥福を
心から祈れるでしょう。



ランタンの光りimage


宗教が違う、戦犯がいるから、国が違うから・・・は
むしろ、そのことのほうが、詭弁じゃないかな・・と。


事実、かくいう自分、何も気にせず
靖国に足を運びます。


靖国Shrine


故人を祈る業において、そんな“ちっぽけな”ことにこだわるほうが
おかしい・・・。

そして、ほんとうの神様は
そんなことにこだわりはしないでしょう・・・。


戦没者の方々の冥福を祈ること自体に、
どうしてそんなにビクビクしなければいけないのでしょう。



靖国の英霊たち補足image


それが外交に支障をきたし、「だから何も進まない」と言われたとしても

また、戦犯大国と呼ばれ、「濡れ衣」を甘んじて受けているとしても

日本人は、それを跳ね返すだけの
凛とした気概をもって、
今こそ、堂々としていて、いいのではないでしょうか。




暖炉の火のimage




「聖夜」と呼ばれたときのできごと・・

Posted by 世羽 on 24.2013 イエス関連   0 comments   0 trackback
前回(以下リンク)のつづきです。

「その日」の夜の直前に・・・


クリスマス(降誕の光り2)image



何かが起きた夜、それを記念する日があって・・・。
うまく伝えることはできないでしょうが・・・。
『IL POEMA DELL'UOMO-DIO』の幻視が伝えるクリスマスの物語を
つづけてみます。(概要です)

*****


ヨセフは寝ないで火の番をしています。
でも、日中からの疲れで
どうしてもウトウトしてしまいます。


マリアは、少し頭を上げ
そんなヨセフの様子を見てから、少し微笑んで身を起こします。

そして、膝を折るようにして跪くと
いくぶん両手を脇に開き、手の平を上に向けた姿勢で祈り始め
すぐに、潜心したかのような様子でした。


ふと、その気配に気づいて、ヨセフがあたりを見廻し
「マリア、寝ないのですか?」と聞きますが
マリアはそれに気づかないほど祈りに祈っていました。
三度目に同じことをヨセフが聞いたとき
マリアは、ようやく我にかえります。


二人は、少しばかり言葉を交わし
マリアはふたたび、祈りに入ります。
ヨセフも焚き火の傍らで、ときおり小枝をくべながら
跪いて祈っています。


はぜるような焚き火の音、
たまにロバが地面を蹴る音のほかに何も聞こえない・・・
とても「静かな夜」です。


そのころ、天井の割れ目から月の光が差し込みはじめ、
時の経過とともに、月の高度が上がるにつれて、
祈るマリアに近づいていきます。



クリスマス(降誕の光り)image


その光がついにマリアに到達したとき、
マリアの頭上に純白の光輪を描き出しました。


すると、まるでそれが合図であったかのように
マリアは顔を上にあげてこう言います。
「おお、今は、ここはなんと美しいこと!・・・」


マリアが何を見ているのか、何を聞いているのか、
幻視者にはわからないものの
マリアの姿が変容するのを視つづけます。

「その姿は、視た自分にしかわからないだろう」・・・と説明しつつ
こう書き残しています。

私は、光がマリアを包んで、濃く、濃く、濃くなるのだけを視ている。
その光は、天から降るとも、
また彼女を取り囲む粗末な辺りの物から発しているとも視える。
しかし何より、彼女自身から発しているように視える。


光はマリアの身体からますます派出するようになり、
月の光さえ吸収していく。


それは、天からの光を自分のほうへ引きつけているかのようだ。
もはやそれは、光の宝庫。
この幸いな、溢れるばかりの計り知れない『永遠の神のような光』は
だんだん満ちる潮のように、香のように立ち昇り
まるで大河のように
流れるヴェールのごとく広がっていく・・・。



このとき、
「マリアの周囲の壁や、そこら中に張った蜘蛛の巣までが光を帯び、
地ベタに転がる石ころまでが宝石のようだ・・・」
とも伝えています。


光はますます輝きを増して、目はそれに耐えられない・・・。
その光のなかに、白熱の幕に吸収されるかのようにマリアが視えなくなり
・・・母となったマリアが現れる。


わたしの目が光に耐えられるようになると、
生まれたばかりの子を抱いたマリアが現れた。


(どうも、出産という感じではない)

髪の毛がないように見えるほど薄いブロンドをした小さい頭。
マリアはその子の胸に接吻する。
いつの日か、わたしたちのために、
あの恐ろしい傷を負うその場所に・・・。



牛が光に目覚め、泣き声をあげると、ロバもつられて声をあげます。

それまで、我を忘れて熱心に祈っていたヨセフでしたが
顔に押し当てていた指のあいだから光りが見えたこともあって、
思わず顔から手を放して
マリアのほうを振り向きます。


「ヨセフ、来てください」・・・と、マリアが声をかけ、
マリアがすでに幼な子を抱いたその光景を目にしたとたん
ヨセフは畏敬の念に打たれて、思わず跪こうとします。


マリアは幼な子を抱いたまま立ち上がると
畏れ多いという気持ちと、
母子の傍に行きたい・・・という感情のはざまで当惑しているヨセフに
近寄ります。


そして・・・

マリアは御子を差し上げるようにかかげると
こんなことを言いました。

「この子と一緒に、
私マリアと夫ヨセフはあなたの思し召しを行うために尽くします。


主よ、私たちは、あなたの召使いです。
あなたの栄光のために、あなたの愛のために、どんな時でも
どんなことがあっても、
わたしたちはあなたの思し召しを行います」


そしてつぎに、ヨセフに御子を差し出して「抱いてください」と言うのですが
ヨセフはというと


「わたし? このわたしに? ああそんなこと!
わたしは不肖で、主を抱くに耐えない!」


マリアはそれに答えます。

「おお、あなたこそ、この幼な子を抱くにふさわしいのです。
誰よりも・・・。
そのためにこそ、いと高き御者があなたを選ばれたのです。
ヨセフ抱いてください。私が布を探しているあいだ・・・」


感激にむせびながら、幼な子の足に接吻するヨセフですが、
子供が寒風にさらされないように、
自分の身体に隠すようにして寒さからかばうことを忘れていませんでした。

マリアは自分のヴェールで“おくるみ”のようなものを作って
幼な子を包みます。


それから二人は、どこに幼な子を寝かそうかと思案したすえ
ヨセフは枯れ草を集め、湿っぽくなった草を焚き火で暖め、
洞窟にあったまぐさ桶に“小さい布団”くらいの量の干し草を入れます。


マリアは、柔らかい生地でできた濃い水色をした幅広な自分のマントを脱ぐと、
ヨセフが作った幼な子の寝床に二重にしいて、
敷布兼、掛布代わりにします。


これが・・・救い主と呼ばれるイエスが、この世で初めて味わった寝床でした。


クリスマス(聖家族)image


さらに・・・。

このご降誕後のイエスに最初に導かれたのが、
当時、裕福ではない、羊飼いたちだったことはあまりに有名な話です。

御子が生まれたころ、
羊飼いたちのいる場所も不思議な光に包まれます。




クリスマス(羊飼いと聖なる星)image



あまりの明るさに羊たちが騒ぎはじめ
一人の羊飼いが、自分たちのいる小屋から顔を出し、額に手をかざして上のほうを見ます。
すると、それがあまりに異常で、明るかったので驚き、仲間を呼びます。


彼らはさまざまな年齢の者たちで、
年寄りから少年になったばかりの子供も含まれています



クリスマス(星か天使を見上げる羊飼いたち)image


なかでも、12歳くらいの一人の少年は、
当初は恐怖にかられて泣き出し、長老のような人物に諭されますが、
そんな話は、まったく耳に入っていないようでした。
しかも、恐さなどはすぐにすっ飛んだようで、
大人を押し分けながら、まるで催眠術にかかったかのように
光のもとのほうへ歩み寄って行きます。



クリスマス(羊飼いたち上を見る)image


そして少年は
「あそこ、あそこ!」と微笑みながらささやきます


「あの木の上にやってくる光りを見てよ。
月の光の上を誰かが歩いているみたいだ!
ああ、近づく・・・近づいてくるよ。なんてきれいなんだ!」



クリスマスの夜の天使image


「俺は強い明るさしか見えん」
「俺も」「俺も」・・・と見えない人が多いなか
「いいや、俺には見える・・・」と口走ったのは、
昼間、マリアに乳を贈った羊飼いでした。


「あれは、あれは・・・天使だ!」と先ほどの少年が叫びます。

皆は、「跪こう」という少年の声に、
年寄り連中は顔を地面に近づけてひれ伏し
若者たちは、跪きながらも、近づく不思議な存在・・・天使を見ています。


クリスマスno天使たちの情景image


天使は、羊囲いの上の中空に止まると、あの「有名な言葉」を発します。

「恐れることはない。
私は災いを持って来たのではない。
私はイスラエルの民、
また全地のすべての民のために、大きな喜びを告げにきた」


「今日、ダヴィドの町に救い主がお生まれになった。
・・・・キリストである救い主が! キリストである主が!」


「この“しるし”によって、彼を見分けよ。
ベツレヘムの裏の貧しい小屋、
動物のまぐさ桶のなかに、
布に包まれた幼子が見つかるだろう。
メシアのためにダヴィドの町には家がなかったからだ」



クリスマス(羊飼いに天使が現れる)image


このときの情景を幻視はこう記しています。

この天使に似た多くの・・・ああ、なんと多くの・・・
天使たちが喜び勇むように下っている・・。

(そこで、何か不思議な調べが聞こえている)

音楽が光となるための物体の働きであるとすれば、
メロディーが人の目に、神の美しさを輝かせるための音楽の働きであり、
このメロディーを聞くというのは、
すべてが神の愛のハーモニーである天国を知ることだ・・・。

(これが、今に伝わる「グロリア」(栄光唱)のことを言っている)

天使たちが天に戻るあいだに、歌はしだいに消えて、光りも消えた。
羊飼いたちは我にかえる。



事のしだいを天使に告げられた羊飼いたちは、
天使に教えられた“しるし”をもった幼な子を見つけるために町へと向かいます。
そのとき、彼らが携えていったのは、
暖かな毛皮や、とれたての暖かな乳・・・で
栄光の幼な子は、一番最初に
貧しき者と呼ばれた人たちから、命の贈り物を受けたわけです。


クリスマス(幼子への羊飼いたちの訪問)image


そして、
現在巷で見かける「馬小屋の聖家族」の回りに集う素朴な人たちの姿
それがこの羊飼いたちになります。


クリスマス(聖家族と羊飼い)image


ちなみに・・・遠い昔の伝承では
イエスが浸かった産湯による奇跡的な治癒の話もあったりします。

で・・・このあとに、

星視や先視をする東方の3賢者が、幼子を探して来訪することになりますが
その逸話は、これもよく知られた話として残っています。


三人の博士たちimage


キリストと呼ばれたイエスはご存じのように、
捕縛され、十字架を担い、それに磔にされて死去するまで、
ものすごい受難を経験します・・・

このとき、命の危険もかえりみずに
ずっとキリストのあとを追い
聖母、使徒ヨハネ、マグダラのマリアとともに
ゴルゴダまで歩みをともにしたのも、彼ら羊飼いたちだった・・・と
幻視の記述は伝えています。


(たいへん長くなってしまい・・・すみません)

もし、意識に時も空間も関係ないなら
たぶん記念日がいつでも
おそらく時空を超えて、
起きたことに、意識を繋いでみることもできるのでしょう。

人はここで起きたことが「何だったか」
完全に知ることはできなくとも

そこに生まれた存在のほうは、
自らの誕生を想ったすべての人のことを
きっと知っている・・・。

そしてその存在が、この星に介入した光のひとつであったとしても
それはきっと、
限りない暖かさと慈愛をもっているのは確かだろう・・・と。


クリスマスの馬小屋image



そんなことを、
感じられる「かも」しれない夜・・・聖夜に
たとえ視えなくとも
感じられなくとも
みなさんの上に、
特別の恩寵がたくさんありますように。



素敵なクリスマスをお過ごしください!



