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「マグダラのマリア」4・・・勝利はすでに手のうちに/髪で香油を塗った女

Posted by 世羽 on 20.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
選挙かぁ・・・。
積極的に1票を投じたいと思える御仁がいる選挙区は幸いだ。
しかし、けっこう多くの場合が消去法の選択で、
最悪、誰にも入れたくなかったり・・・。

いずれにしても、最低限
ちょっと前の「日本ではない」かのような形に戻るのだけは勘弁だ。
視点はそれに向く。

人にはそれぞれ大義があるし、誰が立ち、誰を選ぶかは止められない。
が・・・有権者である以上、立候補者の支援背景辺りは自分なりにきちんと調べて
熟慮する賢明さは持っていたい。

そして・・・それ以前の話しになるが
民衆が知らないうちに敷かれた
「3R・5D・3S政策」が本当の意味で消滅しないかぎり
いまの混沌とした世はつづくのだろう。

マグダラの4(修飾画像たぶんカシミール辺り)image



一連の“幻視者が視た”話のつづき・・・


前記事でキリストがマルタに
「明日カファルナウムで話すことをマグダラのマリアに伝えなさい」と言い・・・
その後の出来事はこんなふうでした。


勝利はすでに手のうちに

イエスが使徒たちと舟に乗って、宣教の地に向かおうとしていると、
侍女のマルチェッラを伴ってマルタがふたたび訪れます。

イエスは使徒たちを先に行かせ、マルタを連れてしばらく岸辺を歩き、
村から離れた静かなところにくると微笑んで、マルタに話しをするように言います。

「先生、昨夜のこと、真夜中にマリアが家に戻りました。
ああ・・その前に、
昨晩の夕食のときに彼女が私に言ったことをお話するのを忘れるところだった・・・。


マリアが
『服とマントを貸してくれますか?
私には少し短いと思うけれど、たくし上げることもしないでいい、
マントは下げて着ればいいから』
・・・と。

「どうぞ、どれでも好きなのをとってちょうだい」と言いながら
私はドキドキしていました。


というのも、その前に私とマルチェッラは
「夕方、先生が人々に話しをされるからカファルナウムに行きたいわ」と
話していたからです。


そして、マリアがソワソワしている様子を見ましたから。

そのとき彼女は、
何を選んで、何を拒むか、
心を決められない人のように行ったり来たりしていたのです。


彼女は食事を終えると私の部屋に行って
いちばん目立たず慎み深い服をとって着たのですが
あまりに短くて、乳母に裾を下ろしてくれるように頼みました。


ほんとうは彼女が自分でそれをしようとしたのですが
『私には縫えない。役にたつことをみんな忘れてしまった』と言って泣き
私の首に抱きつくと
『私のために祈って』・・・」そんなことを言いました。


(内容を要約:
  当日、マグダラのマリアは1人で出かけ、
  マルタはそんなマリアのことを想い、祈る。
  そしてマルタはマルチェッラと一緒に
  群衆に紛れてイエスの話しを聞きに行くが、
  どこかにいるだろうと思ったマリアの姿が見あたらない。

  家に戻ったマルタは、「マリアはどこに行ってしまったのか」と、
  自分の部屋で泣きながら祈る。

  そして冒頭のマルタの言葉にあるように「その真夜中にマリアが戻った」。

  以下、マルタの話しが続く・・・)


「彼女は静かに部屋に入ってきて
『祝福された姉よ。あなたが言ったことは、みな本当でした』


『あなたが言ってくれたことよりも、もっと、もっと良いことだった。
彼の“あわれみ”はとても大きい。

ああ、私のマルタ!

