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「もう一人のわたし」の話と「感じ取る力」とか・・・

Posted by 世羽 on 21.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
書きたいことを書くのは楽しいw。


もう一人(ミスト)image


これまで何度も読み返した本のうちの1冊に
『My other self』があります。

日本では『もう一人のわたし』として出版されていますが、
この本・・・日本で言えば
キリスト教以外の人なら“よほどのオタク”か、
あるいは聖性を本気で追求する人ぐらいしか手にしない部類の「本」
と思われます。

この書籍の日本語訳が世に出たのは
庄司篤という神父さんが
ニューヨークのフランシスコ修道院に滞在していたおり、
偶然(思し召し?)、地下の図書室で見つけたことに端を発しています。

庄司神父は、これを一読し、
「まちがいなく自身の霊的書物となるものだ」・・・と確信。
本文を(当時)タイプライターで写しとって
日本へ持ち帰ったようです。

そして初版が、涙を流した聖母像のあることで知られる
「聖体奉仕会」から出版されています。

この書籍、
どことなく善い意味での「不思議感」が漂います。


     もう一人の(英語版)image


キリスト教の「霊的本質」に迫る内容で
要するに、キリストが人に向けて
もう一人の私(キリスト)となるように教えるもの。

なので、
キリスト教圏外のほとんどの人には「どうでもいい」内容かもです。

でも・・そのなかからちょっとご紹介すると・・・。

「模範による証」という項目があって
それはつぎの言葉で始まっています。

「あなたたちの光を人々の前に輝かしなさい」(マタイ5の16)


さらに、その一部を“飛び飛び”で抜粋して繋げると・・・こんなふうで。
(ちょっとだけ言い回しを読みやすくします。ご容赦を)



明白な公然の罪があって、
しかもそれを指摘する義務がある場合には、
穏やかに注意するよう、私
(キリストのこと)は願う。

しかし、あら捜しをする者にならないよう、厳しく警告しておく。

他人の言動については可能なかぎり
いつも善意に解釈し、
万事において愛に満ちた者になりなさい。


人間は、「自分があることをするように期待されている」と考える時、
多少ともそのとおりに行う。


二とおりの意味にとれる言葉には、
少しも悪意が込められていないかのように、
あなたが愛をもって応答するなら、
たびたび、その言葉から悪意が取り去られてしまうものである。


人の楽しみを邪魔する者や、
あら捜しをする者にならないよう気をつけなさい。


模範によって私を証する者となりなさい。

態度や行いによる「証」(あかし)は、
言葉による証よりも
はるかに力強い。


自然に、無理なく、魅力的な者となるよう努力しなさい。

さっぱりした服装、親切な態度、愛に満ちた話し方、
人々を助けようとする行動をいつも心がけ、
自分の仕事を勤勉に果たし、地上的なものをよく利用しなさい。
そうすれば影響はいっそう効果的になるだろう。


熱心でありなさい。

あなたの多くの友人が、
私をほんの少ししか知らないか、あるいは全く知らない。
教会の多くの信徒が私についてほとんど考えない。

(だから)
あなたの模範によって、
「もう一人のわたし」であるというのはどういうことかを示しなさい。



    もう一人(水飲み場の羊さん)image


「もう一人のわたし」であるなら、
あなたはおのずと
健全で、魅力的で、聖なる生活を送り、
他の人々と違った者になるはずである。


家庭においても、仕事、レクリエーションのときも
どこにいても、何をしていても、
この違いが“わたし”について「証する」だろう。


自分の意志を
全知・全能・全善の神の「み旨」に捧げた者にふさわしく
静かな、晴れ晴れとした雰囲気が
あなたを包んでいるように。


不安と疑惑と恐怖の時代にあって
あなたは「信頼の岩」でなければならない。


聖性の実であり、しるしでもある穏やかな強さが
顔に現れているように。

人々が、あなたと共にいるのを“幸せだ”と感じるような
喜びの底流があなたの態度にあるように。


もっとも大切なのは、
愛の雰囲気がマントのようにあなたを包んでいること。

ただ一つのことを、

すなわち
わたしがあなたを愛しているように、
あなたも“隣人を愛している”ということを、
行いと態度が静かに指し示すように。

隣人を愛していることを、
言葉が自然で適切である場合は別として、
言葉によってではなく、行いによって示しなさい。

隣人を「キリスト」のように考えなさい。

生活によって「愛の福音」をのべ伝えつつ、
彼らを通してわたしに仕えなさい。

言葉と声、態度と行いなどによって
わたしの神秘体のメンバーである人々にも、そうでない人々にも
わたしが彼らを愛しているように
あなたも“愛している”ことを示しなさい。

彼らのために喜んで死に、喜んで十字架に登るほど、
彼らを愛していることを示しなさい。



で・・・こんなことも言っている。


「初代キリスト教徒の心を心としなさい」


もう一人の(オーロラのある夜空)image



なので・・・

そんな初代の頃の「キリストの言葉」
受難の直前に弟子たちの前で口にした「祈り」があって、
それは、使徒ヨハネが記し、いわゆる聖書にもある文言ですが、
それを掲げてみます。

