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斥候兵と「ロザリオ」・・・

Posted by 世羽 on 07.2013 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)タム山塊か・・・。巨大火山だったことがわかったと言うけれど、
ずっと前から知ってたような? どこでどう知ったか想い出せない。
どこでもらった記憶かもわからない。
だとすると、房総の近海にも隠れ火山が?・・・まさか。

今現在の地下、海外モードのほうが強いが、猛烈な唸りが止まらない。
少し警戒感が出てきている。

山間の風景image


浮き世の風・・・の吹き流し・・・的な話しですが・・・。


心と魂で知ったことを言葉で伝えようとするのは
なかなか難しいものです。

聖母マリア・・・
この霊的な存在がどんなに清く、穢れなく、美しいか・・・
感じることを言葉で説明するのは、ほんとうに難しい。

でも、伝えたいような・・・。
そんな気持ちになることがあります。

     ロザリオを持つ聖母image

聖母は宗教の別・無宗教を問わず、
助けを求める人を見放すことがない・・・と
昔から伝えられていました。

「ロザリオの祈り」・・という信心業がありますが
聖母を知り、愛するようになると
一般の人でも
ごく自然に、聖母に祈りを捧げたくなる気持ちが湧き
「ああ・・この祈り」と感じて、ロザリオを繰る人が多くいます。

ロザリオを祈る子供image

普仏戦争のころ。
ずいぶん前のことですが、ひとりの斥候兵が手記を残しています。

それはこんなものでした。

普仏戦争image


そのとき、わが旅団はローマにいた。
しかし、「ただちにフランス帰還を・・・」と命ぜられ、
ヴィノア将軍指揮下の大13師団に編入された。
セダンの戦いではムジュールにいた。

将軍の巧妙な退却後、わが旅団は
「パリ防衛の任務を帯びた部隊」の一部を編成することになった。

幾多の激戦があって
わが部隊はヴィトリーに送られ、その地で防衛工事をはじめたが、
敵が絶えず私たちを狙い、困難と不安に支配されていた。・・・・

私の部隊長は、
彼が“塹壕の敵”・・・と呼んでいた敵方の陰険な戦術に対抗するため
射撃の達者な兵からなる決死隊を作り、私もその一員に加えられた。

私たちは弾丸の空費と、敵に発見されるのを避けながら、
敵状を偵察しなければならなかった。

普仏戦争2image

夜明け少し前のこと。
雑木に取り囲まれた1本の大木のところへ辿り着いた私は
初めて歩をとめた。

そこでしばらく身をひそめ、さらに辺りを偵察していると・・・
自分が、プロシア兵の銃口の的になって、
“死の門”の前にいるかも知れない・・・ということを忘れていた。

足下で小さなアリ
自分よりも大きな荷物を引きずっていくのを面白がって見たり

玉虫が、気の幹のところで緑の羽をひろげるのに感心したりしていた。

また、水の流れにさらわれそうになっている草花の青い茎
まっすぐに直してみたりもした。

イヴリーとシャラントンの要塞では、砲声が聞こえ、
ムーランサゲの方でも小銃の音が絶えず響き、
手榴弾の不気味な唸りが私の頭上をかすめ、そこかしこで炸裂していた。

しかし、

この鉄と火薬の嵐も
私の心を、小さな「アリ」や「玉虫」や「草花」から引き離すことができなかった。

よくある森のimage

こうして1時間が過ぎ、それからまた1時間。
私は既に、自分の任務に失望し始めた。

すると突然、
道路の樹のうしろに、一つの手がチラッとしたように思えた。

ははあ、あそこに敵がいるな・・・と、双眼鏡をとると、
すぐ間近に人の頭と両手が見えたので、思わず後ずさりした。

その男が静かに、棒で地面に穴を掘っているところを見ると、
まだ私がいることに気づいていないようだ。

その男はドッカと腰を下ろし、両足を投げ出し、
頭を左ひじにのせ、まるで歩哨の任務を忘れたかのようにしている。

容貌はいかにも正直そうで、
軍服下には、自分の家のことを夢見る“農家の純情な青年”の気配がうかがわれる。
私は、この紅顔可憐な青年を、
ウサギでも殺すように撃たなければならない・・・
そんな自分の“悲しい運命”を感じた。