この時節に歌われる伝統的な元気の良い歌で、
ブログ主が大好きなやつ・・・置いておきます。





と・・もうひとつ。





「その日」の夜の直前に・・・

Posted by 世羽 on 23.2013 イエス関連   2 comments   0 trackback
(つぶやき)
下が不安定になっていると書いて、少し揺れて
でも、もう少し続く気配・・・。


クリスマスイブの情景2image


以下を書く前に「別の話題」を1本はさもうとしたのですが
時間がとれず、結局のところ直行することに・・・ww。


イエス・キリストという存在がこの世に生まれた正確な日付は不明です。
他宗教とのからみ、そのほか紆余曲折も推察されており
何とも言い難いですが、
一応のところ
12月25日にその誕生を祝うならわしが続いています。

それはそれとして
そのときに起きていた「かも」しれない情景・・・を少し。


日本でクリスマスというと、
信者さんたちでなければ
恋人たちのロマンティックな夜
友人や家族、子供たちにプレゼントを贈る楽しい夕べ
そんな感じでしょうか・・・。

一方、海外のキリスト教圏では、
宗教的な心情もさることながら
家族との絆を再確認したりする意味が深くなり
感じ方も異なってくるようです。

以前、ポーランド人の友人が来日中のこと。
クワの実を入れたケーキを焼いてくれたことがあったのですが、
「これは、大切な我が家のママの味。クリスマスのね・・・」
と言ったのが、今でも印象に残っています。

聖書にはほとんど記載されておらず、
ファンタジーのような感じでもありますが
いつものごとく
自分の感性が、どことなく真性・・・を感じた記述を、
改めてご紹介してみます。

注:文中ヨセフとある表記は、個人的にはヨゼフとしたいところでしたが
 一応、現行の共同訳のほうに合わせて「ヨセフ」としてあります。
同じくベトレヘムもベツレヘムと記載してあります)

*****

話は、ダビデ家のヨセフの許嫁であったマリア
天使からただならぬ不思議なお告げを受けたことから始まります。

そのときの様子を『IL POEMA DELL'UOMO-DIO』では
このように記しています(概要)。

カーテンが動く。
誰かがカーテンの後ろから扇で動かすかのように・・・。


さらにそれは強く揺れている。
と同時に、純銀に真珠を溶かしたような白くまばゆい光が、
薄い黄色の壁面を照らし、
あたりのさまざまな布を活き活きとした色に映し、
マリアの顔を神々しく浮き上がらせた。
・・・光のなかに天使が現れ、マリアにひれ伏した。


その天使は人間の姿をとっているものの、人間を超越している。
非常に美しい輝くような姿は、いったいどんな肉でできているのか。


神が、処女マリアに見ることができるようにと、
その霊的なものを
どうにかして物質化したのだろうか。


私たちのような顔、身体、目、口、手はあるが、
私たちのような不透明な感じとは違う。
それは、肉体、目、髪、唇の色を象るような光で・・・
動き、微笑み、見つめ、語る。



そして天使はこう告げます。

「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」

いわゆる天使祝詞です。


受胎告知のimage


聖書は伝えます。

マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。
すると天使は言った。


「マリア、恐れることはない。
あなたは神から恵みをいただいた。
あなたは身ごもって男の子を産むが、
その子をイエスと名付けなさい。
その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる」

                  ――ルカ1:28-32――

マリアは天使に言った。
「どうしてそんなことがありえましょうか。
わたしは男の人をしりませんのに」


天使は答えた。
「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。
だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。


あなたの親類のエリザベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。
不妊の女と言われていたのに、もう六ヵ月になっている。
神にできないことは何一つない」


マリアは言った。
「わたしは主のはしためです。
お言葉どおり、この身に成りますように」
そこで天使は去って行った。

                 ――ルカ1:34-38――


受胎告知の2image



以前も書き残したように、
聖母マリアの純潔性は、常人の域をはるかに超えています。

また、浄配と呼ばれる義人ヨセフは、言われているほどの老人ではなく
もっと若い感じで・・・。


マリアとヨセフ3image


よく、この二人について、ごくふつうの夫婦生活が取りざたされますが
ヨセフは独身を意図する「願をかけた身分」をとっていたようで
両者が、通常の夫婦とは異なった関係であったことがうなずけます。
そこらあたり、聖書だけではよく説明されていないので、
マリアとヨセフがいかに特殊な身分どうしであったかが
どうしても、伝わりませんけれど・・・。

マリアが身ごもったと知ったときの
清廉潔白なヨセフの苦しみがかなりのものであったことが
幻視では詳しく伝えられています。

一方、それを説明するのはあなたの役割ではない・・・と
霊的な促しを受けたマリアは
ヨセフが神によって事の真相を知るまで、その言葉を護り、
けっして自らの弁明をしませんでした。

そして、ヨセフがマリアに何が起きたかを知ったとき
彼は、これから生まれくる、大いなる預言の子と、その母を
生涯かけて護り抜くことを決心します。


さまざまな文献から、この点に異を唱える人たちもたくさんいますが
かといって結論も出ておらず、
ここでは、イエスの両親と位置づけられた二人が、
今の人たちの想い描く夫婦とは、およそかけ離れていた・・・
という考え方のほうをとって見ていこうと思います。

はしょりながら先を進めると

聖書ではさらに、こう記されています。

そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、
登録をせよとの勅令が出た。


これはキリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。
人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。


ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、
ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ
(のぼ)って行った。
身ごもっていた許嫁マリアと一緒に登録するためである。


ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、
マリアは月が満ちて、初めての子を産み、
布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。
宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである

                        ――ルカ2:1-7――


つまり、とある日、
すべてのパレスチナ人の人口調査を行う旨の勅令が会堂に張り出され
人々が本籍に名前を届けなければならない・・・と命令が下されたのです。

マリアとヨゼフも例外ではありませんでした。
ヨセフは身重のマリアには無理な話だ・・・と心配しますが
マリアは、それこそ思し召し・・・と捉えて、心よく旅立ちます。


クリスマスイブの情景image


イエスが、「福音の補強とせよ」・・・と、視ることを許した幻視は
この辺りの詳細も伝えています。(その概要)



マリアは灰色の子ロバに乗っていて、マントにすっぽり身を隠しています。


マリアとヨセフ2image


ヨセフはロバの手綱を引きながら、
何度も何度も「疲れたか?」とマリアに聞いています。
その都度、マリアは「いいえ」と答え、
「歩いているあなたこそお疲れでしょう」と優しく言葉をかけます。



マリアとヨセフのimage


道中のほとんどのあいだ、マリアは祈りに専念していたようでした。

風が吹き出したころ、ヨセフは「寒くはないか?」とたずね
「いいえ。ありがとう」とマリアが答える・・・そんな言葉を交わし、
ヨセフはサンダルを履いたマリアの足に触れてみます。
そして、冷たくなっている・・・と感じたようで
自分の肩に斜めに背負っていた毛布を外すと、マリアの足を包みます。
そして、それを膝の上までのばし、
マリアの手が毛布とマントで暖められるように気遣います。


このときちょうど、道を渡ろうとした羊の群れがあって、
ヨセフは群れを連れていた羊飼いの所へ行きます。



クリスマスイブの情景4(羊の群れ)image


それは、雌羊の乳を分けてもらうためで、
心よく応じてくれた羊飼いから乳を譲り受けると、
ヨセフはその乳をマリアに渡します。
「神は、お二人を祝福しますように」
マリアが心からのお礼を言います。


羊飼いは、マリアが身重なことを知ると、
泊まる場所の心配もしてくれますが
宿屋は満杯であることが予想されました。


そこで、羊飼いは、もしダメだったときのために・・・と
こんなことを言います。


「満員で宿屋や他の家にも場所が見つからなかったら、
宿屋の裏の畑のほうへ行きなさい。
山のほうに小屋がある。
エルサレムへ行く商人たちは、宿屋が満員で見つからないと、
よくそこに動物を入れる。
扉もない湿っぽい小屋だが、なんとか避難所にはなるだろう。


女連れでは道ばたで野宿もできないだろうし、
そこなら、寝るにも、ロバのためにも、枯れ草が見つかるはずだ。
神様があなたたちと共におられるように」


「神はあなたに喜びを与えてくださいますように!」・・・とマリア。
「平和があなたとともに」・・・とヨセフ。


そして二人は羊飼いと別れますが、この羊飼いは・・・その後
イエスの降誕を天使に知らされた羊飼いたちのなかの一人となります。


「時期が来たようです」(イエスの降誕が近いということ)
「え?・・・おお、あわれみの神よ・・・どうしたらいいのか・・・」
「恐れないでください、ヨセフ。私は何も心配していないでしょう?」


そんなやりとりのあと、ヨセフは必死に宿を探しますが
宿に空きがないうえに、
産気づいたマリア、そして決して豊かに見えない二人を目にし
もろに嫌がるそぶりを見せる人もいて、ヨセフは憤慨しそうになりました。



クリスマスイブの情景3image


するとマリアは

「無理に頼まないで・・・。もう行きましょう。
きっと神様がお計らいくださるでしょうから」

と言って、ヨセフをなだめます。


二人はまず、羊飼いに教えられたように、宿屋の裏手を探しました。
するとそこにあったのは、
小屋どころか、洞穴のような場所・・・それを見つけます。
でも、そこですら先客がいて入れません。


と、そこで一人の老人が声をかけてきます。

「あそこ、もっと奧だ。
あの廃墟の下に洞窟のようなところがあるだろう。
そこならまだ、誰もいないはずだ」


こうして・・・

二人は本当に洞窟のような場所を、その夜のねぐらにすることになります。


「マリア、来て。中は空いています。牛が一頭いるだけです」

そこは、動物の糞さえ残っているような場所で、
一頭の牛が枯れ草を食(は)みながら、
静かな眼差しでマリアとヨセフを見ていました。


マリアが手を暖めるために牛に近寄り、手を牛の首におくと
牛は「モォーっ」と鳴きます。
そして、マリアのしたいようにさせています。
どうも、これからのことがわかっているかのような感じでした。


ヨセフはそれから、マリアのために少しでも暖かくなるようにと、
牛のそばに乾いた藁をかき集めて寝床をつくろうとします。
でも、完全に乾いた藁は少なく、火をおこして焚き火にし
その火で一生延命藁を乾かさねばなりませんでした。


ヨセフはさらに、
自分のマントを洞窟の入り口にかけてまで、
マリアのために寒風を防ごうとします。


マリアに軽い食事をとらせると・・・ヨセフが言います。

「少し寝てください。わたしが起きて、火が消えないように番をしていますから・・・」
そう言うと、マリアのマントと、足先を暖めていた毛布で
彼女を覆ってやります。


「でも、あなたが寒いではありませんか」
「いいえ、マリア。私は火のそばにいるから・・・」



マリアとヨセフ(洞窟での)


こうして、マリアはやっと
牛の傍らに隠れるようにして、疲れた身体を横たえます。




クリスマスの洞窟なimage



そう・・・これが

キリスト降誕の“直前の情景”・・・に
あった「かも」しれないことです。


で・・・いよいよ、キリストの降誕となります。

それについて、次回にもう少しだけ
つづってみます・・・。




クリスマスの額縁image





その「業」はかぎりなく・・・

Posted by 世羽 on 20.2013 季節ごとに   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
年末と言っても、いつもと同じように日が過ぎるだけだが
なぜか毎年、今ごろになるとやることが増える。


聖夜の街灯なimage


もうすぐ、12月24日、25日が近づいていて
ふつうにクリスマスを送るだけなら、あまり関係ないことなんですが・・・。


クリスチャンの方であればご承知のとおり
キリスト教での最大のイベントは復活祭で・・・
でも、それはあまり知られておらず、
日本人の一般の方であれば、ほとんど関係ないわけで。

でも、クリスマス・・・となると

年末商戦と併せてけっこう騒がれるので
なんとなく「サンタさんの来る日」として知られています。


サンタさんなimage


ハム速さんのところにはこんな画像が貼ってあって・・・
海外では、また独特の趣きがあります。


進撃のイギリス海軍(サンタ編)image


設定された日付云々はともかく・・・。

12月24日の夜から25日の朝にかけて
たとえば、修道院によっては
単独で、もしくはペア、さらにもう少し複数になったりして
時間交替制で祈りが夜通し続けられる場合があります。
(大晦日から元旦なども)


聖体礼拝のimage


信者さんとか、神学生さんたちが特別な想いで祈ることもあります。


聖体礼拝の3image


こんなことを書くと、
また時代遅れのこんこんちきが・・・と言われそうですが。

自分、それらの祈りを単純に「ありがたいな」と思っています。


多くの人がお酒を飲んで、カラオケなどにいそしみ
ほろよい気分で楽しく過ごしているころも

それぞれが暖かい家庭の団らんを過ごしているころも

ときには、誰も傍におらず
一人で世間の華やかさを横目で見ながら
淋しい想いで浸る人がいたりするときも

それらの人たちを想って
また、神に感謝して讃えるために「祈っている人たち」がいる・・・。

だからどう・・・ということもないのですが・・・。
なんか、こう・・・嬉しいなと。

そんな祈りは、こうしてご紹介しなければ、
人に知られるところのものではありませんし・・・。

もちろん祈っている人たちは、
見返りを望んでしているわけでもありませんから
何がどう・・・ということもなく、ごくふつうのことなのですが。


聖体礼拝の2image


ただ、こうした特別な日の祈りのときには必ず、
いつもよりも一層のこと、
世界の平和、人々の幸せを祈っています。

それは、自分たちの信じる「神」、
そして生きる模範として選んだキリストが、
かつて行った祈りの生き方に倣っていることです。

キリスト教といっても
ほんとうに色々な宗派があって
ときには、トンデモナイことを流布する人たちもいるので
それらがいっしょくたにされて
教えそのものがすべて
「悪」とされる向きがあるのは寂しい気もします。

まあ、そんなことになるのは、
キリストの存命時代から予見されていたことですし
今さら驚くことでもなく・・・。
時はたんたんと流れるだけです。

キリストがピラトの前に引き出され、
群衆が「十字架につけろ!!!」と大騒ぎしていたとき、
その場にとどまったのは、20人もいなかったとされ
しかも、彼らは弟子と呼ばれる人たちではなく
一介の、名も無き信徒であった・・・と、
とある幻視は伝えています。

