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「シリア北西」辺りの地下に・・・

Posted by 世羽 on 30.2014 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
選挙が近づいていることもあってか、とある投稿板で
「外国人参政権」のことが議論されていた。

これを多くの人は、特定の国に関係するだけの案件とだけ見がちだろう・・・。

個人的には、
どのような出身国の人であっても、国を指導する場所へ選挙に参加して
“思う人”を送りたいなら・・・
日本に滞在した時間の如何にかかわらず、
まず日本の国籍を取得して、
日本人として生きることを決め、日本を好きになり、
本気で日本を愛する必要があるだろう・・・と思う。

いくら“博愛の精神”を主張しても、権利を主張されるがままに受け入れるだけなら
それは「本物の愛」ではないと思う。

やはり、「ならぬことは、ならぬ」と忌憚なく言えて、そのうえで
仲良くする・・・というのが本道ではないか?
少なくとも自分はそう思う。

と・・・地下の響きが、30日の昼頃から、変化が著しい。
まださらに、ため込もうとしているのか、様子見・・・。


アレクサンドリア(地中海辺りの情景)image


イスラム国について報道されてるようになってから、けっこうたちます・・・。
シリアでは米軍の空爆も続いています。

そのシリアの辺り・・・ちょっとした「不思議話」が残っています。

まあ、伝聞の様相ですが・・・。
ちょっとだけお話風にしてメモしておきます。



それは、1950~1951年にかけてのこと。
場所はシリア北西部の山岳地帯。


ここに“エール・フランス”の旅客機が、
1950年の春、そして翌年の1951年の同じく春と、立て続けに2機が墜落した。

航空会社側が人を向かわせようとしたものの、当時のシリア政府に拒否されて遺体の回収はおろか、墜落機の様子も搭乗者たちの安否もまったく不明のままになった。


1951年の秋。大規模捜索が駄目なら単独で・・・と、
フランス人航空技師のルイ・タムソンが自ら調査に赴くことを志願し、
エール・フランス側の許可もとり、友人だったアメリカ人フランショットと共に
シリアに入った。


(米軍が現在爆撃している一番西側のポイントが、この話の起きた場所に近い)
アレクサンドロス(シリアへの爆撃地点)image


    (以下・・・ルイ・タムソンはルイと記す)

二人は現地で人を集め、現場に向かおうとするが
その場所を説明すると、たいてい誰もが
「“テレスマート”には絶対に行かない」と拒否する。


調べてみると、そのテレスマートとは「悪魔の彷徨う場所」という意味で、
現地の人々から非常に恐れられている土地であることがわかった。
こともあろうに、2機の旅客機はその付近に墜落していたのだ。


しかし、かといって、調査を諦めるわけにもいかない。
二人は声をかけつづけ、“タムチ(砂漠の人)”と呼ばれる人たちや、
ならず者しか集まらなかったが、それでもどうにか、
総勢14人の隊を編成することができた。


同年10月21日、調査隊一行はベイルートを出発。
カミッシュ高原に野営したり、タイロス川を渡ったりしつつ、
問題の山岳地帯へと足を踏み入れた。


だが、隊にはその場所を案内できるほど土地勘がある者もおらず、
多少、山歩きに詳しいトルコ人が“斥候の役目”をする感じで
一行の先を歩いて探るという形で進んでいた。

するとそのトルコ人が「アルバがある・・・」と、血相を変えて戻って来た。


アルバとは鉄の車輪の馬車のことだ。
「こんな岩ばかりの山岳地帯に、そんな馬鹿なことがあるはずがないだろう」
みながそう言った。


だが、そのトルコ人は
「いや、はっきりと地面に轍(わだち)が残っている」と主張する。

なら・・と、一行は
自分たちの眼で確かめるために、その場所に行った。

すると、確かに、岩石のあまりない、草地のようなところに車輪の轍のあとが
残っていたのだ。


それを実際に見た途端、隊の現地人たちがさっと顔色を変えた。
そして、それぞれが
「アレクサンドリアだ・・・」と囁き始めたのだ。


『エジプトでアレクサンドリアと言うならわかる。
しかしなぜ、このシリアで?
もしかして、アレクサンドリアという同名の土地でもあるのか?』

・・・ルイは内心、そんな想いをめぐらした。


そのときルイたちの居た場所は、赤茶けた大地、灰色の岩がある荒涼とした場所。
鳥も昆虫も居ないかのような場所だった。
人知れず、何者かが住んでいる気配もない。


しかしシリア人たちが言うには、

「この下にはアレクサンドリアと呼ばれる地底都市があるんだ・・・。
昔から伝説があって、地底の都市に住む者たちが、ときおり地上に出てくる。
この轍の跡は奴らのしるしなんだ・・・」

「でも、なぜアレクサンドリアという名前なんだ?」とルイが聞いた。

彼らの説明はこうだった。


「あのアレクサンドロス大王(アレキサンダー大王/アレキサンドロス3世)が肉親のあいだに起きた争いのあと、腹心の部下たちを連れて突然姿を隠し、このシリアの山の中に身を隠したってことだ。

       アレクサンドロス(3世)image


彼らは、この山の洞窟に入り、さらにそこを掘り進めて、
地下に2万5700平方㎞にも広がる地下帝国を建設したって話しだ。
それはシシリー島にも匹敵するほどの大きさなんだ」



アレクサンドロス(3世の絵画)image


たまたま考古学に明るかったフランショットが口を挟んだ。

「あ・・・それ、何かで読んだぞ。
たぶんエジプトの考古学者パブストがそんなことを書いていた。

それに・・・。
第2次世界大戦のさなか、1943年ごろだったかな
ベイルート駐在の連合軍が、ドイツとイタリアに協力するゲリラたちを掃討しようとして2000人もの兵士をこの辺りに派遣したんだ。
でも、その部隊が丸ごと消息を絶ってしまった・・・という話しがあったよ。
生還者は1人もいなかったんだぜ。
たかがゲリラが、装備を備えた2000人もの部隊をさらえるか?
何かがあったのかもな」


このときルイは、聞いた話しを総合して色々と思い浮かべてはみたが、
まず自分の任務を・・と、
周辺の地形を探り、飛行機が事故を起こすような乱気流などの発生があった可能性などを徹底的に調査した。

そして、その日の深夜。
野営のなかで眠っていたフランショットが異様な音を聞いて眼を覚ます。

その音はまるで、大勢の人々が集団で奇声をあげているのに似ていた。
しかもその音は地の底から響いてくるようで、
それは、不気味で恐怖を誘うものだった。

眠りについていた他の隊員たちも、次々に起きてきて騒ぎ始めた。

「地の底だ、地面の下から聞こえてくる!!!」

「悪魔だ・・・悪魔の声だ。だから言わんこっちゃない。
ここはテレスマートなんだ。早く引き返そう」


そう言いながら、屈強なはずのシリア人たちが、
恐れのあまりテントに身を隠してしまった。

「一応、調べてみるか・・・」と、ルイとフランショットは周辺を偵察してみることにした。
ライトを手にしてしばらく歩き、「なんだ何もないじゃないか」と思いつつ戻ってみると、
突然、テントのほうで悲鳴が響いた。
声のするほうに眼をやると、なんと・・・
そのテントの周囲を数百人もの人影が取り囲んでいたのだ。


「あぁ・・・」

二人が同時に立ちすくみ、声にならない声を上げたときだった。
いきなり後頭部を何者かに強打され、意識を失ってしまった。



ルイが意識を取り戻したとき・・・。
彼が最初に見たのは、自分の横たわっている場所だった。


そこは岩盤をくりぬいた部屋で、にもかかわらず、強い光がみなぎっていた。
ふと気づくと、自分を取り囲むようにし十数人の人々が居並んでいる。
それも、白髪の老人から青年、そして子供まで・・・。

奇妙なことに、彼らはナチス・ドイツやフランス海軍士官の制服、
アメリカ兵の戦闘服などを身につけているではないか。
『俺は夢を見ているのか?』・・・そう想ったときだった。


「お前はなぜ、このアレクサンドリアにやって来た」・・・突然声がした。

ルイの正面にいる老人がフランス語で話しかけてきたのだ。
言葉は丁寧だったが、かなり厳しい口調だとわかる。

で・・・ルイは
自分がフランスの航空技師で、この付近に墜落した自国の飛行機の調査のために
この地にやってきた・・・と説明した。


「お前の話が本当かどうかは確かめねばならない。
そのあいだ、お前たちは“わが国”にいなければならない」


「わ・・・我が国って? ここは国なんですか?
何という国なんですか?・・・でも滞在しろと言われても・・・」


「ここはアレクサンドリアだ。
当面、食べ物と眠る場所は提供しよう。
だが行動は監視され、規制される」

「それって、捕虜ということですか?」

「どうとでも言うがよい。とりあえず、今のところ生命の心配はないから安心しろ」


その後、ルイは屈強な若い男二人に左右を抱えられるようにして、別の場所、
岩をくりぬいて造ったような小さな牢獄に監禁された。
話しでは、他の仲間たちも、別々の場所に隔離されているということだった。

牢獄は薄暗く、通路から漏れる光だけが灯りとなっていた。
ルイは自分が夢を見ているのか・・・と何度も思ってみたものの、
それはどうやら、現実に起きていることだった。




アレキサンドロスという人物について、自分の知っているかぎりの事柄を思い起こしてもみたが・・・どうもわからない。

本当にここは、どこなんだ?・・・結局それしかなかった。


アレクサンドロス(暗い牢獄)image



と、突然「コツコツ」と音がした。
聞き耳をたててみると、それは合図のようでもあった。

「誰だ?・・・」そう声に出して聞いてみた。

すると、「きみはフランス人か?」とくぐもった声が聞こえてきた。

「そうだ・・・。きみもフランス人なんだな? どこだ・・・きみはどこにいるんだ」ルイは必死に問いかけた。

「下だよ。きみの部屋の下。亀裂があって、上に人が入るとわかるんだ」

思わずルイは腹這いになると岩盤に耳をあてて、声の出所を探した。
ほんの少しだが、空気の流れのあるところがみつかり、
どうやら、そこに亀裂があるようだった。

ルイが尋ねた。
「きみは何者なんだ?」

「私はポール。きみと同じ身分の者さ。元はフランス海軍の士官候補生だ。
ここに来てもう2年になる」

「2年も? また、何だってそんなことに」

「この土地の伝説を聞いて、探検を試みたらこんなハメさ。
 ほかの仲間たちも同じ目に遭っちまったんだ」

「そうか・・・。気の毒なこった。しかし、あいつらは本当は何者なんだ?」

「僕もよくわからないが、とにかくだ・・・この場所はとてつもなく広い。
海のほうにものびているらしい。
数千人の戦士がいて、女や子供だっている。
一般人の男や年寄り連中もいる。
地上への“出入り口”があって、2輪の馬車も使って地上に出ているみたいだ。
地上に出たときの彼らの装備を見たか?」

「いや・・・ここに来る直前に殴られて気を失ってしまって見ていないよ」

「そうか、見ていたら驚いただろうね。
何しろ、近代的な小銃を持っている者と、古代の鑓と盾を持っている者が入り交じっているんだから・・・」

「そう言えば、服装も奇妙だった・・・。
アメリカ、フランス、ドイツなんかの軍服を着ていたし。
ありゃ何なんだ?」

「ああ・・・それね。
第2次世界大戦中に、シリアで戦っていたドイツ軍と連合軍の両方から服や武器を奪ったらしい」

「えっ? 戦死した兵士から奪ったのか?」

「違うよ。彼らはこの土地に入り込んだ“兵士”は国籍を問わず殺したらしい」

「ここの人たちは、何だか古代と近代が混じった感じだが、
フランス語を話したり、世界の情勢も知っているような感じだった。
なんで外の世界を知っているんだろう」

「彼らはベイルート辺りにはけっこう出かけているんだ。
生活は地下でしているが、山岳地帯で大麻も栽培しているみたいだ。
それがこの国の唯一の産物さ。
その大麻と日常の生活品の交易をしているんだ」


と、そこで・・・看取の見回る足音が近づいて来て会話が中断してしまった。

翌日、ルイは尋問のような形で、昨日とは異なる老人の前に連れ出された。
老人はやはり十数名の男たちを連れていた。

そこで老人が、ルイの調査していた飛行機事故について話し始めた。


「“あれ”は、神聖な土地の上を汚した罪で“ゼウスの怒り”に触れたのだ」

「ゼウス・・・ですか? ゼウスがあなたたちの神なんですか?
アラーでなくて?」

ルイは思わず聞き返してしまった。
というのも、イスラム教の支配するシリア周辺で
ギリシア神話の神の名前を聞くとは思いもおよばなかったからだ。


「われわれの神はゼウスだ」

「神殿とかもあるんでしょうか?」

「ある。しかし、そこに行くには海の下を3日歩かねばならない」

根っからの調査好きと好奇心でいっぱいになったルイはさらに尋ねる。


「ぜひ、その神殿を見てみたい・・・ダメでしょうか?」

駄目だ!
異教徒を神の前に連れてはいけない。
お前は自分が“囚われの身”であることを忘れるな!」


「わかりました。でも・・・もう一つだけ教えてください。
この、“あなたたちの国”が今でも世界の目から隠れているのは
どうしてなんでしょうか」 

長老は、部屋の背後で燃える松明の光のなかで考えるような素振りを見せて
しばらく沈黙し、口を開く。
それは荘厳な響きさえ宿した口ぶりで、彼はこう言った。


「隠れているわけではない。
われわれは非常に遠い昔から、
われわれに与えられた闇と静寂の地に住んでいるだけだ。

侵略者が現れたなら、それを滅ぼし、この土地を護りつづけるのみ」



アレクサンドロス(神ゼウス)image


『もし、この人物が
ギリシア時代の衣服のように白いローブでもまとっていたなら、まだマシだった』と
ルイは思った。


あまりにちぐはぐだった・・・。
なぜなら、眼の前の老人はドイツ軍の軍服を着ており、背後に控える者たちもまた
異なる国の軍服を着ていたのだから・・・。
しかし、それゆえ不気味でもあった。


「私はこのあと、どうなるのでしょうか?」核心をついた問いが
思わず口をついて出た。

「おまえの言っていることが本当なら、自由の身になる。
もし嘘であれば、ゼウスの生け贄として捧げられる」



こののち、たぶん2週間ほどのあいだ、ルイは岩の牢獄に留め置かれていた。
そして、どういう“つて”を使ったかは不明だが、
ルイの言っていることが本当であることが確かめられたようだった。

ルイは呼び出され、こう告げられた。

「お前の言葉に嘘はなかったようだ。
お前を自由の身にする」


こうしてルイは、目隠しをされて連れ出される。
馬の気配と乗り物の感覚で、まさに“馬車”に乗せられたことがわかった。


そして夜の闇のなか、何処ともわからぬ場所に1人放り出された。

ルイは恐ろしいというより、一刻も早くその場から遠く離れたいという気持ちでいっぱいだった。
無我夢中で気が狂ったように走り、
どこをどう通ったのかもわからなかったが、運良く
ベイルートへと辿り着くことができた。

そして非常に嬉しいことに、
友人のフランショットや他の隊員たちと再会を果たすことができた。
聞けば彼らも、ほぼ同時期に釈放されたらしい。
みなは、「とにかく命があっただけでもよかった」・・・と喜びあった。


アレクサンドロス(遠征マップ)image



こうしてルイは、当初の飛行機事故の調査などまったくできぬまま
フランスに帰国した。


帰国するとルイはすぐさま
当時の警視総監シャルル・ミラルテに事の子細を報告した。
ミラルテは話しを聞いてこう言った。

「もしかするとそれは、ナチスの残党の新組織だったんじゃないのか?」

「いえ、そうではないと思います。
彼らはほんとうに2000年も前からあそこに住んでいて、
ひとつの秘密の国家を存続させている
アレクサンドロス大王とその軍隊の子孫に間違いないかと思います」

「しかしきみ、そんな夢のような話し・・・。信じられると思うかね。
地中海の海底のその下にそんな国家があるなんて・・・」


信じなかったのはシャルルだけではなかった。

ルイの派遣を許可したエール・フランスもそうだった。

「きみは調査が出来なかった言い訳に、そんな途方もない夢物語をでちあげる気か?
航空機の破片でも持ち帰ったのならまだしも。
きみはベイルートで、ただ遊んできただけなのかね」

ルイは嘲笑の的となり、会社を辞職するハメとなった。


フランショットにしても同様だった。
彼は自分の友人のジャーナリストたちに体験したことを話してはみたが、
誰1人信じてはくれなかった。


結局、二人が持ち帰ったこの話しは戯言扱いにしかならず、それで終わった。


アレクサンドロス(alexander3)image



ちなみに、2012年、ギリシアのアンフィポリス(Kastaヒル・マウンド)で
このアレクサンドロスにまつわるかもしれないという古墳が発見され、
今も発掘がつづいています。

当初は、アレクサンドロス3世のものか・・・などとも言われましたが
そうではなかったようで・・・。
それでも、その家系に関与する誰かの墳墓ではないか?・・・ということで、
今後の調査・研究が期待されているところです。


