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ヒッタイトの影・・・カッパドキア

Posted by 世羽 on 07.2013 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)三文記事かもしれないが
富士山での野グソが流行

いくらなんでも、霊山で「野ぐそ」はやめてくれ・・・と、本気で言いたい。

と・・・。沖縄で墜落した米軍のヘリ
285 :本当にあった怖い名無し:2013/08/05(月) 22:10:17.39 ID:+gb5ynUCO
米軍ヘリ墜落事故、NHK大越んとこはオスプレイの映像使って印象操作、せっせと離間工作
  ところで…
  135:名無しさん@13周年 08/05(月) 21:15 4ahw3oNQ0 [sage]
   おい、墜落した33RQSってトモダチ作戦に参加して福島で救助に当たった部隊だぞ
   ちょっとこの報道は酷くないか


・・・の書き込みのごとくで。

報道では、アメリカ兵の安否を気遣う言葉もなく、叩いてばかり。
同じ、人間。こんな扱いでいいのだろうか。 
これなら、どこかの国と、根性が同じになってしまう。
いいかげん、目を覚ませ日本・・・とも言いたい気が・・・。

光彩と人image


前回の話題が核がらみで
なぜか、ふと、カッパドキアのことが浮かんできました。

古代核戦争があって滅びたと言われている「地」は何カ所もありますが
ここにもそんな話しがあって、すでにご存じかと思います。

トルコ・アナトリア高原カッパドキアで発見された遺跡群は
いまや有名な観光地になっていますから
行かれた方もおられるかと思います。

カッパドキア地図1mage

それにしても不思議なのは
この遺跡群について、さほど研究がなされていないことで。

ここには「イエラルトウ・シェヒル」と称する地底都市がいくつもあるわけですが
最大のものは、10万人もの人口を擁したと推測され、
地下は18~20層にもなっています。
通気孔は地下120メートルにも及び
今でもトンネル内の換気を良好なものにしています。

カイマクルにも、
8万人もの収容力があったと思しき地下都市が連なっていますが
その構造は、地下150メートルまで及んでいます。

この時代、なんでそこまで深く?・・・と言いたくなります。

そもそも、この都市が何のために造られたかが、歴史的には不明です。
何も伝わっていません。

カッパドキアの地下都市構造4image

地下の構造は迷路状になっていて
すさまじく広大で・・・。

しかも、地下通路の、いたるところに
外部からの侵入を防ぐ輪状の石扉があり、
住民が、いざ地下都市に逃げ込んだら、この石の扉を閉じることで
外部からは開けられないのですから

カッパドキアの地下image


「どんな侵入者を恐れ、身を護ろうとしたのか?」・・・などと
ロマンを誘うわけです。

さらには
ここにいた住民の“敵”が何者であったかが、まったくわかっていないばかりか
地下都市にいたはずの人々が
暮らしぶりを感じさせるものをほとんど残さず、
姿を消してしまった
・・・。

しかも、ここにいた住民の怯え方は尋常ではなく
地下深くには、さらなる逃亡用と思えるトンネルまであるとくれば、もう・・・。

これを想い出すたびに、わくわくしたり・・・。

カッパドキアの地下都市1images

カッパドキアの地下都市2image



現代の、ここで暮らす人々の祖先が、この地に訪れたのは、
今から500年ほど前。

それまでカッパドキアは、完全に忘れ去られた状態でした。
近づく者もいなかったようです。

一説によると、この都市群にあった教会堂と思われる空間の形が
クローバー(シャムロック)の形をしており、
それが古代アナトリアを支配していた「ヒッタイトの紋章」であったことから
ヒッタイト人と関係が?・・・などと言われているものの
はっきりは、していません。

ヒッタイト地図image

仮にヒッタイト人が関係していたとして、
このヒッタイトの民そのものが
どこから来て、どこに消えたのかが、よくわからない。

しかも、ヒッタイト・・・という民族であったかさえ、疑問のある
いわゆる「謎の民」なわけで
謎が謎を呼んでしまいます。

面白いのは、
このヒッタイト人が持っていたとされる金属「アムートゥ」で、
これが近隣の民に伝播したかも・・・
という推測がなされていたりすること。

ギリシアの伝説によると、
鉄を発明したのは古代アルメニアにいたカリベス族で、
鉄の鉱石に、彼らのみが扱うピリマカスという石を加えて鉄を精練し、
つくり出された鉄は錆びることなく、美しい輝きを放った・・・。

で、この技術はヒッタイトからカリベス族に流入したのかも・・・
などと言われたりします。

また、シリア経由でヨーロッパに伝わったと推測されるダマスカス鋼は、
その類いまれな強靭さから、折れず、曲がらずで、
表面に波状の波紋があり
波紋はきらめく水面を模して「ウォーター」と呼ばれていました。

ヨーロッパの鍛冶たちが、真似て剣をつくることを試みましたが
どうしてもうまくいかず、
結局のところ20世紀になって、やっと製法の片鱗が明かされました

この波紋の話しを知ったとき
なぜか日本刀を連想してしまいました。

このヒッタイト人・・・
ときに、エジプトなどと勇敢に戦っていますが

ヒッタイトの3人乗りimage


高い精神性をもった、平和的な民だったようです。

ヒッタイトの王アニッタッシュが、ネシャに侵攻したときの様子を
稀少な粘土板が伝えています。
「ネシャの王を捕らえはしたが、
住民には、ひとりとして害を与えず、父や母のように扱った」
と。

ヒッタイトはまた、
占領した国を属国として、親族のように扱い、
統治は、その属国に任せた
・・・。

なんか、日本にも似ているような・・・。

そんなヒッタイトは、紀元前1200年ころに、突如、消滅しました。
ほとんど痕跡を残さずに。

彼らを滅ぼしたのは、エジプトの記録によると「海の民」
これも、すぐに想像がふくらみます。

カッパドキアの発掘調査報告書は伝えます。
「この要塞都市は、原因不明の非常な高熱で滅びた」

また、とある考古学者はこう言います。
「可燃性の物質がどれほど貯蔵されていたとしても、
火事でこのような高温になることは絶対に不可能である」


カッパドキア風景2image

カッパドキアの核の名残1image


紀元前1200年ころ、アナトリア高原が燃え尽きた・・・
しかも想像を絶する高温によって・・・。

日干し煉瓦はくっつき、建物の壁は焼けただれ、溶解し
焦土層は、場所によっては50センチ以上もある・・・。

こんなことから、カッパドキアは核攻撃されたのかも・・・。
と噂されるわけで。

カッパドキア風景image


(ひとつ、ひっそりとバカ話をするなら
自分・・・似た光景を視たことがあって。
その時代、事が起きる前までは
けっこうな緑があって、起伏もあり、いたるところに
尾根に通じる道もあった・・・。
地下都市ができても、完全な防御を施せていたわけではなく
ときに、敵の侵入も受けたこともあって、
その敵は人間の姿をしていましたが、肌の色が人とは違っていた・・・。
それは、灰色がかった感じの緑色でした)


カッパドキア・・・「落ちたところ」という意味を持つこの土地は
いまだ、歴史に埋もれています。


もう少し先に、それこそタイムトラベルができるようになったら
ここに跳べるかもしれません。

ワープimage


自分はもう生きていないでしょうが
なんか、真実が知りたいな・・・と。



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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