Loading…

スポンサーサイト

Posted by 世羽 on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

阻止したい「計画」・・・

Posted by 世羽 on 30.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ロイター発:ハーバード大学の研究で
エボラウィルスの突然変異が起きていたことが改めて明らかにされた。
人から人へ感染する過程で起きる変異は
コウモリ間で起きる変異の2倍速
すでに300回以上の変異が認められ、まだまだ変異する・・・。

人にとって弱毒になるか強毒になるかの分かれ道
・・・興味深い。


自然(デコボコな緑)image



エボラ感染者数が2万にのぼるだろう・・・という予測を目にして
ふと、思い出したのです。


かつて、アメリカ在住のウィリアム・ブラムレー(名称はペンネーム。本名を明かしていない、サンホセ出身の弁護士)が、その著作のなかで
「黒死病(ペスト)」について面白いことを書いていた・・・ことを。


13~14世紀にかけてヨーロッパ各地で流行し、多くの人命を奪った「黒死病」・・・。
    (追記補足:とりわけ酷い・・・という意味でここのタイムラインをとりあげています)


当時のヨーロッパが、現代人の想像が及ばないほど“酷い衛生状態”で、
害虫はもちろん、主に「鼠」が媒介となって拡散した・・・とされています。


計画(黒死病)image


計画(黒死病2)image



しかしブラムレーは、この説に異議を唱えていたのです。
内容はこんな感じでしょうか。


「少数のケースでは、害虫などからの感染もあっただろう。

だが、この病気の発生に先だって、
悪臭を放つ“霧”が報告されているのは注目に値する。
しかもそれは、発生した場所に共通している。


  自然(霧)image



病気の発生と同時期に“奇妙な光”の目撃も報告されている。

当時の記録によると、
光は“彗星”もしくは“流星”などと言い表されているが
これら目撃された“星?”と思しきものは、
人間だけでなく、木や草を枯らすという致命的な傷痕も残している」



ブラムレーは、さらに時代を遡り、
メソポタミアの文書に「土地を焼き焦がす神々」の記録があることを知ります。
そして、先の「黒死病」の蔓延時に目撃された「奇妙な何か」との関連を
想起しました。


「歴史上には、病気発生の元凶とされた“霧”や“濃霧”のことを述べた多くの
記録がある。
たとえば古代ギリシアでは、
有害な“雲のようなもの”を追い払う方法として、
みなで“かがり火”を焚くようにと、ヒポクラテスが勧めていた」



計画(かがり火)image



で・・・ブラムレーいわく

「謎の霧・・・が出たときに、
黒づくめの“いでたち”をした『悪魔のような謎の存在』が
草刈り鎌のような道具を振り回し、
そこから“霧”がにじみ出て来たという話もある。

現在でも描かれる、鎌をもった“死神”の姿は、
この時の様子が元になっているかもしれない」



とめたい計画(死神)image


   (余談:同じ頃、悪魔のような存在を見抜いていたことで知られ、
   自らの守護者を垣間見て、神秘的な力を発揮したローマの聖フランシスカ
   暗闇のドン底にあった人々の“病者の助け手”として「希望の光」となった)

計画(ローマの聖フランシス)image



そして・・・

彼が本当に言いたいことは、そんなことも突き抜けます。


「人類は、小さな銀河系の孤立した惑星で飼われている奴隷生物だ。
しかも人類は、地球外の文明のための労働力の供給源であって、
今もなお、その所有物のままだ。

その支配者(カストディアン)は、所有物を管理し続け、
刑務所のような状態に地球を維持するために
人間同士の果てしない“対立の芽”を育み、
精神的な衰退を促進し、
絶え間ない物理的な苦難を地球に定着させている」



・・・このあたりはよく耳にする話でしょうが・・・。
彼はさらにこんなことを言うのです。


「中世における疫病の類は“衛生管理の悪さ”以外のものから来ている。

それは、カストディアンがおこなった『意図的な人間掃討計画』の現れだ。
彼らは、自分たちだけが知る“ある理由”のために、
飼っている人間を減少させたのだ」



計画(秘密の)image



似た見解はこれまでも、海の向こうでけっこう流布されていましたが、
最近では元CIAのエージェント(スノーデンとは別の人物)による暴露があって
今回のエボラの拡大なども、
「ある計画」の一端、すなわち「人類削減の動き」の表出と
捉えている人たちがいます。

これに付随して、別の根深い思惑も見え隠れしており、
それは・・・

アフリカの貧困地帯にとどまらず、世界中において蔓延している
節度なきセックス、麻薬、
アルコールと気分高揚物質を組み合わせた変態的な性倒錯、
深く考えることなく楽しみだけに心を奪われる諸種の快楽・・・などは
人類に「負の人格変容」をもたらし
命令に易々と従う“操作しやすい大衆”を創り出すための
大規模なマインド・コントロールの結果で
必ずしも、人類側の意識の未熟さ“のみ”に起因しているものではない。


・・・というものです。


計画(マインドコントロール)image


さらには、
(現時点の状況では、ほとんどの人が首を横にふるだろうと推察しますが)

近代性と銘を打って、
道徳性・倫理性を破壊する“芽”を潜ませた
非常に緻密に考え抜かれた計画的な「意識への攻撃」があり・・・
そのコードネームが「ニューエイジ」。

  (いわゆるニューエイジをさしているわけではありません。
          ただ、その一部には、すでにこの意図が混入されている)

そこに隠れた目論みのひとつは、地球各所での
さまざまなユートピア・モデルの構築の実験であり
“ニューエイジ・タイプ”とされる小集団を実験的に育てあげ、
これからの時代の変節に“生き残る可能性のあるモデルタイプ”
いかに“創り出すか”を探っている・・・。

これは、一見すると良いことのように思えますが
実際には“エリート意識”をくすぐって
劣っていると思われる他者をおしのけることも厭わない意識を生む弊害
備えています。

すると、結果的に、霊的な上昇よりも
物質界での上昇を好む人間を生み出すことが可能になるのです。
そのとき人は、他者の苦しみに鈍感になります。
そしてときに、それを“密かに楽しむ”こともあります。

まことの魂の喜びが抜け落ちた、無機質な計画です。

地球の異変があって、人が生き残れようがそうでなかろうが、
魂が永遠のものだと理解すれば、「死」は恐ろしいものではありません。

また、人類の褒むべき特質には「愛情」があります。
それがこの計画には見えません。

感情の欠如した存在たちが考えることなので仕方ありませんが・・・。


こうした思想や計画の“こんがらがった結び目”をていねいにほどきながら
それ自体を消していく必要があります。

そのためには、意外にも
血も涙もある“庶民の”人情が力を発揮します。

確かに、庶民にできることは限られています。

しかし、少なくとも・・・

“危ないこと”に決して手を染めず、
人の道にはずれた誘惑に負けず
まっとうな喜びを携えて生き抜くこと・・・
これが非常に有効な「自衛策」であることは確かです。


繰り返しになりますが、これをなす「心の勇気」
いま、育てることが急務です。



ときに誰かの助けを借りても立ち直り・・・


計画(わんこさんの立ち直り)image



ときに賢く知恵をつかい・・・


計画(ねこさんの謀)image



この星に“生を受けたこと”を、諸手をあげて喜べるようになるために・・・。

計画(ひとつ星)image



スポンサーサイト

たとえば「先視の人たち」が言いたかったことの先・・・

Posted by 世羽 on 27.2014 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
フィリピン、インド・・・中国以前に気になる・・・・・・と、
とりあえずつぶやいておこう。


自然の情景(夕陽のなかの人馬)image


古今東西、これまで
実に色々な「予測」、「先視」が溢れてきました。

ピンからキリまで・・・。


20世紀の中頃には
「未来学」と呼ばれるものも登場しました。

   (未来学・・・。
    未来をあらかじめ「好ましい方向に限定していく」ことを目的とした
    思考態度のひとつ。
    科学や技術を利用すれば、“未来の出来事を転換できる”・・・という認識のもと、
    あらゆる学問分野の潜在的な可能性と経験をフルに活用して、
    これまでの習慣的な事象への先入観で制限を加えるようなことなく
    未来の様相を検討していく。これにあたっては“数学モデル”も併用する)


で・・・

当初、この未来学を追っていた先駆者たちが、
指摘していたことがあって・・・いまでも通じる感があります。


まとめると、こんなことです。

「現在の文明は、気づかないうちに人類を一種の集団自殺へと導いている。
これを回避する唯一の道があるとしたら、
それは、あらゆるものが工業化された以前の社会構造へ、
いったん戻すことだ。

つまり、技術開発や環境を破壊するような“便利な品々”を大幅に削減し、
単一的な栽培をするような農業のやり方を改めて、
大都市圏を縮小する・・・といったことだ。


ある種の“徹底的に改革された社会”
すなわち、現行の価値観と完全に異なる価値観を構築しないかぎり、
これからの未来はかなり暗澹たるものとなる可能性がきわめて高い。

だからこそ、人類の力の“増大化”を一端中止し、
生物圏の支配や、科学技術行動の押しつけに全精力と関心を費やすのをやめて、
自分自身、あるいは対人関係の巧みなコントロールにそそぐことが必要だ。

これこそが、
あらゆる“哲学や宗教”が昔から繰り返し説いてきたことではなかったか。
そのことはいま、ほとんどの人々に明白になってきているはずだ」



さらに、先駆者のみなさんが言っていたのは
「こうした“見解”を本気で追求しはじめたとしても、
少なくとも約20年はかかる試算になる」・・・ということで。

本当は、2000年が始まる前までにそうできるように・・・との提言だったのですが、
さて、いまはどんなでしょう・・・。



地球の情景(薄もやのなかで)image



すぐる数十年前、すでに

移りゆく事象の“基本要素”を200ばかり選び出し、
それらを投入した480におよぶ方程式を駆使して解析がなされた結果が
こうでした。

「あらゆる事態が成り行きのまま過ぎていく・・・というのではなく
仮に、2000年を過ぎたあたりで、ようやく
“何かしら具体的な方策”が立てられて
改善のための“さまざまな強制手段”がとられたとしても


 ・天然資源
 ・人口
 ・一人当たりの工業生産物
 ・環境汚染


についてのグラフ曲線が“2000年から2030年”にかけて“急落”を見せる」


いま起きている自然災害や病気、
戦争や事故を含む人的災害を眺めてみると、
上記の指摘は、まだ続いていそうだ・・・と
漠然とした感覚であっても、それなりに感じとれるかもしれません。


