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花の「お江戸」・・・

Posted by 世羽 on 31.2014 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
空気がかなり、わくわくしてきた感じだ。

そうでない人がいるのもわかる。
だが、捉える感覚は、圧倒的に“楽しんでいる”ほうを強く感じる。

ちょうど折りもおり、
地下の活動が不安定になっている感覚もあるので
相殺する力になれば、ありがたい。


31(花のお江戸な)


日本から「武士道精神」を抹殺せよ・・・
男は女々しく描け、
女を主役にしろ・・・という
“おかしな画策”が動き始めてから、随分と時がたちます。

確かに

お侍さんが登場する時代劇を見かけることは
ほとんどなくなりました。

たまに見かけても、はちゃめちゃなものもあって、
それはそれで面白いものの、
見る側に「ああ・・・これは当時の、あのことだ」と思わせてくれるような
時代考証を忠実に反映した作品は
そう多くないようです。

先日まで、某局でやっていた時代劇では
珍しく、けっこう細かいところを描いていました。

そのドラマには、脇役で木戸番が出ていて・・・。
自分が注目したのはそこでした。

江戸時代、
江戸庶民の犯罪防止の役割を担う「自身番」が各町内にあったのは
ご存じと思います。

よく、半鐘を鳴らすシーンなどを見ることがありますが
その鐘がある「火の見櫓」も、
多くはこの自身番屋の建物につくられていました。


31(自身番)image


また、各町内の町境には木戸(木戸番屋と併設)があって、
そこには“木戸番”が住んでおり、
木戸の開閉の役目を引き受けていました。

なんで、そんな木戸があるかというと
主に当時、非常に恐れられていた“放火”を防ぐためで。

火つけをするかもしれない不審者が夜に外を出歩かないよう、
取り締まるための防御策のようなものです。

この木戸は、今で言えば午後の10時に閉められてしまいます。

なので、どこかに出かけて帰りが遅くなると、
その人は木戸番に
「ちょっと・・・・で遅くなっちまいまいして」と遅れた理由を話し、
木戸に設けられた潜(くぐ)り戸を通り抜けて
自分の住まいのある町に入ることになります。



この木戸番さん、
町内からのお給金をもらってお役目を頂戴しているのですが、
薄給だったので、それだけでは食べていかれません。

そのため、木戸番をしながら
駄菓子をはじめ、生活雑貨(草履やわらじ、軟膏など色々)を売ったりして
生計を立てていたわけです。

これまで、けっこう時代劇を目にしてきましたが、
そこらの細かいところを描いているのをあまり見たことがなかったので、
悪名高い某局でも
日本人の心を持っている人がいるんだな・・・と、
そんなふうに思いました。


ちなみに、当時の長屋にも木戸があり、
その木戸は、長屋の“大家さん”が開閉していました。

もし、店子の誰かが夜遅く帰宅しようものなら、
店子は大家さんを起こして長屋に入らねばなりません。

ですから、常習的に夜遊びでもして帰宅が遅くなれば、
その都度、大家さんを叩き起こすことになります。

そうなれば大家さんも
たまったものではありません。

「太助さん、いい加減にしてくれ。こう番たびじゃ、かないませんや!!!」
などと、文句を言うことになるのです。

で・・・「叱られるのはまっぴらごめん」と、
皆ちゃっかりしたもので
大家さんの家の庭先をこっそり通り抜けて
自宅に戻ったりするなどしていたようですw。


31(自身番屋と木戸番屋と長屋の木戸)image_convert_20141231025431
   (中央区郷土史同好会さんのHPより)



そんなお江戸・・・
お正月ともなれば、子供たちにとってやはり嬉しい季節です。

今と違って、当時の子供たちは
既製品の“遊び道具”を買う・・・というより
多くの場合、手作りして楽しんでいたようで・・・。

なかでも、「凧揚げ」はお正月の風物詩です。


     31(凧揚げの図)image


凧は寛政のころには、すでに商品としても売られていたので、
ときには、買ってもらったりしていたでしょう。
     

今のお金にすると、
安価なものでは400円(16文)ぐらいから
あったようです。

なので、木戸番さんは、そんなのも売っていたかもしれません。


31(凧揚げの図2)image


一方、今からずっと未来になれば、
「平成のころって、こんな暮らしぶりだったんだね。
こんなことも流行っていたんだね」
・・・と、
記録された資料を見ながら解説されていくのでしょう。


なので、

“ほんのり”と、
「心に明るい灯火がつくような史実」のように残ってくれたら、
すごく嬉しいですが・・・。


はて・さて・・・w。



31(江戸時代絵画)image
   (19世紀の米国人画家 ロバート・フレデリック・ブラム:Robert Frederick Blum)



*****


午年の2014年が終わり


31(乱れ髪の馬さん)image



午さんたちがしばらく去ります。


31(去りゆく馬さん)image



そして、来たるつぎの1年

個人的に
注視していることがいくつもありますが、
いまは「めでたき心を楽しむ時節」です。

なので、それは取り敢えず捨て置くことにw。



旧年中、仮に
辛いことや悲しいことが記憶にあったとしても
それに心を奪われることなく、
嬉しかったことや良い想い出のほうを大切に・・・。

それが、つぎの年への糧となりますように。


31(海の上の小さな橋)image



そして・・・自分、

感謝で“新しい年”を始めるために、
“過ぎゆく年”にも心から感謝して、見送りたいと思います。


そんな節目のひととき、
お立ち寄りくださったすべての皆さまに
深い御礼を添えながら・・・。



31(ハート型)image



     どうぞ、良いお年をお迎えください!



     31(羊さんに乗る)image



31(羊さん)image


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祝祭日もへったくれもないような「特殊な部隊のみなさん」たち・・・

Posted by 世羽 on 28.2014 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ふだんから「公正な報道」と、メディアが大義名分を掲げるなら、
報道番組のコメンテーターに思想的に偏りがある人を好んで出すのは
どうなんだ?
ときに、時事の解釈も、史実解釈も、ものすごく偏る。


でも・・・この状態はこれからも続くんだろうなあ。

   無題2(崖っぷちで)image



物騒な大事件は無いにこしたことはない!・・です。

ただ、世界の現状を見ると「IS」(イスラム国)の余波を受けるなどして
いろいろなテロも起きており・・・。

米国などは、もし海外で“複数の”自国民が囚われの身になると
けっこう現地に乗り込んで救出に向かったりします。

現在の日本はそういうわけにはいきません。

あの「在ペルー日本大使公邸人質事件」も、そんな感じでした。


1996年12月17日。ペルーの首都リマ。

当時、この公邸では恒例の「天皇誕生日祝賀パーティ」が開かれており
600人にものぼる人が招待されていました。

ところがここに、
トゥパク・アマル革命運動(MRTA)のテロリスト14名が侵入。

当時の青木大使をはじめとする大使館員や、ペルー政府の要人、
各国の駐ペルー特命全権大使、日本企業のペルー駐在員らを含む
招待客全員を人質にして立てこもりました。

テロリストらの大義は、のちの声明で
「日本がペルーの内政干渉をしたことへの抗議活動」ということでした。
が、実際には以下を要求・・・。

 ・逮捕、拘留されているMRTA構成員全員の釈放
 ・国外に退避するまでの人質の同行と、それに対する安全の保障
 ・アルベルト・フジモリ政権の経済政策の全面的転換
 ・要求した身代金の支払い


そしてMRTAのメンバーたちは、公邸敷地内に対人地雷の敷設までして、
軍や警察による武力に備えました。


特殊部隊(と戦ったMRTA)image


ペルー政府は事件発生翌日、さっそく武力突入を検討するも、
当時の日本の首相だった橋本龍太郎氏の命を受けた池田行彦外相
「平和的解決を優先してほしい」と進言。
ペルー政府は突入を断念します。

そしてこの後、4ヵ月にもわたって日本公邸の占拠状態が続くことになります。

当時の日本はペルーと明確なホット・ラインもなく、入ってくる情報は外務省頼みでした。

なので、橋本氏が外務省からの情報を得るのに気をつかって、
対策本部に木村屋の「餡パン」130個を差し入れしたりしたので
「あんパン総理」と呼ばれたことも・・・。


平和な解決を・・・と言ってはみても、具体的なことが示せない日本。

結局、翌1997年の1月になると、
ペルー政府、軍と警察当局は独自に「武力突入計画」を立て始めます。

彼らは公邸のモデルをつくり、そこで何度となくシュミレーションを重ねていきます。

人質救出のための特殊部隊は
ペルー海軍特殊作戦部隊(FOES/Fuerza de Operaciones Especiales)が中心となって、
イギリス陸軍の特殊部隊SAS (Special Air Service)の協力を受けながら
事を進めていきました。

  (その裏で、各国諸機関の協力もあり、幸いにも多くの人質が解放されて
   最終的な人質は72人になる)


特殊部隊はいろんな“下地”をつくります。

公邸に至る220mのトンネルを掘り、
それを、突入の足がかりの一つにすることにしたのです。

一方、政府の命を受けた当時のペルーの大司教チプリアーニ
犯人との交渉役を務め、
同時に、人質になっている人たちへの食糧や医薬の運搬をします。

公邸内に運び込まれる物には通信用の無線機をしのばせたり、
聖書にも盗聴器を隠したり・・・と、
内部にいた軍関係者の人質がそれを受け取って
内部の様子を外部に伝えられるようにしていきました。

そして、人質拘束から4ヵ月ほどたった1997年4月22日15時23分ごろ。

テロリストたちが日課のサッカーを始め、
人質の周囲の見張りが手薄になったところを見計らって、
ついに現場への突入が実行されました。

当然、人質救出のための特殊部隊が突入後、激しい応戦となります。


特殊部隊(1997年ペルー日本公邸)image


が・・・

すべては、わずか「41秒」のあいだに終わったのです。
そして、テロリスト全員が命を失う結果となりました。

  (余談:ここには悲しい話もある・・・。
   この日本大使公邸占拠事件にかかわった若いゲリラのなかには
   人質と生活を共にしているうちに、室内にあった本などを通じて
   日本の文化や環境に興味を示す人もいて、日本語の勉強を始めた者もいた。
   ペルー軍特殊部隊が強行突入したときに
   人質部屋の見張りをしていた若いゲリラ兵がそんな1人だった。
   彼は軍の突入を知って軽機関銃の引き金に指をかけたが、
   それまでに育っていた人質への親近感から引き金を引けずに部屋を飛び出し、
   その直後、ペルー軍特殊部隊に射殺された。

   この、犯人側が人質に同調する現象がのちに
   この事件が起きた首都リマにちなんで「リマ症候群」と呼ばれている)