今も、そうかもしれません。


聖夜の星のimage


さまざまな、誤謬や曲解によって
救い主と呼ばれた存在がほんとうに伝えたかったこと、
人々にしてほしかったことが薄れてしまい
また、聖職者たちも勇気を失いつつある現状では
キリストなる存在の意向を今の世の中で受け止め
「聖なる者になれ」を心底実践している人は、少ないのかもしれません。

かつての遠い日、キリストと呼ばれた存在
記念日のひとつが、今年も近づいているわけで
後日に、もし書けるようであれば、
クリスマスの夜話もできたらな・・・と思います。


クリスマスなimage


神のような存在の業は、
おそらく宗教や派閥、人の思惑を超えているのだと
自分は感じています。

そして、

そこから溢れる暖かいものは、
すべてにそそがれている・・・と。


ですから、そんな暖かい「何か」が、
ネットを見ることのできるみなさんだけではなく

路上の人たちにも、戦地にも、飢餓やさまざまな困難にあえぐ人々にも
たとえどんなに小さくてもいいから、
実感として伝わりますように・・・と




ホームレスのimage



ホームレスチルドレンのimage



ホームレスチルドレンの3image



ホームレスチルドレン予備image



ホームレスチルドレンの笑顔なimage



そんなことを、ほんとうに微力ながら、自分も祈っています。




ブルークリスマスツリーimage




小さい「ネジ」のつぶやき・・・

Posted by 世羽 on 18.2013 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
Mさん・・・鍵つきの・・・ほんとうにありがとうございました。

と・・・少し地下が不安定になってきた。


la-古き良き時代ふうなimage


ひと昔前、日本に「国語読本」というものがありました・・・。

それらは復刻され
今では、購入したり、ネットで読んだりできます。

そんな「読本」を見ると、
当時の日本人の教育水準がズバ抜けていた様子がうかがえて
ちょっと誇らしい気持ちになります。

教えている内容に深みがあるというか・・・。
小学生のころから、こうしたものを眼にしていたのには
頭が下がります。
また、言葉使いも綺麗だった・・・と感慨が湧きます。

このころと言えば

各世代において見られるそれぞれの文章力も、
今では失われた感さえある「品格」や「重厚さ」を宿しており、
高い感性の現れ・・・が感じられ、
いつも、凄い!・・・と思わされること、しきりです。


国語読本のimage



そんな「国語読本」の12巻・第12課
とある話が載っています。

注:原文は、旧かな・漢字使いですが、
読みやすさを優先して、ところどころ現代表記に書き直してみました。
趣きを残すために、古めの漢字の使い方は残しています。
改行など変えてありますが・・・ご容赦を)


小さなネジ


暗い箱の中にしまい込まれていた小さな鉄のネジが
不意にピンセットにはさまれて、明るいところへ出された。


ネジは驚いてあたりを見廻したが、
いろいろの物音、いろいろの物の形がごたごたと耳に入り
眼に入るばかりで、何が何やらさっぱりわからなかった。

しかし段々落ち着いて見ると、此処は時計屋の店であることが
わかった。



レトロな時計屋さんのimage


自分の置かれたのは、仕事台の上に乗っている小さなふたガラスの中で
そばには小さな心棒や歯車やぜんまいなどが並んでいる。
きりやネジ廻しやピンセットや小さな槌やさまざまな道具も、
同じ台の上に横たわっている。

周囲の壁やガラス戸棚には、いろいろな時計がたくさん並んでいる。


かちかちと気ぜわしいのは置時計で、
かったりかったりと大ようなのは柱時計である。


ネジはこれらの道具や時計をあれこれと見比べて、
あれは何の役に立つのであろう、
これはどんな処に置かれるのであろう
などと考えているうちに、
ふと自分の身の上に考えおよんだ。



時計のネジなimage


「自分は何という小さい情けない者であろう。
あのいろいろの道具、たくさんの時計、形も大きさもそれぞれ違ってはいるが、
どれを見ても自分よりは大きく、自分よりは偉そうである。

ひとかどの役目を務めて世間の役に立つのに、どれもこれも不足は無さそうである。
ただ自分だけが
此のように小さくて、何の役にも立ちそうにない。
ああ、何という情けない身の上であろう」


不意にばたばたと音がして、小さな子供が二人奧から駆けだして来た。
男の子と女の子である。

二人は其処らを見廻していたが、
男の子はやがて仕事台の上の物をいじり始めた。

女の子はただじっと見まもっていたが、
やがてかの小さなネジを見つけて
「まあ、かわいいネジ」


男の子は指先でそれをつまもうとしたが、あまり小さいのでつまめなかった。
二度、三度。やっとつまんだと思うと直ぐに落としてしまった。
子どもは思わず顔を見合わせた。
ネジは仕事台の脚の陰にころがった。



時計屋さんと子供のimage


此の時大きなせきばらいが聞こえて、父の時計師がはいって来た。
時計師は
「此処で遊んではいけない」
といいながら仕事台を見て、出しておいたネジの無いのに気がついた。


「ネジが無い。
誰だ、仕事台の上をかき廻したのは。
ああいうネジはもう無くなって、あれ一つしか無いのだ。

あれが無いと町長さんの懐中時計が直せない。探せ、探せ」


ネジはそれを聞いて、飛び上がるようにうれしかった。

それでは自分のような小さな者でも役にたつことがあるのかしらと、
夢中になって喜んだが、このような処にころげ落ちてしまって、
もし見つからなかったらと、それがまた心配になってきた。


親子は総掛かりで探し始めた。

ネジは「此処に居ます」と叫びたくてたまらないが、口がきけない。
三人はさんざん探し廻って見つからないのでがっかりした。
ネジもがっかりした。


その時、今まで雲の中に居た太陽が顔を出したので、
日光が店いっぱいにさし込んできた。
するとネジがその光線を受けてぴかりと光った。

仕事台のそばに、ふさぎこんで下を見つめていた女の子がそれを見つけて、
思わず「あら」と叫んだ。
父も喜んだ。
子どもも喜んだ。
しかも一番喜んだのはネジであった。


時計師は早速ピンセットでネジをはさみ上げて、
大事そうにもとのふたガラスの中へ入れた。
そうして一つの懐中時計を出してそれをいじっていたが、
やがてピンセットでネジをはさんで機会の穴にさし込み、
小さなネジ廻しでしっかりとしめた。

龍頭(りゅうず)を廻すと、今まで死んだようになっていた懐中時計が、
たちまち愉快そうにかちかちと音を立て始めた。



時計の修理的なimage


ネジは、自分が此処に位置を占めたために、
この時計全体が再び活動することが出来たのだと思うと、
うれしくてうれしくてたまらなかった。


時計師は仕上げた時計をちょっと耳に当ててから、
ガラスの戸棚の中につり下げた。


一日おいて町長さんが来た。

「時計は直りましたか」
「直りました。ネジが一本いたんでいましたから、取りかえておきました。
具合の悪いのはそのためでした」といって渡した。

ネジは
「自分も本当に役に立っているのだ」と心から満足した。




時計(懐中)のimage



たわいのないことかもしれませんが・・・。

今、多くの人が新鮮なこととして伝えている
「個人」が全体に与える重要性・・・といったものを
このとき、すでに教えているのがわかります。

しかも、

小学児童を“単なる子供”としてあなどって見るのではなく、
大人の言わんとするレベルで
率直に子供に伝えています。

子供は子供らしく育つのが何よりです。
でも、それに加えて
日々の生活のなか、たかが子供・・・と割り切らず
ときに、こうした話を読み聞かせしていた先人たちに倣うのは
なかなか味があっていい・・・。

子供らしさを失うことなく、深く考えてもらう・・・。

大人であれば、「子供心」を失わずに、
深く物事を捉える・・・

これらの読本を見ると、
当時の人がそんなふうに教育をしていたことが感じられて
実に面白いです。


時計屋のお爺さんなimage


とにもかくにも、
このように歴史のなかに残された日本の素敵な姿・・・
改めて誇りにしたい・・・と思ったしだいで。




レトロなimage




とある「進言」・・・

Posted by 世羽 on 16.2013 対立の構図   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
中国が月に探査機を送った。
で、改めて納得した。
米はもちろんだが、ロシアすらも月の現情を知らせていないのだ・・・と。


とある異国の冬景色なimage


3月から、このブースで語るようになって今にいたりました。

そのきっかけ・・・それは、
知人がとんでもない状況に陥ったことからでした。

いわゆる、複数の自称チャネラーに過去生情報を教えられて喜び
都合のいいように解釈し
アセンションの話題に没頭し
果ては、隠れサタニスト(自分が何に操られているかわからない人)の
トラップに落ちたのです。

それを察知してすぐ、そんなことから足を洗うようにと進言しましたが
どんなに知らせても、知人はそれを理解できません。

当方の能力をある程度知ったうえでも、ダメでした。
それどころか、一時期は、生命の危機すらありました。
なんとか食い止めたものの、これを完全に排除するには
知人本人の、勇気ある「決意」が必要です。
しかし、それがままなりません。


ダークネスなimage


そんなことに、自分が対峙するようになるとは・・・。
(今も終了していません)

闇の霊がいわゆる「死んだ人の霊(幽霊)」ぐらいであればまだしも
もっと深い闇の存在は、
そんな生やさしいものではありません。

ネットで流されている情報に、それらの触手が見え隠れしていることは、
遠い昔からわかっていましたが、
どこか他人ごとでした。

それはちょうど、災害などが起き、
被災してはじめて、大変さがわかる・・・
といった心境に似ているかもしれません。

証明のしようもないので
ここで言えることは、
そんな存在がまだ「いる」・・・ということだけです。

そして、そのいちばんの防御とは、常に謙虚であることを心がけ、
形をもたない世界に関することには最大の注意を払うこと・・・です。

(“まっとうな”神仏の守護を、心から願うこともあげられますが、
乱立する、闇の教導に浸食された宗教概念のなかで、
それらをみつけるのは、意外にも困難です。
しかも、名のある宗教の別を超え、
いわゆる何かしらの聖職についている人たちさえもが、
世俗の意識に流されてしまって感覚が鈍化していくなか、
それらの危険性を無視しているか、
闇に囚われて気づかない状況すら、あるのです)

ひとつ・・・
日本でもすでに知られている有名な話(キリスト教の場合)を、改めて
ここに置いておきましょう。

光りのほうへなimage


かつて、スピリチュアル(心霊主義)の分野で、
時の人となったアメリカの大学教授がいました。
エクソシズム関連の書籍などでは、通称、カールと呼ばれている人物です。

名門プリンストン大学で学び、
駆け足で博士号を取得したほどの“優秀な頭脳”を持っていた彼は
心理学においても世界的な権威になります。

彼は幼少のころから、類いまれな心霊的な能力を備えていました。
スプーンを曲げることなどお手のもので、
テレパシックに他者の思考を読み取りました。

十代のころにはすでに、トランス状態で幻を見ることが可能になり、
その映像は日ごとに鮮明なものになっていきます。

そのさなか、
警告を促すように「待て!」という声を聞いていますが
彼はそれを無視しました。

長じてからというもの、そのような世界の研究に没頭しはじめ
幽体離脱によって、自らの過去生を見出したことなどを、
公に周囲に告げ、それを信じていました。

カールはアメリカ国内で、某大学の教授になると、
彼の開く講義にはいつも大勢の若者が集まり、
絶大な人気を誇っていましたので
スピリチュアルに興味を持っている多くの若者が、
彼の言うことを信じました。

彼は研究の一貫として、自らが視た「過去生」の記憶をもとに、
遺跡の調査も行っています。

しかもそれは、彼がトランス状態になり、
彼の体を通して語る声に、助手らが質問をし
当時の歴史的な状況を探る・・・という方法を用いて・・・。

彼が著名になったころ、とある聖職者が疑念をもちました。
この聖職者は、いわゆる闇の存在を祓うエクソシズムを行う人物
ハートニー神父です。


エクソシストな神父(ザ・ライトよりimage
(単なるイメージです)

神父は、学徒として、彼の授業を聴講してみたのですが
それまで培った体験から、
直感で、カールが憑依されていることを見抜きました。

そして授業のさい、カールにいろいろな疑問を投げ掛けます。

神父の確信的な問いが発せられます。

「あなたはなぜ、あなたに色々教えている霊が善霊だとわかるのでしょう。
それとも、すべての霊が善なるものだと考えているのでしょうか?
もしそうだとしたら、その根拠はどんなものでしょうか・・・」


するとカールは、こう切り返します。

「そう言う、あなたのほうの根拠とはいったい何なんだ!・・・
 簡潔に言ってくれたまえ」


「イエス・キリストです。
神としての、人としてのイエス・キリストです。
教授の根拠は何ですか?」


後日、カール自身が述懐していますが、
このとき「最大のこと」が明らかになったと・・・。

その気になれば、出席者すべての意識を見通せた彼が、
なぜか気になっていた、教室にいるハートニーの意識を見通せず、
この質問のやり取りによって初めて、
自分とハートニーとの間にある
決定的な違いを知ったというのです。

