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あまり知られていない「せめぎあい」・・・

Posted by 世羽 on 30.2014 対立の構図   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ずっと・・・地下が微妙な感覚で・・・
発震がないまま、長すぎて疲れる。


とある黄金と茜色の空image



よく、世界を牛耳る“闇の勢力”が話題にされるときに
遙か古代から続く、隠れた闘争の構図がごちゃごちゃになっている
かもしれません。

でも、それは当たり前のことで・・・。
そこには、たくさんの知られざることがあり
誰かの書いたものや、情報から推測するしかないからです。

現在、世界がポジティブな思考を保つように導かれているのは
周知のごとくで、
それは“闇の勢力”に対抗する力となることは間違いありません。

とはいえ、以前からお知らせしているように
それを、さらに
「個人の欲望の成就達成」のみを促すような意識へと導くよう、
仕掛けが組み込まれてしまったことも事実で。

しかも、それに気づく人も意外に少ないわけで。

そんな、情報の仕掛けの発信源、主役の地・・・。

米国では、今も1年間に数千人規模
子供が行方不明になっています。

一説では、その数は8000人にものぼるとされ、
多くがサタニストの餌食になり、残酷な方法で命を奪われたり
性の餌食になっている
・・・という告発もあがっています。

米国には3000万人を超す、悪魔崇拝者がいて、
酷いものになると、公然と「悪魔教会」を建てていたりします。

さらに近年、こうしたサタニズムから脱出した人たちが
自らの体験を語ることで、少しずつ明らかになってきました。

カリフォルニア州のとある森などでは
いったいどれくらいの犠牲者が埋められているかわからない・・・
けれども、警察はそれを知っていて介入できない。

というのも、
捜査しようとする警察官が命を奪われることに怯えていたりするのです。

街によっては、90%の住民がサタニストという
背筋が寒くなる現実もあります。

このような、禍々しい状況は、幸い日本には少なく
関係ないこと・・・と思えるでしょうが
構図はそんな簡単なものではありません。

なぜなら、

以前からお伝えしているように
下部のサタニストたちは、使い捨ての末端の奴隷として存在しているだけで
はるか遠い昔から、
その頂点に、莫大な資産を抱えた、
世界をお金で動かせる力を有したトップエリートと呼ばれる人たちがいて、
経済や思想においてはもちろんのこと、あらゆる分野において
果ては、食物の嗜好のようなものまで
世界規模で
すでに民衆をコントロールしている現実がある
からです。

かつて、大東亜戦争のときに
満州で、彼らの一部が暗躍し、日本に打撃を与えたのですが
そうした事実は、ほとんど語られることはないでしょう。
(今にいたっては、日本を含め、
 中国などでは、顕著に、その勢力がさらに入り込んでいます)

かつてキリストの生きていた時代にも
こうした闘争はありましたし、
本来、伝統的なキリスト教(東方・西方教会など)は、
こうした闇の勢力の防御の砦になる位置づけにあるべきところを
中世などに起きた腐敗、誤った教導によって無数に分裂し、
果ては
糾弾されても仕方のない汚点を残してきた事実があります。


現代では
あのガブリエル・アモース神父が
「バチカンには、すでに悪魔が入っている・・・その徴候が見える」
公に明かしたように、
高位聖職者のなかに、キリストの教えすら信じなくなっている人たちがいる・・・
というのが現実のようで。
(ただの司祭も、どれほどが闇に飲み込まれていっていることか・・・)



バチカン(gabriele amorth)image


そんなことを暗示するかのように
ベネディクト16世の退位発表の日に落雷


バチカンに落ちた(2013年2月11日)雷のimage


最近ではブラジルで、かなりの落雷


ブラジルのキリスと像に落雷のimage


ブラジルのキリスト像の派手な落雷image_convert_20140129001330



さらには、ついこのあいだ、平和のためにと放ったハトが
こんな感じになり・・・


バチカンでの平和のハトがimage


バチカンで放された平和のハトがimage


なんとはなしに、暗雲が漂う感が否めません。


ですから、バチカン陰謀論に、こうした細々したことも相俟って
その存在すべてを「悪の支配」を実行している場所・・・と
受け止められるふしもあるのですが
それもまた、真実の一部に過ぎないでしょう。

かつて教皇レオ13世が朝ミサに出ていたときのこと。
教皇が、ミサ司式者の頭上あたりを身動き一つせずに
凝視し始めたことがありました。

そのとき教皇の顔には、恐怖と畏怖がまざり、
顔色は急激な変化を遂げます。
しばし、その状態は続き、周囲にいた人たちは
その様子を目撃していました。

その後、彼は気を取り戻したかのように立ち上がり
自分の執務室に向かいますが
この様子を危惧した随行員たちは
「ご気分が悪いのですか? 何か必要なものはございませんか?」
と尋ねます。

すると教皇は
「いや、何も要りません。なにも」と答え、部屋にこもります。
そして30分後、彼は書記官を呼び、1枚の紙を渡し、こう伝えました。

「これを印刷して、世界中の裁治権者に配ってください」

これが世に言う、天軍の総帥へ向けた「大天使聖ミカエルへの祈り」・・・
闇の霊(悪魔)と対峙するための祈りが公に示された瞬間でした。

当時この祈りは、カトリックのミサの終わりに必ず、
跪いて祈る
ように奨励され、実際に行われていたのですが
今は、それが忘れられました。


バチカン(レオ13世)image_convert_20140129000006


その後、パウロ6世が登場してきますが、
彼が反対勢力に苦しめられたのは知ってのとおりです。

さらに、マフィアと金が絡んだP2事件でバチカンが揺れていたころ
ヨハネ・パウロ1世が、現状打破のために動こうとしますが
教皇の座について33日間で、不審な突然死を遂げます。


バチカン(ヨハネ・パウロ1世image


バチカン(ヨハネ・パウロ1世33日間の教皇)image


イタリアP2事件(LicioGelli)image


この際、周囲でも
不可解な死を遂げた者(たとえば近衛兵隊長など)がいて
直後に選出されそうになった隊長候補の人は、
何らかの身の危険を感じたのか、隊長の任を辞退していました。

そして、ヨハネ・パウロ2世が教皇となり
聖母の助けを願うことを、強く世界に打ち出すことになります。

ところが、それに乗じるかのように
世界各地で相次ぐ聖母出現の話が起こり始めます。

ところが、その「多く」は、真実の出現などではなく、
それを利用して恐怖を煽る“闇の霊的な作用”が働いたもので
ますます人々を混乱させていきます。
彼らは、どこにでも入り込むのです。

このころは、ほんとうに色々なことが起きており
実際に起きた暗殺未遂もさることながら、
ヨハネ・パウロ2世は、死を覚悟していた・・・ともされています。

かつては、聖職者が公にフリーメーソンに入会することなど
許されていませんでしたが、今は野放し状態のようです。


バチカンとエクソシストなimage


ちなみに、

偽書か、まことかを別にして
マラキの預言で知られる「最後の教皇」が誰になるか・・・と
巷で語られていたのはご存じかと思います。

そして、
前教皇のベネディクト16世が「オリーブの栄光」だとしても
現教皇は預言の最終的教皇ではないようで。

すると、この書の最終預言は成立しない・・・とも
世間で推測されたりしています。

しかしマラキは、
すべての教皇をもれなく書き連ねているわけではなく
代と代のあいだに複数の教皇がいたことも知られています。

つまり、仮にこの預言が本物だとすると
最後の教皇が立つまで、あと何人、
教皇の位に人が立つことになるか・・・は不明
なのです。

今、こうした背景のなか
霊的な、知られざるせめぎあいは、いまだ続いており、
少数であっても、
バチカンにも、世界にも、
聖職者(司祭のこと)や一般の修道者から信徒まで、
闇の力と対峙することを誓っている人々が実際におられるでしょう。

また、伝統的なプロテスタント諸派にも同じく
そのような使命をもつ方々が活動しているでしょう。

彼らの支えとなるものは
謙遜で培われた聖なる心、キリストを愛する強い心、
そんなささやかなもので・・・。

それら小さな砦が、どこまで有効なのかは
それこそ神のみぞ知る・・・ですし
そのような人たちは表舞台に出ることはありませんから
隠れたまま、その動きは一般的にほとんど知られません。

今では、これらの構図に、
新旧含めて、異星の民と呼ばれる存在たちが関与していることが
わかりはじめているのですから
ややこしいのは当然です。

さて、この星・・・。

その未来を形作るのは、みなさん全てです。

この瞬間も、たくさんの心ある方が、
それぞれのやり方、パワーで
この星を助けていることでしょう。

それらは、きっと

恐怖を煽るものではなく
持てる力を誇示するようなものでもなく
真摯な想いから出る暖かさ、温もりを帯び
まことの意味で、人を上智へと導くものでしょう。


こうした多くの人の小さな業の数々が、さらに実り
持てる力を
単なる、人生の「成功や楽しみ」だけを創造するにとどめるのではなく


叶うならば、この世の“闇の仕組み”に風穴を開け、
地球のシステムを立て直していく“尊い力”とできますように。





とある冬の窓辺からの眺めimagegif




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今、忘れてしまいそうな心・・・

Posted by 世羽 on 27.2014 そこはかとなく   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
とある記事が漂っていた。色々な意味で考えさせられる・・・。

その内容は以下に・・・。
(リンクを貼っておきます。いずれリンク切れになったらスミマセン)
スカっとした話:バス運転手「後ろの奥さん方、あなた方が・・・」


とある絵画(ジョゼフィンウォールのネイチャーボーイ)image


人はたいていのところに住めるので・・・
実に色々な環境に住んでいます。


とある崖の家image


とある街の情景(カッパドキア)image



また、見たことのないような民族などもいて・・・。


とある民族(北東インドあたり)image


はるか昔には
こんな情景があったかもしれませんし


とある古代の都市の情景image


とある古代の町の情景image



映画のように、こんな逞しそうな人たちも生きていたでしょう。


とある民族の(映画アポカリプトから)image_convert_20140127013842



でも、さまざまなことがあって、滅びにいたることも多々・・・。


とある廃墟の遺跡なimage



時代は移り、現代になると
殺風景なビルが立ち並び、
これではあまりに緑が足りないというので
日本にも、やっと都市の緑化が見られるようになりました。

それはそれで、ありがたいことです。


とある街と緑の(大阪)image



でも、「自然」から切り離された環境はいまだつづき
人の心に荒ぶ風や、殺風景な心持ちが
そのあたりから来ることは省みられず
ほとんど対処がなされません。

大人も子供も
ゲームなどで遊ぶ時間が増えましたから、
大都市あたりの子供たちは
自然とふれ合うことも、ほとんど無きに等しいかのようで

日本でこうした姿を見ることは、めったになくなりました。


とある自然のなかでの子供たちimage_convert_20140127011005


一方、「自然」という言葉は
しばしば昔のネイティブな人たちが大自然から教わったように
人の在り方についても繋がるもので・・・。


とあるインディアンなimage


ちなみに・・・

現代の人が美しくなるための「さまざまな方法」
商業ベースで運ばれていることが多く
目の輝きや、容姿の美にまで反映するほど
真剣に追求されているか・・・となると、
そうでもなく・・・。

本来、心の美しさが磨かれはじめ、それが外に出てくると
姿形の印象を変えていきます。
人はそれを、「感じの良い自然美」として感じとることができます。

しかも、そのとき付随して、個性が良い意味で育ちます。


とある少年僧たち(ブータン)image


いま人は、
経済のために創られたさまざまな造形美に押し流され
「美」とは何か・・・の本質を知ることも
考えることもできなくなりつつあるようです。

あるのは、大半が表面的なものを維持するか
誰かの指針に迎合した「美」に合わせる程度です。

ときにそれは

大人の美の枠に填め込まれるように子供を導いたりするので
年齢相応にあるはずの“子供らしさ”が消え
大人のようなフリをした子供たちも増えているでしょう。

それは、何か不自然だ・・・
そう感じ取れるなら幸いですが・・・。


世界には美しいと評される人がたくさんいますが
その規準は定まっているわけではなく・・・
もしそれらが、みな同じ姿形であったら
何か、つまらない・・・と思ったりするでしょう。


