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「誰か」の御名・・・「マッサビエルの洞窟から」つづき

Posted by 世羽 on 09.2014 聖母マリア   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
中国の実際の軍事力・・・なかなか報道されない。

・総兵力・・・・・・日本 22万人  中国 230万人

・陸上兵力・・・・日本 14万人  中国 160万人

・艦艇・・・・・・・・日本 141隻(護衛艦48隻 潜水艦16隻)
          中国 970隻(駆逐艦80隻 潜水艦60隻)

・作戦機・・・・・・日本 410機(戦闘機350機)
          中国 2580機(戦闘機670機)


この中国へ、いまだ日本からの莫大な公費を投入し
軍備の差をどんどん広げられ、手玉にとられ
和平交渉はとにかく外交のみでしろ・・・と言うのは

なんか、拳銃を振り回す凶悪犯の前に
「話せばわかる・・・」と、無防備に出て行くのと同じような?


黄色の木洩れ日image



以下、これまでのつづきです。
(ため込んだので、少々長い・・・)



「誰か」の御名


1858年3月4日。
約束した“15日間”に渡る洞窟通いの最終日。

「誰か」は、特別何かを告げるということもなく
ふたたび現れるかどうかもわからないまま
スパッ・・・と姿を消してしまいます。

ベルナデッタはペーラマール神父から依頼された「誰か」への伝言も
しっかり伝えましたが
「あの方は、ただ微笑んでいただけでした・・・」とのことで。


一方このころ、洞窟あたりでは、

人々が(すでに)聖母像を安置し、花を飾り、
参詣する人が行列をなし
洞窟付近はちょっとした聖地の雰囲気になっていました。

心ある人たちが進んで
“湧き水”の場所に水が溜まるように手を入れ
小さな「泉」にし
その水を“容れ物”に汲んで持ち帰る人たちも・・・。

そんな情報は政府にまで達し、
「真実のところを報告せよ」
内務省から県知事へ書簡が届けられたりしています。


同年、3月25日。「お告げの聖母」の大祝日・・・
(ベルナデッタの信仰するカトリックでは
大天使・聖ガブリエルが聖母マリアに受胎告知をした日として祝う)

その前日の、24日夕刻
ベルナデッタは久々に
『明日、洞窟に来てください』という
内的なささやきを感じます。

ベルナデッタは
「とにかく嬉しくて、一睡もできなかった」・・・そうです。

そして、いよいよ25日の未明

ベルナデッタが“内的呼び声”に従って洞窟に出かけると、
典礼の大祝日をそこで過ごそうと
すでにたくさんの人たちが集まっていました。

ベルナデッタは、自分よりも先に
「誰か」が、光り輝くようにして
洞窟のところに来ているのを見つけます。

「私はその方の前に跪くと
遅れてしまって申し訳ありませんでした・・・と、
真っ先にお詫びしました。

そしたら
『心配することはありませんよ』とでもいうように
その方は頷くように頭で合図をしてくれました。

それで・・・私は
『今日、お逢いすることができて
もの凄く嬉しいです』と言いました。

いつものようにお祈りを始めると
なぜか、どうしても“あの方”の名前を聞きたくなりました。

でも・・・
これまで何度聞いても、答えてもらえなかったし
また尋ねたら失礼かと思ったので我慢していました。

それでも、どうしても我慢できなくなって
何度か
『あなたのお名前をお聞きしたいです・・・・』と
言ってしまいました。

それでも、あの方は
微笑むばかりで答えてくれません。

そうなると、もっともっと聞きたい気持ちが強くなって
『私のような卑しい者は、
お名前を教えてもらう恵みにふさわしくないかもしれません。
でもどうぞ、特別の憐れみで教えてください!』
そう、無理にお願いしました。


(このとき、ベルナデッタは小さく震えながら
涙ぐんで話している)