アレクサンドロス(ギリシアの発掘3)image


アレクサンドロス(ギリシアの発掘)image


アレクサンドロス(ギリシアの発掘2)image




また、その昔、アレクサンドロス3世の時代、
植民地として治めた場所(インドにまで及ぶ)には
アレクサンドリアという名称をつけられた場所が複数あります。


アレクサンドロス(インド遠征)image


そして・・・

このトンデモ話が起きた場所は、現在、
勇猛果敢なクルド人たちの支配下にあり
軍隊ですら容易に近づくことができないところにあるわけです。

シリアも、いまだ紛争状態のまっただなか・・・
他国の者はおいそれと立ち入れないばかりか、
自国でありながらもシリア自体がそこに目をくれることもありません。

さらに、話しが残る該当地区はいま、
イスラム国の指導者たちが潜伏する場所の近傍であり、
米国の空爆対象の一つです。

で・・・。

イスラム国の残虐さが麻薬を常用し、倫理観を麻痺させているがゆえ・・・ともされているのを聞くと、
「謎の地下都市アレキサンドリアの交易品が、大麻でもある」という言葉が想い出されたりします。

どことなく、繋がりがあるような無いような・・・。

いずれにしても、シリア辺りが平和にならないと
上記が“ただの昔話”かどうかさえ、確かめられないようです。


昔に起きたことを、実際の調査で確かめて真実を解き明かすのは
大切ですし、その過程では、新たな夢やロマンも生まれます。


ちょっとしたひとときに、人生の現実だけではなく
こうしたことへ眼を向けてみるのも一興かな・・・と思いました。



      アレクサンドロス(賢者に学ぶ)image
      (アレクサンドロス3世は13歳の頃から、アリストテレスから学んでいた)



地中海周辺はいまも美しい・・・。

アレクサンドロス(ギリシアの辺り)image



歴史の宝庫のギリシア辺りもまた独特で・・・。

アレクサンドロス(ギリシアの風景)image



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久々に「そこはかとなく」・・・

Posted by 世羽 on 27.2014 そこはかとなく   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
米国のヘーゲル氏辞任・・・というか事実上の更迭。
あまり話題にならない。
この人物は比較的、日本側に有利な発言をし、
尖閣あたりの均衡を保つのにもそれなりの動きをしていた。
オバマ氏の「イスラム国への優柔不断な対応」に業を煮やした・・・とも言われるが、
CIAの高官たちが、プーチンの戦略と自国の大統領を比較して嘆いていたのだから
従軍経験のあるヘーゲルもそう感じていたかもしれない・・・。
他国ながら、ちと興味深い。
今後、米国が経済に押されて中国にゴマすり外交をするようになると、
日本は色々やりにくくなるだろう。

外からも内からも、蝕まれている日本。
せめて心意気でもいいから・・・
まこと民を想う“もののふ”が増えるといいが。

と、長野での発震ののち、地下からの唸る音と振動が大きくなっている。
振動はたぶん人の心臓にも響くので
関東あたりの体感者の方々はきついだろうと思う。小出しを願う。

そこはかとなく(capetown)image
(Photo by Mike Hutchings)


しばしば「この展開」に突入したくなります。
というか、自分が楽しいわけで・・・w。

本日は、この1枚の画像から始まり
“前足”に「生きる力強さ」を感じた具合です。


そこはかとなく(亀さん)image



シャッターチャンスを捉えた1枚からは
写真の上手・下手にかかわらず

撮影者がその瞬間、「これだ!」と感じただろう想いが伝わってきます。

また、それを見た人が撮影者とは異なることを感じたりして、
たった1枚の画像が、実にいろいろなことを訴えてきます。

時を経て残された報道写真なども然りで。

当時、どれほど「好かん」と思えた他国の人にも
愛する家族があって・・・・
その家族に愛されている様子が良くわかったり。


そこはかとなく(パパ待って)image
(“Wait For Me Daddy”, October 1, 1940)



現代の紛争地帯に赴いた人たちの心が
どれほど“他の生き物”に癒されているかなども知ることができたり。

そこはかとなく(2007年イラク軍用犬とUS兵士たち)image


そこはかとなく(兵士と子犬)image



それは、昔も同じだった・・・ようなことも。
(実は、あまり変わっていないようで)

そこはかとなく(トナカイと兵士1944)image


そこはかとなく(兵士と子猫)image



ほかにも、ふつうに「可愛げ」だったり


そこはかとなく(ともだち)image



そこはかとなく(ねこさんとネズミさん)image



とりわけ「切なげ」なことを想像させたり


そこはかとなく(russiansoldiersの一枚)image


そこはかとなく(1994年チェチェン侵攻の時のロシア兵)image
(チェチェン侵攻の時のロシア兵)


そこはかとなく(軍用犬の眠り)image



そこはかとなく(兵士のお父さんと子供たち)image



こうして見ていると、改めて「目に見える記録」は貴重だ・・・
そんなことも想います。



日々の喧騒に生きていると、なかなか気づけない
小さな生命の鼓動や

そこはかとなく(虫の)image
(オランダ人写真家レオンバース撮影)



起きていることを教えてもらったり。


そこはかとなく(助け手)image




また・・・ときに、身近な生き物の非常に人間くさく
それゆえ愉快に映るものからは・・・
多くの人がスッコーンと癒されたりする。

で・・・

もしいま、何か眼を転じたものが
まったくの偶然ではない・・・としたら、
それはもしかすると「視えざる励まし」のひとつの形かもしれないわけで。


そう・・・。

なので、たわいのない・・・と想えるような
「行け~~~っ」的なねこさんの姿みたいなものでさえ、
どこかの誰かに向けた小さな励ましになるかも・・・・・と。


そこはかとなく(ねこジャンプ)image




突然の、出来事に動けなくなり


そこはかとなく(びっくりねこさん)image



「うわっ」と驚いても

そこはかとなく(びっくり)image



それに負けずに心の体勢を取り戻したら
「ほれっ、来てみろよ」ぐらいで対峙して


そこはかとなく(ほれ、こいよ的な)image



それで疲れたらよく寝て

そこはかとなく(お昼寝)image



つぎに来るだろう
人生の善いチャンスは決して見逃さない・・・ぐらいの「したたかさ」と・・・



そこはかとなく(牛のミルクを飲む猫さん)image




行動力も持って・・・


そこはかとなく(ひたすらジャンプ)image



そこはかとなく(ねこハンティング)image



そこはかとなく(ねこキャッチ)image



そんなふうにしていると、


多少、曇行きが怪しいことに遭遇しても
後の晴れ間を楽しみにして、けっこう先へと進める・・・。


そこはかとなく(虹につづく小径)image




そして今日も、ひたすら「先」に向かって・・・てくてく・・・と。


そこはかとなく(白馬の列)image


そこはかとなく(孤高にも似て)image


(本記事、単独記事だと大丈夫ですが、5本並んだ総合で読むと下にread moreタグが出てしまっているかもです。
が、そこに記事はありません。
申し訳ありません・・・無視してください!)


「マグダラのマリア」最終・・・マグダラのマリアの後日/ラザロの蘇りの情景/補足

Posted by 世羽 on 23.2014 イエス関連   2 comments   0 trackback
(つぶやき)
気象庁は、1つのひとつの揺れを個別に見るが、下はつながっているのだし。
すべてをひっくるめてデータを見てほしい・・・と思うのは自分だけか?

かたや、「なりすまし小学4年生」事件
こうして、いとも簡単に、平気で「嘘」をつく人がいる現実には
もう、嗚呼・・・という嘆息しか出てこない。


マグダラの5(いまのGalilee)image
    (いまのGalilee)


前記事からのつづき・・・。


マグダラのマリアの後日

(その一部を以下に要約)

キリストの眼前で、それまでの自分と決別したマグダラのマリアでしたが
突如、姿を消してしまいます。

心配した姉マルタは、
「また荒廃した生き方へと戻ってしまったのか?」と、かなり心配します。
しかし妹は“聖なる孤独”に包まれて、
喜びを味わいながら聖母のところへ向かったことを知ります。

「それにしても、
先生のお母さんも、その家がどこにあるかも知らないのに、
ひとりぼっちで・・・」
と危惧するマルタ。

ですが妹は「自分を導く心の“本能”によって、そこに導かれた」・・・とも
のちに知ります。

かくして、マグダラのマリアは無事に聖母のもとへ辿り着き
聖母から弟子たちに紹介されます。
そして、これまでとはまったく違う“質素で素朴な服”を着て、
聖母から直接さまざまな事柄を教えられながら、
他の弟子たちと一緒に“自らの信じる道”を開拓していきます。
(聖母の深い霊性は「マグダラのマリア」に大きな影響を与えた)

それでも、人の心は
1夜にして“完全に変わる”わけではないようで・・・。

たとえば、のちに宣教から一時的に戻ったキリストや弟子たちと一緒に
新たに「マグダラの町へ向かう」と言われたときなどは、
「自分がどう思われるか」という思いに苛まれ、酷く泣いたりします。

しかし、
「どうしてもそうする必要がある。
今すぐにでも、“人の思惑”という恐ろしい牢番を閉め出さないと、
あれほどの英雄的な回心を、麻痺させることになる」
という
キリストの促しを聞き入れて、使徒たちに同行しました。

いくら使徒たちが傍にいてくれたとはいえ、実際にその地に足を向けてみると案の定、
かつてのマグダラのマリアを知る人たちは、彼女に向かって冷たい、好奇な視線や皮肉に満ちた言葉を浴びせかけました。
そのため彼女はたびたび、多くの猟師に囲まれた獲物のようにオドオドしますが、
彼女はその試練に耐え抜いて、いつしか・・・
かつて生きた町の人々や、裕福な知人たちの前で“生まれ変わった自分の姿”を晒すことを恥ない自分を育てます。

また、ずっと年下の(以前書いた)少年マルジアムから「主の祈り」を喜んで教わるなど、
謙虚な一面も見せています。

こうして彼女の心は、いっそう勇気に満ち溢れるものに変化していきます。


マグダラの5(昔の想像情景)image



で、さらにその後
いくつかの町を宣教の一行と行動を共にしてから、ほどなくして・・・。


ラザロの蘇りの情景

マグダラのマリアは、聖母を含む女弟子や使徒の一行と別れ
病に冒されはじめていた兄ラザロの待つベタニアの家に戻りました。
(もともとラザロの家は、由緒ある名家で、非常に裕福だった。
語りによると、ラザロはキリストの受難後バラバラになった弟子たちをまとめる役目を担い、
それを完遂する)


ここでは省きますが、この家にいるときに、
聖書の有名なくだり、あの「マルタとマリアの話」が展開しています。


一方このころ、
キリストとの出合いによって魂の格段の上昇を遂げていたラザロでしたが、
原因不明の病に伏すようになっていました。

心あるニコメデスと呼ばれる医者が看てくれていましたが
余命は時間の問題・・・というところまでいきます。

姉妹は心をこめてラザロの看病をしますが、はかばかしくない。
病状は悪化の一途を辿ります。
そこで彼女たちは「あれほど多くの病人を治してきた救い主ならきっと何とかしてくれる・・・」と、キリストに使いを出して、家に来てくれるよう頼みました。

ラザロは癩病ではありませんでしたが、その症状たるや酷いもので、
身体中に腫れ物が出来、それが膿を出し、その臭いも凄まじく、
部屋中に立ちこめる腐臭を香料で誤魔化さなければいけないほどでした。

キリストは、見舞ったラザロとたくさん話しをします。
が、姉妹の期待とは裏腹に、なぜか彼を治しません。
そして、こんなことを言い残します。

「・・・・すべてのはかりを超えて、
すべての現実を超えて、希望し、信ずること、これは愛です。
私はあなたたちに、こう言います。
正反対と見えるすべての現実にそむいて希望し、信じよ・・・と。
私の言いたいことがわかりますか?


反するすべての現実に対して希望し、信じること・・・これを知りなさい。

いま、ここに留まるには少しの時間しかありません。
私は“人間として”彼を看護し、慰めて、あなたたちを見守って元気づけるために
どれほどあなたたちと一緒に留まりたいか、いと高きものはよくご存じです。


しかし、“神の子として”私は行かねばならないと知っているのです。
私は・・・ここから去る必要があるのだと・・・。


あなたたちが、呼吸する空気よりも“私を望む”だろうその時に、
私がここにいてはいけない・・・と知っている。


いつか、近いうちに、
いまは残酷とさえ思える、いろいろな理由を分かってくれるでしょう。
人としての私にも、あなたたちにも苦しいその理由を・・・。


それは“神的な理由”です。

あなたたちは、いまの苦しい理由、その意味の美しさと智慧とを
包含して眺めることはできません。

また私は、それをあなたたちに表すことはできない。

しかし、すべてが実現するだろうその時に、理解して喜ぶでしょう。


聞いてください!

もしラザロが・・・“死んだら”・・・すぐに誰かを送って私を呼びなさい。
そのあいだに、あなたたちの家柄にふさわしい葬式のために多くの人を招待して
準備にかかればいい。
彼ラザロは偉大なユダヤ人です。彼を正当に評価している人は少ない。
しかし、神の御前には、彼は多くの人に勝っている!


あなたたちが、いつでも私を見つけられるように、
どこにいるかを続いて知らせます」



・・・とは言われても、姉妹がガックリしたのは言うまでもありません。


一方、キリストがラザロに何もしなかったことは、
ユダヤの名士たちをはじめ、キリストを非難する人たちの元に伝わりました。
「ほら、あいつには治せなかったのだ」という見方がはびこっていくのです。

そして“そんな人々”は、自分たちと意見の対立するラザロが癩病だったら
いっそのこと律法のもとで隔離してしまおうと
見舞いを装ってたびたび確かめに来るのです。

そんな嫌みな連中の前に立ちはだかって、勇敢に兄を護り続けたのが、
マグダラのマリアでした。

さらに時間は進み、ラザロは重体になります。

医者ニコメデスが言います。(以下幻視から・・・)

「どうして、あなたたちの友人の、あのガラリヤ人を呼ばないのですか?
彼にできないことはないので、何かしてくれるでしょう?
私は、死を宣告されたのに治ってしまった幾人かを調べました。
彼からは不思議な力が出ている。(略)
まあ、私にはよく分からないですが、
たまたま群衆に紛れて彼のすることを注意して見ていて、不思議を見ました。
彼をお呼びになれば・・・。


私は異教徒ですが、あなたたちの民の“不思議な奇跡家”を尊敬しています。
私が出来ないことを彼ができれば、どれほど嬉しいことか・・・」


それに対してマグダラのマリアが言う。

「いえ、ニコメデス、彼は神です。
その力は、神としてのご自分の思し召しです」


「いや私は、けっしてあなたたちの信仰をからかっているわけではありません。
むしろ、不可能と思えるところまで至るように、その信仰を励ましたいとすら・・・。
そのほかにも、いつか、神がこの星に下ったとも書かれていました。
私は・・・そんなことを今まで信じたことはありませんが・・・。
しかしいまは、人間として、また医学者としての学問と良心をもって、
そのようなことがあり得ると言いたい。
なぜなら、あのガラリヤ人は、
“誰か”の神だけが行い得る治癒をもたらしていますから・・・」



そしてラザロはついに危篤となり・・・。
事態に際してマルタとマリアは意見を異にします。

「少なくとも先生に知らせましょう」

「この状態を私たちのほうから知らせる必要がある・・・というみたいに?
いいえ! 先生はだめだと言ったでしょう?
先生は、
『彼が“死んだら”知らせなさい』と言ったじゃないの。
だから、そうしなければ・・・。その前はだめよ」


「誰も、私の苦しみに同情もしてくれないの?
第一にあなたが・・・」


「そんなふうに泣くのはおやめなさい!
 それはもう耐え忍べない・・・」



先生の言いつけを護ることをガンとして主張するマリア。
不安に苛まれるマルタ・・・。両者の違いがはっきりしてきます。

マルタは結局、マリアに“内緒”でキリストのもとに僕を送り、
ラザロの危篤を知らせてしまいます。

けれども、先生は戻って来ない。
そしてラザロは死にました・・・。

      マグダラの5(ベタニアの位置)image


マルタは
「なぜ、先生は兄を救ってくれなかったのか・・・」と嘆きに嘆きます。

一方マリアは、先生の言った
「すべての現実を超えて、希望し、信じなさい」を自らに言い聞かせます。
それでもさすがに、目の前にある現実・・・
すべての信仰を超えて、希望し、信じたが“何も起きなかった”
という現実を見て幻滅するという、
ふつうの人なら誰でもそうなる状態に陥ります。

そして、ラザロが死んで4日もたったころ。
あの蘇りが・・・。


由緒ある家の盛大な葬儀のために、
非常に多くの人が集まっているところにキリストが現れます。


(以下、幻視の語りを“部分的”につないでの概要)

「先生だ!」

そこに集まった多くの人たちは挨拶をしない。

泣き声とともにマルタが駆け寄り、無意識の咎めを含ませて言う。

「ラザロは死にました。
あなたがここにおられたなら、死ななかったでしょうに。
どうして先に来てくださらなかったのですか、先生?
私たちの兄ラザロが、あなたをどんなに呼んでいたか・・・。
いまはご覧のとおりです!
私は悲しくて・・・
マリアは泣いて・・・あきらめることを知りません。
でもラザロはもういない。
私たちがどれだけ兄を愛していたか、あなたはよくご存じでした。
私はあなたから、すべてを期待していたのに・・・」


涙を拭いながらさらにマルタが言う。

「でも、いまでも、私は希望しています。
なぜなら、あなたが御父にどんなことを頼んでも与えられると知っていますから・・・」


「あなたの兄は蘇るだろう。立ちなさいマルタ」

「はい、先生。知っています。彼は“最後の日”に蘇るでしょう・・・」
(マルタはここで、遠い未来の公審判にそれが起きると勘違いをしている)

「私は復活であり、命だ。
私を信じる人は死んでも生きる。
そして、信じて私に生きる人は永遠に死なない。
あなたはこれをすべて、信じていますか?」


「はい・・・」とマルタは答え、急いでマリアを呼びにいく。


すっ飛んで来たマリアが「ラボニ!!!」と叫び、
キリストの足下にうずくまるように伏して大いに泣く。


「マリア、あなたに平和、立ちなさい!
私を見なさい!
なぜ希望のない人のように嘆くのか!
神の栄光を見るために、すべての信仰を超えて希望するようにと言ったでしょう?
こんなに泣き崩れるとは、あなたの先生が変わったとでも思うのですか?」


(そこでマリアは、マルタと同じように無意識の咎めを口にする)

「マリア、泣くのではない!
あなたの師も、
忠実な友人の死のために・・・
彼を死なせておくがゆえに苦しんだ・・・」


その様子を見て、周囲の心ない人たち、キリストを敵視する人たちが
冷笑を浮かべている。

そしてキリストは、ラザロの葬られている墓へ案内するように言って
そこに向かう。

墓の封印の石を見たとき、キリストは友人を想って涙を流す。

その涙を拭うと、キリストが叫んだ。


「その石を取り除け!!!」

周りで見ている人々は、「あいつはキチガイだ」というように、首をふっている。

誰も命令を実行しない。
皆に躊躇がある。


マルタが泣きながら言う。

「先生、できません。彼は4日も前からここにいて、・・・・
いろいろな香料のために、前よりも臭っている・・・。
何をご覧になりたいのですか?
その腐臭を?
できません、それはできせん。不浄のためにも」


「“信じるなら、神の栄光を見るだろう”と私は言ったではありませんか。
その石を取り除きなさい。
私はこれを命ずる!!!