地球の情景(隔離の情景)image


一方で・・・


今世紀までには、“先視の人々”が残した著名なヴィジョンだけでも200以上にのぼる
ものがあり、そのうちの一つに
「無名の修道士の予言」(17世紀)などもあります。

この予言は、先の二つの大戦を言い表していたことで知られていますが
その後に来る「何か」についても言い残していました。
(研究者によっては、三つ目の大戦のことだ・・・と言う人も)


「富や財産が大いなる災難に遭って、多くの涙が流されるだろう。
人々は“憐れみの心”を失って薄情者となる。
“毒に満ちた雲”、
赤道に輝く灼熱の太陽より熱い強力な光、
恐ろしい砲弾や矢玉を満載した移動する鉄製の要塞や空飛ぶ軍艦、
死をもたらす流れ星、
そして硫黄を含んだ火が大都市を破壊するだろう。
この世紀
(事がおきる時代をさす)は、あらゆる世紀のなかで最も奇怪な世紀となる。
なぜならすべての人間が、
自分自身と現世的なことに熱中し、互いに殺し合いもするからだ」



さらに
18世紀の修道女ジャンヌ・ル・ロワイユもこんなことを書き残しました。


「審判の下る日の訪れが、その世紀の終わりごろになるか、
あるいは2000年に始まる世紀中になるか、私にはわからないままにされました・・・。

けれども・・・
神から光を受けて“私が目撃した”ような審判が、
もし1900年に始まる世紀に訪れるとしたら、
その世紀の終わりごろでしょうし、
もしその世紀が最後まで過ぎてしまったら、
つぎの世紀
(2000年代という今)が過ぎないうちに訪れるでしょう。

それよりだいぶ前、
キリストの前表
(キリストの前に現れるとされる者)が登場するずっと以前に、
世界は“一連の”血なまぐさい戦争に苦しむでしょう。


いま告げたことに加えて、
私には大地があちこちで
(尋常ではなく)揺れることもわかっています」



一見すると、“暗い”と思える先視ですが・・・。

これらは回避できる方法を示唆しています。

つまり、著名な先視のほぼすべてが
そうならないための生き方や心の在り方が、どういうものであればいいか・・・
という答えを含んでいるからです。

「先視」の真値は、
苦難を回避できる方向へと変える手だてを含んでいるところにあるわけで・・・。

仮に、その手だてが実行され、
短期・長期を問わず、「先視」がはずれる形になって、
それで嘲笑されようが、罵倒されようが
「真性の先視の者」たちは、屁とも思わないでしょうし、
かえって、ハズレたことに安堵できる魂の逸材です。

であれば、

「先視の人」たちが視た未来を真摯に受け止めて
そのビジョンがハズレをかます未来を創り出すことを
本気で目指すにこしたことはありません。


地球のひとつの情景image


そして・・・

現在の未来学の(イギリスの未来学派での)議論のひとつに
面白いものがあります。

それは、「宗教の代用の成長」というものです。

いま人は、「良い」と感じられるものを強く求めている。
しかし、一方で、この世的な社会は
倫理的価値のための一定の基準として機能する宗教的なテキスト、
あるいは、それがすぐに発揮できるような、定まった基準点を持っているとは言えない。

(そこにはひと言では言えない、複雑な要素が絡みあっている)

今日、購読されたりして広がる「人間の行動を左右する根本概念」(イデオロギー)の一部は、本質的に
宗教のための“世俗的な代替物”であって、
それらの多くは、一見良いように見えて
知識の成長に停止を加える可能性をはらんでいる。

その場合の傾向は、「ナンセンスな信念の台頭」とも呼ぶことができて
それは
ニューエイジ、代替医療、代替科学、21世紀の信心深さ、政治的な正しさ
ファッション、セレブ、テレビ文化、スポーツ、ゲームなど、
諸種の要素に見出すことができる。

これらが度をこして進むと
社会的なコンプライアンス(命令や要求に従うこと)への追求から、
だとわかっているものでも、知られた事実として、
それを信じるように促されてしまう。

そして人は、これらを安易に受け入れ過ぎるなら、
依然、それは宗教の代替物と同じで、自由な発想と論理的な推論を押しとどめる結果を招き、
しかも、場合によっては、無知よりも悪い状態に陥る結果を招く。

するとこのとき、「反・知識」の曲線は加速して、「知識」のカーブを追い越してしまう。

なのでそこには、「知識」と「反・知識」の間の競争のようなものが生まれている。



未来の情景(グラフ)image



うまく説明出来ずに申し訳ありませんが
何とか、読み取っていただければ・・・。


そして、いま

世界で起きていること・・・戦争や病気・・・貧困などなど、
それらに直面している人たちがいます。

仮に、彼らの生活形態が杜撰なものに見えるとしても
また、彼ら自身のなかに、そうならざるを得なかった痛みを抱いていたとしても
みなが、同じ星の上に生きる人たちです。

西アフリカにしても・・・現状は厳しいものがあります。

痛い画像ですが、あえて少し、お付き合いください。



先日ウェスト・ポイントが封鎖されたとき、治安部隊の発砲もありました。
一人が死亡、この少年は足を怪我しています。

地球の情景(ウェストポイントでの封鎖による発砲)image_convert_20140826225454



住民とのにらみ合いがあり・・・

地球の情景(ウエストポイントのにらみ合い)image



各種のバリケードが築かれて、人々は隔離されました。

地球の情景(リベリアの感染地区封鎖2)image_convert_20140826230053



でも、水や食糧は十分ではなく、配給を待たされ、投げ込まれているのは
ほんのわずかな水の小袋です。

地球の情景(ウエストポイントの隔離壁)image


地球の情景(リベリアの隔離鉄条網2014年8月22日)image_convert_20140826232216




何を信じている方たちかわかりませんが、祈っているようです。

地球の情景(モンロビアのビーチで祈る人2)image_convert_20140826225853



地球の情景(モンロビアのビーチで祈る人)image



こうした人々を含んでこその、未来だとしたら・・・



現実を変える「力」に一足早く気づいた人たちこそ、
それぞれの道の上で、
我よし・・・に徹するのみならず、他者のためにも
より多くの意識を向けていく真剣さが必要とされることでしょう。


ご存じのとおり、この「力」
本来、万人に宿っているわけで
誰もが、小さなことからそれを使えます。


地球の情景(蝶の飛翔)image


まったく関係ないように感じるかもしれませんが・・・

もし、ある日、“無用な”激情から誰かをぶん殴りそうになって、
振り上げた手を、落ち着いて、意識的に降ろせたなら
世界のどこかでの砲撃が一つ少なくなる・・・。


もし、ある日、誰かを馬鹿にする心を強い意図をもって消せたなら
どこかの国の誰かの心にもそれが届く・・・。


それは・・・小さくとも高貴な、人間の持つ“神性の勝利”です。


地球の情景(ベトナムの牧歌抒情)image



そんな、人に宿る尊い力、神性が、
こうした“悲惨な場面に変化を与えることにこそ”用いられるようになれば・・・
未来の変わる余地はきっと増える・・・。


ちょっぴり切なくもありますが、美しい地球の情景に想いを馳せながら
そう願っています。


地球のひとつの情景image



善き日々を・・・・・。

地球の情景(のどかな日暮れ)image



心の「動物日和」・・・時々ねこ、時々そのほか

Posted by 世羽 on 23.2014 そこはかとなく   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
災害の報道・・・。
原因がいくつあろうと、いまはまず、鎮魂と平安を祈る気持ちのみ。
そして、過酷な作業に携わるすべてのみなさんに
深い敬意を送る。


修飾用(抜ける青空と海)image


歳を重ねると

若いときには何ともなかったことが、
ある日
「えっ?」と想う事に変わっているのに気づくかもしれません。



老眼・・・?・・・とかw。

ねこさん(老眼入った?)image



生まれて間もないころは、汚れない“肉球”・・・


動物さん(けがれなき肉球w)image



いや違った、「心」・・・
そんなものが、
少しずつ垢にまみれていくのも実感していくでしょう。


その過程では・・・


長じるにしたがって、色々あり
社会に出てみれば
持てる能力を最大限使って「上」をめざそうとすることも、あるでしょう。


動物さん(空高く)image





「くそっ、負けてばかりいられるか!」・・・と
逆襲のように「踏ん張る」必要も出てきます。



動物さん(負けてばかりではない)image




そんな日々のなか、



せめても・・・の慰めにと、心に求めたはずの「潤い」
“希望どおりでなかったりする”こともあります。



動物さん(象の水やり)image




望みを掴もうと、伸ばした手が“誰かに阻まれる”ことだって・・・。


ねこさん(目的を阻まれる)image




あの人は、スゴイ特殊かも?・・・などと感じ、
どこかの誰かがやたらかっこよく思えて、羨ましく
嘘をついてでも、
自分も「そうなんだ」と見せかけたくなったりすることさえ。


動物さん(スフィンクスキャット)image




ですから本当は、自分の個性「そのまま」のほうが、ずっとイケてるのに、
なぜか気がつけず
“不自然な見栄”を張ってしまったりするかもしれません。


ねこさん(まさか被っているのは)image



そんなこんなで、日々、奮闘しているうちに



さまざまな場面で素直になれない気持ちが芽生え、
奥深いところで「たぶん、それはそのとおり」と思っても
やたら抵抗し、もがきたくなることもあるでしょう。


動物さん(デカイねこさんの抵抗)image




そんな、けっこう当たり前に来る日常・・・。


そして・・・



時に、天然でボケていても


ねこさん(一緒に)image





時に、己の持つ“存外スゴイところ”を多分に発揮して
帳尻をあわせたりするうちに・・・


ねこさん(かしこいかも?)image





佇んでいるだけではおぼつかないばかりか
ある意味、「危ういことさえある」とわかることもあって


動物さん(逃げて・・・)image




「大空へと飛翔するには、やはり思いっきりの助走が必要なんだ」・・・と、
ようやく納得し
全力で突っ走るようになったりします。


動物さんたち(飛び立つ鳥さん)image



こうした日々、



その多くを“完全戦闘モード”
「困難な人生の命題」に立ち向かっていたとしても


動物さん(完全戦闘モード)image





また別の日、どこかの時間に、必ず力が抜けるものです。


動物さん(でっかいネコみたいなもんだ)image




繰り返される日常のたわいない出来事・・・。
でも、人はそこからたくさんのことを感じて
学びます。


で・・・

それなりに一生懸命生きていると
過ぎていく年月の、あるとき

人生とは、そんなものだ・・・
でも、それは決して無駄なことではなかった
・・・と、

ある意味、一瞬の「悟り」のように実感するでしょう。


そのなかで、もし


“本当の強さ” (剛気でさえも)の奥底には
「真の優しさ」がある・・・と、心から知り得たなら、

人は・・・
一生ものの「宝」を、“一つ”手に入れることになるでしょう。

(これはたぶん、頭ではわかりません。体験でのみ知りうること)


