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もしも「犬とか猫とか」になったなら・・・

Posted by 世羽 on 22.2014 つぶやき   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
2011年の森永卓郎氏の発言。
「私は日本“丸腰”戦略というのを提唱しています。
 軍事力をすべて破棄して、非暴力主義を貫くんです。
 仮に日本が中国に侵略されて国がなくなっても、
 後世の教科書に
 『昔、日本という心の美しい民族がいました』
 と書かれれば、それはそれでいいんじゃないかと」


・・・自分は・・・すんません・・・無理・・・。
  侵略には、たぶん抵抗します。

参院憲法審査会での福島瑞穂氏の発言。
「集団的自衛権の行使は、
 日本が攻められていないのに
 他国防衛を理由に、売られていないケンカを買いに出て行く。

 安倍晋三首相が記者会見で言った
 (避難民を輸送する米艦の防護などの)事例は、
 ファンタジー(空想)やフィクション(虚構)。
 非現実的で、あり得ないことを言っている。
 “集団的自衛権の行使”を導きたいために、案を作っている」


ファンタジーとフィクションねぇ・・・。
すると、
ご自身がかかわった隣国関連の、あの【【問題】】は?・・・なんて。

まあ・・・そんなことはどうでもいいか。

それより
21日午前
久米島沖で目撃された地響きを伴った「きのこ雲」が何だったか
のほうが気になるかぁ。


犬と一緒image


(上のように、どうしても看過できないことがあると
つぶやきたくなる自分・・・なので自戒をこめながら、本日も・・・)



ネットで、
犬の「ほっこり」する話しが流れていました。

それは、イギリス・ロンドン大学がした犬の研究の話題でした・・・。

犬には
飼い主のみならず、たとえ見知らぬ人であっても
誰かが悲嘆にくれている様子を見せると
ごく自然にそれを察知して
傍らに寄り添って慰めようとする習性がある。


しかもそのとき、自分の楽しみとなる行動をしていても
中断してまで、そうする。
これは本能的に犬が考えることらしい・・・。


この行動の生じる比率は、約84パーセント。


ん~。かなりの割合です。



犬ともだちimage



これまでときおり、つぶいたのですが
身近にいる犬や猫たち(その他の動物たち・・・)を見ていると
教えられることが多々あって。

なかでも「最高だあ・・・」と感じるのは
無償の“好意”を示してくれていると実感するときです。



とある猫さんの近影image



たとえ、“人”である「飼い主さん」が
世間で疎まれていようと
悪人に位置づけられていようと
多少、性格がひんまがっていようと
犬や猫の、人に対する「好意」(愛情)は変わりません。

人は、親や子、兄弟姉妹、夫婦といった
最小単位の大事な関係でであっても
色々な骨肉の争い、感情の亀裂が起きたりします。

それが、職場などの人間関係の場ともなれば
推して知るべし・・・の状況でしょう。

いったんそんなことが起きると

人同士の「好意」は
儚くも崩れ去り
恨んだり憎んだりもします。


一方、人の傍で生きる犬さんや猫さんたちは
こっぴどく怒られても
殴られたりしても
よほどのことがないかぎり、傍らにいる人を慕います。



犬と幼い少年のいる情景image



彼らは、共に暮らす、傍にいる人間の、
どこを見て。
何を感じているのか・・・。

その答えに、簡単に気づけたとしても
はたして、
人が同じように“他者を捉えることができるか”
・・・と言うと
そうでもない。

犬さんや猫さんたちは
たとえ、何か酷いことをされたからといって

相手を「赦す」といった、たいそうなことをするわけでもなく

さまざまな手のこんだ「心の調整」をしているわけでもなく

この星の外からの助けを求めるわけでもなく・・・

生命がどのような形で尽きようとも
自分の置かれた場所で
その最後の時まで
天から与えられた生命を潔く全うします。


たとえ個体によって、性質や行動に特徴が出たとしても
大筋の生き方は同じような感じです。

たとえ、物が作れなくても
大した文明を築けなくても
それはそれで、「たいした本能」です。



ストリートドッグimage



なのでときおり

「犬とか猫とか」になって
掛け値なしに、ごくごく自然に「人」を見ることができたら・・・
どんな感じかな
・・・と想像したりして。

きっと世界も、
いま、感じているのとは違って
もっと自然に、暖かく受け止められるだろうし・・・
国が国を恨むことだってなくなるだろう・・・


と、思ったりするわけです。


人が傍にいなかったら、
犬や猫・・・はたまた他の動物たちも
人に似た行動を起こすような“意識の進化”があったかどうか
・・・と想いもしますが



ベルリン動物園の白くまさんimage



人は、人であるがゆえに
ものすごく貴重な存在・・・
と過大評価され過ぎている気もしており。



仮に、この惑星に人がいなかったとしても
犬さんや猫さんたち、その他の生き物たちは
それなりに生きていくでしょう。


犬と子羊image


はたして、生き物たちにとって
また、この星にとって
人とは何なのか・・・と、
改めて想いをめぐらします。


草原の緑とヒツジimage


そして・・・

もし、
自分が犬とか猫とかで、飼い主さんがいる身だったら




傍にいる人をトコトン愛し

猫さんと幼女image




その人が喜んでいるときは一緒になって飛び回り


犬と遊ぶimage




悲しんでいたら寄り添って慰めて


犬の添い寝(セラピー)image




もし、その大事な人の生命が危険に晒されて、
そのとき自分にできることがあったら
我が身を捨てても護る・・・・。



犬と兵士image


犬さんたちの弔いと涙image



そんな具合だったらいいなと。


で、ほんとうは

「犬でも猫でも、その他の生き物」でもなくて

「人」であるときに、

いつもごく自然に湧き出るがごとく、
そんなふうにできたなら・・・最高だな・・・と。




犬と少女と夕陽image



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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