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季節のめぐりと「特別な日」に・・・

Posted by 世羽 on 25.2014 イエス関連   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
とにかく、つつがなく今日という日を過ごし
平凡な日々を単純に喜べるということ・・・
それだけでも、大きな恵みだと思う。

クリスマス(星)image_convert_20141224004447


とある児童公園の脇を通りかかったら、
たくさんの子供たちが遊んでいました。

そのなかで、小学校低学年と思しき1人の少年が
自転車にまたがったまま
大きな声で「ジングル・ベル」(しかも英語)を歌っていて、
思わず口元がほころんでしまいましたw。

季節の歌を耳にすると、個人的には気分が明るくなります。


12月25日というと
日本ではもっぱら、サンタさんの日

     クリスマス(サンタ猫さん)image


また、恋人たちの楽しい日という感じかもしれません。

一方、キリスト教圏の多くでは“家族の絆を深める日”
“家族とともに過ごす日”として捉えられているかと思います。

クリスマス・・・
この言葉はラテン語の「キリストのミサ」(Christ mass)に由来します。

かつては、同じくラテン語起源の「ナタリス」(誕生)と呼ばれ
日本の中世期のキリシタンは
「ナタリのゆはいび(祝い日)」と呼んでいたようです。

以前も書きましたが、キリストの正確な生年月日は不明です。

それが今のようになったのは4世紀頃の中頃

ローマあたりは緯度的に日本に似て、12月頃までは、
太陽の光が弱まっていく“季節の移り”のなかにあります。

そして12月も押し迫ったころ、
昼がもっとも短くなる「冬至」を迎え、それが過ぎると、
まるで蘇るかのように太陽の光が増し始めます。
そんな現象を、当時の人々は
「祝うべきもの」と捉え、もともと12月25日を
“太陽神の祭日”としていました。

そんなローマにいたキリスト教徒たちのあいだでは、
“正義の太陽”と呼ばれるキリストにちなんで、
同じくこの日を「メシア誕生の日」として喜び祝う習慣が生まれました。
そしてそれが、コンスタンティヌス帝の治世下で、公に定められた・・・。

      (巷ではミトラ教との関係のみが引き合いに出されますが
      それだけの理由ではなく・・・。
      また現在、一部のキリスト教派では
      年が改まったころにキリストの降誕を祝う)



キリストの降誕の様子は、以前に書きましたが・・・。

自分は、ここに登場する“素朴な羊飼いたち”が、
かなり好きです。

天使のお告げを受けて


   クリスマス(天使と羊飼い)image


クリスマス(光を見たShepherds)image



生まれたばかりの幼子を拝しに道を急ぎ、

その幼子に接したさい、
彼らが示した優しい気遣い・・・

信頼できる「何か」を直感して
恐れることなく近づこうとした彼らの姿・・・

それがどことなく、心を打つのです。

誰がそんなものを見たのか・・・と問われるでしょうが、
うまく言えませんが、本当にあったことというのは
ある時、時空を超えて、直接心に響く・・・と、
個人的にはそんなふうに感じています。

そして、この降誕の物語には
色々な教えが隠れているように思います。

それはまず・・・

厩にしろ、洞窟にしろ、キリストが生まれた場所は、
預言者の告知以後、
長いことメシア降誕を待ち望んでいた人々の想像していたような
権威ある素晴らしい場所ではありませんでした。

それとはまったくかけ離れた“非常につつましいところ”
当時の貧しい人々でさえ使用することがなかった場所です。


   クリスマス(貧しい場所で)image


それはすなわち、

神として生まれる場所を自由に選べるにもかかわらず、
あえて“もっとも貧しい者”として降誕したという
上位にある存在の比類なき謙遜です。

さらに・・・

聖家族を、一番最初に目に映した者たちが
当時、最下層民とされ、馬鹿にされていた羊飼いで、


クリスマス(聖家族と羊飼い)image


かつ、そのほかは誰もメシアが生まれたことに気づかないなか、
遠路を駆けつけたのが東方の“賢者”たちだった・・・。


クリスマス(東方の三賢者)image_convert_20141224004755


そこには、
「自分が何も知らない」と知っていた貧しい者と、
多くの知識を持ちながらも「自分にはいまだ知らないことがたくさんある」
・・・と知っていた賢者、
そんな両者の姿が浮かんできます。

「何か」を知るにあたっての
傲ることのない謙虚さの一端を垣間見ることができるわけで。




     (ここで・・・遅まきながら
     もし、信者さんのみなさんがおられましたら、
     細かい宗派を超えて・・・
     喜びの意味を持つ「主の降誕」を、心からお祝い申し上げます)



クリスマス(モスクワ)image



24日から25日に日付が変わる深夜。

キリストについていく道を選んだ人々のなかには
喧騒を離れ、祈りという“神との親しい語らい”の時間を
過ごした方たちもおられるでしょう。

それは

誰のためでもなく、ましてや自分のためでもなく
キリストを信じる人が、ただ、キリストという存在を愛するため。


たぶん、その心情は
この道を歩く人の真髄とも言えるもの。
そして、それはまた、
キリストの聖性を倣う心が求めるもの・・・。


日本の巷のクリスマス・イベントは25日が過ぎると
あっさり終了しますが・・・w。
世界のキリスト教圏では、喜びの降誕節としてしばらくつづき
その後、御公現祭、さらに幼子イエスの奉献
さらに復活祭へと向かいます。


クリスマス・・・毎年来る、同じような日ですが・・・

その都度、何かしら新たな
飛びっきりの暖かさが心に染み通りますように。
そしてそのあとも・・・ずっと。



クリスマス(降誕)image




     クリスマス(サンタ猫さん2)image


クリスマス(ハンサムさん)image


そこらのどこかで、大声でこんな歌をうたっていたら・・・ それは自分かもしれませんw。





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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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