つまり、根拠となす存在が、自身とハートニー神父とでは
まったく“対立”している
ことに。


神への回帰なimage


それでも彼は
自らが「私の友人」と呼んでいた、霊的な存在との接触を続けます。

そしてあるとき、イタリアの寒村で遺跡調査をしていたときのことです。
カール自身が望んでトランス状態に入り
呼び出された霊的存在が、カールを通して話し
助手たちがそれとやりとりしていると・・・
突然、カールの様子が激変します。

助手たちの前で、
誰が眼にしたとしても尋常ではない、
見るものに恐怖を与えるほどの肉体的変化
を伴って
カールは一瞬のうちに変貌してしまったのです。

そのときの、何とも言えない形相もさることながら
助手たちは、どこから響くかもわからない
自分たち以外の、「高笑いする声」を聞き、
恐怖のどん底にたたき込まれました。

このときカールは、すでに自らが抑制できない、
霊的な存在に完全支配される状態に陥っていたのです。

その恐怖の体験から生還したカールは
「このままでは、魂の滅びを迎える」・・・と、やっと気づき、
一大決心をして、ハートニー神父から悪魔祓いを受けます。


エクソシズム教本のimage


その詳細は、気持ちのいいものではないため
控えますが・・・。
そのうち、問答のほんの一部を書くと・・・。

「霊と心霊を合わせて使えば、どんな人間にも不可能なものを見せたり、
聞かせたり、知らせたりすることができる。
そうする者たちはわれわれのものだ。
われわれの仲間、王国のものだ」


「カールの心霊的な能力はお前が与えたのか、それとも生まれつきのものか?」
「両方だ」

「人の心を読む能力はどうだ?」
「われわれが与えた」

「どうやって?」
「能力者なら知っているすべての知識を与えてやった」

なぜカールに干渉したかについて問われると

「彼が望んだからだ」

「どうして望んだとわかるのか」
「われわれにはわかるのだ」

「カールをどこに連れていこうとしたのか?」
「宇宙の知識へ」

「心霊的な力の満ちる宇宙ということなのか?」
「そうだ」

「なぜ、連れていこうとしたのか。キリストの御名において答えよ!」
「ほかの多くの者たちが彼についてくる。彼の影響は大きい」

「なぜ、ほかの者たちまで連れていくのだ」
「彼らが王国のものになるからだ」


エクソシズム教本2image


こんな具合で、闇の存在との対峙が続き、
カールは、幸いなことに救い出され、命を取りとめました。
そして、自分の同僚や教え子たちに手紙を書いています。

「彼らは、氷のように冷たい感じでキラキラと輝いていました。
悪を好んでいたのに無垢なフリを装って近づいてきたのです。
私は若く、野心家で、どんな手を使っても成功したいと願っていました。
・・・もちろん、おぼろげながら、
取引をしているのがどんなものかは薄々感づいてはいたのです。
でも、そんなものは一時的なものだろうと思っていた・・・。
人は、心が奢り高ぶっているようなとき、ものが見えなくなります。


それは、わたしを助けるふりをして、私の仕事を完成させるべく
また、誰かに奉仕しようと思う私の仕事を手伝うふりをしながら
やってきたのです。
でも、それが悪であると、いつも忘れたことはなかった・・・」



すべて事実にもとづいている的なimage


今の世界において
こうした現象は忌み嫌われ、まったく無きのごとくにされていますが
そうではありません。

日本にも、そうした現象があり
宗教や信奉するものは異なっても、それぞれの役目について
真摯に闇と対峙している方々も、少数ながらおられるでしょう。

ほんとうに強大な闇の存在は、
ふつうの人に制圧できるものではありません。
知ることもできません。


一般の人は、多くの場合
知らないものは無い・・・と定義づけやすいので
特殊とはいえ
もし上記のような「最悪のケース」になったら、
どれほど酷いことになるかについて、あまりに無防備です。

その怖さを、ほんとうの意味でわからないのです。

だからこそ、本気でお伝えするのですが・・・。

これらの闇の侵入を許すのは、たとえば

「人のうらやむ特別な人間になりたい」
「霊的能力を花開かせたい」
「おもしろそうだからやってみよう」
「能力を開いてくれる“性の交わりの儀式”があるらしい、試してみよう」
「視えない存在を召喚する方法があるなら、ぜひ試してみたい」
「視えない世界とのコンタクトは時代の寵児となる素敵なことだ。
それでお金が得られれば、こしたことはない」


といったようなことに、きわめて安易な発想で、
深くかかわること
です。

もし一度でも、人の心に霊的な闇の存在の侵入を招き、
人の本質である「尊い部分」に傷がつくと
それはなかなか治りません。
その傷に麻痺し、気づけないことさえ多々あります。
ぶりかえしも起きます。

それゆえ、そんな事実を、
ほんとうに真剣にお伝えしたいと思っている者たちもいる・・・
歯止めをかけたい者たちもいる・・・

こんなことを、多少なりとも念頭の片隅に
置いていただいてもらえたら・・・と。

けっして、自発的に新たな能力が花開くことを阻止するとか
霊性の成長を止めようとか
そんなことではありません。

ただ、知人が陥ったような道にだけは、足を向けてほしくない
その一念です。



行ってはいけない道のimage


みなさんが、たとえ霊的な何かを追求するとしても
どうぞ、賢明に、そして謙虚にいられますように。


明るく穏やかな日常に、真摯で清らかな
まことの幸せを見つけることが
どれほど素晴らしいことか・・・



自然のなかで遊ぶ子供たちのimage


たとえわずかな方々であっても、それが伝わることを願います。

心から祈りつつ。


キャンドルのimage




病院の壁に「兵士」が残した文字

Posted by 世羽 on 14.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
何かを信じても、信じなくても、世界は動く。
たとえ、ある日、自分がいなくなっても、世界は続く。

簡単なことだけれど、それが「なぜか」を説明するものを、
いまだかつて知らない。

つぎの世に移行するのが、明らかにおのれの霊魂だけだとしたら・・・
この世の成功や幸せも「生きる」には大事だけれど
それ以上に大事なものを育てていこう・・・
・・・自分は、そんなふうに生きている。


とある異国の冬景色な2image



隣国の赤い国から軍靴の音が響く・・・
などと言われるようになった今日このごろ。

ネットでは、「本気で戦争したらどっちが勝のか?」・・・
といったスレッドもたくさん立つようになりました。

海の向こうのまったく関係ない他国ですら、
「星条旗の国」「赤い隣国」が戦ったら・・・
と、専門筋の人たちが論議するほどです。

それはそれとして・・・。

日本国を護るための防備について真剣に考えると
「戦争をする気か?」・・・と心配する人たちもいますが

それは、たぶん・・・

近くに犯罪者の出没が予想されたら
防犯ブザーなどの護身装置を持ったりするように
「可能性」が少しでも見えたら、先んじて賢く備えをする・・・


そんな感じではないでしょうか。
(でも、そうさせずに、日本を骨抜きにしたい人たちが、
この国に紛れ込んで、世相にゆさぶりをかけているのも事実で・・・)

それも・・・さておき・・・。

世の中で国家レベルの戦いが起きれば
いわゆる軍人さんは、戦いの場に足を向けることになります。


兵士たち機上へ(アフガン)image


軍人さんは、心をひきしめ
最初は“勇んで”戦地に赴きます・・・。



兵士たちのイラク(戦地)へimage



兵士の装備(ネイビーシールズ)image



でも当然、いつの時代でも戦闘が激化すれば、負傷することは免れません。



負傷した兵士のimage



自力で基地に戻れる程度の負傷であればいいですが
仲間の力を借りなければならない、負傷兵も出てきます。
運搬する側も、それこそ命がけです。



負傷兵の搬送(ベトナム)




負傷した兵士(搬送)image




負傷兵の搬送(担ぐ)image




もちろん、非戦闘員の民間人にも戦火は容赦なくふりそそぎます。

日本では、ほとんど報道されませんが
けっこう、兵隊さんに助けられている民間人がいて、
暖かい交流の様子もあって
・・・。



負傷した民間人を運ぶ兵士(イラク)image




そしてしばしば、切ない情景も出てきます。



負傷した子供の搬送(イラク)image



負傷した子供を運ぶ兵士の切なさimage



こうした情景は、海外のソースでは流されても
日本では報道されません。
むしろ日本では、残虐非道な行為を行った兵隊さんの
悪行ばかりが取り上げられますから、
兵隊さんがみな、平和を乱す「極悪人」に思われていたりするほどです。
なんだかんだ言っても、
大震災のときにいちばん大規模に援助してくれた「海外の人たち」
兵隊さんたちでしたけれど・・・。



戦場の兵士(イラク)のimage



そんなたくさんいる兵隊さん・・・のなか
戦地の経験をした人なのでしょう。

とある病院の壁に、名前もわからないアメリカ兵の、
こんな「祈りの言葉」が書き残されていました。


   私の願い

     成功するために神に力を願いましたが
    与えられたのは謙虚さでした。
       ・・・・・従うことを学ぶために。


     善行をするために健康を願いましたが
    与えられたのは病気でした。
       ・・・・・より善い行いをするために。


     幸せになるために富を願いましたが
    与えられたのは貧しさでした。
       ・・・・・賢くなるために。


     人から尊敬されるために能力を願いましたが
    与えられたのは弱さでした。
       ・・・・・神を必要とするために。


     人生を楽しむために
    すべてのものを願いましたが
    与えられたのは生命(いのち)でした。
       ・・・・・すべてを感謝して生きるために。


     私が欲したものは
    何も与えられませんでしたが
    声にも出さなかった祈りが聞き届けられ
    私は誰よりも豊かで
    祝福された人間となれたのです。




兵士のハグ(イラク)image



これを初めて読んだとき、単純にすごいな・・・と想いました。

生死をかけた
極限状態におかれて生還した兵士さんだからこそ
出せた言葉かもなあ・・・などと感じ・・・。
以前書き留めた
「ロシア兵の祈り」の言葉と同じ「感じ」がしたのです。



負傷兵の搬送の(抱擁)image



利権に伴う戦争なんてないほうがいいに決まっていて
いえ、起こしてはいけないに決まっていて・・・。

しかも、戦地から無事に戻っても、喜んでもらうどころか
心ない言葉で「人殺し」と蔑まれ、
新たな職にも就けず
心を病んだ兵隊さんたちもたくさんいて・・・。



兵士たちの祈り(仲間へ)image



でも・・・それでも

そんな、荒んだ現実世界の状況にすら、
“無名の兵隊さん”が掴んだような
人の思惑を超えた、表現しようのない恩寵がある・・・と




兵士の再会(涙)image



この「祈りの言葉」から、教えてもらいました。




冬の夜景とちらつく雪のimage




少しだけ「ほんわかな種」を・・・

Posted by 世羽 on 12.2013 そこはかとなく   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
もし何か、映画にあるような「何かどえらいこと」が起きて地球がどうかなったとして
自分・・・魂が汚れて、沈下していくことにならない限り
地球さんに肉体を戻すことに、それほど恐れがない。

神さまが「来い」・・・と言ったら、もちろんそうする。
でも、事が自然にサバイバルなほうへ進んで、そのさい
自分を助けてくれる切符のようなものがあって、
幸運にそれを手中にしていたとして・・・
誰かに「それを下さい」と懇願されたら、譲ってしまいそうだ。
一枚しかないけれど・・・。
・・・アウトサイダーなアホなんだ・・・。


とある窓辺のねこさんのimage


日常で、何か心に痛いことがあって
それがもの凄く痛いこと
気分が、めいってどうしようもない・・・とき、
そのときはたぶん、笑うことも苦痛に感じるでしょう。
ましてや、ネットだって見る気も起きない・・・。

けれど、それが少し過ぎて、ちょっとでも心が明るくなってきたら
だんだんと、ふつうの生活ができるようになっていく・・・。

もしそんな人が、
偶然に、ここへ辿り着くことがあったなら
「ほんわか」できますように・・・。

ということで、
「ほんわかの種」を、ほんの少し、残していきます。


こんなふうに
泣きたいような・泣きたくないような
そんな感じになることがあるかもしれません。




泣きたいけど我慢みたいなimage



ときに、別の人からすると大したことでなくても・・・すごく泣けたりして。



何でもないのに的なimage



端から見れば、颯爽と見かけだけは格好をつけていても
人はそれぞれ、内心まではわからないものです。



かなり粋なわんわんおさんなimage



ときおり、人生の高いところに登ってみたものの
案外、居心地が悪いことだってあるし・・・。




カメラが引いたときにわかるimage




ときに、「ひえ~っ」となるような不足の事態が起きても、
外面だけは“冷静”に保つ必要に迫られたり。




ひえっその肩を這っているのは的なimage



場合によっては、あらゆる方向から
つぶてが飛んで来ているような気持ちに遭遇することだって、ある・・・。




ニュースキャスターの受難なimage



人間、生きていればそれらは、みなが大なり小なり経験しており
日常をふつうに生活している人に
それほど、とてつもなく大きな差があるわけではなく・・・



見かけ倒し的なわんこのimage




ただ・・・起きることのなかには、
ものすごく仰天するような、特別なことが起きるかもしれませんが




笑える一蹴りなimage



平凡な毎日を、無意識のうちにつまらなくなって
けっこう自分で、
特殊な体験をしてみたくなっていることがあり、
その体験は人それぞれです。



派手なニュースのimage




でも、そんなときでも
日ごろから、なるべく明るい気持ちでいれば
たとえ“びっくり”することが起きたとしても
それは悲しかったり悲惨な出来事ではなくて
微笑ましい出来事に・・・置き換えていけます。





