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内なる声に誘われて・・・「マッサビエルの洞窟から」のつづき

Posted by 世羽 on 31.2014 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
伊勢と出雲が手を組んだのを見て・・・「こりゃあ・・・」と想っていたが
ふ~ん、そういうことかぁ・・・(一人納得)。
だんだん楽しみになってきた。
敷島よ・・・頑張れ。


黄金色のimage



前回からのつづきです。


内なる声に誘われて

正体不明の不思議な存在と出遭った2月11日の木曜日・・・
ベルナデッタは両親にきつく注意され
母ルイーズからは
「私たちの眼や耳は、ときどき幻を見たり、
不思議な声を聞いた入りすることがあるのよ。
悪魔だって人を騙そうと、
あの手この手で心を捉えようとすることもあるわ。
こんなときは、そういうことから早く心を離して忘れなきゃ」


などと、忠告を受けていました。

けれどベルナデッタは、どうしても
自分に現れた「誰か」が悪い存在とは思えませんでした。

そして、洞窟へ「行きたい」と想う気持ちは強くありましたが、
叶わないまま、2月14日の日曜日を迎えます。

この日、ベルナデッタは
心のなかに「洞窟に行きなさい」という
はっきりとした強い促しを受けます。

それで「あそこに行かせて・・・」と、母に何度も願い、
父が「ロザリオをかけているのだから悪いものではないかもしれない」
助け舟を出したこともあって、
母も根負けし、
『まあ、改めて何もなかった現実を知れば
かえって妄想も消えるだろう』
・・・と
戻る時間を決めて、洞窟に行くことを許します。

嬉々として洞窟に向かったベルナデッタには、数人の子供たちがついてきました。
彼女が「何かを見た」話は、それとなく伝わっていたのです。


ルルド(御出現の聖母)image


「もし、見えるものが悪いものだといけない。聖水を持っていこう」
ベルナデッタたちは
途中、教会に立ち寄り、「聖水」をもらっていきます。

洞窟につくと、
ベルナデッタは友達と一緒にロザリオの祈りを始めます。
ちょうど、その途中・・・・。

(メモ:ロザリオは5連で一環
一連は、主の祈り1回、天使祝詞10回、栄唱1回を唱える。
時と場合、また人にもよるが、
1環を唱えるのにおよそ20~30分ほどかかる。
なので、そのどこかのあたり)


ルルド(ベルナデッタの祈り)image


「ほら、あそこ。ロザリオを右の腕にかけている!・・・」
と、ベルナデッタが小さい洞穴を指さしました。

しかし、ほかの子供たちには何も見えません。

子供の一人が聖水を渡してきたので
ベルナデッタはそれを受け取り
「あなたが、ほんとうに神さまのお遣いなら、こちらに近づいてください」
と言って、「誰か」に向かって聖水を撒きます。

そして、
「聖水をかけても怒っていない。喜んでいるみたい!」
と叫びました。

この辺りから、
ベルナデッタに急な変化が生じていきます。

当時の子供たちの話によると

「その時、ベルナデッタの顔は神々しく輝いて、
いつもとは全く違う感じで、美しく見えた・・・」
・・・と。

しかし、あまりの変化に狼狽した子供たちは心配になり
「ベルナデッタがこのまま死んでしまうかもしれない・・・」
と思い始めました。

このころ、
噂を聞いた別の数人の子供たちもきていたので
そのうちの一人がベルナデッタに近づき、彼女に言葉をかけます。
でも
ベルナデッタは無反応で、身動きひとつしません。

それで、子供たちは騒ぎだします。

ちょうどこのとき
たまたま洞窟の上の道を通りかかったニコロ家の夫人たちがその騒ぎを知り
何事か・・・と、駆けつけます。

そして、ベルナデッタの様子を見て非常に驚き、
声をかけたり、身体をゆすったりしてみましたが
ダメでした。

もともと理由がわからず駆けつけた人たちだったので、
わけがわからないまま、何とかしなければという思いだけで
とりあえず、力自慢の息子を呼びに行きます。

というのも、それだけベルナデッタの身体が異常に重くなっていて
動かせなかった・・・。

助けを求められて現場にやってきた息子は、
ベルナデッタの姿を見て仰天します。

のちの彼の証言はこうです。

「あのとき、彼女の顔は、まるで白い蝋(ロウ)のようだった。
石に跪いて洞穴を見つめており、
合掌した指のあいだからロザリオが垂れ下がっていた。

微笑みながら泣いていて・・・でも、凛とした美しい姿だった!
私は、そのあまりの神々しさに心打たれて、
近寄ることができなかった。

母も伯母も(ニコロ姉妹のこと)、他の人たちも、
洞穴を見てみたが、私たちには何も見えなかった」



ルルド(聖母とベルナデッタの御絵)image


大人たちは、そののち
やっとのことでベルナデッタを立ち上がらせ
なんとか、サヴィの水車場まで連れ戻ります。

ベルナデッタの妹は、姉のあまりの変化を眼にし、度肝を抜かれ
自宅に駆け戻ると泣きだしました。
で・・・母親は、ことの子細を知って、
ベルナデッタが運ばれた、その水車場へと急行します。

娘を前にした母親は、
「あれほど注意をしたのに、なんでこんなことをしたの」と
凄い剣幕でベルナデッタを叱りつけ、
棒きれを振り上げてまで、おしおきをしようと怒りを顕わにするのですが、
それをニコロ婦人が止めます。

「そんな乱暴なことをしてはいけませんよ。
娘さんに、いったい何の過失があると言うの?
さっき、私が見た娘さんの姿は
この世のものではありませんでした。

美しくて、尊くて・・・。天国の聖人みたいで、
私はけっして忘れられない・・・」



この日、ベルナデッタに起きたことを目撃したのは
ニコロ家の人々と、子供たち数人でしたが
この話は、たちまち村中に噂が広まってしまいます。

そのような人たちのほとんどが
起きたことの詳細を知らず、「単なる子供の世迷い言、妄想だろう」
思っていたので
ベルナデッタの母は、それを知り、
「このままでいたら、私たちはみんなの笑いものになってしまう」
ということばかり危惧していました。

そんな住民のなか
アントワネット・ペレーという女性が
最近帰天した、とある有徳な女性のことを思い起こし
もしかしたら、その女性が現れたのかもしれないし、
事情を確かめてみようと
友人のミレー夫人を誘って、スビルー家を訪ねます。

そして、あまりに“家の体裁のみ”を心配していた母親を見かねて
こう言いました。

 「お嬢さんは悪いことをしているわけではありませんよ。
 洞窟に行きたがっているのをあまりに止めるのは
 かえってためにならないかもしれません。
 神さまの思し召しということだって
 あるかもしれないじゃありませんか」


「神さまの思し召し」・・・この言葉がベルナデッタの母親の心を幾分なごませたのか
結局、娘のことを、この二人にまかせてみよう・・・と思い立ちます。


で・・・


同年2月18日の朝早く
この二人の女性はベルナデッタと一緒に
洞窟へと向かいます。

二人は、もし現れる「誰か」が「何者」かを教えてくれるようならと
用意周到に、紙とペンを持参します。

洞窟には、
一足早く着いたベルナデッタが跪いてロザリオの祈りをしており
しばらくすると、
「あ、現れた」とつぶやいて、挨拶をするように頭を下げました。

二人の女性には、まったく何も見えません。

ベルナデッタが祈りを終えると・・・

アントワネット夫人が
「その方が何か知らせたいことがあるかもしれないから
これに、名前と言いたいことを書いてくれるようにお願いしてみてちょうだい・・・」

頼みます。

ベルナデッタは言われたとおりに「誰か」に近づいていくと
「誰か」は大きな洞窟の上あたりに移動します。

それでベルナデッタは
「あなたがほんとうに神さまからのお遣いなら
名前と、お望みのことを言ってください。
そうでないなら、ここを離れてください」
と言います。

はじめ、微笑んでいた「誰か」は
この最後の言葉を聞くと、一瞬眉をひそめ
首をふりました。

その様子を見たベルナデッタは、思わず後ずさりしますが
「誰か」はそれを止めました。

そののち、ベルナデッタは紙とペンを差し出して
「お願いします。これに名前とお望みを書いてください」と頼みます。

すると「誰か」は微笑みながら
ベルナデッタが話している「方言」で

「言いたいことは、書くまでのことではありません」
「あなたは、ここに15日間来ることを約束してください」


と答えます。

さらに、
ベルナデッタと同行した二人の女性が一緒に来たことが気に入らないのか・・・
という問いかけに、「問題はありません」と告げます。

そして・・・・

ベルナデッタと「誰か」のやりとりは1時間ほどつづき
その後、「誰か」は去りました。

同行した二人は、さっそく
どんなことを話していたの・・・と、ベルナデッタにあれこれと尋ねます。

すると彼女は、とても嬉しそうに、
しかし、どことなく悲しげにこう言いました。

「あの方は、わたしに
『あなたに幸福を与えます。
 しかし、この世ではなく後の世で』
・・・と、言いました。
 そして、みなさんを見て優しく微笑まれました」


この日、
二人の女性はベルナデッタを自宅に送り届けると
母ルイーズに
「こんなに恵まれた良い娘さんを持ったあなたは
なんて幸せなんでしょう。
私たちは、本当に羨ましいと思います」
と話しています。


ルルド(ベルナデッタ立ち姿近影)image


後日、「誰か」が「誰であったか」がわかったとき
この二人の女性は、ベルナデッタから知らされたことを
感慨をもって、周囲に話し、
度々思い起こすことになりました。

とはいえ、

周囲の人々の“好奇な目”“諸々の批判・中傷”
日を追うごとに増え、
スビルー一家は、ほんの一握りの人たちを除いて
針のむしろ状態に置かれることになりました。

母ルイーズは悩みます。

『仮に「誰か」がそれほど悪いものではなかったとしても
無学で、公教要理
(カトッリックの一般的な教義)も知らず、
初聖体すら受けていない私の娘に
そんな素晴らしい恵みがくだるはずがない・・・』


思いあまったルイーズは、妹ベルナルドと申し合わせ
ついに自らも、現場を確かめに行くことを決意します。


そして・・・はじめて
娘の変容を見たとき、母親が何を想ったのか・・・。



つぎに、そのあたりから書いてみます。


*****

遠い昔、はじめてこの物語を読んだとき
心に響く「何か」を感じました。

そして、

本当に“神々しい存在”に出遭い、
その想いを抱きしめたなら
その人は出遭った存在に似たものになっていく・・・
それを「心」で知りました。

このことは、
自分が長じながら
世間のさまざまなを身に帯びていくなかでも
心の奥底から響き、
途切れたことはなく
いまも感じ続けています。

それは、お金にはならないこと。
人の眼にも触れないこと。


でも、いま
一つの物語から芽生えた心の「想い」
何にも代え難いものになっています。


ルルド(とある聖母像正面)image_convert_20140531002525


なので・・・
そのことに導いてくれた「何か」に
心から感謝しているというか・・・。




ルルドではロウソク行列も有名です。
これはベルナデッタが、洞窟の貴婦人から
お願いされて行われることになったもので。
その時に大合唱される歌の一つ・・・
とりあえず、日本語のものを貼り付けておきます。