すると、あの方が洞窟のバラの上に立ちました。

それから胸のところで合掌していた手を
“不思議のメダイの聖母”のように
下のほうへ静かにのばし
もう一度胸のあたりで合わせました。

そして

とても厳かに、それでいて謙虚に、
感謝するように天を仰ぎながら
『ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・カウンセプシウ』
と言いました」


「インマクラダ・カウンセプシウって、何のことですか?」

(注:彼女は正確に発音していない)


ルルド(資料として不思議のメダイの聖母)image


ベルナデッタがこの話をしたのは、
当時の税務管理局長だったエストラード氏と、その妹で、
この“素直な質問”を聞いたエストラードは
「“ベルナデッタは嘘を言っていない”と直感した」
と証言しています。

さらに、

このときの「誰か」の動作を真似ながら話したベルナデッタの姿が
「あまりに優美で、感動を覚えた・・・」とも。


ベルナデッタが言った、
「インマクラダ・カウンセプシウ」
「Immaculata Conceptio」(ラテン語)を示していると思われ・・・

日本語では「汚れなき(無原罪の)宿り」というものです。

つまり、「誰か」は自分のことを
「私は汚れなき(無原罪の)宿りです」と言った・・・。

これは、すなわち神学で言うところの
「聖母マリア」の最高最大の呼び名だったのです。

ここでようやく
洞窟の誰かは、やはり「聖母マリア」らしい!・・・となります。

(しかし、教会が調査をして公式に認めるまでは
 あくまで、「そう言った」という段階だった)

ベルナデッタは家庭の貧しさから、ろくに学校に行けず
話す言葉は“ルルドの方言”にときおりフランス語が混ざるぐらい
標準的なフランス語は話せず
識字についても、ほとんど文盲に近い状態でした。

教会の教えの理解にも乏しく
ラテン語の意味もほとんどわからずにいたことから
耳にした言葉をそのまま覚えた様子がわかります。

「誰か」は、そんなベルナデッタにもわかるように
ルルドの方言で話しかけてもいた・・・)

ベルナデッタは、エストラードさんに教えてもらって初めて
正しい言葉と意味を知り
自分がこれまで「誰に」会っていたかを悟りました。
(すごく喜んだようです)


少し時間を逆戻りさせますが

ベルナデッタがこの言葉(名前)の意味を知る前に
実はこんなことがありました。

ベルナデッタは「誰か」から名前を教えてもらうとすぐ
「この名前を伝えれば聖堂が建ててもらえるかもしれない」・・・と、
言葉を忘れないように
繰り返し・繰り返し、口のなかでつぶやきながら
ペーラマール神父のいる教会に向かいます。

途中、人に出遭っても、一切答えず
ひたすら名前をブツブツ連呼しつづけ
やっと神父を前にすると、

彼に向かっていきなり
「ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・カウンセプシウ!」
と叫びました。

「・・・・・!?」
神父は唖然とします。


『ああ、あなたはなんと言うことを口にする!!
 そこまで傲慢なのですか?
あなたは、自分が汚れなき御宿りだとでも言うのですか!!!』
・・・と
言葉にしたかった神父さんですが、口から出て来ません。

(神父は、多少、間違って発音されていても
何を示しているかは直ぐわかった。
ベルナデッタが“自分のことを”そう言ったわけではないことも
わかった)