大ヒットなimage




危険も脇を通り過ぎたりして。



インタビュー中のびっくりさんimage



頭がぐちゃぐちゃになるほど、
あまり難しく考え込まないでいる
・・・というのは
ごく自然な、とても簡単な「一手」です。
(あまり活用されていませんけど・・・)
頭でいろいろなことを知る以上に、
人は、自らが体験し、そこで起きた感情から多くを捉え、学びます。




あなたは誰よ的なimage



そして・・・

誰かが、何らかの、大小の困難な状況を乗り越えたとき、
世界のどこかで、まったく見ず知らずの人が
同じようなことを乗り越えられます。


で・・・

少し元気になったら・・・どうか、
どんなことがあっても、「生きていくこと」だけは大事にしてください。


そして、たとえ小さくても「のほほんの種」を芽吹かせて
少しずつ笑ってください。





どこにでも現れるやつなimage




天気予報の侵入者なimage




みつめあいなimage




すべての生き物を乗せた地球とともに
みなさんが幸せでありますように。





水中の北極グマさんなimage




とある「あの世」・・・のつづき:「天国」の手前で

Posted by 世羽 on 10.2013 道草   0 comments   0 trackback
前回(下のリンク先)
とある「あの世」・・・
のつづきです。


子供のシルエットなimage


補足:煉獄・・・義人の霊魂が死後、天国に至る前に清めを受ける場所
もしくは状態とされている。
ここに向かった霊魂は、
たとえば、この世において何か反省や痛悔を想起させるような行いをし、
それらが生存中に浄化し切れず残っていた場合、死後にそれを、完全に浄化しようとする。
しかしながら、そこでは肉体をもった人にはわからない、魂のみが知る“特殊な苦痛”を伴う・・・と、
霊魂たちが伝えている。

*****

シンマさんへの質問はつぎつぎと行われていきます。

マリア(シンマさんのこと)さん、人が死ぬ時点で、永遠の世界に入る前に
神に立ち戻るためのチャンスは与えられるものですか?
たとえば、その人が罪に染まった人生を送っていたとしても?


はい、もちろん。
神さまは、一人ひとりに数分間を与えます。
霊魂たちが、それについて証言しています。
それは、罪を後悔するためと、神に逢いたいか・・・を決断するためです。
そのとき、自分の生涯が映画を見るように映ります。


マリアさん、人が死を迎えたとき、神さまは同じような明確さで、
すべての霊魂にご自身を明かされるのでしょうか?


人はみな、それぞれ自分の生涯のことを示されて、これから受ける苦しみ(注:煉獄に行く場合)を示されます。
でも、みなが同じではありません。
神が見える明るさというのは、各自の人生によります。


死んでから、煉獄のようなところに行かないために、
この世にいるときから「清め」のようなものを先に頼むことはできますか?


はい。
結核にかかった、ある若い女性と司祭を知っているのですが、
この女性が
「まっすぐに天国に行くのに必要だというなら、ありったけの(病の)苦しみを賜るようにお願いしているんですよ」と、その司祭に言ったのです。
司祭のほうは、
「いや、わたしはそこまでする勇気はありませんよ」と言いました。
たまたま、その様子を別の修道女が耳にしていました。
その後、二人とも亡くなりましたが、
ある日、その修道女のところへ、この亡くなった司祭が現れてこう言ったのです。
「もし、あの女性と同じくらい信頼感があったなら、
私はまっすぐ天国に行ったでしょうに・・・」



天国への脱出なimage


自殺した人はどんなですか? そんな霊魂がやってきたことはありますか?

今まで、そうした人が永遠に滅びた例に遭ったことは一度もありません。
でも、だからといって、
そういうケースが存在しないということではありません。
そして霊魂たちはたびたび言います。
(注:自殺する人に対して)怠慢であったり、
中傷を拡げたりする周りの人の罪のほうが大きい・・・と。


自殺した人は後悔しているのですか?

はい。・・・でも、しばしばこれは、病気の結果です。
自殺した人が神の光のなかですべてを見たとき、
その先ずっと生きるために残してあった時間のなかに、
自分のために用意されていたはずの“すべての恵み”を一瞬で理解します。
ですから、彼らの心にもっとも堪えるのは、
命を縮めてしまったために、ほんとうは出来たはずのこと、
他の人たちを助けられたこと・・・などを見せられ、後悔します。


そして、原因が病気のときは、これを神さまは考慮に入れてくださいます。

お尋ねしたいのですが、
他宗教・・・たとえばユダヤ教とか・・・の霊魂が尋ねてきたことはありますか?


はい、あります。彼らは幸せです。信仰を良く生きた人は誰でも幸せです。

では、霊魂にとって悪い宗教はあるのでしょうか?

いいえ。
でも、地上にはとてもたくさんの宗教がありますからね。
宗教的なセクトはとても有害です。
宗教的なセクトから人々を引っ張り出すために
あらゆる方法を使う必要があるでしょう。


最終的に、魂を失うように導く心の在り方、
その、つまり・・・地獄のようなところへ行く原因となるのは何ですか?


それは、魂が『神のほうへ行きたくない』・・・と思うときで、
霊魂が実際に「私は行きたくない」と言うときです。


注:メジュゴルイエでの聖母出現に立ち会った少女ヴィッカ・・・彼女は地獄と呼ばれる場所を見せてもらったことで知られています。
彼女によれば、
地獄に行く人は、「地獄に行く」と単独で決心した人たちだけで、
誰かを地獄に送るのは神ではない、
とのことで。
むしろ神は、そのような霊魂たちに
“神の慈悲”を喜んで受け入れるように懇願さえする
そうで、
よく言われる聖なる霊(聖霊)に対する最大の罪とは、
この慈悲に対する絶対的な拒否でした。
それも、本心ではその慈悲があることを完全に知りながら、
完全に認識しながら・・・の拒否
が、これにあたります。

そして、この永遠の滅びにいたる危険性のある魂のために人が祈るとき、
それらの魂を大いに助けることができる
・・・と言っています。


でもマリアさん、信じがたいことですよね。死の瞬間に神を見たとして、
どうして神さまに「NO!」と言えるんでしょう。


答えの実例・・・長くなるのでカットしますが、上記の質問は
ごくふつうの人が口にする感覚
かもしれません。


天国と地獄の標識なimage


マリアさんが亡くなった霊魂とかかわっていることと、
降霊術との違いはどのようなものですか?


私は霊魂に来てほしいと呼びかけてはいません。
降(交)霊術では、人が彼らを呼び寄せます。
この区別ははっきりしています。


霊魂たちを呼び出してはいけないのです。
私たちは、それを非常に重大なことと考える必要があります。


もし、みなさんがたった一つだけでも、私が言ったことを信じてくれるなら
それは、つぎのことであってほしいのです。


降霊術(注:たとえば集団で霊を呼び出すことなど)をする人たちは、
自分たちが死者を呼び出していると思っているのですが、
実際にもし彼らの呼びかけに応答するものがあれば、
それはいつでも、ほぼ例外なくサタンとその天使たちです。
彼らが返事をしています。
降霊術者は、自分自身にとっても、助言を求めてくる人たちにとっても
きわめて危険なことをしています。彼らは嘘にはまり込みます。
私は、そんなこと一度もしたことがありません。
今でも、これからも絶対にしません。
何かが私に現れるときには、神だけが許してくださいます。


サタンは、神から出るあらゆることを真似ることができ、実際にそうします。
死者の声も風采も真似ます。
病を治すように見えることさえも。しかし、その癒しは長くは続きません。
というのも、その場合は、サタン自身が起こしている病気なので、
何かの理由で“それ”が去れば、病気も消えます。


ところでマリアさん、あなたは、このカリスマを喜んでいますか?
それとも、霊魂からの願い事を煩わしかったり重荷に感じますか?


重荷には感じません。
私は、霊魂たちをたくさん助けることができるとわかっていますから。
難しいことには注意を払っていません。
私は多くの霊魂を助けることができるのです。
ですから、ほんとうに喜んで助けています。



天国からの光のimage


とある「あの世」の世界観のひとつ・・・煉獄と呼ばれるところ。
書き表せたのは、ほんの少しだけです。

ここでの霊魂は、地上にいたときのように
反省したり、悔いたりして自分を取り戻すことができません。
自分で自分を清めることが叶わないのです。
受動的に浄化されるのが終わるのを待っている感じです。
それは、一種の苦痛に似たものがあって、それがかなりシンドイようです。
しかも時間概念がないために、清めを感じる長さも
こちらの世界よりずっと長くきつく感じられる・・・。

しかし、そこでの霊魂はすべて、強烈な神の愛への郷愁をもち
神と共に生きる確信と喜びを失うことはない・・・霊魂たちです。

マリア・シンマさんは、煉獄にいる霊魂が少しでも早く、
上へと昇って行けるように
祈りや、善行をそれら霊魂のために捧げることで助け
浄化の期間を縮めることができる
・・・と話し、実行していました。

一方、こうして助けられた霊魂たちは、
たとえ、どんなに小さくとも、
自分たちに向けられた「助けとなる業」を知っているそうで、
煉獄から抜け出た霊魂は、
自分たちを助けてくれた「こちらの世界の人」を
助けてくれるようになる
そうです。

シンマさんと同じ信仰を持っていても
こうした場所に囚われた霊魂たちのために祈ったり、
些細な苦痛や困難にあったとき、それを彼らのような魂のために・・・と
捧げる人は、そうはいません。


煉獄のための祈りなimage


過失がまったくない人などいないと思いますが
それを綺麗にするのは、犯した何かを消すというより
それで倒れて終わってしまうのではなく、
何度も起きあがって、
自分自身や、過失を与えた何か、誰かに
心から赦しを謙遜に願えるかどうか・・・が大事で・・・。

さらに、自分たちの困難や苦しみといったものが
ただ、今生の「負」とだけ捉えるのではなく
こうして、何かに使えるものになるなら
無駄なことなど何もない・・・とも思えて、
新たな勇気も出たりします。
そのあたり、微妙ではありますが・・・けっこう大切かもしれません。

そして、文末にひとつ。

子供が祈るとき、
その祈りには人の予想を遙かに超えた「偉大な力」がある
そうです。


この世知辛い・・・とも言える世のなかにあっても
単純に心から願い、祈る子供たちを大事に見守ること・・・
大人の大事な役割かもしれません。


子供の祈りのimage




これまでに伝えられている「あの世」の姿は、
他にも色々ありますし
天にはそんな「国」がたくさんあるようで
実際、行ってみるまでは
どんなところに行くことになるか、わかりません。



天国のようなところのimage


でも

もし、望みを言ってそうしてもらえるなら
やはり、暗いほうではなく、
より明るく美しい世界、そんなところへ向かいたいな
・・・と。



天国行きのimage





とある「あの世」・・・

Posted by 世羽 on 09.2013 道草   2 comments   0 trackback
(つぶやき)
「臨死体験」をした人たちの話を聞くと、「ああ、良かったな」と思うことがある。
なぜなら、彼らのほとんどが、あちら側で暖かい神聖なものを感じたのちに
こちらの世界に戻っているから・・・。
そこで、神のような存在を知る体験をしているから・・・。
そんな「あの世」を垣間見た人たちはきっと、
何かを心に掴んで、残りの人生を新たな気持ちで進んで行くだろうし、
本当にこの世を去るときには、祝福のうちに旅立つだろうから・・・。


天国の夢を見る的なimage


通常、この世に生きている人で「あの世の彼方」をはっきり見た人はいません。
「臨死体験」をしたり、意図的に「幽体離脱」をしても、
おそらく、あちらの世界をすべて知り得ていないでしょう。

この世に生きる者としては
ちらっとでも、そんな世界を垣間見た人たちの話や、
昔からの言い伝えや、
ありとあらゆる情報を総合するしか手だてがありません。

また、その世界については、多くの世界観があり
どれが正しいとかではなくて、
さまざまな世界がある・・・という可能性を含んでいるかもしれません。


本当に、自分の今生が終了したあとに待ち構えている世界を
“ある程度”でもわかるのは、自らがそこへ行った時でしかなく
たとえ行ったとしても、
広大な、新たな世界の「ほんの一部分」を知るぐらい・・・のようです。


で・・・そんな世界のうちの「ひとつ」を少しばかり。



『The Amazing Secret of the Soul in Purgatory 』という書籍(未邦訳本?)
によりますと・・・。
(追記:後日、ご連絡をいただき、翻訳本が出ているとのことです。
コメント欄でリンク先をご紹介いただきましたので、詳細をお知りになりたい方は、そちらをご照覧ください)



マリアシンマの本のimage



オーストリアのフォラルベルグ山脈のソンタグ村
マリア・シンマという高齢の老女がおられました。
(1999年時点で84歳)

