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その人は・・・チマッティ神父

Posted by 世羽 on 27.2013 聖人からの学び   0 comments   0 trackback
(つぶやき)自分、霊的な向上を目指した師・・・として尊敬する人たちがいる。
ヴィンチェンツォ・チマッティ神父は、その中の一人だ。
(そう言えば、一昔前の呼称は「チマッチ神父」だった。今は「チマッティ」か・・)

・・・と。これで揺れないほうがおかしい・・・というくらい、
地下の唸りが聞こえる。 福島方面の音も混じりはじめた。気温があがらなければいいのだが・・・。

独り見上げる夜空の星image

たぶん、相当な不思議好きか信者さんでなければ、
ほとんど知られていない・・・と思われる
ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

チマッチ神父さま御影vincenzo cimatti


自分は、このような人物が日本に来て、自らの生涯を捧げ、
多くの生きる模範を残してくれたことに、
深い感謝の念を抱いています。

*****

1977年11月18日、
チマッティ神父没後12年も経過したときのこと。

調布市にある「サレジオ神学院」の地下聖堂において
ごく普通に土葬されていたチマッティ神父の遺体が、
医師を含む11人の専門調査団によって正式な検案を受けました。

ごく当たり前のように朽ちていた棺の蓋・・・
これが開かれたとき
調査団と、それを見守っていた多くの関係者を驚かせました。

なぜなら、

そこには生前のまま、白く長いあご髭をたくわえ、
少し黄土色になったとはいえ
かすかに微笑むような顔をした、神父の姿があったからです。

神父の手は胸の上で組まれ、ロザリオが握られていましたが
指をほぐそうとしたさい、金属製の鎖部分はバラバラに崩れ
スータンの金属ボタンは長年の腐食によって、脱落しました。

ところが、チマッティ神父の身体は・・・

薄いまぶた、耳から唇にかけての状態は、生前のままでした。
まぶたを開けると、普通にめくることができ、離せば元に戻る・・・。
皮膚全体も弾力性を備え、
指で押すとへこみ、離すと、やはり元に戻る
・・・という具合でした。

アゴの関節も普通に開閉。

肘の関節から指の先にいたるまで、すべて普通に屈伸できました。
身体も「く」の字に曲げることができ、
首も垂れ、足も柔軟性を保っていました。

死後硬直なし、腐敗もせず・・・です。

遺体を持ち上げた医師はこう言いました。
「今、亡くなったばかりの人を抱きかかえたようだ」
「医学的な常識では、とても説明できないことだ」
・・・と。

(以下の動画の、25分過ぎあたりに一瞬、ご遺体が映っており、皆が信心用具を遺体に触れさせています)

チマッティ神父は、今も日本に眠っています。

チマッチ神父の今の棺


生前より、聖人の誉れが噂されていたチマッティ神父
彼はイタリアのファエンツァ出身。6人兄弟の末っ子でした。

彼が幼い頃、イタリアでは聖ドン・ボスコが活躍しており、
チマッティ神父はこの聖人の後に続くようにして、サレジオ会に入会、
神学を学びます。
しかも並行して、世界に名高い「パルマ音楽院」に学び
音楽教授の資格を取得、
そればかりか、トリノ大学で自然科学博士
さらには教育学部で哲学を学び、ここでも博士号をとっています。

チマッチ神父とオルガンimages

イタリアにいた当時から、
神父の優れた生活全般は、人の知られるところとなっており、
ほんとうに数多の逸話が残っています。

それらの記録を詳細に読むと、
神父が有する、傑出した霊性をまざまざと感じさせられます。

ですから、たとえイタリアに居続けたとしても、
きっと「聖なる人」になっていたことは間違いないでしょう。

そんなチマッティ神父が46歳のとき、
辺地への派遣を志願して、日本に来ることになりました。

そのころはまだ、他国との行き来など、そう容易くできるものではなく
海外への派遣は行ったら最後、戻ることはない・・・
というぐらいの覚悟が必要な時でした。

いくら強い意志をもって、同様の任についても
意志だけでは、やり通せない困難・・・というのが色々あるものです。

そんな想いに陥った仲間に、神父はこんなことを言っています。

「日増しに日本を愛し、日本人の心を理解し順応しましょう。
むしろ、それにまったく同化してしまうように努力しましょう・・・

私たちは勉強や交際によって
いっそう日本人の性質と風習を知り、
それに順応していくように努力しなければなりません。

“霊魂を神に導く”という至難な業に成功するには、
まず私たちが彼らのようになり、
その性質や風習をわきまえ、
彼らを大いに愛していることを示さなければなりません。
もし、私たちが本気で自らを日本人化しようと努めないなら、
自分の周囲に溝を作り、布教活動の成果はごく限られたものになるでしょう」


