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とあるオリンピックの「裏話」から・・・心へ

Posted by 世羽 on 18.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)休みも終わるし、本文前に少し長いけれど、今のうちにつぶやこう。

海辺でひとりimagedex

言論の自由・・・その下では、誰もがけっこう好きなことが言える。自由だ。
でもそれは、あくまでこの世的な事柄について。

視えない世界の事柄にかかわる言論では、
ある意味、
「誤謬」の氾濫、
荒波を乗り越えて、
本物に辿り着く道を、自らの意志で、神聖な導きを得ながら
世に問うことが求められる。「真剣さ」も要る。

もし、誤謬を流し、人の心を惑わしたなら
責任は必ず、我が身に戻る。甘くはない。

名高い、秀でた祓魔師ペレグリーノ・アーネッティ
彼は、本物のサイキックやヒーラーの力を認めている人物だ
そんな彼が、言う。

「人品すぐれて、人のために尽くせるような、本物たる人物は、
1000人のうち1人か2人、いるかどうかです」


この言葉は、心にしみる。

たぶん・・・僅少だろうが、闇の存在に対峙した人がいるはずだ。
体験した人がいるだろう。ならば、分かってもらえるかもしれないが・・・。

そのとき、はっきりわかることがある。
至高の存在、神とは何かを・・・。
それを知った魂は、二度と
「至高の存在」への想いがゆるがない。


今の精神世界の状況下では、こんなことを言っても無駄かもしれない。
それでも、心ある人に伝わることを願いながら・・・言いたい。

自らの中心におくという「神性」
人によって形はさまざまだろう。
そこに何を据えるかは、まったく自由だ。

でも果たして、
その、本当に「神聖な何か」を、心から好きで、愛して、
その「神聖な何か」に常時目を向け、
その導きに対して真摯に生きようとしているのか
・・・と。

でなければ、たとえ「神聖な何か」を口にして、何を説こうが
それは所詮、絵に描いた餅だ
・・・と。

自戒も含めて、そうつぶやいてみた・・・。

木々の上の星々image

かつてオーストラリアのシドニーで、オリンピックが開かれたときのこと。

あのときの式典では、
先住民のアボリジニが会場で踊っていた・・・“かのよう”に見えたのを
覚えているでしょうか。

オーストラリアオリンピック1images

オーストラリアオリンピック2image

かのように・・・と書いたのは

あのとき、多くの「本物の」アボリジニは出演を拒み、
会場外で、必死に「座り込みの抗議」をしていたからです。

「わたしたちを滅ぼすな」と・・・。

そして、各国のメディアはどこも、これを報道しなかった。

アボリジニ2image


オーストラリアが打ち出した「友愛と和解」というテーマは
とりもなおさず、白人が先住民を虐殺した歴史をさしてのことです。

今でこそ、美しい精神の昂揚を体験できるパワースポットとして
エアーズロックなどが、有名になっていますが・・・

アボリジニ1image

かつてのオーストラリアには、
アボリジニの人を1匹、2匹と動物のように数え
狩りの対象として扱い、殺していた史実があります。

タスマニアではアボリジニ50万人が、ほぼ壊滅しています。

この壊滅にいたるさなかで、数百名を越す先住民らが、
岩しかない無人島に連れていかれ
そこで餓死を余儀なくされることも起きました。


毒殺もありました。

ちなみに・・・一番多く取られた方法は、
アボリジニを谷から突き落とすことです。
彼らは、さしたる抵抗もできず、深い谷底に落とされていきました。

アボリジニ5image

見た目がよければ女性はレイプされ、
ハーフの子供は政府の命によって、親から引き離され、養子に出され、
白人の里子となりました。

少しでも白人の血が入ると、生きることが許されたのです。

で、聖火ランナーの女性はハーフ。だからあの場に立つことができました。

アボリジニ4image

今や、純粋なアボリジニはわずかです。

ちなみに、オーストラリアという場所は
そもそも英国で犯罪を犯した者の「流刑地」でした。

こうした背景はあまり語られません。

ですから、世界の多くの人たちは、テーマとしてあげられた
「和解」の意味もそれほど考えずに
オリンピックを視聴していた
かもしれません。

そんなオーストラリアが、日本の捕鯨やイルカ漁を猛烈に糾弾したりします。
日本を「悪の権化」のようにしてCMで流したこともあります。
その一方で、自分たちは、当然のように牛の命を滅して
普通に食しています。

動物のどこに、殺して善いか悪いかの線引きを引くのでしょう・・・。

(もちろん、イルカ漁や捕鯨を肯定しているのではありません)

日本は
こうしたことについて明確な論理的思考をめぐらさず、
これまで表だった反論もしてきませんでした。

カンガルーに殴られてimage

世間の人たちは
平和の名を唱えれば「善」であり、何でも許容されるかのように誤解し、
ためらいなく受け入れます。

実のところ
これは、視えない世界にかかわること、また精神世界でも
言えることです。


(腹をくくらないと、言いたいことは伝わらないし、
受ける側も、真摯な意欲なくして「何かを」見極めることは難しい)


平和主義(隣人と仲良くしよう、愛に生きようなど)という理念を説く裏で
「いかに生活を楽にできるか、向上できるか」・・・ばかり力説し、
自尊心の満足を求め、
儲けることに頭を悩まし
霊的な進歩をなおざりにして、他者に「これが真理だ」と伝えるなら、
「向上」とは矛盾した、おかしな話しです。


また、深い心の確信なしに、体験なしに、
机上の論理のみで「善悪」の有無を語るのも、妙な話です。


確固たるゆるぎない神性が確立していないと
それらはいずれ、新たな見方が出てくるごとに翻弄されて
心は右往左往していくでしょう。


心や魂を扱う世界では、
ことに個人の浄化が追求されます。
それは善いことです。どんどん、そうしてほしい・・・。

ですが同時に、物事を見抜く力も養う・・・これが
両輪の「片側」のごとく、本当に必要です。



書いてあるもの、
どこかで口頭で説かれること
それらに対して、自分の直感が何を教えるか、

(むろん、ここに書いてある文章も例外ではありません)

もっと敏感になり

何となく感じたこと、
受け取った印象・・・を大事にし


誰かの意見によるのではなく
自らの感性を信頼する・・・これが肝要です。
(ときに、情報の発信者を想像することも一助になります)

そんなことを、
今以上に大事にしてほしい・・・そう願っています。
きっと、みなさんにはできると思います。


(というか、すでにそうしておられる方もおられるでしょう)

流れ星image

いつまで書いていられるかもわかりませんが・・・。

ここの書き手自身、
読んでくださる「かも」しれない方々の直感が受け得るにふさわしい真摯な心をもち、
小さな実践を積み重ねながら
ここで書くことを終える、そのときまで、
なんとか、つづっていこう・・・と肝に銘じています。

みなさんの旅路が、
それぞれの「神性」を辿る道として
王道をきわめますように。








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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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