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マッサビエルの洞窟から・・・その日

Posted by 世羽 on 29.2014 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ここのところ、ニュースな話題があまりに多い。

その影で
某大手スーパーが、外国人の労働者を大量雇用した・・・と小耳に。
正社員としての外国人労働者の雇用比率
数%から50%あたりまで引き上げていくという。
で・・・はじかれた日本人はどこに行くんだろうか。

追い打ちをかけて
労働者としての移民推進となると・・・痛いレベル?のような。

櫻井よしこ氏の移民推進論も、なんだかよく分からなくなり

どうも・・・

ボケて(俺は疲れている)image


・・・・・といった感じになる・・・・・



ルルド(蝋燭行列)image


たいていの人が知っているルルドの逸話・・・
その地も、観光地としてよく知られています。

今更という感じですが

実際に、どんなことが起きていたか
あまり知られていない「かも」しれない部分を
かいつまんで
自分なりに書いてみたくなりました・・・。


その日

事が起きたのは、多くの方がご存じのとおり

1858年2月11日、木曜日。
ピレネー山脈のふもとのルルド・・・。

少女ベルナデッタ・スビルー
正体不明の「貴婦人」が現れたことから始まります。
(当初、ベルナデッタは
その貴婦人を「あれ」とか「白いもの」などと呼んでいた)

当時、ベルナデッタは14歳でした。

彼女が、製粉業を営む両親の長女としてこの世に生を受けたとき
家庭はそれなりの生活ができていました。

ところが、
人がいいというか、商売下手というか
つけ払いを拒否することができなかったり
困っている人に気前よく料金以上の粉をあげてしまったり
そんなことを続けているうちに
スビルー家の商売は成り立たなくなってしまいます。

あげく、スビルー家は破産し
一転、極貧生活を強いられることになります。

家賃もまともに払えない
住む場所さえなくなる・・・というありさまで
やっとのことで
身内の恩情で借りた住まいは
元刑務所だったところの一部屋。

湿気も多く、
子供を抱えた家族が生きるには、非常にシンドイところでした。

彼女の父親の従兄サジューがのちに証言した記録によると

そのころ、一家が持っていた家財道具といえば、
古ぼけた布団2組
ボロきれのような衣服や物を入れる缶箱が一つ
修繕しまくった椅子2脚
あとは粗末な皿が4~5枚ていど。

それがこの家族の全財産でした。

その日の食事にことかき
1枚のパンにもありつけず
4人いた子供のうちの幼い末っ子(弟)などは
空腹のあまり、教会の聖堂のローソクから垂れたロウを拾って
食べてしまったこともあった・・・と伝えられています。

なので
「世の中には貧しい人はたくさんいるが
 ここまで貧しい人たちは滅多にいないだろう・・・」

と言われていました。

そんな極貧でしたが、彼らはそうした生活にめげず
周囲に卑しいふるまいを見せることがなかったようです。

ベルナデッタは妹や弟の面倒を見る必要に迫られ
勉学はもちろん、読み書きすらできないままで長じていきます。


ルルド(椅子に座るベルナデッタ)image


そして、事が起きた当日の昼頃・・・。

彼女の母が昼食をつくるのに「薪がない」ことがわかり
ベルナデッタは、その場に居合わせた妹や隣家の友達と一緒に
貧しい人たちがよく薪を拾いに行く川辺へ
流木や、枯れ枝を調達しに出かけます。

その場所の近くには「マッサビエル」と呼ばれる洞窟があり
間口が12~13m、奥行きが7~8mほどの“大きな洞窟”と
その右上方向に、
人が立てるくらいの“縦長の小さめの洞穴(ほらあな)”がありました。


ルルド(マッサビエル)image


薪を拾いながら、この洞窟に近づいた彼女たちは
川の本流から引き込まれた“掘った川”の対岸に
薪に使える木々をみつけ、そこに行こうと川を渡ります。

他のみんなが渡っても
ベルナデッタはおたおたしていました。

もともと、病弱で喘息持ちで
冷たい川の水に足を濡らして、体調を崩したら・・・
とためらったのです。

それでも、川を渡るために
思い切って靴下を脱ぎかけた時でした。

このときのことは、
繰り返して行われた厳しい取り調べで彼女が話したことや
後年、彼女自身が書き残した記録から
こんなふうに伝わっています。


「私がもう片方の靴下を脱ごうとしたとき、突然、
 大きな風のような音が聞こえました。


 ハッとして、川の両岸にあるポプラなどの木々を見上げました。
 でも、何も変わったことはありませんでした。


 それで、『思い違いだったのかしら』と、
 もう一度靴下に手をかけたとき
 同じような音が川の向こう岸から聞こえて来ました。


 私は凄く驚いて、友達を呼ぼうとしました。
 でも、声が出せませんでした。


 頭をあげて、洞窟のほうを見ると、
 小さいほうの洞穴の入り口に生えている野バラや雑草が
 激しい風を受けているかのように縦横になびいていました。


 でも、それ以外のところの草木は
 まったく動いていませんでした。


 そのうち音は消えて
 洞穴の中から黄金色の雲が出てきました。


 そして、そこに
 歳の若い、ほんとうに美しい“貴婦人”が
 野バラを足に踏んで足っていたのです。



ルルド(初めてのご出現)image


 私はこれまで、
 あれほど美しく、気高いご婦人を見たことがありません。


 貴婦人は私を見ると、愛情を込めた感じで微笑んで、
 頭を下げるようにして会釈をしたのです。


 その“お方”の右腕には、ロザリオがかけてあり
 腰の辺りまで長く垂れていました。


 私はとても怖くなって
 後ずさりして
 みんなを呼ぼうとしたのです。
 でも、声をあげる勇気すら出ませんでした。


 『私の見間違いかもしれない』とも思ったので、
 何度も眼をこすってみたり
 瞬きをしてみたのですが
 その貴婦人は、相変わらず私の前方に立っていて
 私のほうを見ていました。


 まるで、優しいお母さんが子供を呼ぶような微笑みを浮かべながら
 こちらにいらっしゃい・・・とでもいう様子でした。


 私は怖ろしくて、近づけませんでした。
 
 かといって、退くこともできなかった・・・。

 なぜかといえば
 このときの「怖れ」は、恐いというのとは違うような
 逃げ出す気にならないもので
 なにか、言葉にできない喜びを感じるものでしたから。


 それで私は、祈ってみようと思い
 いつも肌身離さず持っていた自分のロザリオを
 ポケットから取り出して跪きました。


 すると、貴婦人はそれを喜んでいるようでした。

 (祈りの前にする)十字の印を切ろうとしましたが
 手が重すぎて額にまで持っていけませんでした。


 そのとき、貴婦人は私の正面にお立ちになり、
 ご自分の腕にかけたロザリオを手に取ると、
 静かに十字架の印をなさいました。


 私もそれに倣ってみたら、
 こんどはふつうにできました。


 その時から、心はとても落ち着いて
 なんとなく、
 自分の心が貴婦人の心へと溶け込んでいくような気がしました。


 私がロザリオの祈りを唱えるあいだ
 貴婦人は沈黙したままロザリオの数珠を繰っていましたが、
 栄唱を唱えるときになると、声を出して
 一緒に唱えられました。


 私はロザリオを唱えながら、
 眼をこらして貴婦人を見ていました。


 貴婦人は真っ白な長いお召し物で、
 首のあたりを白い紐で結び
 両足がつま先のところだけ、ほんの少し出ていました。


 その足元には黄金色のバラの花が咲いていました。

 胸の下あたりには空色の帯が結ばれていて、
 帯の両端は膝のあたりまで垂れていました。


 頭には、白いヴェールを被っていて、
 そのヴェールが、背中と両腕を覆うようにして
 膝の下まで垂れていました。


 右腕にかけておられたロザリオは
 金色の鎖に大きな白い玉をつないだものでした。



ルルド(聖母像)image


 歳は、16~17くらいに見えました。
 そして
 身体のまわりは、まぶしく光り輝いており、
 ときに眼がくらむほどでした。


 貴婦人は、私がロザリオの祈りを終えると
 ていねいに会釈をし、洞穴の奧へと姿を隠されました」



ルルド(聖母像と灯火)image


貴婦人が姿を消し、ベルナデッタは我に返ります。
ふと見れば
妹や友達が、はしゃいで遊んでいました。
それでベルナデッタは
「ここで、そんな遊びをするなんて・・・」
(つまり畏れ多いことだ・・・と思った)

と、同行者たちをたしなめます。

すると、彼女たちは
「なんでそんなことを言うの?」と切り返します。

彼女たちは、跪いて祈っていたベルナデッタを見ていたようで
「こんなところでお祈りをするなんて、馬鹿みたい。
教会で祈るだけでいいのに・・・」
と笑います。

で・・・それとなく交わされた会話から
ベルナデッタは
みんなは何も見ていなかったんだ・・・と、気づきます。

いま起きた出来事が
ベルナデッタだけに起きたことだったのだ・・・と
悟ったのです。


ルルド(ベルナデッタ1858近影)image


一方、姉の様子にかなり不審を抱いた妹は、戻る道すがら
ベルナデッタを問いつめます。
そして
「他の人には言っちゃダメだから・・・」、
「うん、言わない」

子供どうしの約束をして
ベルナデッタは自分の体験したことを妹に打ち明けるのですが・・・・。

その日のうちに、両親の知るところとなりました。


父も母も、このときはベルナデッタに起きたことを信じられず、
仮に、何かが本当にあったのだ・・・としても
「良からぬ霊か何かが
 災いをもたらそうとしているのかもしれない」

と考えたりし、
「二度と、そんなところに行ってはいけない」
 ベルナデッタに強く言い渡します。


ルルド(聖母像と灯火)image


この日から、常人の知ることのできない
ベルナデッタのさらなる心の神的体験
始まっていくことになります。



(・・・この先、もう少し続けてみます)


ルルド(ステンドグラス)image




とある「耐性菌」・・・

Posted by 世羽 on 26.2014 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback

