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日本への「想い」がふたたび湧いて・・・

Posted by 世羽 on 19.2015 歴史もの   0 comments   0 trackback
(つぶやき)
「集団的自衛権の行使を認めません」・・・とかで
国会周辺で女性によるデモがあったようだ。
調べてみたら、発表参加人数7000人の割には小規模で、
主立った方々も・・・まあ、その・・・あれだ。

こうした主催者たちに賛同していく人(日本の方)たちは
本当に集団的自衛権の行使の何たるかを熟知したうえで
論旨を展開しているんだろうか。

こういう人たちの多くはたぶん
Edward・S・Millerの『War Plan Orange』(オレンジ計画:対日侵攻50年戦略)とか
読んだこと無いだろうなあ・・・。


歴史(サクラと時計)image


先日の北海道の成人式で起きた「日の丸」没収・・・。
寂しい気持ちで眺めました。

  (式典で国旗(日の丸)が配られてすぐさま、
   「邪魔でしょうから」と言って回収する人たちが現れ、
   「私が貰った日の丸ですから・・・」と拒む人がいても
   強制的に奪うかのように取り去って、“即座に”ゴミとして捨てた出来事)



国内の一部の人からすると、日の丸は戦争の象徴で、
厭うべき対象、また国歌は聞くに堪えないものとされているようで
そのような主張を掲げる先生のいる学校などでは
国旗は揚げない、国歌も教えない、歌わせない・・・方向に流されていくようです。

そして・・・

先の大戦における日本は悪鬼のごとくに説明されて
隣国へ修学旅行へ行った生徒さんたちに土下座をさせて
謝罪させたりする出来事もありましたね。

しかし、

いまの日本は
これまでの先人の方々の歩みの上に成り立っているわけで・・・

その道程の真実を知らず、
“感謝の心”も抱けなくなれば、

また、

自国の国旗や国家に敬意も抱けなくなれば、
いくら“特殊な性質を帯びる日本”でも
護りが失せる時が来る・・・。


歴史(危ない橋)image



興味深いことに・・・

よく引き合いに出す「あの幻視」のとある場面で
キリストがこんなことを言っています。

これもよく心するように。
国を滅ぼすのは、敵の軍隊よりも、
外国の人々との安易な同盟と、その懐柔策に乗ることです。

神と祖国の法律に忠実であれば、
強い軍隊に囲まれても勝つことができるでしょうが、
外国のとろけさせるような蜂蜜の毒に当たってしまうと、
その罪科のために
神はあなたたちを捨て、偽りの同盟国が戦いを挑まなくても
負けてしまいます。

ずる賢い同盟国に絶えず警戒する必要があります。

外の国の人に取り入り、色々な特権を得るために
その習慣と風俗を受け入れたことこそ、祖国に与えた最大の損害です。
これを決して忘れてはなりません。

私たちの信仰を持たず、習慣を持たず、
何世紀にも渡って私たちに損害のみを与えた国の人々に対して
愛を保つのは善いことです。

しかし、私たちの隣人でもある人々への愛においてでも
“何かの利益を得られる”という計算からのために
神の律法と祖国の法律とを決して忘れてはいけない。(略)

尊敬と自由とは
父と母(神と祖国)とを忘れて得られるものではありません。


  (当時のアンティオコ・エピファネの時代の小さな国分けのことなので
   今でいう同盟国とは意味が大きく異なるが、日本の国内状況に似ている気がする)