とある民族衣装の少女image


とある民族の少女(バングラディシュ)image


心の成長とともに生み出される「美」は、
同時に品格も生み出します
それが途絶えがちな現状は
かなり惜しい・・・のです。


とある昔のタチヒの女性image


仮に、ごく自然にとられた下のような写真に
飛びきりの笑顔があったとして
でも、
「何かが違う」・・・と感じられたなら
心のなかに
その“違い”を読み取れる力が残っている、ひとつの証拠となるでしょう。


とある国の子供の飛びきりの笑顔image_convert_20140127012452



心の状態は、表面的に整えられても
隠せないほど、外に出ていきます。


文明の進歩と、心の成長は
両輪となって進むとき
本物の“意識の進化”を育みます。

でも今、人は
文明の進歩と裏腹に
少しずつ忘却の時を過ごしているかのようです。

いったい今、どんなことを忘れているのでしょう。


とある働く少女(バングラディシュ)image


人それぞれ、忘れている事柄は異なりますが
それでも、失われかけた心の「何か」は、
みなさんへと、いつも、ささやいているのではないでしょうか。

もしよかったら
ときおり、失いかけている各々の「何か」について
想いを馳せてみるのは、いかがでしょう。

そんな、ささやかな作業によって、心の輝きが本物になっていくと
醸し出される雰囲気が変化し
肉体の外へとあふれ出していきます。

そんな人がたくさん増えれば
環境も、もっと変化していくでしょう。

そうなれば嬉しいので・・・・
今日もつい、小さな願いがこもってしまいます。




とある絵のなかの浜辺なimage





某・掲示板のなかの名言・・・

Posted by 世羽 on 25.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
そういえば、先日・・・やたら
フランスのトップが愛人のところへバイクで通っている姿が流され、
フランス人は政治とプライベートを一緒にしない進んだ人たちだ・・・とやっていた。
あとで気づいたが、
なにか、まるで都知事選挙の誰かを擁護していたかのようにも?
平民ならいざしらず、また一夫多妻制のなかで生きるならともかく
二股かけて欲望を満たす人間に、それを隠しながら行う人間に
どれほど信用がおけるのかなあ・・・。。
もし、国運を委ねる政治を司らせて不自然さを感じられないとすると、
その感性のほうが、むしろ危ういような・・・。
それがほんとうに、大人の対応なんだろうか。

伝言:きゃ○様・・・当該記事のところへお返事しときました)


とある明るい夜空と天文台の情景imagejpeg


某・巨大掲示板・・・・
そこには、かなり品のない言葉が頻繁に書き込まれているので
目を通しながら
しばしば、こんな目になります・・・・。


顔に見える家image


でも、そんな戯れ言に埋もれながら
ときおり、
「はっ」とする書き込みを見ることもあります。

と・・・言っても、
これまで自分の言ってきた内容に近い発言を見つけただけ、
単に自分の好みの意見・・・ということかもしれませんが・・・。

それでも、
似たような感覚で物事を捉えておられる方もいる・・・ということで。

・・・いくつか拾ってみると・・・。

897 :本当にあった怖い名無し:2014/01/23(木) 21:57:41.70 ID:UjphaRqV0
 本来は右も左も愛国心を持ってしかるべきなのに
 愛国心を持つ=戦前の侵略国家(っていうレッテルw)日本に逆戻りするって
 変な思い込み(暗示)をしている人たちがいる
 何だろうね?この変な空気は…
 韓国併合で痛い目を現在進行形で見ている日本が、
 あの国を侵略するか?
 特アとは関わりたくないと思っている人も大勢いるのに
 今の日本が武力をもって他国を侵略とか、あり得ないしw
 何の益もないのに、変な呪縛がかけられているのが今までの日本
 少しづつ変わってきているけどね


 呪縛つーか目に見えない呪いが作動していて、
 操られている人がいるように思えるよ
 日本を破滅させたい、日本の足を引っ張りたいという悪意
 悪意と言うか怨念に近い、が日本の空気をつくっている
 目には見えない怨念に操られている日本、オカルトだなwww


858 :本当にあった怖い名無し:2014/01/23(木) 20:19:27.60 ID:HhxrNVOg0
>やつらが日本を目の敵にするのはなんでかね

 前なんかで軽く読んだだけで、出典などは忘れたが、
 日本人は勤勉で欲がなく、善良な性質なので、諸国民から愛され
 このままだと日本が(世界の)リーダーになりかねない、から潰す、
 ってことらしいが。
 もっともその評価をいただいたのは、戦前・戦中・戦後すぐあたりの日本人に
 対してであって、現在ではないから評価が変わってくるかもしれないが。


 いずれにしても、この世の全てはいずれ神と契約したユダヤ人の手に
 還るべき、ってスタンスからすれば、まさしく邪魔者以外の何物でもなかろう。
 ついでに潔癖・清廉な思想が世にはびこれば、それを体現した人が多くの
 支持を受けることになるし、そうなったら金・女・スキャンダルで人を操りづらく
 なるからな。不倶戴天の敵ってわけだ。



864 :本当にあった怖い名無し:2014/01/23(木) 20:39:37.81 ID:pyrCzL730
>>858
 戦前・戦中・戦後すぐあたりの日本人は
 責任のある立場の人だけではなく市井の人の中にも
 心が清らかで強い人が普通にいたからね


 そういう人達は
 本人も気づかぬうちに神聖を感じ取ることのできる能力があって
 それでも普通の暮らしの中で謙虚に暮らしてたり


 もちろん、いつの時代にもそうでない人も一部いただろうけど
 清らかで強い人の牽引する力が強かったのだと思う


 そういう精神を濁らせるために、ウジテレビ等のメディアを使って
 アルやニダの価値観ゴリ押しして堕落させようとしたりしてるのかもな



900 :本当にあった怖い名無し:2014/01/23(木) 22:19:51.39 ID:nvsj+hlM0
 日本人って、なんとはないことでも
 みんなで同時に心を合わせて良い事を心を込めて願う~
 とか自然にできちゃったりするんだよね。



904 :本当にあった怖い名無し:2014/01/23(木) 22:25:29.67 ID:DZbgWgGO0
>>899
 案外人間の思い込みってのは強力だからね。
 先の大震災や原発事故のときは「絶望される」のが一番まずかった。
 
 だからあの一年は必死こいて
 「この程度の放射性物質ではたいしたことにはならん」
 という論理的な証明を言って回るはめになったんだが。
 
 前に事故当時
 黒い渦みたいのを福島で感じていた人がいたようだが、
 それは福島がやばいんじゃなく
 原発事故への恐怖だったんだろうな。
 まあ、がんばってよかったよ。

 もう二度とやりたくないがw



914 :本当にあった怖い名無し:2014/01/23(木) 22:42:50.64 ID:DZbgWgGO0
>>912
 まずは鏡見て笑いなよ。
 幸せを引き寄せる人ってのは、いつだって笑ってるもんだ。
 幸せになるのに必要なのは金でも名誉でもない
 それに気づいて感じ取れる心の豊かさだ



とある昔の情景のひとこまなimage


 日本人てのは貧乏でも笑って幸せに過ごせる民族だ。
 それを歴史を鑑みて思い出すだけでいいんだよ
 そして俺ら世代がなすべき使命は、それを後の世代に気づかせて、
 欲を超えた精神性を再び根付かせることだと思うよ
 まあ、まずはいい夢みなよ。おやすみ。



とある笑顔な細胞のimage


こういう書き込みをみつけると
市井に隠れた気骨ある人を発見したようで
ちょっと、嬉しくなります。


かつて日本では、
手を合わせて「神さま」に祈る・・・という
純朴な姿があちこちにありました。

それは、人が人として生きるだけでなく
視えない「神聖な存在」を身近に感じ、
それと共に歩む心を保っていたからでしょう。


起床時に太陽に手をあわせ、
食事ごとに、食べ物を口にする前に手をあわせたり、
(もしくは「いただきます」「ごちそうさまでした」と、軽く頭を下げたり)


とある昔の日本の子供たちの食事風景image



道ばたのお地蔵さまに手を合わせ
身近な神仏に手を合わせ
夜の帷が降りるとともにまた手を合わせ
その日1日の恵みに感謝する・・・

そんなことが、ごくふつうに、頻繁に行われていたでしょう。


傘地蔵さんimagegif


生活を楽にする便利なものはありませんでしたが


そこには、人と人とが互いに向き合い、隣近所が助け合い
ささいなことでも笑いながら、精一杯生きる姿が、
今より豊かにあったのです。


とある昔の日本女性の笑顔なimage


昔の少年おでんを食べるなimage


ここで、見抜く心の眼が必要です。

日本、そして世界が置かれている状況・・・

そこで
「神聖な存在」への尊崇の念を壊滅させようとする
実にさまざまな「霊的な餌」が撒かれていることを。


たとえ、詳細な陰謀や仕掛けがわからなくても
心ある人には、漠然とした形でも
それらを知ることができます。


そして、何かを判断するときの基準にできるものを
直感で得られます。


神聖な存在への崇敬・・・
それは、
神に支配される・・・という意味でもなく
ひとつの宗教に狂信的になるとか、
どれこれの宗教が一番だ・・・とか優越をつけることでもなく、
強制的に勧誘するのでもなく
その力をふりかざして民族の繁栄のために
人間的・政治的に利用しようとか
そんな意味ではまったくなく、

神と呼ばれる神聖な存在とともに、導かれながら生きるとき
まことの生きる意味を知らされる・・・ということに気づき
それに“敬意を払えるような心を持つ”ということです。

日々の生活の楽しみ、食・衣・金・美・権力など・・・を
追い求めることだけに夢中になってしまうと
その「神聖な何か」に感謝することも忘れがちになり
聖なる力がもたらす“良心の指針”も曇って
役に立たなくなったりします。


人の霊格よりもはるかに上に存在する“神聖な存在”
これを・・・
人が感じることをできなくするような
人間の“単なる神性”とだけ・・・置き換えるような

非常に巧みに張り巡らされてきた霊的な仕掛けの数々を
そろそろ、看破していく時期ではないでしょうか。


そのことを、
今まさに、隠れた勢力の餌食になりかけている日本の人こそ、
気づく時ではないでしょうか・・・。




とある夜空の流れ星image



ヴァチカンと靖国・・・そして、キリスト教的な「愛し方」

Posted by 世羽 on 22.2014 つぶやき   1 comments   0 trackback
(つぶやき)
とある「特定の動物」の保護を叫ぶこと自体には、何も言えない。

でも・・・別の動物を際限なく食している人が
「食について」「命の奪い方」だけで正義をふりかざすとしたら、少し疑問が浮かぶ。

「罪のない者だけが石を投げよ」と言ったとき
そこに残った者は誰もいなかった・・・と言われるように
牛・馬・豚・ヤギ・ヒツジ・鳥・魚など・・・ときに犬までも
生きるためというより、「楽しみ」で遠慮なく腹に入れる人間。

はたして、誰に是非をふりかざす資格があるのだろう・・・
なんてことを、つい思ってしまう自分。


とある男月下を走るなimage


(注:本日はクソがつくほど長文です。ご了承ください)

ここ数日、なぜか、知る人ぞ知る“遠い昔”の話題が再浮上していました。
いずれも、ヴァチカンと靖国関連の話で、ネット上ではもう
たくさんの話が上げられています。
その要点は二つ
それをまず、改めてまとめてみると・・・。

