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「神示」考・・・

Posted by 世羽 on 29.2013 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)本日は、あまり触れてはいけないかもしれない部分に、足を突っ込んでみることに。
というのも、ずいぶん前あたりから、書くか?・・・という感じになっていたが、
ゆえあって足踏み。
でも、メモっておかないと先に進めない感じだ。

というわけで・・・。
あの「神示」などについて。
(長くなります!ご勘弁を。本日は冗談抜きに、超真面目に書きます。なんせ、神様のことですから・・・)

神の光芒images


精神世界のカテゴリーに足を向ける人なら
ほとんどの方がご存じであろう「日月神示」そして「お筆先」

概要は、改めて書く必要もないくらい、ご存じと思います。

で・・・。
記憶に誤りがなければ・・・ですが(最近はどうかわかりません・・・)。

大本教さんでは、これまで
「日月神示」を正式な神示として認めていなかったのではないでしょうか。

そのようなこともあり、昨年末、「日月神示」や大本の「お筆先」の内容を
あまりにごちゃまぜにして
「みろくの世」へ行こう・・・と叫んでいる人たちがいるのを知り
・・・となっていました。

どちらのサイドも、部外者から見ると内容が似ています。

また、岡本さんを見出したのは出口王仁三郎さんの右腕として活躍されていた方ですし
内容の上からも、共に「みろくの世」の出現を目指しておられる。

なので、信者さんとか、心からの信奉者ではない人たちにとっては、
「標語」くらい・・・の程度の扱いだったのかもしれません。
ただ・・・あまりにトレンド風の解釈が多く、扱う軽々しさをみて
色んな事を感じていました。

ときに、

これらに突っ込んで、単なる一部外者の視点で眺めると
わずかながら、両者に違いを感じます。

失礼を予めお詫びしてから、その「感じ」を記すと・・・。

大本教さんサイドでは
「世界万物を造りたる神はただ独神(ひとりがみ)、天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)とたたえ奉る。天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)の神様をつづめて天帝という。また真神という・・・(出口王仁三郎)」とあるように

また、「大本の祭神」を

「天地のありとあらゆるもの、全大宇宙を生み、育てられている、根本の独一真神(主神)をはじめ、大地を造り固められた祖神である国常立尊(くにとこたちのみこと)(厳霊)、豊雲野尊(とよくもぬのみこと)(瑞霊)、その他正しい神々を『大天主太神(おおもとすめおおみかみ)』と仰ぐ」
とし、

「大宇宙の創造主神とは、永遠に変わることなく、絶対の存在として実在するただ一柱のみご存在になる根本の真の神のことで、古事記ではこの神のことを天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)、大本では大国常立大神(おおくにとこたちのおおかみ)というご神名で尊称する」


「世界の各宗教ではこの主神のことを、ゴッド、エホバ、アラー、天、天帝などいろいろな名称で呼んでいる」

「主神は、天地万物を司るために、幾百もの神々を生み出され、それぞれに役目を仰せ付けられ、世界を守り開かれている」

「なお、大本では主神とともに主神の手足となって活動している多くの天使(かみがみ)を神さまとしてあわせておまつりし、各家の祖先の霊魂も丁重にまつる」

というスタンスです。

一方で

天明さんの神示はというと
世界の各宗教・・・を、「宗教に生きて、宗教に囚われるな」とのごとく
宗教としての神示であることを、糾弾しています

気持ちはよくわかりますし、これは耳の痛いところです。

で、それを正せばよいか・・・というと、そうでもなく、神示は
「今までの日本の宗教は日本だけの宗教、このたびは世界のもとの
三千世界の大道ぞ。教ではないぞ」

と告げています。

これもよくわかります。つまり国常立大神の神示を宗教化するな・・・と言うわけです。

となると、同じ国常立大神を拝する大本さんへの「入信」は
ある意味、やんわりと否定しているかのようです。

とすると、この二つの非常に似通った「教え」の源が微妙に異なって映るわけで。

(部外者には、このようなことを言える筋合いはまったくないでしょう。
でも、だからこそ、かえって単純に、そう感じられるのかもしれません)

日月神示の名高い解説者が、遠い昔に
「日本は仏魔にやられ・・・」と書いているのを知っています。

その仏魔の意味は、仏教の言う“魔”というものではなく
「仏教によって、神道が穢されてしまった・・・」という意味でした。

その解説が、正しいとして・・・

「仏魔にやられた・・・」とすると、
仏教出自の「弥勒」はどうなるのでしょう。

加えて
仏教の弥勒は、まだ「仏陀」(先日の記載をご参照ください)になっていない。
まだ、「菩薩」のはず。
その名を冠した所以とは、いかなるものでしょう。

また仮に、
日本の神のお名前を拝するものをいちばん上に座する存在として奉ずるとき
なぜ、どちらも、神道の神の御名を冠した言葉を使わないで
仏教の言い方である「みろくの世」としたのでしょう。