泳げる鍾乳洞(メキシコ)image


ここのところ色々なニュースがてんこ盛りで
ありがたいことに
「鼻血マンガ」の件が静かになりました。

今の日本にとっては非常にナーバスな話題で、
しかも、いくつかの要素が絡んでいるために
この件は扱いにくいものでした。

医学的な見方でも意見がいろいろあったり
作者の“反日姿勢”も、以前からが取り沙汰されていましたし・・・。

そんなことも絡み合いながら、巷では

放射能と人との危険を提唱する人たちには
「ほら、やっぱりそうじゃないか」と意気込むきっかけとなり

どうにか平穏な日常を取り戻した方々からすれば
「やっと、元の生活を取り戻しかけているところに
 なんていうことをしてくれたんだ」

と悲しく想うことになったり
「政府が何を隠しているのか」と、疑心暗鬼が生じたり

作者さんの、これまでの言動を知り
追求してきたみなさんにとっては
「またか・・・。いいかげんにしろ」ともなった。

国や地方の運営を司る立場のみなさんであれば
風評から、国益を護ることを考慮して
「・・・・・」となったことも
それなりに理解できます。


DNA(フォトイメージ)image


当該地区・住民のみなさんのなかにも
感じ方が色々あることが伝わっています。

東京ブレイキングニュースでは
久田将義氏が記事にしていました。
(抜粋すると)

井戸川元町長の
「誰も知らないだけで鼻血を出している人はいる」についてだが、
僕が早速、双葉郡出身の現役作業員(つまり被災者)二人に聞いたところ、
一人は苦笑しながら
「鼻血が出ている人なんか聞いた事ないですね」と言い、
もう一人は明らかにムッとしながら
「何ですか、その漫画。
 周囲に鼻血とか出ている人間は一人もいませんよ」
と答えた。


雁屋氏はどのような「取材」をしたのだろうか。
井戸川元町長の言葉があまりにショッキングだったので、
読者に放射性の危険を訴えたくてあのようなシーンを入れたのだとすれば、
取材範囲が余りにも狭いのではないか。


確かに、僕も被災者・作業員たち全員に聞いた訳ではない。
しかし、二年半ながら、原発作業員・被災者に取材してきた。
鼻血が出ているかどうか、
メールや電話で確認をすればすぐに、
井戸川元町長の言っている事に「?」が付く



どう捉えるか・・・

現時点では、人それぞれに複雑な想いや主義主張があって
完全なデータでもなかった話の流布への受け止め方が分かれたのは
自然な流れだったでしょう。


そんななか、個人的に想うことがあります。

どれほど「危険」を指摘されても
よんどころない諸事情があって
事故現場の近くに住むことを余儀なくされている方々がいるとき

日々を「恐怖」に晒し、
絶望や、“必要以上の心配”のなかで
不安を感じながら生活することは
心身に悪影響を与えます。

痛みを抱える日本で暮らす以上
多少のリスクが懸念されたとしても
希望をもって生きてこそです。

なので、以前
チェルノブイリでの事故を引き合いに出して
「祈り」が泉の水を汚染から護った話を記しました。

「なんだ、気休めか」と言われるでしょうが
自分はそうでもない・・・と想っています。

地球には、
最強の放射線耐性菌
(デイノコッカス・ラディオデュランスDinococcus radiodurans)もいます。

この菌は1956年、
オレゴンの農業試験場で
“牛の挽肉の缶詰”に「放射線をあてて滅菌する実験」の途上で
発見されました。

このとき、ガンマ線を照射したにもかかわらず
中身が「腐敗」した・・・。
つまり、菌が“生きて”作用したわけです。

そして、その耐性菌が取り出され、
「放射線に耐える奇妙な果実」を意味する学名がつけられました。

見た眼が葡萄に似ている?からでしょうか・・・w。


放射能耐性菌(Deinococcusradiodurans)image



この放射線耐性菌は、放射線被曝以外の過酷な条件、
たとえば極度の乾燥状態をはじめ
高温、低温、低圧力、酸の環境下
にも耐えます。

なかでも驚くのは、
人が1000ラド(rad)ぐらいで致死量となるガンマ線
150万ラドも被爆しても生き延びること。

もの凄く放射線を浴びると、
さすがのこの菌も
DNAが破壊されてバラバラになるのですが、
早いものでは、数時間のあいだにそれらを修復し
“有害な結果”すら残さない
・・・という結果も得られています。

緩歩動物(かんぽどうぶつ)に属するクマムシ
無代謝の休眠状態で
高線量の紫外線、X線等の放射線に耐えます。
たとえばX線だと
人のX線致死線量が500レントゲンであるのに対し、
クマムシは57万レントゲンまで耐えることができます。


放射能耐性(クマムシさん)image


今、人間の生体能力は
こうした菌以下で
被曝に対してまったく無防備だ・・・と捉えられているのですが


アホか・・・と言われるのを覚悟で言うと

人には
こうした被爆に耐えられる能力(もしくは新たに発現する修復能力)が
知られている以上にあるのではないかと。


最近では
米ウィスコンシン州マジソン大学の生物化学者マイケル・コックスとそのチームが、
人の腸内細菌の一種、大腸菌「E.Coli」に、
放射線のダメージに対する耐性を持たせる研究を行っています。


DNA破壊image


そこでは

これまでの4倍の電離放射線に被曝しても、
自己のDNA損傷を復旧できる「超・E.Coli菌」の培養に成功しています。

これは、そうした腸内細菌と共生している「人類」にとっても
“放射線被曝による傷を自ら修復できる可能性“
示唆しています。

この修復システムは、
折々の環境条件に適合し、変化しながら、
放射性物質に対する抵抗力を構築しているようで
どれくらいまで“抵抗力”が増加していくのかなど、
今後の研究も待たれるところです。

いま少し時間がかかったとしても
けっして「希望」はなくならないと感じます。



DNAimage



とにかく・・・

あらゆる抵抗力を高めるにおいて
「恐怖や不安」が大きな阻害要因となる
のですから


何にせよ、
どんなちっぽけなことでも
「善い方向」を見つめることが
心身ともに本当に大事でしょう。


繰り返しになりますが
あの事故の日以降
世界の名もない人たちが、
明るい未来のため
沈静化の「祈り」をつづけています。

自然界がそれを、どう受け止めるかはわからないにせよ

いまはもう、

人の心の危惧を再燃させるより
国民の意識を総結集して
事の原因を改善する方向に全力をそそぐほうが
賢明だろう
・・・と感じます。


あのときあれがなかったなら・・・

と想う事柄は、人生でもしばしばありますが
過ぎた日々を戻すことはできず・・・。

とはいえ、
どんな時にも「希望」を抱き続けてこそと想うわけで。


ですから、

国土に突き刺さる「痛み」を抱えていても
どうせなら
心を強めることを発信してほしいな・・・と願うのです。



薬も治療も与えられない植物が、
それなりに、年ごとに活き活きと芽を出し



緑の芽生えimage



新聞やテレビに報道されることもない小さな生き物たちが
必死に生きようとしているかもしれない。



緑の上の水玉とアリさんimage



カエルと葉っぱ傘image



どこにでも行ける空を飛ぶ鳥たちも、
生まれ故郷で精一杯生きている。



どこかの雀さんimage



それを想うとき

何よりも
この国土に生きる命の諸々を「応援」したくなります。


国に望むとしたら、今は
本気で叡智を結集し、
炉心の処理と除染について
新しい方法を発見するための助力をしてほしい。


そして、能力のある(研究者の)みなさんには
何十万年もかかる処理・・・などと、既存の概念に縛られず
諸元素の崩壊年数を飛び越えて
与えられた問題を解くことをめざしてほしい・・・。

かくいう自分は、恥ずかしくも祈るぐらいしかできませんが
それでも本気で
こんな感じで里山にも川にも、とびきりの笑顔を戻したい


少年の川釣りimage


・・・と思って取り組んでいます。





で・・・やっぱり、動物は・・・w。

犬さん先にヨガるimage



もしも「犬とか猫とか」になったなら・・・

Posted by 世羽 on 22.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
2011年の森永卓郎氏の発言。
「私は日本“丸腰”戦略というのを提唱しています。
 軍事力をすべて破棄して、非暴力主義を貫くんです。
 仮に日本が中国に侵略されて国がなくなっても、
 後世の教科書に
 『昔、日本という心の美しい民族がいました』
 と書かれれば、それはそれでいいんじゃないかと」


・・・自分は・・・すんません・・・無理・・・。
  侵略には、たぶん抵抗します。

参院憲法審査会での福島瑞穂氏の発言。
「集団的自衛権の行使は、
 日本が攻められていないのに
 他国防衛を理由に、売られていないケンカを買いに出て行く。

 安倍晋三首相が記者会見で言った
 (避難民を輸送する米艦の防護などの)事例は、
 ファンタジー(空想)やフィクション(虚構)。
 非現実的で、あり得ないことを言っている。
 “集団的自衛権の行使”を導きたいために、案を作っている」


ファンタジーとフィクションねぇ・・・。
すると、
ご自身がかかわった隣国関連の、あの【【問題】】は?・・・なんて。

まあ・・・そんなことはどうでもいいか。

それより
21日午前
久米島沖で目撃された地響きを伴った「きのこ雲」が何だったか
のほうが気になるかぁ。


犬と一緒image


(上のように、どうしても看過できないことがあると
つぶやきたくなる自分・・・なので自戒をこめながら、本日も・・・)



ネットで、
犬の「ほっこり」する話しが流れていました。

それは、イギリス・ロンドン大学がした犬の研究の話題でした・・・。

犬には
飼い主のみならず、たとえ見知らぬ人であっても
誰かが悲嘆にくれている様子を見せると
ごく自然にそれを察知して
傍らに寄り添って慰めようとする習性がある。


しかもそのとき、自分の楽しみとなる行動をしていても
中断してまで、そうする。
これは本能的に犬が考えることらしい・・・。


この行動の生じる比率は、約84パーセント。


ん~。かなりの割合です。



犬ともだちimage



これまでときおり、つぶいたのですが
身近にいる犬や猫たち(その他の動物たち・・・)を見ていると
教えられることが多々あって。

なかでも「最高だあ・・・」と感じるのは
無償の“好意”を示してくれていると実感するときです。



とある猫さんの近影image



たとえ、“人”である「飼い主さん」が
世間で疎まれていようと
悪人に位置づけられていようと
多少、性格がひんまがっていようと
犬や猫の、人に対する「好意」(愛情)は変わりません。