事実その1 靖国神社の存続を助けたのはカトリック司祭たちだった

かつて、米軍が靖国神社の存続を滅する計画をたてていたときのこと。
それを押しとどめ、神社の存続を促したのが
当時の上智大学学長、ヴァチカン日本支部代表のブルーノ・ビッテル神父
およびメリノール宣教会のパトリック・バーン神父の両名だった。


両神父は、マッカーサーの靖国神社の焼却処分案に猛烈に反対し、
そのさいビッテル神父は、こんな言葉を残している


「いかなる国家も、その国家のために殉じた戦士に対して、
敬意を払う権利と義務があると言える。
それは、
戦勝国か、敗戦国かを問わず、
国家のために命を捧げた人に“敬意を払う”のは
自然の法、平等の真理でなければならない


「もし靖国神社を焼き払えば、それは連合国軍の占領政策と相容れない犯罪行為である。
米軍の歴史に不名誉な汚点を残すことになろう」


「靖国神社が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根源であるというなら、
排すべきは国家神道という制度であり、靖国神社ではない。

われわれは、信仰の自由が完全に認められ、
神道・仏教・キリスト教・ユダヤ教など、
いかなる宗教を信仰する者であろうと、

(日本の)国家のために殉じたものは、すべて、
靖国神社にその霊をまつられるようにすることを、進言するものである」


事実その2 日本人殉難者のためのミサが、かつてヴァチカンで行われていた

「昭和の戦争記念館」第3巻、大東亜戦争の秘話のところに、
1980年5月21日、昭和の殉難者のために、荘厳なミサが
ヴァチカン・サンピエトロ寺院で行われた
・・・という事実として記載されている。


その内容について、「他の資料」と交えてまとめると、以下のようになります。

かつて、 
時のローマ法王・パウロ6世に、「日本人殉難者のためにミサを」と訴えたのは
仏教徒の仲田順和師であった。
彼は、昭和50(1975)年、ヴァチカンを訪れ、法王に謁見した。


大戦後、パウロ6世が宗教・宗派間の争いが絶えないことを憂いて、
世界を飛び回っていたこともあり、
順和師は、この法王なら判って貰える・・・そう思い、
謁見時に率直に質問してみたという。


「第2次大戦後、戦勝国は敗戦国日本に対して軍事裁判を行ない、
 1068人を死刑にしました。そのことを法王としてどう思われますか」


すると法王は
「それは恥ずかしいことです。
 私は処刑された人々のミサを行いたいと思います」
と答えたという。


仲田住職は感激したそうだ。
 「さすがカトリック教徒11億人のトップに立つ法王だ。
 宗教宗派の対立解消を念願しているばかりではない。
 戦争観や歴史認識においても、正邪善悪や敵味方を超えて、
 相互理解を図ろうとしている。

 これこそ宗教者としての本来のあり方であり、平和精神の体現者ではないか
と。


こうして、かねてより住職が心を痛めていた「戦犯とされた人々」
鎮魂と慰霊のために、宗教の違いを超えた願いが出された。



そのさい、
戦死した日本の13万人の学生たちの霊のため、
特別の恵み(祝福と加護)を依頼した・・・ともされている。


順和師の父、先代座主でもあった順海大僧正は、学徒兵や殉難者の法要を欠かさず、
「七戦犯の鐘」など、慰霊の鐘も護持していた。
この先代座主の遺志をついだ、真言宗醍醐寺派別格本山品川寺(ほんせんじ)
仲田順和師の願いを、パウロ6世は快く承諾したのだ。

しかし、喜んで帰国した順和師にその後届けられたのは、法王の訃報だった。
その後、ヨハネ・パウロ1世も急逝。
異教徒の願いは空しく閉ざされた・・・と思われた。


しかし、その5年後(昭和55年4月)。
順和師のもとに、ヨハネ・パウロ2世から親書が届けられた。
そこには、なんと「5年前の約束を果たしたい」とあった。

 
ローマ法王庁は、異教徒の願いを忘れてはいなかったのだ。

この日まで、過日のパウロ6世の真心に応えようと、
帰国直後から、
「戦犯」慰霊に共鳴していた栃木県大田原市の木工芸家である星野皓穂氏に
醍醐寺五重塔を精巧に模した塔作製が依頼されており
星野氏は、その後3年の歳月をかけ、その依頼を無料奉仕で完成させた。



バチカン奉納(仲田師と五重の塔)のimage


この五重塔に、殉難者1068柱の位牌が納められ、
ヴァチカンに奉納されている。



バチカン(教皇と僧侶と五重の塔)image_convert_20140122185915


こうして、1980年5月21日。
仲田・星野両氏が参列するなか、
法王ヨハネ・パウロ2世によって
昭和殉難者のための荘厳なミサがヴァチカンでとり行われた。



バチカン(日本人戦犯へのミサ)image_convert_20140122185632


そのさい、ヨハネ・パウロ2世教皇はこんなことを言っている。

「日本から来た仏教徒の訪問者たちを、特別に、あたたかく歓迎します。
 あなた方に平和の祝福を願います。
 わたしたち自身についての真実の受容と、
 わたしたちの生存の目的である、その内にある平和を・・・。
 神はすべての人に等しく恩恵を垂れるのですから
 すべての人間の尊厳に対して尊重しあう真実の平和を。
 神がその恩恵をあなた方にお示しになることを、祈ります」・・・・



ヴァチカンには、昭和の殉難者1068柱の霊が祀られている。
連合国の手で「戦犯」として裁かれた日本人「法務死」者の霊が、
世界のキリスト教カトリックの総本山ヴァチカンに、
ローマ法王によって祀られた・・・。



バチカン(ヨハネ・パウロ2世教皇と仲田師)image


蛇足ですが、ひとつ気になることがあって。
多くの記事のなかには、位牌が奉納された・・・というところで
依代がヴァチカンに預けられたことで、御霊はいまや靖国にはない・・・
かのように記述されているものがあったようです。
そこのところ、ちょっと“受け取り方(解釈)”が違うような?・・・。
宗教のことですし、間違うといけませんからやめておきますが。

(詳細は、とにかく色々な方が記事にしておられますので
 興味のある方は、検索にて諸々をご覧ください)


バチカンの情景image


で・・・

ヴァチカン、そして聖母の守護が特に強かったと言われるヨハネ・パウロ2世
これらの名を聞きおよび、書きたくなった内容はここからでして・・・。


ヨハネ・パウロ2世と聖母image


ときおり思うのですが
キリスト教の概念が引き合いに出されて批判されるとき
ちょくちょく誤解があるな・・・と。

細かい信教上の神学的な話は、ちょっと置いておき
すごく簡単に、別のことを言うと

ごくふつうの人が、細かいキリスト教諸派の枠組みをこえて、
漠然とキリスト教はどんなものかと問いかけたとして、
救いがどうのこうの・・・と言うよりも先に
比較的わかりやすく、それを“生きる概念”の根底として
このように言えるのではないでしょうか。

キリストのように考え
キリストのように話し
キリストのように行い
キリストのように愛する


でも、実際にキリストがどのように生き、
どのようなことを実践していたかを知らないと、
また、心で感じられないと
いくら信徒であっても、キリストに倣うことはできないでしょう。

そこで、キリストがどのような存在だったかを知る、
心の旅が始まるわけです。
その旅は、知識とか教義とかだけでなく、
いわゆる聖霊の助けを願いながら、
導かれていくことも意味しています。

仮にキリスト教を信じたとしても
キリストの姿を十分に知り、
心底から実践しようとしている人がどれほどいるか・・・となると
なかなかむずかしいのです。

かつてヨハネ・パウロ2世が来日したおり


バチカン(天皇陛下とヨハネ・パウロ2世教皇)image


日本の若者からの質問を受けて、「愛」について答えていました。
そのとき教皇は、こんなことを言っていたかと。

福音というのは、キリストの大切な教えで
そのなかでも、いちばん大切な掟として
「愛」について教えています。


「心を尽くし、義を尽くし、礼を尽くして神さまを愛しなさい」
「隣人をおのれのごとくに愛しなさい」


この2つはお互いに相関関係にあります。


ヨハネ・パウロ2世の祈り(メジュゴルイエ)image


キリスト自身の教えだけではなく、
彼が実際に行ったことを見ると


本当に、何物にもかえて「神を愛すること」をしなければなりませんし、
隣人をおのれのごとくに大切にしなければならないわけです。



ヨハネ・パウロ2世のキスimage


聖書のなかのヨハネの手紙に
「目に見える兄弟を愛さない人が、
       目に見えない神を愛することはできない」

という言葉があります。

ですから、神に対する愛というのは、
ある意味、隣人、人に対する愛と“非常に密接なつながり”があるわけです。



隣人というのは、まったく例外なく、
誰でも・・・を、さしています。
ですから当然、そのなかには敵も入っているわけです。


キリストは

あなた方の敵を愛しなさい。
あなたがたを憎んでいる人に、いいことをしてあげなさい。
あなたがたに悪口を言っている人に、いい言葉を与えなさい。
あなたがたをいじめている人のために祈りなさい・・・


と言っています。


ヨハネ・パウロ2世の祈りimage


ですから、愛するというときに、決して感情にまかせるのではなくて
むしろ、いいことをする・・・というようなことを
人のために何を・・・いいことをするか・・・ということを考えて下さい。


そして、

その理性によって、わたしたちの感情を導き、
それを、より善い方向に育てることができる・・・と思います。
そこには忍耐も必要です。


キリストはこんなことを言いました。

あなたがたが耐え忍ぶならば
あなたがたの魂を勝ち取るでしょう。


本当に“人を愛する”ということができるのは
自分自身を勝ち取る人だけが、できるのです。
自分自身を所有している・・・ということです。
自分自身を完全に支配できる人、
その人が
本当に“人のために自らを捧げる”という
最高の愛ができると思います。


このことは、キリストが、ただ言葉で教えたのではなくて
そのことを彼は、実際に実践したわけです。



バチカン(ヨハネ・パウロ2世)image


隣国の話題になるとフツフツと血が頭にのぼりがちな自分には
かなり、遠い次元の提言です・・・。
でも、究極、ほんとうにこのように人を愛せたなら
確かに、地上は明るくなるでしょう。


「愛」という言葉を使うと
とかく、批判を浴びるご時世で
その概念を口にすることにも、勇気がいるようになりました。

ちなみに、かつて、
こんな意見を残している文を見たことがあります。

日本人は“全能”という意識を笑い
「神が全能ならこうしてくれるはずだ」・・・といった発想をするが、
それは
「人間が“全能という召使い”を持っているような意識」だ。


「全能なる神」は、
「アラジンの不思議なランプを持った人」の意味ではない。


それが理解できないと、

「神は全能なのにこうしてくれなかった・・・」という不平にもなる。
「神は全能のくせに、ちっとも・・・・してくれない」と、人が不平を言うのは

神を、自分のために何でもしてくれる“全能の召使い”と見ている・・・
ということだ。



バチカン(ヨハネ・パウロ2世の大地へのキス)image
 (ヨハネ・パウロ2世は、行く先々の訪問地に降り立つと、
 その国の大地に口づけをしたことで知られています。
 もしかすると、それは・・・その地にいざなってくれた神への
 謙遜と感謝のしるしだった・・・かもしれません)




なにか・・・自分的には、わかる感が・・・。

宇宙意識でも、何でもいいのですが
みなさんが信じる「何か」が伝える愛・・・とは
どのようなものでしょう。

みなさんは、現実世界において
どう愛して・・・どう、実際に生きておられるでしょう。
すべての人を、どう愛しておられるでしょう。

きっと、色々なやり方があると思いますが
たとえ、神に教えて貰った言葉だとしても
それを誰かに伝えるにしても
それを、自らがどう実践しているかが、
信じるものの如何にかかわらず、やはり・・・
とても大切ではないでしょうか。


人類すべての方が
どのような旅の途上にあったとしても


そのなかで、たくさんの恵みとご加護がありますように。



とある灯台の月夜なimage




さりげない「生命」の尊さ・・・

Posted by 世羽 on 21.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
都知事選、マスコミの予想が覆れば、すごく面白いけれど・・・。

