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一人の少女の命が残したもの

Posted by 世羽 on 30.2013 つぶやき   0 comments   0 trackback
(独り言)
世界的にみると、つまり海外ということだが・・・かなり大きな震源があると思う。
先日の房総周辺は、いまだ気にかかる。同様規模の後発が続くかもしれない。

中国の草原images

昨日、お隣の国について書いて
そのあと、「いいところ」もあげておかなければ・・・と感じました。

で、本題の前に・・・。

我が家には、両親の世代から親戚のように親交を深めた、
中国から帰化したMさん家族がいます。
そのM家のお父さん(叔父さんと呼んでいました)は
高齢になるまで、都内でとても小さな中華料理店を営んでいました。
周囲の日本人の人たちとも、非常に仲良く暮らし、
儲けることよりも、お客さんが喜んでくれることをいつも考えていた叔父さんでした。

来店する初めてのお客さんにさえ、餃子一皿の注文に、メニューにない何かしらの副菜料理をつけたりしていました。

そんな感じですから、
地域の人たちも「Mさん、Mさん」と親しみをこめて付き合っていたようです。

店は小さいし、いつもたくさん収入があるわけではありません。
お客さんが少なくて、Mさんの実入りが少なく生活に困った様子が見られると、
周囲の人たちはさりげなく、頻繁にお店に通い、
単なるお客さんとして食事をし、生活を助けていたことも多々あったようです。

Mさんの餃子はほんとうに美味しかった。
今はもう天国ですが・・・あの、もの凄く優しかった叔父さんのことです。
きっと地上での色々な苦労をはるかに越えて、幸せな時を過ごしていると思います。

そして・・・。
タイトルのお話。

*****

中国が今の状態になる以前、
その国内では、キリスト教を始めとする宗教が容認されていた時期があります。
ですが、共産党政権の樹立とともに、宗教への弾圧が起きる時代を迎えます。
そして、今も見られるように、迫害を受けることとなります。

当時、多くのキリスト教の聖職者たちが弾圧の渦に巻き込まれていくなかのことです。

一人のカトリック司祭が、教会に併設された司祭館に監禁されました。
そして共産党の党員たちは、教会に入り、祭壇へ向かうと、
信者の崇敬してやまない「聖体(ホスチア)」が安置されている聖櫃(せいひつ)をこじ開け、
チボリウム(ご聖体を入れる器)を取り出し、床に投げつけました。
ホスチアは無惨にも、床に散乱してしまいます。

司祭は、その様子を窓から見ていたのですが、
彼はそのとき
チボリウムに32枚のホスチアが入っていたのを知っていました。

ホスチアimages

このホスチアとは、聖書で語られる「最後の晩餐」のときに、
イエスが「これを私の記念として行いなさい・・・」と弟子に伝えた「秘蹟の業」を行うことによって、ただの種なしパンが聖変化を起こし、
そこにイエスの霊的な「現存」が宿るとされるものです。
つまり、
今も昔も、信者にとって、それはこのうえなく神聖な尊いものです。

ですから、司祭は非常に心を痛めながら、それを見ていたのです。

と・・・その同じとき、教会の後方で一人、
「11歳の小さな少女」が、この様子をひっそり見ていました。

そして、その夜のこと・・・。

なんと、その少女が教会にやってきたのです。
少女は見張りの目をかいくぐり、聖堂の中に入ると、
しばし聖時間(顕示された聖体に崇敬の念を現し、イエスとすべての人との一致を祈る信心行)の祈りを捧げます。
そして、祈りを終えると祭壇に近づき、散乱していたホスチアの前にひざまづくと、
屈みこむようにして、そのホスチアを舌で拝領したのです。
(この頃は、今よりも、ホスチアを拝領するにあたっての崇敬の度合いが深く、
それを手で持つのが許されるのは司祭だけでした。
信者は、ホスチアを手で受けることは許されていなかったのです)

それからというもの、その少女は毎晩教会にやってきました。
毎晩、祈りをささげ、そのホスチアをひとつずつ拝領していったのです。

聖体訪問images

司祭は、その少女を監禁された部屋の窓から、毎夜、毎夜ずっと眺めていました。

そして、散乱したホスチアの32枚目、つまり「32日目」のことです。
少女はあやまって物音をたて、見張りにみつかってしまいます。

そして・・・

この少女は、見張りがふるった銃身で殴られて、命を落としてしまったのです。

監禁されていた司祭はなすすべもなく、
この少女の死を
苦悶のうちに、ただ見ているほかありませんでした。

この話はのちに、ニューヨークのとある司教に伝わり、彼に深い感動を与えました。
後年、この司教は世界中の人々に宣教をし、大勢の心を動かす人物となりますが
あるとき
「これほど多くに感動を与えるあなたの心を動かしたのは誰ですか?」
と問われ
彼はこう答えたそうです。

「教皇でも、枢機卿でも、ほかの司祭や修道女でさえもない・・・・」
それは・・・と言って語ったのが、この中国の少女の話だったそうです。

そして、11歳の少女が、これほどまでに神の現存を、この世に証しできるなら、
自分がそれを世に証しするのに何の不足があろう・・・と、
心に深い感銘を受けたことを打ち明けました。

一粒の麦死なずば・・・
名も知らぬ少女の命は、決して無駄にはならなかった・・・。

こうして、
知っている話でしか語れませんが、
住む場所は違っても、
どんなに、色々なことがあっても
そこにはたくさんの美しい魂がいることでしょう。

それらを「憎悪」や「怒り」に変えてしまうものこそ・・・
平和を願う人々が対峙し、克服していくべきものだと
改めて思わされています。



http://www.youtube.com/watch?v=TWRMhxt8CoI





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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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