人は、親や子、兄弟姉妹、夫婦といった
最小単位の大事な関係でであっても
色々な骨肉の争い、感情の亀裂が起きたりします。

それが、職場などの人間関係の場ともなれば
推して知るべし・・・の状況でしょう。

いったんそんなことが起きると

人同士の「好意」は
儚くも崩れ去り
恨んだり憎んだりもします。


一方、人の傍で生きる犬さんや猫さんたちは
こっぴどく怒られても
殴られたりしても
よほどのことがないかぎり、傍らにいる人を慕います。



犬と幼い少年のいる情景image



彼らは、共に暮らす、傍にいる人間の、
どこを見て。
何を感じているのか・・・。

その答えに、簡単に気づけたとしても
はたして、
人が同じように“他者を捉えることができるか”
・・・と言うと
そうでもない。

犬さんや猫さんたちは
たとえ、何か酷いことをされたからといって

相手を「赦す」といった、たいそうなことをするわけでもなく

さまざまな手のこんだ「心の調整」をしているわけでもなく

この星の外からの助けを求めるわけでもなく・・・

生命がどのような形で尽きようとも
自分の置かれた場所で
その最後の時まで
天から与えられた生命を潔く全うします。


たとえ個体によって、性質や行動に特徴が出たとしても
大筋の生き方は同じような感じです。

たとえ、物が作れなくても
大した文明を築けなくても
それはそれで、「たいした本能」です。



ストリートドッグimage



なのでときおり

「犬とか猫とか」になって
掛け値なしに、ごくごく自然に「人」を見ることができたら・・・
どんな感じかな
・・・と想像したりして。

きっと世界も、
いま、感じているのとは違って
もっと自然に、暖かく受け止められるだろうし・・・
国が国を恨むことだってなくなるだろう・・・


と、思ったりするわけです。


人が傍にいなかったら、
犬や猫・・・はたまた他の動物たちも
人に似た行動を起こすような“意識の進化”があったかどうか
・・・と想いもしますが



ベルリン動物園の白くまさんimage



人は、人であるがゆえに
ものすごく貴重な存在・・・
と過大評価され過ぎている気もしており。



仮に、この惑星に人がいなかったとしても
犬さんや猫さんたち、その他の生き物たちは
それなりに生きていくでしょう。


犬と子羊image


はたして、生き物たちにとって
また、この星にとって
人とは何なのか・・・と、
改めて想いをめぐらします。


草原の緑とヒツジimage


そして・・・

もし、
自分が犬とか猫とかで、飼い主さんがいる身だったら




傍にいる人をトコトン愛し

猫さんと幼女image




その人が喜んでいるときは一緒になって飛び回り


犬と遊ぶimage




悲しんでいたら寄り添って慰めて


犬の添い寝(セラピー)image




もし、その大事な人の生命が危険に晒されて、
そのとき自分にできることがあったら
我が身を捨てても護る・・・・。



犬と兵士image


犬さんたちの弔いと涙image



そんな具合だったらいいなと。


で、ほんとうは

「犬でも猫でも、その他の生き物」でもなくて

「人」であるときに、

いつもごく自然に湧き出るがごとく、
そんなふうにできたなら・・・最高だな・・・と。




犬と少女と夕陽image



「国防」の所感と、とある祈り・・・

Posted by 世羽 on 20.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
19日夜の9時ちょっと前頃、いきなりグワーンと体感が上昇。
以後、山を上がったり下がったりする状態が続いている。
地の底からの響きも大きい。海外クラスだとなんか・・・こう・・・モゴモゴ。


太陽と少年image


かつて、ジョン・F・ケネディが大統領だったころの米国。
そのころに奇妙な文書がまとめられた・・・と
言の葉にのぼっていたことがあります。

再確認しようと、検索してみましたが、
どうも、みつかりません。

どんなものだったかというと

いまでは文書のタイトルも定かでなく
これまた「妄想」の類かもしれず・・・ですが。

ただ、内容は漏れ伝わっていて
こんなものでした。


そのときの米国政府は
「長期的な平和」を実現するにはどうしたらいいか・・・を
国の利権に基づいて考察しようとしていました。

その道の識者を十数人ほど選出し
2年くらいかけて研究したようです。



もし、長期的な平和が訪れたと仮定して

米国が今後、
どのような問題に取り組んでいくことになるか・・・について、
論議が重ねられたのです。

そして一つの見方が出ました。

(当時の)先進社会は、すでに需要の実際を超えた。
 あらゆる製品が“超過供給”するまでになっている。
 そうした在庫製品のはけ口としては
 浪費や消費の大がかりな促進がぜひとも必要だ・・・」


戦争は、人工的に“需要を創出できる最大の方法”だ。
 あまった在庫製品の処理を解決できる手っ取り早い手段でもある。
 しかも戦争は、
 国家の団結に一役買うばかりか
 反・社会分子にも
 社会の一員としての道を与えることができる」


もう、何というか、冒涜的とも言える見解です。

とはいえ、流石に
戦争の火種を勝手気ままに起こすこともできない・・・

「じゃあ、どうすればいい?」・・・となり

いくつかの「代替案」も考えられたようです。

柔軟に変更できる“壮大な宇宙計画”
あらゆる権限と働きを有して機能する“国家警察の役割”
継続的に認識できる“地球外からの脅威”
“架空の敵”の創出
新しい“宗教”もしくは“神話”、ないし“思想”
現代の諸事情にかなう、“庶民には、そうとはわからない奴隷制”


これまた、何気に、凄い内容です。

今でさえ、想いあたるふしがある・・・ほどです。

この研究に携わった識者のメンバーが誰だったのかも不明ですが
論理形態は、「世界最大の“偽書”」と片づけられた
『シオン賢者の議定書』の内容によく似ています。


戦争と平和image


これだけを見ると

「ほれ、見ろ。だから戦争なんてダメに決まってるし、
 日本の自衛武力の増強や拡大解釈など、もってのほかだ」


となるかもしれません・・・。

でも、もう少し掘り下げて見ると


先の大戦の終結後
米国をコントロールしていた勢力は
日本が敗戦したおりに
日本に「しかけ」を施しました。
その一つがまさに
今の「日本国憲法」・・・です。
それが、現在
「自由・平等・博愛」の精神を謳うすぐれたものだ
と言われたりしています。

つまりそこには、
理想的な「戦争の放棄」や「社会生活の保障」などが盛り込まれている・・・
という“解釈”がもとにあります。

しかし、この「自由・平等・博愛」
くわせもので
実のところ落とし穴もあるのです・・・。
今は書きませんが、
それは、日本の伝統の破壊にも繋がっていたりします。

で、それよりも何よりも

この憲法は

日本が“一つの独立国家”として
世界に向けて“完全に復権する”ことを阻止し


「恒久的な武力放棄」の旗じるしのもと
多くの面で、
“戦勝国の支配下に縛り付ける足かせ”として作用する「しかけ」だ・・・
というのは

公に語られなくても
歴史に踏み込んで調べてみれば理解できる事実です。

(同じ敗戦国でも軍隊を持っている国があります。
 なぜ、日本のみがそうできなかったか、
 不思議に思わないでいられることが・・・・
 不思議と言えば“不思議”なのです。
 日本はイタリアやドイツよりも残虐で、
 人が出来ていない・・・というのでしょうか・・・と言いたくなる)

そこにはまた、大きな思惑が隠れています・・・。

それは
「軍備なきものは、侵略されても文句を言うな・・・」という
主旨に基づいたものです。

しかし、こうしたことが、
今の日本では、ほとんど知らされていない。

つくづく不思議だな・・・と(棒読み)。

仮に、そんな事情を知らなくても
いま、日本のいくばくかの人たちは
薄々、なにかおかしい・・・という
漠然とした「印象」を心に受けている時期でしょう。

一方・・・

「日本はアメリカのポチではない・・・」と、
声高に叫ぶ人たちほど
憲法9条あたりを、それこそ、神さまを拝むように
「まるごと」死守するのに躍起になっているように
映るのですが・・・。

これも、実に奇妙です(棒読み)。

もし、

自国の防衛力を強めたり、
自衛権に対して時宜に応じた変更を施すことが
即、「戦争への道」にいたる・・・
「恐ろしい」・・・

と直結させて捉えることしかできないとしたら

それは、
日本人の意識を
まったく信用していない現れ
・・・のように映ります。

“まとも”な、大半の日本人は
そんなこと、これっぽちも意図しないでしょう。


いや、今の日本の“純粋な国民”が望むはずがないでしょう。

ときに・・・よんどころない事情が生じて
対抗手段自衛手段の強化が必要となる「時期」というのは
歴史上、巡ってきたりします。



中国とチベット(暴力の統治)image

中国とチベット(僧侶と兵士)image


かつて、チベットに中国が侵攻したとき
チベットが、ものすごく抵抗したのはご存じかと思います。

中国に対峙するまともな武力を持っていなかったチベットでしたが
国を護ろうとした気持ちは非常に強く
肉弾戦、ゲリラ戦においてかなりの戦いを挑みました。


中国とチベット(チベットのゲリラ兵士)image


人員を米国に送って訓練させて、
ゲリラ戦のノウハウを学び
帰国した者たちは
23にもおよぶ部族民たちの繋ぎ役やら
実践の指導やらにあたりました。


中国とチベット(抗中兵士)image


けれども、圧倒的な武力の差はいかんともしがたく
加えて、色々な事も起き
チベットを裏切る“人や隣国”も出てきました。

そして最終的には、
「頼りにしていた米国」が、
一転、中国に接近するようになり、
それまで行っていたチベットへの“裏の援助”を止めたとき、
かの国の命運が尽きました。

余談:沖縄から支援物資が空輸されていたこともある)

インドに亡命したあの高僧ダライ・ラマ14世
一時期、中国の煽動と企みに嵌ってしまった時期もありました。

そんなダライ・ラマが本当の意味で目覚め、
中国と袂を分かったのは
毛沢東が放った言葉でした。

「あなたたちの宗教は毒だ。
 ひとつには僧侶や尼僧は独身だから、人口が減る。
 もうひとつは、宗教は“物質的な進歩”を拒絶する」


(これは、一見、理に適っているようで、誤解も甚だしい言葉です)

で、ダライ・ラマはすぐさま、こう返しました。

「結局のところ、あなたは“法(ダルマ)”を破壊する人だ!!」


ダライラマ14世近影image



残念ながら、現状の世界は
いまだ、諸国の危うい力の均衡で成り立っています。

意識の改革で、何とかしようとしても
一朝一夕では成り立ちません。
時も必要です。

冒頭に書いた「奇妙な理論」に後押しされるような戦争を起こさず、
しかも、「代替案」にものせられることなく
しばし、予想できる危険をやりすごすとしたら・・・。

一つの方法として

一時期・・・
使用しない武力であっても、無駄だと思わず
軍備の質を高めて国を護る「盾」とする・・・
といったやり方があるわけで。

それは決して“危険な発想”ではなく
むしろ逆に、
直接的な対峙を避けうる保証になる。

恐れから戦争を避けるのではなく
戦争をしないがため、“させないがため”の国防・・・は
巷が囁くほど、マスコミが喧伝するほど悪いものではないはず。

要は、「武力」を有する国の資質につきます。
日本には、その資質が十二分に在ると思います。



中国とチベット(遠景と人)image




長くなりましたが文末に。

かつてロシア
今よりも深刻な「独裁的な共産主義」に陥ったとき
世界では、ロシアに向けて
「回心」(神の心を取り戻すこと)の祈りがずっと向けられていました。
そして、あのレーニン像が崩壊し、
ロシアの地に少しずつ「神の心」が戻り始めました。