と・・・。
最近KDDIのCMがかなり強気で、喧嘩調に感じるのは自分だけか?
ひと昔前に米国で繰り広げられた、ペプシVSコカ・コーラを彷彿とさせる。
米国某社が、SBを売り逃げしているかも・・・という話が本当なら
経営状態が危ういというのも本当だったりして。
同業者が知らないはずもないし。はてさて・・・。

(メモ:地下が妙になってから、かなり長い)


とあるオーロラな補足image_convert_20140121014633


これまで、いろいろな生き物を題材にして
けっこう、メモっています。


それは・・・

あくせくした日常を送ることに心を奪われてしまい
ついつい、人間関係から生じた、実にたくさんの心の気鬱に翻弄され
悶々とし・・・

そうしたなかに心が埋没すると、ほとんど気づけない、
この星に生きる「人を含めたすべての生き物たち」・・・。

そんな彼らについて想いを馳せてみると、
けっこう心の琴線がゆさぶられ・・・
案外元気になるきっかけを与えられる・・・という、
実体験が多々あったからでした。

都会では、
路線の運行を止めてしまうような
悲しい出来事があとを絶ちません。

文明もお金も持っていない生き物の「生命」
人と同じ時を過ごし、ちゃんと、その日を生き抜いて、
さらには、多くの場面で人を助けてくれており

そんな、無償の助けなくしては存在できない「人類」でもありますから・・・
たとえ、どんな人生の困難に押しつぶされたかのように感じても
その命は、その人ひとりだけのものではなく
もはや、多くの他の命の結集と言えるもので・・・。
だからこそ
生きることをやめてしまおう・・・などと思わず
“生き抜くこと”にふんばってほしい・・・
そんな想いもありました。


とある祈りの情景なimage


この星の数多の生命体のなか、
とりわけ、文明を創るほどの知性をもち
体のメカニズムも、驚異的なものを有している人類。

と、同様に、
他の、ミクロな生き物に始まり、眼に見えるあらゆる生き物のすべてが
それぞれ“特殊な能力”を携えて、この星の上で共生しています。

自らの生体機構を完全にコントロールでき
食事も水も摂らずに生きることができるようにならないかぎり
空気もなく、食物も得られなければ
人は命を持続することができません。
99.99999・・・・パーセントの人は、ほぼそうかと。

そのための空気を作り出し、食物を与える役目の多くを
まず植物が行っています。

今でこそ当たり前になりましたが

まだ、植物を人工的に開花させるためのシステムが
開発の途上にあったころ。
旧ソ連のティミリヤツェフ農業アカデミーのとある実験室で、
植物の「光周性」を応用した“さまざまなテスト”が行われたことがあります。

大麦に顕微電極をつけ、それを電子楽器に繋ぎ、
植物の反応を探ることも行われました。
で、大麦の根を熱湯に浸したとき、
なんと大麦の新芽が“泣きだした”のです。

同アカデミーは、
いろいろな植物(マメ類、小麦、キュウリ、ジャガイモなど)に
「キセノン/水素灯」の光を一定期間、断続的に照射し、
植物がその周期パターンを記憶するかどうかを確かめる実験も行いました。

すると
実験に使われた植物がみな、照射された光の振動パターンを
確かに記憶している・・・という結果が出ました。
つまり、植物にも記憶する力がある・・・と。

ちなみに、
記憶の保持時間は植物によって異なり、
キンポウゲなどは18時間でした。

この地球上には、いまだよくわからないことが多々あります。

たとえば

遙か古代に出現して以来、ほとんど姿を変えていない植物・・・
藻類、セコイア、イチョウ、アカスギなど・・・があり、

裸子植物のソテツなどは、
2億5000万年前あたりに出現してからずっと
進化の枠の外に生き続けているようです。
彼らは人類よりも永く、はるかな時の流れのなかを延々と、
その命を紡ぎ続けてきています。


とあるソテツのimage


一方

いったい、いつ、どこが起源なのかが、よくわかっていない・・・
そんな植物もたくさんあります。
(タマネキ、キュウリ、ジャガイモ、サツマイモ、コーンなど)

植物によっては、食物として供されているものの
実のところ、
人体に有害な物質を含んでいるものもあり・・・。
(商業上の弊害を生じないように、植物名の記載は控えます)

そのため、
そうした植物は、もしかすると、別の天体に起源があり
外部から持ち込まれたのかも?・・・と、
密かに囁かれたりするわけで。


とあるトウモロコシ(レインボーコーン)image


人は、動物の知性などについても、完全には知りえておらず、
そんな話を以前、いくつか書き残しました。

もう少し古いところで、1973年の5月
『赤い星』というソ連(当時)の機関誌に載せられた
興味深い記録があります。

ロシア人の二人の登山家が、
峡谷の崖っぷち、その狭い登山道を進んでいたときのこと。
運悪く、道の曲がり角で、クマとバッタリ出くわしてしまいました。
でも、そのクマがとった行動は、まさに驚くものでした。
なんとクマは、峡谷の岩壁に背中を押しつけるように立ち上がり、
「さあ、通りなさい」とばかりに
二人の登山家たちがすれ違えるように道を空け、通してくれた・・・のです。


クマさんの立ち姿image


ついでに、もうひとつクマで言うと

アメリカで、行動科学の実験として、
二匹のクマにバスケットボールを教える訓練を続けていたときのこと。

当初、他の動物を調教するように
おやつや食物を与えられ、教えられていたクマたちが
訓練を重ねるうち、いつのまにか
“ご褒美としてのお菓子”は二の次になり、
ゲームそのものに熱中するようになったのです。
(他の動物も、よく遊びますね)


クマさんのいる情景なimage



人は、身近にいる動物の本当の姿さえ、
よくわかっていないかもしれません。


クマさん歩くimage


人は、自分自身のことを理解しようとしているつもりでも
わかっていないことが、山ほどありますし
逆に、本質から遠ざかってしまうことさえあります。

人類以外の生き物についても
また、一見まったく命が無いと感じる「無生物」のことさえも
すべてを知ってはいない・・・。


もし人が

少しずつ自身を知っていこうとするのに加えて
はかりしれない生命の息吹の一つひとつを尊ぶ気持ちを持ちつつ
より広い視点で眺めていくことができれば

この星に灯る「生命」の尊さがどんなものなのかが
より一層、心でわかるようになり、

それら命がさらに、人の命に繋がっている・・・と
改めて、実感できるでしょう。


とあるロウソクの灯とimagegif



生きる・・・生きている・・・というのは
ほんとうに、素晴らしいことです。



とある鳥と虹と滝のimage




日本人の、心の「清い」ところ・・・

Posted by 世羽 on 19.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
某国の偉い人が言った。
「恩義は忘れろ」・・・と。
少なくとも、この日本に「住む人」には・・・そうなってほしくない。


とある空のimage


とある場所で、とある小冊子を手にいれました。
(同じく、すでに読まれた方もおられるかもしれません)

それによると

今日から1週間ほどのあいだ
世界規模で、宗派を超えたキリスト教の一致が祈られるのだそうです。

このキリスト教一致のための祈りは、1968年ごろから始まっており
今回はカナダが主導の役割を担ったようでした。

カナダは国土が雄大で、
観光的に、特に自然の美しさで知られており、
カナディアン・ロッキーとかメープル街道などは超有名ですね。


カナディアンロッキーimage


また、この地は
ファースト・ネーション、イヌイット、メティス(先住民とフランス人を先祖にもつ人々)を含む、
多様な人種で構成されているところでもあります。


カナダの先住民のimage



カナダの先住民image


恥ずかしながら、この冊子ではじめて知ったのですが

「カナダ」とい言葉は、カナダの先住民イア・ア・クワの人々の言葉で
「村」を意味するのだそうですね。

そして、この先住民イア・ア・クワは、
なんでも、東西南北の各方角を向きながら
こう祈るらしいのです。


太陽が昇る東から
  わたしたちは平和と光
  知恵と知識とを受け取ります。


南からは、温もりと導き、
  命の始まりと終わりがもたらされます。


西からは、雨がもたらされます。
  水が清め、命あるすべてのものを支えます。


北からは、冷たく力強い風と
  純白の雪とがもたらされます。
  それらはわたしたちに力と忍耐を与えます。



・・・そして・・・

このキリスト教一致の祈りを主導することになったカナダでは
期間中、彼ら先住民の伝統に敬意を表して
上記した東西南北への想いを込めた言葉を、
各方角を向いて唱えながら、
さらに
「神よ、これらの賜物に感謝します」・・・と、
神への感謝の言葉をつけ加えて祈ることにしたそうです。


東西南北のimage


カナダも、アメリカやオーストラリアなどと似て、
これまでの歴史が引きずる
複雑な先住民問題を抱えています。

そのような最中・・・
ささやかであっても、こうして自然と生きる人々と一致して祈れるなら、
喜ばしいことです。


カナダの先住民とカヌーimage


人のうちに神性を見ることのできる人なら
相手を尊重することができます。


誰かが自分にしてくれた善いことは
神さまが自分にしてくれたのだ・・・と
「感謝」を感じることもできるでしょう。


ですから・・・ほんとうは

仮に国と国のレベルであっても
何かで援助されたときに
それを素直に「感謝」でき、ありがたく感じられたなら
人の心には“大きな恵み”です。

日本は地震国。
先の大震災のときには
本当にたくさんの、大小の国、そこに住む人たちから
人種や、国の思惑を超えて
心のこもった励ましや助けをもらいました。

日本人はみな感謝し、けっしてそれを忘れていないでしょう。
そして、与えられた好意を、
すごく嬉しく感じたのではないかと。

仮に、
もし、今、気にくわない国、人がいたとしても
その国や国民が、
日本の経験した災害のようなものを被ったなら

たぶん・・・
日本人、日本に「住む人」は、いざとなったら
それを見て見ぬふりはできないでしょう。

それが・・・

日本という国の醸し出す善いところ
まことに美しい「心の清さ」、在りようです。


国家を内部から揺るがす人がいて
日本をどうしても悪いと決めつける他国があって

     
     
     
     
     
     
     


ときに、こんな感じで「うわ~っ」と叫びたくなったとしても・・・


とある小動物の雄叫びなimage



それを超える、心の清さを発揮して
たとえ少しずつであっても、悪意を溶かしていきたいものです。

   (悪意は、知らぬ間に悪意を呼びますから、
   “凛”とした気持ちを持つにしても、
    心の在りようには注意を怠ることなかれ・・・です)

おそらく

みなさんには、その力が十分宿っている・・・。

大きな、神のような心、清い心、
さらに育てていきたいものです。


そして、それが
   日本の褒むべき長所のひとつとなりますように。




とある太陽と波打ち際なimage



「海自の輸送艦」と「遊漁船」・・・

Posted by 世羽 on 17.2014 時事ネタ   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
いまだ地下の動きがとどまることを知らず・・・。
妙だ。


おおすみ4001image


海自の輸送艦「おおすみ」と遊漁船「とびうお」の接触事故が起き
「とびうお」側で2名の方が帰天され・・・。
ほんとうに残念なことです。

海自側からは航跡の記録がすでに提出されていますし
遊漁船のほうにもGPSの記録が残っていたようで
いずれ、何が起きたかが判明するでしょう。

とはいえ、

ワイドショーあたりでは、
こんな感じで報道されていたらしく・・・・16日あたりでは
ネットを賑わせていました。

おおすみの航跡1image


おおすみの航跡2image


おおすみの航跡3image


原因が何だったにせよ

きちんとした詳細報告があがるまでは、冷静な報道をすべきで
どちらかについて、必要以上に信用したり、叩く姿勢は・・・なんとも・・・。


ちなみに

昨日あたりは、むしろネット民のみなさんのほうの情報が早く
少なくとも「おおすみ」の航跡については
早くから流れていました。


おおすみの航路と事故現場image


おおすみの航跡補足image_convert_20140115163258


日本時間8:00、15.1knots/287°で右旋回し始めた「おおすみ」は
当該時刻8:01には、方向を保ったまま6.4knotsにまで減速しています。

ここらで事が起きていたのかもしれません。

その後、何かを探すように円弧を描き、
その間は0.5~3.2knotsの微速で艦を走らせています。
元の航路に戻るまで、約34分ほどかけていることが
事故当日、素人にも読み取れました。