その、何とも言えない神的な響きに、
人々の口から「おおっ」という嘆声が出て、彼らの顔が青ざめている。


僕たちが石を取り除く・・・。
マルタが何やら話しかけるが、キリストは答えない。


目を天に挙げ、胸を十字に開き、
非常に強い声で言葉を一つずつ句切るように発しながら祈っている。


「父よ、私の願いを聞き入れてくださったことを感謝します。
あなたは私の願いをいつも聞き入れてくださることを知っています。
しかし、これを言うのは、
ここにいる人々、私を取り囲んでいる群衆のためです。
皆が、あなたを信じ、そして私を信じ、“あなたが”私を送られた・・・
と信じるように」


このまま何秒かたつうちに、キリストの姿が変わる。
脱魂状態のような声に出さない祈り、もしくは礼拝の密かな言葉を言う。

彼の身体が光に変わって霊のようになり、背たけがもっと高くなって、
地面から上がっているように見える。


髪、皮膚、服の色はそのままで、
タボル山での変容のときに、すべてが光と眩しい白に変わったのとは違う。
それでも、光が放たれている。

彼のすべてが光で成っているように見える。


(ちなみにタボル山のほう・・・)
マグダラの5(タボル山での変容)image


その“光”(キリスト)が、父への観想に心奪われている。

この変わったさまに、皆が心を高鳴らせているようだ。

こののち、(光が)人の姿に戻る。
しかし、それは威厳に満ちている。


墓の入り口に進むと、十字に開いていた腕を、手の平を下にして前方へと差し出し
その手が墓穴に入れられ、それは中の暗さに対して白く目立つ。


そのとき、目から“水色の火のようなもの”が放たれた。
奇跡のその輝きは、私の眼には耐えられない。


沈黙の闇のなかでの、力強い声、
かつて湖の上で、風に命じたそれよりも強い叫び・・・
私がこれまで見た、どんな奇跡の場面でも聞いたことのない声で叫ぶ。




《《《《《《《 ラザロ!!! 外に出よ!!! 》》》》》》》



声が墓の中はもちろん、ベタニアの家と畑にまで響いている。
それが
「外へ! 外へ! 外へ!」とこだましている。


皆は、戦慄を覚えているのか、好奇心に動けなくなっているのか、
色を失ったかのように彼らの目が広がり、
喉まで来ている驚嘆と恐怖で唸りたくなっているかのように、
無意識に口が開いている。


マリアが、キリストのマントの裾を捕まえて、ふるえている。

墓穴の奧に白いものが浮かんでいる・・・。

最初は凸状の薄い線のように見えたが、それが卵形に変化して益々広くなり
長い線が加わる。
見る人に恐怖を与えるかのように、幽霊のような包帯に包まれたものが
ゆっくりと進んで来る。


キリストは、それが前に出てくるのとほとんど同じにゆっくりと後ろに下がっている。
それゆえ両者のあいだの距離が同じになっている。


恐怖に閉ざされていた群衆の喉から、こんどは
はっきりした「おお!!!」・・・と、叫びに変わっている。


ラザロは石灰の像のように入り口に立った。
墓穴の暗さに包帯の白さが浮き出して、幽霊のようだ。
しかも、太陽に照らされた包帯には“気味の悪い膿”が垂れているのも見える。


(ラザロは群衆の前に姿を見せた直後に包帯を解かれて、身体を洗われ、
飲み物などを与えられて正気に戻っていく)

マグダラの5(ラザロの蘇り)image


一方キリストは反対者のグループに近づく。


「サドクちょっと待て、あなたとあなたの仲間たちに一言いいたい。

サドク、いま見たことで足りるか。
あなたと仲間たちは、信ずるためにも“腐敗しきった身体”が健康になるのを『見たい』と言った。
いま見た腐敗で満足したか。
ラザロは一度死んだが、いまは、何年も前から無くしていた健康をもって生きている・・・いまそう口にする勇気があるか?
私は知っている。あなたたちがここに来た理由を・・・。
あなたたちが、この人たちを試みようとして、
より大きな苦しみと疑いを注ぐために来たのを。


私が(何もできずに)“死者の部屋”に隠れてしまうのを望んで、私を捜しに来た。
あなたたちがここに来たのは、愛をもって死者に敬意を表するためではない。
ラザロが本当に死んでいるかどうかを確かめるつもりだった。
そして時間とともに、それに喜びすら覚えていた・・・
(略)

「信じるために・・・“否定しようもない現実”を認めるために、
これでもまだ足りないのか」



(結局のところ・・・キリストの行ったことを見て人々が心を動かされたものの、これほどのことを目にしてもなお、多くの人の心はそのままだった。「やつは、良からぬ魔術を操っているらしい・・・」という噂にまでなる)


     マグダラの5(bethanyLazarusTomb)image


群衆が帰り、静けさを取り戻した家の前の小径にキリストが立っている。
“人として”の彼がつぶやく・・・。


「不浄物は火によって無に帰る・・・死の廃物が。
だが・・・人々の心の腐敗は、
何の火によっても無にされることはない・・・地獄の火でも。
永遠につづくもの・・・死よりも・・・腐敗よりも・・・いつまでも・・・
なんと恐ろしいことだろう・・・。
そして人類よ、腐敗することをそれほど望むなら、誰があなたたちを救う?
私は・・・一言をもって1人の人間を墓から奪ったが、
言葉の“海”・・・苦しむ“海”が、
人間を、何億の人間を、罪から奪えないのだろうか」



(この呻きのようなつぶやきは
人性を備えた不可思議な存在の「悲しみ」のようでもあった)


この、悲しんでいるキリストを目にしたマグダラのマリアが
傍にいたマルタとキリストに向かってこんなことを言います。

「私の姉よ!
私はもう、いつでも希望し、信じます!
私はもう疑うことはありません。
主よ、決して。
私は信仰で生きる者となりました。
あなたは私に、信じられないことを“信じる”という能力をくださいました」



このはるかのち、日を変えて、こんなやりとりがされています。


「マリア・・・あなたも主の善い婢(はしため)となるでしょうか?」

「ラボニ、それはあなたがご存じです。
私は・・・私は大きな罪人だった・・・それしか知りません」


「マリア・・・私が行うことはいつも完全です。
ですから、あなたの赦しも私が行ったのですから完全です」


「おお、私の愛する救い主よ。そのとおりです。
あなたがお望みであれば、私は善き婢になるでしょう。
主よ、私のほうからそれを望みます。
あなたが同じようにお望みになるかは分かりませんが」


「マリア、私はそれを望む。私の善い婢であることを。
今日は昨日より、明日は今日よりも・・・。
私が、『マリア、これでよい、もうあなたの休みの時が来た』と言う
その時まで・・・」


(略)

「私は自愛心が強くて、自分自身に対して評価が甘すぎたのです。
いま・・・私の卑しさの底まで探り、そして遡るために
長い、長い道のりを辿る必要があると知りました。
先生が助けてくださるなら、そうするつもりです」


「あなたを助けるとも。マリア、ここから去っても助けよう」

「あなたは愛することしか知らない。
マリア、これはあなたの気質です。

・・・・・・それぞれのものには、それぞれの気質がある。
心の指導者たちの智慧は、相手の人間の傾きを利用して
善の道をますます発展できるような道に人を導くがために
“知”としてある。

植物にも、動物にもその法則がある。
実を結ぶ木に、花だけを、また本来のものと異なる実を要求したり、
またある動物に“他の動物の生き方”を望むのは愚かなことだ。

蜜をつくるあのミツバチに小鳥になれと、あえて望めるだろうか。
・・・みな、それぞれの役割によって役立つ。
人間も同じです。そして、あなたには愛する役割が与えられた・・・」



受難のときのマグダラのマリアの様子は、いまは書きませんが
復活後、栄光体となったキリストはまず、
誰よりも真っ先に「聖母」のところにやってきて
その後に、聖書の記述のように
使徒よりも先に、マグダラのマリアに自分を示した、と語られています・・・。


マグダラの5(復活の光)image



で、この「ラザロの蘇りの情景」の説明でキリストがこんなことを。

(母のあとに)かつて乱行に明け暮れた女のもとを訪れた・・・。
それは、“そういう生き方”をして来た女たちも、身を改めて、私を信じるとき、
私の憐れみが“すべてを赦す”ことを知らせるためだ。


だが、彼女は
栄光の身体をもって御父なる神のもとへ行く私に触れることができるほど
清いものではない。
それは許さない。
彼女は苦しんでなお、自分を清める必要がある。
とはいえ、神を愛することを知っている彼女には、
この“報い”
(使徒よりも早く姿を見せること)を与える値打ちがある。

神が彼女に『マリア・・・』と呼びかけたとき
『ラボニ(師よ)!!!』と答える彼女の叫びを聞くがよい。
そこに、彼女の心の想いがすべてある」


「何よりも私を愛するとき、私は傷ついたこの手のなかに、
あなたたちの病んだ心を受け取り、そこに私の力を注ぎ込む。
こうして私の愛によって、あなたたちは、
健康で幸福な、美しい自由な者に変わる」

 

マグダラの5(ちょっと昔のLazarusTomb)image



ということで・・・ものすごく端折って書くしかないので
何がなんだか分からないかも知れませんが・・・
マグダラのマリアの姿には、こんなバージョンもある・・・ということです。

別論と比較してみたり、どう感じるかは
すべて読み手のみなさんしだい・・・でしょう。


そしてついでに・・・以下をメモしておきます。


補足:幻視者に伝えられたことから抜粋要約

イエスが私にこう言われる・・・。

「私は、ラザロが死なずにいるときに間に合わせて干渉することもできた。
だが、そうしなかった。
私は、この蘇りが“諸刃の剣”になるだろうとも知っていた。

なぜなら、“考えの正しいユダヤ人”がこれで回心し、歪んだ考えの人々に
“もっと猛烈な反感を起こす”とわかっていたからだ。

この、私の力の最後の打撃・・・
それで彼らが私の“死刑判決”を決定したのだ。
だが、私はこのために来たし、“それ”が実現される時が熟したということだ。

私は、ラザロが死んで直ぐにベタニアに行くこともできた。
しかし、すでに進行している腐敗物の蘇りを行って、
もっとも頑固な人でも納得させたかった。

また、“私への信仰”を世界に運ぶことになる使徒たちも、
最高の奇跡によって“鍛錬された信仰”を持つ必要があった。

たびたび言ったように、
使徒たちにも“人間的な考え方”が頑固にあった。

これは、乗り越えることのできない妨げではなく、
むしろ、“成人になってから私の弟子になった人々”には当たり前のことだ。

人の考え方は、今日から明日のあいだに変えられるものではない。


(略)

実際、本当に望むならば、何でも変えることができる。
そして私は実際に、
勇気のない人々、争い好きな人、高利貸し、快楽主義者、
信仰のない人々、そんな人々から殉教者や聖人をつくり、
世界に福音を伝える人たちに変えた。

そう“望まなかった人”だけが変わらなかった。
私は小さな人々、弱い人々を愛する。
あなたもそのうちであるが・・・。

この人々に、私を愛し、私に従う意志さえあれば、
無に等しいものをもって、私の愛弟子、友人、使いにする。
いまでも、このような人たちによって、
人々を私に導くために奇跡の可能性を無くさない・・・それは絶えざる奇跡だ。
しかしいま、この可能性は弱まっている。
油が足りなくなる灯りは臨終で死ぬ。
同じように奇跡を行う神に対しての信仰の不足は奇跡の可能性を殺す。


(人間が)奇跡を願うとき、要請に対して二つの反応の仕方がある。
ひとつは、神が愛をもって応じる。
もうひとつは、怒りをもって背を向ける。


前者は私が教えたとおり、疲れを知らず、信頼を捨てず頼むもので、
これは必ず答えられる。
なぜなら、神は善き御者であり、何でもできる力を持っているからだ。
この要請は愛であって、神を愛する人には何でも与えられる。

もう一方は、
神が自分たちの僕であるかのように、自分たちの悪まで下って、
自分たちが神に与えようとしない愛と従順を求める反逆者の要請である。
これは神への侮辱のひとつで、神は恵みを拒む。

私はもはや集団的な奇跡を行わないと、どうして嘆くのだろうか。
それをどうして・・・私が行うだろう。

私を信じる集団がどこにいる?
まことの信仰者はどこにいる?
大きな団体の中の、まことの信仰者はどこにいる?

確かに、火事に焼かれた森のなかに生き残った花のような、
こうした信仰厚い人々を私はたまに見る。

だがほかの場合は、サタンが自らの教え(誘惑)をもって焼き尽くす。
そしてますます焼き続けていくだろう。


あなたたちの超自然的な方針として、
トマに対しての私の回答
(ヨハネ:20の24~29)を、
いつまでも忘れないように・・・。


“人生”自体を、目的としてではなく、
まことの命を手にするための手段として重んじないならば、
私のまことの弟子ではあり得ない。
この世で自分の命を救いたい人は、永遠の命を失う。


何度も繰り返したことでもあるが
試練とは何か・・・?


それは通り過ぎる雲にすぎない。
そして
(雲が過ぎれば)“天”が残り、試練を超えたあなたたちを待っている。

私は英雄的な生き死にをもって、あなたたちのために“天”を勝ち取った。
あなたたちが私に倣うことだ。
英雄であることは、殉教して死ぬような人たちのことだけではない。

キリスト的な生活は、“永久の英雄性”である。
なぜならそれは
世間、悪魔、肉体に対しての絶えざる戦いだから・・・。

私は、あなたたちが私に従うようにと強制などはしない。
私はあなたたちを自由なものとして残す。

だが私は、偽善者を厭う。
私とともに、私のように生きるか、それとも私に反して生きるか、
あなたたちが私を騙すことはできない。
敵との妥協までに下がることはできない。

もし、あなたたちが彼を選ぶならば同時に
私を友人として考えるな。
彼か、それとも私か、選ぶしかない。


(略)

わたしがあのとき泣いたのは、
3つの想いがいつもより活発に表面に出ていたからだ。

ひとつは、人を悪に誘惑した存在が
この世にどれほどの破壊をもたらしたかを理解させたいという想い。


二つめは、私の伝道の必然的帰結でもある“この奇跡”さえも、
私が携えてきた真理について
ユダヤ人の世界を納得させないだろう・・・という証
(の涙)でもある。
それは未来の世界でも、
奇跡だけでは人間をキリストに向かわせないということ。その想いだ。


こんなわずかの人々のために、
近いうちに死ぬという
(人間としての)苦しみは大きかった。

三つめは、私が瀕している死の光景(への想い)だった。
私は神的でありながら、まことの人間でもあったのだ。


“神の慈悲”はあなたたちに未来の認識を隠す。
しかし私にはすべてが現されていた。


自らの運命に嘆くあなたよ・・・。
人間のどのような運命も私より辛いものはないだろう。

なぜなら、私は誕生から死にいたるまで、
私に伴う貧しさ、さまざまな試練、さまざまな敵対、
そして何が起きるかをずっと知っていたのだから・・・。

みな嘆かないで!
そこに希望を置きなさい。
あなたたち皆に、私の平和を残す・・・」



     マグダラの5(イエズスと聖書)image



*****

ここで語られていることを丹念に調べ、接していると
キリストという存在を“ただの宣教者なる人”と捉えているだけでは
彼の言いたいことを“心が”理解できない・・・と、気づかされる。

そして、この存在を知れば知るほど、
恐れずに言うなら、
もしかすると、キリスト教徒を自称していても、大半の人たちが
その“聖性と清らかさ”を過小に見ていて、
文字の上での「人の思惑」からでしか理解していない?・・・と感じる。

ただこれは、あくまで個人の見解に過ぎないが・・・。

いずれにしても、ここに映し出されているキリスト
確かに何かを伝えている・・・という感覚が、自分にはある。

よく(男女の区別なく)
心に傷を負う者はマグダラのマリアが辿った勇気ある道を探せ・・とも
言われたりする。
それはもちろん、望んでこそ・・・だろうが。

自分は、一連の記事の最初に述べた、特にわけありの女性たちに、
たとえ伝わらないまでも、
そこはかとない気持ちを込めながら、書きつづっていた。
何かの困難から立ち直った人は、本当に「強い」・・・そんな方々に
敬意を抱きながら・・・。