動物さん(クマと幼子)image




そうして、

長く生きれば生きているほど
人生のなかで、“別れの場面”がいくつも訪れるでしょう。


軽く「バイバ~イ」と言えるものから
心を引き裂き、打ちひしがれるほどの「さよなら」・・・も。

バイバイ・・・・・・
それは「Goodbye」(さようなら)で、
「God be with you」(神があなたとともに)という意味が隠れています。




      私たちがいま、さようなら・・・と言うのは
             ふたたび会うため。
                            ―――ジョン・ケイ―――



動物さん(修飾用goodbye)image




これは究極、肉体を持っていても、そうでなくても同じ・・・。

しかし、

突然の別れは
どんな場面でも、心が痛みます。
それが人です。


その痛みは、体験してみて初めてわかる、尊くも“深い感情”です。

だからこそ・・・人は、支え合います。

いつどんな場面でも、みなが心強くいられるように・・・


        お互いに助け合っていきましょう。
                         ―――ヴォルテール―――



動物さん(少年と介護犬)image




・・・と、素直に想えたなら・・・嬉しいですね。



動物さん(白いdove)image



「アフリカの大地」の上で・・・現状の一部

Posted by 世羽 on 20.2014 時事ネタ   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
残暑だ・・・。
でも、“ふつうに”それを味わえることが
ありがたい。


海のなかの道(モルヂィブ)image



すでに報道されたように、今月16日
リベリアの首都モンロビアで、エボラ隔離センターが襲撃にあい、
陽性を示す感染者が脱走もしくは連れ去られました。


エボラの現実(連れ出されていく感染者)image_convert_20140819203246


(1:17に追記・・・記事をあげてからすぐ、0:43に以下の感染者全員が見つかったとの一報が流れました。
なので、記事の一部が古くなりますが、ご了承ください)


うち17名ほどが、依然として行方不明で、
家族ですら感染者の行方がつかめていない人もいます。

AFP通信によると、Fallah Boimaさんという男性のケースでは

「息子が4日前に病棟に入院して、よくやっているように見えました。
でも、日曜日に訪問したとき、息子はどこにもいませんでした。
どうなっちゃったんでしょう。
息子がどこにいるかわからないんです。
息子が病棟の外に出たとしても、その後、私に連絡がありません」


このセンターが出来る前のこと、
患者たちが国の別の地域から集められることもあって
近隣住民の多くが「そんなもの造るな!」と、反対していました。

施設が完成して、稼働したものの
入った人がみな、醜い骸(むくろ)状態になって出てくる・・・と 伝え聞かされたりするので
正しい知識を持たない人たちにとって“そこ”
まるで“人殺しの場所”・・・と感じられたりしていたようです。

そのようななか、

暴徒となった群衆が、バットもしくはクラブの類を手に
施設のゲートを壊して施設に乱入しました。


エボラの現実(隔離施設へ入る群衆)image


「エボラなんてデマだ!!!」
「エボラなんてあるもんか!!!」


そんなことを叫びながら、あたりをぶち壊し
あげくは施設の備品の略奪も行いました。

略奪品のなかには、
感染者からの出血で血みどろになったシーツ、マットレス、毛布、
ビニールシート
などがあったもようです。

これに直接触れれば、その人たちは“ほぼ完全に”キャリアとなって、
いずれ発症してしまいます。

ウィルスが体外で生きる期間は、いまだ明確ではありませんが
一般には、完全に死滅させるにしても、消毒薬がなければ
少なくとも60℃以上の熱湯に2時間以上つけることが勧められています。

ただでさえ水が不足している、この地で
大量の水を沸かしてそんな煮沸ができるのか?・・・と思うわけです。


地元警察幹部は、BBCの取材クルーにぼやきました。

「これは、今までの人生で見てきたなかでもひどい“愚行”だ」


エボラの現実(暴徒の分断に動く警察)image_convert_20140819203013



暴徒が襲ったモンロビアの隔離センターがあった、
ウェスト・ポイント・・・。

そこはいわゆるスラム街で、。
推定5万にものぼる人々が、貧困のなか、
密集した環境(高・人口密度)で暮らしています。

エボラが発生する以前から、そこは凄まじい場所でした。

(以下はウェスト・ポイントの参考動画。
動画のタイトルは凄いですが、真面目なドキュメント映像)





感染者と、すでにキャリアとなってこれから発症するかもしれない人たちが
このスラム街の何処へともなく、身を潜めていったのです。

その先に起こることが予想され、ホラー映画の様相すら呈してきます。


一部海外メディア(BBCなど)によると
事件が起きる前日(当地での金曜日夜まで)には、隔離されていた感染者の親族が
数名(10名と記載するメディアもある)を連れ出していたようです・・・。


エボラの現実(住民による感染者への逃走説得)image_convert_20140819202547


その背景には、
自分たちの貧困を打開する手だてを持たない政府への
非常に大きな不信があり、
そこから、
「今回の“エボラ騒ぎ”は
国家が海外からの援助金欲しさに仕組んだことだ」
という
噂が飛び交って襲撃の一因になった、とされています。

暴徒となった人たちは、日本では考えられないほど貧しい・・・。
動画のなかにもあったように、手に入れられるのなら、何でも欲しかったようです。


それだけではありません。

エボラが蔓延している隔離施設では
ベッドがあって、暖かい励ましを受けながら病と闘える人ばかりでなく・・。

さしたる薬もなく、せいぜい体力を維持するために水や食糧が与えられる程度で
感染者たちは外部と遮断された状態で、
とてつもない孤独に置かれることが多いのです。

場合によっては1日中、たった一人で過ごす人も。

多くの仲間とワイワイやるのを好む民族性の人たちにとって
隔離された場所で“究極の孤独”のうちに病気に苛まれていくのは
すでに、生きながら死んでいるようなものです。

(何もない部屋に一人、閉じこめられて、することもなく横たわるとしたら、
日本人だって耐えるのはキツイでしょう)


エボラ続報(隔離された孤独な夫)image_convert_20140819203528


ですから、「エボラなんかないぞ!」と聞かされて、
本当だと受け入れてしまえば、
感染を危惧する必要も失せますし
隔離される苦痛から逃れようとしたり、
家族が逃がそうとしたりする場合が出てくるわけで・・・。


だからと言ってそれを容認するわけにはいきませんし
止めなければ、もっと悲惨な出来事が起きてくるでしょう。


ロイターなどによると、今回の襲撃事件の直前には、
4名の遺体の搬送を行おうとした埋葬チーム・スタッフの車輌と、彼らの護衛にあたっていた警察とが暴徒によって追い払われています。
(そして、勝手に、感染者を埋葬したり・・・)


エボラの現実(遺体搬送を阻止する暴徒数百人)image_convert_20140819200919


リベリアに限らず、ある程度、エボラがどのようなものかがわかってくると
家族に感染者が出た場合、隔離されるのを極度に恐れ
あるいは、他の人に“知られる”のを恐れ
感染者を自宅に隠す人たちが出てきています。


さらに・・・現地の人たちが、勇気をもって医療スタッフに志願したものの
現実を目の当たりにすると、恐くなって逃げ出すケースも増えてきました。
(そして、治療に携わる人たちが減っていく・・・)

さらに・・・

シンガポールあたりでも感染者か・・・との報道があるなか
アフリカ全土には、1000社以上の「中国企業」があって、
アフリカ在住の中国人は100万人にのぼります。

逆に、中国南部の広東省には
推定で30万人以上のアフリカ人が住み、このうち合法的な滞在資格を持っているのはわずか3万人前後。
不法滞在率は90%を超え、麻薬や覚醒剤の密売などの犯罪に手を染めている者もいて、
密かに本国と繋がっていたりします。

WHOの地図(以下リンク先)のように
中国では、家畜がエボラに感染しています。

WHOのマップ


多くの自国労働者をかかえる中国が、医療スタッフ9名を西アフリカに送ったのも
こうした背景があるからです。
しかし、医療スタッフのうち8名はすでに感染が疑われ、
シエラレオネで隔離されたのち、詳しい動向は伏せられています。
(中国系の報道だと陰性だったと・・・)

中国に感染者が出たとしても、恐らく最初は隠すでしょう。

中国へ本格的な流入が始まると、日本の負うリスクも高くなっていくでしょう。


エボラの現実(感染の道筋)image



日本では報道されていませんが
リベリア近辺ではこのところ、
エボラの症例が報告されていない「象牙海岸」へと、
国境を越えて逃亡を試みる者が増加しているようです。


今後は、「船便」にも注意が必要と思われますが
感染の増加が見られる諸国への渡航は、いくら自由な裁量だとしても
現状では、控えてこそ・・・だと思います。


エボラの現実(修飾用画像ganviebenin)image



ウィルスは、少しずつ変異を続けていますが
リベリアの医師に投与された「ZMapp」も効いたようです。
新薬の開発も諸国で進んでいます。

もう少しの辛抱でしょうか・・・。


エボラの現実(修飾用画像2アンゴラ辺り)image


アフリカの大地の上・・・そこは本来
底抜けの笑顔が似合う人たちの住むところ・・・。


エボラの現実(修飾用画像アフリカの子供たち)image



他の大陸に住む人たちにはない、素晴らしい能力の持ち主がいるところです。


ハイジャンプ(たぶんマサイ族2)image


ハイジャンプ(たぶんマサイ族)image




彼らの持つ、ヒト白血球型抗原の中のHLA-B「タイプ」のなかには、
エボラに対しての抵抗力が強いものもあります。

西洋人や日本人は、それに比べると遙かに弱い・・・。




とにかくいまは


その大地に住む人たちに、
病気の恐怖のみならず、貧困や絶望を超えた
明るい笑顔がさらに戻るように・・・


エボラの現実(修飾用画像3少女)image_convert_20140819201319



引き続き、小さな気持ちを送り続けていたいと思います。



エボラの現実(修飾用画像5africhildren)image



エボラの現実(修飾用画像の雲と陽光)image



初秋に「天空の物語」など・・・

Posted by 世羽 on 17.2014 宇宙と星がらみ   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ここのところ、離脱しっぱなしで・・・w。