おおすみの航跡と時間系列image


けれども、テレビ情報などでは、そこらが欠落し、
今日あたりになって、やっとチラホラ流れている程度です。

生還した方の証言だけから・・・なら
「おおすみ」「とびうお」の右後方から接近していった状況が報道されていますが、
それは、「とびうお」側が減速したゆえに、そう感じたことかもしれません。


これらについて、様々な報道機関の記事もさることながら
多くの方が、巨大掲示板へと書き込みをしていて
それらの指摘や紹介記事、書き込みには興味深いものもあり
備忘の意味も兼ねて、置いておくことに・・・。


まず・・・こんな記事があって
たぶん国内の報道機関は、(太字の部分)けっこうとりあげていました。

自衛艦、衝突直前に貨物船回避か 救助の男性が証言

広島県大竹市沖で海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」と衝突した釣り船が転覆した事故は、同じ方向に航行していた両船の前を貨物船が横切り、輸送艦が回避した後に起こったと、
救助された男性が16日、証言した。

おおすみは右に旋回した後、再び進路を左に変え釣り船に衝突したという。


男性は、第6管区海上保安本部(広島)にも同様の話をしたとしており、
6管はおおすみの乗組員らから事情を聴くなどして事故当時の状況確認を急ぐ。

運輸安全委員会の事故調査官も16日午前、態勢を拡充して海自呉基地沖に停泊中のおおすみの調査を始めた。

重体となっていた釣り船の大竹宏治さん(66)は16日未明、
出血性ショックのため搬送先の山口県岩国市の病院で死亡。
事故による死者は、溺死と判明した船長の高森昶さん(67)と2人になった。
6管は業務上過失往来危険容疑に加え、業務上過失致死容疑でも捜査する。


救助された寺岡章二さん(67)によると、
釣り船は速度が落ちていたおおすみを右側から追い越した後に減速。

当時、進行方向の右側から貨物船が横切ろうと近づき
釣り船の左後方にいたおおすみは右に旋回した。
貨物船が去った後、おおすみは釣り船の右側を加速して航行、進路を左に変えた。

寺岡さんは「釣り船の右側がぶつかってせり上がり、左側から浸水し転覆した」と証言。
6管もおおすみの左舷中央の後ろ寄りに衝突の痕跡を確認しているが、
両船以外に事故を目撃した船はなかったという。
6管は16日、クレーン船で釣り船を海中から引き揚げた。
広島市内に運び、16日中にも実況見分する。
船体の傷におおすみの塗料が付着していないか確認を進める。


釣り船は長さ7・6メートルの小型船で、
15日午前7時10分ごろに広島市の係留施設を出港し、
事故現場南側の甲島周辺に釣りに向かう途中だった。
おおすみは同日午前6時半ごろ、広島県呉市の呉基地を出発し、
岡山県玉野市に向かっていた。

                         (2014年1月16日16時09分 スポーツ報知)

ところが・・・

海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」と釣り船が衝突し、2人が死亡した事故で、
第6管区海上保安本部(広島)は16日午後、転覆した釣り船を引き揚げ、
衛星利用測位システム(GPS)受信機や、周囲の船舶を確認するレーダーを回収した。

海自は既に、おおすみの航跡記録を提出。
6管は釣り船の計器類を分析し、事故に至った両船の経路を特定、
事故原因の解明を目指す。
民間の測量大手「パスコ」(東京)によると、

救助された釣り船の男性が「船の前を横切った」と証言した貨物船の存在を裏付ける船舶の航跡記録がなかった。 
                                               (共同通信発ロイター版より)

・・・?!・・・


おおすみの左舷image


蛇足ですが、某新聞の表現に

 「検視の結果、高森さんは溺死、大竹さんはおぼれたことによる出血性ショック死
と判明した」


とあったため、・・・某掲示板では
「どうして溺れて出血性ショック死・・・なのか?」・・・と首をかしげている人も
チラホラいました。
スクリューにでも巻き込まれてしまったのでしょうか。


前後しますが、事故当日の読売新聞の報道に、こんなことも

「今朝は霧がなく快晴で波も穏やか。この周辺は自衛艦がよく通るが、自衛艦は山のように大きく、近づけばすぐにわかる。なぜ衝突してしまったのか」
と首をかしげた。


同漁協の湊修参事(53)は「午前8時頃に5回警笛が聞こえたので、事務所から職員が双眼鏡で見たら、自衛艦の近くで釣り船の船底が見えた。
現場付近は釣りのポイントではないので、釣り場に向かう途中か帰るところだったのではないか」と話した。



おおすみの旋回の様子image


また、報道されている汽笛単発5回は
警告信号、「衝突の危険あり。貴船の進路を明らかにせよ」とのこと。


「海上衝突予防法」のいくつかの条項も争点になるかもしれません。


 海上衝突予防法 
(横切り船)
第十五条
 二隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがあるときは、
 他の動力船を右げん側に見る動力船は、当該他の動力船の進路を避けなければならない。
 この場合において、他の動力船の進路を避けなければならない動力船は、
 やむを得ない場合を除き、当該他の動力船の船首方向を横切ってはならない。


(保持船)
第十七条  
 この法律の規定により二隻の船舶のうち一隻の船舶が他の船舶の進路を避けなければならない場合は、
 当該他の船舶は、その針路及び速力を保たなければならない。
 2  前項の規定により針路及び速力を保たなければならない船舶
 (以下この条において「保持船」という。)は、
 避航船がこの法律の規定に基づく適切な動作をとっていないことが明らかになった場合は、
 同項の規定にかかわらず、直ちに避航船との衝突を避けるための動作をとることができる。
 この場合において、これら の船舶について第十五条第一項の規定の適用があるときは、
 保持船は、やむを得ない場合を除き、針路を左に転じてはならない。
 3  保持船は、避航船と間近に接近したため、
 当該避航船の動作のみでは避航船との衝突を避けることができないと認める場合は、
 第一項の規定にかかわらず、衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならない。


(追越し船)
第十三条
 追越し船は、この法律の他の規定にかかわらず、追い越される船舶を確実に追い越し、
 かつ、その船舶から十分に遠ざかるまでその船舶の進路を避けなければならない。
 2  船舶の正横後二十二度三十分を超える後方の位置(夜間にあっては、
 その船舶の第二十一条第二項に規定するげん灯のいずれをも見ることができない位置)から
 その船舶を追い越す船舶は、追越し船とする。
 3  船舶は、自船が追越し船であるかどうかを確かめることができない場合は、
 追越し船であると判断しなければならない。



そして・・・こんな書き込みもあったので・・・。

  (読みやすさのために、原文を改行をしました。
   文はそのままなので誤字等があります。
   なお、報道だと遊漁船の船長さんは、操舵歴は40年とか?・・・でしたので、
   よって、書き込んだ方の推測が一部かみあわないところも。・・・ご了承ください)

886 :名無しさん@13周年:2014/01/16(木) 16:23:43.03 ID:bJDlFBd+0
  死んだ方には申し訳ないが、大型船はカジききが悪い。
  喫水もあるので、航行できるところも限られる。


  おれもフネにのるが、大型のフネなんて海上浮遊物みたいなものだから
  こちらがきおつけないと、向こうは航行する航路は決まっているので、
  小型船の方がよけていくのが普通、小型船の船長の仕事だがな。


  いくら戦闘艦でも、漁船のような小回りはきかないし、
  急な加速もできない。
  小型船と、海自の航路みてると、小型船がわざわざ、海自のフネ追い越してみたりして、
  遊んでたか、見張り不十分または、操船暦が短い初心者としか思えない。


  こんなかんじの航行事案なんか、
  どこの海域、港、湾でもあるわけだから、
  毎日あってもおかしくない事案だな。


  ただ、お互い見張りをちゃんとして、操船すれば事故することなどない。
  特に小型船は注意しないと、
  大型船の作った波で怖い目あうこともある。
  しかし、なにがなんでも、自衛隊のほうが悪いとゆうような、
  印象を作るマスコミにはヘドがでるな。
  相手が、中国海軍、韓国海軍なら
  大型船としか報道しないからな、マスコミの連中は。



そういえば、対馬沖の某国タンカー重油漏れ事故・・・
あれは・・・どうなったのか、その後の報道が途切れたままです。


「おおすみ」・・・は、
1999年、トルコで発生したトルコ北西部地震被害への援助として、
仮設住宅の輸送を掃海母艦「ぶんご」、補給艦「ときわ」とともに敢行した船で

東日本大震災のときにも、投入されていたことで知られており、
隣国からの武力干渉に対処するため、スペックの拡大をはかろうとしていた矢先でした。
事故は辛いものですが、それとこれとは別で・・・計画が頓挫しなければよいのですが。


おおすみ(トルコへ向かう姿)image


とにもかくにも、
あとは、
スムーズな事故原因の調査を願い、

命を落とされた方のためにも
この事故から、海洋上の安全航行のために何を学ぶか・・・
に尽きるかもしれません。




とある海とヨットのimage




「海」とか・・・のなか・・・

Posted by 世羽 on 15.2014 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
今回のスロースリップは収束に向かっているようだが
ここのところの地下から伝わる感覚が尋常じゃない・・・。

「幸せホルモン」と呼ばれる「セロトニン」95%が、脳ではなく腸から出ていることが判明。さらに、その分泌指令を出す最適な食品は、
本格的なスパイス入りのインド「カレー」だ・・・との記事があった。
皆、幸せな気分になりたいだろうから
しばらくのあいだ、昼食や夕食がカレーのお宅・・・グンと増えるかもな・・・www。