マグダラの5(羊さん)image


*****

この世界は、誰かの日常が“別の誰かの非日常”だったりする。
そしてときに、刺激を求めて非日常感を味わい、また元に戻ったりする。


マグダラの5(修飾画像とある観光)image


マグダラの5(修飾画白いトナカイ)image



ともあれ・・・その戻った日常が
今日も明日も元気でメシが美味い・・・ていどに感じるような
すごくちっぽけで、素朴な日々であっても、
そんなことが思いのほか“心の糧”になっている・・・。
ありがたい・・・ただ、そう想う。


マグダラの5(彩雲)image


「マグダラのマリア」4・・・勝利はすでに手のうちに/髪で香油を塗った女

Posted by 世羽 on 20.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
選挙かぁ・・・。
積極的に1票を投じたいと思える御仁がいる選挙区は幸いだ。
しかし、けっこう多くの場合が消去法の選択で、
最悪、誰にも入れたくなかったり・・・。

いずれにしても、最低限
ちょっと前の「日本ではない」かのような形に戻るのだけは勘弁だ。
視点はそれに向く。

人にはそれぞれ大義があるし、誰が立ち、誰を選ぶかは止められない。
が・・・有権者である以上、立候補者の支援背景辺りは自分なりにきちんと調べて
熟慮する賢明さは持っていたい。

そして・・・それ以前の話しになるが
民衆が知らないうちに敷かれた
「3R・5D・3S政策」が本当の意味で消滅しないかぎり
いまの混沌とした世はつづくのだろう。

マグダラの4(修飾画像たぶんカシミール辺り)image



一連の“幻視者が視た”話のつづき・・・


前記事でキリストがマルタに
「明日カファルナウムで話すことをマグダラのマリアに伝えなさい」と言い・・・
その後の出来事はこんなふうでした。


勝利はすでに手のうちに

イエスが使徒たちと舟に乗って、宣教の地に向かおうとしていると、
侍女のマルチェッラを伴ってマルタがふたたび訪れます。

イエスは使徒たちを先に行かせ、マルタを連れてしばらく岸辺を歩き、
村から離れた静かなところにくると微笑んで、マルタに話しをするように言います。

「先生、昨夜のこと、真夜中にマリアが家に戻りました。
ああ・・その前に、
昨晩の夕食のときに彼女が私に言ったことをお話するのを忘れるところだった・・・。


マリアが
『服とマントを貸してくれますか?
私には少し短いと思うけれど、たくし上げることもしないでいい、
マントは下げて着ればいいから』
・・・と。

「どうぞ、どれでも好きなのをとってちょうだい」と言いながら
私はドキドキしていました。


というのも、その前に私とマルチェッラは
「夕方、先生が人々に話しをされるからカファルナウムに行きたいわ」と
話していたからです。


そして、マリアがソワソワしている様子を見ましたから。

そのとき彼女は、
何を選んで、何を拒むか、
心を決められない人のように行ったり来たりしていたのです。


彼女は食事を終えると私の部屋に行って
いちばん目立たず慎み深い服をとって着たのですが
あまりに短くて、乳母に裾を下ろしてくれるように頼みました。


ほんとうは彼女が自分でそれをしようとしたのですが
『私には縫えない。役にたつことをみんな忘れてしまった』と言って泣き
私の首に抱きつくと
『私のために祈って』・・・」そんなことを言いました。


(内容を要約:
  当日、マグダラのマリアは1人で出かけ、
  マルタはそんなマリアのことを想い、祈る。
  そしてマルタはマルチェッラと一緒に
  群衆に紛れてイエスの話しを聞きに行くが、
  どこかにいるだろうと思ったマリアの姿が見あたらない。

  家に戻ったマルタは、「マリアはどこに行ってしまったのか」と、
  自分の部屋で泣きながら祈る。

  そして冒頭のマルタの言葉にあるように「その真夜中にマリアが戻った」。

  以下、マルタの話しが続く・・・)


「彼女は静かに部屋に入ってきて
『祝福された姉よ。あなたが言ったことは、みな本当でした』


『あなたが言ってくれたことよりも、もっと、もっと良いことだった。
彼の“あわれみ”はとても大きい。

ああ、私のマルタ!

もう、私を縛る必要はありません。
冷たく失望している私の顔を二度と見ることもないでしょう。

考えないように・・・などという言葉を私の口から聞くこともないでしょう。


いまはむしろ考えたい。
何を考えるべきかを知っているから。
そう、“肉体となった愛”
(キリストのこと)を知っているから。

姉よ、あなたは私のために祈っていた。確かに祈っていた。

いまあなたは、勝利を手中にしています。

私はもう、罪を犯したくはない。
いま、新たに生まれるあなたのマリアです。


見て、わたしのこの顔を見て!

希望と痛悔の涙に洗われた新しいマリアだから。

清い姉よ・・・どうぞ私に接吻してください。
もう私の顔には、恥になるような恋のしるしがないから・・・。


イエスは私の“霊魂”を愛していると仰有った。
なぜなら、この霊魂について話しておられたから。
“迷って失われた羊”とは私のことでした。

あなたは救い主の話し方をよく知っています。
私がうまく言えるか聞いてください』


マリアは本当に頭がよいのです。私よりもずっと・・・。
そして何でもよく覚えます。


こうして私は(直接聞いたことと、マリアからの伝聞からと)
あなたの話しを2度聞くことになりました」


こののち、マグダラのマリアは著しい回復を見せ、
自分との勝負に出ます。

それは、聖書にもある場面です。


髪で香油を塗った女


とあるファリサイ人のお金持ちの家で、
そこには、イエスと使徒たちが呼ばれていました。

幻視者の視た情景を“かいつまんで繋げて描くと”以下のとおり。


そこへ、豪華な服を着て、念入りに髪を結った美しい女性が入ってくる。
黄金の豊かな髪が輝いている。


胸元にギャザーをつくる装飾品をつけ、胸そのものを強調する金の鎖、
銀のブローチがついた帯、そのほか宝石や真珠で飾られた
いかにも挑発的な服を着ている。


頭には透き通るほどのヴェールを被り、足には赤い色の、
足首に結ばれた紐に“金の飾り”がついた豪華なサンダルを履いている。


イエズスを別にして、皆が彼女を見ようと顔を向け、
ヨハネも一瞬そちらを見るが、すぐにイエズスへと向き直る。


客たちは、あからさまな“貪欲さ”で彼女を眺めているが、
彼女はまったく気にしない。



マグダラの4(着飾ったマグダラのマリア)image



イエスは何も気にしないというふうで、家の主人と話しをしている。

女がイエスのところに行くと、足下に跪いた。

周りが少し膨らんだ“小さな壺”を床に起き、
髪を留めていた貴重なかんざしをとってヴェールを脱ぐと、
指から指輪を抜き取り、
それらを、イエスの傍にある“ベッド状の椅子”の上に置く。


つぎに、
イエスの右足を、さらに左足のサンダルの紐をほどいてそれを下に置くと
突然、号泣しはじめ、その足に接吻をする。


さらに自分の額を、イエスの足につける。


このとき、イエスの濃い青色の眼差しが“女の垂れた頭”に向けられる。
それは赦しを与える眼差しだ。


イエスは女の感情の爆発を咎めることもなく、そのままにさせるが
周囲はそうではない。


お互いに意地悪気な冗談を言ったり、目配せをして、
嫌な笑いを見せている。

家の主人もその光景を良く見ようとするが、
その目は欲しがって、苛立ち、皮肉がまざっている。
女を欲しがる目・・・これがはっきり現れている。

ここでの主人の“苛立ち”とは、
女が躊躇なく家に入ってきたことであり、
また、そのような振る舞いができるということは、
女がこの家によく来ていた事実をほかの客人たちに知られてしまうため、
と同時にイエスに対する諸々の皮肉からである。


女は、それから声を出さずに涙を流し、ときおりすすり上げている。

さらに女は
複雑に結い上げてある髪を留めていた金のピン留めをはずし、
それをさきほど外した装身具のところに置く。



     マグダラの4(複雑な結髪)image


黄金の髪が肩に落ちる。

すると女は、髪を両手にとり、その髪でイエスの足を拭う。


  マグダラの4(髪で拭く)image


そして壺のなかに指を入れて、
薄黄色で、非常に香りの強い香油を取り出した。


ユリとオランダ水仙の香り・・・それが部屋中に広がる。

女は香油をおしげもなく、
イエス
(の足)に擦り込むように塗ってから、また接吻する。

いまや、ヨハネも
女とイエスの二人を交互に見て目が離せなくなっている。



マグダラの4(髪で拭く場面)image



ファリサイ人の顔が渋くなる。
ここで私はあの有名な言葉
(ルカ7:36~50あたり)を聞いた

その言葉は、執念深いこの老人に頭を垂れさせる調子と
眼差しを伴っている。


女に対する赦しの言葉が聞こえる。

「さあ、平和に行きなさい」

垂れている女の頭に手が置かれる。
いかにも優しい手振りだった。


女はイエスの足下に宝飾品のすべてを残して去っていく。


マグダラの4(修飾用陽光)image


この場面につづいて、幻視者自身に対して解説が語られます。
それを部分的に拾ってみます。



イエスが私に言う・・・。

「福音書には語られていないが
そのファリサイ人と彼の仲間たちに頭を垂れさせたのは
私の眼差しを通して
潤いのない貪欲な“彼らの魂”を突き刺す
口には出さない、私の心から出る言葉だった。

彼には、その“沈黙の言葉”がよくわかった。

それは、私の言葉に表されているより厳しい咎めである。
私は彼にこう伝えた。

『自分自身を弁解しようとして悪意あるほのめかしをするな。
私にはあなたにあるような好色はない。

この女が私のところに来たのは、
淫乱の闇に包まれた自分の心を“私の眼差しと言葉”で照らしたからだ。

肉欲に打ち勝ちたくとも、哀れな彼女は、
自分だけではそれに成功できないと分かっている。

彼女は“私のなかの霊”を愛し、
超自然的に、まったく善いと感じている“その霊”のほかに何もない。

あなたたちの悪徳は、彼女の弱さを悪用してのち、
彼女に“軽蔑のムチ”で報復をもたらした。
それほどの罪悪をもらってのち、
彼女は“この世の栄華”のなかに探していた善、喜び、平和を見つけた・・・と感じて
私のもとに来たのだ。

偽善者のファリサイ人よ、心の癩病を治せ。
ものごとを正しく見るようにせよ。
心の傲慢と肉体の淫乱を捨てよ。
これこそは、あなたたちの肉体よりも腐って臭う癩病である。

肉体の癩病の場合、願いさえすれば私の手はそれを治し得る。
しかし心の癩病はそうはいかない。

なぜなら、あなたたちはこれが好きで、治るのを欲しないからだ。

一方、この女は治ることを望んでいる。

だから私は
この女を清め、自分を縛る奴隷の鎖から解放した。
罪の女はもう死んだ。
罪の女は、その装飾品のなかに残った」


(略)

「彼女は自分の髪で、私の足に香油を塗った。
あなたが自分の井戸の水でも冷やそうとしなかった、
あなたに光をもたらそうとやって来て、長く歩いたこの足に・・・」


「罪の女は死んだ。そしてマリアが生まれた。
自分の猛烈な苦しみ、自分の正しい愛によって、
どんな罪もない処女のように新たに美しくなった。


自分の涙に浸されて、自分自身を洗ったのだ。


     マグダラの4(着飾ったマリアマグダレナ)image


ファリサイ人よ、まことに私は言う。

私は、清い若さをもって私を愛している“この者(ヨハネを指す)”と、
恩寵に新たに生まれ、心の“真実の痛悔”をもって私を愛している“この女”とを
差別しない。


そして、この“清い者”と、この“回心の女”に
誰よりも“私の考えを理解する使命”を与え、
また、・・・私の母を別にして・・・私の身体にほどこす最後の処置と、
私の蘇りの最初の挨拶を与える』


(略)

そしてつぎに・・・幻視者自身に対して語られたことの一部を・・・。

「マリアは自分の曙のしるしとなった、
この行い
(髪で香油を塗ること)をベタニアでも繰り返した。 (ヨハネ12:1~8の辺り)

文章が人の個性を表すように、
繰り返されて個性を表す行いがある。

他人と間違えることのない行い・・・
当然なことだが、
ベタニアでのそれは、深い尊敬を込めた礼拝を表現している行いで、
以前のような品位を下げたものではなく、
むしろもっと親密さを感じさせるものだ。

自分のあがないの曙の時からマリアはたくさん歩いた。たくさん!

愛が激しい風のように、彼女を“より高く、より先へ”と引きつけた。
火のような愛が彼女を焼いて、不潔の肉体を破壊し、
清められた魂が彼女のあるじとなった。

そしてマリアは、
その服、装飾、眼差し、態度、言葉において、
いま、
私の母のように素朴で新しくなった・・・。


私の“小さな声”であるあなた(幻視者のこと)・・・

自分自身に、また多くの人に伝えよ。

自分が罪深いと感じてしまって、私のところに来る“勇気”のない霊魂たちに伝えよ。


マグダラの4(とあるストリートレディ)image
       (1に書いた、現代の“祈るストリート・ガールたち”・・・彼女たちにはきっと、
        この勇気があったのだろう)


多く愛する人、私を多く愛している人には多く、多く、多く赦される。


“あなたたちは、
救い主にどんなに愛されているかを知らない”


だが、おいで・・・。
信頼と勇気を携えて・・・。

私はあなたたちに、心と腕を開いているから・・・。


私は
“汚されたことのない清さをもって私を愛している人と、
恩寵に新たに生まれた心の真実な痛悔をもって私を愛する人とを差別しない”


これをいつまでも心にとめるように。

さあ、平和に行きなさい。
あなたを祝福する」




マグダラのマリアはこの後、
マルタを超えた・・・とキリストが口にするほど
めざましい霊性の発達を見せていきます。
でも、途上では、
とある“美しい女性の清らかさ”を知って嘆くという
人間臭さも見せたりもします・。


(マグダラのマリアの信じる姿勢がどうだったかは
ラザロの復活や、あの3日3晩の過ごし方あたりが圧巻です。
あともう少し、以降に続けてみます・・・)



   「神は“突然の回心”を要求することはない。
   人間の心から絶対的なことを無理に要求しない。
   神は待つことを知っている」

                    ―――by 幻視のなかのキリスト―――



*****

こんなものを読めば、
「へっ」と言う気持ちになる人はたくさんいるだろう。
だから“逆らいのしるし”なのかもしれないが・・・。

ただ、語られて、言わんとしていることはよく分かる感だ。

たとえば今の世界、日本・・・
どれほどの男女が知らず知らずのうちに
曲解された性の虜になっているのだろう・・・と想う。

英雄、色を好む・・・と言われたりするが、
これは、“英雄”となる者が男にしろ女にしろ
“色”になる者を道具に見立てる文言にも思える。

これを称賛する世界が続くなら、
ましてや、性をお金や儀式で用いるだけなら、
男女が真の意味で互いに尊敬しあうことにはならないだろう。


     マグダラの4(とあるお金)image



良く愛するならば、おそらく
相手になる人のことを“とても大事”に想えるだろうから・・・。


*****



余談:上記には関係ないが、ちょっとしたことで
ほんわかする「昔の報道写真」を見た。

マグダラの4(修飾画アフガンにて)image


こうした場面が戦場でなく、ありふれた奇跡のように、
社会の日常でもっとたくさん、ごく普通に起きている情景・・・
そんなものを見ていたい。


はじけるような笑顔。

マグダラの4(修飾用画像笑顔)image


マグダラの4(修飾画子供の笑顔)image



取り外された垣根とかも・・・w。

マグダラの4(修飾用それとなく友達)image


「マグダラのマリア」3・・・マルタが語った“彼女”の様子・・・など

Posted by 世羽 on 17.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
先日のAPEC・・・。
日本のトップは他国より「ワンランク下」の部屋に通されて習氏に会い、
米・露・韓国の政治的トップは“赤系の服”
日本の政治的トップが“青系”を着た。
そして「仲間はずれ」と報道するメディアもあった。

しかし、
京劇などで忠義を示す表現として「顔を赤色」に塗りたくるように、
かの国の赤色には確かに「忠義」の意がある。

選択の好みもあったと思うが・・・
結果的に日本のトップの身につけた服が、
いまはまだ信用しかねる国に尾っぽをふらない
「霊的でもある“青”色になったのは、
政治家個人の出来・不出来を超えた「視えざる力」“主張”にも映る。

一方、その「赤の意味」を持つ国の党機関紙
『中国民衆は沖縄独立を支持せよ』と煽り、
中国は大洋への進出の足がかりとして本気で沖縄を狙っている。
しかも、その思想浸透が著しい日本の南・・・。

折りもおり、
背景が色々あって公安にマークされるほど親中
皇室に対して嫌悪感を抱くことで知られる方が
「長」に選出された。
自然保護を名目にしたかもしれないが、かなり危うい。
この時期ついに、「日本の護り」から旅立つことを選んだ気配も。

さて、今後どうなっていくのか・・・。

マグダラの3(修飾用画像)image



一連のつづきです・・・



マルタが語った“彼女”の様子


“事件の場”から逃げ去ったマグダラのマリア
それまで疎遠だったベタニアの実家にいる“姉マルタ”に使いを出し、
自分のところへ来てくれるように頼みます。

嬉々として妹のところへ出向いたマルタからは
兄ラザロに手紙が出され、文面には
「希望が見える・・・」と嬉しい言葉がつづられていました。

     マグダラの3(中世のベタニア辺り)image
     (ちなみに、中世のベタニア辺りの名残)