中身を完全に知り得ない者からすると
いつも「謎」感を覚えるところです。

それはさておき、
中身に教えられるところがない・・・というのではありません。

むしろ、傾注したくなる事柄がたくさんあります。

宗教ではない・・・「日月神示」ということで
触れやすいこともあり
僭越ながら、例にとらせてもらいますが・・・。
そのなかに述べられている視えない世界についての記述は
鋭い切り込みを呈しています。

たとえば、
世間に流布されている内容の一部、気になるところを書き出してみると・・・。

*高度の霊がただちに肉体人に感応する事はなく、
それぞれの段階を経て感応するものであることを忘れてはならない。

*目に見えぬ所からの通信は高度のものほど肉体的には感応が弱くなり、暗示的なものになる。
下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいる為、その感応は極めて強く人間の目にはいかにも、もっともらしく映るのでこれも注意が必要である。

*高度なものは、その人間の心(精神)に応じてそれと同一波長の神霊に伝達され、その神霊の感応によって表現される。

*下級霊が懸かった霊媒の態度や所作、動作、言動は高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものであるがこれらは良く見極めれば判る。

*特別の使命を持つ天使は、最下級の霊界まで降って来て人間に特別な通信をしたり、指示したりする事がある。また天使の霊が母体(母胎)に宿り人間として生まれて来ることもある。
末世にはこの種の降誕人が沢山ある。

*人間霊の場合でも、ある種の霊は、自分自身が高度な神界に住んでいると誤信しているものがいるが、こうした霊が感応した場合は自信を以って断言する場合が多い。
人間の知らぬ世界の事を自信を以って強く告げてくるので、判別は困難で多くの場合、審神者は参ってしまう。

*仙人というのはどんなに高度に見えるものでも、幽界に属す。
なぜなら、仙人界には戒律があるからである。
神界には戒律はない。真の宗教に戒律はないのである。戒律がある宗教は亡びる。しかし、神界にも仙人的な存在はある。

*竜体を持つ霊は神界にも幽界にもある。
竜体だからといってそれらが全て神界に属すると思うのは誤りである。

*先祖霊が出る場合は、何か頼みたい事が有る場合が多い。
浄化した高級霊ともなれば、人間の肉体に判るような感応はほとんどない。


*下級霊や動物霊の場合は「酔いどれ」のように箸にも棒にもかからない事を言ってくる。
霊の要求だからといって、そのまま受け入れるのではなく、よく判断した上で処理しなければならない。

*霊眼で見たり霊耳で聞いたりすることは間違いが多い。
霊耳は耳をふさいでも内から聞こえてくる。
また、霊人と語るのは非常に危険である。

* 物を見るのは額で見ることが重要である。額の目に見の誤りは無く、額の判断に間違いは無い。また、正神からの感応は額から入り、顔面全体に及び、やがては身体全身に及んでいくものである。逆に、悪の霊が懸かった場合は肉体の背後や首すじなどから感応し、肉体の「みぞおち」あたりに集まり、そこで頑張るものである。

*霊覚者や行者の中には奇跡的な事や非常識な行動をする者がよくいて、一般人はそれに騙される事がよくある。これらは、いずれも下級霊の仕業である。

*正神には奇跡はない。高級霊は態度が立派である。

*どんな下級霊であっても、その霊を馬鹿にしてはならない。
馬鹿にすると反射的に審神者を馬鹿にして始末に負えないことになるので思慮が必要である。
特にその霊が病気に関連をもっている場合は微妙である。霊には常に愛を持って接し、柔らかく持ち掛け良い方向に導いて行こうとする努力が大切である。霊の邪道的要求を受けて一時的に病気を治すと、それに倍になってぶり返すものである。

*悪霊自身は自身を悪だとは思っていない。

霊的良識は神示や神典類によって、また体験によって養われる。さらには高度の科学書も参考になる。

*人間界(現界)のことを良く知っている霊は、人間界を去って間もない霊か地上世界に長く住んでいた動物霊か、人間に憑依していた霊である。

*神の守護というのは人間からは全然判らないものである。
判る様な守護は低い神や悪神の守護である。悪神でも大将ともなればその守護は人間には判らない。

*日本には日本の守護の神、中国には中国の、外国には外国のそれぞれの守護の神がいる。

今の人間は9分9厘は幽界との繋がりを持つから、よくよく自分自身を審神し反省する必要がある。

霊媒を通じてこの世に呼びかける霊の9分9厘は邪霊である。今後は更に激しくなる。

少しでも、怪しいと思った場合はそれが神の言葉でも裏表の見境もなく闇雲に信じてはならない。例え神の言葉でも自分で一応考えて、審神する事が重要である。

*悪神が懸かった時は、自分では偉い神様が乗り移ったと信じ込む場合が多い。
それは自分の天狗のような高慢な心が原因である。

*我は「天照大御神」などと名乗る霊にろくなものはいない。
こうした霊に憑かれた人間は例外なく大言壮語するものであり、眉唾ものである。

*幽界霊も、時によっては正しく善なる事を言うが、それはただ言うだけである。
例えるなら悪人が口先だけで善を語るようなものである。

*良い言葉ならば、たとえ悪神が語ってもいいのでは?とも思えるが、それは理屈である。
真の善言や
真言は心、言葉、行ないが一致しているから直ちに力を持つが、それらが一致していないと力は出ないのである。言葉の上のみ同一であっても例えば、同じ「はい」という返事でも喜びの時と不満の時とでは違うように、偽りの言葉は落ち着いて聞けば判るものである。