天空の(アンドロメダ)image


人類が“肉体”を携えて生きているこの世界
“地球の属する銀河系”について
これまで多くの「不思議話」が繰り広げられてきました。

詳細を各々見ていくと、やはり、それぞれに食い違いがあって・・・・
でも、日本の歴史ですら意見が分かれるくらいですから
まあ、それはそれ・・・。

このさい“真偽”は問わずに、ちょっと、ぶっ飛んでみます。

*****

現在、太陽の周囲には
超・巨大な“惑星級のUFO”を見ることができます。

気が遠くなるほど遙かな古代より、
人の想像を遙かに超えるテクノロジーを持った種族が
惑星を移動し、宇宙のあちこちでソーラー・システム(太陽系)の構築さえ行っていた・・・と、
よく耳にもします。


そして、

いくつもの“星の民”が、
宇宙において、地球において、
「霊的・物理的な戦い」の歴史を残してきた・・・とも。

そんな物語が今では、時流に乗った“SFチックな宇宙の歴史”として、
また、昔は昔で、“伝説”として、
筋書きが多少異なっていても、
かつて「何かがあった・・・」と伝えています。


ときおり書く“闇の帝王のような存在”も・・・
紐解いていくと
この宇宙以前の、もう一つの宇宙へと遡ることがあります。

それは、

すでに知られている、あのドラコを動かす“霊的なバック”にまで行き着く・・・
ということかもしれません。

で、そんな物語のひとつ・・・はこんな感じですよね。


かつて、異星の民ですら記憶が定かでない「もう一つ」の宇宙があった。

その、「もう一つ」の宇宙では
ある最強の生命体が、宇宙の統治に乗り出し
“意識に関与する生命体”のようなものを創り出していた。

彼らは他の星の民たちを支配すべく、
創りあげた“それ”の植えつけをおこなった。

これはすなわち、
他者を思いのままにコントロールする洗脳操作に
自分たちの創り出した“それ”を用いた・・・ということだった。

しかしあるとき、
“それ”が勝手に増殖をはじめ、人々の“意識を喰らうようなもの”になってしまった。

創り出した者たちですらコントロールが効かない状態・・・。

“それ”の増殖と浸食が進み、ほんのわずかな創り手たちを除くと
大半がその汚染にさらされてしまった。

“それ”の創り手たちの一部は、この汚染から逃れるため
さらなるテクノロジーを駆使して「この宇宙」へと逃避する道を選んだ。

しかし、この逃避した者たちは
けっして“善い存在”ではなかったのだ(創り出した“それ”のように・・・)。

こうして、人類のいる「この宇宙」は火種を抱えることになる。



彼らが逃げた先(この宇宙)には、当時から無数の文明があったが
特に、人類が関係することとなる一大文明圏があって
それは、「こと座」の星域に農耕を基本とする“平和な文明”を興していた。


その平和な民の暮らす星々へ
ある日突然、巨大なスペース・シップが飛来する。


 (話によっては、別バージョンがあって、それは・・・
  この農耕の民が別の宇宙から来た者たちに騙される格好で
  遺伝子を使った諸研究に駆り出されるバージョン。
  いまはとりあえず「突然」・・・のほうを選んでみる)


天空の(突然の侵略とか)image



その侵入者たちこそが、「爬虫類系の民」ドラコだった。


彼らがどこで生まれたのか、まったくわからない存在だったが
「こと座星域の民」たちが(以下ライラ:こちらの呼称を使ってみます)
朧気にわかったことは
ドラコたちもまた、別の宇宙からもてあまされた厄介な存在であり
実に数十億年の昔に、何かの干渉によって
いわば島流しのように、「この宇宙」へ捨て置かれたらしい・・・ということだった。


(何も、「ここ」に捨てなくても・・・w)

ドラコたちは「こと座星域」に達する以前に、
すでに、他のいくつもの文明を制圧してきており
彼らはとにかく冷酷で、思い遣りなどの感情は皆無だった。

彼らは「進化するために」生きてはいない。
ただ、存在するだけだ。


ドラコの身体は2~6メートルにも及び
人類で言えば、屈強な男性15人分ほどの力を持っている。

彼らは王族、戦士、僧職、労働者といった階級社会のなかで暮らし、
階級によって尻尾の長短や
身体から生える突起物の位置や形状に違いがある。

卵生で、女王を持っているようだった。



天空の(ドラコタイプの爬虫類エイリアン)image



当時、最初にドラコの侵入を受けたのは、
ライラたちが住む“14の惑星を持つ太陽系”で、
うち3つが、侵入者によって破壊されてしまった。



結局のところ・・・


のちに地球人に“連なる”とされるヒューマノイド・タイプの異星の民は
このときだけでも数千万(5000万ほど)が生命を失った。


このあたりから、
ヒューマノイド・タイプの存在たちとドラコ、
さらにはそれぞれに組する雑多なタイプの異星人たちが入り乱れて、
壮絶な戦いを繰り広げることになる。


 (オリオン星域での戦い〔オリオン大戦〕と呼ばれるもの。
  オリオン座・・・と言ったところで、星座のような平面ではない。
  立体的に見れば、とてつもなく広大な空間だ。
  なので単にオリオンと言われてもしっくりこないが、
  とりあえず、地球から見たその方向でということ・・・にしてみる)

天空の(オリオンの空間的位置)image



この大戦は長きに渡り、
なんと地球の時間で40~60万年も繰り広げられてきた。


  (ドラコの類も、ヒューマノイ・ドタイプの星の民も、彼らの1年は地球人類より遙かに永い。
   地球人類の4000年に匹敵することさえある。
   なので人類の“時間感覚”とは比較できない)

天空の(ゲームのなかの戦闘)image


しかも、勝敗に完全決着を見たわけではなく、尻切れトンボ状態になった。

そして、この戦いの歴史はローカルなところでぐちゃぐちゃになっていく。



シリウスをとって見れば
シリウスAとBのそれぞれに所属する惑星の民は、対立を引き起こした。



天空の(シリウスAとB)image


天空の(シリウスab)image


天空の(SiriusOrbit)image



 (シリウス星域には、ドゴン族に接触したような水棲の民がいたり
  ヒューマノイド・タイプがいたりする)

天空の(ドゴン族が残したsiriusABのダイアグラム比較)image



また、

グレイが地球に影響を及ぼし始める以前
プレアデス星域やシリウス星域に所属する「一部」(裏切り者と呼ばれる)が、
ナチスに接触し、地球の混乱を引き起こしている。


(アルデバランのところに、類似の件を書いた)


天空の(プレアデスあたり)image



当初、グレイはナチスに接触を試みたが
上記のように先行した存在たちがいたため
代わりにアメリカへ手を出すことになった。
のちの、両者間でかわされた「密約」などは周知のとおりである。



天空の(グレイの1バージョン)image


一方、グレイに容姿のよく似たゼータは、
比較的恩情があって、いまのところ人類に好意的な面を見せている。


こうして、

同じ星域からであっても、似たような“組織集団であっても
“思想の異なる”存在たちが「地球の歴史」に複雑な影響を及ぼしている。

現在の地球はいまだ、こうした入り組んだ影響から免れていない。




で、さらに・・・



かつて、オーストリアのザルツマングート、旧ハプスブルク帝国の塩鉱山にある洞窟で
グレゴールという男性が「地底人」を目撃した。


彼は言う・・・。

「私が洞窟で採石しているときのことでした。
突然、洞窟の闇の奥から妙な声が聞こえてきました・・・。
しかも、そのときなにかこう、腐った臭いが漂ってきたのです。
私は言いしれぬ恐怖を感じてパニックになり、
急いで洞窟の出口のほうへ戻ろうとしました。

そして・・・奴らと出くわしてしまったのです!

あいつらは人間のように立って歩いていました。
でも奴らは、長い尾のある“筋肉質なトカゲ”みたいなものだったんです」


  (グレゴールが見たのが、ドラコだったかどうかは不明だ。
   しかし現在、2000弱のドラコが地底にいるという。
   彼らは、時に人間の幼児を生きたまま食することを好み、
   サタニストらなどが進んで彼らに「餌」の供給をしているという。
   ・・・地底にいるのはドラコだけではない)


天空の(地底人reptoid)image


人類は、そんな地球に住んでいて・・・。


太古、ドラコと戦いを繰り広げた異星の民たちは、こうも言う。

 「神は存在する・・・。
  だが、それが“何”であるのかは、私たちにもわからない。
  けれども、それに向かって自分たちが進んでいることはわかっている・・・」



天空の(ネコ型sirian)image


わずかな概要をつづっただけで
ぶっちぎりますが・・・w。


ライラと呼ばれる者たちが地球近隣の星々へ移住した様子は
これまで、くさるほど語られています。
そして、彼らの多くはすでに、地球の属する銀河を離れたと。


天空の(そこらの銀河の距離)image_convert_20140815221002


(かなり前に書いたように
ライラたちとは別に、“新たな宇宙(次元)”へ旅だった存在の話もある)


こうした宇宙の歴史の背景のなかで
ニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)とエイリアンの話は
切ってもきれない物語として残ります。

アメリカ人ビル・クーパーがスッパ抜いたように、
全世界には1477の地下拠点があり
ドラコに組するグレイ・タイプのエイリアンを始め、
約3000万体以上爬虫類型エイリアンが現実にいて、
いろいろ「おいた」をしているようで・・・。


天空の(KGBによるエイリアンの地下基地マップ)image
   (KGB)


これらのエイリアンからの意識コントロールの影響は
「宇宙の理」に反する政治、経済、労働、嗜好性、不和、暴力をはじめ
多岐にわたる事象となって見え隠れしているのがわかります。

刹那の娯楽や一瞬の欲望を追求することに過度な“ぬか喜び”を求めさせ、
人の意識を“骨抜き状態”に置きながら支配する・・・という
この巧妙なトラップを抜け出すことが
本当は何より求められていることなのでしょう。


天空の(greyaliennew)image



「この宇宙」には、人類を凌駕する高度な文明が1000億以上あり
上記した粗筋は、そのなかの、ちっさい、
しかも人類の住む銀河をめぐる「物語」のワン・バージョンでしたが
たとえ物語がどんなものであっても、参加している者たちは筋書きを変更できるわけで


天空の(ブラックホールをもつM81)image
  (M81・・・NASA)

天空の(NGC6946)image
  (NGC6946・・・NASA)