この突入では、人質1名も命を落とし、
特殊部隊側にも犠牲者が2名。それぞれが落命しました。

この突入・・・日本の公邸で起きたにもかかわらず
情報を集めるのみの日本政府には、事前通告がされなかったようです。

本事件は、いわゆる“年の移り目”をはさんで起きた大事件であり、
のちに、
特殊部隊の“テロ対策”などで引き合いに出される題材のひとつにもなっています。


特殊部隊(とMRTA)image


ちなみに・・ですが・・・。

こうした人質救出作戦時の特殊部隊の突入では
5人が1チームとなることがあります。
そして、この5人のチームが複数集まって大きな部隊を編成したりもします。

各チームの先頭を行く隊員は「ポイントマン」と呼ばれ、
映画などでよく、突入のさいにドアを“内側に向かって”開け
スタン・グレネードを放り込む役の人がいますが、
それがこのポイントマンです。

その後ろに掃討兵、3人目に“小チーム”の隊長がつづきます。

彼らは、立ち位置、侵入してからの行動、
誰が何処に動くかという、“基本的な”演習行動パターンを何度も何度も
体に覚え込ませて展開していきます。

これは日頃の訓練の賜物でしか培えないことです。


特殊部隊(練習)image



特殊部隊(米国・人質救出の)image



こうした特殊部隊は、各国の警察や軍に存在していますし・・・


(ノルウェー)

特殊部隊(ノルウェー)image


   (中国)

   特殊部隊(中国)image



(米国ネイビー・シールズ)

特殊部隊(米シールズ)image


(米国FBI)

特殊部隊(FBI)image



(ロシア・スペツナズ)

特殊部隊(ロシア・スペツナズ)image


特殊部隊(ロシア・スペツナズ2)image


     特殊部隊(ロシアのフォーメーション)image



もちろん日本にも・・・。

ただ、日本の場合は、その姿がさらされることも少なく、写真もほとんどありません。
なので、あることはわかっていても、どんな人がどんなことをして、どんな装備かは、
あまり知ることができません。

(最近の小笠原の密漁のさいには、特殊警備隊SSTが出張っていたようですね)


通常の警察や自衛隊と同様に、こうしたみなさんは、
代わりばんこに休みはもらえていても、
事が起きれば、非番・祝祭日なんぞ関係なく呼び出されていくでしょう。
日本は人員も少ないですし、
公務とはいえ、事が起きれば命がけのお仕事になるかもしれません。
ほんとうにお疲れ様です。

  (それ以外の、似た「特殊な任務」について庶民の生活を護り、
   日本国の安全のために働いてくださっている方々もおられます。
   改めて、庶民の1人として、ありがとうございます・・・です)


そして・・・

これまでも度々ネットで流れているので、ご覧になったみなさんも多いでしょうが、
海外のこうした「特殊部隊」のみなさんの画像を残しておきます。


イギリスの特殊部隊のスナイパー

特殊部隊(英国スナイパーのフル装備)image


特殊部隊にはスナイパーがいます。
緊急事態のとき、400m先のものを確実に狙える彼らは、
優秀な人になると800m先でも確実に標的を狙います。
しかもスコープの発達に伴い、その精度はさらに増しています。

スナイパーにはそれぞれに癖がありますから
所持する銃器はスナイパーそれぞれに専用のものです。
彼らは各自、銃身に布や何かを巻いて調節をしたりもします。

軍のスナイパーともなると、上の画像のようにフル装備では、かなりの重量です。



海外には、とてもユーモラスと思える格好をする特殊部隊さんの
有名どころもいます。


(台湾・・・ジェイソンみたいな・・・)

特殊部隊(台湾)image


特殊部隊(台湾2)image


特殊部隊(台湾3)image

特殊部隊(台湾4)image




(デンマーク・・・半漁人です)

特殊部隊(デンマーク)image


特殊部隊(デンマーク2)image


特殊部隊(デンマーク3)image



(フランス・・・皆が「最高」と言う意味がわかるようなw)

特殊部隊(フランス)image



(インド・・・お国柄、ですね)

特殊部隊(インド)image



(たぶんヨルダンあたり・・・)

特殊部隊(たぶんヨルダンの)image



(ロシアのスペツナズも似たような格好をする)


特殊部隊(スペツナズのスナイパー)image



(アイルランド)

特殊部隊(Irisharmy)image



(カナダ)

特殊部隊(カナダJTF)image



(英国)

特殊部隊(英国陸軍SAS)image




いずれにしても、みなさん特殊技能を持ったスペシャリストですから、
人質がいなくて、自由に本気で完全戦闘モードに入ったら
彼らに面と向かって刃向かうのはよほどの向こう見ずか、
無駄に命を落としにいくようなもの。

妙な考えを起こすその前に、絶対にやめておいたほうが無難でしょうw。



というより・・・最終的には
こうした特殊な職さえ、無くなる日が来るのが一番ですね。




特殊部隊(挿入画zamboanga)image


特殊部隊(挿入画中東のどこか)image




近づく新年・・・
また一歩、平和な日々のほうへ。



特殊部隊(挿入画兵士の目の先に)image


特殊部隊(挿入画ケニアの夕陽)image


季節のめぐりと「特別な日」に・・・

Posted by 世羽 on 25.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
とにかく、つつがなく今日という日を過ごし
平凡な日々を単純に喜べるということ・・・
それだけでも、大きな恵みだと思う。

クリスマス(星)image_convert_20141224004447


とある児童公園の脇を通りかかったら、
たくさんの子供たちが遊んでいました。

そのなかで、小学校低学年と思しき1人の少年が
自転車にまたがったまま
大きな声で「ジングル・ベル」(しかも英語)を歌っていて、
思わず口元がほころんでしまいましたw。

季節の歌を耳にすると、個人的には気分が明るくなります。


12月25日というと
日本ではもっぱら、サンタさんの日

     クリスマス(サンタ猫さん)image


また、恋人たちの楽しい日という感じかもしれません。

一方、キリスト教圏の多くでは“家族の絆を深める日”
“家族とともに過ごす日”として捉えられているかと思います。

クリスマス・・・
この言葉はラテン語の「キリストのミサ」(Christ mass)に由来します。

かつては、同じくラテン語起源の「ナタリス」(誕生)と呼ばれ
日本の中世期のキリシタンは
「ナタリのゆはいび(祝い日)」と呼んでいたようです。

以前も書きましたが、キリストの正確な生年月日は不明です。

それが今のようになったのは4世紀頃の中頃

ローマあたりは緯度的に日本に似て、12月頃までは、
太陽の光が弱まっていく“季節の移り”のなかにあります。

そして12月も押し迫ったころ、
昼がもっとも短くなる「冬至」を迎え、それが過ぎると、
まるで蘇るかのように太陽の光が増し始めます。
そんな現象を、当時の人々は
「祝うべきもの」と捉え、もともと12月25日を
“太陽神の祭日”としていました。

そんなローマにいたキリスト教徒たちのあいだでは、
“正義の太陽”と呼ばれるキリストにちなんで、
同じくこの日を「メシア誕生の日」として喜び祝う習慣が生まれました。
そしてそれが、コンスタンティヌス帝の治世下で、公に定められた・・・。

      (巷ではミトラ教との関係のみが引き合いに出されますが
      それだけの理由ではなく・・・。
      また現在、一部のキリスト教派では
      年が改まったころにキリストの降誕を祝う)



キリストの降誕の様子は、以前に書きましたが・・・。

自分は、ここに登場する“素朴な羊飼いたち”が、
かなり好きです。

天使のお告げを受けて


   クリスマス(天使と羊飼い)image


クリスマス(光を見たShepherds)image



生まれたばかりの幼子を拝しに道を急ぎ、

その幼子に接したさい、
彼らが示した優しい気遣い・・・

信頼できる「何か」を直感して
恐れることなく近づこうとした彼らの姿・・・

それがどことなく、心を打つのです。

誰がそんなものを見たのか・・・と問われるでしょうが、
うまく言えませんが、本当にあったことというのは
ある時、時空を超えて、直接心に響く・・・と、
個人的にはそんなふうに感じています。

そして、この降誕の物語には
色々な教えが隠れているように思います。

それはまず・・・

厩にしろ、洞窟にしろ、キリストが生まれた場所は、
預言者の告知以後、
長いことメシア降誕を待ち望んでいた人々の想像していたような
権威ある素晴らしい場所ではありませんでした。

それとはまったくかけ離れた“非常につつましいところ”
当時の貧しい人々でさえ使用することがなかった場所です。


   クリスマス(貧しい場所で)image


それはすなわち、

神として生まれる場所を自由に選べるにもかかわらず、
あえて“もっとも貧しい者”として降誕したという
上位にある存在の比類なき謙遜です。

さらに・・・

聖家族を、一番最初に目に映した者たちが
当時、最下層民とされ、馬鹿にされていた羊飼いで、


クリスマス(聖家族と羊飼い)image


かつ、そのほかは誰もメシアが生まれたことに気づかないなか、
遠路を駆けつけたのが東方の“賢者”たちだった・・・。


クリスマス(東方の三賢者)image_convert_20141224004755


そこには、
「自分が何も知らない」と知っていた貧しい者と、
多くの知識を持ちながらも「自分にはいまだ知らないことがたくさんある」
・・・と知っていた賢者、
そんな両者の姿が浮かんできます。

「何か」を知るにあたっての
傲ることのない謙虚さの一端を垣間見ることができるわけで。




     (ここで・・・遅まきながら
     もし、信者さんのみなさんがおられましたら、
     細かい宗派を超えて・・・
     喜びの意味を持つ「主の降誕」を、心からお祝い申し上げます)



クリスマス(モスクワ)image



24日から25日に日付が変わる深夜。

キリストについていく道を選んだ人々のなかには
喧騒を離れ、祈りという“神との親しい語らい”の時間を
過ごした方たちもおられるでしょう。

それは

誰のためでもなく、ましてや自分のためでもなく
キリストを信じる人が、ただ、キリストという存在を愛するため。


たぶん、その心情は
この道を歩く人の真髄とも言えるもの。
そして、それはまた、
キリストの聖性を倣う心が求めるもの・・・。


日本の巷のクリスマス・イベントは25日が過ぎると
あっさり終了しますが・・・w。
世界のキリスト教圏では、喜びの降誕節としてしばらくつづき
その後、御公現祭、さらに幼子イエスの奉献
さらに復活祭へと向かいます。


クリスマス・・・毎年来る、同じような日ですが・・・

その都度、何かしら新たな
飛びっきりの暖かさが心に染み通りますように。
そしてそのあとも・・・ずっと。



クリスマス(降誕)image




     クリスマス(サンタ猫さん2)image


クリスマス(ハンサムさん)image


そこらのどこかで、大声でこんな歌をうたっていたら・・・ それは自分かもしれませんw。





日本神話の神さまの「豆」な・・・

Posted by 世羽 on 23.2014 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
映画かぁ・・・。
米国のあの超有名女優さんのつくった映画もなあ・・・。
その背後で“うごめく思惑”が見えるだけに・・・。
唸りたいw。

