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小さな旅路・・・

Posted by 世羽 on 03.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
なんだかんだと、ここを起ち上げてから
1年がたってしまった。
初志にもとづき、伝えたかった内容は、初期にかなり書いた・・・ので
書き続けることに、あまり執着もなく・・・。
なのに今、自分が書いているのは「なにゆえ?」・・・?

近頃は、伝えることの難しさを感じ、
人としての「空しさ感」も心に漂う
それも精進の糧・・・“ありがとう”だ。


とある光明image


これまで、少しでもお読みいただいた方はきっと、
ここの管理人はバリバリのクリスチャン・・・と
思っておられるかもしれません。

でも、本当の・・・というか、しっかり勉強されて
「キリスト教の知識・常識」をお持ちの方であればあるほど
管理人の記述してきた内容が、
新・旧教の区別を問わず
本道の「教え」から逸脱しているところがかなりある・・・と、
おわかりになると思います。

で・・・だからといって、
概念を否定しているわけでもなく
むしろ擁護している。
わかる人ほど、「なんだコイツ」・・・となるかもしれません。

それはたぶん、
自分が、日本人の遺伝子と感性を色濃く引き継いだからで
完全に、西洋的に、物事を捉えるのが上手くないからです。

1年という節目になったこともあり
少し、“クソ真面目”な話をさせてください。

すごくささやかなことではありますが
自分も色々な体験をしてきました。
そのなかで、霊的な事柄を「知らされる」こともありました。

けれど、それらは
進んでお話できるようなことでもなく
大切に胸のうちにしまってあります。

そして・・・

その、ささやかな体験のなかで掴んだ
もっとも大切なこと。

それはやはり
神に向かうことの重大性でした。

たとえば、
日本語上の“キリスト教概念”で言えば
「回心」にあたるかもしれません。
(これは罪を改心するということではありません)

回心・・・つまり、神に心を向けるというのは
不思議なものを視たり、声を聞いたり、
それを誇ったりすることではなく・・・


すべての被造物のなかで、
人間が他の動物と、なぜ、どうして異なっているのか


とある少年と象のimage


とある犬(ポールダンス)image


とあるクマさんの手かざしimage


とあるイタズラなimage



また、

人の宿す「魂」は、なぜ存在しているのか
それを創造した御者とはどのような存在か・・・。

そのようなことがらについて
霊的に色々と支えられながら
真剣に「探す旅」に出る・・・
そのことを決意すること・・・


それはすなわち
「神」に向かうことにほかならない・・・。
(これに内も外もない)

個人的には、そのように捉えています。


とある金言(アヴィラの聖テレサ)image


さらに、ほんの少しお伝えするなら・・・

人は必ず、どこかの時点で
この「探す旅」に招かれるが、
その招きに気づいて
足を踏み出すには勇気がいる・・・。


この旅において、
「神」という存在は、
けっして人の魂を強いることはなく、
あくまで、自由意志にまかせている・・・。


もし、この世が幻想の産物であると認識するなら
たとえ一時期、肉体のない状態で
現世と同様の生活をしている世界へ移行したとしても
それもまた幻想・・・。


そんなことを教えられたように想います。

そして、たとえこの宇宙に
どれほどの知的な高等知性体がいようとも
彼らもまた、学び、
獲得せざるを得ない霊的な事柄がある
・・・。


こうした諸々について

すべての人は等しく、心と魂で「知る」よう招かれているが
“本気で”見出そうとする人間は少ない・・・。



そして

心の性向は、
あまりに明るい方向を向くことを恐れる・・・。


それは、自らが宿す、闇の残りカスがある事実を認めることを
拒否するからだ・・・と。



もし、すべての人が、
かつてこの世に出て、人を光明に導くほどの
「聖人」「賢者」のように生きられたなら
この世での、
戦争をはじめ、さまざまな葛藤の数々は
やがて消えていくでしょう。

であれば、そのような人物に倣う生き方ができれば
てっとり早いのですが
それを「希望」する人が少ないのです。

なぜなら、そこには喜びだけでなく
人として好まない苦難
たくさんあることを察知するからです。

今では、
「喜べる」ことのみを、どうしたら実現できるかが主流となり、
人間が“独自で”創りあげるもの・・・として
捉えられるようになりました。

でも、ある時
それは、厳密な意味で言えば傲慢な「人間中心」の想いである・・・

そう教えられ、眼が覚めました。

人が誰かを導くとき
自らが、朧気にしか理解していないものを押しつければ
誰かを迷わすことにもなりかねない。
それが、どんなに「良いこと」だったとしても・・・。


そんな言葉が、想い出に残っています。


かくのごとく、まことに個人的なことですが

自らが、聖なる「旅路」にいる・・・と想うとき

これから先、
どれだけ神というものを知ることができるのか・・・と
楽しみなのです。

これは、

どれほど周囲に愛する人がいようと
理解してくれる人たちがいようと
誰もが向かう、“聖なる一人旅”です。



とある家族と星空のimage



なので、そんなささやかな自己の体験を想うとき
みなさんのそれぞれの「旅路」も、
実りある豊かなものになるように・・・と
万感の想いでみつめていたりすることがあります。



とあるネコの賢者なimage



そんなわけで

ちょうど、個人的な区切りの日。

ふだんから想っていたことを少しばかり、
正直に書かせてもらいました。

自分も、まだまだ前進する非常に小さな人間です。


いつまで、ここで書いているかもわかりませんが
その日が来るまで、
人としての“未熟さゆえ”のいたらなさ・・・
どうぞ大目にみてやってください。


とある笑顔なわんこimage



では、引き続き

みなさまの上に、
たくさんのご加護と恩寵がありますように・・・。




とある夜景と雲と星とimage





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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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