で・・・


日本にはもともと、
気づかぬうちに他者のために尽くしている・・・といった、
無形の、素敵な心の動きがあります。

会社などで、なんだかんだ文句を言いつつも
一生懸命やってしまう・・・そんな感じです。

それは先の大戦での兵士の戦い方にも
明らかにうかがえていました。

ですが、いまは・・・それが酷く誤解されて
受け取られています。

英霊とされている人たちを含む戦没者すべてに対して
鎮魂の意を向けるという当たり前の行為も否定されて、
軍国主義の発露などと叩かれる。

しかもそこには、宗教の信仰の観点がどうのこうのとか、国粋主義だとか、
色々な理由が付加されて・・・。

亡くなった人々への慰霊の気持ちというのは
そんなものに縛られるようなものでしょうか。

自分からすると、おかしな世の中です。


歴史(南京1942頃の日本のこども)image


あの、南京に絡むいくつもの事件にしても
“異なるお国”の意図をかつぐ方々の言うとおりに
史実として子供たちに教えられたりもしています。

南京「大虐殺」についての教え方もしかり。
事実を示すと「なかったことにするのか・・・」と怒られます。

たとえ別の見方を示しても、そうそう受け付けてくれません。

そのほかにも、

たとえば、2012年の富山県
日教組の教研集会で、
この「日本軍の“百人斬り」を事実と断定して中学生に教えるという
教育実践の報告がされたこともありました。


この“百人斬り”は・・・
昭和12年、
東京日日新聞(現毎日新聞)に「南京戦百人斬り競争」として掲載され、
旧日本軍の元将校2人が、
自分たちのどちらが先に日本刀で(敵を)百人斬るかで競争をした・・・
という内容のものです。
両名はのちに、中国南京市の雨花台で銃殺刑になった史実として
ご存じかと思います。

第3大隊第11中隊の兵として従軍したという望月五三郎氏の著書
『私の支那事変』が重要視されていたときには、
そんなことがあったんだ・・・という雰囲気にもなりました。


歴史(百人斬りの記事)image


一方、事の真偽をめぐって、いろいろな識者のあいだで論争も生じました。

山本七郎氏と本多勝一氏との論争はあまりに有名ですし
ノンフィクション作家の鈴木明氏が元将校の遺族らを取材し、
その結果をまとめた著書『南京大虐殺のまぼろし』(大宅賞受賞作)で、
「百人斬り」報道に疑問を提起しています。

そして1989年(平成元年)。
毎日新聞(元の東京日日新聞)は、発行した『昭和史全記録』で、
「百人斬りは事実無根だった」
自社の報道を否定しました。

で、のちに
向井少尉と野田少尉の遺族朝日新聞・毎日新聞などに
訴訟を起こします。

このとき、原告側証人として
新聞記事の写真を撮影した元東京日日新聞カメラマンの佐藤振壽氏が出廷し(一審:2004年7月)、
「記事はでたらめだった」と述べました。
さらに佐藤氏は、
週刊新潮(2008年)の取材につぎのように述べました。

「敵と300メートルの距離があっても鉄砲一発で殺せる戦場で、
チャンバラなんてありえない。
あれは 与太話を面白おかしく書いただけ。
あの写真が中国で飾られているのは忸怩たる思い。
たった1回、シャッターを押したんだ。
記者に『将校が2人、煙草を切らして困っているからあげてくれ』と言われて会い、
その時に撮ったものが、ああいう記事に使われたんだ」


向井少尉の次女、千恵子さんによると、
『あんな写真を撮らなければよかった』と、何度もおっしゃっていました」・・・と。

けれども、土肥章大裁判長のもとで行われた裁判では、

「記事は、2将校が東京日日の記者に
“百人斬り競争の話をしたこと”をきっかけに連載され、
報道後に将校が百人斬りを認める発言を行っていたこともうかがわれる」
と指摘があり、
注:ただし、この話というのも、確実な証明がされていない)
   
その上で
「虚偽、誇張が含まれている可能性が全くないとは言えないが、
何ら事実に基づかない新聞記者の創作とまで認めるのは困難」
との判決理由で、
“いずれの証言も確実とは言えない”という主旨のもと
原告側の主張は退けられ、遺族が敗訴しています。

(公平に見ると、裁判そのものは、そんなふうに結論するしかない感じでもあります)

ですが、かといって、
この“百人斬り”歴史的真実として
完全に認められたわけでもないわけで・・・

「それを“なぜ”、日本軍を誇大に悪く描いてまで
自虐的な歴史授業をするのか」
と識者たちが問うのは
一般的な感覚のように思います。

では・・・「なぜ・・・?」

そこには
わかる人にはわかっていても
知らない人にはずっとわからない・・・いろいろな背景があるわけで。
そのあたりを、みなさん自らが探って、
冷静な心で知っておいてほしい・・・と思ったりします。