私は身構えた。

銃を手にし、両ひじを地につき、銃床を方にして、
青年兵士がもう少し身体を上げるのを待った。

彼の“死の苦痛”を少なくするために、胸を撃とうと思ったのだ。

やがて、このババリア兵は、頭を挙げてあたりを見回したが、
私のいる方へは視線を向けなかった。
しかも、誰もいないと思ったようで、膝の上に革袋をのせ、
袋の中から何かを取り出したのだ。

私は早速、銃をおいて双眼鏡を手にした。

なんと、ババリア兵は、ロザリオを手にしている。

そのうち彼は立って、それからひざまづき、十字架のしるしをした。
今や彼の身体は、まったくもって私の前にさらされた。

祈りの姿image

戦闘的本能が、ふたたび私に銃をとらせた。
そして青年を狙った。

彼は私の銃口の前に不動のままだ。
頭を少したれて、両眼を天に上げている。

彼の唇が動き、彼の指の間をロザリオの珠が静かに滑っていく。

突然!

ああ・・・何事が私に起こったのか、私にはわからない。

私の血管が、全身の血潮が、ふるえおののいた・・・・。

そのとき

この青年の上に、天から、ある不思議な光明が降り、
金色の雲になって、また天に昇るのを見た気がしたのだ。

そして、聖いまぼろしが私の全身を支配すると、
銃は私の手から滑り落ちていた・・・。


黄金の光りのimage

私が思わず、その場所から退こうとした瞬間、
ヒューヒューと弾丸の幾つかが私の身近をかすめていった。

ハッとして、そのとき初めて、われにかえったが、
銃弾がどこから発砲されたのか、まったくわからなかった。

あの青年の祈りが、私を護ってくれた・・・そう思った。

その後私は、精兵としての義務をつくし、国家への負債を払い、
ついに負傷して野戦病院に送られたが、勲章を授与されることになった。

(あのババリア兵は、おそらく、
ロザリオの祈りが自分を救ったのも知らずに、故国へ帰っただろう)


                   ――ヤコブ・オルヴァル――




斬新な話しではありませんが
ここには、祈りの力が働くときによく起きる典型例が見てとれ・・・。

つまり

何か、特別な「恩寵」が降(くだ)るときは
人は、その少し前から、前兆のようなものを無意識に感じ始め
通常とは少し異なる精神状態に導かれます。


そして、その後、決定的な体験に遭遇し、
そこで魂に響く「何か」を得る
のです。

たぶん、このパターンは
信仰対象が「ある・なし」に関係なく起きるでしょう

そして・・・

どんな立場や状況に置かれようと
自分の力でやれることをすべてをやったなら・・・安心し
そうした自分の努力にあわせて
高次からの助力を素直に祈る
・・・これは、有意義なこと。

それは
人が考える以上に、色々なことをうまく運ぶでしょう。

聖母は「神」の位置づけではありませんが
人類を助ける役を担っている存在です。


そんな聖母に
いわゆる“願い”のためだけではなく
愛情をもってロザリオの祈りを捧げる・・・
そんな素朴な行為が昔から行われてきた
わけで。

それは、「多々ある道」のなかのひとつです。

ロザリオを繰る母と子imagejpg

この道を行く人は、

特に聖母の助けを通して神を見出し
「み旨」とはどんなものか、
つまり、高次の神聖なプログラムを知り、
しかも愛情をもって、それに合わせようとします。


祈りの意味は、単純なようでいてけっこう奧が深い・・・。

ロザリオを持つピオ神父image


どのような方でも、それぞれの道の途上では
特別に「祈る」ようなことに遭遇するかもしれません。

そんなおりには

それぞれの選ぶ、見合った“祈りの形”のうちで
時宜にかなう素晴らしい「み旨」・・・みつかりますように。




秋と水面image




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世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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