*その人間の心に相応した神しか拝めない。
悪い心で拝めば、どんなに立派な神前でも悪神が感応する。逆に悪神を拝んでも正しい愛や喜びがあり、善い念が通じるならば悪神は引っ込んでそれぞれの善い神が現れる。

*2重3重人格というのは2重3重の憑きモノの転換によるものであり、群衆心理とはその時の一時的な憑依霊たちの仕業である。また、流行病のほとんどが邪霊集団の作用や仕業によるものである。

*霊人には何でも判っていると思うのは大きな間違いである。

*人は死ぬ時の想念がそのまま続くので、その想念に応じた世界に住むことになるのである。この世を天国として暮らしていた人は天国へ、地獄と感じて生きていた人は自ら地獄的な想念を作り出してそのような世界に住むことになる。

*神界より真っ直ぐに感応する想念が正流である。幽界からや幽界を経て流れてくる想念が外流である。

*神的自分が本守護神であり、霊的自分が正守護神である。また、幽界的自分が副守護神である。本守護神は大神の歓喜である。

*偶然の真理を悟る事が大切である。
この世に偶然というものは、ひとつも存在しない。
高い所(神界、天界)から来るから人間には偶然や奇跡と見える のである。
神からの現われであり、その手順が現界の人間には全く分からない為にそう見えるだけである。
これが判れば大安心、立命である。

*人間の肉体は最底部をなすものであるから、肉体的動きの以前に必ず霊的動きが有る。
また、肉体的には小さな行為であっても霊的には大きな意味や働きをしている場合が多い。

*天界で起こった出来事は必ず現界にも起こる。
しかし、その時の現界の状況にもある程度左右され、早くなったり逆に遅くなったりする場合がある。
また、時によっては順序が違う場合もある。

*天人や天使の行為が人間にうつるのであるが、逆に人間の自由や能力の如何によっての行為も
天界や霊界に反映する。
日本や外国では土地が違うように天界へのうつり方も違うのである。

*悪い事(天災や戦争や世の中の騒動や混乱等)を待つ心は魔の心である。
いつどこにそれらが来たり、起ったりするのかと待ち望んでいるような心は悪魔に使われているのである。



上記を、お勧めする旨はありません。
ただ・・・
これらの概要が何を伝えようとしているかは、それなりにわかるかと。


ちなみに、余談ですが。

王仁三郎さんがご存命のとき、
一時期、かつて中国にあった「世界紅卍会」と親交を結んでいたかと思います。
この会の言う「最高至尊(至聖先天老祖)」が、あるとき
このようなことを告げていたかと思います。

「中国の道院は日本の道院。日本の道院は中国の道院。・・・相結び合うところあり」
「老祖は道院で“扶鸞/扶乩”によって、神示するが、王仁三郎は“老祖”の直接の接霊によって神示する」

そして、この会は、大本さん同様、世界の各宗教を包含しており、それらを“学ぶ”ことを目的としていましたが、この会の行っていた「扶鸞/扶乩」は、学術的には、いわゆる中国版の「こっくりさん」や「自動書記」にもとづく降霊であったとされています。

そして岡本さんも、この類に注意喚起を促しながら、
自らも「自動書記」で・・・神示を伝えることになりました。

富士山image

いずれにしても
両者の神示は、それぞれ何通りにも読める・・・と伝えられています。

すると、今書籍になったり教えられている以外に
知ることのできていない「何か」がある
・・・ということです。

日月神示も、すべてが出そろったわけではありません。

よって、読み手となる人は
今現在出ている解釈がすべてではない・・・と念頭に置いてこそではないでしょうか。

日本が世界のひな形で、特殊な役割をもち
それを守護する神霊がおられたとして
それが本当の神霊ならば
教えを奉じる者が「日本のみで優越感に浸る」ような展開は望まないでしょう。

ゆえに
多くの人が感じてしまう「日本が一番偉い」かのような印象を持つことは
きっと喜ばない・・・。

・・・とにかく、ひたすら身魂を磨け・・・と言うのではないでしょうか。

そして、神示が伝えているように、高神霊が起こることの日時は定めない・・・なら、
何かが「起きる」時など、人間にはわからない・・・。

であれば、時をもって、日をもって、それまでに「何をしないとならない・・・」
と誘う者があれば、その者のバックにいる存在は何なのだ・・・ということですね。

で、文末に・・・。

両者の神様が同一であり、それがまこと慈愛溢れる宇宙の創造者であるなら
今、ここで何が言いたいかを察し、
失礼にあたるかもしれない不備な文章も
たぶん、でっかい、その慈愛で見てくださるでしょう。

そんなことを想いつつ。



外国人がいたく感動した・・・というので流れていました。



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世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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