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「何かが起きた人」・・・テレーゼ・ノイマンの場合2/光の導き手

Posted by 世羽 on 07.2014 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
ここのところ、さらに・さらに色々な事が起きているので
なんだか、もう・・・
こんなことが起きたとしても(リンク先以下)

魔術で猫に変身した12歳少年が捕獲される

驚かない・・・w。


聖痕2(修飾用2)image



(前回からの続き2)


少し時系列が前後しますが・・・。


1925年。
テレーゼ・ノイマンが最初に物が口にできなくなったころ、
正確に言うと5月17日のこと。
この日の出来事を、彼女は当時の主任司祭に話しています。


おおかたを示すと、それはこんな内容で・・・。

ノイマン家の人々はかねてから、時間がとれるときに、
聖堂での礼拝時間にあわせて祈りをする習慣があり
この日、両親を残して教会に行きました。
(テレーゼは、同時刻に家のベッドで祈っている)


「午後5時の礼拝時間のとき、私はロザリオを唱えていました。
すると突然、目の前にがさしてきました。



聖痕2(光)image


最初、この光に打たれたとき、びっくりしました。
光は、私の前・・・ベットの上方からでした。


不思議にも、この光は“心を楽しくするもの”として感じられました。

でも、驚いた瞬間に、何か叫んでしまったようで、
声を聞いた両親が、父を先にして駆け上がってきました。

私は、この光の中から響く美しい声を聞きました。


『テレーゼ・・・あなたは丈夫になりたいですか?』

「私には、生きることも、死ぬことも、丈夫なのも病気でいるのも
みな楽しいことです。
それはすべて、神さまがご存じです」と答えました。


すると、その声が
『もう一度立てるようになったら、さぞ嬉しいでしょうね』と尋ねたので

「神さまがなさることなら、どんなことでも嬉しいです」と答え、
自分が楽しく思っている“ありったけ”のことを数え上げ

「いろいろな草花や小鳥、
何か新しい苦しみ・・・それさえ楽しみです。
でも、いちばんの喜びは救い主です」・・・・と答えました。


声が続きました。

『あなたにとって、“小さい喜び”を受けることが許されます。
あなたは今、身体を起こして座れますよ。
わたしが手伝ってあげましょう』


その声と同時に、何かが私の手を取りました。


聖痕2(修飾用助け手)image



それで、初めて身体を起こしたら、背中に激しい痛みを感じました。

声はさらに続けました。


『あなたにはまだ、たくさんの苦しみが許されています。
医者もあなたの苦しみをどうすることもできないでしょう。

けれども、決して恐れることはありません。

わたしは今まで、ずいぶんあなたのお手伝いをしましたが
これからもお手伝いをしましょう。

苦しむことを通して、あなたは信仰と犠牲の努めをもっともよく発揮し
それによって司祭の手伝いをすることができます。

どんなに輝かしい説教よりも、
苦しみが、多くの人々の救霊(すくい)になるのです。
私はそのことを前に“書きました”』



こう話すのが誰なのかわかりませんでしたが、
次の日、私の話を聞いた主任神父様が
“聖テレジア”の著書を日読んだところ、そこにこの文面を見つけたそうです。



   聖痕2(資料リジューの聖テレジア)image


声が言いました。

『あなたは歩くことができますよ』

そして光が消えました。

私は自分がベッドの上に座っているのに気づきました。

そして、まったくの元気をからだに取り戻していたのです。
このときはもう、背中の痛みは少しも感じませんでした。

我に返ると、光が消えた寂しさに涙があふれました。



聖痕2(光2)image



テレーゼに「何らかの不思議」が起きて回復し、さらに歩けるまでになったわけですが
本人が言うには、彼女自身は治ろうとして祈ったり願ったりしておらず
むしろ、それを甘んじて受けようという心持ちでいましたから
この時の回復は、何かの「介入」によって起きたことが推測されます。

