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「何かが起きた人」・・・テレーゼ・ノイマンの場合3/聖なる干渉

Posted by 世羽 on 09.2014 不思議考   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
朝日新聞の訂正記事を受けて早速、従軍慰安婦という文言を
「従軍犠牲女性」に変更する動きを見せたお隣の国。

ということは、その国の“本件”にかかわる“検証基盤”が日本のメディアだった・・・
ということを露呈しているようなものになる・・・w。

で、琉球大学の高嶋伸欣琉球大名誉教授とか桝添要一さんとか・・・
きっと頭脳的に優秀な方たちだろうが、
彼らの弁は、どこか朝日新聞にも似ている・・・。


聖痕3(修飾画像)image



(前からのつづきの3回目)


聖痕・・・(少しだけ書き表すと)それは
キリストが磔刑になったときに、その身体に穿たれた傷のすべて、もしくはそのいくつかが、
ある人の身体、両手、両足、額に現れる現象のことで・・・。


ヒステリー症状や一種の催眠症状、
ミュンヒハウゼン症候群や多重人格のような精神障害の疑いがあるもの、
また単に、類似の現象が起きるだけでは、聖痕には含まれません。
(現代では、本人に起因する心因性の紫斑症なども除外。
もちろんトリックなどは論外

これまで真性の・・・と判断された「聖痕」保持者は、
アシジの聖フランシンスコをはじめ、約320人を超え、
うち60人以上が聖人となっています。
(テレーゼ・ノイマンは聖人ではない)


これまで、“真性の聖痕の保持者”は総じて「脱魂」状態になっており、
精神的かつ肉体的な痛みを伴う現象を有しているにもかかわらず、
英雄的な態度で諸徳を実行し、
最終的には「キリストに似た者」となっていく道を歩んでいます。


テレーゼ・ノイマンにこの現象が出たのは
1926年の四旬節のさなかのようです。


  聖痕(テレーゼの足)image


テレーゼが言うには

「(手足に)いつできたか、私は気づきませんでした。
聖金曜日の晩、ふとこの傷を見つけたのです。
それ以前は・・・私にはわかりませんでした。
救い主のことを考えていて、ふと我に返ると、
手と足から血が出ているのを“感じ”ました。
というのも、自分の目で見ることができなかったのです。
(血で)目が閉ざされていたのです。

妹のツエンツルに・・・ちょっと私の手足を見てくれる?・・・とても痛むから・・・
と頼みました」



脇腹のほうは、四旬節の始めに現れていたようです。

3月4日の木曜日から5日の金曜日にかけての深夜。
テレーゼは突然、一条の光とともに、
かんらん山の情景やゲッセマニの園で祈るキリスト、
樹の根もとに寄りかかっている3人の男を視ます。

そして、

キリストが“血の汗”を流すほど祈っている様子を“見つめて”いると、
突如、脇腹に刺すような痛みを覚えました。

それは第4肋骨と第5肋骨のあいだで、
そこから血が滲み出て、夜通しつづき、
金曜日の正午になってようやく止まりました。

この翌週の“木曜から金曜にかけて”は、
キリストが“鞭で打たれる様子”を幻視し、そのときに脇腹から出血します。

時が進み、4月1日の木曜日から2日の金曜日になると
テレーゼは“ゲッセマニからゴルゴタにいたるまでの一連のヴィジョン”
はっきりと幻視しました。


テレーゼと妹は、ただでさえ心労を与えている両親を心配させてはいけないと考え
これらのことを秘密にしていましたが、たまたま夜着のあいだから血液の付着した布を
見つけられてしまったことから、両親の知るところとなります。


一方、起きたことは医師にも知らされ、
当然ですが、医師たちは現れた傷を治療しようとします。
塗り薬なども塗布されましたが、どれもまったく効果はなく、
痛みははげしくなりました。

やがて、すべての治療が無駄だとわかり、
指導司祭の承諾を得て医学的な治療は中止されます。

「奇妙だが、この傷は治らない。でも炎症は起こしていない」というのが
彼女を診ていた医師の感想でした。

1926年11月5日になると、
こんどは茨の痕のようなものが頭部に現れ、
9日には、頭の回りに8つのはっきりした傷となりました。



  聖痕3(茨の冠の)image



こうしてテレーゼは、普段は“小さな傷痕”を残したままで
いざ、“金曜日や特別な記念日”あたりになると、
キリストが受けたとされる傷痕を映し出すかのように身体から血を流し
その状態をこの世を去るまで繰り返したので
「十字架上のキリストの生ける肖像」と呼ばれるようにもなりました。


    聖痕3(ふだんのテレーゼ)image


その生涯のうちには、
インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダ師もテレーゼのところを訪れて、
宗教は異なっていても、不食という状態やその他について、
霊的な観点から親しく語り合ったことで知られています。