神父の頭の中で、理性がひたすら理屈をこねようとしていました。
彼はしばし考え、こう言います。

「あなたは間違っている・・・。
女性でこの名前を持つものはいません。
いったいあなたは、その意味をわかっているのですか?!」


ベルナデッタは黙って首を左右にふります。

そう・・・このときはまだ、
エストラードさんに会う前で
ほんとうに「意味」を知らなかったのです。

神父は、名前とやらを聞いた瞬間、
それを否定しようとしていましたが・・・。

それに反して・・・彼の「心」に訴えてくる何かがありました。

感動に胸がつまり、ともすれば、涙が出て
嗚咽しそうになるのを必死に抑えなければならないほどでした。

神父はさらに黙り込みます。

するとベルナデッタは言いました。
「あのお方は、まだ聖堂をお望みです!!」

神父はわけもなく流れ出る涙を、子供に見せまいと
わざと荒々しく言い放ちます。

「もういい!!! 家に帰れ!!!
そのうち、あなたに会うだろうから・・・」


この後ペーラマール神父は延々
自分の否定してかかる思考
心から生じる「何か」とのせめぎあいに置かれます。

「あの子はフランス語もラテン語もよくわからない。
だから、こんな言葉が自分でつくれるはずがない。
言い方も変だ。
ならば、この名前も意味をなさないのではないか。
それに、教会か、どこかで
“無原罪の聖母”という言葉を聞いていたかもしれない。
でも・でも・でも・・・」


巡る思考の中、

彼の心にふと、
遠い昔から聖母マリアに与えられていた伝説的御名のゆえん・・・
4年前(1854年12月8日)、教皇ピオ9世によって
正式に信仰箇条とされた言葉が響きます。

「幸いなる童貞は
 御宿りの瞬間から、
 原罪のあらゆる汚れから守られたことを宣言する」・・・



結局、これが神父の心にさし込んだ一条の光となりました。

どうやら神父は、
この信仰箇条を裏打ちするように洞窟の貴婦人が現れた・・・
ということを悟ったようで・・・。


当初から信じたいと思っていたにもかかわらず
「そんな馬鹿な」と否定したくなる思考が
起きていた出来事の真実を「心から」確信したことで
素直に受け入れることができたのです。




ルルドの聖母image




この「尊称」の件は、神父から司教へと伝えられます。
お達しは
「とにかく、熱狂はいけない。推移を見守るように」でした。

これと並行して、
一連の出現騒ぎを良く思わない県知事から圧力がかけられ
官憲による弾圧が起きます。

ベルナデッタには繰り返し
「厳しい尋問」、「病的精神異常の有無」を探る調査が行われ
県知事は、憲兵を投入し
騒ぎの張本人として「ベルナデッタを拘束してしまおう」
本気で検討していました。

これに、立ちはだかったのがペーラマール神父です。


「ベルナデッタは罪人でなければ、狂人でもありません!
それを不法に監禁しようとするなんて、許されることじゃない。

何人もの医者が精神鑑定をして
『入院すら必要ない』と言ったそうじゃありませんか。

もし、暴力で弱い者を圧迫するなら
私は牧者の任から、一命を投げ打ってでも彼女を救います。

もし、武力をもってスビルー家を襲うと言うなら
門前に立ちはだかって最後まで戦う者がいることを
忘れないでください!!」



かろうじて、ベルナデッタ拘束の事態は回避できたものの
こうした政治的な弾圧によって
崇敬を集め始めていた洞窟は柵で覆われ、
警官が見張りに立ち
誰もが、行くことも、通ることも、法的に禁じられる状態が
しばらくつづきます。