この奇妙な出来事はとてつもない「珍事」として、瞬く間に村の人々に伝わっていきます。

この出来事についてテレーゼは、
とても素朴な想いを語っています。


ああ・・・
私の生涯でもう一度この足を使う日がくるなんて、思ってもみなかった。
両足が使えるとは、なんて素晴らしいことでしょう。


この大きな喜びを察してください。
だって、私の手足に新しい生命が蘇ったのですから。


    聖痕2(テレーゼと羊)image


でも・・・まだ手放しでは歩けません。
部屋の家具を伝って歩きます。

神さまが人に“まっすぐな手足”を与えてくださったことを感謝する人は
あまりいないかもしれませんが
(テレーゼの足は病中に酷い湾曲を起こしていた)
私は今度のことで、
まっすぐな手足を持った人は、そうでない人を手伝う必要があると思います。
盲人の杖となり、不具合のある人の介添えとなる・・・
そうする必要があるのではないでしょうか。



こうして、この時を境にテレーゼの病状が劇的に好転しました。

人の助けを借りて歩くことを除けば
ねじれていた脊椎がまっすぐになり、
曲がっていた右足が伸び
痙攣の発作も消失、長い間病床にいたことで生じた床ずれの傷までが
まったく治っていたのです。

そして同じ年、1925年9月30日
それはテレーゼが大好きだった“幼きイエズスの聖テレジア”の命日の
記念日でした。
この日午前1時ごろ、テレーゼが「聖テレジアの連祷」の信心業をしていると
あの“美しい光”が現れます。

テレーゼに言わせると、この光に15分間でも接していられるなら
たとえふたたび盲目の憂き目をみたとしても、きっと後悔しない・・・
と想えるほどだったと。

光は“親愛の情”をもってテレーゼに話しかけました。

『あなたは今こそ、他の人の手伝いなしに歩けますよ。
肉体に感じる苦痛は減るでしょう。
でも・・・苦しみは、これからです。
それでも人々に、神を信頼するよう励ましなさい!』


でも、すでにテレーゼは好奇の眼にさらされていましたから
思わずこう言いました。

「いま私がしていることが正しい道なのか、そうでないのか・・・。
まったくわからないのです。
ある人などは、私がペテン師だとも言っているそうで・・・。
悲しくてなりません」


『あなたの聴罪司祭に従ってください。
なにもかも打ち明けなさい。
あなたは完全に、自らの意志を滅し、
いつまでも今のまま、子供のように素直でいなさい』


そう言って光が消えました。


     聖痕2(資料リジューの聖テレジアご絵)image
    (テレーゼは、尊敬する「幼きイエズスの聖テレジア」の、
     こうしたご絵をしばしば見ながら祈っていた)


その後、テレーゼは一人で歩けるようになります。


とはいえ、彼女が病気がちだったことに変わりはなく
盲腸が悪化して手遅れ状態になったこともあるのですが
伏せっていたテレーゼに、(1925年11月13日)またも光が現れ一瞬のうちに回復。
「ありえない・・・」と、主治医をうならせます。


そんなことが何度もあったなか、
1926年11月19日、テレーゼは高熱から、さらに肺炎を発症し
危篤状態に陥ります。
足も冷たくなりはじめ、医師は臨終間近だと家族に告げます。

しかしこのとき、テレーゼの顔には微笑みが浮かんでいました。
彼女は、またもや光の導き手に接していたのです。


声が彼女に告げます。

『あなたが、そんなにも献身の念が厚いことを救い主は深く喜んでいます。
今、死ぬことは許されません。
あなたが身をもって
“生と死”とは、高い権威のもとに存在することを世に示すために・・・』



聖痕2(野原でのテレーゼ)image



そして・・・こうしたことが起こっていたどこかの時点で
テレーゼ自身が自分でも気づかぬうちに
(たぶん1926年の四旬節の頃から)
1962年9月15日に天に召されるまで
彼女は、いわゆる聖なる傷痕を“印刻される”ことになります。


聖痕(初期のテレーゼ)image


で・・・どうしてそうなったかなどを、つぎに・・・。





ときに、“人の望みもしない”知り得ぬ力が働くことがある・・・
それが起きるのは、人の熱望からではなく、それ自体が“恵み”によるもの。

           というようなことを、テレーゼが・・・言っていた。


聖痕2(修飾用)image_convert_20140806230607



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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