さて、20種以上の異星の民の遺伝子を引き継ぎ、
ある意味、特殊な身分として尊敬されている地球人類
はたしてこの先をどう書き換えていくか・・・

それが地球人類の底力、腕の見せ所です・・・。



天空の(降るような星)image



「別の感染経路」は本当にないのか・・・エボラ

Posted by 世羽 on 11.2014 時事ネタ   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
どうも気になる・・・。


エボラ2(修飾用画像)image


前回につづき、その後を追ってみました。

(国内外では色々な“情報や憶測”が流れていますが、
ここではあくまで、現実のみを見てみます)


米国のボランティアの医療チームに撤退者を出すなか
8月3日ごろ、ロシア保健省とロシア消費監督庁の指示で、ロシア保健省の専門家グループが、西アフリカ地元医師たちの支援のためギニアに入りました。

派遣されたのは、エボラ調査で、豊かな経験を持っている
ヴィクトル・マレーエフ・アカデミー会員、
ミハイル・シチェルカノフ教授など、ロシアを代表するウィルスの専門家たちです。

これまでロシアも、エボラウィルスの研究を続けており
2004年5月、シベリアで
感染モルモットでの研究中、誤って注射器を自分に突き刺してしまって
科学者が死亡する事例も起きています。

2009年のドイツでもまったく類似の事故が起きましたが、
この時は幸いドイツ国内での試験薬が効果を発揮し、命をとりとめています。

これらの経験を総合して得たものが、今回も役に立つといいのですが・・・。


ここのところわかってきたことは
今回のアウトブレイクでは、初期にエボラウィルス・ザイール株が、
その後エボラウィルス・ギニア株が作用し、
両者が相俟って複雑な発症をしているようです。

また、感染の有無を調べるさいに、
確認の精度が25%ぐらいしかなく、発症の見極めが遅れた事例もあったようです。


現段階での発表死亡率
感染が最初に検出されたギニアでは、約74%
リベリアが54%。
シエラレオネ周辺では42%。
・・・など、となっていますが、
この大規模感染の死亡率の数字は、
最近になって打撃を受けた国などについては流行が始まったばかりということもあって、
低い死亡率になっているようです。

英国の一部の研究者などによると、収束が近くなるとしても
致死率は80%に達するかもしれないとの見解もあります。



・・・気になるのは

世界5大医学雑誌のひとつ『ランセット』
1995年12月23-30; 346(8991から8992):1669から1671・・・には

米国陸軍医学研究所による興味深い研究結果が載っています。

それは

筋肉内にエボラウイルス(ザイール株[メインガ株])を接種されたアカゲザルが
接種後7~13日で死亡。
さらに、
これらのサルのケージから数メートル離した別のケージ内に入れられていたサル数頭が、
その10日~11日後に死亡。


管理上、後者のサルに、感染したサルとの接触が起きた可能性は考えられず、
「エアロゾル感染」の可能性もある
・・・との見解でした。

そして・・・

これまで、人のあいだでのエボラの流行に「エアロゾル感染」を示唆する所見はないものの、
こうしたサルの結果を踏まえると、今後の検討を深める必要がある
・・・といった内容を促す所見が示唆されています。

つまり・・・空気感染も視野に入れろ・・・と言っているわけで。


インフルエンザ・ウィルスもそうですが、こうしたウィルスの類は
感染中の媒体のなかで、変異/進化を起すことは知られていますし
消毒レベルが格段に高いと自負する先進国だからといって
今後、“絶対に”安心・・・と言い切れないでしょう。


報道されているように
リベリアなどでは、治療のメインとして機能していた病院
院長をはじめとするスタッフが感染したことで閉鎖され
国民全体が、なすすべなく極度の不安に陥っている・・・と思われます。
また、他の関連国も同様のようです。


エボラ2(モンロビアでの嘆き)image


それでも懸命に、自国で封じ込めようとしている姿を見ると
ほんとうに心が痛みます。


エボラ2(liberia郊外の検問所で)image



8日現在、発症者を抱える国の街には野ざらしにされた遺体や
伏せっている人も散見されます。


エボラ2(リベリアの路上で)image


エボラ2(路上の人たち)image


エボラ2(アルジャジーラ発2014年8月8日あたりリベリア)image



どうしてこうなったか・・・の“ディープな闇の話”は別として
これらの国々では今も、他国からの医師も踏みとどまっています。


  エボラ2(アイルランド医師の勇気)image
   (アイルランドの医師)


そしてたぶん、今日も感染拡大を見る関連諸国、また、感染者受け入れ諸国では・・・
日本の想像を遙かに超えた懸命な
“過酷な医療活動”“感染防止活動”が続いているでしょう。

エボラ2(スペイン人神父さんの搬送)image


エボラ2(スペイン宣教師の搬送)image


エボラ2(空港職員のチェック)imagejpg


エボラ2(奮闘する人近影)image



日本が大震災に見舞われたとき
アフリカの国の人たちも日本のために祈ってくれていたのはご存じと思います。
他国の子供たちと同じに、おやつを我慢して、乏しいお金をくれた人もいた・・・
と聞いています。
だとしたら、どんなに小さな気持ちでも「がんばってください」と心に想い、
感染の収束を願うことは
たとえ、誰にも気づかれないちっぽけなことだとしても、
せめてもの小さな恩返しにならないでしょうか。


エボラ2(liberiaの子供たち)image


エボラ2(2014年8月7日ナイジェリアのラゴスで)image



笑われるかもしれませんが
自分、それは無駄にならない・・・と想う類なので
心を同じくする人たちと祈っていきます。



かの地の不安を感じている人たちの心に、
また関連各国で治療活動に従事する方々の心に
“希望の光”が絶えることなくありますように・・・。





エボラ2(修飾用画像3)image

エボラ2(修飾用画像2)image



「何かが起きた人」・・・テレーゼ・ノイマンの場合3/聖なる干渉

Posted by 世羽 on 09.2014 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
朝日新聞の訂正記事を受けて早速、従軍慰安婦という文言を
「従軍犠牲女性」に変更する動きを見せたお隣の国。

ということは、その国の“本件”にかかわる“検証基盤”が日本のメディアだった・・・
ということを露呈しているようなものになる・・・w。

で、琉球大学の高嶋伸欣琉球大名誉教授とか桝添要一さんとか・・・
きっと頭脳的に優秀な方たちだろうが、
彼らの弁は、どこか朝日新聞にも似ている・・・。


聖痕3(修飾画像)image



(前からのつづきの3回目)


聖痕・・・(少しだけ書き表すと)それは
キリストが磔刑になったときに、その身体に穿たれた傷のすべて、もしくはそのいくつかが、
ある人の身体、両手、両足、額に現れる現象のことで・・・。


ヒステリー症状や一種の催眠症状、
ミュンヒハウゼン症候群や多重人格のような精神障害の疑いがあるもの、
また単に、類似の現象が起きるだけでは、聖痕には含まれません。
(現代では、本人に起因する心因性の紫斑症なども除外。
もちろんトリックなどは論外

これまで真性の・・・と判断された「聖痕」保持者は、
アシジの聖フランシンスコをはじめ、約320人を超え、
うち60人以上が聖人となっています。
(テレーゼ・ノイマンは聖人ではない)


これまで、“真性の聖痕の保持者”は総じて「脱魂」状態になっており、
精神的かつ肉体的な痛みを伴う現象を有しているにもかかわらず、
英雄的な態度で諸徳を実行し、
最終的には「キリストに似た者」となっていく道を歩んでいます。


テレーゼ・ノイマンにこの現象が出たのは
1926年の四旬節のさなかのようです。


  聖痕(テレーゼの足)image


テレーゼが言うには

「(手足に)いつできたか、私は気づきませんでした。
聖金曜日の晩、ふとこの傷を見つけたのです。
それ以前は・・・私にはわかりませんでした。
救い主のことを考えていて、ふと我に返ると、
手と足から血が出ているのを“感じ”ました。
というのも、自分の目で見ることができなかったのです。
(血で)目が閉ざされていたのです。

妹のツエンツルに・・・ちょっと私の手足を見てくれる?・・・とても痛むから・・・
と頼みました」



脇腹のほうは、四旬節の始めに現れていたようです。

3月4日の木曜日から5日の金曜日にかけての深夜。
テレーゼは突然、一条の光とともに、
かんらん山の情景やゲッセマニの園で祈るキリスト、
樹の根もとに寄りかかっている3人の男を視ます。

そして、

キリストが“血の汗”を流すほど祈っている様子を“見つめて”いると、
突如、脇腹に刺すような痛みを覚えました。

それは第4肋骨と第5肋骨のあいだで、
そこから血が滲み出て、夜通しつづき、
金曜日の正午になってようやく止まりました。

この翌週の“木曜から金曜にかけて”は、
キリストが“鞭で打たれる様子”を幻視し、そのときに脇腹から出血します。

時が進み、4月1日の木曜日から2日の金曜日になると
テレーゼは“ゲッセマニからゴルゴタにいたるまでの一連のヴィジョン”
はっきりと幻視しました。


テレーゼと妹は、ただでさえ心労を与えている両親を心配させてはいけないと考え
これらのことを秘密にしていましたが、たまたま夜着のあいだから血液の付着した布を
見つけられてしまったことから、両親の知るところとなります。


一方、起きたことは医師にも知らされ、
当然ですが、医師たちは現れた傷を治療しようとします。
塗り薬なども塗布されましたが、どれもまったく効果はなく、
痛みははげしくなりました。

やがて、すべての治療が無駄だとわかり、
指導司祭の承諾を得て医学的な治療は中止されます。

「奇妙だが、この傷は治らない。でも炎症は起こしていない」というのが
彼女を診ていた医師の感想でした。

1926年11月5日になると、
こんどは茨の痕のようなものが頭部に現れ、
9日には、頭の回りに8つのはっきりした傷となりました。



  聖痕3(茨の冠の)image



こうしてテレーゼは、普段は“小さな傷痕”を残したままで
いざ、“金曜日や特別な記念日”あたりになると、
キリストが受けたとされる傷痕を映し出すかのように身体から血を流し
その状態をこの世を去るまで繰り返したので
「十字架上のキリストの生ける肖像」と呼ばれるようにもなりました。


    聖痕3(ふだんのテレーゼ)image


その生涯のうちには、
インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダ師もテレーゼのところを訪れて、
宗教は異なっていても、不食という状態やその他について、
霊的な観点から親しく語り合ったことで知られています。