今、その時にも似て
本格的な祈りが、
ついに世界中から中国に向けられることになりました。

目に見える変化がすぐに現れなくとも
これらの「祈り」はいずれ
実を結ぶでしょう。


中国とチベット(祈り)image


中国とチベット(牛さん)imagejpg



大小さまざまな“人や国の思惑”を遙かに超えて
まことの「平和」がこの星を覆いますように・・・



祈りimage


・・・と、願いを込めつつ・・・。




青い夜空image



行ったつもりで「△山」・・・

Posted by 世羽 on 16.2014 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ベトナムとの国境に中国軍が展開したようだ・・・。

でも、そんなことより、
加古川付近で起きている猟奇的な「大量猫殺し事件」が気になる。

あの未解決事件の犯人と同一犯なら、
かなりマズイ。


ピラミッドと太陽image



これまで、たくさんの人が
ギザの大ピラミッド(△山について研究してきました。

近年では「オリオン・ミステリー」
「神々の・・・」シリーズなどが紹介されて
時の話題をさらいました。

しかし、専門家からはコケにされている向きもあり
ピラミッド・マニアと呼ばれる方々のあいだでも
意見が分かれていました。

ですから・・・それ以前の昔に出た、
ピラミッド・インチを用いる「予言」の類となれば
今はもう、「妄想の世界の話」に分類されます。

でも・・・・

少数派の、さらに少数派的思考で想うとき

ここらを、もう一度、きちんと調べてみたら、
意外に面白い真実が見えてくるかも・・・と
想ったりします。

対象物は、空想の世界にあるものではなく
実存していますし・・・。


このビッグな建造物を始め、
周囲の複合構造物との関連や、そこに読み取れる数値については
何がどうで、その数字が何を示しているか
どのように特殊なのか
・・・など
これまで、たくさんの本が出回っています。
なので、それらは、そちらにお任せし・・・。


ご存じの方もおられるでしょうが
「妄想」として片づけられている部分を
改めて、少しメモっておくことにします。


ピラミッドコンプレックスimage


あの特別な「△山」が建造された経緯や建造者も
さることながら
それ自体から「何かを読み取る」のは
けっこう面白い・・・。

先日記載した、永遠を表す“π”が、
この「△山」に使用されているとわかったのは近代ですが

それだけでも
「この△山は幾何学の記念碑だ」
と、研究者に言わしめるものを有しています。


ピラミッドの傍でimage


そんななか、

妄想とされる「予言」(人類のタイムテーブル)は
内部構造の各所の寸法に対して
△山の建造者が用いたと推定される「独自の数量尺度」を当てはめて
出されていました。

ご存じのとおり、△山
いくつかの尺度を用いられている・・・とされています。

それは

ピラミッド・インチ・・・建造物が造られた“当時”の
                         地球の「南・北極間」の距離の5億分の1。

25極直径インチ・・・赤道から極までの距離の1000万分の1。

キュビット(キュビト)・・・地球の古代の尺度

などです。

そして、

「この△山には、“π”をはじめ、
“いろいろな尺度”が用いられている」

と信じた人の先駆けに、“ピラミッド狂い”と揶揄された
ピアッジ・スミス(当時のエジンバラ大学教授
かつスコットランド天文台教授)がいます。

それはまだ、
パソコンも、天文ソフトもない時代(19世紀の中頃)のことです。


ピラミッド(入り口)image


彼は、大ピラミッドの入り口からの“下降通路・傾斜角”
「紀元前2141年」の秋分の日
当時の北極星だった竜座のα星を指していた可能性を
計算によってはじき出しました。

(現在では、詳細な計算が可能となり
 それ以外の年代に対応するさまざまな結果が得られ
 別の時期に、ひとつの通風孔がこのα星を指していることが
 示唆されている)


さらにスミスは、
内部通路に、標(しるし)のようなものがあることに注目しました。

それは、入り口から
482ピラミッド・インチ入ったところの壁面に刻まれた、
“2本の並行な直線”でした。

その直線は、通路の勾配に沿っておらず
北面の入口側に傾斜するように刻まれていました。

で・・・スミスは、
「これにもきっと意味があるに違いない・・・」
ああでもない、こうでもないと試行錯誤し

その直線を天上のほうに伸ばしていくと、
同じく、紀元前2141年の秋分の日
その延長線が
牡牛座M45のアルキュオネ(アルシオネ)を指していた・・・と
気づきます。

細かいことは、すっ飛ばしますが・・・

要するに、

この並行な“2直線”の刻まれているポイント
過去の一時期に多くの人たちが読み解こうとした
ピラミッドの「言葉なき言葉」が示す「人類のタイムテーブル」の
“基準点(BC2141年)”になりました。


そして

「1」ピラミッド・インチを「1年」とし
“この世界の出来事”と、“内部構造の寸法”とを照合していく作業が
行われていきます。

いまでは、眼をくれる人はほとんどいませんが、
どんなことだったかを、ちょっと書き留めてみると・・・。

これを元にした場合、

ピラミッドが示すタイム・テーブルは
入り口の示す「時」がBC2623年となります。
(これは建造の時代を示すものではない)


ピラミッド(内部の構造ラフ)image


一端、下降した通路は「紀元前1453年」あたりで2方向に分かれ
一つは上昇、
もう一つは下降して、一番下の“副葬品室”へと至ります。

もし、この下降した道を行った場合、
途中に、抜け穴のような、
上昇する「細い上昇路(井戸孔)」がありますが
そのまま突き進めば、「紀元2569年」あたりでドンヅマリます。
(この年数は、この場所の形状の乱れもあり、研究者によって
算出数が異なる。が、いずれにしても、果てはドン詰まる

一方、

先ほどの分かれ道を上昇して進むと

紀元33年4月6日、先ほどの「井戸孔」の上昇口と交差
紀元46~58年のところで
さらに上の“大通路”に行くか、
もしくは“女王の玄室”に行くかが微妙に分かれます。

ここには、
後に「ベトレヘム・トライアングル」(キリスト・トライアングル)とされた
メシアの三角形および、メシアの小三角形があります。

ピラミッド(ChristTriangle)

ピラミッド(ベトレヘムトライアングル)image


(以下、AD年は単に年数のみ記す)

女王の玄室へと進むと、「3279年」で突き当たりです。
(年数は、やはり人によって多少異なる)


ピラミッド(時間)image


で・・・さらに

先ほどの上昇通路を
さらに“大通路”を通って上って行くと・・・。
「控えの間」に至ります。

ここで、床が最初に落ち込むのが「1998年」
その先に進むと「重力拡散装置」と呼ばれる構造(王の玄室)
内側の壁に突き当たり、
そこは「3989年」(これも諸説あり)ごろ、となります。

「重力拡散装置」の部分の構造は、数段になっており
それが最低部を入れて「7段」に見えたりするので
「意識の向上への段階を示すのだ・・・」
などと言われたりしています。

ピラミッド(王の玄室)image



この王の玄室には、外へと通じる“通風孔”があります。


ちなみに・・・

神秘学で言うところの
内部構造の意味を記すと・・・。

 下降通路・・・転落の道
 ・副葬品室・・・逆立ち/試練の間
 ・上昇通路と大通路・・・真理を表す二つの広間
 ・上昇通路への入り口・・・上昇のゲート/扉
 ・上昇通路・・・闇のなかにおける真理の間
 ・大通路・・・光のなかの真理の間
 ・上部の各通路が交わる点・・・純粋な生命の道が交わるポイント
 ・井戸孔・・・生命の井戸
 ・女王の玄室・・・新生の間
 ・王の玄室の手前の通路・・・覆いの道
 ・控えの間・・・三重の覆いの間
 ・王の玄室・・・復活の間/大いなる東の間/開かれた墓の間
   (東には・・・悪しきものに下落すること、欠如、死すべきもの・・の意味がある)



     (これらを併せて見ていくと
      寸法によって出されたタイム・テーブルそのものよりも
      昔から言われてきたように
      「人の意識の在り方が今後の人類の行く先を暗示する」様子が
      色濃く浮かんでくる。

      なので、
      これまで、世に出た秘密結社の多くが、
      この建造物を利用していた事実も良くわかる。
      が、あえて言えば、彼らもすべてを知っているわけではないはず)


さて、
上記したのは、
古い時代に起算されたタイムテーブルのほんの一部ですが

もう少し、いくつか具体的に言うと、

“控えの間”の手前の、“大通路”の終わり・・・
それは「1914年の夏ごろ」を示し
ちょうど、その1914年8月6日に
第一次世界大戦
が始まっています。

また、
“副葬品室”の「とある窪み」1945年8月6日にあたり
このとき、広島に原爆が投下されています。

さらに、構造物が花崗岩になるあたりからは、
1ピラミッド・インチが1ヵ月として換算されていたりします。

「時間が早くなる・・・」という意味かもしれません。

で・・・現代の資料によると

ピラミッドにある“通風孔”が、
“特定の星”に関連づけられることもあって
「スター・シャフト」と呼ばれていたりします。

該当する年代にもよりますが・・・有名なものとしては

 ●女王の間
 その手前から外へと伸びるシャフトは
    小熊座の頭の真ん中あたり
 その行き止まりの先にあるシャフトは
    おおいぬ座のα星シリウス

ピラミッド(女王の間とシャフト)image



さらに

●重力拡散の間(王の玄室)
 その手前にあるシャフトは
   竜座のα星ツバン(トゥバン)へ
 ドン詰まりの先に開いたシャフトは
   オリオン座のζ星アルニタク

・・・といった、関連が注目されています。

シャフトはいずれも狭く・・・そして険しい角度で、
天に開いています。



ピラミッド(スターシャフトの先)image


遠い昔、ピアッジ・スミスらが紐解いた、タイムテーブル自体の換算は
間違っていたとしても、

この「△山」が暗喩する、“霊性の進む方向の示唆”めいたものは
さらに、未解読の部分を残しています。


さらに今、海の向こうでは
2017年の9月ごろ、このスター・シャフトの指す天体をもとに
色々と物騒なことが言われていたりしますので
いずれ、その情報がさらに詳しく伝わってくると
2012年末のような騒動が再燃することも
予想されたりしますが・・・。