しかし、

しばらくマリアの家に滞在しているあいだに
マルタには「そうでもない状態」が、わかってきます。

そして思いあまったマルタは、
当時カファルナウムにいたイエスのもとを訪れて
泣きながら現状を訴えます。


    マグダラの3(capernamap)image

  マグダラの3(SeaGalilee周辺)image


「先生、いまはもう何もかもダメです。
いえ、そうとも言えない・・・。
なぜって、いまの彼女はむしろ
自分のそばに男がいると耐えられない。
それは、以前と変わっています。


けれど、いつもとても悪い状態で、
私には“気が狂った”とさえ思えるほどです。


以前は多少なりとも彼女を理解していると思っていました。
でもいまは・・・誰が彼女を理解できるでしょう・・・・」


「さあ、落ち着いて!」

(この言葉につづいて)

「もう男の人が自分のそばに居るのを見たくない・・・。
それは非常に善いことです。
悪い交際からの“誘惑”を避けたいとか、罪に至らしめる交際を“避けたい”と思うのは
善意のしるしですから」


(といった内容でイエスが詳しく話すが、そこらはちょっと飛ばし、
マルタがマリアの様子を話しをつづる)

「マリアは私が来てからというもの、
舟で湖に行くためにも庭から出ませんでした。
彼女の乳母が言うには『そんな状態はずいぶん前からだった』
・・・とのことで。


変化は過越祭のころからあったようです。
だからといって、幾人かの人たちが彼女に逢いにやってきたとき、
それら全部を断ったわけでもなかったようです。


誰も通さないように命令して、
それをいつも守るように言っておきながら、
とある客人の声を聞くと彼女は玄関にすっ飛んで行って、
その男がもう帰ってしまったと聞いた途端に憤って
僕たちを打つこともあったようです。


私が来てからはそんなことはありませんでしたが・・・。

私が来た最初の夜、彼女はこんなふうに言いました。

『私を止めてちょうだい。
必要なら縛ってもいい。
あなたと乳母以外は、誰も私に会わせないで。

私は病人、治りたい・・・。

私のところに来る人たちや、私を連れだそうとする人たちは
熱病の“ため池”のよう。
あいつらは、私の病気をますます悪くするのよ。

だけど、上辺を見れば、あいつらは美しい・・・。

彼らは綺麗に咲いた花。姿の良い実・・・
私が我慢できないほどに・・・。

私は不幸で、哀れな者。

マルタ・・・あなたの妹は弱い女です。
そしてあの人たちは、私のその弱さを利用して、
のちに告白できないほどの“恥ずかしいこと”をさせる』
・・・・」


     マグダラの3(取り乱す)image


(マルタはマリアが言うとおりにし、
ときおり襲ってくる非常に激しい誘惑の時には、
野獣のような状態になってしまう彼女を抑えたりしている)


「“その時”が過ぎると
『ゆるして、ゆるして』と、マリアは私に泣き嘆きました」


     マグダラの3(涙を流して)image


「なんで“許して”などと言うの?
あなたが私を苦しめたことなんかない・・・」と私が言うと



『ちょっと前だったか、昨日の晩だったか
“あなたはここから出てはいけない”・・・と言われた。
私はあなたを心の中で憎んで、呪って、
マルタなんか死ねばいい!・・・と望んだのよ』
・・・と」


    マグダラの3(混乱中)image


「主よ、マリアは気が狂ってしまったのでしょうか。
そうでなければ、誰かが
彼女を自分の邪欲の奴隷にするために“媚薬”でも飲ませて、
その薬が頭にのぼってしまったんでしょうか」


「いや、媚薬ではない。狂気でもない。
他のことです。
話しをつづけて・・・」


「彼女は、私には尊敬深く、言うこともよく聞きます。
いまは僕たちも虐待していません。

ただ、あなたのことについて知りたいと言わなくなりました。

むしろ、それに触れると
すぐに話題を変えてしまいます。


ときに、眩しくて眼が痛くなるほど何時間も湖を眺めたりして、
そこを通る舟があると
『あれは、あの“ガラリア人の漁師たち”のものでしょうか』
などと言うのに、
あなたのお名前や使徒のみなさんのお名前は、決して口にしないのです。


でも私には、
ペトロの舟におられるはずのあなたのことを考えているのがわかります。
それは、散歩をしていたり、
私が何か縫い物をしていて、そのとき彼女が何もしていないときなどに突然、
『じゃあ、あなたが信じようとしている教えに従えば、
このように生きるべきなの?』
などと、聞いてきたりするからです。


そして泣いたり、気が狂ったかのような、
悪魔みたいな皮肉な笑い方をしたり・・・。


ときに一方で、
いつも芸術的に結いあげている髪をほどいて二つのお下げにし、
私の服を着て、そのお下げを肩の前とか後ろに持って来たかと思うと
慎み深く襟を首までしめて、
服や髪の毛、そして顔を表情を変えて処女のように装って言うのです。


『では、私がこんなものになるべき?』とか。

そして

私たち姉妹の「母」の誇りでもあった艶のある髪、
その、膝まであるお下げ髪に口づけしたかと思うと、
あの嫌な笑いをしながら


『あるいは・・・。むしろご覧なさいよ!
こうして
(お下げを首で交差させて首をしめるふりをして)・・・
私のような邪魔者なんか、亡くしてしまう!』


そう言いながら、
我が身を絞め殺そうとするかのように紫色になるまで絞めるのです」


  (略すが、他のさらに狂った行動がいくつも語られている)

「そしてこんなことも私に言って・・・

『私のために憐れみはあり得ない!私は度を過ごしてしまった!!!

どうして・・・どうして?

私を引き裂くこの怪物が私のなかにいるのか。
彼は私に平和をゆるさない。


優しい快い歌声で私を悪へ引き込んで、
その声に、私の悪口を言うお父さんやお母さん
そしてあなたたちの声を合わせるのよ。


なぜって、あなたもラザロも私を呪っているし
イスラエルが私を呪っているからよ!!!』
・・・」


   マグダラの3(マリアマグダレナ御像)image



キリストがマルタに話したこと


(ここで、上のマリアの言葉にマルタが言い返し、
あとでキリストに注意されている。
マルタに話したいだけ話させてから、キリストが言う)


「マルタ・・・私がいつか、あなたに言った言葉を覚えていますか?
マリアは病人です。
あなたはその時信じようとしなかったが、
いまは自分の目で見ているでしょう?


そして彼女は気が狂ったと言っている。
しかも、彼女自身が、罪の熱病で病んでいると言っている。


その代わりに私は言う。
悪に憑かれて病気であると・・・。
これこそ、ひとつの病気なのです。

あのような矛盾、狂乱、ときどきの涙、
落胆と同時に私への口にしない思いなどは、
回復時に“一番激しい危機”を感じさせる、
この病気の“経過”にほかなりません。

彼女に対して愛情深くいること、これこそ善いことです。
堪忍袋の緒を切らないように。

彼女に、私のことを話すのも善いことです。
彼女の前で私の名前を口にすることに嫌気を感じないように」


(マルタは内心、
破廉恥な“その時のマリア”の前でキリストのことを出すと
聖なる者を汚す・・・かのように思えて“嫌気”を感じていたが、それを視ぬかれた)

「彼女の哀れな霊魂!
彼女の霊魂も、あなたやラザロ、使徒や弟子たちの霊魂と同じように
創造主の父から出たものです。


それは、
私が肉体となって救いたい“多くの霊魂たち”のなかに、
すでに含まれ、眺められています」


(たくさんの語りがあるが飛ばす)

「あなたは心配するな。
人が善に来る“望み”を抱いているとき、
獲物を失うだろう悪魔的なものにその望みを妨げられ、
いまだ人間的に考えて、
自分を“人間的に評価する”という自我的な敵に邪魔されていても
その人はすでに、悪徳と悪人の攻撃に対して強くなっている。


その人は、(道標となる)北極星を見つけた・・・
もう彷徨うことはない。


『神のことを考えないで、なぜ何故イスラエルのことを考えたりするのか』
などとも言わないで。
それは含蓄のある咎めではあるが、そのようなことはするな。


彼女は炎から出たばかりの人で、傷だらけの人です。
優しさ、許し、希望の香料でなければ彼女にふれるな。
私のところへ自由に来られるようにしなさい」


(飛ばす)

「・・・彼女を待ちなさい・・・

彼女は“憐れみ”によって屈服させられるでしょう。


なぜなら私は“いま”、彼女がとどめている罪を彼女から引き抜く。

そうしたら、ちょっとのあいだ、
すべての血が採られた人のように、
医者が骨を引き抜いた人のようになるでしょう。

しかしのちに回復して、彼女自身が、
“起こったこと”に驚くでしょう。

いまから彼女には、“大いに愛されること”と“沈黙”とが必要になる。

あなたは彼女の“もう一人の守護の天使”のように、
自分の存在を感じさせないで、良く護りなさい。


     マグダラの3(マリアとマルタ)image


彼女が泣いているなら、そのまま泣かせておきなさい。

自分自身にいろいろ質問しているのを耳にしても、
そのままにしておきなさい。


微笑んだり、突然難しい顔をしたり、
変わった目や顔つきで微笑んでいるのを見たら、
それを問い質したりせずに、人前で窮屈な思いをさせないようにしなさい。

昇っている“いま”は、下っていた時よりも苦しんでいます。

下っていたときにあなたちの眼差しを堪え忍べなかったのは
あなたたちの目に咎めがあったからです。

しかしいまは、とうとう目覚めた恥ずかしさで、
こんどはまた、あなたたちの眼差しを耐え忍べない。


前のときには、
自分の主人だったサタンを強く感じて世間に挑戦できたが、
それでもその時には、
自分の“罪の生活”をあなたたちに見られるのが耐えられなかった。

いまはもう、彼女の主人はサタンではなくなった。

彼はまだ、彼女の“客”になっているが、
マリアの意志で喉を捕えられている。

そして、まだ私を持っていないので、彼女は弱い。

救い主にいつか告解するとき、
姉であるあなたの目の愛撫さえ忍べないでしょう。


彼女はすべての精力を、7つの形をとっている悪魔の喉をしめるのに使っています。

だから彼女は、ほかのことすべてに対して無防備で、裸同然ですが、
私は彼女に“新しい服”を着せて強めます。


マルタ平和にお帰りなさい。
そして明日の夕方、私がここカファルナウムの泉の小川のそばで、
皆に話すと優しく伝えなさい。


さあどうぞ、平和に行きなさい、
あなたを祝福します」


(こう言われたマルタだが、本当にそうなるのか不安だった)

「ちょっとでも彼女に力を与えるようなものを、私にください・・・。
そしたらそれを、マリアに渡します。
彼女はとても苦しんでいますから・・・。
私は彼女が悪魔に打ち勝てないのではないかと恐れています」


「あなたは赤ちゃんみたいですね。
マリアは、私とあなたを持っているのに・・・。
成功しないことがあり得るでしょうか。


それではここにいらっしゃい。
私の渡すものをもらいなさい。


罪を犯したことのない、優しく憐れみ深く、
敬虔でよく働いたあなたの手を私に・・・。


この手は「愛と祈り」の行いしかなかった。
この手は怠惰を知らず、汚されたことがない。

ご覧・・・その手を、私の手のなかに取っている。



     マグダラの3(手)image


この手を、悪魔に対してあげよう。
そうしたら、悪魔は堪え忍べない。

そして、私のこの革帯を受け取りなさい。

これをいつまでも離さず、
これを見るたびに、自分自身に向かってこう言いなさい。

『イエスの身につけていたこの革帯よりも“イエスの力”が強く、
この“力”をもってすべてに打ち勝つことができる。
悪魔たちと怪物たちよ、私は恐れる必要はない』


満足ですか?

私の平和があなたとともにありますように。
安心して行きなさい」



マルタはイエズスの前に伏してから部屋を出た。


“マルタの侍女”が門まで寄こした車に乗って“マグダラへ戻るマルタ”を見ながら
イエスが微笑んでいる・・・。


マグダラの3(マルタ)image
 (ちなみに、美術としてのマルタ)


(このあと、幻視者には
上記のヴィジョンの霊的な解説が語られている・・・)


そこから一文・・・。

「愛である神が、あなたたちのなかにいるなら、
自分のところへやって来る人々に、
どのような“愛の言葉”を言うべきか
容易に見つかるだろう」



(次回につづく・・・)





人に似たことをする動物を
人はごく自然に“可愛い”・・・と感じる。


マグダラの3(修飾用画像2)image



・・・大いなる「何か」もそうだったりして?・・・と
気ままに想いを馳せる。


     マグダラの3(修飾用3)image



今年も残り少なくなってきました・・・。
これからも、みなさんの日々が素敵なものでありますように。


マグダラの3(朝霧の湖)image


「マグダラのマリア」2・・・いくつかの逸話

Posted by 世羽 on 13.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
増税の可否は判断がけっこう難しい。正直、一概に言い難い。

そんな中、日本人「消費税10%は仕方ない!!!」「8%より計算しやすい!!」
という見出しのスレが流れていて・・・。

1 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/11/04(火) 18:44:16.82 ID:5DFq9G5I0.net
この国は義務教育からマジで見直すべきだわ
頭悪すぎだろ


7 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/11/04(火) 18:46:33.30 ID:4y8zqSvM0.net
0%にしろよ

52 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/11/04(火) 18:58:44.36 ID:NORIQ0AF0.net
ジュースの自販機はまた10円値上げするの?

81 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/11/04(火) 19:04:28.09 ID:nzjLHeVP0.net
>>52
10%に対応するために110円になったはずなのにな

75 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/11/04(火) 19:03:39.48 ID:bVvfrxba0.net
一万円で物買うと千円消費税で取られるんだぜwww
正気の沙汰じゃないだろwww


リアルな「庶民の声」・・・w。


マグダラの2(修飾用)image


幻視にもとづく「前記事」のつづき


マルタが聞いたこと

ティベリア湖での出来事からしばらく経つあいだに
ラザロとマルタは、ときには涙を流しながら
身内の「痛み」となっているマグダラのマリアへの想いを少しずつ
キリストに吐露しています。

そんなたくさんの情景のなかの1場面で
妹を想って泣くマルタに、キリストがこんなことを言います。

「・・・泣くための理由はたくさんあります。
涙を貴重なものとする理由もたくさん。
でも“この理由”のために泣くとは・・・。
ああ、マルタ、あなたは
私が誰であるかを知らないかのようです。


あなたが知ってのとおり
私は人の姿をしていますが、私の心は神的であって
神的に行動します。


彼女の好きなようにさせておきなさい。
彼女が私をからかいに来たとしても、繰り返し言いますが
好きにさせなさい。
これは、彼女のことをさしているのではありません。
彼女を捕らえ、
彼女を混乱、不安の道具にしているものがあるのです。


しかし、ここに
彼女の“主人”よりも力強いものがいます。


その戦いはいま、
直に“彼”と私のあいだのものです。
あなたは祈り、許し、忍耐し、そして信じなさい。これだけです」



マグダラの2(マルタと)image



一方、マグダラのマリアはというと、
先般、湖上で見た人物が、巷で話題になっている「イエス」と知ったのか
こっそり、その様子を見に来ていたふしがありました。


そして・・・さらに。


山上での話しが終わりに近づいたころ


キリストはまず、幻視者(Valtorta)にこう告げています。

「いま、視ているところを書きなさい。
これは、私が誰にでも与えるもの、
だが、何より
この罪の女のなかに“自分自身を見る女たち”に与える
憐れみの福音である。
私は特に、このような女たちに、あがないの
(神に向かう)道を
(マグダラの)マリアについて来るよう招く」

(そんな場面の概要は以下のとおり)

時はパレスチナが春の装いをするころ。
辺りは花の盛りの季節でした。

キリストは山地に、それも二つの谷のあいだに位置する
孤立した丘の上・・・
“駱駝のこぶ”の型をした丘の頂上から少し離れた
半円形の開けた場所にいます。

キリストは、そこにある大きな岩の上に立ち
多くの人々に向かって話しています。


マグダラの2(山上の垂訓画ボッティチェリ)image


話しは、あの有名な「山上の垂訓」でした。

それが終わりに近づいたころ、群衆後方がざわめき始め、
キリストはいったん話しを止めます。

そして声が・・・。

「下郎ども、道を開けろ!」
「お通りになる“美の女神”に道を譲れ!」


マグダラのマリアが、
ローマ人と思しき1人を含む4人の着飾った男たちの“手車”に乗せられて
やってきたのです。

黄金の板に真珠をちりばめた髪飾りをし、黄金の髪をなびかせ、
とても美しい口が笑っています。

頭にある飾り物が、
肌を顕わにした真っ白な首にかかる幾重もの三つ編みの束の下、
耳の後ろで留められています。
(飾りは額にもかかっている)