しかし住民たちは黙って従っていたわけではありませんでした。

あれこれと知恵をしぼって抵抗し、
命さえいとわず頑張っていましたので
憲兵と住民が一触即発・・・という
危機的な状況にまでなってしまうのです。

この危機を、またもやペーラマール神父が食い止めます。

行動を起こそうとしていきり立つ住民を前にして
神父が言いました。


「聖母マリアの洞窟を血で汚すなんて、
その名を崇めるどころか、辱めることじゃありませんか。

もしみなさんが、あくまで自分たちの意志を通そうとするなら・・・
いいでしょう・・・・。

私はみなさんに立ち向かいます。
私の屍を越えてから官憲に立ち向かいなさい!!!」




ルルド(近づけなかったとき)image



そんなこんな・・・があって、時は夏
すでに7月16日となりました。

実はこの日が、
ベルナデッタにとって
洞窟で聖母に会う最後となります。

ルルドの教会で、ベルナデッタが聖体訪問をしていると
心の中に『洞窟に来てください・・・』という促しを受け
彼女は早速、伯母の付き添いを得て、洞窟へと向かいます。

聖なる洞窟はこのとき
二重の柵に覆われて近寄れず
ベルナデッタは対岸から祈りを捧げます。

時間は、午後4時ごろから、その日の黄昏時あたりまで・・・。

会話はあまり伝わっていません。

ただ、今日が最後だということもあったのでしょうか
「聖母のご様子が非常に愛情深かった・・・」
ベルナデッタが言っています。

さらに、この日の聖母の様子を、彼女はこう表現しました。

「今日の聖母マリアさまの姿・・・
なんと美しかったことでしょう・・・。
今までさえも、まったく見たことのないものでした」



こうして、一連の洞窟での出現自体は
それほど華やかではない終わり方で幕を降ろします。


ルルド(水汲み)image


この最後の御出現までには
ヨーロッパ中の国々に話が広まり
さらに多くの人々がルルドを訪れるようになっていました。

本格的な泉の成分調査や、
教会側の“神学的な調査”も進み
日を追うごとに、泉の癒しの報告も増えていきました。


ルルド(運ばれていく病人)image


ここで、肝心の教会当局の調査が具体的にどんなであったかを
書いておこうと思います。

その一部はこうです。

本教区において、事件に関する調査委員会を設け、
ルルドの洞窟に起こった出来事、
あるいは今後起こり得る出来事
およびこれに関する一切の情報を収集・調査し、研究する。

よって、諸氏の協力を希望する。

決定事項は以下のごとく。

まず、ダルブ教区において、洞窟に関する調査委員を選定する。

調査すべき事項はつぎのとおり。

第1
・ルルドの洞窟の水を使用し、これを飲み、あるいは注いだことで
はたして病が治癒したかどうか、
またその治癒は自然的に説明し得るかどうか。

・ベルナデッタ・スピルーが洞窟で貴婦人のご出現を得たというが、
それが真実の申し出であるかどうか。

もしそうであるなら、それが自然的現象として説明可能なものか、
あるいは超自然的現象、すなわち神の御手によってなされたものと
認めるべきものなのかどうか。

・出現者はこの少女に何の意向を現し、何を求め、
少女はそれを、誰に伝えるべき任務を受けたか。
また、その意図と要求は、どのようなものか。

・現在、洞窟に湧いている泉は、
ベルナデッタ・スビルーが出現者に会う前からあったのかどうか。

第2
委員の調査すべきは、“確実な証拠”に基づく“事実に限る”。
かつこれに関する「詳細な報告」と、各自の意見を提出すること。

第3
本教区の司祭たちは、各々通信員となり
以下のことについて調査委員まで報告すること。

  各自の管轄内に起こった本事件に関する出来事
  事実の証人となるべき者の住所氏名
  調査委員の調査に、多少なりとも“参考となる知識”を有する者の住所氏名
  不思議な治癒を得た患者を診た医師の住所氏名。

第4
調査委委員は報告を得るごとに、即時調査に着手し、
証人には、事実の真実を立証するために必ず宣誓をさせ、
調査のために出張する時は、2名以上の委員を伴うこと。

第5
調査委員は医学、科学、地質学の学術に精通する人々の出席を求め
各自に関わる諸問題を論議させ、その意見を聞くことを切望する。
問題の如何を問わず
調査委員は偏見に捉われず、
光明を求めて真理に到達する道を忘れてはならない。

第6
調査委員は、本教会に属する9名の参議員と、
神学大学・学長、中神学校・校長、本教区司祭団の主席司祭、
ルルドの主任司祭、
神学大学の定理神学・道徳神学および物理学の教授をもって組織する。

