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スピリチュアルな「恋と結婚」

Posted by 世羽 on 14.2013 語り   0 comments   0 trackback


春になると、草木が芽生え、多くの動物達が恋の季節を迎えたりします。
そんなことを思っていたら、ふと・・・・こんな内容が書きたくなりました。

*********

恋人がいる人・いない人
結婚している人・いない人
お子さんがいる人・いない人

それらが順調にいっている人・いない人


きっと、皆さんもどれかに当てはまることでしょう。


一般論はさておき
いわゆるスピリチュアルを好む方々は
今流行の「特別な魂の絆」を持つ相手を探そうとしますね。

ソウルメイト、ツインソウル・・・。

確かに、そうした存在はあるでしょう。

それが、「真の絆」を持った相手として、現実世界で出逢えたなら
祝福される出来事です。


で、ちょっと眺めまわしてみたのです。

すると、色々なケースを目にすることができました。


両者が独身の場合、
このような方々は
今後の展開のなかで「感じた結びつき」が本当かどうかを
追求できます・・・。
これなら、じっくり、それが本当なのか
確かめる心の余裕もありますし、
両者の「輝く旅」が始まるかもしれません。
すでに、そうして結婚されたかもしれません。

一方・・・なかには、

相手を特別な絆と確信した・・・と思ったものの
「片方が既に結婚」していたり、
「両者が共に既に結婚」していたり、
「子供もいたり」・・・。

そのため、「道ならぬ旅路」を始めてしまった方々もいるようでした。


さらに・・・

ネット上では、
自ら「わたしはあなたのツインソウルです」と誰かに名乗ることもあったり
ときには、まったく第三者である能力者が
無責任にも、そうしたことを進言するケースもあったり。
そして、それらをすぐに信じてしまう方々がおられる・・・。


いやはや何とも・・・。


さて・・・。


特に「道ならぬ旅路」にある場合
自分は
それらは「ただの恋」・・・と感じます。
辛辣に言えば、不義と同義・・・
恐らくは、人間の傲慢さから出た
都合のいい解釈ではないかと・・・。
(真剣に考えている方もおられるでしょうが、あえてそう申します)

というのも、

人を導く「至高の存在・神なるもの」は、
そんな非効率なことはしない・・・と感じるからです。


この見解について証明することはできません。


ですが・・・


真性のツインソウルに巡りあうには
それまでに、両者の魂は相当に浄化されているでしょう。
その時、各々の魂は
自分の置かれた状況を的確に判断し
人の道にはずれた道を選ぶことはないだろう・・・そう感じます。

そして恐らくですが・・・
もし、
不透明な旅路の場合だとしても

本当に両者が「真性の絆」をもっており、
今生で出逢う約束をしたなら
今すぐどうにもならなくて、一端は別離を迎えても
どれほど時を経ても、
それぞれが「誰も傷つけることのない」環境下で
いつかふたたび「必ず巡り逢える」はず・・・と感じます。


お互いが家庭を持っているなら、
まずはそれを最優先してこそ
まことの愛の道ではないでしょうか?


「ただの恋」を勘違いした方たちが、
自分たちは真剣だから
この関係を貫き通す・・・と決意し
今ある家庭を壊してまで、というケースもあるでしょう。

今どきのスピリチュアルな風潮は
気が合わなければ、学びが終了したと考えて、
即・・・離婚、とかに移行してもOKのようです。

これは最新の考え方のようでいて
実のところ、
実行した側の心の奥に「闇」を抱える一因を創り出しますが・・・
そうしたことを公に発言する方がいないようです。

(もちろん、酷い・異常なDVなどが介在し、どうしようもない場合は別です!)


「恋」と「愛」は似ていますが、レベルが異なります。


人は「恋」から始め
「愛」がどのようなものかを学べる生命体です。

そしてその「愛」を育むなかで
喜び、笑い、ときに怒り、酷い喧嘩もするでしょう。
こうしてお互いを知りながら
この世での「結婚」というものがどういうものか
知っていくのです。
恋のレベルにいるだけでは、「結婚」の何たるかはつかめないでしょう。
そこでは生涯にわたり「愛」を育んでいくことが必要なのです


そのような意味からすると
「新たに出逢えた奇跡」と称して
波動が合わなくなったら、離れるのも仕方がない・・・という
今どきの輸入された精神世界の情報の一部に対して
かなり抵抗を覚えます。


自分の尊敬する「心の師」が、こう教えてくれました。


「何かをしようとするとき、
自分にされて嫌なことは、決してしないように」



この言葉はあらゆる場面で適用できますが

「道ならぬ旅路」に身をおく方々の影で
何も知らないか、
もしくは、後に知って「傷つく誰か」がいるとしたら
それは、同時に、
「傷つけた側」にもダメージが残る・・・
これを鑑みながら、深く考えてもらいたい言葉であります。


スピリチュアルな「恋と結婚」もいいでしょう。


ですが、
もしも今、すでに、大事な護るべき人、家族がいるなら、
それを大事にし、
その「責任」をもう一度考えてみませんか?

そして、「なぜ」その人たちが自分の目の前にいるのか

それこそ、「スピリチュアルな観点」で見つめ直してほしい・・・
そう願ってやみません。


こうした方々が、そして皆さんが
本当の意味で
神聖な「愛」の喜びに至りますように・・・。



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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