とある海辺と漁師たちimage


海というのは、地球上の水分の循環には絶対にかかせないもので
まさに「生命の母」という称号を持つに相応しい場所です。

イルカやクジラといった水棲のほ乳類、そのほか無数の魚類など・・・
本当に良く知られている生き物たちがたくさんいます。


ときに、こんな顔を見たりすれば
海のわんころ・・・状態にも思えてなごみます。


海の生き物(アザラシさん近影)image


でも、彼らが実際にどんなふうに生きているかは
専門家や、海を良く知る人でないと、そうは知られていません。

たとえば

海ガメが海藻を口にする場面ひとつとっても
リアルで眼にすることは、なかなかできないものです。


海の生き物(海ガメさんの食事)image


アサリの類に連なるこんな
めったに眼にできません。


海の生き物(アサリ類hippopodiushippopus)image


赤い血を持たないコオリウオなどの特殊な魚は
水族館でも、見ることが難しかったりします。


海の生き物(コオリウオ)image


そうそう、もとはアマゾンあたりの深い水にいたハチェットフィッシュの亜種に
こんなものがいて、一時期マニアに騒がれていたことも。


海の生き物(ハチェットフィッシュの亜種)image


そういえば、

現代では
いざ、地球滅亡となったら、
「異星人」が迎えが来る・・・とか

次元が上がるにしたがって
人の身体から光が放たれるように輝いて、天使のような
光の存在になっていく・・・とか、よく言われています・・・。


とある異星人(ノウイングから)image


自分、そんな話を聞くと
頷くより先に
つい・・・
まったく別の方向に思考が飛んで

海にはすでに、
自分で光っている宇宙人ぽい生き物がいるなあ・・・と
想ってしまったりするわけで。


海の生き物(透明な)image



寒い冬が終わり、春が訪れを告げるころ
富山などでは、ホタルイカが美しく光り


海の生き物(春とともにホタルイカ漁)image


世界中の海辺では夜光虫が、これまた綺麗で


海の生き物(夜光虫)image


なぜか、こうした光る生き物を思い浮かべてしまいます。

こうした光る生き物は、バイオルミネッセンスの機構を体内に有し
それらのメカニズムの研究が進み、さまざまな科学技術に応用されてきたのは
周知のごとくです。


とくに、海の深部に棲む生き物には
もはやエイリアン・・・状態の姿をしたものたちも多く

たとえばアミガサクラゲの類などになると
生きた電飾状態


海の生き物(アミガサクラゲ類)image


海の生き物(beroe forskalii アミガサクラゲ)image


海の生き物(光るクラゲの実際)image


見ていて飽きません。


海の生き物(光るクラゲの実際2)image


こうしてみると
智力、精神力、その他と、身体が光る・・・というのは
必ずしも同義でもないかも・・・などと、
勝手違いの妄想も浮かんだりし・・・。


とはいえ、
とある情報によれば
宇宙の高等な知的生命体のなかには
光るクラゲそっくりな姿のものもいるとかで

ここまで“珍妙な生き物”を多数抱えた地球という星が、
宇宙の“多くの種族のひな形”の保存場所になっている
という一説にも、頷ける感です。


海の生き物(光るクラゲberoa類)image_convert_20140114234124



そして・・・地球の海


とある海のなかのimage


原初の時から比べると
水量の減少が続いている・・・と、提唱している科学者もいます。

地上の生き物はもちろん
海に生きるものたちのためにも
いや、何より、人類自身が生きていくためにこそ

これまでのような利得追求を優先し、
人の手で環境を破壊するような身勝手さを、 どうにか改めて

できるだけ、美しい海の環境を保存してほしい・・・

そんなことを、つくづく思わされます。




地味な映像ですが、あまりに美しいので、良かったらどうぞ。




そしてもう一つ。







「クルアーン」から・・・

Posted by 世羽 on 14.2014 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
今回の都知事選の運び具合は、けっこう重要で・・・。
しかも、表面的な、政治勢力や経済政策の駆け引きしか見えないと
わからないだろうけれど。色々ある。


とある虹と海のimage


以前、
ヒトラー「大嫌いな相手」として見ていた人物にシュタイナーがいる・・・
と記しました。

そして、シュタイナーが生前、
イスラム教の一部に闇が入った・・・と述べていたことも。

でも、多くのイスラム教徒は本来、純朴な人たちです。

女性の地位をはじめ、諸問題を抱えていたりしても
幼少のころから、ほんとうに真摯に
神の姿を追い求めている
ことは事実で、
それらの良い面のほうはあまり知られていません。


コーランを読む少年image


コーランを読む女性image



伝統的なキリスト教のいくつかも、似たようなところがあり
いわゆる「神」の眼にかなう信仰者は非常に少ないだろう・・・
と言われている昨今とはいえ、
それでもそこには、
何かしら「神聖な存在」の関与が見え隠れしているのは
何となく感じられるかもしれません。

面白いことに
お釈迦さまが、入滅前に残したこんな言葉があります。

「わたしが死んだあと、500年間は、まだ正法が行われるだろう。
しかし、つぎの1000年間となると、少しはその教えが残っていても、
信仰は形式的なものと化し、真実の仏法は失われるだろう。
そして、さらにつぎの1万年のあいだに、
わたしの教えはまったく廃れてしまうだろう・・・」


既成宗教の種類の別なく、この言葉はすでに、
現代に共通しているかもしれません。

それにしても“1万年”とは・・・。
すごい未来を見据えていたものです。

それはさておき

イスラム教の「クルアーン」(コーラン)ですが・・・。


コーランimage


ムハンマドが神から啓示を受けてのち
この世を去る約23年間ほどのあいだ、
その啓示を記録しつづけたものが「クルアーン」
信徒にとっては、とても大切なものであることは
ご承知の通りです。


ですから、それが不敬の対象にされたとき
信徒が全力で抗議する姿は、
他宗教など甘っちょろいぐらいに感じられるほどです。


コーランを奉じる人たちの叫びimage


そのクルアーンを紐解いてみると
けっこう“未来についての預言”の数々が残されていることに気づきます。

たとえば、一部引用すると
(日本ムスリム協会発行、「日亜対訳・注解 聖クルアーン(第6刷)」から)


その日、天は大いにゆらゆらと揺れ、
また山々は揺ぎ動くであろう。


その日、(真理を)虚偽であるとした者に災いあれ。
虚しい事に戯れていた者たちに。


かれらが(もの凄い力で)地獄の火の中に突き落されるその日、
(こう言われよう)
「これこそは、あなたがたが虚偽であるとしていた地獄の業火である。
これでも魔術なのか。
それともあなたがたは、見えないのか。


あなたがたはそこで焼かれるがいい。
あなたがたがそれを耐え忍んでも、忍ばなくても同じこと。
あなたがたが行ったことに、報いられるだけである」

                              52章9~16節

太陽が包み隠される時、
諸星が落ちる時、
山々が散る時、
孕んで10ケ月の雌駱駝が等閑にされる時、

(管理人注:等閑とは「なおざりにされること」ですが
      アラブの地では、子を宿したラクダは非常に貴重で
      その貴重なラクダにも気が回らないほど・・・と言う意味)
様々な野獣が(恐怖の余り)群をなし集まる時、
大洋が沸きたち、溢れる時、
それぞれの魂が(肉体と)組み合わされる時、
生き埋められていた(女児が)
どんな罪で殺されたかと問われる時、
(天の)帳簿が、開かれる時、
天が剥ぎ取られる時、
獄火が炎を上げさせられる時、
楽園が近付く時、
(その時)凡ての魂は、先に行った(善悪)の所業を知るであろう。

                               81章1~14節

大地が激しく揺れ、
大地がその重荷を投げ出し、
「かれ(大地)に何事が起ったのか。」と人が言う時。
その日(大地は)凡ての消息を語ろう、
あなたの主が啓示されたことを。
その日、人びとは分別された集団となって(地中から)進み出て、
かれらの行ったことが示されるであろう。
一微塵の重さでも、善を行った者はそれを見る。
一微塵の重さでも、悪を行った者はそれを見る。

                               99章1~8節


その日、大地はかれら(の所)から裂け、
かれらは急いで出て行く。
これこそが召集で、われにとっては容易な業である。
われはかれらの言うことを良く承知している。
あなたはかれらに強制してはならない。
わが警告を恐れる者たちに、クルアーンによって訓戒しなさい。

                              50章44~45節



それなりの部分を、ちょっと拾ってみたわけですが、
けっこう辛辣です。

でも、
「あなたはかれらに強制してはならない。
わが警告を恐れる者たちに、クルアーンによって訓戒しなさい」

・・・のくだりは、意外に映るのではないでしょうか。
「強制」ではないのです。


コーランのimage


ところで、
こうした“滅び”に関する預言は、
すでに周知された
メキシコ、トルテカ人たちに伝えられてきた「宇宙の大火」による滅びについてや
古代インド神話に出てくる
「サムバルタカ」(宇宙の大火)による終末論などにもあります。

アステカの石暦では、
当初2020年あたりに、この宇宙の大火によって地球が滅びる・・・
との予測もあったりしましたが、計算方法の解釈のズレもあって
現在の予測は、それより後方にずれ込んでいるのもご存じのことでしょう。

2020年あたり、ということで
もう少し先、オリンピックが近づくと
日本では、2012年末と似たような騒ぎが
再燃したりするかもしれません。

しかし、
こうした預言がほんとうに成就する可能性が残っているとしても
ほとんどの預言は、それが「いつ」起きるかなどは明記していません。

また、

滅亡預言がすべてそのまま実現するというわけでもなく
回避できる道を抱いて・・・の預言です。


で・・・。

宗教の別を問わず、有名どころの「預言」の根底に
共通するものがあるのにお気づきでしょうか。

それは、

今以上に、人類の精神性の原点を見つめ直し
まことの意味で、ひたすら魂の向上をめざせ
・・・というのが
さまざまな預言体系に眠っている、共通の指針です。

確かに、イスラム教徒の人たちのなかには、
闇に囚われ
政治がらみで、非人道的な手段を用いて自爆テロなど
色々と問題を起こす人たちがいます。
でも、すべての人たちがそういうわけではなく・・・。


コーランを読む人たちimage


それは、どの国でも、どんな環境でも、どの教えや指針、
方法を心に置いていても
程度こそ違うものの、
人の心に“闇が巣食うあいだ”は、起こりうることです。

つまり、

起きていることの表面だけに眼を向けていると、
物事の真相が見えなくなり
今の人類に託された大切な「何か」を見失ってしまうでしょう。


もし、誰かが尊んでいるものに何かしらの真実があれば
その真実を人の魂が互いに感じると、
こんな状況も生まれます。


コーランと教皇のimage


しかし悲しいことに

そこに政治的・社会的・人種的な思惑
また、差別や優越感などの闇が侵入してくると
人の心も荒み、さまざまな問題を生じさせていきます。


それは、宗教の問題というより
人が生み出す、この世的な争点です。


かつてアイルランドで紛争が起きたとき、
「宗教戦争」となじられていましたが
あの紛争の真実が、まったくの政治的、社会的な問題であったことは
ほとんど知られていません。
そして、他の紛争地帯で起きている本質も・・・。

今、多くの、古来から続く古典的な宗教形態は
諸悪の根源と誤解されてしまっています。

ですが、宗教の名を借りて、そこにつけ込むこの世の頭たちがいて
それを利用していることに、民衆はなかなか気づけません。


現代に流布されている
人が人生における創造の主体者であるという教え
それ自体も、時代の流れのなかでの成り行きだと
何度も書いてきました。

それは、賢明に使えば人を幸せにできる方法にできます。

しかしながら
この世のすべてを、そっくりそのまま自己の自由にできる・・・
というものではない
ことも、人は知る必要があります。

宗教を問わず、また、人が生きるうえで
ここの部分は、大切ではないでしょうか。

しかし、それを言葉で書き現すのは、思いの外、難しいことです。


コーランを学ぶ少年たちimage


さらに、これも繰り返して記していることですが

この世界を単に遊びの世界、喜びの世界としたいだけなら
目覚めたいだけなら
この世に生まれてくる必要もなく、
もっと楽な世界が、すでにあったわけで・・・。

だとすると、この世界に、
この地球に、物理的な肉体を持ったこと・・・は
人生を楽しく生きることだけが目的ではない
朧気でも掴めるのではないでしょうか。

それゆえ、そこに仕掛けられた壮大な「トラップ」
それを見抜くことが大切になってきます。

地球はほんとうに大事な星です。

人の身体の一部分が傷つけば、
身体全体が痛み、調子を崩します。
それと同じく
この星の護り手でもある人類は、
それをもっと実感し、
互いに支え合い、尊重し合う道をたどる必要があるでしょう。


もし、それが成し遂げられる方向に向かって行けば
滅亡を預言する未来の多くが消失して行く道が開けるでしょう。


そして、以前お伝えしたように

いよいよ真剣に
多くの人が肝に銘じて生きる大切な過渡期に
入っています・・・。


そして、この日本

けっして傲ってお伝えするのではなく・・・ですが

日本人という民族には、
大きな懐で、この世界を見つめて行ける度量が、
古来から受け継いできた尊い本性として
備わっています・・・。





サンライズなimage



「大寒波」の・・・凍結が・・・

Posted by 世羽 on 10.2014 時事ネタ   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
防災科研と気象庁が「千葉県東方沖でスロースリップが起きている最中だ」と発表。
今年初めから地下の動きが強まって感じているのは
「これだったのか」と納得。でも、敷島さん・・・頑張ってる。


