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落とし穴の手前で・・・

Posted by 世羽 on 04.2013 天使考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)多くの人にはどうでもいいことなのかもしれないが・・・。
堕ちた天使と呼ばれる「ルシファー」(ルシフェル)。
この存在について、悪の濡れ衣をおわされただけ、汚れ役を引き受けただけ、
として賞賛する論調をみかける。
正直なところ、抵抗感アリだ。
で、ちょっと・・・下にメモっておくことにする。

光と闇image

フリーメイソンでもあったバイロン(イギリスの詩人)。
彼が1821年に発表した戯曲「カイン」
この戯曲のなかでルシファーが、カインを誘惑するくだりに
こんな展開が見られます。

神にすらも、そして一切何にもとらわれない自由な認識、パワー、
そして万能の知識を与えよう・・・と、
ルシファーは、
カインを「無限の宇宙」へと導き出します。


のちに、カインが地球に戻ったとき
カインは「人間の英知は無限である」という想い、
またその想いにともなう「自由の要求、高慢な心」を植えつけられ、
神を信じなくなります。


あげくのはてに、カインは神に従順だったアベルの命を奪い、
神の祭壇をぶち壊す・・・。


・・・といったふうに。

人の心のなかにある「神殺し」・・・のような話しですが
ゲーテ(メーソン)をはじめ、サタニストたちは、
この戯曲を絶賛したようです。

後にこれは、

人が、神から離れて「いかに自由に生きることができるか」
それを人間に教えてくれた
また「神の束縛」とも感じられるものに反抗してくれた
ありがたい「光の天使ルシファー」・・・
という考え方にもなっていきます。

この「自由」の認識は、21世紀へ向かう思想の流れに溶け込んで
ニューエイジムーブメントの構成に取り込まれていきます。

この裏には、数々の秘密結社と呼ばれるに値する、さまざまな集団が
それこそ「非常に複雑に」絡み合いながら影響を与えていました。
(これら集団はいわずもがな、特定の星々にもつながります)

そして、真理を含む「数々の法則」を世に出しながら、
自己利益を満足させることのみに終始させ
一見、「まことの自由」を獲得するかのように見せて
逆に人を囲いこむ
という手法をとっています。

こうした時代の到来を告げ、
あらゆる宗教が、「新しい宗教の奴隷」になる・・・と告げた主要人物のひとり
あのアレイスター・クロウリーは、
自らを「666」と称して「ルシファー」を崇拝しました

降霊を通して彼に言葉を与えた謎の霊的存在エイワス
そして、同じチベットでも光と反対の集団との接触・・・。
そんな経緯が、彼にはありました。
さらに、
クロウリーが、魔術と称して実践した多くの詳細をご存じであれば
それらの行いがどれほど「暗く、陰湿」であったかがわかることでしょう。

引き合うものが「似たものになる」のであれば、
彼を引き寄せ、
かつてのクロウリーとは似ても似つかない
暗く陰湿な男に変貌させた存在とは・・・「何」でしょう。

言霊の重要性を口にする人々はたくさんいます。
にもかかわらず、そんな人たちが、けっこう
ルシファーの称号や、人の次元を表する数字を
実に無防備に使用したり冠したりする・・・。
「エイワス」の名前は、知ってか知らずか
不用意にアニメにまでも使用されているほどです。
(アニメでの名前はクロウリーの「エイワス」からとったとされています。
どれだけ多くの人が、その影響下にあることでしょう)

本来、名前そのもの、数字そのものに善い悪いはありません。

ですがそれを、「明確な霊的な意図」をもって頻繁に使うとき
「属性」が、使用する側へと自然に入り込みます。
それが何を生み出すか・・・その力と影響に対して、
多くの人があまりに無防備です。

よく、こんなことも言われます。

善悪の二元論から「光」を追う者は、
所詮、コントロールされた神の意識の罠に陥っているにすぎない・・・と。
それは、偽の神の支配のなせる業だと。

たぶん、そう言う人たちは、理性の罠に落ちている。
しかも
「自分の信じているもの/存在」を
知識として受け取ってはいても
心から愛していないでしょう。

人は誰かを愛するとき、
暖かい気持ちで、愛するものと一体になりたい・・・と感じます。
それは「信じる何か」についても同様です。

深い意味で、真剣にこの部分を「実体験」しないと
おそらく、二元論がどういうものか、
それを
「まことの意味で超える」とは、どういうことなのか・・・が
実感できないでしょう。

だからこそ、
「遊び」感覚での「霊性の探究」は行き止まりになるのです。

何を選んで、どう生きようとも
まさに、それは自由です。

ですから、たとえどなたであろうと
何をしても、何を言っても
クロウリーのような道を辿ったとしても、
他者が止める権利はありません。

ただ、
せめてここに記したことを
落とし穴に陥るかもしれないような場合に、
穴の「手前で」思いだしてほしい・・・。

そんなことを願って、改めてここに記しておきます。


光と闇2image


     ただ愛して
     すべてを明け渡すとき
     驚くべきことが起こる。
     わたしたちは
     もうひとつの場の中に溶け込んでいく。
     すでに
     心の内にある力(神)の場に。

                    ―――マリアンネ・ウィリアムソン ―――



自由もいろいろ・・・それぞれの道で、明るい「自由」を得られますように。



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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