日本の(スイスの夜)image



どんなことも、基本的な知識の土台があったほうが
何もないより、いい・・・と思う自分。

で、神道の信徒でもなく、僭越承知のうえですが、
日本の神さまについて、
少し、メモしておこうと思います。

そして今回は、「古史古伝」のぶっとんだ話はおさえ、
純粋に神道の基本スタンスに徹します。

*****


どなたかが「日本神話の神さま」を奉じているなら、
その神さまは
神道(ときに神仏習合の結果から仏教として)の
神々のルーツのどこかに属しておられるでしょう。


いま“現在”の学術的な
日本の神さまの大ざっぱな分類


それは以下のようなものです。

1 自然神・・・自然現象の神格化
2 生活神・・・人間の生活そのものに深く関わる神格
3 人間神・・・特定の人間の神格化



上記「3類」の具体例

*1に入る神さま

日神、月神、星神、風神、雨神、田神・・・主として稲作に関係する。
山神・・・火山を鎮める。
海神・・・水難からの守護など。
     また祀る場所によっては井戸神、川神などがあり
     ときに、雨乞い祈願の対象ともなる。
火神・・・火の神聖化
雷神・・・稲作に関係するイナヅマ
その他・・・あらゆる動植物にかかわる動物神、植物神。


*2に入る神さま

職業神・・・農業、商業、興業、狩猟、漁業などいろいろ。
      ここに航海の神、婚姻の神、出産の神、死神、金運の神、戦いの神、
      運命の神、貧乏神、福の神・・・など多数が入る。

*3に入る神さま

      歴史上の英雄や聖人が神格化したもの。
      男神、女神、母神をはじめ、歴代天皇や楠木正成や藤原道真などが
      代表的。


*そのほか・・・庶民的な神さまたち

      小さな祠や石でできたもので存在を示すような神さまたち。
      いわゆる道祖神、荒神、船霊、石神など(ほか無数)が入ります。


とはいえ・・・

上記3つの区分けされた神さまたちが、スッキリ区分けされているわけでもなく、
どこかに少しずつかぶったりもしています。


日本の(富士山)image




神さまたちの系統


どんな「日本の神さまの御名」で祀られているとしても
それらは元を辿ると、以下のような根本神のルーツに連なっています。


氏神・・・祖先神を祀るもの。

     この氏神さま・・・と称せられる神さまは
     その昔、氏族単位で祀っていた村氏神さまで、
     村や部落ごとの鎮守、すなわち「地域社会の護り神さま」です。

     氏神さまは、またの名を「産土神」と呼ばれ、
     日本のどこかで誰かが生まれたなら、その“誕生地の神さま”とされ、
     その人の“一生を守護する”存在として
     位置づけられてきました。
     それはまた、
     子供が生まれたのちに“初宮参り”に行く神社の神さまのことでもあり、
     仮にその人が他の地に転居しても、護りがつづくとされています。

    (ちなみに、現在もの凄く大きくなっている神社も、
     もともとはこの村氏神さまが時とともに発展したものが多数ある)


伊勢・・・天照大神を祀る。各地の神明神社、皇太神社が入る系統。

出雲・・・大国主命を祭神とする出雲大社を総本社とする系統。
     全国の氷川神社、出雲神社、子(ね)神社の分祀社をもつ。


日本の(昔の出雲大社)image


天王・・・牛頭天皇を祀る(素戔嗚尊に擬されてもいる)系統。
     京都八坂神社や、各地の八雲神社など。

天神・・・もともとは地祇(くにつかみ:地神)に対しての天神のこと
     これがのちに天満天神となっている。
     各地の名称を冠して「○○天神宮(天満宮)」とされる系統。

八幡・・・応神天皇の称である“八幡大菩薩”を祭神とし、
     八幡宮などと呼ばれる系統。

熊野・・・一般に“熊野権現”と呼ばれる熊野大社の系統で
     全国に分祀されている。

山王・・・大山咋神(おおやまくいのかみ)を祭神とする系統。
     ちなみに、大津の日吉神社は御神体を比叡山としており、
     中世のころ、延暦寺が日吉神社と称していた。
     全国にある日枝・日吉神社は、この分霊を祀る。

稲荷・・・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祭神とする系統。
     京都の伏見稲荷を総本社とするもの。

     これに笠間稲荷神社(茨城)や祐徳稲荷神社(佐賀)を加えて
     「日本三大稲荷」とする向きもありますが、
     一方で、最上稲荷(最上稲荷山妙教寺)や豊川稲荷(豊川閣妙厳寺)を
     日本三大稲荷とされたりも・・・。
     でも、後者の2稲荷は神社ではなく「寺院」です。

     そしてこのほかにも自称「三大稲荷」がいくつもあって・・・。

     ちなみに“神道”では、稲荷はもともとは稲の精霊で、
     稲荷の名は「稲生り(いねなり)とか「稲成」とされて、
     稲の成長を現し、そこから「いなり」となっています。


日本の(伏見稲荷)image_convert_20141223035549



鹿島・香取・春日・・・武甕槌神/建御雷神(たけみかづちのかみ)あるいは
     経津主神(ふつぬしのかみ)を祭神とする系統。

浅間・・・いうまでもなく木之花開耶姫命(名称表記にいろいろあり)を祭神とする系統。

諏訪・・・建御名方神(たけみなかたのかみ)夫妻を祭神とする系統。
     諏訪明神、お諏訪さまがこれにあたるもの。
     諏訪湖を中心にして
     その上方が彦神を、下方は姫神を主祭神としています。
     聖地に4箇所の御柱を建てることで知られているかと。

愛宕・秋葉・・・火の神 「火之迦具土神」(ほのかぐつちのかみ)を祭神とする系統。
     京都の愛宕神社、静岡の秋葉神社を総本社としている。

住吉・・・底筒男命(そこつつのおのみこと)、
     中筒男命(なかつつのおのみこと)、
     表筒男命(うわつつのおのみこと)の総称「住吉三神」を
     祭神とする系統。

     これは船霊(ふなだま)としても扱われ、
     いわゆる船の護り神のひとつです。


宗像・厳島・・・宗像三女神(むなかたさんじょじん)を祭神とする系統。
     いわゆる宗像神社弁天社がこの系統。

     ちなみに、三女神の名称や配列には
     古来から種々の変遷があります。
     で、たとえばいまの宗像大社あたりでは以下のとおり。
     沖津宮/田心姫神(たごりひめ)
     中津宮/湍津姫神(たぎつひめ)
     辺津宮/市杵島姫神(いちきしまひめ)

塩竃・・・製塩の祖神である塩椎神(しおつちのかみ)を祭神とする系統。
     塩竃神社として知られる。

金比羅・・・大国主命を祭神とする系統。
     金比羅宮(香川県)をトップとして全国に分社をもつ。




そして天地創造神話以来、
上記のようなおおざっぱな分類ルーツをもった、
いわゆる「八百万の神」(やおよろずのかみ)と呼ばれ、

ときに八十神(やそがみ)、八十万神(やそよろずのかみ)、
千万神(ちよろずのかみ)などと称される
「た~くさんの」神さまがおられ、奉じられています。

ここには、森羅万象に神の発現を認めるという
古代からの日本の「神観念」があることもうかがえます。

そしてその神々の“頂点部分”とも言える神さまがたが
みなさんもよくご存じの、以下の御方々なわけで・・・。



別天神(ことあまつかみ)

上記の神さまたちや、ほかの天神(あまつかみ)とは
一線を画する神さまです。

   はじめに、天と地の区別もなく、
   ただもやもやとしていたものが二つに分かれ
   清く済んだものが天に、濁ってどろどろしたものが地となった・・・



日本の(挿入画omeganebulaNASA)image
(NASA:omega nebula)


こんな神話のなかから
天地創造とともに高天原に最初に登場した「造化三神」
つぎのお歴々。


天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
     ・・・天の中心的な存在である至高神で、一番最初に現れた神さま。

高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
     ・・・いわゆる天地万物の製造者とされる。
       高木神としても知られ、征服や統治の神でもある。

神産巣日神(かみむすひのかみ)
     ・・・万物の産巣日(生成)をこなす、生産の神。


日本の(挿入画像pillarsofcreation)image
   (NASA:pillars of creation)


そして、

宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)
     ・・・「造化三神」が生成した生物に“生命の営み”を与えた神さま。

天之常立神(あめのとこたちのかみ)
     ・・・天の神、つまり“高天原を永久に護る”神さま。
       “高天原の警備隊長”と呼ぶ研究者もいる。


ここまでの神代が天地創造時代と呼ばれています。

そして、この5柱の神さまがたはいずれも
「独神(ひとりがみ)(男女の性別が無い神)として顕現し、
そのまま身を隠した・・・と。

     (つづく“神代7代”の有名どころは今は省きます)


神々の世界

日本神話では

この世界を大きく「高天原」「中国」(なかつくに)、「黄泉の国」
分けています。

高天原・・・は
     光り輝く光明の世界。
     それは科学で言う宇宙や天空のことではなく
     永遠の神が存在するという“理念上の、広大無辺な空間”です。

     ここに居を置く神さまが天神(あまつかみ)。

中国・・・(なかつこく)は
     文字が指し示すように、高天原と黄泉の国の真ん中にある地上のこと。

     昼夜があって、吉凶と善悪が混在する「人間の世界」で、
     古くは豊葦原中国と呼ばれ、大八島とも言われたりします。

     ここに居を置く神さまが地祇(くにつかみ)。
     ただこの神さまたちも、元を辿れば高天原に連なる存在。

黄泉の国・・・は
     地下にある暗黒の世界とされ、
     死霊や悪霊が住むとされるところです。
     “夜見の国”とも書かれることもあります。
     すべてにおいて高天原と相反する国で、人間社会に及ぼすのは禍悪のみ。

     この国の悪霊たちは凶悪の根源とされているものの、
     たとえ、暫しのあいだ地上の平和を乱しても
     所詮は光の威光に抗えない・・・w。

例外・・・根の堅洲国(ねのかたすくに)
     これは地下にあってここに素戔嗚尊が住んでいるとされたところ。
     が、ここは「黄泉の国」とは“別のもの”です。