アメリカ大寒波(除雪)image



北アメリカに襲来した大寒波は、川霧状態などを遙かに超えて
ついに・・・ナイアガラの爆流も凍結させたようです。


自然の猛威3(ナイアガラの凍結)image



アメリカの大寒波(ナイアガラの凍結2)image



あちらの報道によれば、
合衆国のすべての州で、いわゆる凍結状態が観測されており、


アメリカの大寒波(凍った噴水)image


自然の猛威2(凍る家)



道行く人も完全防備の方が目立ちます。


アメリカの大寒波(完全防備)image


アメリカ大寒波(ほぼ指名手配のような)補足image_convert_20140110212345


北アメリカに襲来した大寒波には、もうひとつ
見逃せない気象条件が重なっており
当時、強風が吹いていたことがあります。

-23~-25℃の環境で強風が吹いたのですから、
体感温度はもっと下がっているわけで。

アメリカの場合、もし素肌を露出させていたら
わずか5分で凍傷にいたる状況でした。

そのなかでは、やはり・・・。

雪かきに出たまま、二度と戻れなくなったお爺さん。
アルツハイマーを患って屋外を徘徊しているうちに凍ってしまった71歳の老女。
寒さに耐えきれず、 完全なカチコチ凍結状態になって発見されたホームレスの方。
フィラデルフィア地区の道路の修復に携わっていた作業員が
 うず高く積み上げられた塩(凍結防止用と推測される)に押しつぶされる
 などの事故も。


外で生きる生き物たちも、外出する生き物もシンドイです。


アメリカの大寒波(バイソン)image


アメリカ大寒波と老女とわんこ補足image_convert_20140110212106


今度は日本に、余波が到達しますが・・・。

いま、地球がこんな感じなんですね。


凍りそうな地球image


北海道でも、すでに気温が-22~-23℃に降下。
アメリカ並みなので、さぞ大変だろうなあ・・・と。

科学的な見地からすると

以前なら、ほとんど無視状態だった地球の寒冷化の予測が見直され、
ごく最近も、一部の科学者の予測が発表されるなどしており、
予測が当たって「プチ寒冷化」が起きているとすると
ピークが2055年あたりに来るそうで。

これから、ますます
寒さを体験する可能性が残ります。


地球の温暖化のグラフimage_convert_20140110213806


近年トルコでも、ヤギさんが・・・こんな感じでしたし・・・。


大寒波(トルコのヤギ)image



地球が自ら“大変革”を起こすパターンにはいくつかあることが
前々から言われていましたが


自然の猛威(サウスウェールズの巨大波)image


寒冷化というのも、そのなかのひとつに入っています。

その場合、
かつて、マンモスがいきなり凍りついたような
『デイ・アフター・トゥモロー』で描き出されたような

そんな、急速な極寒の世界が広がる様相を呈するのか・・・
というのも、気になるところで。

個人的には、あの、溶岩が吹き出す世界になるくらいなら
氷に閉ざされたほうがマシか?・・・などと
訳のわからん妄想をしてしまいますが・・・。


アメリカ大寒波(シカゴ)image


アメリカの大寒波(凍りそうな人)image


今回の大寒波の影響でアメリカが被った被害は
お金にすると50億ドルにもなるそうで。


アメリカの大寒波(バスの排気の湯気)image


いずれにしても、
自然の猛威を経験するときはいつも
人の創った文明など、ほんとうに脆いものだな・・・と、知らされます。


北極クマさんたちのimage



この週末は、日本もさらに気温が下がりますね。

引き続き、お身体をお大事に
    暖かくしてお過ごしください。




暖炉の炎なimage




「水のなか」の赤ちゃん・・・

Posted by 世羽 on 09.2014 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback
(つぶやき)下が動いている。


イルカと少女のimage


前回、温泉のことを書き進めながら
同時に「あぁ・・・」と想い出していたことがありました。


かつて、水中出産の先駆けとして知られた人物で
旧ソ連(1960年代)でその手法を確立した
イゴール・チャルコフスキー博士のことです。


現在の日本では、
水中出産を選ぶ人は、まだそれほど多くはないと思いますが
海外だと、それなりの数のお母さん方が
いろいろな方式の水中出産をしているようです。


水中出産のimage


で、なぜ、この人を想起したかというと、
博士がけっこう“ぶっ飛んだ人”だったからです。
(一部のやり方で批判を受けていることもあります)


イゴール・チャルコフスキーimage


博士は確か、ウラルの山間部に生を受けていると思いますが
当時から、この辺りには多くのヒーラーがいて(さすがロシア)
そんな人たちに囲まれて青年期を過ごしています。

そして、霊媒やエネルギー施術者などの
卓越した能力をもったサイキックたちと、
ごく自然な交流を培っていたのです。

博士の提唱した「水中出産」方式が、
こうした超能力者たちの力を借りながら確立されていったことは、
あまり知られていないかもしれません。

とどのつまり
母と胎児間の諸問題、出産にかかわる異常の察知など・・・
さまざまな詳細情報を得るために、
サイキックの力をあますことなく、活用していたわけで・・・。


水中出産2image


博士が研究途上で知ったのは

適度の暖水が、母親をリラックスさせること、
普段はあまり現れない「本能」に、
研ぎ澄まされた特殊な意識状態をもたらすこと、
ただでさえ収縮しやすい母体を、自然な形で伸ばす作用があること
でした。


さらに、通常の出産の場合、
胎児が子宮から外界に出て行く際、ある程度の苦痛が伴い、
それによって繊細な脳細胞がダメージを受けている
・・・と
博士は主張しています。

もし分娩のときに、羊水と同じ環境の外界に出て来れたなら
赤ちゃんは楽に呼吸ができるばかりか、
通常出産だと壊れてしまう細胞が生き残る
・・・とも、
博士は述べています。


水中出産3image


イゴール博士がぶっ飛んでいるのは、それだけではなく・・・。

彼の娘ヴェータを被験者として、
水と子供のかかわりを研究していったこともあります。

ヴェータは早産で生まれ、
医者たちに見放された状態でした。
しかし、生理学者であった博士は、それに納得せず
娘を救う道を模索したのです。

これだけなら、親御さんの気持ちとしては、ふつうです。

でも、博士のしたことはというと・・・。

ヴェータが身体を浮かべられる水槽を作り、
そのなかで娘を浮かせながら育てた
のですから、
驚きです。

でも、実際にそれが功を奏したのか、
ほどなくするとヴェータは
生後まもなくのときに用意された水槽より、もっと大きな水槽のなかで
活発に泳ぎ回るようになった
のです。

しかも、

その水槽のなかで、魚やカエルといった水棲動物と遊んで暮らすようになり
ときに、博士がベビーフードを詰めた瓶を水槽の底に沈めると
潜って取ってくるまでに・・・。


これは、彼女が、まだ生後7ヵ月のころのことでした。

そして同じころ、
博士はヴェータをプールに連れていくようになりますが、
彼女はすでに、思い切り自由にプール内を泳ぎ回っていたのです。

生後すぐ、医者に見放されたヴェータでしたが
2歳になるころには、なんと
4歳児の身体能力と協調性を発揮しました。


この結果を見た博士は、
他の子供たちに同じ方法を試すことになります。


水中の赤ちゃんなimage


すると、他の子供たちにも
著しいバランス感覚などの身体の発達があったのはもちろん、
特に精神面で
自信を持ち、怖れを知らない・・・といった、
諸感覚が強化されていることがわかりました。


博士の研究はとどまることを知りません。

つぎには、「イルカの立ち合いで行う水中出産」を思いつき
黒海の沿岸で、実際にそれを行っていきました。

イルカが
母親の高ぶる気持ちを静めることがわかった
からです。

こうして今では、海外などで、
博士の“奇想天外な発想”から生まれた
水中出産が行われています。


水中出産と新人類な補足image_convert_20140109010146


ただ、賛否があることも事実で
積極的にお勧めする・・・というものではありません。


でも、ひとつ想ったのは

自分なんかは、脳細胞が壊れる生まれ方をしてきた口ですから
間に合いませんけど・・・

これからの、さらに精神性の高まった進化した子供の魂は
案外、こういう形の出産を好むかもしれないな・・・と。



水中の赤ちゃんとイルカのimage



この世に生まれて来る赤ちゃん
すべてが人類の宝物です。


どんなお子さんであっても、その生命はまことに尊い。

けっして、親がその生命を奪うことがあってはなりません。
ほんとうに、みなで大切にしたいもの・・・。



その美しい魂の輝きが、
   地球を囲む輝きの一つひとつになりますように。





とある天空の情景と人のimage




かなり「寒い」日が続いていたりしますから・・・

Posted by 世羽 on 07.2014 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
10代の少女を自爆テロに使うとは・・・狂っとる。
未遂に終わってホントに良かった。


ナチュラルバスなimage



雪国のしばれる日々に比べたら、甘っちょろいもんですが
関東も、それなりに“底冷えの日”が続いています。


なので、気持ち的にはこんな感じでして。


海を見つめるシロクマさんimage


みなさんも、朝、布団のぬくもりから離れがたい方も多かったり
一日の疲労を癒す入浴が、いつになく心地よかったりします?

身体を適度に温め、リラックスするのは
ほんとうに気持ちがよく、心身の癒しには大切ですね。

それが自然の力を含んだ温泉なら
さらに効果が高まるのは言うまでもなく・・・で。


心関連のややこしい話とか・・・
どうでもよくなるひとときが、過ごせるような気がしたりします。

そもそも

地球の生命力はまことに素晴らしく
人の営みを凌駕するかのように
地球内部の生き様を地表に放出していきます。

温泉の多くを生み出す火山もさることながら
突然地表が避けるようにして出現する
割れ目噴火・・・。


割れ目噴火image


これには、いつも圧倒されます。

ハワイなど、マグマが活発な地で目にした方もおられると思います。

かつての話ですが、
もし“本格的な”ポール・シフトが起きたら
(振り子がふれる程度の、小さな軸の動きの意味ではない)
インドあたりの地層では、このような割れ目噴火が起き、
トンでもないことになりそうだ・・・と、推測されていました。


割れ目噴火(アイスランド)image


火山国の日本も例外ではなく
いわゆる火山の噴火はもちろん、
場所によっては
こうした割れ目噴火現象を体験するかもしれないとも。


割れ目噴火(tolbachik)image


突然、平地がぱっくり口を開け、灼熱の溶岩が飛び出てくるなんて・・・
想像しただけでも・・・
それだけは勘弁してほしい・・・
という感ですけど。


とある割れ目噴火に驚く人補足image_convert_20140107220832



いや・・・そんなことはどうでもよかった・・・。

大地の直接の鼓動が感じられる場所にできる温泉・・・。
そこにはそれができるだけの条件も必要で

水、熱、圧力、その他、微妙なバランスが、
それを創り出しているのかと思うと
またまた、自然は凄いなあ・・・と実感します。


とある温泉の構造なimage


ちなみに、
関東北東部あたりでも地下3000メートルほどで
すでに地熱が60℃を楽々超える場所もあったりするわけで
関東平野と同じ大きさの“プレートの切れ端”が地下にあることが
近年の研究でわかっていますから、
そのさらに下方には
流動的な部分が“いろいろ”とナリを潜めているのかと。


地球の営みから形成される温泉には
季節独特の趣きがあります。
もちろん冬にも。

外気が冷え込むときに、
すぐそばに、露天のお湯があったら最高ですが・・・。


とある温泉の青い水なimage


近頃では、温泉に浸らせてもらえるカピパラさんが有名で
ネット中で目にしますが・・・
日本の温泉を有名にしたのは
やはり、“野性のお猿さん”の影響が大かもしれません。


