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「何かが起きた人」・・・テレーゼ・ノイマンの場合

Posted by 世羽 on 05.2014 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
巷でこんな図が流れていたw。

アジア太平洋諸国の反応image


異国の人たちのほうが“リアル”にわかっているかも。



(本文はここから下)
聖痕(修飾用画像)image



1800年代の終わりごろから1900年代にかけて、
ドイツのコンネルスロイトという村(当時)に
テレーゼ・ノイマンという人がいました。


聖痕(資料Konnersreuthマップ)image


不思議系の雑誌や書籍などで取り上げられたことがあるかと思います。

この女性、
とりたてて見目麗しいというわけでもなく、
その名が有名になったころの彼女は
パッと見、異国の、ごくふつうの田舎のおばさんでした。

しかし、あの聖ピオ神父と同様に、
「聖痕」を生じたことで知られています。


のちに「コンネルスロイトのテレーゼ」・・・と呼ばれるようになった、
このテレーゼ・ノイマンは
1898年4月8日の深夜、キリスト教でいうところの、
(その年の)聖金曜日から聖土曜日にいたる時分にこの地に生まれ、
同年同月10日の“復活祭の日”に洗礼を受けました。

もちろん、この日に生まれた赤ちゃんはたくさんいるでしょうが
この日の持つ意味が、
のちの彼女の行く末を暗示しているかのようでもあります。

当時、各国の田舎がたいていそんな感じだったように、
子だくさん(11人兄弟)の家庭の長子として生まれた彼女は
幼いころから兄弟姉妹の面倒を良く見て
7歳の頃にはすでに、午後、学校から戻るとすぐ働きに出かけ
半日の労働をして賃金を稼ぎ、家計を助けていました。


聖痕(子供のころno)image


長じてからは、
身長は小さめでしたが、すこぶる頑強な体躯を持っていたので
戦時中などは、75㎏もある穀物袋を肩にかついで5階の倉庫まで運ぶなど
男まさりの労働も平気でこなしていました。

そして、調理場、水車小屋、庭園、酒場、麦打ち場、畑、牧場と
実にさまざまな場所で、とにかくよく働きました。

そんな逞しいテレーゼが、20歳になったときのことです・・・。

働き先の隣家が火事になり、
戦争で男手の足りないなか、2時間に渡る消火活動を行っていたところ、
突然、バケツを持つ手から力が抜け、背中に刺すような激痛が走り、
思うように身体が動かなくなってしまいました。

それでも、2~3日で、どうにか起きあがれるようになったので、
痛みを押して、出来る限りの小さな仕事をしていたのですが、
激痛が身体中のあちこちに拡散しはじめ、身体は縮み、足を引きずるようになりました。

その後、1ヵ月ほど、
そんな状態ながら何とか仕事に出かけていましたが、
ある日、地下室からジャガイモを運び出す途中で階段を転げ落ち
妹が捜しにくるまで、倒れたまま起きあがれませんでした。

同じことが、その後も起きて、ついにテレーゼは病院に入院します。

診断では甲状腺の下垂ということで、6週間ほど治療を受けるのですが
当然、治療費はかさみます。

母親が休む暇なく働くのを見ながら、じっとしていることは
彼女にはできませんでした。

結局、テレーゼは途中で退院し、それからというもの
“原因不明の痛みや痙攣の発作”に耐えながら、
力をふりしぼるようにして家計を助けようと働いていたのですが
またまた仕事中に倒れ、
とうとう起きあがることさえ叶わない、ベッドに伏せったままの状態に陥ります。

常時、全身のここ・そこを貫く痛み、発作のようにして襲ってくる痙攣。
一時は死ぬ寸前までいき、
何とか命を取り留めたものの、病状はさらに深刻化していきました。

そして1919年3月
発作的な痙攣が起きてひっくり返り、頭部を強打。
以来彼女は“一時的に(約4年)”視力を失うことになりました。

このときのことを、テレーゼが語っています。

「父や母は、手のふれ方でわかりました。
お医者さんが手をふれるときには私をなだめなくてはいけませんでした。
というのも、私はさわられると、それほど痛みが身に応えたので、
他の人に触れられると我慢できなかったのです。
母も、娘に触れて苦痛を与えたくはなかったでしょうけれど・・・。


そんななかでも、私は神さまの愛を絶対に信じました。
神さまがくださる苦痛を喜んで辛抱する決心を心で固めました。

            (ここら、のちに大きな意味があることがわかる)

でも、母の涙が私の右頬にしたたり落ちるのを感じるとき
悲しみがこみあげてきて、私も泣くよりほかはありませんでした」

                 (左側の頬には感覚がなかった)