個人的には、かなり首を傾げています・・・。


ひと言つけ加えると


人類は
この「△山」のそれぞれの道の一つだけを“単発的”に進んではいない
・・・と
個人的に感じます。

もし、この△山が、ある程度の示唆を宿しているにしても
それらは、重層的な意味を持っていると感じるのです。

どうも人は、その時々、
場所を変えるかのように
パラレル気味に進んでいるようでして・・・。


なので、結局のところ

人類の未来・・・云々以前に
個々の人の“最終的な結果”が
どこに位置しているか
・・・に尽きるような。



副葬品室には、シャフトの“ような”出口はありません。
(まったくないというわけではありませんが・・・)


ピラミッド(bottomchamber)image


自分、暗くて狭いところはかなり苦手です。

で、とりあえず

ここへの道に入り込むのだけは
極力避けるようにして、注意深く生きていたい・・・な、と。



ピラミッド(駱駝さんたち)image




「数字」とかも超えて・・・

Posted by 世羽 on 13.2014 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
政治の暗い面を追って、東京湾とかに浮かぶようなことにならないかぎり
ブンヤはけっこう、これぞ・・・というネタをしつこく追う。
あの「論文騒ぎ」の裏話もしかりで、
世に出ている情報は、かなり鋭いところをついている。
(ネットのほうが早かったが)

いよいよNatureサイドも、独自の検討が済み次第
結論を出すようだ。
もし「強制撤回」宣告ともなれば、撤回を拒む研究者の名前は
さらに世界に示される。

結末は・・・いかに。


オーロラ慕情的なimage



以前、
人の脳について、ちょこっと書きました。

そのとき、
脳が、とある情報を定着するのに1週間(7日)かかる場合の
小さな実例をあげました。

そして、人が願掛けをしたり、祈ったり
短期間の修行をする目安として設定されている日数にも関連が・・・
というような内容をメモし

そうした日数が、世界的に
3日、7日、9日、21日などと、
およそ相通じる数がある・・・などと、つぶやきました。

で・・・「7日」以外の日数については、いずれ・・・と
書いたまま、ほっぽり投げてあったので
そこらを少し。


*****


この地球には、
失われた叡智の一端として
はっきりとした理由がわからないまま、
結果を利用しているものが、けっこうあったりします。

多くの宗教や神秘思想において、古くから伝えられてきた、
「数字のもつ意味」なども
その一つと言えるでしょう。

数秘術などは、そんな叡智が応用され
人のわかる範囲で、ある程度、
体系化されています。
有名どころだと
「カバラ」における数秘術などは、多くの人が知るものです。


思想的な背景や、地域、その他の要因によって
こうした手法や体系には
少しずつ異なる意味や捉え方があり、
「数」に対応する意味の具体例も、微妙に違っていたりします。

仮に、

そうしたなかで、比較的主要となる形を取り出して
記すと、こんなふうに説明できたりします。



   ・・・・・統一、一なるもの。
   ・・・・・生産、発生
   ・・・・・完全、無条件、完璧
   ・・・・・肉体性、地上性
   ・・・・・端緒、導き手、霊的参入
   ・・・・・準備、霊的不完全性
          ただし、2×3とすると「好ましい」意味になる
   ・・・・・不滅、霊的完全性
   ・・・・・再生
          ただし、2×4とすると「まあ・まあ良い」
   ・・・・・完全なる完璧性
  10・・・・永遠、黄金時代、救世主の時代
          2×5「至福の時代が新たな霊的参入を生む」
  12・・・・すべての人類、真の人間
          ただし、2×6だと「人間の不完全性」
              3×4だと「地上の完全性」

  25・・・・救世主の出現、偉大なる霊的参入
  99・・・・終焉
 100・・・・究極の報酬と貢献
1000・・・・10と同じ意味
   π・・・・・永遠、神、霊魂




こうした数字の意味は
「なぜ」・・・という説明が欠落しているところがあり
掘り下げて説明されることがあっても
それはそれで、人の思想的な解釈の域を出るものでもなく・・・。


そんなことを踏まえつつ、
改めて、先の「注目する日数」の意味を取り出すと

  ・・・・・完全、無条件、完璧
  ・・・・・完全なる完璧性
  ・・・・・不滅、霊的完全性
 21・・・・3×7、7×3



こうして見ると、

人は昔から、
願いや祈り、
また、心と魂を磨く修行にあたって
いわゆる、「神聖な標語を伴う数」
「縁」を求めていた様子が見てとれます。

また、実際に
新しい情報を定着させる期間に
「7日」程度を要する場合があるとして

それをトリプル(7×3=21日間)で行うことは、
情報を、より確実に定着させる行動としても
また、霊的な感触で捉えるにしても
けっこう納得がいくものです。

さらに、
「9日間の祈り」なども
完全なる“完璧性”に向かい
3×3の作業を行っていることを考えれば
「なるほどな」と想えます。

注:満願時、それが現実となるかどうかは、また別です)

感覚として
気づいている方もおられるかもしれませんが
何か、心にダメージを受ける出来事に遭遇し、
絶望や悲嘆にくれる状態に陥ったとしても

ごく通常の人であれば、
3日ほどすぎると、案外、心は元に戻ろうとし始め、
喉も通らなかった食事ができるようになったり
他者の言葉を受け入れることができるようになると思います。

これは、
人性のレベルにおける
3日目の「心的復活」
と言えるかもしれません。


ナンバー(とあるサイコロな)image


余談ですが・・・

巷でよく名前を目にするく弥勒・・・
この名称が数字で表示されていることがあります。

そのうち「567」の表示をとりあげると
それぞれの数字は

 ・・・・・端緒、導き手、霊的参入
 ・・・・・準備、霊的不完全性
 ・・・・・不滅、霊的完全性


となります。


すると、表面的な捉え方ではありますが

「導き手が霊的参入し、準備を整え、霊的不完全性を
 不滅の、霊的完全性へと導く・・・」


という流れが推測でき

5と7の間に挟まれた「6」は人間だな・・・とも読める。


仮にそうした見方をしてみると

ガウタマ・シッダールタ入滅後、
56億7000万年後の未来に姿を現し、
多くの人々を救済する・・・という意味は

古の識者「意識の移行」について
隠喩をもって言い表した可能性
想起できたりします。

なので、先日書いたように、

古今東西の色々な「霊的書物」には
ただ単に、言葉だけではなく、
意識的にも、無意識的にも
隠された意味があるかもしれない・・・というわけです。


数字によって
色々と分解できるものは多くありますし
複数桁の数字の意味も、
その時々の“分解の仕方や解釈”によって
別の意味をなしたりします。

なので、当然のことながら、

読み方は、“複数”存在することが可能であり・・・。
上記の「弥勒」の数字表現にしても
それは、人から見た、ひとつの表現方法にすぎません。

ちなみに、聖書などでも色々数字が出てきます。
しかし、それらのなかには、
単位が「キュビット」で表現されたりと
現代感覚では、即座に読み取れない場合が多々あり
もし、どこかに何かしらの隠喩があったとしても
一筋縄ではいきません。

話がかなり脱線してしまいました。


伝統的な“願掛け日数”や“修行日数”などには
科学的に、ある程度の検証が成り立つ部分と
いわゆる「神秘思想」のみに裏打ちされて成立した方法論が
混在しています。

そこにはまた
古から伝統によって確立されてきた「実績」もある。



ナンバーimage



で・・・


こうした内容を書くと

色々な出来事に数字を使って意味を探ったり
自分の名前を何かしらの手法で数字転換して
一喜一憂する方もおられるかと・・・。

でも、

人が最終的に目指すものは
そこにはなく



たとえ、いかなる手法が
ある程度の“神秘的要素”を宿すものであっても
それは、人をおおまかな「分類の枠」にとどめます。



霊性の王道とは
その「枠」すらも超えていくこと。



たとえ、人生の一時期
こうした“数に意味を求める日”があったとしても


人はこれらの「枠」をも超越し
自分という存在そのものが
提示された「意味」すらも超越できる力を有している・・・。


それを知る時が、いつか来るでしょう。



生きる指針を決めるとき

より大きな意志に沿った
自らの“生きるにあたっての正しい意図と勇気”が
何にも勝る・・・



それを
心の底から実感できたなら・・・

さらにその先へと
邁進することが可能になるでしょう。






本日、和んだショット・・・。

本日のベストショットimage





ちっぽけな「非日常的な」情景・・・

Posted by 世羽 on 09.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ベトナムが中国と領有権にかかわる海上でせめぎ合っている。
で、日本人からすると、一見「いいぞ」と、思えるかもしれない。
だが、
かつての南・北「越」は共に、中国に傾倒していた・・・。
その歴史的記憶は今もベトナムにはあるだろう。
華夷秩序で言えば、
あそこは朝鮮と並んで、中華思想上一番上のランクに位置づけられている。

ここには米国の手はあまり及ばないし
裏ではロシアが絡む。
この先どうなるかは、危うい。

中国は「神の心」を知らない国とも言える。
民衆には、現世利益のために信じる対象があっても
各々の心を磨くことからは遠いところにいる。

現在、地下活動をして弾圧を逃れている、信仰者たちもいるが
そんな人たちが、大手をふって生きられるようになるのは、いつごろになるだろう。


とある非日常な(少年と自転車)image


連休も過ぎ、およそ決まった日送りが始まりました。

そうなると、

心が、そうでない
「非日常的な」ところに
飛びたくなったりするかもしれません・・・。

それは、ある意味、
心が“刺激を求める証”だったりするわけで。

ですが・・・
本気で自身の聖性を追い始め
ある心の段階まで至ると

ちょっとした「人間的な欲求」さえも望まなくなる、
望むことを“良し”ともしなくなる・・・

これは、とてもわかりにくい状態なのですが
かつて世に出て、神体験をした聖者たちが伝えてきた
心的状態です。

「そんなぁ・・・」と感じるかもしれませんが
それは確かなことで・・・。

なぜかというと

まことに、人が宿す「神性」
人智を超えた“聖なる霊”と感応し、発動してくると

“神性の大元にのみ”
に意識が向くようになり
この“神聖な大元”と「相容れない性質」
すべて脱ぎ去ろう・・・という想いに“導かれる”からです。

そして、これは“人の側”だけが望んでも叶わないこと。

それは、ちょうど

相応に愛する人ができて、“お互い”が承諾して
身も心も一緒になる
・・・のに似ています。

とはいえ、

そんな神性を追うことは、
単に人としてだけ生きるには、非常につまらない・・・
と感じるものです。

なので、完全に、神性に身を委ねきる“聖なる人”というのは
いまだ少ないし、
その途上で、何かの「道」を説く指導者になったとしても
自身の力を過信し始めれば
すぐさま、さまざまな欲求の支配下に引き戻され
お金や、性、傲慢、自己顕示欲に溺れる人も出てきます。