ちなみに「あの幻視者」は、
このときキリストが両手を左右に拡げて祈っている・・・
と伝えています。



もう一人の(両手を拡げたキリスト像)image




父よ、時が来ました。

子があなたに栄光を帰することができますように、
あなたの子に栄光を与えてください。
あなたは子に、
すべての人を治める権能を与えられたのです。


それで子は、
あなたから任せられた人すべてに、
永遠のいのちを与えることができるのです。


永遠のいのちとは、
唯一の真の神であるあなたと、
あなたが遣わしたイエズス・キリストを知ることです。


わたしはあなたに命じられた業を成し遂げて、
地上であなたに栄光を帰しました。

父よ、
今、み前でわたしに栄光を与えてください。
世が造られる前から
わたしがあなたのもとで持っていたあの栄光を。

あなたがこの世から選んでわたしに任せられた人々に
わたしはあなたの名を現しました。

   (注:あなたの名を現す・・・「栄光を現す」と同義。
      以下同様)

彼らはあなたのものでしたが、
あなたは彼らをわたしにくださいました。

彼らはあなたの言葉を守って来ました。
あなたがわたしに任せられたものはすべて、
あなたからのものであり、
また、
あなたから受けた言葉を
わたしが彼らに与えた・・・ということを、
彼らは知っています。

彼らはその言葉を受け入れ、
わたしがあなたのもとから出て来たことを悟り、
あなたがわたしをお遣わしになったことを
信じています。

わたしは彼らのために祈ります。


世のためではなく
わたしに任せられた人々のために祈ります。
彼らはあなたのものだからです。


   もう一人の(修道士の祈り)image


わたしのものはすべてあなたのもの。
あなたのものはわたしのものです。


わたしは彼らを通して栄光を受けました。

わたしはもう、この世にはいなくなります。
彼らはこの世に残り、
わたしはあなたのもとに行きます。

聖なる父、
わたしに与えてくださったあなたの名において、
彼らを守ってください。


それは
彼らがわたしたち
(父と子)のように
一つになるためです。


わたしが彼らと一緒にいたあいだは、
わたしに与えてくださったあなたの名において
彼らを守りました。

わたしが保護したので、だれも滅びないで
滅びの子だけが滅びました。
こうして聖書が成就しました。

   (注:その後に起きることの暗示を含む)

わたしは今、あなたのもとに行きます。

この世にいるあいだにこれらのことを語るのは、
彼らが
わたしの“喜び”を余すことなく味わうためです。

わたしは彼らに“あなたの言葉”を与えました。
すると、世は彼らを憎みました。

わたしがこの世のものでないように、
彼らもこの世のものでないからです。

わたしがお願いするのは
彼らをこの世から取り去ることではなく、
彼らを“悪から守ってくださること”であります。

わたしがこの世のものでないように
彼らもこの世のものではないのです。


真理において、彼らを聖別してください。
あなたの言葉は真理です。


あなたがわたしをこの世にお遣わしになったように
わたしも彼らをこの世に遣わしました。

彼らのために、
わたしは身をささげます。


それは、彼らも、
真理においてささげられた者とされるためです。


また、わたしは

彼らのためだけではなく
彼らの言葉を聞いて
わたしを信じる人々のためにも祈ります。




もう一人の(祈る人)image



どうか、信じるすべての人を一つにしてください。

父よ、あなたがわたしにおられ
わたしがあなたにいるように、
彼らもわたしにいるようにしてください。

そうすれば、この世は、
あなたがわたしをお遣わしになったことを
信じるでしょう。


わたしはあなたから賜った栄光を
彼らに与えました。

それはわたしたちが一つであるように、
彼らも一つになるためです。


わたしが彼ら(の内)におり、
あなたがわたしにおられるのは
彼らが完全に一つになるためであり、


またあなたが
“わたしをお遣わしになった”ことと、
あなたがわたしを愛してくださったように、
“彼らをも愛したこと”を、この世が知るためです。


父よ、

わたしに任せられたものを、
わたしのいる所におらせてください。
それは、
あなたが、世の造られる前から、
わたしを愛するあまり賜った栄光を、
彼らに見せるためです。


正しい父よ、
この世はあなたを知りませんが、
わたしはあなたを知っています。


また、この人たちは
あなたが“わたしをお遣わしになった”ことを知っています。
わたしは彼らにあなたの名を知らせました。


また、これからも知らせます。

それは、
わたしに対する“あなたの愛”が彼らにあり、
また、わたしも彼ら
(の内)にいるようにするためです。


もう一人の(光のある風景)image


キリストは、ほどなくしてゲッセマネで捕縛されていきます。

「だから、なに?」・・・と思うかもしれませんが・・・w。


自分は、この訳文だけでも
時を超えた当時の想いが伝わってくる感です。
そして、ここには「作為」がない・・・と。

何かを感じる力・・・とは
いろいろな局面で使えるもので、
与えられた“どんな文章”からも把握できるもの。

そんな「読み取る力」は、けっこう大切だろうと思います。


それにしても・・・


「何か」の恩寵、そのはからいというのは限りなく・・・
そんなふうに、以前にも増して切々と感じる今日このごろ。




  もう一人の(子供と子羊さん)image


もう一人の(小さな羊飼い)image


     もう一人の(ネコさんと羊)image


もう一人の(羊の群れ)image



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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