で、このほかに常世の国とか竜宮といった「異次元世界/異世界」もあったりします。


日本の(黄泉の国)image



こうした神さまのルーツや住む世界から、
枝葉のように日本の神さまが登場しているわけで・・・。

現代でも、さまざまな人がいろんな味付けをして
民間的な独自解釈もされているようです。


歴史的には、その途上で、
仏教との確執、派遣争いもあったりしました。
また“隣接する国々”からの思想にまみれもしました。

そのために国学者として知られる本居宣長を含む人々が
「惟神(神)ながらの道」(かんながらのみち)の原点を説いたことは
ご存じでしょう。


       日本の(本居宣長)image


この場合の「かんながらの道」は、
さまざまな“教え”にまみれて失われそうになった
日本民族の神への認識を、改めて確認しようと試みるもの。
それは、復古神道への道を促すものでした。

   (注:天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神の“造化三神”を根源神とし、
   根源神の分霊が各人の中に宿っているとして、
   それらの神の意志をそのまま体現するというもの)

そしてそこでは

「今の賢しらな智慧で『古事記』などを勝手に解釈するな、
         心で素直に受け止めよ・・・」


という理念が強調されています。

すると、

もし現代で「かんながらの道」を用いるにしても、
この言葉に重きを置いた人々の「心」がどのようなものか、
敬意をもって、彼らの理念をもう少し深く知る必要があるでしょう。


たとえば、本居宣長が抱いていた日本への心情は、
この歌がよく現している気がします。

     敷島の大和心を人問わば
            朝日に匂う山桜花
                    ―――本居宣長―――


日本の(山桜)image



さらに、近代に突入してからも

新しい「教派神道」が生まれてきました。
しかし、それらのいずれもで日本神話の神の名前を用いているかぎり
結局は“どこか”で、大元の神道につながっているでしょう。


日本の神さまがたを奉じる神道の真髄には
「清浄こそが根本」とされている部分があります。

でも、最近ではそんな真髄を大切にする人が減って、
けっこうないがしろにされていたり?


かつて古代の人々は、
特別な畏敬の念や感情を抱いた対象を「かしこきもの」とし、
それを「神」としました。

そうしたなかから生まれたであろう神道の正確な起源
たとえ“どのようなもの”であったにせよ、

「その根底には日本の祖先たちが伝えてきた
“敬虔なものに対する素朴な感情”がある」


という解釈に、自分は頷きます。


こうした祖先の想いは、ときに抽象的であっても、
どこかで真理を見据えたからこそ湧いたものでしょう。

そして、この感情は、
世界のあらゆる宗教にも相通じる感です。

つまり、

「神」の形は、今日にいたるまで“情緒の部分”で発動し、
時とともに心のなかで育まれ
ときに、実際に特別な霊感を与えられたりしながら
知性と霊的な成長を促すものである・・・と。

それゆえ人々は、たとえ無意識であっても
その“霊的な高次の存在”を感じて畏敬し、かしこむ・・・。

神道を行く身でなくても、よく分かります。


日本の(神のような天体NASA)image
   (NASA:神のように見えると言われているもの)


お正月には神社へ初詣に行かれる方々も
たくさんおられるでしょう。

なので、それが・・・

巷でときおり語られるような
忌み嫌うほど“危ないもの”に近づくことではなく、
また現世利益だけで詣でるのでもなく

日本の“良き風情と情緒”を揺さぶる
清浄なひと時になれば・・・


そんなことを想います。


そして文末にこの言葉を・・・。

     なにごとの、おわしますとは
                   しらねども。
     かたじけなさに涙こぼるる。
                ―――伊勢に参拝したときの西行法師―――


日本の(古事記絵画)image_convert_20141223035908
  (奈良国立美術館の古事記展より)



*****


お目汚しついでに・・・

季節柄、この題材がどうもかかせない・・・w。


     日本の(わんこさんへのプレゼント)image



日本の(挿画ChristmasCat)image



日本の(挿画ねこさんの幸せ)image


居て当たり前的な「カラス」さん・・・

Posted by 世羽 on 19.2014 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
とにかく・・・しばれる。

からす(窓辺の灯火)image



とある時代劇に「カラス」が出ていて、触手がそちらに向きましたw。


ときおり、いつも居る色々な鳥・・・
それが見当たらなくなることがあります。

そういうときには、けっこう色々なことが起きるので
個人的に、危険察知の参考にしています。

がたくさんいたときは、彼らの動向も探っていました。
ですが、最近ではめっきり数が減って、
自分のなかではいつの間にか
カラスがそれに変わってきました。

カラスと言うと、日本国内では
ハシブトガラス、ハシボソガラス、ミヤマガラスなどがよく知られ、
その他にも仲間的な類を入れると、
11種類ほどが確認されていると思います。

で・・・
日本の“そこら辺り”でよく見かけるカラスさんたちを
「カラス」とひとくくりにして先を進めてみます。


からす(ハワイの)image
       (これはハワイのカラス)


上記した前二種類のカラス、巷では本当に“どこでも”見かけます。


でも、街でゴミを漁ってとっ散らかしたり、繁殖期に人を攻撃したり
人が食べているものを横取りすることもあって、
近頃ではすっかり「厄介者」扱いにされてきているのは
ご存じの通りです。
(彼らは生きるためにしているだけですが・・・)

東京都だけでも
いまだ数万のカラスが生息しているとされるなか、
害鳥のように思われ始めてからこれまで、
全国規模だと40万羽以上が捕獲・間引きされてきました。

ですが、いまのところ
どこでどう逞しく繁殖しているのか・・・
総固体数はそれほど激減していないようで、
鳥ながら「凄いしぶとさだあ」と、妙に関心します。


とかくカラスは、
あの“黒いイメージ”がすぐに思い浮かぶせいか、
おどろおどろしい、暗いイメージで受け止められることも多いです。


からす(映画鳥から)image



しかし

日本では昔から“吉兆の徴”として、
画題にもよく取り上げられていました。


からす(日本の絵画)image



また古来、神話の世界では
神武東征の際、熊野から大和へ天皇の軍を道案内した
“八咫烏”(やたのからす/やたがらす)と結びつけられていたりもして。

ちなみに歴史を紐解くと、
この八咫烏・・・カラスというか・・・
『新撰姓氏録』などではあくまで、下賀茂神社の祭神、
“賀茂健角身命”(かもたけつぬみのみこと)です。

『日本書紀』の記述だと、
神武天皇長髄彦との戦闘のさなか、
“金色の霊鵄”が天皇の弓に止まり、を発します。

そしてこの光で
長髄彦側の軍勢の目がくらみ、天皇軍が勝利。

その際の霊鵄が「金鵄」と呼ばれ、
この「金鵄」と八咫烏が同一視されることもあったりします。

また、太陽の化身とされている八咫烏なので
太陽の黒点になぞらえる人もいたりして・・・。

八咫烏が即、カラスをもじったのか・・・となると
カラスには申し訳ないですが
少々不確定なところもあります。

     (ちなみに八咫烏の3本足・・・
     足の本数の意味について諸説あるのは、
     歴史通の方々や不思議通の方々ならきっとご存じでしょう)


・・・いまはそんなことはどうでもよく・・・。


ただ単に、ふつうの生き物のカラスについて書いているだけですw。


     からす(どあっぷ)image



カラスは、緑が豊かな環境なら、
巣を作るにしても、他の多くの鳥と同じように
自然の素材を集めて繁殖期のにします。


でも最近では、報道されてきたように
人家のベランダから
ワイヤーでできたハンガーなどをちゃっかり失敬し、
活用し始めています。
それも、けっこうカラフルなやつが好み、というのですから
笑えます。


からす(巣作り)image


そして、ヒナが憩う真ん中あたりは“ふわふわ”にしたがるわけで、
そのために色々なものを集める・・・。


からす(尻尾引っ張り)image



聞いた話しでは
ハンガーにかけられていた洗濯物の下着なども、
“気が向けば”使うようです。
  (誰かの下着がカラスのヒナの寝床に敷かれていることもあったりしてw)


そんな巣がつくられる場所には高圧電線の通る鉄塔などもあり、
そこにつくられると電力会社さんたちはかなり困ります。
そのため、一般人が知らないだけで
とある電力会社の保守点検を営む方々などは
100種にもおよぶ防護策を考案し、
送電に支障が出ないようにと、かなり気をつかっているようです。


     からす(電線の上の)image



で・・・


ごくふつうに、豊かな自然のなかで野性のカラスとして生きていれば、
けっこう“綺麗な色”の卵を産んで


からす(たまご)image



季節ごとにヒナを育てます。


     からす(ヒナと)image


頭もいいので、道具も使ったり・・・。


からす(crowtool)image


こんなこともして・・・。


からす(お片づけ)image




なかなか人間臭いところもあって


からす(こいつは雄かw)image



たとえば
公・私的機関の巣を撤去する人たちが
数削減のためにヒナを捕獲したりすると、
親鳥はまるで“人さらいにあった親”のように
“我が子捕獲した犯人”の人間を正確に識別して攻撃したり、
ヒナを乗せた車が去っていくあとを、数十分にわたって追跡したりも。


そして(研究者の弁によると)何より人間臭いのは、
しばしば五月蝿いとさえ思えるあの「カア」鳴き(警戒鳴きは別)が、
「暇なときの“おしゃべり”かもしれない」というところです。

そう聞かされると、
よく耳にする鳴き声も、どことなく
ご近所どうしが四方山話に花を咲かせているかのように響いてきます。

ここのところ、各地が寒波に覆われて、
雪もたくさん降るなか
カラスも、仲間たちと

「お寒うございますなあ」とか

「くっそ寒いってばよ」とか、言っているんでしょうか。



からす(雪のなかで)image




こんな感じのカラス・・・


ほんとうにすぐ傍にいる鳥ですが
知らないところはまだまだ、たくさんありそうです。


からす(けっこう果敢)image




自然に目を向けるというのは
そこに生きる色々な生き物たちの“生き様”を知ることでもあります。

で、多少なりとも
そうした生き様を知ると親近感が湧いてきて・・・

カラスが夕暮れの電線に泊まっていようものなら、

     からす(夕暮れどきの)image



つい・・・
「それでも、今日1日、頑張って生きていたね」・・・と
言ってしまう自分ですw。


     からす(どもだち)image




        ・・・クリスマス、そしてお正月・・・と
        カレンダーの節目がさらに近くなる日々。
        寒い日もつづきそうです。


  どうぞ、ご健勝にお過ごしください・・・。


からす(でも、ネコ)image



からす(でも、ネコ2)image


巷の「軍事力」を眺めながら・・・

Posted by 世羽 on 16.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
愛の反対は「無関心」・・・と、古来からよく言われる。

すると

現在の日本の政局に対するかなりの「無関心」さは、
それがたとえ“どんな理由”から生じていても
ある意味、日本への、ひいては世界への「愛」の欠如の映しだったり?

加えて・・・
マスコミが喧伝していた「無駄な選挙」なる標語の裏を
多くの人が真に受けていた様子は切ない。

どんなに小さくても、自分のもつ“力”・・・
それを「めんどくさい」などの理由で簡単に放棄する人が、
自らの人生で、自己の力を使いこなせるのだろうか?