自国をはじめ、
ドイツ、ヨーロッパ各国にその名を知られているシンマさん・・・。
とても貧しくて、ごくふつうのお婆さんです。


マリアシンマ近影image


遠い昔、このシンマさんに、不思議なことが起こりました。

1940年のある晩、明け方の3時から4時のことです。
シンマさんが寝ていると、妙な物音がして、眼が覚めました。
何事か・・・と辺りを見回してみれば、

なんと、まったく見知らぬ男が部屋にいるではありませんか。
驚いたシンマさんは
「なんで、入ってきた。出ていきなさい!」と怒鳴りました。

でも、男はそれが聞こえないかのように、部屋の中を行きつ戻りつしています。
それでシンマさんは、気丈に男を掴もうとしました。
でも、掴めません。彼女の手は空を切るだけでした。


ゴーストの2image


シンマさんはなすすべもなく、ベットに潜り込みました。
その後、男はいなくなり
不思議と、恐怖感がまったくなかったものの、
寝付けなくなったシンマさんは
朝になるやいなや、霊的指導をしてもらっている神父の所へ行き、
その話をしました。

すると神父さんいわく。

「もし、つぎに同じようなことが起きたら、
『あなたは誰か』と聞くのではなく
『何がしてほしいのか』と尋ねなさい」
・・・と。

そしてシンマさんは、次の夜、
まったく同じようにやってきた男に、そのとおりにしてみたのです。

男はこう言いました。

「どうか私のために、3回ミサを立ててください。それで私は解放されます」
「そして、あなたも、そのミサに与ってください」


この出来事は、霊的指導をする神父に伝えられ、彼はシンマさんに

「訪れる霊魂たちからけっして顔をそむけず、
彼らが頼んでくることを寛大に受け入れてあげなさい」
・・・と助言しました。

それからというもの、シンマさんのところには、
助けを求める視えざる訪問者が、
入れ替わり立ち替わり、やってくるようになったのです。
しかもそれは、
煉獄・・・と呼ばれるところから来ている魂たちでした。

ちなみに

彼女がヨーロッパ圏で有名になったのは
こうした“視えない訪問者”からの頼みごと・・・たとえば、

「生前、不正に手に入れた物が“どこどこ”にありますから、
それを元の持ち主に返すよう、“誰それ”さんに伝えてください・・・」

というような願いであったとき
それを聞いたシンマさんが、依頼を実直に行い
日を重ねるごとに、それが「本当のことだった」と、
周囲の見知らぬ人たちさえもが認める事例が
増えていったからです。

そして、これらの霊魂たちが
もっと高いところ(天国)へ昇っていけるように助けることを、
五十数年ものあいだ、ずっと行い続けたためでもあります。


煉獄からの脱出のimage


彼女はそのことで、どこからか収入を得ていたわけでなく、
有名になってからも、彼女の家は非常に質素で、
はっきり言えば、貧乏・・・でした。

シンマさんが言うところによると、
彼女のところを訪れる霊魂たちは、
地上の「人の知識」を遙かに超える知識を持ち、
いろんなことを知っていたそうです。

シンマさんはそんな霊魂たちから、様々なことを聞いており、
興味津々な気持ちで、「そこらを少し教えてほしい」・・・という、
第三者の問いにも、実に真摯に答えています。


ゴーストなimage


死の瞬間、人には神というものがはっきりと視えるものですか?

ぼんやりと見えます。
でもそれは、
霊魂が“神に近づきたい”という“強烈な熱望”を起こす程度の明るさで、
その先に待っている“完全な光”に比べれば、暗闇に等しい程度のものです。
この光に引き付けられた至福体験のあとは、
ふたたび肉体に戻ることは、たいへんな苦痛となります



天国からの光的なimage


煉獄(地獄とは別で、天上に至る前の清めの場)という場所が
実際にあるなら、そこに行くのを決めているのは何ですか?


その霊魂自身が行きたいのです。
天国に行く前に“清い者”になるためです。


どうして、そんなところに行くのですか?
煉獄に行く最大の原因となるのは何でしょう。


愛に反する罪です。
隣人に対する罪、心のかたくなさ、敵意、悪口、中傷、
そのようなものすべて。
人について、悪いことや本当でないことを言うのは、
自分を最も汚すことのひとつで、長期間の清めを必要とします。


まっすぐに天国に行く最大の可能性をもった人とは、どういう人ですか?

すべての人に対して良い心のある人です。
愛は多くの罪を償います。



こうして、シンマさんはたくさんのことを問われ
朴訥と答えているのですが

宗教や自殺、地獄のようなところ
そのあたりについても語っています。


(海外には、こんなジョークもあります)
煉獄案内ジョークimage


また、ほとんどの人が、
心の奥底で「神のような光」に思慕の念を持っているかぎり
輝かしい次の世界を期待できるものの、
自らがそれを拒否する場合がある・・・というようなことを、
伝えています。



煉獄の魂のための祈りimage


で・・・

そこらあたり・・・次回、軽めにまとめてみます。



素朴に「嬉しい気持ち」になるとき・・・

Posted by 世羽 on 07.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
長く生きていればいるほど、それだけ色々な体験をする。
でも、すべてを大きな懐に委ねながら
「ありがたい贈り物」だと思って生きている。
そして・・・心だけは、なんとか強くなれた。


キャンドルライト(赤)image


(前記事で大人の事情にのめりこんだので、少しばかり、のほほんとしてみます・・・)


愚生のことで申し訳ありませんが・・・。

ほんとうに、ものすご~く素朴なこと
とても嬉しい気持ちになることがあります。

それは

都会の雑踏や、ビルの谷間、駅や電車の中などで起きます。

どんなことかと言うと

まったく赤の他人の「幼いお子さん」から
突然、さしたる理由もなくニッコリと微笑みをかけてもらったときです。

もちろん、当方シャレにもならない顔ですが
笑顔の返礼をします。

すると、それにまた、さらなる満面の微笑みでニッコリされ・・・。
もう、何と言っていいかわからなくなります。

そういう場合、恥ずかしいので下を向くこともしばしばですが
一方で、妙に嬉しくなります。


子供の笑顔2image


また、

散歩途中の犬が向こうからやってきて

いきなり尻尾を振り始め、
飼い主さんのリードを引っ張るように
わざわざ、こちらを目指してやってくるときも、


すごく心が暖かくなります。


散歩する犬のimage


そんなとき、場合によっては撫でることもありますが

たいていは、散歩の邪魔をしないように
目線で、「じゃあね」という感じで軽く応え
しれっ・・・と、通り過ぎるのですが

飼い主さんが異なっていても、
「こら、だめでしょ、こっちだってば」
犬をたしなめる声を、
よく、背中ごしに聞いたりします。


犬の散歩2image


大の大人が、見ず知らずの人に笑いかけたり、
意味もなく不自然に近寄って来たら、
それこそ・・・「恐怖ネタ」になりかねませんが

子供や、ペット、野性の動物にかかわることなので、
それなりに、心和む一場面にできます。

いろいろな場で、そんなことが起きると
「神さまがくれた贈り物だよな」・・・と、感じます。


大人同士での嬉しい体験も、もちろんありますが
上記したような出来事には
なぜか
極上の、実にほのぼのした暖かさを感じたりするわけで・・・。


神さまからのプレゼントなimage


起きることは異なっても
そんな、素朴でほっこりする嬉しい体験・・・

けっこう、みなさんも経験しておられるかと思います。


子供の笑顔(インド)image


大丈夫だよ的なimage


とある高齢の、フランス人修道女ジャンヌ・ボッセさんの言葉が想い浮かびます。


「幸せは微笑みが連れてくるの・・・」


なので・・・

そんな「幸せを運ぶ微笑み」が、
みなさんに、たくさん届きますように。


そして、

みなさんがいつも
たくさんの「微笑み」の内にありますように・・・。





お邪魔ねこimage



時事の嵐・・・

Posted by 世羽 on 06.2013 時事ネタ   2 comments   0 trackback
(つぶやき)ふたたび、口蹄疫の被害が出たときのことが想い出された。
なぜ、あの被害が出たか・・・
「報道の自由」を謳う報道メディアは総じて
真相を掴んでいながらも、沈黙した。
もちろん、真相を流したテレビ局もなかった。
最大の原因を作り出した隣国からの訪問者について・・・
彼らがしたことは隠された。

ロシアのお偉いさんが「北方領土」の地に足をつけようとしたとき
自衛隊がけなげに、スクランブルをかけていたこと
真摯に報じたメディアはあったかなぁ・・・。

知る権利とは・・・いったい・・・。


富士山の2image


今、テレビや新聞から流れてくる特定秘密保護法案への
繰り返されるデモの姿や、強調される不安要素を眼にしたなら、
きっと不安になるでしょう。

テレビで、アンケート結果がこんな数字になっている・・・と
知らされればなおさらです。


特定秘密保護法案image


「とんでもないことを・・・」と思うのも仕方ありません。


さらには、日本のノーベル章受賞者を含む学者が相当数、
ジャーナリズムにかかわるお歴々も相当数、
その他、数々の著名人が相当数・・・といった具合に

法案の「危険性」を指摘して反対しているとなれば
一般人の思考は、当然そちらになびくでしょう。

けれども、

そんな有名人たちでさえ、知らないか、
あるいは眼をつぶってしまったこともあったりします。

デモに出てくる「市民団体」とは何でしょう・・・、
少なくとも
テレビのニュースなどでは出ていません。

たまたま、あの有田芳生氏が、つぶやいていました。

参議院議員会館前で抗議している人たちにマイクで訴えてきました。
歩道の近くでは「革マル派」が、その後ろでは民主青年同盟が横断幕を持っています。
決戦の本会議は9時20分から開かれるようです。
2013年12月5日 8:33 PM



革マル派・・・極左暴力集団と位置づけられていることはご承知のとおりです。

特定秘密保護法案デモ資料5image


民主青年同盟・・・共産党に連なる組織です。
(ちなみに共産主義思想・・・と言えば、往年のあの大物女優さんもですね)

加えて、市民団体と呼ばれる人員のなかには、

某宗教団体の下部組織、某隣国の関連団体組織、労働組合、隠れ日教組(多くは日本人以外の)といった皆さんが動員されていますが、構成員の詳細についての報道は、
まったくと言っていいほど、とりあげられていません。

どれだけ人が集まったか・・・ぐらいが関の山です。


主婦の77%が法案に反対しているそうですが、
この数字に含まれた主婦の皆さんは、
実情をどのあたりまで知っていたかは、不明です。


特定秘密保護法案の資料image


先日、中国が設定した防空識別圏へ米軍機が侵入した直後
こんな事件がありました。


横田基地テロの記事image


事件はその後、次のような展開になっています。


アメリカ軍横田基地の近くで爆発音がして発射装置とみられる
鉄パイプの筒などが見つかった事件について、
犯行声明が都内の報道機関に届き、
警視庁は過激派の革労協によるゲリラ事件とみて捜査している。


それは「革命軍」と名乗る団体からの犯行声明で
都内の報道機関に届けれられ

特定秘密保護法を制定しようとしていることを批判し
今回の発射を「怒りの鉄ついだ」・・・としている。



横田基地は、米軍だけが駐留しているわけではありません。
朝鮮戦争後から、「国連後方司令部」として、
イギリス、カナダ、フランス、オーストラリアをはじめ、
8ヵ国ほどの駐在武官や連絡将校が常駐しています。


そんな場所へ、
よからぬことをやった人たちがいるわけで
もし、さらに酷い「テロもどき行為」に発展していれば
国際問題になったかもしれません。

こうした破壊工作を行った人々はともかく
デモを主導する特定の人たちが、さらに横のつながりで、人員を集め、
国会前のデモに投入されている事実を、
大手の報道機関が知らないはずがないのです。


特定秘密保護法案デモのimage


事実を、公にできないのは・・・言うにはばかられる事情があるからで・・・。
(最悪、生命の危険さえ生じかねないことも)

そして、

外務省他、各省庁にいる反日思想を持つ勢力にとって、
非常に「痛い」法案の条項があり、
場合によっては、輝かしい職務から外されたり、
国家秘密に関わる仕事からはずされることも出てくるとなると・・・。

バックで職員達を操って、うまい汁を吸おうとしていたり
情報を得て、日本を内側から潰そうと画策している集団にとっては
是が非でも阻止したいはずです。


法案の成立云々もそうですが、

それ以前に
国内で、日本と諸国のせめぎ合いがあり
その表面化した姿が、ここに露呈しています。


けっして、現政府がすべて正しい・・・
と言っているわけではありません。


それでも、時宜に応じて
情報を、冷静に判断しないと惑わされます。


それくらい、日本の現状は
諸種の画策によって、ボロボロになり
国策を実践する内部から揺さぶられています。
そして、他国の思惑につけ入るスキを与えています。

尖閣あたりの問題が待ったなしの状況下では
たとえ不備を承知でも、法律を整えながら
最優先で食い止める必要があります。


(比較的、ありのままを伝えているとしたら、こんな感じでしょうか)
特定秘密法案の資料2image


特定秘密法案資料3image


特定秘密保護法案資料4image


つまり、その時期が来て・・・お尻に火がついていると言えるほどで・・・。


日本人は、馬鹿ではありませんし
どう転んでも
この先、自らが進んで、敷島が軍国主義に走ったり
平和の心を失うことなどありません。


ですから、一市井人のこの身としては

日本がまず、自国の政策を「自国民」の手で運べるように
そして、そうすることによって
日本を取り巻く世界の状況を打開できるよう


ひたすら・・・

祈るimagepng

・・・といった「心意気」に同調するのみです。



それでも地球は「美しい」・・・

Posted by 世羽 on 05.2013 そこはかとなく   0 comments   0 trackback
(つぶやき)国会前でデモをしている人たち・・・
そのなかに反原発デモを牛耳っていたのと同じく
日当をもらってデモっている人たちが大勢いる。
しかも反日思想をもって。