       (こんな感じかもしれない)
       マグダラの2(髪飾りとか)image


顕わになった肌は首にとどまらず
背中は肩胛骨の辺りまで裸同様、胸のほうはそれ以上。

まとっていた衣服は、両肩で金の鎖で留められた袖のないもので、
肌を強い日差しから保護するためなのか、
身体すべてが“薄手のヴェール”で覆われていました。

彼女は自分の崇拝者たちに身体をあずけ、
特に、お気に入りと思われるローマ人の男の肩に
頭をもたせかけています。

「これで、女神はご満足なさったでしょう。
ローマが新しいヴィーナスの乗り物となって、
あなたが見たかったアポロ(イエス)がそこにいる。

さあ、彼を誘惑なさい。
だが、あなたの愛撫の残りを私たちにも残しておいて・・・」


マリアは笑い、挑発的に地面に飛び降りると、
金の留め金のついたサンダルを履いたすねと足を見せます。

真っ白で、薄いヴェールのような服・・・
それが、腰の低い位置で、“金の鋲”を打った帯で締めてあります。


そのいでたちはまるで、
群衆のいた広場辺りに群生して咲いていた
野性のスズランと水仙のなかに、
魔法で現れた“肉体の花”でした。

彼女の胸は広く、胴は柔らかく華奢な感じで、
ローマの男が言うように“彫刻された女神”のようで、
その容姿は、どんな絵描きにも彫刻家にも満足を与えるような
魅惑に満ちたものでした。

マグダラのマリアはイエスが自分へと眼差しを向けたとき、
臆することなく見つめ返し、
ふざけた調子で、しかも幾分、憤ったかのような語調で、
ヴェールを持ち上げながら男たちに言います。

「私の“清さ”をもっと尊敬しなさい」

4人の男がどっと笑います。

群衆はそんな不意の出来事に
どう対処していいかわからなくなっているようでした。


マグダラの2(当時の娼婦のような)image


イエスは聴衆に眼を戻すと、話しをつづけます。

(そこから抜粋・・・)

(略)・・・・人々を愛しなさいと、私は言いました。
また、許しは遺恨よりも役立つもので、
同情は厳格であるよりも良い・・・と言いました。


そしていま、こう言います。

非難しようとする罪が『自分の中にもある』と意識するなら、
とりわけこの時には、他人の“悪さ”を弾劾すべきではない・・・と。

皆に対して非常に厳しく、自分自身に対してそうではない律法学士や
ファリサイ人たちのようにはするな。

彼らはうわずら的で、外側しか汚さないものを“不浄”と呼び、
同時に、心の一番深いところで“不潔”を抱いています」



このあと、いろいろな話しが続けられていますが
そのなかの、“マグダラのマリアに的を絞った内容”を取り上げてみると・・・。

「姦通の巣はどこにあるのか。
多くの処女たちの腐敗はどこから来るのか。
多くの場合、それは金です。
健康、身体の力は、人が自分の家族のために働くように与えられているのであって、
不浄な獣以下になる“不浄の交配”のためではありません。


・・・(略)・・・

「色情で女を見る人、また心で男を望んだ女は
これだけでも、もう自分の心のなかに姦通を行った・・・と私は言います。
邪淫は“どんな理由”をもっても、弁解されません。
“どんな理由”でも・・・夫に見捨てられた女に対しての同情のためとかでも。

あなたたちには、1人だけの霊魂があります。
その霊魂が忠実の契約をもって他の霊魂に結ばれているときには
偽ってはいけない。
そうでなければ、あなたたちは罪を犯している。
あの美しい身体が、
あなたたちの不浄の霊魂と共に、尽きることのない焔のほうへ向かう。


おまえたち金持ちよ(マグダラのマリアの一行)、人間に戻れ。
天に嫌悪されないように真人間に戻れ」



マグダラの2(山上の垂訓画)image



当初、誘惑の心をもって皮肉な顔で聞いていたマリアでしたが、
この言葉の終わりごろには
薄笑いを浮かべながら、憤慨で真っ黒になる・・・。

自分のほうを見ないでいても、
イエスが「自分に話している」とわかったからです。

彼女の怒りは暗く、反逆的になり、いてもたってもいられなくなりました。

ついにマグダラのマリアは、意地悪気な雰囲気でヴェールに身を包むと、
小道の端に衣服の一部を残して、その場から逃げていきます。


マグダラで・・・


時は過ぎ、キリストと弟子の一行は、
「丘」での一件ののち、長い道のりを経て、
あちこちを巡っていたようです。

とある、埃っぽい4つの道が交差する場所に来たとき、
イエスはためらいもなく北東への道を選びました。

「カファルナウムに戻るのですか?」とペトロ。

「いいえ」とイエス。

「じゃあ、ティベリアでしょう」

「そうでもありません」

「でも、この道はガリラヤの海へ行きますよ。
そこにはカファルナウムとティベリアがあるんじゃ・・・」


するとイエスは、半分まじめで、半分笑うように
「マグダラもあるではないですか」

「え? マグダラ・・・・?」

(当時、マグダラという場所はあまり評判の良いところではなかった)

「はい、マグダラに行きます。
あなたはそこに入るには、あまりに清い・・・とでも思っているのですか?
ああ、ペトロ・ペトロ!
いつかあなたは、私への愛のために
娯楽の町だけではなく、売春宿のような場所にさえも
入るべき時があるでしょう。
キリストが来たのは
もう救われている人々を救うためではなく
亡びる人々を救うためです。


このためにあなたは、シモンではなくケファ(石/岩:未来の教会を指していると思われる)となるべきです。

自分を汚す・・・と、恐れているのですか?

いやいや・・・・ご覧・・・(非常に若いヨハネを指す)
彼だって、そこに入ったからと言って、害を受けるわけではないでしょう。

彼は“望まない”からです。

あなたが望まないように、
あなたの兄弟とヨハネの兄弟が望まないように・・・。


“いまのところ”、あなたたちの誰もが望まないように・・・。

人が望まないあいだは、何の悪いことも起こらない。

しかし、これには力強く、根気よく望まない必要があります。

力と根気は天の父からもらえます。
真実な意向をもって祈れば・・・。

でも、あとでいつか、いま言ったように祈るとはかぎらない。

お前たちのなかで・・・

ユダ・・・自分のことをあまり信頼しないほうがいい。


(略)

傲慢とは、魂の割れ目のようなもので、
そこからサタンが入り込みます。
ユダ、警戒深く謙遜でありなさい・・・」



    マグアラの2(たとえばローマのその道の女)image


一行はマグダラに入ります。

イエスはまるでどこに行くかを知っているかのように
町中を進んでいく・・・。

突然、辺りに叫び声が響き、
それが“とある家”から出ているのがわかったので、
イエスはマテオに様子を見に行かせます。

「先生、喧嘩でした!
男が1人、死にかけています、ユダヤ人です。
傷つけた男は逃げました。そいつはローマ人です。
男の妻と母親と小さな子供たちがやって来ましたが
男は死にかけています」


「行こう」

「でも先生、事件は“妻でない女”の家で起こったんですよ」

「さあ行こう」

住居の開いた門からイエスたちが入る。
長い廊下・・・。
家が長い廊下で二つに分かれているよう。
そこには鉢植えの緑の木、彫刻などが並んでいる。

扉がその廊下に開かれており、泣いている人たちがいました。

イエスは躊躇することなく、そこに入ります。
いつもであればする挨拶をしません。

そこにはイエスを見知った商人もいて
「ナザレトのラビ!」と言って、深い尊敬をこめて挨拶をします。
その男が言いました。

「先生、短刀で心臓を刺されています・・・」

と、そのとき。

倒れている男の傍にひざまづいた格好で、
男の動かない手を持っていた“乱れた白髪まじり”の女が立ち上がり、
気が狂ったかのように叫びます。

「あの女のせいだ。
あの女が、私の息子を悪魔に変えた・・・。
息子にはもう、母も妻も子供もなかった!
悪魔め、おまえは地獄行きだ」


イエスは、震えながら訴えるその女が“指さしたほう”へ眼をやります。

そこに、濃い赤色の壁を背にして、
隅っこにしゃがみこんでいるマグダラのマリアがいました。

身体の半分は何も着ていないような半裸状態で、
上半身にビーズのような円い小さなものを編みあげたものを
つけている・・・。

イエスは動じもせずに眼を下げます。

マリアはその、あまりのイエスの“無関心さ”にムチで打たれたかのようになり、
わざとらしい仕草をとって、うずくまっていたところから立ち上がりました。

「夫人よ」イエスが(倒れている男)の母に声をかけます。

「人を呪ってはいけない。
答えなさい。なぜ、あなたの息子はこの家にいたのかを」


「さっき言ったとおりです。あの女が彼を気が狂ったように変えてしまった・・・」

「ちょっと黙って。
彼も罪を犯した姦通者で、
罪のない小さな子供たちにふさわしくない父親です。
ならば、彼だって罰に値するでしょう。


この世でも、ほかの世でも
“痛悔しない人のために憐れみはない”・・・。
しかし、婦人よ、
私はあなたと、この罪のない子供たちの苦しみを憐れみます。
あなたの家は遠いのですか」


「100メートルくらいです」

「ではあの男を持ち上げて家に運びなさい」

「先生そんなことできません」商人のヨゼフが口を挾む。
「いま、死ぬところですよ」

「私の言うとおりにしなさい」

臨終間際の男は板に乗せられて自宅へと運ばれていく。

その家の庭に入るとすぐ
イエスはまた、男の母に向かってこう言います。

「あなたは許せますか?
あなたが許すならば、神も許します。
恵み
(以下に出てくる)を得るために、心を良くするべきです。

この人は罪を犯し、また続いて罪を犯すでしょう。
実を言えば、この人にとっていま死んだほうがいい。

なぜなら、生きればまた罪に落ちて、
いま自分を救う神に、感謝のなかったことも問われるでしょうから。


(伏線だが、キリストの十字架の道行きのとき、
実はこの男がトンデモないことをする。それをすでにわかっていて
キリストはこう言っている)

しかし(このままに捨て置くなら)、

あなたと、この罪のない人たち(妻と小さい子供たち)
あまりの落胆、失望に陥るでしょう。
私は亡ぼすためではなく、救うために来たのです。


男よ。私はお前に言う。

治れ、立ちなさい

「・・・・・・・」

すると男に命が戻り、家族たちを見て恥ずかしそうに頭を垂れる。


「子よ、子よ」と、男の母が叫んで言います。

「この方に救われなかったら、あなたは死ぬところだった。
反省しなさい。
あんな“悪女”のために理性を失うな・・・」


イエスが老女の言葉を遮ります。

「婦人よ、黙りなさい!
あなたに対して与えられた“憐れみ”、
その憐れみを、あなたも他人に与えなさい。


いつも神の現存の証である奇跡によって、この家が聖別されたのだ・・・。

このために私は、あの“罪の家”で奇跡を行わなかった。

この人(男)がそうしないとしても、
あなたは、この家に聖別が残るようにしなさい。
いまは彼を治療させなさい。


     
     
     

彼がちょっとばかり苦しむのも善いことです。

婦人よ、良い人でありなさい。
そしてあなたも、小さいお前たちも・・・。


   〔イエスは二人の女(男の母と妻)と小さい子供たちの頭に手を置く〕


さようなら・・・」



マグダラのマリアは、この家にまで着いてきていたようです。

彼女の前をイエスがゆっくり通り過ぎて行きます。

それはまるで、
彼女に“何らかのチャンス”を与えるためのようでしたが、
彼女は何もしません。

イエスに追いついたペトロが、そんなマリアに向かって、
いまの彼女の状況にふさわしい“辛辣な言葉”を吐き捨てます。
しかし彼女は、むしろ勝ち誇ったかのように
「は、は、は」と笑い出しました。

そして、ペトロの言葉を聞いたイエスはというと
振り向いて厳しく言います。

「ペトロ!
私は誰も侮辱しない。
誰も軽蔑するな!
罪人のために祈れ!」


それを聞いたマリアの笑い声がとぎれます。
そして彼女はうなだれ、自分の家に逃げ帰ってしまうのです。

(次回につづく・・・)


      マグダラの2(イエズスの肖像)image



詳細なヴィジョン、これらは日時を変えて場面ごとに少しずつ与えられたものだが、
すべてが一切の推敲なしに、また一度も書き直しもせずに、
書き記されていた事実が明らかになっている。
で、研究者たちが言う。
「ヴィジョンを視たにせよ、それをこれほど詳細に覚えているとは・・・
この人智を超えた“記憶力”・・・それだけでも世の不思議に値する」
と。


マグダラの2(元本)image




人だもの、「マグダラのマリア」でなくたって、
生きていれば誰でもめげる時は多々ある。

だが、それをいつまでもひきずらない・・・それはある意味、生きる勇気・・・。



マグダラ2(修飾用海と月)image




そして余談の・・・文末付録:猫飼いなら、何気にわかる・・・昔のコピペから・・・。

300 名前:ななしのいるせいかつ[sage] 投稿日:2008/08/02(土) 12:26:41
1日留守をしていたらシマシマの無断侵入猫が居た。
どうやら板の間で涼んでいた様子。

こちらの帰宅に気付いて逃亡を図り、
侵入口とおぼしき小窓の下の洗面台へジャンプ!
失敗。
1mもない洗面台なのだが、慌てているせいか何度も足を滑らせ落下。
何度めかの落下時、しりもちをついてしまい立てなくなった様子。

しばらくじっとしていたが、ゆっくりこちらを見て

「うなんな」

何だ「うなんな」って。

レントゲン撮ったけど何ともないじゃないか。
5000円かかったぞ。痛かっただけかよ。
その痛かった板の間で、なんで今も涼んでるんだよ。何か言えよ。

「うなんな」

だから「うなんな」って何なんだよ。


マグダラの2(修飾用2)image



「マグダラのマリア」・・・

Posted by 世羽 on 10.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
「中国漁民に最も人道的な対応をしているのは日本だ」・・・と
中国メディアが報道している。喜ぶべきか、憂うるべきか・・・微妙w。

小笠原辺りの状況への心境を語る「巷」の弁・・・。

391 :名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/11/07(金) 23:15:51.90 ID:xeAWxtll0
撃沈?拿捕? やれるものならやってみろ的な空気感じる
なんなんだこの虚しさ


492 :名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/11/07(金) 23:54:12.74 ID:+ioCW2/H0
もはや神風も見放した。
いくら神風を吹かそうと日本人が「逃げて逃げて」ではな


493 :名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/11/07(金) 23:54:48.03 ID:DVcERBrq0
元寇の時に神風が吹いたのは
祖先たちが一丸となって立ち向かったから吹いたのだ
何もしないでパニック起こしてるだけの今の我々に
神様が奇跡をお示しになられるはずがなかろう


こっちも・・・わかるw。

マグダラの(資料galilee boat)image



ここのところ、ちょっと想っていることがありました。
それは、世間の春をひさいだりする人々のことで。

そうなったのには、いくつもの異なる理由があってのことでしょう。

しかし、ときにはそこから
悲しい事件も多々起きたりしています。

さらに最近、巷では
世の既婚女性が、家庭に不満はないけれどアヴァンチュールをしたい・・・と
仲間とアリバイ工作をしてまで
余所の殿方に身をまかす現実も起きているとか。


で、「マグダラのマリア」の話しを持ち出してみたくなり、
ときおりご紹介する『IL POEMA DELL’ UOMO-DIO』から
“かいつまんで”独自に書き起こしてみます。

で、その前に・・・。

(これまでも、同様のことをお伝えしてありますが、一応、念のため)

ここで、お伝えする幻視にも、さまざまな論評・批評があります。
一時期は禁書扱いでしたし・・・。

ただ、その一方で、並行して研究が進み
聖書学の第1人者として知られるアウグスチノ・ベア
「聖書解釈の面からしても、これは注目に値し、誤謬をみつけたことがない」
と言わしめたことで知られています。

また、イスラエル(ユダヤ教)の学者たち
聖書の時代の地理的な地図を作製するおり
過去の数多の文献や歴史資料を調べても不確定だった場所が、
現代になってからの新たな調査で、
この幻視に基づく通りだった事実が
少なくとも5箇所のケースでみつかったことが知られています。

そんな幻視が物語るのは、
この世に現れたとされる「キリストの生涯」にまつわるもので
現在の福音書を補完するような隠れた話、
当時の人々と、キリストとの知られざるエピソードです。

それはつまり

「イエスが行われたことは、このほかにも多いが、
一つひとつ記したなら
全世界さえも、その書かれた本を入れることができないと
わたしは思う」
(ヨハネ21・25)

・・・とあるように・・・

その「記載されていない部分」のいくばくかを、
この幻視は伝えている・・・と言わしめるゆえんです。

そして、幻視のなかでキリストがこんなことを言っています。

「現在も、20世紀前と同じように、
私が相手にして話す人々のうちには反対する者たちがいるだろう。
そして、私はふたたび逆らいの印となる。
・・・善意の人々は、
ベトレヘムの羊飼いたちと素朴な人々の反応を感じるだろうが
ある人たちは、
あの時代の律法学士、ファイサイ人、サドカイ人、
司祭たちと同じ悪意を表すだろう・・・」


そんなことを踏まえたうえで・・・。

ここでは、信じるとか、信じないとかの意味ではなく
「こんな話しもある」・・・程度でお読みいただければと思います。



「マグダラのマリア」


およその人物像

マグダラのマリア・・・
この名前を、クリスチャンでなくとも
どこかで聞いたことがある方はけっこうおられると思います。

近年では、この女性がキリストの妻だった・・・と紹介されたりして
『ダヴィンチ・コード』をはじめ、類似の内容を示唆する書籍が出ています。
さらに、『マグダラの書』などをはじめ、
内容の異なるニューエイジ系の関連本があるのも、ご存じと思います。

一方、この幻視では
それらとはまったく「別の姿」が浮かんできます。

彼女は一時、ローマやギリシアで見られたような高級娼婦のような存在でした。


マグダラの(資料ギリシアあたりの高級娼婦)image


美の追究と、放蕩と淫欲に身をまかせた彼女が
キリストとどこで、どのように出合い、
どのようにその生き方が変わっていったか・・・
また、著しい心の変化を遂げた彼女が
「キリストの磔」から「復活の栄光の身体」に遭遇するまでの
12使徒たちでさえ心が揺らいでいた“その時期”に、
聖母マリアとともに英雄的な心情で踏みとどまった様子が
リアルに描かれています。


