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中国の故事から・・・とある賢妻の話

Posted by 世羽 on 12.2015 道草   0 comments   0 trackback
(独り言)
政府の制止をものともせず
クリミアに入ってしまった“日本の宇宙人”と呼ばれたあの人・・・
それに対する“中国人の寸評”が注目を浴び、
日本人も色々と反応していた。

そのひとつ・・・。

172 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/:2015/03/11(水) 21:01:13.24 ID:/RVoGhJe.net
>「鳩山さんはやるべきこと以外、なんでもやるな」 (中国人が言っている)

ちくしょう上手いこと言いやがってw
・・・
(と、日本の市井のお方)

そこはかとなく、分かる気が・・・。


故事(修飾用ウイグルあたり)image



4年ほど前に「大紀元」さんに中国の故事が載って・・・。


すでに読まれた方もおられるとは思いますが、
ほんの少し、リライトしてご紹介してみます。


昔、「蕭氏」の女子で意辛(いしん)という女性がいた。

場所は中国の北の地方。
現在の北京を含む河北省・山西省・遼寧省あたりの広大な土地にあたり・・・。


故事(河北省辺りの地図)image


そこに耶律阿保機(やりつあぼき)という人物が興した
「遼」(907~1125)という国があった。



故事(遼の地図)image


これは契丹族という北方系の騎馬民族の国で、漢民族の国ではない。

(歴史的には916年、耶律阿保機が満洲に樹立した王朝が遼〔契丹〕)


     故事(khitan地図)image



『遼史』に記される契丹の起源伝承によると・・・

土河(老哈河)の東にある馬孟山(馬鞍山)から白馬に乗った神人が、
また潢河(西拉木伦河)西岸の平地松林からは青い牛のひく牛車に乗った天女がやってきて、
両河の合流地点にある木吐山で出逢い、
結婚して8人の子供をもうけ“契丹古八部”の祖先になったとされる。



この「遼」という国は、漢民族の宋朝と対立する関係だったが、
次第に漢民族の文化(中国伝統文化)を取り入れるようになり、
漢式の政治制度を作ったり、
漢字を参考にして作られた「契丹文字」で文書を記録したりしていた。


ここでの故事の主人公となる“蕭意辛”は、「遼」後期の女性だったらしい。



意辛(いしん)の父親の名前は陶蘇斡。
母親は「遼」国の“皇族の娘”だったので、
意辛は母方の姓である「蕭」氏で呼ばれている。


意辛は、若い頃から美しく聡明な女性だった。
彼女は「契丹族」の出身だったが、
礼儀を重んじ、夫の家族や親族と睦まじく暮らすなど、
中国女性の伝統的な美徳をよく身につけていた。



故事(契丹の服)image


彼女は20歳で嫁ぎ、耶律奴(やりつど)の妻になる。
  (耶律は満州にいた耶律氏。
   なお、「異民族の人名に蔑称のような“奴”という名前をつけるのは
   漢民族のちょっと困った癖だ」
・・・と、解説がついていた)

ある日、意辛が夫の兄弟の嫁たちと談笑していたところ、
嫁たちがこんなことを言った。

「ねえ、夫の心をもっと引き付けて寵愛を得るには、
どんな魔魅の呪術を使ったらいいのかしら」

魔魅の呪術とは、
低いレベルの霊や幽鬼を操って人を惑わせる邪法のことで、
そんな怪しげな呪術を使えば、人間に恐ろしい害がある。


そこで意辛は、こう言った。

「そのような邪法は、礼法のすばらしさにはとても及びません」

嫁たちはその理由を訊ねる。
すると、辛はこう答えた。

「ひたすら自己の修養に努めて、自身のふるまいを端正にするのです。
そして規範に則って行動する・・・。

例えば年長者には恭しく仕え、
親には孝養を尽くし、
目下の者には寛容な心を持ち、
夫には、温かく柔順な態度で接するのです。
これこそが礼法です。

これができたなら、
私たち妻は、夫の尊敬と惜しみない寵愛を獲得することができます。

邪法などに頼って夫の寵愛を得ようとすれば、
必ず後悔することになるでしょう」


それを聞いて嫁たちは皆、恥じ入ったという。



     故事(契丹草原の王朝のパンフレットから)image


意辛と耶律奴(やりつど)・・・。
この仲睦まじい夫婦の間に、何年かの歳月が過ぎた後のこと。

夫の耶律奴が、佞奸(ねいかん)の誹りを受けたため、
罪もなく遠地へ“配流”
(はいる:流罪に処すること)になってしまった。

意辛は皇族の血を引く女性だったので、
「遼」の皇帝は、意辛と耶律奴を離婚させようとした。

この皇帝の命を聞いた意辛は、次のように答えた。

「皇族の血縁者である私に、
配流の地へ赴く苦労をさせまいとする陛下の大いなるご恩情、
まことに有難く存じます。

しかしながら、夫婦の間には道義があってしかるべきもの。

生死さえ相随うのが夫婦の道ならば、
“禍患”
(災難とか不幸)もまた
夫婦一緒にお受けいたしましょう。

私は若くして耶律奴に嫁ぎ、その妻となりました。

今、夫に苦難がふりかかったからといって
私が夫のもとを離れたら、
まさしく“礼の教え”に背くもの。

どこに、“禽獣”と区別がありましょうか。

陛下がお情けをもって私どもを憐れんでくださるなら、
どうぞ私を夫の行く先へ同行させてください。
それで私が死んでも、決してお恨みはいたしません」


意辛の言葉を聞いた皇帝は、非常に感動し、彼女の願うとおりにした。

配流の地に着いてからの意辛は、毎日が苦労の連続だった。
しかし彼女は、一言の恨み言もなく、
ますます礼をもって、恭しく夫に仕えた・・・。

                                      (作者・清言)