無題(ワンさんとネコさんのクリスマス)image


グローバル・ファイヤーパワー(Global Firepower:GFP)の
「世界の軍事力ランキング2014年版」。

ご存じの方もおられると思います。

ふりかえってみれば・・・。

そこで見積もられた世界の軍事力の強さは

1位 米国/2位ロシア/3位中国/4位インド/5位英国、
6位フランス/7位ドイツ/8位トルコ/9位韓国/10位日本


の順でした。

このランキングは、世界“106ヵ国”の軍事力を
50項目以上の指標にもとづいて総合的に評価し、
算出された指標が“ゼロに近い”ほど、
「強い軍事力」を持つ国としてランク付けがされています。

なお、この指標の評価対象に、「核」保有力は含まれておらず、
あくまで各国の
「軍人数/兵器の装備/予算額/地理的要因」など、
各国が有する“陸上、海上、空中での戦闘能力”をランキングしているようです。

ちなみに
 1位 米 国・・・・・0.2208
 2位 ロシア・・・・・0.2355
 3位 中 国・・・・・0.2594


10位の日本の指標は・・0.5581


さらに、上位3ヵ国と日本の「防衛予算」

 米 国・・・6125億米ドル
 ロシア・・・ 766億米ドル
 中 国・・・1260億米ドル


 日 本・・・ 491億米ドル
   (中国の約40%の規模)

予算額だけを見ると、中国の軍事予算が飛び抜けていることがわかります。

また、総合ランキング
1位米国と2位ロシアにも数倍の開きがあります。

ですが、たとえば兵士の人数を見ると
 ・ロシア・・・310万
 ・米 国・・・220万人。

ロシアが米国を上回ります(総人口だと米国はロシアの約2倍)。

ランキングに用いる指標では、
こうした差異が加味されており、
結果的に、総合の軍事力での1位と2位は僅差となります。

さらに、予備軍人を含めた軍人員数を見てみると、
 日 本・・・約 30万人。
 中 国・・・約450万人(隠れ民兵は含まれていないかも)。


およそ15倍ほどの開きがあります。
(両国の総人口の差が10倍以上なので、その影響もある)


こうして実際の様子を眺めると、
「日本が右傾化する、軍国化する」と言う弁が
半ば冗談のようにも思えたりするわけで。

中国や韓国が「日本が軍国主義化している」なんて、
よく言うよ・・・と思うほうが、よほど自然な感じです。



無題(中国の編隊)image


ここで、ちょっと余談になりますが
中国・福州市の名誉市民(平成17年)でもある沖縄の新知事さん。

数多くの疑惑で不正を問われていたことでも知られています。
かつて“300人を率いて中国詣で”もしました(平成23年)。

この御仁・・・一括交付金を使って
那覇市若狭に15mの巨大「龍柱」2本を建立予定だったかと。
(幸い、この計画は現在、中断しているようですが)


   無題(龍柱予定地)image


「中国に製作を発注する予定で、
材料費と制作費に約1億6000万円、
設置工事と基礎工事にそれぞれ37000万円、
設計費に14000万円を見込む。
デザインは今後決定し、早ければ9月に着工するという」


これは報道された事実でした。

となると、およそ2.5億円が中国に流れるわけで。

一括交付金は“日本全国民の血税”ですから、
そんなことに使われてもいいのかな・・・と思ったりw。

しかもこの「龍柱」
中国皇帝のシンボルであることは知る人ぞ知る。

龍の爪について以前書きましたが、建立される柱に刻まれる
龍の爪の数しだいではさらに、
「沖縄は中国の属国だ」という象徴の意味が強まることにもなるでしょう。

(you tubeとかで知事の名称で検索すると、いろいろわかる)


   無題(龍柱イメージ)image



そして、これも以前に書いたことなので詳細は省きますが
沖縄の米軍基地の周辺に、つぎつぎと建物を建てていった経緯・・・
これにも裏で隠れた計画があったことを、
各々が調べて、おのれで知る必要があるだろうな・・・と改めて思います。

(すでに隣国の息がかかった反日メディア紙に
刷り込みを受けている方々が多いので、
とりわけ地元のみなさんには受け入れがたいかもしれませんが)

そんななかで、沖縄のみなさんは
いわくある御仁を県知事に選出したわけで
米軍をすべて追い出して、
最終的に「独立して中国へと移りたい」と望むなら、
それはそれで一つの自由選択ですから
仕方がありません。

中国は本気で沖縄の地を真剣に欲しています。
かの国にとっては嬉しいかぎりでしょう。

そして・・・これからも“かの国”
沖縄のメディアを反日に染めるにとどまらず、
増強をつづける自国の軍事力を盾に、日本全体をも翻弄していくでしょう。


無題(母艦と)image


知ってか知らずか、そんな隣国の手先と化した人たちが
国政を左右する超・有名政治家のなかにもいて、
それでも衆院選で当選するのですから、面白いものです。

冒頭につぶやいたように
民の多くは、つっこんだことには
あまり関心がないかのようです。

現実を直視することなく、
すわ、話をすればわかる、
戦争をしたいのか・・・と言う人たちもたくさんいて。

果ては、何がなんでも「平和憲法を死守せよ」と。

しかし、よ~く見れば、
そう言って民を引っ張っている人たち、
特にそう言う政治家のみなさんたちほど
思想体系が別の国のもの・・・になっている。

そんな日本でいい・・・と言うなら、
これもまた仕方ありません。

それは単に、
日本の心を無くした人が増えた・・・だけかもしれませんし
実際に「痛い目」を見て初めて、気づくようになっていること・・・
なのかもしれません。

現代の平和は、残念なことではありますが
軍事力のバランスでなり立っているところがあります。
それが崩れたところに、争いや侵略が起きています。
南沙あたりは、まさにそんな感じです。


無題(メンテナンス後の空母)image



現状では・・・たとえば中国は
以下のような点に軍備を注いでおり、
それについて、自画自賛さえ、しはじめています。


1.ロシア最新の艦船製造技術を備えた現代II級駆逐艦。
 日本の「こんごう」型護衛艦より対潜能力は劣るが、
 防空、対艦能力では大きくリードしている。


無題(中国現代級艦船)image


2.空警2000
 将来の国土防衛システム自動化構想の中心的役割を果たす。
 中国はすでに早期警戒機製造の核となる技術を身に付けた。
 空警2000は「米・ロ」が所有する同タイプ早期警戒機の性能を上回る。


   無題(空警2000)image


3.「殲」戦闘機シリーズ
 イスラエルやロシアの先進技術をふんだんに採用し、「戦う鷹」と称し、
 主な任務は制空権の奪取とする。性能は「3・5世代」のレベル。


 長期の開発期間をかけたこれら戦闘機は
 中国と、上記2カ国の技術の粋を結集させたものである。



無題(J10とJ11の実射訓練)image


4.遠距離自走榴弾砲PLZ05。
 155㎜口径の自走榴弾砲は、レーザー誘導で50㎞離れた標的に
 正確に命中させることができる。



無題(PLZ05正面から)image


無題(中国のPLZ05)image

(ちなみに・・・米国のM1 Abrams。
クライスラー社:現ジェネラル・ダイナミクス社が開発した主力戦車のフォルムw)

   無題(米のアブラム)imageimage



5.海面潜行飛行機
 人民解放軍が秘密裏に開発中の第4世代、あるいは第5世代戦闘機。
 米国の最新戦闘機とのシミュレーション戦闘では
 すでに百戦百勝とか(という思いこみ?w)。
 敵機のステルス機能を打破し、空母や各種艦船への攻撃にも優位性を持つ。



無題(中国の海面潜行飛行機予想図)image


けっして、これに対抗しろ・・・ということではありません。

でも、

こうした軍事力強化を着々と進める隣国があって

いざ本気で侵攻をする事態になったとき、
米国も世界も、日本を護ってはくれないというシビアな現実を、
肝に銘じておく必要があるでしょう。


無題(中国ステルスJ20)image



精神論で世界が平和になるなら
それはそれでありがたいです。

ただ・・・

情報に流されて現状の生活や政局に文句を言うだけか、
かろうじて個人的に色々と良くしようとそれなりに努力はしていても、
自分に直接関係ないと思えることにはひどく「無関心」で、
「どうせ・・・だから」と理由をつけて
刹那の楽しみや幸せのほうを優先しつづけているだけなら・・・

いま、その目に映っている平和は
実のところ、「絵に描いた餅」に近くなっているでしょう。


無題(中国海軍の1情景)image



「どうせ、何も変わらないから」と寂しいことを口にするのではなく、
「一人ひとりにこの世界を変える力が確かにある」・・・
そんな真理を改めて、心に想い起こしてほしいものだな、と感じます。

そうすれば
みなさんのなかに、
日本を、そして世界を本当に素晴らしい方向へと導く“どなたか”
新たに生まれるでしょうから・・・。


       無題(とある標語)image




無題(クリスマスの暖炉)image



大西洋の火山島・・・フォゴ

Posted by 世羽 on 13.2014 時事ネタ   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
14日・・・1票は大事に足を運ぶとして・・・。
夜の選挙速報もさることながら、
空が晴れたら、同時刻にピークの重なる流星群も捨てがたい。
“ながら”で、どっちもというところか。


フォゴ(nationalgeographicより)image


日本でも、世界でもあまり報じられませんが・・・。

去る11月23日
アフリカの西方の沖合い、
旧ポルトガル領、現在のカーボヴェルデ共和国・・・。


フォゴ(周辺の位置)image

(この共和国は大小の島からなる)
フォゴ(カーボヴェルデ諸島)image



そこにある標高2800m級の火山、フォゴ(フォーゴ)が噴火しました。
(フォゴ島自体が火山)

フォゴ(NASA・EarthObservatory)image


それも、けっこうな噴火具合です。


フォゴ(噴煙)image



この火山は比較的、短いスパンで噴火を繰り返しており、
一部の火山学者が言うには、
「今回の噴火は1995年の噴火よりも激しく、
1951年に起きた噴火と同様で、
この島での記録史上、最大の噴火・・・」
とのこと。

すでに空港も閉鎖され

フォゴ(fogoMAP)image


麓の二つの村、1000人以上の人々が生活していた家々を破壊しながら
溶岩がゆっくりと低地に向けて進んでいます。


フォゴ(迫る溶岩)image


噴出される溶岩の組成は玄武岩を含むもので、
(人の住む場所あたりでの)溶岩の進み具合が緩慢なこともあり
幸いなことに、いまのところ人命被害の報告はないようです。

政府当局は早い時期から島民の避難を呼びかけていますが
指示に従わずに残っている人たちもいるようです。

人々の多くは高台に避難する時間的な余裕もあり、
徒歩で、また車を使って
身の回りのものや、運べる家財などを移動したりしています。


フォゴ(2014避難)image


・・・が、その一方で、
自分たちの家や学校、農業施設などが
のったり移動している溶岩につぎつぎと飲み込まれていく様子を
なすすべもなく見つめています。


フォゴ(のどこか)image
(www.i-trekkings.netさんから引用)