もう、私を縛る必要はありません。
冷たく失望している私の顔を二度と見ることもないでしょう。

考えないように・・・などという言葉を私の口から聞くこともないでしょう。


いまはむしろ考えたい。
何を考えるべきかを知っているから。
そう、“肉体となった愛”
(キリストのこと)を知っているから。

姉よ、あなたは私のために祈っていた。確かに祈っていた。

いまあなたは、勝利を手中にしています。

私はもう、罪を犯したくはない。
いま、新たに生まれるあなたのマリアです。


見て、わたしのこの顔を見て!

希望と痛悔の涙に洗われた新しいマリアだから。

清い姉よ・・・どうぞ私に接吻してください。
もう私の顔には、恥になるような恋のしるしがないから・・・。


イエスは私の“霊魂”を愛していると仰有った。
なぜなら、この霊魂について話しておられたから。
“迷って失われた羊”とは私のことでした。

あなたは救い主の話し方をよく知っています。
私がうまく言えるか聞いてください』


マリアは本当に頭がよいのです。私よりもずっと・・・。
そして何でもよく覚えます。


こうして私は(直接聞いたことと、マリアからの伝聞からと)
あなたの話しを2度聞くことになりました」


こののち、マグダラのマリアは著しい回復を見せ、
自分との勝負に出ます。

それは、聖書にもある場面です。


髪で香油を塗った女


とあるファリサイ人のお金持ちの家で、
そこには、イエスと使徒たちが呼ばれていました。

幻視者の視た情景を“かいつまんで繋げて描くと”以下のとおり。


そこへ、豪華な服を着て、念入りに髪を結った美しい女性が入ってくる。
黄金の豊かな髪が輝いている。


胸元にギャザーをつくる装飾品をつけ、胸そのものを強調する金の鎖、
銀のブローチがついた帯、そのほか宝石や真珠で飾られた
いかにも挑発的な服を着ている。


頭には透き通るほどのヴェールを被り、足には赤い色の、
足首に結ばれた紐に“金の飾り”がついた豪華なサンダルを履いている。


イエズスを別にして、皆が彼女を見ようと顔を向け、
ヨハネも一瞬そちらを見るが、すぐにイエズスへと向き直る。


客たちは、あからさまな“貪欲さ”で彼女を眺めているが、
彼女はまったく気にしない。



マグダラの4(着飾ったマグダラのマリア)image



イエスは何も気にしないというふうで、家の主人と話しをしている。

女がイエスのところに行くと、足下に跪いた。

周りが少し膨らんだ“小さな壺”を床に起き、
髪を留めていた貴重なかんざしをとってヴェールを脱ぐと、
指から指輪を抜き取り、
それらを、イエスの傍にある“ベッド状の椅子”の上に置く。


つぎに、
イエスの右足を、さらに左足のサンダルの紐をほどいてそれを下に置くと
突然、号泣しはじめ、その足に接吻をする。


さらに自分の額を、イエスの足につける。


このとき、イエスの濃い青色の眼差しが“女の垂れた頭”に向けられる。
それは赦しを与える眼差しだ。


イエスは女の感情の爆発を咎めることもなく、そのままにさせるが
周囲はそうではない。


お互いに意地悪気な冗談を言ったり、目配せをして、
嫌な笑いを見せている。

家の主人もその光景を良く見ようとするが、
その目は欲しがって、苛立ち、皮肉がまざっている。
女を欲しがる目・・・これがはっきり現れている。

ここでの主人の“苛立ち”とは、
女が躊躇なく家に入ってきたことであり、
また、そのような振る舞いができるということは、
女がこの家によく来ていた事実をほかの客人たちに知られてしまうため、
と同時にイエスに対する諸々の皮肉からである。