チマッティ神父はけっして、自らの信じるものへの勧誘はしませんでした。
それらは、神がなすことだと知っていたからです。

つまり、チマッティ神父は
人は信仰に対してもまったく自由で、押しつけられるものではなく、
誰よりも自由を尊重しながらも、

多くの人々に、その「望み」を思い起こさせようとしたわけです。

そして、神父の姿を見て、心を打たれて神を知った人、
「神の愛し方」を知った人は、子供から大人まで
ほんとうにたくさんいたのです。

チマッチ神父と子供image

また、チマッティ神父が宮崎に赴任していたさい、
別の、ある神父がこんなことを書き残しました。
「天気が悪く、道は最悪の状態・・・こんな生活をしていたら
神父は飢え死にするのが関の山だ・・・
チマッティ教区長が不在で来られない。
もし苦行をしたい者がいるなら、ここに来ればくればいいだろう」


これは・・・
宮崎の田野町に法光坊というところがあって、
駅から2キロ足らずの場所にあり
晴れた日には、歩いて30分ほどで行けたのですが、
雨の多い日本、その雨がしばしば、道行きを妨げました。

一旦ぬかるむと、そこはものすごい泥道となり、
まったく歩けない状態になり、たどり着くまでの時間が計れない・・・
それほど難儀する場所だったのです。

チマッティ神父は、役職をもつ身でありながら
不平不満一切言わず、
ただ、自分を待ってくれている、ほんのわずかの信徒のために
そこに通っていたわけで・・・。
さらには、
出先で得る、いくばくかのサツマイモを口にできたなら良いほうで、
場合によっては、
何も口に入れず次の場所に向かうことなどしょっちゅうでした。
つまり、代わりの人がそれを体験してはじめて、
チマッティ神父が、どんなに大変なことをしていたかがわかった・・・
という具合です。

大東亜戦争が始まり、日本の戦局が悪化すると
本土での空襲が始まりました。
そのころ、神父は東京にいたのですが
彼は、空襲に動じなかったようです。

警報が鳴ると、周囲の人たちを防空壕に入れ、
恐怖におののく人々を「安心させる」ことに全力を注ぎました。
そして自らはロザリオを片手にし、
防空壕の入り口で、皆を護るかのように立つのが常でした。


戦況は日々悪化し、ついに爆撃機の飛来もはんぱではなくなります。

本土空襲imagephotoB29

頭上の大空で戦う戦闘機も増え・・・・。
防空壕への避難もさらに回数が増えます。
あたりに投下される爆弾。ものすごいものです。

そのような熾烈な状況にあっても、
チマッティ神父は相変わらず防空壕の入り口に立ち、
中の人々が安心し、まるで「天使に護られている」かのような気持ちにさせました。

チマッチ神父さまの祈りimage

そのようななか、
戦闘機などが火花を散らして落下していくのを見ると
敵も味方もなく、
墜落とともに永遠の世界に移っていく見知らぬ飛行士がいる方向へ手をあげ、
十字をきっては、熱心に祈っていた
のです。

ロザリオrosaryimage


こうして神父は、日本人でさえ大変だった戦中時を、
日本人のために身を粉にして働きました。
もちろん「無償」で・・・。

来日してからの、チマッティ神父の生活の姿は、詳細に記録されています。
それらを読むと、神を想う聖なる魂とは何か・・・について
心底考えさせられます。

キリスト教は色々です。
伝統的なキリスト教も、様々な面で欠点を有していることは確かです。
信者でない人たちにつまづきとなる「腐敗」もあります。

それゆえ、うわべだけを見ていると
とかく、非難の的にもなったりします。

ですが・・・。
自分は、そうした中にも、時代が生む「聖人の姿」を視ます。
もし、それすらも悪とするならば
人の世の聖化とは何だ・・・と、改めて問いかけねばならないでしょう。

チマッティ神父は、人のために働いた・・・というより
それは、自らが愛する神のためでした。

「平静に、特に自身をまったく神のみ旨に委ねてしまいなさい。
これこそあなたの生命でなければなりません。
もしも、これが実現できたら、
何事があろうとも恐れることはないのです。
・・・私たちは、イエズスのみ手、いやむしろ、彼の心の中にいるのです」

                               ―――チマッティ―――                        

チマッティ神父という人は
まったくの未信者に、神についてまったく説くことなく
「まるで神を見ているようだった・・・」と言わしめた人でした。

光りへの道image


人は誰でも・・・何を信じてもいい・・・。

でも、その信じるものに、別の誰かを導くとき、
本当に周囲の人を心から愛し、納得させ、感動させ
「神」のような存在へと目を向けさせてくれる人が
どれくらいいるでしょう。

もし今、そのような人が少ないなら、はたまた、いないなら
それぞれが、
そうした傑出した魂をもつ存在として
それをめざすしかないでしょう。

理論は間違うこともあります。忘れられることもあります。

でも、誰かが、別の人に残した、見せた、愛溢れる姿は
きっと、相手の心に残る
でしょう。

もし、これらが神の愛の姿を映すものでないなら・・・
何が、神をこの世に映すというのでしょう。

今どき流行の・・・
神の「名前の別」でもなく、
神の出自でもなく、
神の生まれた星でもなく
未来を予言するような恐ろしい神でもなく
ただ、人の優しさを、愛を引き出す・・・至高の御者。

そんな至高の存在である神を、まこと心が捉えたなら
人は、何が必要で、何が取るに足りないものかを
本当の意味で「知る」ことができるのではないでしょうか。









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世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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