フォゴ(溶岩の破壊)image



すでに、火山周辺一帯は降灰に覆われ、
人にも動物たちにも飲料水が適さなくなっています。


1995年の噴火のときには
島に住む人たちには戻る家が残りました。

ですが今回は、それが失われつつあります。


フォゴ(20141208の溶岩)image



フォゴ(溶岩の前で)image


こうした大変さは、
同じような体験をしている日本では
分かりすぎるほどわかるかと思います。


とある海外の学者が言っていました。
「どうしてこれが報道されないのだろう・・・。
誰も命を落としていないからか?」


確かに・・・そんな感じかもしれません。

世界中の報道各社は、たくさんの事件や災害のニュースを
好きなように選びます。

なので、これぞ・・・というものでなければ
世界で何かが起きていても報道しません。
しかし、けっこうたくさんの「かなり凄いこと」
こうして隠れているわけで・・・。

(ちなみに日本も、国内事情すら極度に偏向報道されることが多々。
報道の「知る権利」をふりかざす前に、
むしろ「報道する側の、度をこした勝手」的な傾向を
何とかしたほうが・・・w)


火山とともに生きているのは日本も同じですが・・・。

たとえばハワイなどでは
火山から流れる溶岩は神聖なものとして、
たとえ家が巻き込まれようとどうなろうと、
なすがまま・・・というのが古来からの風習だそうで。

日本ははたして、そこまで達観した気持ちを抱けるでしょうか。

これからの地球は火山にかぎらず、
大地からのエネルギーの放出が強くなるでしょう。

このような自然の営みのなかで生きていれば、
そこには自然が与えてくれる偉大な安らぎと同時に、
どこにいても、それなりのリスクが共存しています。



が・・・それはある意味、地球に生きる人の定め



フォゴ(人々と火山)image


フォゴ(20141208見まもるしかない)image




こうして、自然とともに生きる・・・ということを大局的に捉えてみると
それはどことなく、
人生にある“苦楽の波”を象徴している・・・とさえ、感じたりも。







ただ、そんな営みも
願わくば、ほどほどで済むとありがたいものです。



フォゴ(近くのサル島辺り)image
(サル島あたり)


失われた大陸の端っこだった「かも」しれない場所で目覚めた
日本の西之島
もうひとつの失われた大陸があった「かも」しれない場所の近傍で
活動を再開したフォゴ

両者における今後の推移は、いろいろな観点から
興味深いものになりそうです。



フォゴ(火山近影)image



フォゴ(噴火の様子)image


「もしかして」・・・

Posted by 世羽 on 10.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
7日、700km/秒の高速太陽風が到来し、
その後670km/秒前後を推移しつつ、10日現在も継続中。
影響は“さまざまな形”で後発するだろう。

さらに、中国軍機接近も連日で、
空自のスクランブルは年間200回超え・・・まったく、お疲れ様だ。

並行して、2018年冬季五輪の一部共催話まで出てきた。

誰かの生命を救うべく、わだかまりを捨てて「助ける」のと
誰かのプライドだけを満足させるために「助ける」のとでは
同じ「助ける」にしても意味が大きく異なる。

ありがたいことに、“両国民”の大半が「共催は嫌だ!」と言っている。
ここはもう、素直にお互いの民意を“尊重”すればいい。


もしかして(ノスタルジアな)image


*****

年末も近くなり、もしかすると動物さんの群れから

「おい・・・そこのやつ。用事を頼みたい」


もしかして(このなかから)image



「あ・・・はい?」


もしかして(呼ばれたトナカイ)image



・・・と、募集されてソリ引きが組まれたかどうか・・・は、わかりませんが・・・。

どうやら今年も
NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)の「サンタクロース追跡作戦」
遂行されるようです。


また国内では「北斗星」の廃止が決まり、
赤字ではなかったのに“風情ある物”
利便性を追求する時代の奥底に姿を消すことになりました。


もしかして(寂しい引退)image



時代と言えば・・・。


かつて、ヒトラーが腹心ラウシュニングに語ったことが
いまもときおり脳裏をよぎります。

以前も書きましたが、振り返れば、それはこんなことでした。


「未来の社会・・・それはどんな様相を見せるだろうか。
同志諸君、申し上げよう。

まず、闘争によって選りぬかれた貴族階級が現われる。
そして、
新しい中産階級、無知な大衆、新しい奴隷、仕えるものの集団、
“永遠の未成年者集団”があるだろう。

こうしたすべての集団の上に、この“新しい貴族”がある。
それは特別の指導的人々だ。

支配をめぐる闘争によって、
国の内外に、この新しい身分が成立する。

さらには“東方”が
『巨大な実験の場』になるだろう・・・。
そこに、新しいヨーロッパの社会秩序が生まれる」



と、言われても、
これだけでは何がなんだか分からないのは当時も同じだったようで
ナチス幹部ハンス・フランクの「説明してください」との頼みを受けて
ヒトラーはこう補足します。


「よろしい、ハンス、では解説してやろう。

私が言った未来に現われる“永遠の未成年者集団”とは、
『死ぬまで大人になりきれない人間たち』のことだ。

だが、そのようなことは“厳しい・正常な社会”ではありえない。

だからそうなる背景には当然、
“甘やかされた異常な社会”がある。

その異常な社会の中で、
大人になりきれない親に“愛玩動物”のように育てられて、
同じく、子どもが成人しても真の大人になれないのだ」

「しかしハンス、実はそれだけではない。
私が本当に言いたかったのは、そのことではない。

未来社会には、
そうした『永遠の未成年者集団』が現われる一方で、
幼いときから“大人の思考と感情を持った人間たち”も現われる。

信じられないだろうが、彼らは胎児のときからさえ、
そのように教育される。
5~6歳で一人前の理屈と判断力を備え、
13~14歳にもなれば、並の大人を指揮するほどの力を持つようになる。
つまり両極端だ。
肉体は大人で“感情が幼児”のようなグループと、
肉体は青春期にまでいかないのに
“思考と感情”が大人を超えるグループ・・・」


   (注:一見すると、現在、紹介されている意識の進んだ
   “愛に溢れた子供たち”を連想するかもしれないが、
    ここでのそれは、支配欲を有して他者を見下す存在で、それとは別の存在)


「しかもハンス、それは人間の“発育状況だけ”ではない。
人類と社会のあらゆることが、
未来には、そのように両極端に分かれてしまう。

たとえばカネだ。

一方には腐るほど大量のカネがあり、高価で広い土地を持ち、
労せずして限りなく肥えていく階級が現われる。
貴族とか、新しい中産階級とか言ったのは、その意味だ。

だが、少数の彼らが現われる一方で、
他方の極には、
何をどうやっても、絶対に浮かび上がれない連中も現われる。

それはカネだけの問題でもない。
より正確にいえば、精神の問題だ。

限りなく心が豊かになっていく“精神の貴族”、
精神の新しい中産階級が現われる半面、
支配者が笑えと言えば笑い、
戦えといえば戦う『無知の大衆』『新しい奴隷』も増えていく」

「人間だけではない。国もそうだ。
恐ろしく豊かで、労せずして肥っていく国が現われる。

他方、何百年かかっても絶対に払いきれないほどの借金をかかえ、
水一杯すら容易に飲めない国も現われる。

気候もそうだ。
途方もない旱魃や熱波におそわれる国、寒波や洪水におそわれる国が出る。
“災害に襲われつづける地域”と“楽園のような地域”、
人っ子ひとりいなくなる“荒地”と、
無数の人間が鼻をくっつけ合って生きる“都会”とが分かれる。

愛もそうだ。特定の男女にだけ、愛と肉体の快楽が集中する。
一方、一生に一度の、真の愛も快楽も得られない男女も増える。

要するに、土地や金や支配力を得る者は、ますますそれを得、
支配される者はますます支配されるだけになる。
そうだハンス、それが未来だ。私の見た未来だ。
未来はそうなる・・・」

「それは1989年。そのころに“実験”は完成する。
人間は完全に2つに分かれる。そしてそこから引き返せなくなる。
そうだハンス、その完成と、さらに新しい始まりの時期が
1989年4月に来る」

                   (「ヒトラーの予言」資料から引用)


ヒトラーが言った“その時”は、とっくに過ぎました。


魔に魅入られた人物の言ったことなので
上記がすべてということもないでしょうし、
世迷い言のひとつとして、切り捨ててもいいのでしょう。

が・・・残念なことに、“もしかして・・・”と思えるほど、
依然としてそれなりに、
魔に魅入られた彼の言葉に似た“世界”が広がっている感。

とりわけ、気になる箇所・・・それは

「実験場とされた東方の
“死ぬまで大人になりきれない人間たち”」
のくだりで。

文言からは特定の国名や地域は不明ですが、
現状を見れば
日本にも、そんな気配は漂っている・・・かと。


懐古主義に駆られて言うのではありませんが

日本の昔、古人の方々が書き残したことや考え方に接してみると
その“大人びた感”
どうも、現代より「ある」と感じることが多々あります。

それは、まったく別の視点からもうかがえて、
ちょっと画像を見てみると・・・。


たとえば顔つき。


けっして今よりすごく器量がいいわけではありません。

     もしかして(しっかりした顔)image



着ているものも綺麗なわけでもない。

もしかして(古きよい笑顔)image



ですが、顔つきが「しっかり」している。


もしかして(素晴らしい笑顔)image



それは言うまでもなく、精神性の表出でもあって・・・。


芸姑さんの“しな”を見ても、何か真摯な“芸一筋感”が伝わったりする。


もしかして(今は見られないお辞儀)image



当時の古くさい美的感覚だったとしても
今にはない“品の良さ”を感じます。


もしかして(素顔のべっぴんさん1903年)image


生活の文明度は現代のほうがずっと進み
その点では比べる余地もありません。

ですがもし、

それら文明機器のすべてを取り去って、
まったく同列の人間というだけのくくりで見たとき、
果たして現代の人間が
古人よりも本当に精神性を高めたのか
・・・。

さて・・・どんなもんでしょう。

いまは何かこう、多くの場面において
幼児性が漂う。
(もちろん、そうでない部分も散見できはしますが)