女は、それから声を出さずに涙を流し、ときおりすすり上げている。

さらに女は
複雑に結い上げてある髪を留めていた金のピン留めをはずし、
それをさきほど外した装身具のところに置く。



     マグダラの4(複雑な結髪)image


黄金の髪が肩に落ちる。

すると女は、髪を両手にとり、その髪でイエスの足を拭う。


  マグダラの4(髪で拭く)image


そして壺のなかに指を入れて、
薄黄色で、非常に香りの強い香油を取り出した。


ユリとオランダ水仙の香り・・・それが部屋中に広がる。

女は香油をおしげもなく、
イエス
(の足)に擦り込むように塗ってから、また接吻する。

いまや、ヨハネも
女とイエスの二人を交互に見て目が離せなくなっている。



マグダラの4(髪で拭く場面)image



ファリサイ人の顔が渋くなる。
ここで私はあの有名な言葉
(ルカ7:36~50あたり)を聞いた

その言葉は、執念深いこの老人に頭を垂れさせる調子と
眼差しを伴っている。


女に対する赦しの言葉が聞こえる。

「さあ、平和に行きなさい」

垂れている女の頭に手が置かれる。
いかにも優しい手振りだった。


女はイエスの足下に宝飾品のすべてを残して去っていく。


マグダラの4(修飾用陽光)image


この場面につづいて、幻視者自身に対して解説が語られます。
それを部分的に拾ってみます。



イエスが私に言う・・・。

「福音書には語られていないが
そのファリサイ人と彼の仲間たちに頭を垂れさせたのは
私の眼差しを通して
潤いのない貪欲な“彼らの魂”を突き刺す
口には出さない、私の心から出る言葉だった。

彼には、その“沈黙の言葉”がよくわかった。

それは、私の言葉に表されているより厳しい咎めである。
私は彼にこう伝えた。

『自分自身を弁解しようとして悪意あるほのめかしをするな。
私にはあなたにあるような好色はない。

この女が私のところに来たのは、
淫乱の闇に包まれた自分の心を“私の眼差しと言葉”で照らしたからだ。

肉欲に打ち勝ちたくとも、哀れな彼女は、
自分だけではそれに成功できないと分かっている。

彼女は“私のなかの霊”を愛し、
超自然的に、まったく善いと感じている“その霊”のほかに何もない。

あなたたちの悪徳は、彼女の弱さを悪用してのち、
彼女に“軽蔑のムチ”で報復をもたらした。
それほどの罪悪をもらってのち、
彼女は“この世の栄華”のなかに探していた善、喜び、平和を見つけた・・・と感じて
私のもとに来たのだ。

偽善者のファリサイ人よ、心の癩病を治せ。
ものごとを正しく見るようにせよ。
心の傲慢と肉体の淫乱を捨てよ。
これこそは、あなたたちの肉体よりも腐って臭う癩病である。

肉体の癩病の場合、願いさえすれば私の手はそれを治し得る。
しかし心の癩病はそうはいかない。

なぜなら、あなたたちはこれが好きで、治るのを欲しないからだ。

一方、この女は治ることを望んでいる。

だから私は
この女を清め、自分を縛る奴隷の鎖から解放した。
罪の女はもう死んだ。
罪の女は、その装飾品のなかに残った」


(略)

「彼女は自分の髪で、私の足に香油を塗った。
あなたが自分の井戸の水でも冷やそうとしなかった、
あなたに光をもたらそうとやって来て、長く歩いたこの足に・・・」


「罪の女は死んだ。そしてマリアが生まれた。
自分の猛烈な苦しみ、自分の正しい愛によって、
どんな罪もない処女のように新たに美しくなった。


自分の涙に浸されて、自分自身を洗ったのだ。


     マグダラの4(着飾ったマリアマグダレナ)image


ファリサイ人よ、まことに私は言う。

私は、清い若さをもって私を愛している“この者(ヨハネを指す)”と、
恩寵に新たに生まれ、心の“真実の痛悔”をもって私を愛している“この女”とを
差別しない。


そして、この“清い者”と、この“回心の女”に
誰よりも“私の考えを理解する使命”を与え、
また、・・・私の母を別にして・・・私の身体にほどこす最後の処置と、
私の蘇りの最初の挨拶を与える』


(略)