記事を書いた浅海一男氏については
その気になれば
どんな思想の人物で、過去にどんな記事を書き、
中国側についていた事実を調べることができます。

この記事をとりあげて膨らませた本多勝一氏の人物像や背景も
調べてみれば知ることができるでしょう。

そのうえで、肯定しようと、否定しようと
どんなふうに解釈しようと、
それはそれで、指向(思考)の自由というものです。


それらの過程無くして、いまもこの日本で
「加害の事実」を教えると称し、
公立学校での平和学習として、 “百人斬り”などの新聞記事や写真を生徒たちに見せ、

「日本は中国に“攻め入って”、たくさんの中国人を殺しました」

「戦争になったら、相手国の人をたくさん殺せば殺すほど
 勲章がもらえて讃えられるんです」

「だから殺されたのは兵士だけでなく、一般のお年寄りや女性、子供たちもです」


などと、“一方的に”教えこむとしたら、かなり不公平です。



かの将校らは、記事を書いた浅海一男氏に再三、
「本当のことを言ってほしい・・・」と訴えていたようです。


彼らは、こんな言葉も残しています。

「我は天地天命に誓い捕虜住民を殺害せる事全然なし。
南京虐殺事件等への罪は絶対に受けません。
死は天命と思い
日本男児として立派に中国の土になります。
然れ共、魂は大八洲に帰ります。
わが死を以て
中国抗戦八年の苦杯の遺恨流れ去り、
日華親善、東洋平和の因となれば捨石となり幸いです。
中国の奮闘を祈る。
中国万歳、日本万歳、天皇陛下万歳、死して護国の鬼となります」

                                       (向井少尉遺書の抜粋)

「私の事は世界も正しく見てくれる日も来ます。
世間様にも正しく知らせて下さい」
 (向井敏明少尉の二女、田所千恵子あて)


「この度、中国法廷各位、弁護士、
国防部の角井、蒋主席の方々を煩わしました事につき
厚く御礼申し上げます。

只、俘虜非戦闘員の虐殺、南京虐殺の罪名は絶対にお受け出来ません。
お断りいたします。

死を賜りましたことに就いては、天なりと観じ、命なりと諦め、
日本男児の最後の如何なるかをお見せ致します。

今後は、我々を最後として
我々の生命を以て
残余の戦犯嫌疑者の公正なる裁判に代へられん事をお願ひ致します。

宣伝や政策的意味を以て死刑を判決したり、
面目を以て感情的に判決したり、
或いは、抗戦八年の恨みを晴らさんが為、
一方的裁判をしたりされない様、祈願致します。

我々は雨花台に散りましても、
貴国を恨むものではありません。

我々の死が中国と日本の楔(くさび)となり、
両国の提携となり、
東洋平和の人柱となり、
ひいては世界平和が到来することを喜ぶものであります。
何卒
我々の死を犬死たらしめない様、これだけを祈願いたします。
中国万歳
日本万歳
天皇陛下万歳」 
 (野田毅陸軍少佐の遺稿)


この言葉が、彼らの心の真実か否か、
また本当に嫌疑の事実とがあったかどうかは
いまとなっては証明のしようもありません。
(時間旅行あたりが現実になったら、確かめてもみたい)

確かに、当時の日本軍が
出来た人ばかりで構成されていたわけではありませんから、
ときには、かかる類の愚行もあったでしょう。
現在も、東南アジアなどで「賠償を!」と訴える人たちがいるのも事実ですし
恨みを抱いている人たちもいます。

しかし、だからといって、
軍に携わった人すべてを悪辣な不届き者と見なしたり
戦争の原因を日本のみに帰すのは間違っている・・・
自分はそう感じます。


歴史(遺言)image



戦争が悪いこと・・・と教えても
どうしてそれが起きたか
学校でも社会でも
正確に伝えられることがほとんどありません。
また、知ろうとする人も少ないわけで。

なので今では「特攻って、無駄死にのアホ集団」と言う人さえ
出てくる始末です。


   歴史(日本の兵士のどなたか)image


   歴史(特攻2)image



歴史(特攻)image



そんな状況を眼にするにつけ、
どのような道筋で、やむなく日本が先の大戦にいたったか、
また戦況に応じて、悪いことだけではなく
パラオで見せた日本軍の姿など、
もっと多くの人たちに“自ら”知ってほしいなあ・・・と改めて。



古からつづく「日本の心」を失っていなければ、
こんな歌に込められた想いなどもわかるでしょうか・・・。


  己が身の
     おぼえないこときかれるれど
          いかに答へん言の葉もなし


  靖国の
     み魂と共に吾も亦、
  幾世をかけて
     み国護らむ
        (とある陸軍大尉の言葉)


歴史(先人の心)image



歴史(パール判事の名言)image

     歴史(碑文拡大)image




*****

自分の“居る場所”をまことに愛せる人は
この世界全体も愛せるだろう。


そのとき、その人は
先につづく、永遠なる道も愛するに至るだろう。



歴史(日本の某所のサクラ)image


歴史(とある階段)image


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世羽

Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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