まあ、こんな故事があるわけで・・・。


立場や場合によって
事情も色々異なりますから、一概に言えないでしょうが・・・

それでも、

もし、

恋人や伴侶の片方に“禍患”がふりかかったとして・・・

もう一方が、それまでと変わらずに
苦難を共に分かち合い、支えてくれるというのは
素敵なことです。

何かあると簡単に別離を選択する世では、
こうした姿はレトロな骨董品にも映るでしょうが・・・。


     故事(契丹草原の王朝展から)image
     (契丹草原の王朝展から)


しかし、それはまた、
非常に味のある、素晴らしく貴重な一品に感じます。


*****


ちなみに・・・

日本人、そして“日本と色々とある隣国周辺のみなさん”・・・とは
姿形が似ているので、
住むところを異にした“似たもの”として“ひとくくり”にされがちです。

ただ・・・
近年の、人類のY染色体「ハプログループ」(型集団)の
分類研究の一端を見ると、

Y染色体のDNA塩基配列の国際的分類法(YCC2002)による
AからRまでの18種の大分類のうち、

Alu配列と呼ばれる約300個の「特定塩基配列」(YAP+因子)を持つのは
DグループとEグループのみで、
DグループとEグループは、およそ5万年前に分化した近縁グループ
  (アフリカや中東、ヨーロッパなどで発見されているハプログループEは
   ハプログループDEから分化た)

うち、Dグループが相当な頻度で存在するのは日本チベットのみ。
   (日本では40~56%前後、アイヌでは88%前後、沖縄では70%前後、
    チベットでは約30~50%)。

現在のインドや中国漢民族:中国の9割を占めると言われる)や
その他の地域では、この痕跡がまったくと言っていいほど見当らない・・・。

また地球上で、
ハプログループDが人口比に対して高頻度で見つかるのは
日本、チベット、ヤオ族、グアム島だけ。

つまり、Y染色体にAlu配列(YAP+因子)を有する人が
相当頻度で存在する地域は、
アジアにおいて、チベット(D1、D3)と日本(D2)のみで、
日本人のY染色体の30~40%については、
DNA塩基配列の近縁関係が周辺国等にない・・・。
チベットのY染色体と近縁関係にあると言える。

いまのところ、このハプログループDは、
日本列島や南西諸島、チベット高原のほか、
アジアの極めて限られた地域でしか見つかっていない。

    故事(余談の南西諸島地図)image
    (南西諸島)



似ていても、ちょっと違う・・・。


ついでに言えば・・・ときおり朝鮮半島の方々を
エベンキ族と呼ぶ人を見かけますが、
それは、“かなり遠い”呼称ですよね。

故事(資料シベリアのエヴェンキ)image
(シベリア系のエベンキ族の場合)


*****


上記の「契丹族」と呼ばれた人たちをはじめ
中国は、実に多くの民族が合体しています。

   故事(参考1933年代の蒙古系の人たち)image
   (1933年代の蒙古系の人)



そこには、
かつてのロシアの伝統衣装にどことなく、似た格好をする人たちがいたり・・・


      故事(あちらの美人さん)image


    故事(資料ロシアの婚礼衣装)image
    (参考資料:ニコラス2世の妹、大公妃セニアアレク。
            ロシアのロイヤル・ウエディング・ドレスのひとつ)



シルクロードが通じていたこともあって
ペルシアの名残もあり・・・


故事(ウイグル自治区のタジク族100組の結婚式)image
(タジク族〔中国国内で唯一の、ペルシア系民族〕の結婚式)


漢民族のなかに、たくさんの民族が混じっています。


        故事(huiの美人さん)image

     故事(huiの人のいる場所)image
     (回族)



そして、地球の何処に住んでいても
“伴侶を伴うことを選ぶ人たち”がいるわけで・・・




共に歩むその日が来ると、みな、ほんとうに嬉しそうです。


故事(資料ヤオ族の新郎新婦)image
(ハプログループD・・・ヤオ族の新郎新婦)


みなさんのどなたかが、そんなお一人であるなら・・・

またかつて、祝されて一緒になられた方だったら・・・



人生の途上に色々あったとしても・・・

「代々とこしえに、死が2人を分かつまで」・・・



            幾久しくお幸せに・・・。




     故事(修飾用蒙古族の女の子)image

     (回族の親子)
     故事(huiの親子)image


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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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