ごくふつうの生活を送るのであれば
それほど問題にならないでしょうが

これが、多くの人に何かを知らせ
霊的に導いたりする立場にいる人
に起きると
かなり、影響が出てきます。
多くの人を迷わせるのです。


仮に、よくできた人格者だとしても、
この世にいながら、完全に聖なる者として生きる・・・のとは
似て非なることと言える・・・。

肉体を持ったまま、“完全な聖性”に生きるとは、ある意味、
そのあたりの
人間という“生き物”が宿す「生の欲求との葛藤」でもあり

そのときの感覚というのは
やはり、言葉には表し難いものがある・・・。



その「生き方」は
極めた人のみが知る
常人には計り知れない、
かなりの厳しさを伴うもののようです。



一方で・・・



常人であれば、
普段見ることのない情景などを眼にすると
ごく素直に
「こんなことも、あんなことも。
 この世界には色々あるんだな」
と感じ

その感じ方はまた、
この世における意識の拡大に貢献することも確かです。


なので、“自分の立ち位置”から見ただけの、
ちっぽけな「非日常」的な情景であっても、
それはそれで、けっこう自身の好むところで・・・。



たとえば


こんな幻想的な情景は、心を揺り動かされ
日本に生まれたありがたさをも改めて想い・・・


とある非日常な情景(砂漠)image



庭に「象」・・・の情景には、ひたすら感激し

とある父子と象さんのimage



必ずしも贅沢がいいとは限らずか?・・・などと想いをめぐらし

とある非日常な情景(ネコさんとご馳走)image



同じ生き物でも、こうも生き方が違うんだ・・・と嘆息

とある非日常な情景(兵士とネコ)image


とある非日常な情景(兵士と軍用犬)image



ハンパない過積載は、某国に劣らず・・・世界は広い、などと想う。

とある非日常な情景(インドの過積載)image



はたまた

ギネスで「世界で一番多く稲妻の落ちる場所」と認定された
南米ベネズエラのカタトゥンボ河の「同時多発稲妻」となると・・・

とある非日常な情景(ベネズエラ2)image



ここでは年がら年中、雷が落ちており
1時間で280回程度の落雷は当たり前、
日によっては、10時間も稲妻が観測され続けたりする・・・。


とある非日常な情景(ベネズエラ)image



ここの下に住んでいなくて、ほんとに良かった・・・・と。

とある非日常な(ベネズエラcatatumboの雷)image




そして、今日も、そこはかとなく想うのです。

うまくは言えないですが

とにかく、なんか、すべてひっくるめて

理由もないが、ありがたいよな・・・と。




そして、そんなときほど、
心が、限界を超えて跳べる気が・・・。



とある非日常な情景(跳べ)image



地球さんの「トリガー待ち」・・・

Posted by 世羽 on 07.2014 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
先日、下が活発だ・・・と書いた。
一応、岐阜の群発首都圏内の揺れなどが起きたが・・・。

体感は、いまだ、かなりのものが続いている。


とあるビーチ(costarica)image



いつ、どこで“お召し”が来ても悔いがないよう
“心の準備”を整えながら日々進む自分。
いつ、何が・・・ということに、かなり無頓着です。

でも、

「未来を担う」みなさんには
いざ、とてつもないことが起きるのを実感したら

まず「生き残る」ことに全力をつくす・・・

それは、ごく自然なことでしょう。


近年、多くの科学者たちが
「特別なポールシフト(地球の磁極の移動)が起きつつあるのか?」
・・と
現実味をもって口にするようになりました。

特別な・・・と書くのは

磁極の移動(シフト)は
これまでも、フラフラ気味に起きているわけで
広義では、それも「磁極の移動」なので・・・。

ここで、言の葉に上っているのは
フラフラ・・・ではなく

今までとは“全く別の場所”に、
新たな磁極が完全に定着する・・・
そんな現象が起きるかどうか
、ということでして。

ちなみに、

磁極が入れ替わる「地球磁場の逆転」
ここ360万年の間に11回、確認されており

最後に反転が起きたのは、
78~80万年前あたり
・・・だと
教科書的な事実として認知されています。


地磁気(earthmagfield)image



で、

いま注目されている地球の“磁極の移動”は、

定期的に起きる「北と南の磁極が反転する」ような
単なる「地磁気の逆転現象」とは、異なるものを
さしています。


実際に起きるかどうかは別にして
いわゆる「仮説の範囲」で、すごく大まかに言うと

それは、現在の自転軸をも揺るがし
地球の表面(地殻)の大規模な変動などを伴って

最悪の場合
文明の崩壊や、
生き物の生命を脅かす可能性が高くなるような出来事
・・・
にあたるかもしれないものです。
(しかし・・・磁極の逆転ですら、
        そのときどんなことが起きるか誰も知らない・・・)



最近になって、

太陽が4つの磁極を持ったという報道がされ
“太陽の磁極の反転にかかわる現象”として
話題になっていました。


太陽の磁極反転image


地球においても、
すでに磁気圏は
はっきりとした南北軸が「無い」というか、無秩序というか・・・
カオス状態でして。

まるで、黒点がたくさん出た時の“太陽の表面”にも似て
磁気ネットワークのパッチワーク状態のようなありさまです。

(比較参考資料:太陽)
とある日の太陽のマグネティックマップ(NASA・SDOより)image
(NASA、SDOより)

とある磁極の反転image


これらについて、NASA2010年
「地球の磁場が何百もの小さな連結されたフィールドへと壊れ、
全体としても、その強さがほぼゼロ状態だ・・・」

公にしています。

科学的な視点では、

「地球の磁場の強さが“限りなく減少している現象”はすなわち、
近い将来
地球の“極性の反転”がに起こりうることを示す」

・・・とも、報告されており

加えて

近年、磁極の移動距離の“加速”が実際に確かめられていることから
「極端な磁極のシフトが起きるかもしれない」・・・と
言う人たちが出てきました。

事実、1860年を過ぎたころから、
磁極の移動は、50年ごとに2倍以上になりました。

過去150年間の磁極移動は、同じ方向に向かっています。

そして、ここ十数年内の極移動は
過去50年で移動した総距離の、半分近くを占めるにいたっています。

つまり、磁極の移動が加速しています。


とある動き(北極あたり)image_convert_20140507000414



この加速が、さらに増すのか、それとも治まるのか・・・は不明です。

研究者の一部は
「もうとっくに磁場の反転は起きていいのに」と言い、
また別の研究者らは
「これらは単に、プロセスの始まりに過ぎない」と述べます。



地球が、どんな「タイムテーブル」を取って
どんな未来へのコースを選んでいくか、
またそこに、
「自然の営みの周期性」がどのように加算されていくか・・・は
その時になってみないとわかりません。

でも地球は、これまで何度か
同じことを体験しており

その経験の一端が、新たに始まり、しかも進行中で・・・

それは、“起きる日付”がはっきり特定される出来事というより
きっかけ次第で起きていく
・・・ことのようです。


それはなんとなく、

0℃になって氷結し始めるはずの水が
場合によって、
-20℃になっても凍らない状態で存在し
その水に衝撃を与えると
一瞬のうちに凍ってしまう・・・のと
少し似ている感のするものです。


人の“命の長さ”と、地球が過ごす“時の長さ”のタイムスケールは
非常に大きな差がありますから
いつか・・・と言っても、
人にとっては
“はるか先”の出来事になるかもしれません。


それに、磁極の反転ですら
人の信念に反して
「反転が完了するまでに数千年かかる、その間、磁場は消えない」
と予測する向きもありますから・・・。

ただ、そのあいだにも

「磁場はもっと複雑になる」
「地球の表面近くの磁力線は、ツイストし、
もつれた磁極は、あらぬところで立ち上がったりする。


でも、それは、
いまだ、この惑星の磁場であり、
なんとか宇宙放射線や太陽嵐から私たちを保護する」


そうで・・・。

しばらくは、上記したような状態が続いていくのかもしれません。

ハーバード大学のJEREMY BLOXHAM氏が言ったように

「問題は、それが起こるだろう場合には起こるだろう」

そんな、感じです。


とある地軸の動き(polardrift)image




地球はいま、
自身の生み出す「磁気」を弱めながら
昆虫が脱皮するかのような時期を迎えているようでもあります。

トンデモ系の海外情報だと

太陽系が「銀河軌道面と交差するポイント」が臨界点となり、
それは、 過去、
私たちの太陽系に発生した“定期的な災害”への重要な手がかりであり、
将来起きる事象の予測を可能にするものだ・・・


などと伝わっていたりしたのですが、
でも、もしかすると、
それはすでに交差した?・・・とか?

(余談:地磁気が弱まると、一時期、生命活動も弱くなる場合があり
     人によっては、無気力感をおぼえることがあります。
     また、脳に及ぼされる影響から、
     サイキックの場合、念動力タイプの能力よりも
     透視や感応タイプの能力が助長される
・・・とも、
    一部で言われています)。



いずれにしても、

いままでにない現象が起こりつつある今の時期には、
大地や大気の動きが活発になり
特大の嵐や地震、異常な天候、
大地のどこかが持ち上がり
どこかが低くなったりすることも、
当たり前のように起きてきます。


とある現象(黒雲と雷)image



仮に、極の移動の「臨界点」以前でも
“酷い諸条件”が重なれば、
海の水位が100メートルも上がったりします。

ですから、それだけでも
世界地図はかなり変化していくことになります。


とある地図(水位100メートル上昇)image



そして、“何らかの原因”(仮に、未知の惑星の接近とか)で
極移動の「臨界点」に達すると

地球の自転が一時停止する可能性も示唆されているわけで。

これが、多くの伝承に見られる
しばし人が体験した「何日かの長い昼と夜」
太陽が逆方向から上る現象・・・ではないかと
推測もされています。

そんなことが起きる・・・「かも」しれない・・・。

でも、それを見て、伝えた人がいたのですから
人類が完全に滅亡するほどではなかったようです。

もし、仮に、

今生きている人が誰も経験したことのない
地球の「自転停止」と、
その後の「自転開始」が起きる事態になったら
その時地球に生じるだろうことは
計算上、またシミュレーション上で、それなりに想定できます。