とある日本の温泉とお猿さんなimage


海外にも、温泉の近くに住む動物たちがけっこういて
それがまた、いい絵を醸し出したりします。


とある温泉の傍でバイソン(イエローストーン)image


日本の温泉と同じに
海外のいたるところで温泉を楽しむ人の姿があり
それぞれが、ひとときの癒しを受けているようです。


温泉(アラスカのフェアバンクス)image


とある冬の温泉(カナダ)image



この絶妙な自然の力ばかりは
飲料に適するまで人工的に濾過した水に
どれほど“湯の花”もどきを入れても
どうしても、太刀打ちできないでしょう。


今現在、日本の温泉地には
近隣国からのお客さんのほうが多いくらい・・・
といった様相を呈している地がかなりある・・・と
漏れ伝わっています。


自国なのに、なんとなく、もったいない感じです。


それも・・・ともかく。


温泉には、今すぐ入れないとしても
こまめに入浴するほうが心身のためには断然いいわけで。

ふと、わからずに連れて来てしまった
“少しいじけた視えない方”とか
人混みで、つい吸着してしまった“負の想念”とか
早く浄化できますし・・・。

それに、入浴しているとき(水に身体を浸すこと)は
人によっては通常の感覚を“特殊な状態”にすることができますよね。
(経験されている方も多いかと思います)

・・・と、こうして、

日々の何気ない行動のひとつも
最大限に活用できれば
この世を生きていくうえでの“賢いわざ”となり
ありがたいものです。

寒い冬の日
ただでさえ身が縮こまり
心も堅くなりがちです。

たとえ、ほんのひとときでも
今宵あたりは
心の問題、悩みなど・・・疲弊する日常の事柄からしばし遠ざかり
暖かいお湯に優しく包まれて
こんな場所あたりへ行ったつもりになったりしながら・・・



とある温泉の風景なimage



とあるホテルの客室なimage



どうぞ、心と身体・・・お大事に・・・。



(・・・と、なんだここは・・・w)
とあるへんてこりんな岩山のimage



「ご公現」の・・・こぼれ話

Posted by 世羽 on 05.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
米国が案の定、隣国との「関係修復」を促してきた。
やはり、自国が被るかもしれない経済的損失をどうしても避けたいのだろう。
だからといって、日本がそれを単独で被る必要もないだろう。


とある雪国の夜空とオーロラimage


何気にマイナーな話題運びで
多くのみなさんにはどうでもいい・・・だろう話ですが。

本日は、ご公現の祝日です。


ご公現のさいのマギたちimage


つまり、キリスト生誕後、
東方からやってきた3人の博士(賢者/マギ)たち、
すなわち異邦人に対してキリストが姿を現したことを記念する日で。
海外ではけっこう盛大にお祝いされたりします。


ご公現祭の様子なimage



ご公現祭のⅢ博士(ニューヨーク)補足image_convert_20140105182736


3世紀ごろ、東方で始まったとされるこの祝いの催しは、
やがて西欧に伝わり
東方の3博士の来訪の話に結びついて、今にいたっています。
国によっては、めでたい「公現祭前夜祭」(Twelfth Night)として
特別のお祝いがされたりも・・・。


ご公現祭の様子(子供たち)補足image_convert_20140105165422



よく参照している例の幻視の手記のなかで、
彼ら3博士について、キリストが興味深いことを伝えているので・・・。

それを、少しまとめてみると、こんな感じです。


信仰が、しだいに死につつあるあなたたちに
今、何を言えばよいのだろう。


あの東方の国の賢者たちには、
真理を保証するものは何ひとつなかった。


彼らには、
天文学上の計算と、
申し分ない生活によって完成させられた黙想のわざしかなかった。


しかし、彼らには信仰があった。

すべてのことについての信仰、
学問に対しての信仰、
良心に対しての信仰、
神の慈悲に対しての信仰・・・
これらが、学問による“新しい星のしるし”を信じるにいたらせた。


彼らは、その星が、何世紀も前から人類の期待していた「あの星」、
メシアの他にないと思った。
そして、『あの星は、メシアの到来を告げ知らせる』・・・という声を、
良心によって信じた。
申し分のない心があったので、
神が自分たちを騙すはずがないと信じた(信じられた)


あのしるしを研究する数多の学者たちがいるなか
それを分かり得たのは“彼らだけ”だった。


あの賢者たちは
自分たちの(現世の)利益を求めていなかった。


人の世のいかなる報いも期待せず、
むしろ、さまざまな苦労と出費を、自らに背負った。
彼らが求めたのは、
神が自分たちのことを忘れずにいて、
永遠の救いを与えてもらうことだけだった。


旅行の決心をしたとき、彼らは何も心配しなかった。
あなたたちであれば、どれほどの心配事を数え上げただろう。


彼らは、遠いインドから出発した。
また・・・
鷲とハゲタカしか住んでいないモンゴルの山脈にあって
神が折々の風と川のうなりによってしか話さず、
氷河のかぎりない広がりに不思議な言葉を書くような、
そんな場所から出発した。
ナイル川が生まれて
まるで水色の動脈のように地中海を目指して進む、その土地から出発した。



ご公現までの旅路な補足image_convert_20140105165046


星が賢者たちを、北、東、南の地から呼び、
神の奇跡によって、三人とも同じ場所へ向かわせ、
何千マイルも歩いたのちに、一点で彼らを会わせ、
言葉の違いにもかかわらず“互いの話がわかる恵み”を与えた。


一度、星が消えたとき、彼らは狼狽した。
しかし、そんなとき、
彼らには信仰と信頼と豪毅と忍耐があふれてくる。


「今は嵐が荒れ狂っているが・・・
神は私を愛し、私がその愛に答えると知っておられるので
私を助けるのを怠るはずがない・・・」


すべての行為の女王ともいえる“正しい良心”から来る平和を持っている人々
彼らはこのように考えた。



ご公現の夜空と3博士たちimage


わたしは、彼らが
「実際に偉大な人物だったゆえに、謙遜だった」と、先に告げたが・・・。


では、あなたたちの生活では何が起こるだろう。

誰かが(実際に)偉大である・・・ということではなく
他人よりもいくらかの勢力を有しているので、
その勢力を愚かな偶像にして自分が偉いと思い、
決して謙遜に至ることがない。


誰かが、ある偉い人の執事であるとか、
ある有名な事務所の受付であるとか、
小さな村の役人であるとか、
つまり、誰かの従者であるために
神のようなポーズをとる哀れな人間となる。


3人の賢者たちは、実際に大いなる人物だった。

自分たちの学問知識の空しさを感じとり、
自らの知識のすべては神が源泉であるとし
物事を見つめる二つの瞳よりも、
物事のなかに、人の手で書かれたのではない
“神の考えによって刻まれた言葉”
それを読める目を与えた神の前に、自分の無知を感じていた。


自分たちの富も、宇宙の所有者と比べて何だろう?
神こそは、
天体と惑星とに、鉱物や宝石を、
愛する人の心に、尽きることのない富をまく。


彼らは謙遜で寛大、従順で、互いに尊敬深くあった。
徳はいつも、他の徳を生む。


そして、神を対象とする徳から、隣人を対象とする徳が生まれる、
彼らの互いの尊敬は“すぐれた愛”である。



ご公現のマギたちimage


と、こんなぐあいで・・・。
そして・・・ちなみに、こんなことも。


あなたたちは、わたしの祝福さえも空しくする。
あなたたちは、わたしを呪うので、
時として
怒りを抱いて落ちるこの手に
接吻して怒りを取り除くのはマリアである。
わたしは、わたしの母には何も拒めない。
だからあなたたちは、わたしの弁護を得るために、
まず、マリアのところに行くべきである。


(聖母マリアは)あなたたちを弁護し、わたしにやさしく勧告する。
「あなたは救い主だから、救いなさい」と・・・。



聖母マリア補足image


ファンタジーのような話かもしれませんから
多々、ご批判があるだろうことは重々承知したうえですが・・・。

でも、たぶん

上の言葉に紡ぎ出されている意味のなかには、
人が生きていくうえでの大切な「何か」
何かしら・・・通じるものがあるような・・・

そんな感じがしています。




ご公現の星と3人の博士たちimage




「お馬さん」の年なので・・・

Posted by 世羽 on 03.2014 季節ごとに   0 comments   0 trackback
遅ればせ・・・ですが

迎春の慶びを謹んで、共にお祝い申し上げます!



お馬さんが駆けるimage



今年は午年です・・・ね。


はるか昔、とある産育系の牧場でお手伝いをしたことがあります。


当初、こんな形になれば、と妄想したりしていたのですが・・・


お馬さんが駆けるimage


いいやそんなことはまったくなく、というか、
もともとあり得ない話でしたが・・・。


毎日、馬房のボロ(馬糞のこと)出し
干し草の入れ替え、
一袋25㎏もあるエサを4~5袋
まとめて台車(三輪の手押し車:ねこと言ったりしていました)に乗せ、
厩舎間を行ったり来たり・・・そのほか
かぎりない肉体労働でした。

たまに、お腹の膨らんだお母さん馬に手綱をつけて
外に引き出し
引っ張りながら歩かせたりするのですが

もともとが競争馬で、
しかも走るのが得意な馬ばかり。
ちょっとお馬さんの体調が良く、気持ちが昂揚してくると
とっとこ、とっとこ早足で駆け出し始めてしまったりもします。



お馬さんお可愛い顔なimage



そんなとき、ちょっとリードするのに失敗しようもんなら、
人の力では引き戻せませんし
一緒に自分が走るはめになってしまったり
(自分が走りながら、徐々に馬を止めるように努力する)
今、想い出しても冷や汗もんです。
(こればかりは、経験しないとわからないかもです)



お馬さんのりりしいお姿な補足image_convert_20140102233853



だから何ということもありませんが・・・。


馬の性格も、他の生き物と同じく、実に多様です。
なかには、ひねくれた感じの暴れ馬みたいのもいました。
手のつけられんぐらいに荒んでいたのです。

気持ちがなんとなくわかったのですが
そこには、人間への不信がありました。

たぶん、その牧場にやってくる前に
酷いことをされた記憶が残っていたのではないかと。

結局、人も動物も
「されたことや、住環境によって」性格が変わるんだな・・・と
知らされました。

本来、馬の目はとても可愛いのですが
心が歪むと、やはり眼にキツさが出てきます。
ちょっと、可哀想なヤツでした。



お馬さんの眼なimage


と・・・

そんなお馬さん

ひょうきんな姿もいろいろですし



お馬さん近影なimage


お馬さんの楽しげなimage



野性の馬や、競走馬もさることながら
いろいろと人間社会でも活躍しています。
(日本ではあまりお目にかかれませんが)



お馬さんのポリスimage


あまりにカッコ良すぎで・・・。



お馬さんの完全防備な姿image



お馬さんの完全防備な姿2image



このわんちゃん・・・
そんなお馬さんに出会った興奮と
緊張と嬉しさが身体からにじみ出ており・・・あはは。



お馬さんに喜ぶわんわんおimage



他種の動物たちとの交流も頻繁で


お馬さんと仲良しさんのネコさんimage


お馬さんと鷹さんのimage



お馬さんとわんころのimage



夢学で著名なスイス人ハンス・クルト氏
夢見での「馬」についての第一象徴
精神生活や性生活が乱れていないことを示す・・・と解説していたのを
想い出します。

それからすれば、神馬・・・というのも、
人類の深層意識に宿る原型のひとつなのでしょう。

ネコや犬と違って、
間近に馬を直に見ることは、あまりないかもしれませんが
(人を乗せずに)本気で走る馬の姿は実に美しいものです。



お馬さんのimage


2014年午年で始まったのは、
そんな隠喩も含んでいるかもしれません。


お馬さんの親子なimageI


そして、意味ある時代を走り出したかのように
人類の「疾走の時代」が開きました。


お馬さん雪のなかを行くimage



市井に生きる自分も、
この星に住むすべてのみなさんのライディングが、
飛びきり上手なものになりますように
・・・と祈りつつ
新しい年の扉に入ってみます。




お馬さんの綺麗なimage






  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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