     聖痕(テレーゼとヨガナンダ)image


「私は、何も食べずに生きているのではありません。
救い主で生きているのです」
・・・これが周囲の人に漏らしていた言葉です。

テレーゼは、不食や聖痕のみにとどまってはいませんでした。

前記した幻視の力もそうですが、
行ったことのない外国の様子を知る能力(日本のことも)
人々の嘘を見破る力、
バイロケーション、
知るはずのない言語を説明したりする知恵、
小学校しか出ていないのに、学者が舌を巻くほどの広範な知識、
未来に起きる出来事の告知で人の命を救う、
幾たびも、司祭の手から聖体が勝手に浮いて彼女の口に入る、
聖体が安置されている場所を正確に感知する・・・等、
書ききれないほど様々な特異現象を周囲に見せています。


   聖痕(テレーゼの聖体拝領)image


以前書いた、聖ベルナデッタが“聖母から告げられた言葉”についても

「それは
『シユ シユイ ラ クンセシユヌ インマキュラダ』
(私は無原罪の宿りです)
だった・・・」

と、行ったこともないフランスの、しかもスペイン語が混じったピレネー方言
指摘していました。


    聖痕(何かと話す?テレーゼ)image


こんなことが度重なるわけですから・・・テレーゼは一躍、時の人となり、
膨大な人たちが彼女のもとを訪れるようになります。

しかし、これを“極めて”良く思わなかった人たちもいました。
あのナチスです。

1945年4月20日。
コンネルスロイトに駐屯していたナチス親衛隊の戦車部隊から
3人の親衛隊員が派遣されてノイマン家に侵入します。

彼らは拳銃を突きつけてテレーゼの引き渡しを要求しますが、彼女は不在でした。
親衛隊員らは、テレーゼの戻るのを待ったものの、戻りの遅いことに業を煮やし
「ここは危険思想の根源だ。灰燼に帰すから覚悟しろ!」と捨てぜりふを残して立ち去ります。
そしてこの後まもなく、戦車による砲撃が始まり、村が火焔に包まれます。
村の聖堂もノイマン家も砲撃されて、住宅17棟、納屋28棟が完全消失しました。

当のテレーゼがどこにいたかというと・・・。
彼女は砲撃を喰らった司祭館の倉庫の地下室に近親者とともに避難しており
倉庫の“鋼材すら”焼け落ちるような凄まじい砲撃だったにもかかわらず
みなが無事でした。

“不思議大好きなドン”を懐に抱いて、
不思議な力のもとで覇権を制しようとしていたナチスなのに、
いったい、彼女の「何が」気にいらなかったのでしょう?・・・



(1945年代のナチスSS)
聖痕3(1945年代のナチス)image

聖痕3(ナチスSS資料)image




こうしたことは非科学的な出来事として、当時から論争や批判の的になったりします。

今でさえ、それが何だったのかについては
キリストを信じる人も、そうでない人も受け取り方が異なるでしょう。


どう感じるかは、もちろん人それぞれ・・・。
あとは、起きたことが現実の出来事として残るのみです。


存命中のテレーゼのささやかな願い・・・それはいつも

自分のことが新聞や書籍などマスコミに興味本位にとりあげられて
必要以上に多くの人々の注目を浴びたり、自分のところに集まることではなく

「その代わり、みなさんの興味を十字架(神)を仰ぎ見るほうに向けてください。
どうかキリストの訓(さと)しを実行してくださいますように」


というものでした。


   聖痕3(テレーゼ近影)image




この出来事を受けて、
当時を生きたファーベル枢機卿がこんなことを言っています。

「こうした特別に異常な出来事は日常そう見られるものではなく、
私たちの宗教にとって必要でもない・・・。

(略)
しかし、コンネルスロイトに見られるように、
ときどき“何か”が私たちを揺り動かし、
私たちの眠りを覚まし、
今でも神の摂理があることを私たちに示すことがあり得る・・・」



テレーゼ・ノイマンという女性は
そんなことを伝えるための道具となった一人なのでしょう。

あの光の導き手が言った

「“より高い干渉”が世に存在することを
        世界の人々に知らせるために・・・」


という言葉を証する者として・・・。



気取りのない態度、真実への愛、純粋さ・・・
これがテレーゼの本質だったと言われます。
彼女は、ほんとうに素朴な人でした。


あるとき、“楽しそうに”何枚かの小さな聖画を並べて、
その1枚にこんなことを書き記しています。


   聖なる祈りによって結ばれる!
                        ―――テレーゼ・ノイマン―――




       聖痕3(テレーゼのご絵)image
  (ちなみに、その聖画ではありませんが・・・
   のちに作られたテレーゼのご絵。右下赤丸の中は、テレーゼの聖遺物の断片)




そんな気持ちを心に抱きながらテレーゼは・・・
「霊的な聖なる人たち」そして「何か」と強く結ばれていたのかもしれません。




聖痕3(修飾用画像2)mage


聖痕3(修飾用画像3)image



「何かが起きた人」・・・テレーゼ・ノイマンの場合2/光の導き手

Posted by 世羽 on 07.2014 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ここのところ、さらに・さらに色々な事が起きているので
なんだか、もう・・・
こんなことが起きたとしても(リンク先以下)

魔術で猫に変身した12歳少年が捕獲される

驚かない・・・w。


聖痕2(修飾用2)image



(前回からの続き2)


少し時系列が前後しますが・・・。


1925年。
テレーゼ・ノイマンが最初に物が口にできなくなったころ、
正確に言うと5月17日のこと。
この日の出来事を、彼女は当時の主任司祭に話しています。


おおかたを示すと、それはこんな内容で・・・。

ノイマン家の人々はかねてから、時間がとれるときに、
聖堂での礼拝時間にあわせて祈りをする習慣があり
この日、両親を残して教会に行きました。
(テレーゼは、同時刻に家のベッドで祈っている)


「午後5時の礼拝時間のとき、私はロザリオを唱えていました。
すると突然、目の前にがさしてきました。



聖痕2(光)image


最初、この光に打たれたとき、びっくりしました。
光は、私の前・・・ベットの上方からでした。


不思議にも、この光は“心を楽しくするもの”として感じられました。

でも、驚いた瞬間に、何か叫んでしまったようで、
声を聞いた両親が、父を先にして駆け上がってきました。

私は、この光の中から響く美しい声を聞きました。


『テレーゼ・・・あなたは丈夫になりたいですか?』

「私には、生きることも、死ぬことも、丈夫なのも病気でいるのも
みな楽しいことです。
それはすべて、神さまがご存じです」と答えました。


すると、その声が
『もう一度立てるようになったら、さぞ嬉しいでしょうね』と尋ねたので

「神さまがなさることなら、どんなことでも嬉しいです」と答え、
自分が楽しく思っている“ありったけ”のことを数え上げ

「いろいろな草花や小鳥、
何か新しい苦しみ・・・それさえ楽しみです。
でも、いちばんの喜びは救い主です」・・・・と答えました。


声が続きました。

『あなたにとって、“小さい喜び”を受けることが許されます。
あなたは今、身体を起こして座れますよ。
わたしが手伝ってあげましょう』


その声と同時に、何かが私の手を取りました。


聖痕2(修飾用助け手)image



それで、初めて身体を起こしたら、背中に激しい痛みを感じました。

声はさらに続けました。


『あなたにはまだ、たくさんの苦しみが許されています。
医者もあなたの苦しみをどうすることもできないでしょう。

けれども、決して恐れることはありません。

わたしは今まで、ずいぶんあなたのお手伝いをしましたが
これからもお手伝いをしましょう。

苦しむことを通して、あなたは信仰と犠牲の努めをもっともよく発揮し
それによって司祭の手伝いをすることができます。

どんなに輝かしい説教よりも、
苦しみが、多くの人々の救霊(すくい)になるのです。
私はそのことを前に“書きました”』



こう話すのが誰なのかわかりませんでしたが、
次の日、私の話を聞いた主任神父様が
“聖テレジア”の著書を日読んだところ、そこにこの文面を見つけたそうです。



   聖痕2(資料リジューの聖テレジア)image


声が言いました。

『あなたは歩くことができますよ』

そして光が消えました。

私は自分がベッドの上に座っているのに気づきました。

そして、まったくの元気をからだに取り戻していたのです。
このときはもう、背中の痛みは少しも感じませんでした。

我に返ると、光が消えた寂しさに涙があふれました。



聖痕2(光2)image



テレーゼに「何らかの不思議」が起きて回復し、さらに歩けるまでになったわけですが
本人が言うには、彼女自身は治ろうとして祈ったり願ったりしておらず
むしろ、それを甘んじて受けようという心持ちでいましたから
この時の回復は、何かの「介入」によって起きたことが推測されます。

この奇妙な出来事はとてつもない「珍事」として、瞬く間に村の人々に伝わっていきます。

この出来事についてテレーゼは、
とても素朴な想いを語っています。


ああ・・・
私の生涯でもう一度この足を使う日がくるなんて、思ってもみなかった。
両足が使えるとは、なんて素晴らしいことでしょう。


この大きな喜びを察してください。
だって、私の手足に新しい生命が蘇ったのですから。


    聖痕2(テレーゼと羊)image


でも・・・まだ手放しでは歩けません。
部屋の家具を伝って歩きます。

神さまが人に“まっすぐな手足”を与えてくださったことを感謝する人は
あまりいないかもしれませんが
(テレーゼの足は病中に酷い湾曲を起こしていた)
私は今度のことで、
まっすぐな手足を持った人は、そうでない人を手伝う必要があると思います。
盲人の杖となり、不具合のある人の介添えとなる・・・
そうする必要があるのではないでしょうか。



こうして、この時を境にテレーゼの病状が劇的に好転しました。

人の助けを借りて歩くことを除けば
ねじれていた脊椎がまっすぐになり、
曲がっていた右足が伸び
痙攣の発作も消失、長い間病床にいたことで生じた床ずれの傷までが
まったく治っていたのです。

そして同じ年、1925年9月30日
それはテレーゼが大好きだった“幼きイエズスの聖テレジア”の命日の
記念日でした。
この日午前1時ごろ、テレーゼが「聖テレジアの連祷」の信心業をしていると
あの“美しい光”が現れます。

テレーゼに言わせると、この光に15分間でも接していられるなら
たとえふたたび盲目の憂き目をみたとしても、きっと後悔しない・・・
と想えるほどだったと。

光は“親愛の情”をもってテレーゼに話しかけました。

『あなたは今こそ、他の人の手伝いなしに歩けますよ。
肉体に感じる苦痛は減るでしょう。
でも・・・苦しみは、これからです。
それでも人々に、神を信頼するよう励ましなさい!』