で、海について、結果だけを示せば
巨大な津波が起き、
波高は、先に書いたような
100メートルどころではない
ことも、わかります。


とある波image


けっこう昔から
最悪の場合、
地球はこんな姿になるかも・・・と、伝えられてきました。


とある世界地図(シフト後)image



そんな話のなかでは、日本はもろに「竜宮城」状態です・・・。


とある地図(日本沈没のケース)image


近年では、あの、眼の大きい異星人さんたちの情報と称して
別の様子も提示され、
ありがたくも日本の土地が、
東側に“半分ほど”残る様子が示されています。

それらや、類似の予測を重ねあわせていくと
つい先日、群発が起きている岐阜あたり
日本の大地が折れ込む境目となる
重要な地域
になっています。


ついでですから
ヨーロッパあたりも眺めてみると・・・
最悪のケースでは
このあたりも、おおかた海の下となるようで。


とある地図(シフトの一例europeあたり)image


さらに、別の予測地図に眼を転じると
日本の場合と同じく、もう少し大地が残ります。


とあるシフト後(ゼータさん例)image



ロシアなどは
いずれの予測でも、
中央部から東方向に広がる平野に
海水の侵入が生じる可能性が高い
・・・。

今回、ロシアがウクライナに手を出した件
単なる政治的・経済利権的なこと・・・に見えますが
こうした“極移動の情報”をロシアが知らないはずもなく・・・。

それも見越した“長期的な観点”から
「あらかじめ自国の影響力を南下させていくことで
イザという時の“脱出ルート”を築く準備かもね?」
・・・と
「情報筋」のプロの皆さんが、密かに囁いたりしています。

北欧では、ノアの箱船よろしく
とっくの昔から
植物や動物の“種の保存”に取り組んでいます。

米国はすでに、
内陸部の“予測される安全地帯”へと
軍の主要施設を移しつつ
あります。

中国も近年、内陸部に、
誰も住んでいない都市を造りました。
(現状はゴーストタウンです)

チベットあたりを我が土地として手放そうとしないのは
“高地”を手中にする・・・という隠れた意図がある
・・・との話しも、漏れ伝わります。

現在、新しい極が想定されている場所は
以下のようなあたりで。


インドなどは、
かなりの痛手を被ることになります。


とある地図(新しい磁極)image


で、日本・・・。

列島は火山を多く抱えているので
火と水の挟み撃ち・・・などと
言われたりしています。


本当に、新たな、特別な極移動が起き、それが固定される「時」が来たら
起きることは
けっこうシビアかもしれない
・・・。

でも、人類は、間違いなく生き残っていくでしょう。

それに

これを読んでいるみなさんが
無事に“生涯を終えるまで”に
起こらないかもしれませんし・・・。


なので人は

(刹那的に生きるという意味ではなく)
とにかく、タンタンと生きていくのみです。


科学者のように、リアルタイムでデータを追えなくても
眼に映る色々な現象を素直に感じていると
それらが「注意喚起」や「警告」に変わる“時”
読み取れるでしょう。

地球さんの「トリガー待ち」を尊重しつつも
その動向を、賢く、注意深く感じ取っていくことは
サバイバルになる日々に向かったとしても、役に立つでしょう。

そのために必要な、普段からの心がけは・・・たぶん

「木の芽が芽吹いたら“春の到来を知る”・・・かのごとく」です。


お一人おひとりが
地球上のどこにいようとも、何が起きようとも
生命を運ぶ「箱船」そのものになれれば、いいですね。


ときに、その「箱船」が、別の誰かを乗せながら・・・。





だからと言って、泳ぐ訓練とか・・・ゲホっ


とあるネコ(ゲホッ)image




いや、実際はそんなことで済むはずがない・・・。






とはいえ、やはり美しい地球がいい


とあるビーチ(navagio)image



・・・結局、なるようになるしか・・・で、どうでも良かったり・・・。



とある浜辺ネコimage




「ピュタゴラス」さんとか・・・

Posted by 世羽 on 03.2014 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
沖縄の県知事選挙に、「琉球独立」を掲げて立候補した人がいる。
しかも、1年以内に独立し、米軍が撤退したら、
中・韓・台の軍隊を入れるんだそうだ。
独立して、他国の軍隊を入れる・・・とは?
この理屈・・・、なんか解せないし。
・・・というか、よほど日本が嫌いなんだろうなあ・・・。

これまでも、そんな感じの立候補者はいて、ほとんど相手にされていない・・・と
沖縄の人が言っていたが
ここまで日本が嫌いなのか・・・と思うと
寂しいのう。


とある星と岩image



理屈・・・と言えば・・・。

思考回路が数学的に働く
人は、一つの答えをみつけたくなったりします。

しかも、数学は矛盾を嫌う・・・というのがもっぱらで。

かつて、ピュタゴラス(ピタゴラス)が
「宇宙は数に支配されている・・・」と言いましたが

そのとき、彼の頭を占めていたのは
“有理数”(整数と分数)だけで、
整数でも分数でもない、“無理数”
彼の頭のなかから排除されていたようです。
(あることは知っていたが、めんどうくさくて認めたくなかった・・・)


とある肖像(ピタゴラス)image



今では当たり前のように、義務教育で教わっているので
今さらとは思いますが、ちょっと振り返れば

「π」などは、無理数としてよく知られています。

「π」の値は
    3.141592653589793238462643・・・・・

永遠とも思えるほど、ランダムな数字が続いていきます。

その値は、コンピューターで計算しても
とどまることを知らず
日本でも、かつて、687億1947万桁あたりまで、
計算されたことがあります。

海外では兆の桁までトライしている人もいるらしく・・・。

小数点以下の数字とはいえ
これまた、ちょっとした「眼に見える無限」・・・を感じるところです。

無理数が、この世に知られるようになったとき
整数と分数からなる、この世界の「彼方」を眼にした・・・と
言われたのも、なんか、わかるような気がします。


ちなみに、ピュタゴラスは、
自然現象のすべてを
「有理数」で説明したい
・・・と思っていたようで

弟子のヒッパソス
√2を無理数だと気づいたとき
ピュタゴラスは、この弟子の概念を否定して、
ヒッパソスを溺死の刑に処した・・・と
伝わっています。

三文ネタをつけ加えると

ピュタゴラスは、南イタリアのロクリスに本拠地をおく
一種の秘密結社、ピュタゴラス教団(学派)を創設しています。

この団体は、主に、
哲学、数学、果ては音楽に重きを置いていたようで

一説によると、

それはまさに、宗教団体そのものであり
崇拝するもののひとつが「数」

その、

数と数との関係を理解することで、
宇宙の霊的な神秘を明らかにでき
神々に近づくことが可能になると信じていた
・・・とされています。

また、この団体は
オルペウス(オルフェウス)からの影響を強く受け
その教義が伝える独特の「輪廻観」を共有していた・・・ともされています。

ピュタゴラス教団の教義がどんなものだったかは、
その秘密主義のゆえに資料が少なく
はっきりとはしていません。

ただ、
オルペウス教の特徴としては、こんなものがあげられます。

神と人類の起源について、なんらかの「神聖な書物」に基づいていたふしがある。

人間の霊魂は、神性不死性をもっているが、
「輪廻転生」(悲しみの輪)によって肉体の生を繰り返す運命がある。

「悲しみの輪」からの最終的な解脱のため、
また、神々との交感を目的として、
「秘儀的な通過儀礼」(入信儀式)を行い、
禁欲的な道徳律を定めていた。

生前に、特定の罪を犯した場合、
その罪に対して課せられる、死後の罰則を警告していた。

教団の秘密主義から、
教団外に、自分たちの知ったことを漏らすことを禁じていた。


・・・あの、“石屋さんたち”に、かなり似ています。


とある肖像ピタゴラスimage


さて、

そんな秘教の絡んだ数学
いまでは、
早い時期から学校で教えてもらえるわけで・・・。
純粋数学の世界での、
新たな答え探し(証明)は、続いています。

また、ときには、今も昔も、
遊び心を添えながら・・・。

紀元250年頃に生きていた・・・とされる
「ディオファントスの墓碑銘」には
そんな遊び心の感じが現れています。

すでにご存じの方も多いと思いますが
改めて、書き起こしてみると・・・。

その「墓碑銘」はこうでした。


この墓に、ディオファントスは眠りたもう。
ああ、偉大なる人よ。
その生涯の6分の1を童(わらべ)として過ごし、
12分の1の歳月ののち、ほぼ一面に髭がはえそろい
その後、7分の1にして華燭の宴をあげたもう。
結婚してのち、5年にして、一人息子を授かった。
ああ、不幸なる子よ!
父の全生涯の半分で、この世から去ろうとは!
父ディオファントス
4年のあいだ、数の学問にてその悲しみをまぎらわせ、
ついに生涯を閉じたもう。

(参考文献:FERMAT'S LAST THEOREM)


これが、実は、
「ディオファントスさんの生涯は、いったい何歳で幕を閉じたのか・・・」
という問題になっているのです。

お墓参りにいって、墓石にこんな文を見たらびっくりですが・・・
かなり、粋な感じもします。

もし、はじめてこの問いをご覧になった場合
お休みもつづくことですし
(読み解くパズルみたいなものですから・・・)
何歳でディオファントスさんが亡くなったのか、
実際に解いてみるのも面白いです。

・・・って、この下を直ぐ見れば
答えがわかってしまう運びになってしまいますけど・・・w。


とある問題image


で・・・


一応、解を出すまでの手順を書いておきます。


ディオファントスの生涯「X」歳とします。

生涯のX/6が子供。
X/12が、青年。
結婚するまで、X/7の時代を過ごし
結婚して5年後に一人息子が生まれた。
その息子の生涯は、不幸にもX/2で終わる。
なので、ディオファントスは4年ものあいだ悲しんで
この世を去った。

つまり、彼の生涯は、上記の総和で示せる・・・という単純なものです。

   X=(X/6)+(X/12)+(X/7)+5+(X/2)+4

あとは分数を整理して計算するだけです。

  X=(25/28)X+9

  X{(28-25)/28}=
        (3/28)X=9
              X=(28/3)×9
               =84


ゆえに、ディオファントスさんの生涯は「84歳」で閉じた・・・。


とある問題の解答式image


こうしてみると

これまで世の中に伝えられている、幾多の霊的な古文書のなかには
この墓碑銘のように、謎を含ませて書かれた部分もあるんだろうな・・・
と思え。

なんらかの別の知識を駆使して
はじめて読み解けるものもあったり・・・と。



数の真実は不滅であり、
数にまつわる理論が正しいかどうかは
人の意見にけっして左右されない・・・
ともすれば
誤りを犯す人間の判断を超えて 真理を見出す方法、
そして、その精神を
ピュタゴラスは残した
・・・と、言われています。


多くの場合、人は
感情やイメージ、漠然とした感覚のみに
真理の解釈を求めてしまいがち
ですが

(やり方さえ、間違わなければ)
ときには、こんな切り込み方から
新たな糸口を見出してみるのも
ちょっとした冒険になっていいかもしれません。




やっぱ、情緒に訴えるほうが、単純ですけど・・・。





  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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