マグダラのマリアがキリストを初めて見たとき


それはガリラヤティベリア湖(=ガリラヤ湖)・・・。

キリストが宣教の途上、このティベリア湖で
弟子たちと一緒に二隻の小舟に乗っていたときのことでした。

その小舟の周囲には他にも
遊興のために湖に舟を出しているローマ人やギリシア人たち一行の舟が
いくつも通り過ぎていました。


マグダラの(ローマ人の船遊び)image


そのうちの一艘が、戯れのためか否か、
ペトロの操る舟へと、超接近し、危うくぶつかりそうになります。

「命が惜しいなら気をつけろ!!!」ペトロが叫びます。

「ヘブライ人の犬め、道をあけろ!!!」別の舟からはローマ人。

その舟上、ローマ人の膝に金髪の頭を乗せ、
クッションに身をまかせて横になっている“マグダラのマリア”がいました。

互いの舟からの怒声が飛ぶなか、
キリストは何事もないかのように黙って座っています。

その舟のなかへ、なまめかしい笑いとともに一輪の花が投げ込まれました。
ローマの舟に乗っていた女たちのうちの誰かが
そうしたようです。

そして・・・

小舟どうしが離れていくとき、
その舳先にマグダラのマリアが立ち、
他の女たちが指差す方向へ眼をやりました。

その指さす方向にキリストがいたのです。

このとき、ケリオットのユダが彼女をみとめます。

「おい、シモン(熱心者と呼ばれたシモンのこと)。
ローマ人が抱いていたあの美しいブロンドの女、
あの舳先に立った女・・・あれはベタニアのラザロの妹じゃないのか?」


「わたしは知らん」

「ベタニアのラザロを知らないとでも?
彼はあんたの友人だし、先生と一緒に彼の家に行ったのを
わたしは知っているぞ」


「だったら?」

「それなら、ラザロの妹の(注:下記に)、
あの罪の女も、あんたは知っているだろう。
・・・彼女があんな“ふしだら”に生きるようになってから、
人の噂にのぼり、それから10年もたつ。


たとえ4年前にあんたが“死者の谷”(シモンは当時、癩病だった)に居たって、
その噂を知らないはずがない。
エルサレム中が、彼女の噂でもちきりだったんだ。


だから、ラザロはベタニアに引っ込んだのに・・・。

まあ、そうして良かったんだ。
・・・
彼女はいま“マグダラ”にいるんだろ?
誰か新しい恋人と一緒にさ。
おい、答えないのか? 私の言うことが嘘だと言えるか?」


「いや・・・。ただ話したくない」

「だとしたら、あれはやはり“彼女”なんだな。
あんたも彼女だってわかったんだろ?」


「かつて彼女を清らかな少女として見たことがあった。
さっき、久々に眼にしたが、そうだ・・・と思ったのは、
聖女のようだった“彼女の母親”に生き写しだったからだ。
だがいまは、清らかさを失っている」


「それなら、あんたの友人ラザロの妹だって、
どうして言わなかったんだ?」


「わたしたちの傷、愛する人の傷は
できるだけ隠すものだ。
とくに正しい人だったら・・・」


 (注:マグダラのマリアについての聖書の登場箇所および人物の特定
    いまだ確定していない。
    が、この幻視では、それをラザロの妹、
    マリアとマルタのうちのマリアと同一人物である・・・と告げている)


マグダラの(周辺マップ)image


そんなやりとりのあとで、
キリストは舟を岸辺にとめさせて、長い話しをします。

そのなかには、こんなことがひと言ふたこと・・・。


「世間は、それ(世間)を好きな人にとって広く、
美しく、彩りで心を満たすかのように見える。
世間は、腹と感覚にふさわしいすべての花と、すべての実をささげる。


それに対して
私は一つのことしか与えない。聖徳を・・・。
これは、この世で最も狭い、貧しい、険しい、とげだらけの
虐げられるものだ。


この世で聖であることは英雄の苦労である。
そして私は、これしか約束しない」


「わたしはあなたたちに模範を与えよう。
わたしがするようにせよ。
謙遜、柔和、忍耐強くあれ・・・・」


「・・・神は人の心を見る・・・
名前としては神のものでありながら、不信仰者であるな。
神と見られたいがために、黄金と権勢を望む者は神のものではない。
聖であれ! 
そして、永遠において、神に似たものであるように」



一見、これは
マグダラのマリアとまったく関係ない説教中の言葉と思えるかもしれませんが、
おそらく、花・実・・・これは女性のことも表すでしょう。

そしてこれらの言葉は、
彼女に贈られる新しい「生き方」の前触れであるかのようです。


のちにわかりますが、
キリストのすべてを見通す眼はすでに、マグダラのマリアを認知しています。
そして、こののち、兄ラザロや姉マルタの「なんとか、彼女の魂を救ってください」という
心からの願いを聞き入れて、彼女の心を浄めるために少しずつ、
いろいろな場面で彼女を癒し、諭していきます。

それは、強制的なものであったり、一瞬の出来事ではなく、
彼女の心が本当に美しいものとはどういうことか・・・を
彼女自らが知り得るように進んでいきます。


    (つづく・・・)


マグダラの(ステンドグラス肖像)image



*****

遠い昔、知人が又聞いて、それをさらに又聞いた話(w)が
今でも記憶に残っている。

それは、とあるキリスト教圏の国、その路上のことで。
そこに、少なからずの娼婦(売春婦)たちが立っていた・・・と。


マグダラの(現代の春をひさぐ人)image


マグダラの(現代の春をひさぐ人2)image



そしてまた、彼女たちのなかには、そんな生活を送る一方で、
人知れず聖堂で祈っている人もいた・・・と。


知人いわく・・・。

「彼女たちは、自分のしていることを肯定しているわけじゃない。
たとえ、どんな理由から、そうしているとしても
そこには、たとえようのない寂しさと自戒が混在しているんだ。
そこをくんであげたいよ。
彼女たちだって、マグダラのマリアのようになれるんだから・・・」


そんな彼女たちの心の奧には
けっして声としては聞こえなくても、内なる「諭し」が響いていたのかもしれない。


「あなたがたは、自分が神の神殿であり、
 神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか?」

                               (1コリント:3・16)


マグダラの(とある祈り)image

     マグダラの(装飾用)image


「第2列島線」の近くで・・・

Posted by 世羽 on 06.2014 時事ネタ   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
けっこう大きな事が起きているのに
検索をかけてもあまりニュースソースにヒットしないとき、
逆に、別のインパクトを感じる。

小笠原関連(とある情景)image



世界自然遺産のひとつ、小笠原諸島・・・。


小笠原辺り(マップ)image_convert_20141105234851



その小笠原諸島から、伊豆諸島にまで
200隻を上回るけっこうな数の中国漁船団がやってきて
「赤サンゴの密漁」として報道されました。

(これを書いている現時点では台風20号の接近で、
その多くが小笠原の南東のはるか沖へと退避中)

小笠原あたり(密漁)image


識者の方々のなかには
「金銭に目がくらんだ人たちのやっていること」と、
すませている方たちがおられるので

巷ではどちらかというと
「サンゴの保護を!」とか、
「無法な漁業を取り締まれ!」のあたりに
世論がとどまっているようです。

ただもう少し、その裏を見ていくと・・・。



中国の海洋進出

中国という国は、物事を非常に長い目で捉えます。

人民解放軍が「第1・第2列島線」を想定したのは、もうずいぶん以前で、
少しずつ、その通りに事を進めているのは知る人ぞ知ること・・・。


2003年・・・ミン級潜水艦が「大隈海峡」を浮上航行

2004年・・・中国の漢級原子力潜水艦が「日本領海」侵犯
2006年・・・沖縄沖で訓練中の米空母キティーホークの
        わずか8キロのところに中国潜水艦が接近浮上
        自国の軍事力向上をアピールした・・・と言われる。

2010年・・・潜水艦、駆逐艦、フリゲート艦、補給艦など
        10隻と艦載ヘリを含んだ中国連合編隊が
        「沖縄本島と宮古島の間」を太平洋に向けて通過

2014年・・・6月22日午前2時ごろ。
        中国海軍のフリゲート艦など3隻が
        鹿児島県の「大隅海峡」を西に向かって通過。
        2013年8月にも同様の事例があったが、
        国際海峡のため、外国艦艇の航行に国際法上の問題はない・・・
        とされている。


軍事(大隅海峡で)image


軍事(中国軍の動き)image


軍事(中国の動き2)



いくら太平洋に出たり戻ったりするにしても
通告なしに他国の鼻先をわざわざ通るというのは、いただけません。

もし立場が逆だったら、中国は猛烈に抗議するでしょう。


さらに


中国はすでに
沖縄県・尖閣諸島の周辺海域に「海上ブイ」を設置しています。
設置場所は、排他的経済水域(EEZ)境界線の「日中中間線」の日本側で、
国連海洋法条約に違反するものです。

こうなると、国際的な条約とはいったい何なのかと・・・。

まあ、いずれにしても
これらは、中国が
「第1列島線」のクリアを試みていることがわかる出来事です。



少し時間を遡って
2012年7月18日に起きた出来事。
これは、個人的にかなり危機感を覚えたものです。

それは・・・

五島列島、福江島の南にある玉之浦港
前触れなく「106隻」の中国漁船が現れ
入港したときのことです。

「台風回避のための入港」として片づけられてしまいましたが、
そのような避難をするにしても
日中漁業協定からすれば、
中国側の漁船に許される侵入可能水域は
玉之浦港から100㎞も遠方のはずでした。

この入港騒動が起きたとき、
中国船団の監視にあたったのは
海上保安庁の巡視船(150t級)と、巡視艇の各1隻ずつ、計2隻のみ。

当時、玉之浦の人口は1800人
中国側漁船には、数十人の乗組員がいたと推測され、
すると、当時、中国人の総数は、
玉之浦の人口を超えていたかもしれないのです。
それはまさに、中国の一時的な占領にも等しい出来事でした。

ところがこの事件・・・国内では「大事」として扱われませんでした。


小笠原辺り(排他的経済水域)image


これが大きな問題を暗喩していることは、
防衛に携わる人たちや、ある程度良識ある方たちなら
当然わかったはずです。

なぜなら

彼ら漁民のなかに「民兵」が隠れていることは既成の事実で
それが日本の領土内に入っていたのですから・・・。


「中国は、現在、
約30,000隻の“鋼鉄製の商用トロール漁船”(各船10個の機雷搭載可能)
を保有しており、
その他にも約50,000隻の帆船漁船(各船2.5個の機雷搭載可能)がある」


「人民解放軍海軍の種々の基地において
定期的に行われている人民民兵の大きな演習の一部として
機雷敷設用に“漁船”が使われている



上記は、日本の防衛庁が米国の軍事報告書を邦訳したなかにある1文です。

このように、中国では実際に民兵の教育が行われ、
多くの場面で工作員として漁船に乗り込んでいるのは
世界が知る事実です。


で・・・いま

中国が2020年までを目標に、
自国の覇権下に置こうとする「第2列島線」の海域に、
200隻を超える漁船団の不法操業が起きたわけです。


軍事(中国の列島線)image


来ている船団は、ボロボロのものも多く、
一攫千金を目論んでいる漁民がいるのも本当だと思います。

しかし、一方で、
サンゴとは別の目的もある・・・と考えるほうが
むしろ自然でしょう。

第一に、中国ではレーダーを装備した船は
すべて海軍の管理下にあります。
ですから、中国海軍がこの集団の行動を把握していないはずがない。

どこのメディアが、たとえ「密漁だけが目的」・・・と報じようと
そのまま受け取って安心するのは早計に思えます。


小笠原あたり(伊豆諸島へ)image


しかし、こういうことも
多少本気で探っていないと緊迫感が伝わってこないでしょうし
少し先の未来をどうするか・・・という日本人の総意も
定めようがないわけで・・・。

もう少し書いてみると・・・

仮に、海洋の防衛手段のために
日本独自で、また米国と共同で敷設しているはずのSOSUSを使って
他国の潜水艦などの接近に警戒しているとします。
SOSUS:Sound Surveillance System海底に設置されたソナー監視ライン)


     軍事(sosus)image



それらの機器が漁業のトロールを名目に、海底をかっさらわれて
重要な機密が中国に持ち帰られてしまうというのも
起きうることです。

  (日本では、それとは別に高感度地震計なども、
   海底に設置されている)

国防の最前線に立つ自衛隊
実質的に海洋を警備する海保のみなさんは
あらゆることを想定していると思いますが、
何かこう、「日本国」としての動きが見えてきません。

そういう意味で言えば
実に歯がゆいものです。

白樺油田のときもそうですが
いつも後手後手で・・・結局あそこは取られてしまった)


一応、今回の騒動が起きている海域の海の下には、
決して表には出てこなくても
すでに日本国の潜水艦が赴いている・・・のかもしれません。

知られざる攻防は、これまでもたくさん起きていましたから・・・。
(日本海での、あの追跡劇のように)


日本の海洋防衛


ちなみに、海の下だけを取り上げれば・・・。

昔から、日本の潜水艦は決して大きいほうではありませんが
練度が高く、ときには動力を切って、海流に乗って航行したりするので
見つかりにくい・・・ことで知られています。


     軍事(潜水艦いろいろ)image



さらに、

いまはどうかわかりませんが、
水深500メートル以上にありながら射出可能な“深・深度魚雷”を製造した国は、
一時は日本ぐらいだったかと思います。

潜行可能深度が群を抜いているのも有名で
水深900メートルあたりから気づかれないうちに上昇し、
敵国艦船の直下の深い深度から魚雷の発射ができるのですから、
他国の艦船に対しても、それなりの存在感があります。

いざとなったとき、
シーレーン遮断のために使用される
高・耐圧機雷の技術も
日本は並はずれたものを持っていると思います。

ここらに関しては、
かろうじて中国の技術よりも進んでいるかもで、何よりですが、
中国は、日本が“考えない手”を使って揺さぶりをかけてくる・・・。

彼らが擁する漁船が船団を並べて海底をトロールし、
潜水艦が役に立たないようにする訓練もしているのです。


そんななか、

もし、日本に進んだ技術が何もなかったら
あるいは、中国よりはるかに軍備が衰えてしまったら
また、米国と同盟を組んでいなければ・・・

日本がフィリピン、ベトナム、チベットあたりのように
蹂躙される世界が出現していても不思議ではありません。


軍事(戦力比較)image

軍事(JapanChinaUSMilitaryAsia)image


今現在も、洋上の騒ぎとは別に
海のなかで探りをかけているみなさんがいたり
広大な海域を護る任務についている人たちがいる。

そんな、諸々が積み重なった「護り」のなかで
庶民のささやかな日常が、続いている・・・。


現在、中国は、国産の1万トン級海警船を製造しつつあり
進水まで秒読みです。

この1万トン級の警備船・・・
コースト・ガードの域を超えている感で、
海保などからすれば、嬉しくない代物になりそうです。

日本も警備のためには、
せめて海保あたりの船舶数を増やし、
乗員の養成を積極的に推進する必要があって
しかもそれらについて、十分納得を得たうえで
国民が容認できるような風向きにすることこそ急務・・・
と思えてなりません。


“戦わず”して国を護るには、気概はもちろん、
「智慧」も必要です。


だからこそ
周囲を海に囲まれた日本を想い、
ときに
そこで実際に起きていることの「裏事情」を知って
なぜ、いまはまだ海の防衛強化が必要なのか・・・と考えることは
決して無駄ではない・・・そう思います。





遠地の島と言えば、絶賛“噴火中”の西之島の東の島

小笠原関連(西の島の東の新しい島)image



いまはさらに成長してきて・・・
遠い日に、ここもサンゴを抱く島になるのでしょうか・・・・。


小笠原関連(西之島の東の新しい島2)image



そうしたら、いつの日か
小笠原諸島やソロモン諸島のような美しい場所になって、また名所がひとつ・・・。
つくづく、美しいものを「美しい」とだけ言える世界にしたいものです。


     小笠原辺り(上空から)image

小笠原関連(ちなみにソロモン諸島の情景)image



オリオン方面から来た「ドット・マン」最終・・・準備/何処へ

Posted by 世羽 on 02.2014 宇宙と星がらみ   0 comments   0 trackback

一連の話しの最終回です。


オリオン4(夕暮れ前)image



準 備


ラルフが妻フローラにすべてを打ち明けたつぎの日、
10月11日の朝。アイナ・ロード近くのフリー・ウェイ上。

ラルフはツーソンに向かって
車を走らせていました。

そのフロント・ガラスに紫色の文字が浮かびます。

「あなたはこれまでの体験を真剣に受け取っていません」

文字が消えると新たに

「家族のために手はずを整えるよう、前もって伝えてあります」
「あなたは今日、仕事を辞めます」

と、連続して言葉がつづられました。

思わず、ラルフが叫びます。

「そんなこと、できっこない。
わたしは家族のために働かなければいけないんだ!」


すると
「こちらは準備万端ととのっています」・・・の応答。

会社に到着すると今度は

「あと5~10分です」と、意味不明の文字。

それらのメッセージをガン無視してラルフが仕事をしていると
上司がやってきました。

「社長がヨーロッパに行くことになってね、その出発前に小切手を切っておきたいんだ。
今週の労働時間を提出してくれるかね」


それでラルフは、上司に言われたようにするのですが、
提出書を受け取った事務員が
「ラルフ、あなたはこれほど働いていませんよ」と言うではありませんか。

きちんと仕事をしていたのに賃金が少なくなっては大問題です。
少々むかっ腹を立てたラルフは、すぐさま上司のところに行き
労働時間について自分の正当性について話しをしました。


