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番外:神の啓示(前)・・・「とある団体」を抜け出した男の話8

Posted by 世羽 on 26.2014 番外   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
伊藤博文を暗殺した人が、他国で英雄になった。
でも、暗殺された人の“本当の姿”のほうは、
日本国内ですら、ほとんど語られない。

当時の歴史を紐解けば、それは明白だが
伊藤博文が、某国の教える歴史と裏腹に、
どれだけ彼の国に尽力していたかがわかる・・・。
どうしたら、某国の人たちにそれらを伝え、知ってもらえるのだろう。

世の不条理とは、こうしたことも言うのかな。


とあるよくわからん風景image_convert_20140325223516



キースさんの「体験談」をつづけます。



神の啓示(前)


私は必死で、この同胞団の霊から救ってくれるようにと
神にもう一度呼びかけ、
神はその救いを求める叫び声を聞いてくれた。


だが同胞団は、すぐに一連の偽のビジョンで起こる事柄から、
自分たちの教えは真実で
私の転生の真実(注:同胞団の特殊な役目を持って生まれたこと)と、
“選ばれた者である”という確信を持たせるよう仕向けて
問題をややこしくした。


まもなく、そのビジョンは大きな弊害をもたらした。
私の肉体的・霊的生活が、どうにも区別できないほどに
織り込まれてしまっていたのだ。
私はすべてを終わらせたかったし、
人生そのものすら終了させたかった。


キリスト教の教えと聖白色同胞団哲学との、狡猾な操作は
私を混乱させた。
私はロッジから逃げ出したが、
その一方で、霊感を与える存在が
ロッジの教えを堅固なものとしていたのだ。


私が初めて、キリスト教のカレンダーでいうところの、
聖霊がイエスの弟子たちの上に降りた聖霊降臨節・・・
この重要さを感謝するようになったのは、
何年もあとになってからだった。


いま、その聖霊降臨節の金曜日が近づいていたが、
そのときはまだ、
啓示が私に明かされることになるとは、まったく気づいていなかった。
しかも、それが完全に理解できるまでに、何年も費やした。


私は十字架につけられていた。

というのは
イエスが最愛の者としていた聖ヨハネが
“ニューエイジの教師”だ・・・という啓示を経験していたからだ。


同時に、(神から)私に啓示されていることの真実性を
完全に受け入れることができずにいたからだ。


ついに、私の絶望した魂がふたたび神に向かって叫んだ。

「もう一度、私を救ってください!」

すると神は そのようにしてくれたのだ。

ビジョンの中で、私を待つ聖白色同胞団の教師のヨハネが遠くにいて
私は、その人物に向かって道を走っているのに気づいた。


しかし私のスピードは増し、その幻影を突き抜けてしまった。
すると、
歓迎する腕を広げたイエスが現われ、
その腕に飛び込んだとき、ビジョンが消えた。


私は家のラウンジにいて、声がした。

「今日あなたが、あなたのすべてを与え、
 私の道を永遠に歩むために私のもとへ来るなら、
 ふたたび“いのち”を知ることになるでしょう」


このとき、キースは
あまりにもおかしくなった“霊による生活”を取り除いてほしいと
切に想っていたので
その言葉に同意し、自身を明け渡したかのような態度を取ります。
しかし、イエスは告げます。

「私の言ったことがそのとおりすべてです。
 いまでも、心を改めて(痛悔して)もらえないのですか?」


と聞いてきます。

なぜなら、キースはまだ心の底で「残しておきたいもの」があったのです。

すると、イエスは

「もしあなたが、自身で舞い上がろうとするなら、
 そのときは床にひれ伏すことです。
 あなたに失われていて必要なものは、
(いのちを)食することです。
 何も自身にとっておかないでください。
 懇願してはいけません。
 ただ、注意してよく聞いてください」


このときのキースの心境はこうです。

それでも私は神の命に、抵抗した。
神がすべてを求めているのだと知って、
その神に助けを願うなら・・・と、私はため息をついた。


「ああ神よ、私は嘘をついたに間違いありません。
 もし、私たちがあなたのもとへ来ようとするなら
 私たちは人生を二度と後悔しないように、
 あなたに対してだけでなく、
 私たち自身に対しても
 真であるべきだ
ということがわかります。
 あなたの御目の前に
 不純であることはすべて、死滅させてください」


これが最後で、三度目のチャンスなんだ・・・と
私は自分の魂をイエスに委ねた。
イエスの差し出した杯を受け入れて、飲んだ。


そう、私はすべてを捧げ、
私の過去を切り離す防壁が降りた。


ついに、平和が訪れた。

するとすぐ、
私は霊的に死んで、墓のなかに横たわっていた。
それは、創造の子宮のようでもあった。
それは生命と愛の脈動をともなっており、
私は上にいる神を知っているようだった。


それから私は
聖霊降臨節の金曜日に眠ったが、 それは私にとって復活祭の金曜日となった。


すべての人が神に出会うためにするべく、
キリストのように、私は十字架を通して神に従った。


私は夜明けまで夜通し眠った。

これが復活の朝なのか?

