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「特攻」にみる精神性・・・そして今の日本が残った

Posted by 世羽 on 24.2013 歴史もの   0 comments   0 trackback

日本の心について書き連ねていたところ、168人の政治家の皆さんが「靖国神社」を参拝した報道が流れました。
メディアは、いつものように揃ってこれを叩く論調です。
「他国への配慮はないのか?」「外交はどうなるのか」・・・と。


特攻花 images


どうして、いつ頃からこんなふうになってしまったのか・・・。
この問題を見るたびに、そう感じます。

いまどき
誰が戦争を肯定するでしょう。
誰が好んで、命を捨てる戦いに臨むでしょう。

よほどの狂気の持ち主でない限り、そんなことを望む人などいないと思います。

正しい歴史認識・・・と謳いながら、
世界のどれほどの人たちが、当時の時代背景、開戦の詳細・・・等々を
知っているのでしょうか。

あの大戦の時、戦勝国にも敗戦国にもたくさんの尊い命が散っていきました。
それらは、すべて等しく大切な命です。
そんなことは、自明の理ですし、今生きている人々はみな
知っていることです。

であれば、本当の思いやりをもって、故人を偲ぼうとするならば
散っていた多くの命すべてに「ありがとう・ごめんね」という想いを向けることに
何の躊躇がいるのでしょう。

それは、決して「国粋主義」を助長するものではなく
また、まつられている魂が戦犯と称せられようがいまいが関係ないでしょう。

そして、それをとやかく言われる筋合いもありません。

それは、故人を偲ぶ「想い」だけなのですから。

皆さんは今、愛する人がいるとして、その人をどうしても護らねばならず
自らの命をかけなければならない場面に遭遇したとして
命を捨てられますか?

当時がいくら戦争時代だからといって
それは、そう容易くできるものではないでしょう。

もちろん、戦争が起きたとき、心ならずも、そして拒否しつつも「行かされた」人もいます。
ですが、彼らの、死に際の精神性は、今とは比べようもなく高かった・・・。
自分はそう感じています。
ある意味「崇高さ」さえ伝わってきます。
それが即、戦争を「美化」することと同義に考えてしまうほうが妙だ・・・
自分はそう思っています。

もし、本当に正しい歴史認識を知りたければ
個人個人が多くの資料を調べるべきでしよう。
自分は長いことそうしてきました。
そして、この国で現在伝えられている過去の戦争観に
ひどい歪曲がある現状に、悲しみを覚えています

平和を望みながら、過去に逝った人々を偲んではいけないのでしょうか。
自分の国のために散った多くの人々を偲んではいけないのでしょうか。
祀る場所が気に入らない・・・と、どうして、そんな小さいことにこだわるのでしょう。
宗教が違うからといって、善い神様が自分の懐に託された魂を邪険にするのでしょうか?

ご存じのとおり
平和主義を語る人たちからは、「特攻」などは、特に非難される対象となります。

それはわかります。本当はそんなことしてはならなかったでしょう。

でもそれは、その時代の運命であり、過ぎたことなのです。

特攻の任を受けた人たちの多くは、30代にも満たない若者たちがほとんどでした。

特攻隊員index

飛行機をもってその任を遂行した場合、初期の頃は、まだ熟練の飛行技術が優れた人たちが飛びましたから、目的を達する成功率も比較的高かったものの
終わりに近づくにしたがって、飛行技術の未熟な少年兵が飛ぶようになり、飛行機自体も粗末なものとなりました。
そうした条件下、ときにはレーダーをかいくぐるために海上を超低空で飛び続けたりした・・・これは至難の業でした。仮に、やっと目的海上にたどり着いても、銃弾の嵐です。多くが、目標に達する前に散華しました。

当時の米軍が伝えた話に、こんなものがあります。

一機の特攻機が米艦船に突っ込んだときのことです。
特攻機は米軍の集中射撃を受けて、目標手前の海中に墜落してしまいます。
ところが、
機体が没するなか、飛行機のエンジンだけが跳ねるようにして飛び上がり、まるで、意思をもったかのように、艦船の甲板を直撃したというのです。
それはまるで、乗員の魂が乗り移ったかのような、不思議な光景だったそうです。
たぶんそれは、本当にパイロットの一念だったのではないでしょうか。

神風特攻128961271439316309059

そうした体当たりを食らう米軍はたまったものではありません。
無意識のうちに、特攻機と乗員の意思を感じ取っていましたから、恐怖も倍増します。
いっときは、空母を囲む駆逐艦などで、
「空母はあっちです」という言葉とともに「↑」を書いて、自分たちの艦船に特攻機が突っ込んでこないようにしたという逸話も残っています。

飛行機ばかりではありません。
回天などの、船舶への体当たりなどもありましたから、海面下では乗員の魂の葛藤もあったわけです。
機械の故障で行くも戻るもできず、海底に沈む人たちもおりました。酸素不足で気が遠くなりながら逝くならまだしも、場合によっては水圧で押しつぶされたこともあったかもしれません。

そしてこのほかにも、実にさまざまな特攻の形がありました。

マルレ20080305071041

伏龍index

このような戦いのすえ、終戦を迎え、日本は敗戦国となりました。

ですが、日本が起こした行動の奥にある精神性を、相手国は心で感じとったのです。
「心の世界」的な面から見れば
それゆえ日本は、敗戦国がくらう「全植民地化」を免れたといっても過言ではありません。

これらの経緯を、単に「狂気の沙汰」・・・と見てしまうと誤るでしょう。

特攻に赴いた彼らは、望む望まないにかかわらず、その最期の時、
通常では感じられない心のありようになっていた・・・自分はそう感じます。
(注:これは、今現在起きているテロとはまったく別の精神性です)

彼らの残した遺書がたくさん残されています。
それを文字だけでなく、とある視点から読むと、書かれている文字だけではなく
それ以上のものが、自分には感じられるのです。

今の時を生きている人たちからすれば・・・
また、平和で「心の喜びを追求する」ことのみに力を向けられる人たちからすれば
無益なことに見えるかもしれません。
ですが
当時の彼らの見せた精神性の有りようが、確かに、当時の日本を救った面がある・・・。
そして、今の日本が残った・・・。


自分がここ数日お伝えしていることは、ここらにも通じます。
日本が引き継いできた「心」を想いだしてほしい・・・と。

それが、なせるとき、今回は争わずして平和をもたらす大きな力になるからです。

戦争で行われた殺戮によって、尊い命を失った異国の人々を等しく大切に想います。
他国の方々を卑下するつもりは、まったくありません。
自国を必要以上に誇るつもりもありません。

けれど、この特殊な地に生まれ、生を受けた人々には
個人個人の役割とともに、また大きな展望から視た特別な役割があるのです。

それは、ただ生活を善くするためだけの力を得ることだけでは遂行できません。

出来うるならば
どうぞ時折、自分の眼で、日本にあった歴史を調べてみてください。
賛否両論を、共に、冷静に捉えるなかで、自身の心に聞いてみてください。
そのとき、それらのなかの「何が」皆さんの心に一番響くのか・・・。

それが日本の「心」とは何たるか、の答えになると思います。


先日「日の丸」についてちょっと記しました。これは個人的にぜひ見てもらいたいと願うものです。

http://www.youtube.com/watch?v=sQ4T6dmm-k4&feature=related




それと、神風を。
http://www.youtube.com/watch?v=Nl6-AV_NCCs




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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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