すると、上司の胸のあたりに文字が浮かびました。



「あなたは今すぐ、仕事を辞めます」

「?!」



動転したラルフは、その場を離れ、会社の外に出てしまいます。
そして気を落ち着けてから上司の元に戻り
「もう2、3週間ここで働きますから、
そのあいだに代わりの人を見つけてください」
と伝えます。

しかし、また文字が現れ
「いや、今でなければいけません」・・・と言い放ちました。

ラルフはそれをさらに無視して、
上司と一緒に社長のところへ行き、
上司に言ったのと同じ内容を伝えるのですが
社長いわく
「君はさっき、こともあろうに無断で会社を出ていったじゃないか。
君はもうここにはいられない!」




オリオン4(宣告)image



「それは、少し頭を冷やそうと思って外に出ただけです」
ラルフは弁明しますが、社長は聞く耳をもちません。


仕方なく社長の部屋を出ると・・・すぐ


「さあ、わたしたちと一緒に行きましょう」の言葉が眼前に・・・。


そうこうして、ラルフは会社をあとにすることになります。


半分は落胆していたでしょう。
とにかく帰途につこうと、外に出て車に乗り込みました。

すると・・・

車のエンジンが勝手にかかり、
何かに操られるかのように勝手に走り出したのです。
ラルフは慌ててハンドルを動かそうとしますが
それは無駄な試みでした。

車はその後、勝手に数マイル走りつづけ
なんと、とある印刷所の前で止まったのです。
そこは、ラルフが
半年ほど前に“就職の申し込み”をしたことのある会社でした。

そこの経営者はラルフを覚えていて、
不思議にも、翌日からそこで働けることになってしまいました。
しかも、勤務時間は「午後の2時から、夜の10時」まで

まるで、ドット・マンたちが、
会社の帰路に自分たちと接触しやすくなるように
勤め時間まで手配しているかのようでもありました。

この日、印刷会社からの帰りもラルフの車は勝手に走り、
自分ではどうすることもできなかったので
ラルフは試しに時間を計ってみました。

すると、
6番街からウィルモット通りまで走るのに1分とかかっておらず、
その距離が9マイル離れていることから、
ラルフは日中の交通量が多いなかを
時速500マイル以上で走ったことになる・・・とわかったのです。
   (W・スティーブンソンに言わせると
    「ラルフの事件にかかわってからというもの、
     人間とはどこまで自分の肉体を制御しているのだろうか・・・
     と考えざるをえない」
・・・だそうで)


オリオン4(duelの一場面から)image


翌12日。
新しい職場で働きだしたラルフでしたが、実のところ彼は
「やはり、できればドット・マンたちとは縁を切りたい。
わたしは家族みんなで暮らして、
このまま子供たちを育てていきたいんだ」

と思い始めていました。

そこで、その晩改めて
「思い通りにならない車なんか売り払って、家具もみんな売って、引っ越そう」
と決意します。

しかし、その日の夜更けになると
「あなたはここに留まります」と、あの文字が出ました。

それを見たラルフは、「もう、待ってなんかいられない」とばかり
すぐに車を動かしに行きます。
ところが今度は、エンジンがかかりませんでした。

13日朝。
いまだ、車を売り払うことだけを考えていたラルフは
諦めていませんでした。

でも、当の車がピクリともしません。
仮に、車が壊れたのであれば、修理してから売りに出す必要があります。

そのためには新たに修理費がかかり、
いまのラルフには、そんな金銭的余裕がありませんでした。
「こうなったら、洗濯機を売ってお金に換えてやる!」と、
新たな解決策を考えて実行しようとしましたが、
今度はその洗濯機が動かなくなりました。

けっきょく金銭的な工面ができず、
ラルフは再燃した「引っ越す」という考えを
断念せざるを得ませんでした。

しかし、その想いを断念してすぐに、
車も洗濯機も、元通りに動くようになったのです。

ラルフは、自分がどこにも行けなくなったことを
まざまざと知らされました。


オリオン3(今のツーソン)image



この日の夜。
マリールという新顔のドット・マンが現れ、
ラルフは7時間にわたって連れ出されます。

連れて行かれた先は主に、
当時の、米国の各種軍事施設や、旧ソ連やキューバの軍事施設でした。

具体的には、
ミサイルの発射施設やその指揮統制中枢部および指令センター、
核弾頭貯蔵庫、軍事兵器の研究施設などで、
しかもそれらを「見せられた」だけではなく、
その場所ごとにいろいろな制服を着用させられて
実際に施設内部に侵入するという大胆なものでした。

特筆すべきは、
そんな施設のなかに
地上からの信号を受けてさまざまな伝染病を撒き散らす兵器などがあったことです。
  (今でこそ、ケムトレイルなどが騒がれていますが、
   当時はそんな噂さえ世間にはなかった)

さらに、これら訪問先のなかでたった一箇所、
ごく普通の服装で監視所を通ったことがありました。
ラルフはもの凄く不安になりましたが、マリールは
「心配するにはおよびません。身分証と指紋を提示すれば通れます」と促し、
ラルフはただの一度でも軍隊に籍を置いたことはないのに、
マリールの言葉どおり、すんなり通過することができたのです。

いずれにしても
ドット・マンたちにとって地球人の軍事施設が施す「厳重な警備」など、
取るに足らないものでしかなかった・・・。

さまざまな軍の施設を巡るうちに、ラルフの心に浮かんだのは、
人類というものは自分たちを殺し合う極めて珍しい生き物だ・・・
ということでした。


オリオン4(オリオンの剣あたり)image


マリールとのコンタクトののち家に戻ると、
11歳になる息子が、居間の壁に背中をつけて
廊下を見つめたまま座り込んでいました。

息子はひどく脅えており、ラルフの姿を見てホッとした様子をみせます。

そしてこんなことを言いました・・・。

「さっき物音が聞こえたから、見に行ったんだよ。
居間に入ってみたら、廊下のほうで何かが動いた。
だからじっとしてた。

黒い影が見えたんだ。
4フィートとちょっとぐらいのだよ。
何か機械みたいのを持っていて、戸棚のそばに大きな穴を開けて
そこに何かを入れたみたい。
でも、僕のいたところからはそれが何かはよく見えなかった。

そのあと黒いヤツは穴を閉じて、壁を元通りにしたんだ」


「きっと夢を見たんだよ」と気休めにラルフが言うと、
息子はまったく納得しない様子でこう言いました。

「じゃあ、お父さんが帰ってきたのも夢?
僕はまだ、夢を見ているの?」



オリオン4(crack)image



何処へ・・・


10月17日の午前4時ごろ。
マリールがやってきて、
家族が起き出すしばしのあいだ、ラルフを連れ出します。

その後、帰宅したとき、
マリールは珍しくラルフの家のなかに一緒に入りました。

そして、壁から小さな機械装置を取り出すのです。
その壁はまさに、息子が先日おかしな人影を見たという場所でした。

その装置は「点」でできているものではなく、
明らかに「固体状」の物体で、
厚さ1.5インチ、直径2インチほど八角形の物体でした。

上部には7つの小穴が垂直に開き、
中央にスイッチと見られるボタンが一つあって、
ラルフには、その部分が赤茶色のような金属のようなものでできている・・・
とわかりました。

マリールはこの小さな装置の使い方を教えます。

まず片方の手で(マリールは右手を使った)包み込むようにそれを持ち
親指(と思われる)を上部にあてがって、
持ち上げたい物体のほうへ装置を差し出します。
それからボタンを押して、持ち上げるようにゆっくりと
手を右から左へと回転させるように動かしました。

ラルフは教えられたとおりにして、自分の車で試してみると、
彼のステーション・ワゴンが水平に2フィート浮き上がりました。
下げるときは、それまでとは逆に
手を左方向に回すのですが、
ラルフが試したとき、回し方が早かったらしく
車は下へ降りてきましたが、ドスンと音を立てて落ちてしまいました。

この装置は自分の身体に使うこともできて、
マリールはその方法も教えてくれました。

「この装置は、あなたの家族の面倒を見るために使うこともできます。
けれども同時に、歓迎されざるあなたの頭痛の種になるものです・・・」

妙なことを言って、それをラルフに渡します。

そして「あとは出発の時まで、直接の接触はありません」と伝えて
マリールは去りました。

このときラルフは
「こんなスゴイものを自分に?」と思うと同時に、
彼らがそれをラルフの家族のために使う・・・というのが
どんな意味を含んでいるかを悟り、
耐え難いほどの動揺で息苦しさを覚えました。

それはすなわち、
家族との現実的な別れを意味している・・・
ということでもあったからです。

この日の朝8時ごろ。
ラルフはスティーブンソンに、
興奮気味で電話をかけてきて、その時の様子を語っています。


それにしても、
その装置は、地球からするとトンテモない代物です。
保管場所をどこにするかが問題でした。

思いあまったラルフは
これまでの事情を電話で自分の兄に話します。
すると兄は「とりあえず、銀行の貸金庫に保管しろ」と助言し、
ラルフが「そんな金など、どこにもないよ」と答えると、
「わたしが立て替えるから・・」と言ってくれます。

このことがあった週末、
兄は車を走らせてラルフの元にやってきて、2人は色々と話し会います。

この装置をどこに(どの国に)どうやって提示して
家族が今後生きる担保にできるのか・・・とか
そんなことをして家族の安全が逆に脅かされないだろうか・・とか
仮にどこかの政府にこれを提示したとしても、
彼らはポケットにしまうようにして装置を隠してしまうのではないか
・・・とか。

結局、結論は出せず、
とりあえず手元に置いて様子を見ることにしよう・・・
ということになります。

ラルフの兄はこのとき、諸々を考えて
「お前はすぐに、ここを出るべきだ。
大事なものを積めるだけ積んだら、
即刻こんなところから出て行くんだ」
と強く主張しました。

しかし、それとほぼ同時に「あなたは出て行かない」の文字も・・・。

それでもラルフは、兄の助言どおりにしてみようとしました。

ここから出て行くには車のタイヤが2本、かなりすり切れていたので、
兄がそれを買ってくれました。

また、兄と相談し、
さまざまな不測の事態にも備えて、
家族みなを、妻フローラの母がいるコスタ・リカに送る・・・と
決めました。

とにかくラルフは、その資金を捻出するために
自分のできる最大の努力をすることにしたのです。




オリオン(三つ星)image



兄が帰った日の夜のこと。
寝る前に子供たちの様子を見にいくと、2歳の娘が消えていました。
ラルフは妻フローラを起こして一緒に探しますが、
どこにも見あたりません。

そのときラルフには、なぜか
『2時間待ってみよう』という強い衝動が湧きます。

と同時に、文字が現れ
それは「NotL IcL Vcih」と綴られました。

どこの言葉でもないのですが、ラルフには
「細胞を非活性化します」という意味だとわかりました。

というのも、以前ラルフがドット・マンと接触をした際
この娘が偶然、一緒にいたことがあって
そのために娘の肉体が異常に活性化してしまい、
人としての感覚が鋭敏になりすぎていることを示唆されているのだ・・・
と直感したのです。

もし、そのままでいれば、地球で生きる娘には逆に辛い状況となることが
それとなくわかったのです。

ラルフたちは2時間待ちます。
そして、ちょうど2時間後
安らかな寝息をたててベッドの上にいる娘を発見しました。


11月2日。
3週間しか働いていない新たな勤め先だった印刷所が、
「社内プロジェクト」の終了を理由に突然ラルフを解雇しました。

困ったラルフは失業保険を申請し、新しい職を探します。

最後にもらった給料小切手を現金にかえて、家賃を払い、
食糧切符の支給も申請しましたが、
どうしたことか、その後のすべての支払いが遅れました。

ラルフは家族がコスタ・リカに戻る手続きにも追われていましたが
本当にお金に窮していました。

この状況を知っていたスティーブンソンがラルフと会った際に
幾ばくかの援助を申し出ますが彼は断ります。

「スティーブンソンさん、これだけは言っておきますが・・・
この前も、あなたがわたしにお金を貸してくれると言ったときに
わたしが1セントでも借りましたか?
いまも借りるわけにはいきません」


けれども、このとき諸事情を見極めたうえで、
どうしても・・・と、
スティーブンソンは5ドルをラルフに手渡します。

このとき、スティーブンソンはコスタ・リカ領事館までラルフを送り
自分の用事をすませてフェニックスに戻るのですが、その途中、
偶然にもラルフの姿を見かけます。
それで声をかけて車に乗せると
彼は開口一番「こんなに早くメッセージが届くなんて」と言います。

スティーブンソンが連絡用の電話を見てみると、
そこにはラルフから4度も電話が入っていました。

財布の中身も見て、ほとんどお金を持っていないのを知っていましたから
『1回20セントの電話を4回も?』と思い、それを問うと、

「あなたに最初の連絡を入れて電話を切ったら
60セントが受け皿に戻ってきたんです」


そんなやりとりのあとで、
ラルフは使わなかった5ドルを返そうとしてきました。
けれども、スティーブンソンは
「どんなことがあって必要になるかもしれないし、明日まで持っていて・・・」
と、あえて断ります。

このときの車中で、ラルフはおかしなことを話します。

「実は、1ヵ月前に会社を辞めざるを得なくなって、
支給も滞っていたんですが・・・
家賃を支払う以外で、家での必需品が切れたことがないんです。


たとえば、
息子が学校から戻って、バターを塗ったパンを4切れ、チーズ1切れを食べるでしょ。
娘3人も、パン2切れとチーズを何某か食べます。


翌朝の朝食はバタートーストと卵で、
わたしと妻がパンを2切れとチーズ1切れを食べたりします。



     オリオン4(パンとチーズ)image


ところがその翌日になると、
包みのなかにパンが4分の3、バターもたっぷり残っていて、
卵も家族の分が入っているんです。
ときには手つかずのパン、バター、チーズがあって、
冷蔵庫に卵が10個もあったりするんです。



     オリオン4(パンとチーズと卵)image


この状態がかれこれ3週間ほど続いています。

7人家族が同じ2巻のトイレット・ペーパーを使いつづけているのに
なくならないんです。



     オリオン4(toiletpaper)image


でももし、わたしたちが必要以上に使ったり、
起きていることを超えて他から援助を受けたら
たぶん、この状態が終わってしまうんだろうと思います」



ラルフの家族がコスタ・リカに帰る日が近づいていましたが
スティーブンソンからすると、ラルフがどうやって
そのお金を捻出するのか気になってしかたがありませんでした。

当初、ドット・マンが言うには
ラルフの家族は12月12日までに、米国を去る予定でした。

しかし、彼が受け取るはずの諸々の支給が滞って、
家族の渡航費用も作れなかったということは、
いわば、ドット・マンたちの出発日計画の変更を示唆している・・・
ラルフはそう受けとっていました。

そしてクリスマスの直前に
やっと、失業補償金がラルフに届きます。

ラルフは子供たちにささやかなクリスマス・プレゼントも用意できて
本当に慎ましいながら、家族と一緒に
暖かいクリスマスの夕餉を共にすることができました。


オリオン4(アリゾナ辺りのクリスマス)image


この数日後。
諸々の手続きから得た1600ドルが郵送されてきます。
それは、ラルフの家族がコスタ・リカへ行くために
ギリギリの金額でした。

ラルフは車と家具を売り払って工面したお金を妻に渡すと
1980年1月2日、家族をコスタ・リカ行きの飛行機に乗せます。

翌3日の朝。
スティーブンソンはラルフと会う約束をしていました。
1日中ラルフを待ちましたが、連絡もありません。

4日。スティーブンソンはラルフの家に行ってみます。

しかし、家族を送り出してからラルフが家に戻った気配は
まったくありませんでした。

スティーブンソンは「重大な用件があるから連絡をください」・・・
と書いたメモを残して戻ったのですが、
それでも、律儀なラルフにしては珍しく、連絡がありません。

その後、4日、5日、8日3度訪ねてみましたが、
彼の姿はありませんでした。


1月8日になって、家主に連絡をとってみると、
「1ヵ月前に家賃を受け取ってから連絡はないよ。
引越の連絡も入っていないし、これまでそんなことは1度もなかったのに」

とのこと。

さらに調べてみると、
ラルフ宅の郵便受けに、
それまでいた2週間分の家賃と小切手
きちんと残されていました。


     オリオン4(mailboxとか)image


失業補償事務局もあたってみたところ
1月2日以降、ラルフが姿を現した形跡がまったくないとわかりました。

当然、コスタ・リカの家族にも、ラルフの兄のところにも
連絡をとりましたが、誰もラルフの所在を知らなかったのです。

そしてこののち、
あのドット・マンが渡したという装置と一緒に
ラルフの消息はぷっつりと途絶え、それきりとなりました・・・。




*****

かいつまんでメモしてきた、実にレトロな「この話」
ラルフが身を隠しただけ・・・とも言えますが
それでも、
彼の失踪の影には不可思議な雰囲気が漂っているようです。

もしかするとラルフのような人が、単なる行方不明者となって
ほかにもいる・・・かもしれません。


*****



冬のオリオン。

オリオン4(冬の道の)image


夜のとばりに輝く星々・・・憧憬の念はつきることなく・・・。

オリオン4(とある夜空の情景)image


オリオン4(夜の月影とか)image


     オリオン4(雲のなかの)image



  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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