すると・・・

「いいえ違います。今日は審判の日。
 あなたは、
 神を認めない人々を、神がどのようにするか、知るのです」


・・・と言われた。

私はすぐに、自分が宙に引っ張り上げられたのに気づいた。

私は小さな星に立っているのを感じ、
視えないけれど、ある存在がいるのを意識した。


私には、私の傍にいるのが天使だとわかった。
遠方には光があって、その光に集中した。
その光は、祭壇を照らしているのが視えた。
その後方に、視えるような、そうでもないような、とある姿があった。
それは生身の姿というより、印象のようなものだった。


彼は長いひげの、かなりの古老で、手に杖を握っていた。
彼の前には、祭壇に直面して、
男性、女性、子供たちといった膨大な数の魂がいた。
彼らのすべてが裸で、その多くは背中や肩にかけてひどい傷があった。


私は近くに導かれ、私の視線は集団の左側、とある魂へと注がれた。
その者は背中に深い裂傷を負っており、
私にはそれが、“自分だ”・・・とわかった。


天使が言った。

「あなたが神を探すのに疲れ果てたとき、あなたはいつも、
 その左側にいました。

 罪が痛みとなり、どんどん重荷となり、あなたの背中に蓄積していました。
 それはあなたを下へと屈ませ、視線を地上のものへと向けたのです。
 それが、もっともっと激しくなって、あなたの視線が神に向けようにも
 あなたの魂は麻痺していたのです。

 けれども、イエスは、その重荷を取り去って、
 あなたはイエスのところにとどまるように
 自分の魂をイエスに与えました。

 裂け目が暴かれたこと、
 あなたが、神からどのようにして盗みとったかを
 知ってください。

 神はすべての人々を判断し、
 それから、ある人々はふたたび命を知ることになるでしょう」



(左・・・といえば・・・)

とある左側のimage


私は集団から引き戻された。
私が神だと思った姿の者が、杖を伸ばし、
そこ・ここにいた魂の頭の上に触れた。


すると突然、焼けつくような光が上から降りてきて、
すべての者がこの光のなかに消えた。
私は盲目になるのを避けようと、しっかり目を閉じた。


非常に長い時間が過ぎ、私は光が治まったのを感じた・・・。
だが私は、あえて目をあけないでいた。
私は「判決」を怖れたのだ。


「目をあけなさい。そして審判の日の結果を見るのです」

私の傍にいた天使がそう言った。

私は拒んだが、
天使は私が見れるように、私の目をこじあけた。


そこには以前、群衆がいたのに、
いまは、たった5~6人の魂が立っているのみ
残りは消え去っていた。


私の視線はふたたび、左のほうへと引き寄せられた。

罪の重荷によって引き裂かれていた傷はあとかたもなくなり、
背中と肩は、いまや完全になめらかで、神によって癒されていた。
魂が赦されていたのだ。


天使がこう言った。

「神は今日、あなたに生命を与えました。
 神のもとへ行き、祈りなさい。
 これ以後、けっして離反してはいけません。
 もしも、そうするなら、きっと後悔するでしょう。
 幸いなるかな。
 その罪を取り除かれた者。
 そして、裁きの日、神に認められた者は・・・」


私はすぐに墓に逆戻りし、経験したことを想い返した。

私は、昔の預言者たちが経験したものと類似した
「神の啓示」を得たことに気づいた。
神はいま、私に何を期待しているというのだ・・・と不思議に想った。


教会に参加して祈るべきなんだろうか?
修道院も一つの道か?
洞窟でも見つけたほうがいいのか?
そこで聖なる御心と接触すべきなのか?


ただ一つ私にわかっていたのは、
人生(命)が、ふたたび同じにはなりえないということだった。



こうして、神の啓示は、まだ続いていきます。


*****

いろいろな概念があって
いろいろな想いが、人の数だけあるでしょう。

でも、そこに共通することがあるなら
その“最大のこと”とは
いったい何でしょう。

それがすべてを包含した“答え”となって
人々の心に去来するときがあるとしたら
この星の
どこに住み、たとえ何をしていようとも・・・


とある子供たち(パキスタン)image


とある兵士と子供と犬image


そのとき、みなが幸せでありますように・・・と
ひとり想っています。


「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい」

そんな言葉を口ずさみながら。



こんなふうに心のカスも“一挙に”始末できたら・・・

とあるワンちゃんの浄化活動image




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世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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