そしてつぎに・・・幻視者自身に対して語られたことの一部を・・・。

「マリアは自分の曙のしるしとなった、
この行い
(髪で香油を塗ること)をベタニアでも繰り返した。 (ヨハネ12:1~8の辺り)

文章が人の個性を表すように、
繰り返されて個性を表す行いがある。

他人と間違えることのない行い・・・
当然なことだが、
ベタニアでのそれは、深い尊敬を込めた礼拝を表現している行いで、
以前のような品位を下げたものではなく、
むしろもっと親密さを感じさせるものだ。

自分のあがないの曙の時からマリアはたくさん歩いた。たくさん!

愛が激しい風のように、彼女を“より高く、より先へ”と引きつけた。
火のような愛が彼女を焼いて、不潔の肉体を破壊し、
清められた魂が彼女のあるじとなった。

そしてマリアは、
その服、装飾、眼差し、態度、言葉において、
いま、
私の母のように素朴で新しくなった・・・。


私の“小さな声”であるあなた(幻視者のこと)・・・

自分自身に、また多くの人に伝えよ。

自分が罪深いと感じてしまって、私のところに来る“勇気”のない霊魂たちに伝えよ。


マグダラの4(とあるストリートレディ)image
       (1に書いた、現代の“祈るストリート・ガールたち”・・・彼女たちにはきっと、
        この勇気があったのだろう)


多く愛する人、私を多く愛している人には多く、多く、多く赦される。


“あなたたちは、
救い主にどんなに愛されているかを知らない”


だが、おいで・・・。
信頼と勇気を携えて・・・。

私はあなたたちに、心と腕を開いているから・・・。


私は
“汚されたことのない清さをもって私を愛している人と、
恩寵に新たに生まれた心の真実な痛悔をもって私を愛する人とを差別しない”


これをいつまでも心にとめるように。

さあ、平和に行きなさい。
あなたを祝福する」




マグダラのマリアはこの後、
マルタを超えた・・・とキリストが口にするほど
めざましい霊性の発達を見せていきます。
でも、途上では、
とある“美しい女性の清らかさ”を知って嘆くという
人間臭さも見せたりもします・。


(マグダラのマリアの信じる姿勢がどうだったかは
ラザロの復活や、あの3日3晩の過ごし方あたりが圧巻です。
あともう少し、以降に続けてみます・・・)



   「神は“突然の回心”を要求することはない。
   人間の心から絶対的なことを無理に要求しない。
   神は待つことを知っている」

                    ―――by 幻視のなかのキリスト―――



*****

こんなものを読めば、
「へっ」と言う気持ちになる人はたくさんいるだろう。
だから“逆らいのしるし”なのかもしれないが・・・。

ただ、語られて、言わんとしていることはよく分かる感だ。

たとえば今の世界、日本・・・
どれほどの男女が知らず知らずのうちに
曲解された性の虜になっているのだろう・・・と想う。

英雄、色を好む・・・と言われたりするが、
これは、“英雄”となる者が男にしろ女にしろ
“色”になる者を道具に見立てる文言にも思える。

これを称賛する世界が続くなら、
ましてや、性をお金や儀式で用いるだけなら、
男女が真の意味で互いに尊敬しあうことにはならないだろう。


     マグダラの4(とあるお金)image



良く愛するならば、おそらく
相手になる人のことを“とても大事”に想えるだろうから・・・。


*****



余談:上記には関係ないが、ちょっとしたことで
ほんわかする「昔の報道写真」を見た。

マグダラの4(修飾画アフガンにて)image


こうした場面が戦場でなく、ありふれた奇跡のように、
社会の日常でもっとたくさん、ごく普通に起きている情景・・・
そんなものを見ていたい。


はじけるような笑顔。

マグダラの4(修飾用画像笑顔)image


マグダラの4(修飾画子供の笑顔)image



取り外された垣根とかも・・・w。

マグダラの4(修飾用それとなく友達)image


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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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