聖痕(テレーズの両親と一緒に)image



1922年の末、テレーゼは頸部に腫脹を生じ、
12日間、一滴の水すら飲み込むことができなくなります。

その後1年ほど、流動食で生き伸びた感じのテレーゼでしたが
1925年の“ご復活の大祝日”以降、水もほとんど飲めなくなり、
日々口にする流動食の量も減って
1日あたり、小さなスプーンに2~3さじになりました。

当時の医療からすれば、
激痩せして、とっくに死んでいたでしょうが、
テレーゼの場合、他の人が見ると病人に見えないほどの容貌でした。

そして1926年8月
テレーゼは病床で“キリストの変容”の幻視を見ます。
(このとき、まだ物理的な視力は戻っていない)

以来彼女は、聖体と、それを飲み込む数滴の水以外、口にしなくなりました。

噂はすぐに広がり、テレーゼへの「調査」が始まります。

通常の人は、2週間ほど食事も水も口にしなければ死にいたる・・・ということで
ちょうどそのぐらいを基準の日数として
「1927年7月14日から同年同月28日まで」を調査期間とし
その間、ドイツの衛生顧問官サイドル博士、エルランゲン大学教授エワルド博士の指示のもと、テレーゼは“24時間の監視体制”下に置かれます。

昼夜を問わず、2名の看護師がテレーゼに張りつき、
何を食し、何を飲んだか、身体を洗うときの水はどう使用されたか・・・
などの記録が取られました。

このときの記録は、レゲンスブルクの司教庁にあり、閲覧可能です。
また、キリスト教の信者ではなかったエルランゲン大学のエワルド博士が書いた、
裁判用のための鑑定書も残っています。

で、この調査の結果・・・

結局のところ、テレーゼは飲食をせずに生きていた・・・というか
そうする“能力が無い”状態で生きていることが判明。
その他、私的な調査をしたミラノ大学の複数の研究者も
同じ結論にいたっています。

ちなみに、彼女の睡眠は非常に短く、
深夜3時~5時のあいだの2時間だったこともわかっています。


聖痕(テレーゼのスナップ)image



そして・・・新たな展開がやってきたのは
視力を失って4年1ヵ月を過ぎたときでした。

なんと突然、視力が戻って来たのです。

テレーズに視力が戻ったとき、
4年のあいだに成長してすっかり姿が変わった妹を見て
「あなたはどなた?」とテレーズは尋ねています。

また、出先から戻った父親の頭に白い物が増えているのを眼にして、
少なからず寂しく思ったようです。

このときのことを、テレーゼはこう言いました。

「盲目になる前、私は“見る”ということについて何の不思議も感じていませんでした。
そんなのは、当たり前のことだったからです・・・。
でも、今になって初めて
当たり前に物が見えることが、どんなに素晴らしいか、
それは日々、神さまに感謝をするべきことだ・・・と悟りました。


この尊い賜物を受けられない人たちもいます。
でもそれは、神さまのみ心でしょう。

見える人たちは、人類に与えられた、このほかのすべての賜物、
天地の創造の奇跡をなされた神さまの“大いなる愛の賜物”が、
天上に、地上に、満ちていることを悟るべきです」



またテレーゼが言うには、
この突然の視力回復には、一人の聖女の“隠れた助け”もあったようで・・・。

「あなたはどんなことをして見えるようになったのかい?
 誰かが療法に手を貸したのかい?」

と、不食についての調査を行ったサイドル博士が尋ねたとき

「先生、助けてくださった方があります!
昨日は、幼きイエズスの聖テレジア(リジューの聖テレジア)が列福された日です。
私たちは心から彼女を慕っていました。
きっと、彼女が助けてくださったに違いありません」

(・・・これが、さらに“のちに明らかに”なる)

テレーゼが、あまりに確信に満ちた語調で話したので
聞いたザイドル博士はつい
「そうかもしれん・・・」とつぶやいてしまったほどでした。


もの凄くはしょって書いていますが・・・まだ、肝心の聖痕が出てきません。
つぎに続けることになりそうです。


聖痕(TeresaNeumannスナップ)image



で・・・つけ加えてひとつ

このテレーゼ・ノイマンの“霊性”として明らかになっていることに
つぎのようなものがあります。

それは

彼女がとりわけ、自然界のなかに神との交わりを持っていたことです。

牧場や森、野原で働きながら
どんな小さな草を見ても
どんな茎を見ても
どの樹木を見ても
そこに神と、永遠性とを連想していました。

テレーゼが大好きだったのは“刈り入れのとき”で
その時こそ、何にも邪魔されることなく神と語らうことができ
神の慈愛を深く想えたから・・・だそうです。

そして、テレーズはとにかく「小さなもの」に、
真の喜びを感じていた人でした。



聖痕(テレーゼと小鳥)image




そんなテレーゼに起きた話の続きをもう少し、つぎに・・・。


聖痕(修飾用)image



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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