でも、すでにテレーゼは好奇の眼にさらされていましたから
思わずこう言いました。

「いま私がしていることが正しい道なのか、そうでないのか・・・。
まったくわからないのです。
ある人などは、私がペテン師だとも言っているそうで・・・。
悲しくてなりません」


『あなたの聴罪司祭に従ってください。
なにもかも打ち明けなさい。
あなたは完全に、自らの意志を滅し、
いつまでも今のまま、子供のように素直でいなさい』


そう言って光が消えました。


     聖痕2(資料リジューの聖テレジアご絵)image
    (テレーゼは、尊敬する「幼きイエズスの聖テレジア」の、
     こうしたご絵をしばしば見ながら祈っていた)


その後、テレーゼは一人で歩けるようになります。


とはいえ、彼女が病気がちだったことに変わりはなく
盲腸が悪化して手遅れ状態になったこともあるのですが
伏せっていたテレーゼに、(1925年11月13日)またも光が現れ一瞬のうちに回復。
「ありえない・・・」と、主治医をうならせます。


そんなことが何度もあったなか、
1926年11月19日、テレーゼは高熱から、さらに肺炎を発症し
危篤状態に陥ります。
足も冷たくなりはじめ、医師は臨終間近だと家族に告げます。

しかしこのとき、テレーゼの顔には微笑みが浮かんでいました。
彼女は、またもや光の導き手に接していたのです。


声が彼女に告げます。

『あなたが、そんなにも献身の念が厚いことを救い主は深く喜んでいます。
今、死ぬことは許されません。
あなたが身をもって
“生と死”とは、高い権威のもとに存在することを世に示すために・・・』



聖痕2(野原でのテレーゼ)image



そして・・・こうしたことが起こっていたどこかの時点で
テレーゼ自身が自分でも気づかぬうちに
(たぶん1926年の四旬節の頃から)
1962年9月15日に天に召されるまで
彼女は、いわゆる聖なる傷痕を“印刻される”ことになります。


聖痕(初期のテレーゼ)image


で・・・どうしてそうなったかなどを、つぎに・・・。





ときに、“人の望みもしない”知り得ぬ力が働くことがある・・・
それが起きるのは、人の熱望からではなく、それ自体が“恵み”によるもの。

           というようなことを、テレーゼが・・・言っていた。


聖痕2(修飾用)image_convert_20140806230607



「何かが起きた人」・・・テレーゼ・ノイマンの場合

Posted by 世羽 on 05.2014 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
巷でこんな図が流れていたw。

アジア太平洋諸国の反応image


異国の人たちのほうが“リアル”にわかっているかも。



(本文はここから下)
聖痕(修飾用画像)image



1800年代の終わりごろから1900年代にかけて、
ドイツのコンネルスロイトという村(当時)に
テレーゼ・ノイマンという人がいました。


聖痕(資料Konnersreuthマップ)image


不思議系の雑誌や書籍などで取り上げられたことがあるかと思います。

この女性、
とりたてて見目麗しいというわけでもなく、
その名が有名になったころの彼女は
パッと見、異国の、ごくふつうの田舎のおばさんでした。

しかし、あの聖ピオ神父と同様に、
「聖痕」を生じたことで知られています。


のちに「コンネルスロイトのテレーゼ」・・・と呼ばれるようになった、
このテレーゼ・ノイマンは
1898年4月8日の深夜、キリスト教でいうところの、
(その年の)聖金曜日から聖土曜日にいたる時分にこの地に生まれ、
同年同月10日の“復活祭の日”に洗礼を受けました。

もちろん、この日に生まれた赤ちゃんはたくさんいるでしょうが
この日の持つ意味が、
のちの彼女の行く末を暗示しているかのようでもあります。

当時、各国の田舎がたいていそんな感じだったように、
子だくさん(11人兄弟)の家庭の長子として生まれた彼女は
幼いころから兄弟姉妹の面倒を良く見て
7歳の頃にはすでに、午後、学校から戻るとすぐ働きに出かけ
半日の労働をして賃金を稼ぎ、家計を助けていました。


聖痕(子供のころno)image


長じてからは、
身長は小さめでしたが、すこぶる頑強な体躯を持っていたので
戦時中などは、75㎏もある穀物袋を肩にかついで5階の倉庫まで運ぶなど
男まさりの労働も平気でこなしていました。

そして、調理場、水車小屋、庭園、酒場、麦打ち場、畑、牧場と
実にさまざまな場所で、とにかくよく働きました。

そんな逞しいテレーゼが、20歳になったときのことです・・・。

働き先の隣家が火事になり、
戦争で男手の足りないなか、2時間に渡る消火活動を行っていたところ、
突然、バケツを持つ手から力が抜け、背中に刺すような激痛が走り、
思うように身体が動かなくなってしまいました。

それでも、2~3日で、どうにか起きあがれるようになったので、
痛みを押して、出来る限りの小さな仕事をしていたのですが、
激痛が身体中のあちこちに拡散しはじめ、身体は縮み、足を引きずるようになりました。

その後、1ヵ月ほど、
そんな状態ながら何とか仕事に出かけていましたが、
ある日、地下室からジャガイモを運び出す途中で階段を転げ落ち
妹が捜しにくるまで、倒れたまま起きあがれませんでした。

同じことが、その後も起きて、ついにテレーゼは病院に入院します。

診断では甲状腺の下垂ということで、6週間ほど治療を受けるのですが
当然、治療費はかさみます。

母親が休む暇なく働くのを見ながら、じっとしていることは
彼女にはできませんでした。

結局、テレーゼは途中で退院し、それからというもの
“原因不明の痛みや痙攣の発作”に耐えながら、
力をふりしぼるようにして家計を助けようと働いていたのですが
またまた仕事中に倒れ、
とうとう起きあがることさえ叶わない、ベッドに伏せったままの状態に陥ります。

常時、全身のここ・そこを貫く痛み、発作のようにして襲ってくる痙攣。
一時は死ぬ寸前までいき、
何とか命を取り留めたものの、病状はさらに深刻化していきました。

そして1919年3月
発作的な痙攣が起きてひっくり返り、頭部を強打。
以来彼女は“一時的に(約4年)”視力を失うことになりました。

このときのことを、テレーゼが語っています。

「父や母は、手のふれ方でわかりました。
お医者さんが手をふれるときには私をなだめなくてはいけませんでした。
というのも、私はさわられると、それほど痛みが身に応えたので、
他の人に触れられると我慢できなかったのです。
母も、娘に触れて苦痛を与えたくはなかったでしょうけれど・・・。


そんななかでも、私は神さまの愛を絶対に信じました。
神さまがくださる苦痛を喜んで辛抱する決心を心で固めました。

            (ここら、のちに大きな意味があることがわかる)

でも、母の涙が私の右頬にしたたり落ちるのを感じるとき
悲しみがこみあげてきて、私も泣くよりほかはありませんでした」

                 (左側の頬には感覚がなかった)



聖痕(テレーズの両親と一緒に)image



1922年の末、テレーゼは頸部に腫脹を生じ、
12日間、一滴の水すら飲み込むことができなくなります。

その後1年ほど、流動食で生き伸びた感じのテレーゼでしたが
1925年の“ご復活の大祝日”以降、水もほとんど飲めなくなり、
日々口にする流動食の量も減って
1日あたり、小さなスプーンに2~3さじになりました。

当時の医療からすれば、
激痩せして、とっくに死んでいたでしょうが、
テレーゼの場合、他の人が見ると病人に見えないほどの容貌でした。

そして1926年8月
テレーゼは病床で“キリストの変容”の幻視を見ます。
(このとき、まだ物理的な視力は戻っていない)

以来彼女は、聖体と、それを飲み込む数滴の水以外、口にしなくなりました。

噂はすぐに広がり、テレーゼへの「調査」が始まります。

通常の人は、2週間ほど食事も水も口にしなければ死にいたる・・・ということで
ちょうどそのぐらいを基準の日数として
「1927年7月14日から同年同月28日まで」を調査期間とし
その間、ドイツの衛生顧問官サイドル博士、エルランゲン大学教授エワルド博士の指示のもと、テレーゼは“24時間の監視体制”下に置かれます。

昼夜を問わず、2名の看護師がテレーゼに張りつき、
何を食し、何を飲んだか、身体を洗うときの水はどう使用されたか・・・
などの記録が取られました。

このときの記録は、レゲンスブルクの司教庁にあり、閲覧可能です。
また、キリスト教の信者ではなかったエルランゲン大学のエワルド博士が書いた、
裁判用のための鑑定書も残っています。

で、この調査の結果・・・

結局のところ、テレーゼは飲食をせずに生きていた・・・というか
そうする“能力が無い”状態で生きていることが判明。
その他、私的な調査をしたミラノ大学の複数の研究者も
同じ結論にいたっています。

ちなみに、彼女の睡眠は非常に短く、
深夜3時~5時のあいだの2時間だったこともわかっています。


聖痕(テレーゼのスナップ)image



そして・・・新たな展開がやってきたのは
視力を失って4年1ヵ月を過ぎたときでした。

なんと突然、視力が戻って来たのです。

テレーズに視力が戻ったとき、
4年のあいだに成長してすっかり姿が変わった妹を見て
「あなたはどなた?」とテレーズは尋ねています。

また、出先から戻った父親の頭に白い物が増えているのを眼にして、
少なからず寂しく思ったようです。

このときのことを、テレーゼはこう言いました。

「盲目になる前、私は“見る”ということについて何の不思議も感じていませんでした。
そんなのは、当たり前のことだったからです・・・。
でも、今になって初めて
当たり前に物が見えることが、どんなに素晴らしいか、
それは日々、神さまに感謝をするべきことだ・・・と悟りました。


この尊い賜物を受けられない人たちもいます。
でもそれは、神さまのみ心でしょう。

見える人たちは、人類に与えられた、このほかのすべての賜物、
天地の創造の奇跡をなされた神さまの“大いなる愛の賜物”が、
天上に、地上に、満ちていることを悟るべきです」



またテレーゼが言うには、
この突然の視力回復には、一人の聖女の“隠れた助け”もあったようで・・・。

「あなたはどんなことをして見えるようになったのかい?
 誰かが療法に手を貸したのかい?」

と、不食についての調査を行ったサイドル博士が尋ねたとき

「先生、助けてくださった方があります!
昨日は、幼きイエズスの聖テレジア(リジューの聖テレジア)が列福された日です。
私たちは心から彼女を慕っていました。
きっと、彼女が助けてくださったに違いありません」