     聖痕(テレーゼとヨガナンダ)image


「私は、何も食べずに生きているのではありません。
救い主で生きているのです」
・・・これが周囲の人に漏らしていた言葉です。

テレーゼは、不食や聖痕のみにとどまってはいませんでした。

前記した幻視の力もそうですが、
行ったことのない外国の様子を知る能力(日本のことも)
人々の嘘を見破る力、
バイロケーション、
知るはずのない言語を説明したりする知恵、
小学校しか出ていないのに、学者が舌を巻くほどの広範な知識、
未来に起きる出来事の告知で人の命を救う、
幾たびも、司祭の手から聖体が勝手に浮いて彼女の口に入る、
聖体が安置されている場所を正確に感知する・・・等、
書ききれないほど様々な特異現象を周囲に見せています。


   聖痕(テレーゼの聖体拝領)image


以前書いた、聖ベルナデッタが“聖母から告げられた言葉”についても

「それは
『シユ シユイ ラ クンセシユヌ インマキュラダ』
(私は無原罪の宿りです)
だった・・・」

と、行ったこともないフランスの、しかもスペイン語が混じったピレネー方言
指摘していました。


    聖痕(何かと話す?テレーゼ)image


こんなことが度重なるわけですから・・・テレーゼは一躍、時の人となり、
膨大な人たちが彼女のもとを訪れるようになります。

しかし、これを“極めて”良く思わなかった人たちもいました。
あのナチスです。

1945年4月20日。
コンネルスロイトに駐屯していたナチス親衛隊の戦車部隊から
3人の親衛隊員が派遣されてノイマン家に侵入します。

彼らは拳銃を突きつけてテレーゼの引き渡しを要求しますが、彼女は不在でした。
親衛隊員らは、テレーゼの戻るのを待ったものの、戻りの遅いことに業を煮やし
「ここは危険思想の根源だ。灰燼に帰すから覚悟しろ!」と捨てぜりふを残して立ち去ります。
そしてこの後まもなく、戦車による砲撃が始まり、村が火焔に包まれます。
村の聖堂もノイマン家も砲撃されて、住宅17棟、納屋28棟が完全消失しました。

当のテレーゼがどこにいたかというと・・・。
彼女は砲撃を喰らった司祭館の倉庫の地下室に近親者とともに避難しており
倉庫の“鋼材すら”焼け落ちるような凄まじい砲撃だったにもかかわらず
みなが無事でした。

“不思議大好きなドン”を懐に抱いて、
不思議な力のもとで覇権を制しようとしていたナチスなのに、
いったい、彼女の「何が」気にいらなかったのでしょう?・・・



(1945年代のナチスSS)
聖痕3(1945年代のナチス)image

聖痕3(ナチスSS資料)image




こうしたことは非科学的な出来事として、当時から論争や批判の的になったりします。

今でさえ、それが何だったのかについては
キリストを信じる人も、そうでない人も受け取り方が異なるでしょう。


どう感じるかは、もちろん人それぞれ・・・。
あとは、起きたことが現実の出来事として残るのみです。


存命中のテレーゼのささやかな願い・・・それはいつも

自分のことが新聞や書籍などマスコミに興味本位にとりあげられて
必要以上に多くの人々の注目を浴びたり、自分のところに集まることではなく

「その代わり、みなさんの興味を十字架(神)を仰ぎ見るほうに向けてください。
どうかキリストの訓(さと)しを実行してくださいますように」


というものでした。


   聖痕3(テレーゼ近影)image




この出来事を受けて、
当時を生きたファーベル枢機卿がこんなことを言っています。

「こうした特別に異常な出来事は日常そう見られるものではなく、
私たちの宗教にとって必要でもない・・・。

(略)
しかし、コンネルスロイトに見られるように、
ときどき“何か”が私たちを揺り動かし、
私たちの眠りを覚まし、
今でも神の摂理があることを私たちに示すことがあり得る・・・」



テレーゼ・ノイマンという女性は
そんなことを伝えるための道具となった一人なのでしょう。

あの光の導き手が言った

「“より高い干渉”が世に存在することを
        世界の人々に知らせるために・・・」


という言葉を証する者として・・・。



気取りのない態度、真実への愛、純粋さ・・・
これがテレーゼの本質だったと言われます。
彼女は、ほんとうに素朴な人でした。


あるとき、“楽しそうに”何枚かの小さな聖画を並べて、
その1枚にこんなことを書き記しています。


   聖なる祈りによって結ばれる!
                        ―――テレーゼ・ノイマン―――




       聖痕3(テレーゼのご絵)image
  (ちなみに、その聖画ではありませんが・・・
   のちに作られたテレーゼのご絵。右下赤丸の中は、テレーゼの聖遺物の断片)




そんな気持ちを心に抱きながらテレーゼは・・・
「霊的な聖なる人たち」そして「何か」と強く結ばれていたのかもしれません。




聖痕3(修飾用画像2)mage


聖痕3(修飾用画像3)image



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
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