Loading…

スポンサーサイト

Posted by 世羽 on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

かけがえのない「何か」・・・

Posted by 世羽 on 15.2013 科学とスピリチュアル   0 comments   0 trackback
(つぶやき)今も受けているかなりの体感に見合う動きが出ていない。
いいことだと想う反面、やはり小出しのほうがいい・・・。


宇宙の一角の銀河たちなimage


ここのところ、ほんとうにたわいのないことをとりあげて
書かせてもらっています。
その奧には、ちょっとした訳があって。その一部を少し。

*****

あるとき、この世で起きている流れをはっきりと知らされました。

それは、新しい精神性を謳うものが、扱い方を誤ると
唯物論への道、もしくは神聖な「何か」を探るのとは別の方向へと
進みかねない・・・ということでした。

世間一般では

「神なんぞおらん」
「神がいるなら、とっくにみなが救われているさ」
「神なんぞ信じるやつはバカか、時代遅れか、情弱さ」


という流れでしょう。

異星人からのメッセージなどが書籍などに上梓されるようになると
今度は
「神などいません」・・・と、完全否定されたりもして。
ですから
そんなもんだ・・・と、受け止めておられる方も多いのでしょう。

でも意外なことに、この流れは、
人の次元に「かけがえのない何か」を押し込める
狭い捉え方・・・を助長すると言ったら・・・。


現代になって、
霊魂の存在エネルギー形態の構造が多くの人に認知されるようになり、
意識が“ある程度”、現実を創造できることも
当たり前のように知られ始めました。

それは、
その事実を受け入れるだけの地点に人類が到達したという
素晴らしい証です。

でも一方で

それが、あまりに無機質な見方一辺倒になり、
この世界がすべて、“物理的に創造されている”と思いこんでしまうと
人類は停滞状態に陥るでしょう。

これまでも書いてきましたが

地球は“銀河系のなかの辺境”に位置する小さな惑星です。
人類は、地球の属する銀河の中心のことすら、いまだ知りません。


銀河の辺境なimage


科学が遙かに進んだ異星人から“何かしらの教示”を受けたとしても
彼らがすべてを知っているわけでもありません。

彼ら自体、どうして自分たちが創造されたか・・・
はっきりと知らない・・・のですから。

過去記事のなかに、地球よりはるかに科学の進んだ“とある異星の民”が、
宇宙の果てへと探索の旅に出たものの
二度と戻って来なかった
・・・というくだりも書きました。

他銀河にしても、
近隣の銀河は、地球の属する銀河を含めた
小銀河のひとつにすぎません。


コスミックボイドな2image


地球に色々な民族がいて、それぞれの主義主張が異なるように
宇宙にも、それこそ色々な種族がいて
完全にまとまっているわけでもなく
明確な敵対関係もあります。
彼らの残した口上も、食い違う部分はたくさんあります。

そのようななか、

人の魂というものに“宇宙の霊的なエネルギー”が注がれ、
まがいなりにも
人が「創造」のプロセスの一部を表現していると捉えてみれば

この広大な銀河、銀河の集団(小宇宙)、超銀河、そしてひとつの大宇宙・・・と
人からすれば、無限の大きさをもって存在しており、

そこには意識の、そして霊的なヒエラルキーが存在し、
各ヒエラルキーに属する存在たちすら
“進化と創造”の途上にある
ことが
なんとなく想い浮かびませんか?


コスミックボイドなimage


さらに

宇宙の構造としての、コスミミック・セルコスミック・ヴォイド
グレート・ウォールなどを眺めてみると
どれほど生物の構造に似ていることでしょう・・・。


コスミックセルとボイドなimage


私たちの身体を構成している一つひとつの原子の構造が
惑星のシステムに似ている
・・・こともあわせて想うならば


簡単な原子構造のimage


人が生きているということは、宇宙も同じように生きていて
人が考え、創造できるなら、当然、宇宙も考え、創造している・・・。
しかも、入れ子状態のような感じで・・・。

そう見なすことは、けっこう自然です。


宇宙の広がりと時間のimage


人の世界に霊的システムが存在し、
視えないさまざまな存在が感じられるなら
宇宙全体もしかりです。

愛はエネルギーで、それがすべてを創ると言われます。

人は、ほんとうに小さいながらも
このネルギーの一部を、善くも悪くも自由に使うことができます。

ただ、
それを生み出した大元が何か・・・を、はっきり知ることはできません。
(もし、それが「何か」を断定する人がいるなら、
疑ってかかってもいいくらいです)

それを「神」のようなものとするとして、神を知りうるにはとてつもない上昇の旅が必要です。

また、今現在、神と知られているとしても、人が知り得るそれは
宇宙全体のヒエラルキーからすると、どのあたりか・・・意外に想像がつきやすいでしょう。

そのような背景があるなかで

人より高次な存在の介入なしに
自分たちが、“何でも”生み出せるという見方は、
一見進歩しているようで、
自分たちの存在を大きく見過ぎるという難点を抱え
あげくは、歩みを妨げるのです。


また、すべてを幻想の産物と捉え、そこから出ようとしても
それは、孫悟空がお釈迦さまの手の上から出られなかったようなもの。



お釈迦さまの手の上の孫悟空image


この現象世界は必要があって創られ
人は、そこで実体験し学ぶことを求められています。

それを軽んじて
意識上で“遊ぶ”だけなら、
この世界に生を受けた意味も失われ、色褪せていくでしょう。


人が“最終的”に、心の奥底で追い求めているのは、
人の霊魂を創り出した「かけがえのない何か」であって
この世の数々の体験は、そのために生み出されています。

人がその途上で、崇高な精神性を“おもちゃ”のように捉え
「そうして当たり前」のようにふるまい、
流行の一種ぐらいに思いこんでいるだけでは
そこから先への道が閉ざされます。

こうした「上昇の袋小路」に行きつく道は、避ける必要があります。

今、人類は、新たなひとつの節目にさしかかりました。

すべてを物理的に捉えて“無機質な地球”を創るか
もしくは、暖かさをもった“生きるものとしての地球”を創るか

人類の総体が、目標を再設定する大切な時期に入っています。

前者に向かうよう望む勢力もいます。
また、後者を歩んでほしいと願う存在たちもいます。

どちらを選択しても、地球そのものは継続しますが・・・。

でも・・・

人にとっての最終目標となる
「かけがえのない“何か”」は
単なる“無機質な物理的な姿”だと感じますか?
それとも、“活き活きと活動する究極の生命の姿”でしょうか?



とある宇宙の情景なimage



いよいよ、次なるステージへの移行の時。
人類の、より善き道行きを心から祈ります。




星を見る少女とロボットのimage




スポンサーサイト


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://tokitabiyohane.blog.fc2.com/tb.php/184-da4d9adf

プロフィール

世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。