法案に反対する政治家も著名人の多くも、出自や思想をよく調べると、
どんな思惑があって、なぜ反対しているかは、一目瞭然。
出自を隠して議員になったとしても、
日本の利益になるように動いてくれるなら誰も咎めはしない。
けれど、他国に利益をもたらして・・・どうする。

外務省をはじめ、各重要省庁には、
元他国の人たち(特に反日の人たち)がかなりいて・・・。

秘密が流れて来なくなって困るのは、結局どんな人たち・・・かだ。
国を愛せず、国に尽くせない人たちが、
現状のまま、国を動かそうとするほうが、おかしい。

ここらの重要な真相を報道できずに、
やたら反対報道のみを流し、洗脳もどきに走る多くのメディア・・・。
敷島を寒風が吹き抜ける・・・。


冬の雪と夜空のimage


色々な心の問題が流れる川のように押し寄せるとき
ついつい、その川辺にたたずみ、流れを見つめるだけで、
動けなくなったりします。



川辺のヤギimage


そのとき人は
本当はけっこう小さなことが
大きく見えているから・・・かもしれません。


そんなとき、
地球を改めて眺めてみると、
今までずいぶん狭い世界しか見ていなかった・・・
と教えてもらえたりします。


世界には素敵な場所があって


世界の絶景image


えっ・・・?・・・と驚く光景も広がっています。



世界の絶景3image



世界の絶景2image


こんな窓から外を眺めたとき


世界の絶景5image


その窓の向こうの知らないところで
過去の世界を垣間見ることもあって・・・



世界の絶景4image


ときには、かつての繁栄が空しく映る、もの淋しい情景もありますが
それはそれで、けっこう味があります。



もの悲しい情景のimage


どんな「心の暗雲」も、自然が醸し出すひとときの情景に似ているだけ・・・
と知ると、けっこう踏ん張れたりもします。



世界の絶景11image


人は、心が安らげる場所、
「愛のトンネル」(注:ウクライナ)のようなものが好きです。



世界の絶景7image

世界の絶景8image


そんな場所で、癒されたりして元気が出ると
困ったり、悩んだりしているのは自分だけじゃないんだ・・・と思える
心の余裕も回復してきます。



とある少年工のimage


世界には、色々な人たちが住んでいて
もっと一生懸命に生きていたりする・・・と知れば



働く子供たち(アフガニスタン)


とある民族の女性のimage


何もなくたって「幸せ」になれるじゃないか・・・と
大きく考えられるようになったりもします。



ヤノマミ族の子供のimage


世界にはいろんな現象も


世界の絶景10(チリのコルドンの火山)image



自然の創り出す不思議な造形美も


世界の絶景6image


はたまた、いろんなおかしな光景も
たくさん広がっています。



世界の絶景9image


世界の絶景13image


地球には、近くにも遠くにも「美しい遊び場」がたくさんあって
それはどれも、人への贈り物のようなものです。




貰ったプレゼントに気づけなくなって
同じ川辺にたたずみ続けてしまったら、
もしかすると・・・つまらない?



なにをやってるんだか的なimage


地球の肉体を持ったからには、誰もが同じ地球人

今住んでいる星を大好きになって
ほどよく同化して生きることが・・・「地球人」としての本分。



そして・・・


世界の絶景12image


今日、明日、明後日、ずっとその先・・・
どんなことがあったにしても
  人を運ぶ地球は、やっぱり美しいところです。



太陽の動きなimage





「勇気」の・・・

Posted by 世羽 on 04.2013 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)某テレビ局が国会前のデモ参加者を出したらしい。
知る人ぞ知る、いわくつきの人だ。マスコミの偏向報道というのは・・・つくづく・・・。

特定秘密保護法案・・・草案の機密受領者のチェック項目に帰化人条項があり、
異国籍のジャーナリスト、政治家が反対している理由のひとつに、それが含まれる。

落とし物・・・。

井上太郎 ‏@kaminoishi
左翼・マスコミ・在日が剥きになり特定秘密保護法に反対する理由の一つに、
第12条に秘密を取り扱う業務の適正評価があります。
簡単に言えば家族も同居者も含め、国籍(過去を含む)も調査対象になります。
国家機密を扱うのに過去も含む国籍を調査するのは当然。
それすらも反対しているのです



もみの木と雪だるまと家のimage


かつて『シオンの議定書』(シオン賢哲会合の議定書など邦訳多様)が出回ったおり、
「偽書」・・・と、片づけられてあっけなく終了してしまいました。


シオンの議定書関連の2image


この書はそもそも、
ロシア革命前夜、
「帝政ロシアのスパイが、フランスにあった“シオン結社”本部の金庫から盗み出したもの」とされ
その写しを入手し、一読したロシア人エス・ニールスが、
内容の重大性に驚き、公にしたものです。

議定書には、経済、政治、思想、宗教などに対する
未来への世界戦略が細かに記されていますが
時を経た今でも、その内容を見るたびに、
書かれたことが実行されているのかもしれない・・・
と、思わずにはいられないというか・・・。

それほど現在の状況を見事に現しています。


シオンの議定書初版image


たとえば、
人の自由と宗教については、こんなことが記されています。

「自由(というもの)が神を敬うことを根拠とし、
天地の法則が服従を規定することに背かず、
国家組織の中に無害に存在しているならば、
国の民は神の摂理に従い、教会に統御されて、
謙遜で従順な慈父のような聖職者の指導に従うものだ。

だからこそわれわれは、宗教を根底から覆し
非ユダヤ人(ユダヤ人以外の人)の脳裏から“神霊の概念”を奪いとり
その代わりに
“個人主義的、打算主義的な利欲”と“肉体的享楽”を植えつけなければならない

このことは、非ユダヤ人にわからないように、
心を、商業と工業の方面に向けさせねばならない


こうすれば、
非ユダヤ人の眼は国家社会から離れて、
ただ・ただ、自己の利得のみを追い、
利害戦に夢中となり、
自己の“共同の敵”に気づかなくなるだろう


非ユダヤ人社会が、自由によって徹底的に破壊される日まで
工業を“投機”の基礎に据え、
工業を地上から収穫した物のように錯覚させることで、
いつのまにか投機家に(利益が)移るようにしなければならない。

この結果、極度に緊張した闘争行為や経済生活に対する衝動は、
絶望的で、悲惨極まる“冷酷な黄金万能の社会”を実現するだろう

人民はこれによって、社会の高等な政策と宗教を忌み嫌うようになり、
これを指導する者(思想家、政治家、宗教家を指す)たちも
利得打算、つまり金力の前に屈服し、黄金を完全に偶像化するだろう。

そうなれば、非ユダヤ人の下層民は、われわれの放った権力闘争に参加し、
有能な非ユダヤ人の知識階級や良識者を敵にして闘うようになるだろう」

「国家機構のすべての輪転機は、
われわれの手中にある動力によって運転されている。
その動力とは、黄金だ。
われわれの賢哲がたてた政治経済学は
黄金によって支配される仕組みにしてある。

黄金は、全世界において絶対支配権を獲得するために、
商工業を独占しなければならない。
その計画を全世界において実現するために、
諸国民を
政治に対して何ら意見を持たない人民に仕立てなければならない。

これによって非ユダヤ人を迷宮に向かわせ、
社会の“風俗、習慣、欲望”を混乱させ、
社会生活の規準を煩雑にし、
誰もが、その選択を迷うように仕向けなければならない」



ユダヤの議定書の関連image


これはほんの一部で、ほかにも“民族の誇り”を奪いとることや
マスメディアを乗っ取って“情報操作”をし、
民意を先導すること
・・・など、色々あります。

ユダヤの話を持ち出すと、ユダヤ人すべてが含まれるように思われますが
そうではありません。

以前も書いたように、ユダヤの民の定義は非常に複雑です。

もし簡単に言うなら、ユダヤの民と定義される人々のなかに、
とりわけ妙な画策をしている人たちがいるかもしれない・・・ということです。

また、ユダヤは日本との関係が噂されますが
上記のシオニストと日本に関係するユダヤ人は似て非なる者です。

なぜなら、ここで言うシオニストとは
キリストを磔にし、
自ら「この血の呪いはわたしたちに」と宣言した人々の流れを受けているはずで、
そのはるか以前に、古代日本に関係したと推測されている民は・・・
腐敗するはるか以前のユダヤの民と見なせるからです。

さて、こうしたことを画策している・・・とされるシオニストら(もしくは、それを模した勢力)は、
数々の秘密結社と繋がりも指摘されていて
なかでも、
これらシオニストを最大の力で助けているのが
あの「300人委員会」です。

彼らはサタニスト集団として知られていますからご存じと思います。

この「300人委員会」も、
世界に対して独自の戦略を持っており、
MI6の諜報員ジョン・コールマンが委員会の内情を暴露して
その戦略の一部が、暴露されています。

わずかに例をあげれば、

宗教からの解放を世界中に宣伝し、
宗教、特にキリスト教を弱体化させ、果ては壊滅させる。


人々の道徳心をつみとり、家族の姿を破壊する。

などがあります。

以前も書きましたが、こうした一連の罠は
必ず偽善の顔をもって仕掛けられる・・・と警告されているものです。

こうした事象について追求していくと
彼らを操る存在も見えてきます。

それは、さらに超古代からの闘争の主で・・・。

もし、こうした策略がさらに実現していくなら

地球の人口は、“人の手”によって大幅に削減され
地球の民には、
物質のみに喜びを求め、知らぬ間に搾取されるばかりの
「奴隷化」が待ち受けていることになります。



闇のピラミッドのimage


これらの戦略のなかには、宗教を壊滅させる布石として
海外から伝えられるニューエイジの思想に
ほんのわずかずつ、誤謬を混入させることもなされています。


過去に書きましたからここでは触れませんが
よくよく見極めながら受け入れることが必要だ・・・というのはそのためです。

また、不倫や浮気を正統化したり
“必要以上”に、安易に離婚を促す在り方
家族の破壊につながっていきます。

家族を大事に・・・というのも、そのあたりを見据えてのことです。

陰謀論などない・・・と言われもしますが
現状を見ると、そうとは言い難いのです。

ここに、こんなことを書いても
何にもならないでしょうが
たとえ、わずかの方だとしても、どなたかの眼に留まれば・・・と。


明日への勇気な2image


そして・・・

これに日本の“庶民”が個々に何かできるとしたら
ほんとうに些細なことだとしても

自分たちだけの幸せだけを追い求めるのではなく
ときに誰かを助け、労り、優しくし、
この世界を創り出した「大きなもの」に感謝して生きること。
その力を信じること。


日本人として生まれたことで引き継いだDNAの系譜から
過去の民族の誇りを“感情”として蘇らせること・・・。


日々どんなに明るく一生懸命生きていても、
ときに苦しいことがあるでしょう。
泣きたいことも
どうしようもない気持ちになることもあるでしょう。

けれども、そこには必ず大きな意味があって
解決する答えも用意されています。

それを、けっして忘れず、

自分の持つ底力を信じ、
恐れずに“自らの知恵と努力”を最大限に使って
乗り切ることを試してください。


そのとき、その度ごとに少しずつ、
世界を縛っている
“たとえようのない仕掛けられた鎖”を打ち砕くことでしょう。
小さいけれど、そのたくさんの業が世界を変えます。


そのための「勇気」が振り絞れますように。
そして、ご加護がたくさんありますように
・・・心から祈ります。




青い銀河とどこかの人たちのimage





見失われそうな・・・

Posted by 世羽 on 03.2013 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)こんな記事が流れていた。

ロシアの声・・・より
29日、新聞『Independent』が伝えたところでは、ダマスカス動物園のライオンが飢えた人間に食べられてしまった。
複数の新聞・雑誌には、シリア人がライオンを殺す様子を撮った写真も掲載されている。

これらの写真を持ち込んだ活動家らの目的は、シリアの人々が生き残りのため、
動物園の動物を殺して食べなければならないほど追い詰められている現状を示すことだ。

先月シリアのイスラム聖職者達は、ファトワー(イスラム教における勧告・見解)を出し、
包囲された地区に住むイスラム教徒の肉の摂取を規制する基準を緩和した。

新聞報道では、イスラム聖職者達は、猫や犬、ロバを食べる事も許可したとの事だ。
写真を持ち込んだ活動からは「ショッキングな写真の公表は、世界中に援助を求める叫びである」と述べ、状況がさらにひどく悪化する可能性もあると警告した。
                                   リア・ノーヴォスチ


日本のコンビニでは、時間が過ぎるとさまざまな物が廃棄されている。
この現状の矛盾・・・。なんと言えばいいのだろう・・・。


夜空と地上の光りとimage


(以前からつづっていたことを、本日は改めて。言葉足らず・・・お許しを)


この世はすべてが幻想である・・・とも言われます。

確かに・・・
人の意識の部分では一部がそうでしょう。

ただ何もかも、すべてが人のみの幻想か・・・となると
少し事情が変わってきます。

人が生まれたその瞬間には、すでに
生まれた魂が生活するための世界ができあがっています。

その世界は、生まれた個人がすべてを創ったのか・・・というと
そうでもありません。

この世の中心は「自分」であって
他には何もない・・・と言われたりしています。
そして、何でも創り出せる・・・とも。

でも、人以外の生き物
どうやって生まれてきたのでしょう。

人の意識だけがすべてを創っているなら
人が登場する前の生き物
どうやって生まれてきたのでしょう。

地球に熱をもたらし、命を育む太陽の光
さまざまな宇宙線から生き物を護る地球のバリア
これらは、誰がどうやって生み出し、
なんのために機能させているのでしょう。

人ですか?