第7
調査委員長にはノガロ神父、副委員長にタバリエス神父、スーレ神父を任命する。
なお、他に書記1名、副書記2名を委員の協議によって、選定する。

第8
調査委員はただちに調査に着手し、
必要に応じて随時、委員会を開催すべきこととする。
                                   1858年7月28日
            タルブにおいて 司教ベルトラン・セーベル/書記 フルカード


(これが発せられると
フランスを皮切りに周辺国の反教会思想の新聞各社が猛烈に叩き始める。
そんな情勢下で、調査が進められていた)


昔とはいえ、それなりにしっかり調べようとしていたようで
このときの調査で記録されたことが、書籍になったり
後世に伝わる結果になりました。

ベルナデッタ本人の聞き取りでは
彼女は教会に呼び出され、
出現当初からの詳細な話しが聴取され、あわせてさまざまな質疑応答、
その物言いや態度から、言質の真偽が調べられました。

ベルナデッタは、いつもと変わらない無邪気な態度でこれに応じ
「小さな出来事も質朴に話した・・・」とあります。

ときに、自分でよく言い表せないことがあると
身振り手振りで表現し、
調べの最後に、はっきりと、こう断言しました。


「私は、いままでお話したことが偽りでないことを
神さまの御前に誓います」




ルルド(洞窟と松葉杖)image



この・・・膨大な調査報告がまとめられたのは4年後で、
それをもとに、声明文が出されます。

第1(以下は、その中心部分・・・)

「我々は、神の御母、無原罪の御宿りなる聖マリアが
ルルドに近いマッサビエルの洞窟において、
キリスト降誕1858年2月11日から18回
(15回目の出現は定時でなかったので除く)出現したもうたこと、
およびその御出現が真実の証明を有すること、
ならびに
信者たちがこれを真実として信仰する正当性があると判定する。
ただし我々は、
全カトリック教会の最高統治権を託されたローマ教皇に、
最終的判定をゆだねる」


第2
我々は本教区内において、「ルルドの聖母」を崇敬することを許可する。

第3
聖母御出現の際、しばしば表示された御旨を戴して、
洞窟のかたわらに聖堂を建立することを提唱する。
                                  1862年1月18日
                    ローマにおける聖ペトロ聖座の祝日にあたり
                       タルブ司教館において司教の命により 秘書フルカード



これはもう、なかば「聖母の御出現」
ほぼ公認されたようなもので
各所から寄付金が集まるようになり
「洞窟に現れた聖母」が求めたように
出現地にバジリカが建立される運びとなります。

また、

『人々が行列をつくって、ここを参詣するように望みます』
という言葉どおり
ロウソク行列が今日にいたるまで、“日々”続けられています。


ルルド(行列の人)image


ルルド(ロウソク行列4)image_convert_20140608230555


ルルドはこうして、いまや世界的な巡礼の聖地となりました。


ルルド(バジリカ)image



そして・・・

ルルドの物語はたいてい、このあたりで
終わってしまうのですが・・・。

そのつぎに来る、物語の本当の「核心」と思しき部分
あと少しだけ、つづけてみます。


ルルド(バジリカ正面)image_convert_20140608225228


この手の「不思議な体験」をした人が
のちに必ず遭う心の試し・・・。

それは

自分が“特別な者”である・・・と思いこんでしまい
周囲に必要以上に誇ってしまったり
高慢になったり
自慢・吹聴したり・・・という心の動きで・・・。

人はときに、
そんな心の向きに屈服することがあります。

すると、

まこと特別な恩寵だったものが
いつしか自らの“権力の道具”に変わり
多くの人を、自らの傘下に押しとどめたくなったりします。

特に、

人のためになる「特別な賜物」を与えられた人ほど
この“試し”は大きいものになるでしょう。


だからこそ、
輝く“宝石”には、汚れがつかないように気をつけて
もし、ついてしまったら・・・綺麗に磨く・・・。
これはやっぱり、気持ちがいいものですよね。




満天の星image



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世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
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喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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