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「審神」とかは・・・

Posted by 世羽 on 13.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)こんな“書き込み”を見つけた。

628 :本当にあった怖い名無し:2013/08/12(月) 15:32:59.64 ID:kncmWUUYO
公立に通う小6息子が、平和学習で、日本もアメリカ任せでただ守ってもらうのでなく
軍備をしっかりしていかなくては平和を維持出来なくなる時が来るかも知れない。
すでに竹島は韓国に占領されているし、尖閣も同じようになれば、近くの沖縄も危ない。
どんどん占領されて、その時に戦争反対って旗持って叫んでても誰も助けてくれない。
だから軍備は必要であって、自衛隊は戦争をするためにあるんじゃない。
日本の国土と国民を守るために自衛隊があり、弱ければ平和に暮らせなくなるかも知れない。
このことについて、家庭で話し合ったり、ネットで調べてみて下さい。
て、言われたそうだ。

保護者へのプリントには、夏休みの間に平和について話し合って下さい。学校からは特定の思想を押し付けたり、ご家庭での考えを否定することもしません。
ってあって、たまげたよ。
団塊教師がいなくなったから、平和教育も随分変わってきてるみたい。


こうした言葉が巷に出てくるということは
これまでの教育がボロボロにしてきた日本の心・・・
ちっとは戻りつつあるのかもしれない。

偏狭にならず、善い意味で「日本を好きになり」ながら、
日本の心意気を失わずに育ってほしい。

湖に映る月影image


「日本の心」を育ててきた事柄のひとつに
日本人が抱く「漠然とした神」・・・
その存在への「形のない憧憬」があるでしょう。

この「無形の憧憬」には、信じる何かや宗教の別などありません。

いつも心の奥底にある、「神のトリガー」のようなものです。

これは、いつの時代にも、
必要に応じて、必要な時期に、必要とする人々の心のなかで、
発動し始めます。

これに導かれて
真摯に取り組んでおられる市井の方たちもいますし・・・。
それぞれの道で神職・聖職についておられる方もいます。

それを眺める一方で・・・ときおり感じます。

これら神のトリガーを、無理矢理引いたり、
引いたつもりになっている人たちもけっこういるんだな・・・・と。

過去を紐解けば、
神と通じることは、ある意味
深い部分で、「神の器」となるだけの要素を満たしてこそ・・・でした。

以前、わかりやすかったこともあって

いわゆる現行の神道とは、若干異なる様相をなした
神道霊学者・本田親徳の言葉を引用しました。

本田親徳image

「赤心」です。
神に通じるには、このような心構えは、やはり必要でしょう。

あの出口王仁三郎さんでさえ、
本田親徳の高弟だった長沢雄楯に教えを受けていました。

長沢と王仁三郎image

つまり、本田親徳の「鎮魂帰心法」や、「審神学」などを学び、
その影響を受けたわけです。

(N神社さんより画像を拝借しました。ありがとうございます)
本田流鎮魂法image

出口さんの印image


そして、王仁三郎さんはこう言いました・・・。

「すべて正神の場合は、その挙動におのずから神聖なるものあり、
なんとなく人をひきつけ、畏敬の念を起こさしむるものがあるが、
邪神の場合は、なんとなくその動作は粗雑にして下品であり、
大言壮語するものである」

ネット上で氾濫する、神霊の判別にも、何かしら使える言葉です。

(注:神社本庁は、奈良県天理市の石上神宮が古代から継承してきた「石上鎮魂法」を“公式な鎮魂法”と定めています。ここで、独自の鎮魂法をかかげた本田親徳をあげているのは、ネットでの引用率が多い「霊の系統」を取り上げたためで・・・推奨する意はありません)

本田親徳という人は、文政の時代に、鹿児島藩に生を受け、
文武両道を極めた逸材でした。
長じて、水戸の会沢正志斎の門生となって学びます。

そのまま行けば、立身出世も思いのままだったでしょう。
ですが
京都で狐憑きの少女を見て、
その少女に憑きものがかかると、和歌をすらすら詠む場面に衝撃を受け、
自らの道程を大きく変えていきます。
すべてを投げ打って、「霊界の探究」へと歩を進めてしまうのです。

いくぶん破天荒な感じのする人物ですが
それでも彼なりに道をきわめようとし
長年の研鑽をへて、本田流と呼ばれる、独自の霊学を構築、
弟子も養成するようになります。

本田親徳全集image

彼の行った審神では、
審神者たる者も、秀でた能力者であり、
人品にもすぐれ、
しかも、「神道に精通した者」であること
・・・が
資質として求められていました。

そうしてはじめて、
かかる神の「正・邪」、階級などを判別できると教えているわけです。

また仮に、
かかった存在が“邪神”と判明したなら、
それを、もといたところに送り返す「業」も修得しなければなりませんでした。

かかる神に正も邪もない・・・と言う人がいます。
しかし少なくとも、上記した先人たちは
そう感じとっていたのです。

審神については実のところ、特に学ばなくとも、
心正しき人には「超智」として与えられることがあります。
ですがそれは、非常に稀です。

そして・・・。

上記のように、はっきりと「粗暴」とわかる存在なら
苦労はしません。

むしろ、
神のごとく輝き、荘厳なまでの美しさを見せながら、
人を騙す霊的存在が実在する
からこそ、厄介で、危険も伴う・・・。

また、

当初、正神なるものと通じた場合でも、
その後の、「器たる者」の心がけ次第では
本人の知らぬ間に、邪に取って代わられることなどは、よく起きる
こと。

だからこそ、
興味本位での
視えない世界との接触には、慎重になれ・・・と
言わざるをえないのです。

昔のimage

(N神社さんの画像より。ありがとうございます)
神道の修行image

そのような気になっただけ・・・と言う方もおられるかもしれません。

けれども

興味を示したこと自体が、危険と隣合わせになる・・・という
シビアな現実も、しっかり知っておかないと。

まこと、力がある人だとしても・・・
その道には、たゆまない精進というものがついて回ることを
改めてお伝えしたく・・・。

こうして、近代に興った神道の範囲で「審神」について記したのは、
それらをベースにして
チャネリングを気やすく行っている方が非常に多いからです。
そして、それで得た言葉が、
人々を導く言葉として汎用されている
からです。
(むろんこれは、天使や異星人についても似たような事が言えます)

本田流の霊学における「審神」がすべて・・・という意味では
まったくありません。


それでも、
多くの人たちが「予言の道しるべ」などとして親しんでいるらしき
その系統に連なる先人たちが
どのようにして神と向き合ったかは、知っておいてほしいところです。

彼らは一様に、こう言いました。

「低き者には、低き霊しか、かからない」


夜と雲image500


だとしたら・・・

皆さんがチャネリングするという神様が
本物の、 高い御位の神さまであるように・・・・と、ひたすら願うかぎりです。







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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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