もしかして(艶やかな髪)image



現代は、
昔なら知るよしもなかった色んな知識が得られます。
それを活用できて、一見、豊かです。

グローバルな視点が育まれ、
平和を望む気持ちもある程度は生み出せてきました。

しかし、

そうした現象の現れが
個人個人の精神性の高さの進展に匹敵しているのか・・・というと、
必ずしもそうとは限らない。


もしかして(精神性の高さを物語る)image


で、このままで進んでいく公算が大きい・・・と感じると
正直なところ、つい、
「本当にそれでいいのか?」と、問いたくなるのです。

文明の進歩の途上だとしても
失わなくてよかったものも確かにあって
とくにそれが、“心のなかの何か”の消失であるなら、
本当に、それでいいのだろうか・・・と。


もしかして(かなり真剣na)image


これは恐らく、
大なり小なり、世界でも同じことが起きているでしょう。


なので、そんな世間の現実を感じていると
頭のなかがいつしか、お笑いネタで使われる
「Meanwhile in・・・画像」のようになることがあります。

     もしかして(クマさんも外を見る)image



あえて言葉に変換するならそれは、
どことなく迫る悲哀なのかもしれません。

     もしかして(レトロな)image


こうした「もしかして・・・」なことが、
単なる個人の勝手な想い過ごし、
“過度な憂慮”で済んで、
のちのち笑い話にされるぐらいならいいのですが・・・。



もしかして(サルだ)image



いずれにしても


ヒトラーの視たというヘンテコな世界の出現が感じられて、
「もはや引き返せない」・・・と言われているなら
新しい“善い抜け道”を開拓すればいい・・・。

なので、どんなにちっぽけな力で、
「そんなこと無駄なあがきさ」と言われても

やはり・・・

誰かしらが奴隷になるような未来とは別の、
皆が、心から微笑むことのできる世界
ひたすら想像しつづけるのみ・・・w。


   もしかして(ささやかな笑顔)image



もしかして(ささやかな笑顔2)image



もしかして(とびきりの笑顔)image


日本の史上に残るも「ほぼ知られざる人たち」・・・

Posted by 世羽 on 06.2014 道草   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
下の動きが少し気になってきた。

知られざる(サンタさん)image


かつて、この敷島には、
世界と同じようにハンセン病(癩病)という“不治の病”がありました。

 (注:1943年、特効薬プロミンが開発され、いまでは、ハンセン病は“治る病”になった)

当時、結核もそんな感じでしたが、
ハンセン病の場合はご存じのとおり、肉体が崩れて行くので
罹患した人には想像を絶する“辛い病”となりました。

とりわけ当時の日本人は
「癩病になるのは家系のどこかで悪しき事をした人がいたからだ」
という認識で、
家族の誰かがこの病にかかろうものなら、“その一家全体”が忌むべきものとされ、
村八分状態になっていたのです。

発病にまったく関係ないにもかかわらず、
身内であるがゆえに嫁ぎ先を離縁されたり、
会社を首になったり、「学校に来るな」と言われたり、
当時の水源であった川や井戸の水を使用することも拒否されたりと、
凄まじい“嫌われ者”になったわけです。

ですから、家族の誰かが罹患すると、
それを隠して山中にかくまうなどが、当たり前のように起きていました。

しかし、仮にかくまわれたとしても
大半の患者さんが
そのうち食べ物も得られなくなったり、
症状から来るさまざまな痛みに苦しんだあげく、
誰にも看取られずに野垂れ死ぬ運命にあったのです。

その状況下、日本で最初のハンセン病の施設ができたのは
あの“富士のお山”の裾野でした。

それは明治19年(1886)のこと。

パリ外国宣教会のジェルマン・レジェ・テストウィド神父が
日本での宣教中、とあるハンセン病者と出会い、
「酷い扱いを受けて放置されている罹患者を助けたい」・・・と、
御殿場の鮎沢村(現在の御殿場市新橋)で家屋を借りて
活動が開始され、
その後、神山に場所を移して「ハンセン病の治療所」となり、
多くの患者さんが、そこで治療を受け、共同生活をしていくことになったのです。

     知られざる(テストウィド神父近影)image
   (ホスピス神山復生病院HPより引用)


同時期の世界では、
モロカイ島でハンセン病者への英雄的な看護をしていたダミアン神父がいました。


     知られざる(ダミアン神父近影)image



その活動は、上記の宣教師たちの心に
日本人が見捨てた病人・・・それも、いったん罹患すれば
二度と人間として扱われなくなってしまう人々・・・
「彼らに手をさしのべたい」・・・そんな気持ちを強くさせた一因になったようです。

宣教師たちにとって、施設をつくって維持するにしても
費用は“海外や国内の篤志家らの寄付と援助”のみが頼りでした。

ですから、当初手に入れた家屋も、あばら屋みたいなものです。


     知られざる(神山復生園のとき)image


希望をもって施設の前身を造りつつあっても
宣教師自身、また病者の人たちの食物にも事欠いて、
米一粒さえない状態に陥ることがたびたびありました。

そのため、宣教師たちも人の子、その口から

「フランス人の自分たちが心尽くして病者の世話をしても
日本人は病者を助けようとする医者もいない・・・。
遠い国の外国人にばかりに任せてよいのだろうか・・・」


・・・と“弱気なつぶやき”が出るぐらい、運営と維持は困難をきわめました。

それでも宣教師たちは諦めることなく、自分たちの想いを形にしていきます。

遠い異国の地である日本で
最下層になってしまった人たちに寄り添いながら
宣教師たちの尽力はつづけられました。

この異国の宣教師たちは、その後当地で帰天し、
いまも富士の麓に眠っています。

で・・・その途上、ドロワール・ド・レゼー師の代のとき、

     知られざる(レゼー神父近影)image
       (ホスピス神山復生病院HPより引用)


裕福な家に生まれて何一つ不自由なく暮らしていた1人の美しい才媛が
罹患したとのことで、この施設にやってきます。

彼女は深井八重・・・ソニー創始者の深井大の遠縁にあたる女性でした。

そして数年後のこと、なんと八重の病気が誤診だったことがわかります。
レゼー師は
「世間に戻って女性としての幸せを得るように」と進言します。

ですが八重は、レゼー師たちの窮状を直に目にしていましたし、
実は、あの“弱気なつぶやき”を聞いた本人だったのです。

「日本人で1人ぐらい、親身に看病する人がいなければ・・・」
との想いを抱いた彼女は、
看護師になってレゼー師たちを助けることを決意します。

こうして、のちに
日本のナイチンゲールとも呼ばれることになった女性が生まれました。

   (彼女がどれほど患者たちを励まし、
    いかに過酷な治療をこなしたかの逸話は数多残る)

   知られざる(井深八重近影)image



時が流れ・・・この施設の後継者となったのが
多くの足跡が書籍となって今も残されている
あの岩下壮一神父です。


             知られざる(岩下壮一近影)image



岩下師は、もともと裕福な家庭に生まれたのですが
幼いときから片方の足が不自由で、歩くときには足をひきずっていました。

とはいえ、頭脳がすこぶる優秀で、東大を首席でとおして卒業、
海外に留学し、
ゆくゆくは日本の政界にも必要な人になるだろう・・・
と言われたほどの逸材です。

が・・・

彼はまったく別の道に進みました。
海外で神父になったのです。

そして、のちに神山復生病院と呼ばれることになる施設の前身
育てていくことになります。

当時の岩下神父は、「あそこに罹患者がいる」と知らされると
病人の存在が外に漏れて、その家族があとで辛い目にあわないように
非常に慎重に、気を遣いつつ、
自ら自動車を運転して罹患者のもとをこっそり訪れて、
迎えに行っていました。


       知られざる(岩下神父と自動車)image


ですがいくら画期的な施設であっても、いったんそこに入れば
患者はほぼ、一生家族に会うことはありません。

たとえ患者が「会いたい!」と切に願ったとしても、
家族が面会に来ないのです。
そうなれば、患者さん自身がどんな気持ちになっていくかは
想像に難くありません。

ですから、収容されて手厚い看護をされていても
日々崩壊していく我が身への
恐怖と絶望感心の寂しさがあいまって、
自死する者もいたのです。

あるとき、新参者の若い男性患者さんが
深夜、とある病室のドアの前で
岩下神父が闇に紛れて跪いているのを見ました。

「ぎょっ」とし、声も掛けられず、
この若い患者さんはその場を立ち去ります。
しかし、気になってしかたがありません。
「神父さんはいったい何をしていたんだろう」・・・と。

のちに他の患者さんが、こう教えてくれました。

「あの部屋には、自殺しようとした人がいるんだ。
それで神父さんは毎晩、あの部屋の前を訪れて
患者さんのために祈っているんだよ」


岩下神父の深夜の隠れた祈りは、
その患者さんが自殺するおそれがなくなるまで続けられました。


     知られざる(祈り)image


この、新参者の男性患者とは、
重兼芳子の著書『闇を照らす足音』で重兼氏の取材に応じて
いろんなエピソードを語った人物です。

    (ちなみに、この書籍タイトルにある“足音”とは、
     失意にある患者さんが眠りについた夜、岩下神父が不自由な足を引きずって
     病室をそっと巡って歩く“独特の足音”が聞こえるたびに、
     言いしれぬ安心と優しさが心に湧いた・・・という
     元患者さんの話からきている)



この若い男性患者さんは当時の様子を様々に話していて、
それによると・・・

施設運営の費用は
岩下師の代になっても、やはり寄付や援助からでは到底足りず、
岩下師は患者さんに知られないように心を配りつつ、
父が自分に残してくれた遺産をすべてつぎこんで
きりもりしていたようです。

一方で、当時の皇后陛下が、岩下師の苦境を聞き及び、
国民が見向きもしなかったこの病める人々のいる場所へ、
密かに援助をしていたことが語られています。

で・・この岩下神父さんは、のちに
患者さんたちから「オヤジ」と呼ばれて大変慕われる一方、
時に“あまりの優しさ”がウザイと反発をくらったりもしていました。

上記の男性患者さん自身がそうだったのです。

そんなこんなの中、戦局が進み、
本土での空爆の恐れが出てきたころ、
患者さんたちも退避訓練を行うようになりました。

すると、一部の患者さんたちから
嘆きに満ちた声が聞こえるようになります。

「国のために戦うこともできず、死ぬこともできない。
こんな自分たちがのうのうと生き恥をさらしていてもいいのか?」


それを知った神父は、みなにこう話します。

「みなさんに申し上げます。
これから先、日本がどのような非常事態になりましょうとも、
みなさんの命は誰もとって代わることはできません。


明日をも知れぬ“重症者の命”と、
戦地で勇敢に戦っている“兵隊さんの命”と、
命の重さに少しの変わりもありません。


1人ひとりの命を他と比較して、
その“軽い・重い”を問うような愚かなことだけは
やめてください!!!・・・」


また別のあるとき
岩下神父は恋愛問題に悩んだ“先の男性患者”
叱責混じりで、こんなことも言われます。

「神父さんは本心を押し隠して
“信仰に生きている”というポーズをとっているだけじゃないですか。
神父さんも男だ。
男の肉体があるなら、裸のままの気持ちをさらしてください。
生きたいように生きて、愛したいように愛せばいいじゃないですか。
結婚したいと思ったことは一度もないんですか!?・・・・」