とある原子のまわりをめぐる電子が
光によって励起状態になったとして、
ひとつ上の状態になったかのようにみえても、
その状態は短寿命で、
やがて遷移して元に戻るのはなぜでしょう。

電子が、よほどのことがないかぎり原子と融合しないのは
何を投影しているのでしょう。


励起状態のimage


個人が世界の中心で、自分以外には何もなく
すべてを決めて創造しているとして、
これらの事象すべてを、コントロールできるでしょうか。

一方・・・

世界で苦しむ多くの人が、すべて個人の幻想なら
それを修正する責任は、すべて個人のものになります。

この世界には、起きなくてもいいことが引き起こされ
人それぞれ、心を痛めるさまざまな事柄も生じます。

でも、これらすべてが
個人の心の闇から出たものばかり・・・とは言い切れません。

そうでなければ、人は一人残らず
この世に起きる「害悪」すべての根源ということになってしまいます。

「悪」はない・・・と言う方もおられます。
また、今の時代は善悪を統合する時代だから・・・
あるのは必要悪だけだと。


ローマ人への手紙からimage


そうした方のなかには、
実際の神的体験がないまま、
受け入れられるに足ると判断した、時流の知識のみを使って
語っている方もおられるかもしれません。

でもそれは、言い換えると
精神(サイキ)の世界について、時流の風潮に流され
この世と、霊的な世界の「理」(ことわり)の本質を
見誤る可能性を秘めています。

物質世界も、霊的世界も、
いまだ「人の智」の及ばない部分がたくさんあります。


この部分を語るにおいては特に、
人はもっと真摯に、謙虚でいるほうがいいのですが
なかなか、そうはいかないようです。


どこかの星の都市のimagel


霊的に闇の実相があるかぎり、
この世にそれは、投影されます。

もし、勇気をもって、さらに進んで
これらの「理」を
まことに謙虚に眺めることができたら・・・
無理に願わずとも、「理」のさらなる場へと引き上げられていきます。

心を、魂を
より高いところへと飛翔させる努力は素晴らしいもので
それを目指すことは、ほんとうに祝福されます。


ですが、そのとき

自らのしていることが「すべて」を可能にする・・・と思いこむなら
最大の障壁である「傲慢の道」に足を踏み入れることになるでしょう。
もったいないことです。

よいタイミングでこんな記事があがっていました。
笑えるかもしれませんが
意外なことに、
これは大なり小なり、人の多くに似た傾向として、あてはまるのです。
けっして、隣国を笑っていられません。

下の国名の部分を、人に置き換えて読むとわかりやすいかと。


「世界は韓国を中心に動いていない可能性がある」 国民に警戒呼びかけ―韓国メディア

地球が宇宙の中心だと信じられていた時代があった。
この荒唐無稽(むけい)な天動説が1000年以上も天文学の主流にあったことを思えば、
これがいかに当時の人々に気に入られ、安心させてきたかが分かる。

事実、そのように信じても生きていくのに何の支障もなかった。
だが、最近のこの国の政治家たちのように「世界は韓国を中心に回っている」と誤解し、
行動するのは危険千万だ。

このところ韓半島(朝鮮半島)の外から聞こえてくる氷の割れるような音は
「韓国版天動説」に対する警鐘だ。
「世界は韓国を中心に回っている」と信じるのは危険千万で
何の根拠もない「政治的天動説」に過ぎない。
                          朝鮮日報 2013/12/1 より



太陽と惑星があるimage


他の動物は知り得ず、経験できず、
人のみが知り、経験できるもの・・・
それは「何」でしょう。


賢明な方はそれとなく、わかることでしょう。

そして・・・その「何か」から派出するものについて
こんな言葉があります。

    たとえ、人間の不思議な言葉、
   天使の不思議な言葉を話しても
   愛がなければ、わたしは鳴る銅鑼、響くシンバル。


    たとえ預言の賜物があり
   あらゆる神秘、あらゆる知識に通じていても
   たとえ山を移すほどの完全な信仰があっても
   愛がなければ、わたしは何ものでもない。


    たとえ、全財産を貧しい人に分け与え、
   たとえ称賛を受けるために自分の身を引き渡しても
   愛がなければわたしにはなんの益にもならない。



地球の「小さな枠組み」を超えた
悠久無限ともいえるシステムがあること・・・
それが、いつの日か、多くの人の心に伝わりますように。

そして

この世に生を受け、この世に「参与」している現実・・・
そのまことの「大切さ」が知られることを祈ります。




      それが何であるか、この世の誰も知らない。
     しかし、心ある者はその実在を知る。
     心の奥深いところで、その声の響きがわかるから。
     その実在を知り、高みを目指す者ほど、おのれの低きを知る。

                             ―――作者不詳―――




ウォーリーと星くずのimage





いずれは「絶滅危惧種」的な・・・

Posted by 世羽 on 01.2013 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)書きたいことは、けっこうある・・・。
でも・・・心にジレンマが・・・。

(と・・・前回の記事をアップして直後に関東で震度4があったが・・・。
自分の感じているのは、それではないかも)

太陽と鳥の群れのimage


冒頭のつぶやきとはまったく関係なく、
マイナーな話ですが・・・。

先日、ネットで
507年
も生きていたを捕まえた記事が流れていて
驚きました。
ヒトデも100年ぐらい生きるものがいて
ウニも、ものすごく寿命が長い・・・。

貝やヒトデと話しができるなら、どんなことを感じながら生きてきたのか
ちと聞いてみたくなったりしました。


古生物とかを見てみると、
あのカンブリア爆発のおり、動物門のほとんどが一斉に地球上に登場し
「なぜ、そうなったのか・・・」と、学者が首をかしげているわけですから
だからこそ、地球が 「生きた図書館」であって
あらゆる生物の「DNAシード」が持ち込まれたに違いない・・・
と考える人の気持ちは、よくわかります。

で、それはともかく。

ふりかえってみると・・・

古代に生きていたが今はいない生き物・・・は、映画の影響もあって
恐竜は有名どころになっています。
何かしらの恐竜の姿は、多くの方がご存じで・・・。

そんななか・・・
マニアックなレベルではもっと違う生き物が話題になっていたりします。

たとえば、

過去の生き物にしては珍しく「小型(体長4~7㎝)」の、
しかも珍妙な格好をしているカンブリア紀のオパビニア・・・。

今から5億4000年ほど前の生き物ですが
初めてオパビニアが、オックスフォード大学で開かれた学会で発表されたとき、
その復元画がモニターに映されると、会場の人々が笑いはじめ・・・

それがさらに大爆笑に変わり、
伝染した笑いがいつまでも止まらずに、 発表が一時中断したことがあったそうで。

そのオパビニアさん・・・実際は、そんなでもないと思いますが
発表のときのイラストが、よほど面白かったんでしょう。


で、オパビニアさん・・・はこちらです。


オパビニアimage


オパビニア2image


やっぱり・・・なんか変ですが・・・www。


で・・・オパビニアさんの生きたカンブリア紀のつぎにはオルドビス紀が来て、
そのとき
大寒冷によって地球の生き物の85%が絶滅しています。

このころ、北半球には超海洋パンラッサが拡がっており、
今のような大陸は見られません。
海中では、貝殻だけで10mを超すような、超ビッグなオウム貝がいました。

さらに、時間をグンと進めて、石炭紀にはいると、
高濃度の酸素のせいか、生き物は大きくなって
巨大な昆虫類などが地上を闊歩するようになります。

北アメリカで見つかった体長2~3mもあるムカデ・・・
アースロプレウラなどがけっこう有名です。


アースロプレウラimage


いわゆるパンゲア大陸が出来たペルム紀には、
ほ乳類の「遠い祖先」と思しき生き物が登場します。

でも、パンゲアの形成過程で「スーパーブルーム」と呼ばれるマントル流の上昇があり、
ものすごい火山の爆発が、さまざまな気象変化を引き起こし、
今度は酸素の欠乏が生じたようで、
それまで命を育んでいた生き物の90%が絶滅しました。

ちなみに、これよりも、少し前のあたりに生えていたキノコ・・・
とにかく大きくて、高さは8mくらいありました。

中生代の各3紀は・・・もう、恐竜時代です。

あの有名なTレックスなどは、このさい、ちょっとはずし
いたのかいなかったのか・・・というアンフィコエリアス・フラギリムス

北アメリカのコロラド州で2.4m脊椎骨が見つかって、
ここから計算すると、全長が60mに達するはず・・・
とされた史上最大の動物です。
ただ、その化石が行き方知れずとなって、存在の有無自体があやふやになりました。


巨大恐竜のサイズなimage


中生代白亜紀後期になると、
ケツァルコアトルスという、翼竜最大の生き物がいましたが
これは、翼を拡げると10mにもなります。
この翼竜は身体が大きいわりに、骨の中空度が大きく
非常に軽量の体重で、70kgぐらいしかなかったようです。


ケツァルコアトルスのimage


ケツァアルコアトルスの2image


そして・・・この白亜紀の末、6500万年前ごろのこと。
「チチュルブ・クレーター」で知られるようになった
ユカタン半島への隕石落下があったとされています。
それによって、地球は暗黒状態になり
それまでいた生き物の70%が絶滅したのではないか・・・と、推測されています。

隕石落下時に形成されたと思われる
イリジウムを多量に含んだ「K―T境界」の地層がありますが、
今のところ、
この地層を境にして、それより上方では恐竜類の化石が見つかっていないことから、
この年代を境にして恐竜が絶滅した・・・と言われています。

しかし・・・

世界各地には、恐竜と人が共存していた証拠を示す絵画がゴロゴロ見つかっており・・・
ここらが「謎」です。





そして、新生代になると、いよいよ
現在も目にしている生き物によく似た動物が
ぞくぞくと現れてきます。

そのなかからひとつ見てみると
カリコテリウムという、馬がゴリラになったようなへんちくりんな生き物がいて、
ひずめではなく鍵爪があり、ゴリラのように歩いていたと思われる、
珍妙なやつです。


カリコテリウムimage


そして・・・どれで終わろうかな・・・と思ったところ、
最近、カピパラの温泉風景が話題になっていたのを想い出しました。

新生代の、新第三紀から中新生にかけて生きていたフォベロミス・パッテルソニ・・・。
ゴジラのようなモルモット(ギニアジーラ)とも呼ばれる生き物です。

立ち上がると、2mにもなり、体重は1トンもあったようで、
ペットにしたら可愛いかもですが、それ以前に囓られそうです。


フェベロミス・パッテルソニのimage

今のカピパラさんも・・・。

カピパラさんのimage




もうこのあたりからは、今いる動物がデフォルメされた感じのものが多く
現代に近づきつつある・・・という感じがしてきます。

メガテリウムほかのimage


こうしてみると、長い地球の歴史のなかで
実にいろんな動物が消えては現れ・・・しているのがわかります。

そして、その多くは自然淘汰によるもの。

(多くは・・・と書くのは、色々な知られざる超古代の歴史もふまえて)

一方、現在の日本には、
絶滅の危機に瀕している生き物が、確認されているだけでも480種以上にのぼり、
世界で言えば、どれだけになるかわかりません。

そのなかには、自然から・・・というより、
当然ですが、直接的・間接的に「人間の手」によって消滅している動物がいるわけで・・・。
というか、むしろほとんどが・・・そうだと言ってもいいでしょう。

自然界の常とも言える「種の絶滅」とはいえ、寂しい感じです。

そして・・・人間。
この種も、いずれは自らの行く末が「自然」に阻まれていくでしょう。

現在、日本の人口が減少していますが
これは、自然から見ればけっこう当たり前のことで・・・


たとえば、孤島でヤギなどが増えすぎると、個体同士が極度のストレスを感じたり
場合によってはエサもなくなって、自らを滅ぼしかねません。

すると・・・

日本人は、意識のずっと深いところで
「無意識」に、あらゆる事象において出生を抑制している
・・・とも言えます。
しかもそれは「地球の望み」かもしれないわけで・・・。

経済予測にのっとって、ただひたすら文明発展のためだけの
生めよ増やせよ・・・が、必ずしも「正解」とはかぎらない・・・


でも・・・

子供は何の種類であっても実に可愛い・・・。
せっかく授かった地上の幼子は・・・みな大切にしたいものです。


恐竜を見た女の子のimage


そして、大人になっても、

その大事な・大事な命・・・この世界を卒業する最期の時まで
さらに大切にしたいもの・・・。





Tレックスの縄跳びのimage




  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。