(・・・これが、さらに“のちに明らかに”なる)

テレーゼが、あまりに確信に満ちた語調で話したので
聞いたザイドル博士はつい
「そうかもしれん・・・」とつぶやいてしまったほどでした。


もの凄くはしょって書いていますが・・・まだ、肝心の聖痕が出てきません。
つぎに続けることになりそうです。


聖痕(TeresaNeumannスナップ)image



で・・・つけ加えてひとつ

このテレーゼ・ノイマンの“霊性”として明らかになっていることに
つぎのようなものがあります。

それは

彼女がとりわけ、自然界のなかに神との交わりを持っていたことです。

牧場や森、野原で働きながら
どんな小さな草を見ても
どんな茎を見ても
どの樹木を見ても
そこに神と、永遠性とを連想していました。

テレーゼが大好きだったのは“刈り入れのとき”で
その時こそ、何にも邪魔されることなく神と語らうことができ
神の慈愛を深く想えたから・・・だそうです。

そして、テレーズはとにかく「小さなもの」に、
真の喜びを感じていた人でした。



聖痕(テレーゼと小鳥)image




そんなテレーゼに起きた話の続きをもう少し、つぎに・・・。


聖痕(修飾用)image



「アウトブレイク」・・・エボラ

Posted by 世羽 on 02.2014 時事ネタ   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ここのところ、国内外を問わず事件が多すぎる・・・。


エボラ(アフリカの子供)image



やっと国内メディア(TVなど)でもとりあげられるようになってきましたが
現在、西アフリカで、
ときに致死率が90%にもなり、重篤になると
人の内臓も肉体もドロドロの単なる肉の赤い塊になる(その姿はとても無惨で貼れない)ことで知られるエボラウィルスが猛威をふるっているのはご承知のとおりです。


過去に何度も
アウトブレイクが確認されては、幸いにも収束する・・・という
経過を辿っていたエボラでしたが、
今年の3月ごろから始まった感染拡大
ギニア、シエラレオネ、リベリア、ナイジェリアへと拡散し
これまでにない広がりを見せています。

エボラ(2014現在の感染国)image

エボラ(アウトブレイク)image_convert_20140802125029



しかも、現在拡大中のエボラは、潜伏期間がこれまでより長いふしもあり
初期のころのものとは“微妙に変化”してきているのかもしれません。


6月末のワシントンポストではすでに
現地で医療活動をしている医師のコメントとして
「西アフリカのエボラは制御不能だ」などと伝えるなど
そのころは、本当にそんな感じでした。

現地の感染者はもちろんのこと
感染地域で活動していた米国人医療従事者
すでに生命を落としたのは報道のとおりですし
詳細な国籍は定かではありませんが、医師や看護師を含む医療関係者の死亡も
三桁の大台に乗り始めました。

その他にも、感染した“経過観察中”の医療関係者たちがいます。


エボラ(感染地域マップ)image



この現状に並行するように


リベリア財務省に勤務していたパトリック・ソーヤー氏(米国籍)が
娘の誕生日祝いのために帰国する途中、
会議に出席するためナイジェリアのドゴスへと飛行機で移動し、
機上から降りたところでパッタリ倒れ、病院に運ばれたのち
エボラに感染していることが発覚。

7月20日、ナイジェリアの隔離病棟に緊急隔離されましたが、
5日後に亡くなりました。

あとでわかったことですが、

彼は、ラゴスに行く前に、具合の悪くなった妹さんの看病をしていたようで、
実のところ、この妹がエボラに感染しており、
彼も妹も、“そうとは知らず”同じ時間を過ごし、感染してしまいました。
(妹さんはソーヤー氏より先に死亡)

エボラは空気感染ではなく、“とりわけ”ハッキリとした症状が現れたときに、
患者の体液や飛沫などへの接触で強い感染性を示しますが
(ウィルスは体表にまで滲み出てくる)、
先のソーヤー氏は機内ですでに“下痢”の症状を発症していました。

すると、同じ飛行機に乗っていた同乗者への感染が危惧されます。
搭乗者の追跡もされたようですが
すべてが確認されたという報道は(8月1日現在)出ていません。

ソーヤー氏の“仲間”であった人たちには
エボラに対する説明がされましたが、隔離はされませんでした。

一方、ソーヤー氏と同じ便に同乗した他の人たちはスルーで
その後、どこの国に向かったかが、よくわかっていません。
今頃が、潜伏期間の終わり間近だと思うので、このまま何事もないように・・・
と思うばかりです。

(その後、7月末までの段階で、
ソーヤー氏と接触があったと想われる59人中20人までが特定され、
彼らはかろうじて陰性だったとの報告があがっています)

エボラの初期症状は、発熱、嘔吐、下痢など、
インフルエンザ、腸チフス、マラリアといった多くの他の病気と酷似しているため、
精密な検査を受けるまでエボラとわからない場合があります。
また、今回のエボラの潜伏期間が長い場合もあったようです。


エボラ(症状)image


そして、

今回の「エボラ感染拡大」には伏線もあって、

それは・・・

アフリカ辺りの人々のなかには、亡くなった人を弔うのに
遺体を洗い清め、その遺体に手をふれて“哀悼の意を示す習慣”があり、
エボラで亡くなったと知らずに、このやり方を実行して感染した・・・と
特定される事例が多く報告されています。


しかも、治療にあたっている医師団が、人々にその危険性を説明しても理解されず
かえって「お前らが病気を持ってきたんだろ!!!」との「反感」を呼び
あげくは医師への投石がされるなど、
群衆が暴徒化する事態が起きています。


エボラ(治療センター襲撃)image


さらに、

治療団の人たちが身につける「全身防護服」“非常に奇妙に”見えるらしく
「今回の怖ろしい病気の原因はやはりお前らのせいなんだろう・・・」
恐怖と不審に陥る多くの人たちがいて


エボラ(シオラネオネの防護服の人とそうでない人)image


ギニアやシエラレオネでは、群衆が貴重な治療施設を襲撃したり、
最大のものでは“数千人の群衆がエボラの治療センターに押し寄せて、
全焼させる事件”
も発生しています。


こうして医療関係者たちやその他のスタッフらは、
治療や感染阻止の仕事に加え、
エボラがどういう類のものかを改めて説明しなければならない・・・
という事態に。


エボラ(看板)image


エボラ(感染知識の説明)image


エボラ(感染知識の説明ナイジェリア)image


エボラ(村での説明)image


こうしたなか
関係国では緊急事態宣言が発令されたり
“感染地域の封鎖・隔離”も始まり、
必死の攻防が展開されています。


エボラ(リベリアあたりの封鎖)image


とはいうものの、7月30日には
西アフリカ3か国でエボラの感染が拡大しているのを受けて、
発展途上国を支援するアメリカの政府系ボランティア組織が、
3か国で活動しているボランティア340人全員を一時的に避難させると発表しました。

アメリカ国務省やそのボランティア組織によると、
自国民がリベリアで感染し、ナイジェリアで死亡したことが確認されて以降
この感染者と現地で接触したボランティア2人に感染したことが
一時的避難を決断させたようです。

人道支援団体(クリスチャン系)の人々の一部(医師などを除く)も感染の拡大に押され、
撤退を余儀なくされています。


エボラ(不完全防護シオラレオネ)image


ましてや感染者を出した国に住んでいる人たちとなれば、物を売るにも
感染予防で大変です。


エボラ(一般人の防護手袋)image



ちなみに

6月15日、リベリアの首都モンロビアのドゥアラの市場。
ここで、エボラウイルスが見つかっていますが・・・。

感染者は56歳のリベリア人女性で、
シエラレオネで息子の葬儀に出席した際に感染し、
帰国後に6人の親類にも伝染
7月20日までに、本人を含む7人全員が死亡しました。

で、なんと・・・

このエボラの集中感染があったドゥアラの市場は、
現地で国連平和維持活動(PKO)中の、中国の平和維持・輸送分隊のキャンプ地から
約800メートルの場所
にあります。

そして、その場所は、中国部隊の隊員が輸送任務を行う際に必ず通るところでした。

国連リベリア特派団司令部は平和維持部隊に緊急予防命令を出し、
在リベリア中国大使館も中国の平和維持部隊、中国企業、華人に対して
ウイルス感染の予防に努めるように注意を促しています。


エボラ(消毒)image



今の時代、知らないうちに感染した人がひとたび航空機に乗れば
遠い場所にもウィルスは移動してしまいます。

とても人ごとではありません。

先日、香港の女性がエボラに似た症状が出て、一時騒然となりましたが
幸運にも「陰性」だった・・・と伝えられていると思います。
が・・・7月31日付近の情報だと、その人と同様かどうか不明ですが、
香港と英国での発症か?・・・との報道が密かに米国経由で流れて来ています。
誤報であることを祈りますが・・・。


日本も、当該地域からの訪日や帰国関連者のチェックを徹底するだけでなく
こうした情報に対して、緊急かつ速やかに、国民への「厳重な注意喚起」をしてほしい
・・・と思います。



世界への感染の「飛び火」を防ぐには
現地での対策ももちろんですが
今の時期、観光などの軽い気持ちで感染拡大が確認されている地域への
入国を控え
仕事にしても、よほどのことがないかぎり、しばし渡航を見送ることが最善策でしょう。

ひいてはそれが、新たな感染拡大防止への協力になりますし・・・。


現在、抗エボラウィルス薬の開発が巨額を投じて行われていますが
このアウトブレイクが、ビジネスや、策謀に結びついたヘンチクリンなものでなければ
いいな・・・と思ったりもします。


エボラ(ウィルス)image


とにもかくにも

西アフリカの当該地域は、貧困ゆえに医療設備も十分ではなく、
そこで生命の危険を賭して
現地で身を挺してエボラの治療にあたってくれている医療スタッフや、
現地のみなさん
のご苦労は拝察してあまりあるものです。
そして、頭が下がります。


エボラ(完全防護)image


エボラ(シオラレオネ2重の手袋)image


エボラ(シエラネオネで移動する医療チーム)image


エボラ(準備完了)image





いま・この時も、エボラウィルスの猛威を乗り越えようとしている多くのみなさん・・・
そのご無事を、心より願いたいです。




エボラ(修飾用画像)image
                                 (穏やかなときのSierra Leoneあたり)



  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。