神父の答えはこうでした。

「人間の心の奥には、
他の人間が立ち入ることのできない領域があるんです。

イエズス様の光はそこまで届きます。

他の人には見えなくても、
私はイエズス様にすべてをさらしています。
露わに、むき出しにされているんです。
それだけでいいのです・・・・」



こうした心のやりとりを重ねる日々を過ごした“この患者さん”
作家の重兼氏に、面白いことを吐露しています。

「確かに、お願いしているのはキリスト教の天主さまでしたが、
天主さまの背後に実にさまざまな方たちが控えていて・・・
わたしの願いを共に聞いていてくれる・・・そんな気がします」




   (いまはもう、ハンセン病は恐ろしい病気ではなくなりました。
    それでも、この世界にはまだ、
    克服できない病気がいくつもあります。

    でも、それに強い意志をもって対峙しようとする人たちがいて
    だからこそ、少しずつ深刻な病気が消えていっている・・・
    それも事実ではないでしょうか)


     知られざる(旧・神山復生病院)image



岩下壮一神父は、この後、
自らの職務を続行しているさなか
政府の命を受けて短期間ですが中国に出向きます。
そして、そのときに体調を崩して帰国。

別の場所での入院を勧められるものの
患者さんたちの待つ神山復生園へ戻ることを強く望み、
フラフラ状態になって、脇を抱えられるようにして帰還します。

ですが、そのまま病床についたままとなってしまい、さらに病状が悪化、
自分が愛した“その地”で帰天しました。

そんな岩下神父が、
当時は“いまよりもずっと身分が低かった女性”に関する一言を
残しています。

それを文末に・・・。


   「女の人は、おむつの洗濯をしていても
   台所で芋の皮を剥いていても、
   心の眼は浮き世の彼方、はるかに高く、神に向かっている。
   揺りかごを動かす者は、世界を動かす」



知られざる(SweetDreams1892EdwinHarris)image





*****

口から食物が食べられて、「美味しい」と思えるのは健康なしるしで・・・
当たり前のようでいて、実はすごく幸せなことだ。

病気になると、
それがどんなものであっても、
なったその人にしかわからない苦しさや寂しさがある。


知られざる(不調の子ヤギ)image



見守る側にも、言葉にできない痛みが生まれたりする。



それでも、打ちひしがれることなく
治りたい・・・と全力を尽くし、
また“暖かい心”でそれを支える人たちがいる・・・。


知られざる(山羊の親子)image


そのような人たちは、
たとえ世間的には無名でも
至高の存在の前では“素晴らしい勇者”なんだろう・・・と思う。


知られざる(白い山羊さん)image


「少しだけ」先のこと・・・

Posted by 世羽 on 03.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
米国人ジャーナリスト・マイケル・ヨン氏の記事が流れている。
検索すれば和訳も読める。
受け取り方は、もちろん、
主義主張・立場の違いで人それぞれあるだろう・・・。

だが、隣国の主張と、
日本のいくつかの政党と所属議員の言っていることが
真実とズレている証左にもなりそうなこの発言。
“ごくふつうの思考の人”なら、たぶん読めばわかるだろう。


少し(くねくね道)image



先のことを言えば鬼が笑う・・・。
でも、少しだけ先のことをメモしてみますw。


今年、あの地球史上最大の火山“タム山塊”が発見されて
話題になったのを覚えておられると思います。
しかもそこが、いまだにそれなりの活動をつづけている事実も・・・。


少し(タム山塊とか)image


これなんですが、実は2006年当時、ひょんなことでトンデモ話談議に
花が咲き、勢いにのって
「日本の東方向に知られていない火山があるように感じるんだ」
同僚に本気で言ってしまったところ、一笑にふされ、
かなり気恥ずかしい想いをしたことがあります。

それから長いあいだ、それらしい発見もなく、
当然「夢想」扱いのままでした。
そして8年もあとになってようやく、
感じたことが認めてもらえたという、ちょっと情けない経験でした。

似たようなことは他にも色々あって、
「言うべきことは、相手と時宜を慎重かつ謙遜に選べ」
教えられていたようですw。


少し(タム山塊2)image


そんななか・・・


西之島で“新しい”噴火が始まったとき、
「ついに来たか」・・・と、内心思いました。

というのも・・・この噴火は
自身の感覚では、
けっこう大きな意味をもつ“サインのひとつ”だったからです。

この西之島周辺の活動については
ゆえあって、“島がどれほど大きくなるか”・・・が
今後の未来を知るうえでの“個人的な指標の一つ”となっています。


少し(西之島マップ)image


記録によるとこの海域では、昭和12年(1937)に、
小笠原海域でカツオの漁をしていた漁民から
「海底からフツフツと気泡が昇っている」との報告が
上がっていました。
   (ちなみに、近年、日本周辺では似た現象を呈しているところが多数ある)

そして昭和48年(1973)。
海保や自衛隊の調査から、
海底火山の爆発を示す“海水の変色域”が確認され、
同年6月、元の西之島が海上に姿を現しました。

そしてわずか1年のうちに、島が造成されたわけです。


その後、元の西之島の近傍で新島が出現し・・・

少し(西之島辺り2)image


現在も、規則的な溶岩噴出によって島の形成が持続しているのは
報道のとおりです。


少し(西之島辺り)image


少し(nishinoshima8oct2014)image_convert_20141202221810



で・・・この島の軌跡を例にとると、

地下変化の予兆があってから今日に至るまでの期間は、
地球の時計にすれば、ほんの1瞬にも満たないものですが
人間側の年数からすると77年もかかりました。

予兆が出てから、大きな現象にいたるまでに
人の感覚からすると、けっこう長い時間がかかる・・・とわかります。

ですから仮に、

意識が飛んで何かを捉え、
直ぐに起きるかのように感じたことが、
場合によっては、はるか先・・・
ことによると、
感じた人がこの世を去ってから起きることも“多い”のだろう・・・
と、思ったりするわけです。

さらに・・・あまり報道されませんが
硫黄島付近でも海底の動きが活発化しており、
系列は異なるものの、
カムチャツカの火山の活動や、ハワイでの新たな溶岩の流出も
さかんになってきました。


少し(カムチャツカ2012)image
    (カムチャツカ。2012年11月後半に噴火開始)


こうした大地の活動による、新たな地面の造成は、
たぶん遠い昔から、
数多くのサイキックが“それとなく視ていたこと”に通じる・・・と
思っています。

いまの時期、
地球が、物理的にも“激変の時代”に入ったことを
肌で感じている方々は多いでしょう。

それは、以前書いたように、

地球の“地磁気の減衰”が人体に与える“正側”の影響から
人がさまざまなことを“感じやすくなっている”こともあります。

そのため無意識であっても、地球の変化に反応する人が増えて
たとえば、
「偽り」などに対して敏感に「何かがへん」と直感できたりするので、
さまざまな「嘘」が明るみに出るようになった・・・と言っても
過言ではないでしょう。

その現象も増加しているかと思います。

同時に、
心に「追い払う必要のある暗い部分」を持っている人などは、
それが強くなり、自省が効かずに
そちらへ突っ走ってしまう事態も誘発されやすくなるはず。

こうして眺めれば、

いまという時期に
心を明るく保つことの大切さも、重ねて納得できるわけです。

話を元に戻して、

なぜ自分が、太平洋内の地面の隆起を注目しているかと言うと・・・。

太平洋辺りでこのまま活発な造成がつづく場合
それに呼応して、世界のあちこちで逆に水を浴びることが
予想されるからです。


少し(海に押されて)image


またそれにあわせて、
かつてジョン・コッパーが提唱した(マイナーな)理論
「人類の“驚異的な飛躍”は
どうも“磁場の逆転”した時期と重なりそうだ」

・・・も、想起しているからで・・・。

とはいえ、「いつ来るか・・・」と、絶えず巷の噂にのぼる「磁場の逆転」
「臨界点」を越えるためのトリガーを必要とし、
そのトリガーが何になるかは、人類には明かされてはいません。

これは、ひとえに、この世界に向けた
視えざる世界の“慈愛の賜物”だと感じます・・・。


少し(海の下)image


いずれにしても自分は個人的に

今世紀は、万事において激動の時代になるだろう・・・と
感じています。

もう少しすると、激動の現れの一部として
もし誰かが“自覚したうえでついた嘘や偽り”を有しているなら
それを自身のなかでどう処理したかの「結果」
大なり小なり、白日の下に晒される現象が
さらに加速するでしょう。

新しい変化に乗るというのは
よく「生みの苦痛」に比されたりします。

それは真実だ・・・と、自分は思います。

いまはまだ、
人生の荒波に飲み込まれる経験なく生きていて
実感が湧かない方も多いでしょうが
どのような方であっても
いずれある日・・・それを実体験として知る時が来るかと思います。

まっとうな人が
まっとうな生を楽しみ、人生を謳歌する時代の到来
・・・は
もちろん心から期待すべきもの・・・。

ただ、

いったん大・小の試練(自然の変化も含む)に遭遇すれば
そんな期待さえ案外脆くも崩れたりするのが、大半の人の常。

そこをどう崩さずにやり過ごすか・・・という体験が
今後の“課題”として出てくる可能性があると感じています。



補足して・・・。


たとえば、社会では

誰かの悪口、それも“ただ相手の人格を愚弄する”ような会話を
仲間と交わす機会があったりするかもしれません。

もしそれが、
本人を前にせずに、「罵倒に終始するだけ」のものなら

たとえ仮に、対象となる人が本当に“それなりの人”だったとしても

そんなときこそ、ふと思いを止めて

「もう、建設的ではない悪口はやめよう」・・・と、

周囲に率先して言える勇気をもち、
それを“実際の行動”に移せたなら・・・

さらには機転をきかせ、それまでとは逆の、

ユーモアに満ちた、明るく建設的な思考へと“他者の思考”まで切り替えること
意図的に実践できたなら・・・

その行いは、

人性を完熟させていくにとどまらず
この星をぐらつかせる“視えない重さ”や“負荷”を課さないため、
かつ、新たな転換期をおだやかなものにしていくため、

この先、きわめて“大きな働き”となる・・・。

そんなことを、いま感じているひとつとして
備忘旁々、改めて書き残しておきます。


        少し(NO!)image



これから先は、できうるかぎり
想いを日々、“生き物が住める”水のような・・・清らかなほうへ・・・。



少し(綺麗な水の)image


  

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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