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おかしな「癒し」のループ

Posted by 世羽 on 12.2013 語り   0 comments   0 trackback

心が、魂が、宇宙の「真理」に向けて旅を始めたことを自覚すると
見えない領域からの導きを、切に求めるようになります。
その際に生じる、ちょっとしたことをお話してみます。

*******

ときに・・・ですが

人はしばしば、身体のそこ・ここに、物理的な痛みを感じたりしますね。

痛みのある場所に、何か具体的な疾患があり
療法が即、疾患そのものに有効なら
医学的には治療しやすいでしょう。

一方、

例えば、本当は心臓に異常があるのに、
痛みが見当違いのところに生じることがあります。

この場合、
「本当に異常がある場所」ではない
「別の箇所」に痛みが出ているわけです。


似たことが、人の霊的な問題でもしばしば起きます。


心が痛む、苦しい・・・とか
自分には何かの使命があるはず・・・それを知りたい・・
その切望をどうにかしたい、そう思って
何とかしてくれそうな人、ワーク、
などを探しまくったりするわけですが・・。

さあ、このとき・・・。

良き癒し手、導き、解決手法をみつけ、
「まことの癒し」を得られたなら、幸いです。
(確かに、ネット上でも優秀な人格・霊格を有した方々がおられます。
でも、数は意外に僅少かと・・・)

また、
良書を読むなどし、知識を得て、
自力で解決の道を開けたなら
その多大な努力は賞賛にあたいします。

でも、
そのようなケースばかりではありません。

むしろ、泥沼にはまってしまうような状態に陥る人が・・・。

なかでも、
「他者からの癒し」を受けようとする場合です。

というのも、

本当の異常な部分・修正を必要とする部分をそのままにして、
色々な対処をされ、
いっとき癒されたかのように感じても、
そのまま放置されてしまうケースが多々ある・・・。

人が心に問題を抱くとき、
皆が同じ事柄を原因としているわけではありません。
1人ひとり、「微妙に」原因は異なります。

その、それぞれが抱える問題の本質を見極めることなく、
ただ、
光を送ったから、ほら癒されますよ・・・
過去世を知ったから、癒されるでしょう・・・
この言葉を宣言したから、癒されるでしょう・・・

と、癒しを謳うだけでは、
局所治療のごとく
気持ちよく感じることがあっても
問題は「ぶりかえし」ます。


そこで、癒されたい人は、同じことを繰り返し、
再び「一時しのぎの癒し」を希求します。

自分が「本当は何を癒したいのか」さえ、わからなくなったりして・・・。

癒し手は・・・
言葉なり、エネルギーなりで、癒したつもりになりますが
完全な癒しを与えることなく終わってしまう・・・。

そして、このループが続きます。

おぼえがありませんか?・・・・そんな状態。


では、
どうしたらいいのでしょう。


まず・・・
誰か(ヒーラー)に助けを求めるにしても
よく確かめる必要があるでしょう。

いくら能力がありそうでも、
人格や精神性に難が?・・・と直感が教えるならば
すぐに近づくのは待って、しばらく観察してみてください。

場合によっては、書かれた言葉などをじっくり読むと
能力者本人の性格や、
その人自身の抱える心の問題点が読みとれる場合もありますから・・・。
(一見正しいと思われる思想などについては、また別の部分で・・・)


「えっ、それがわかれば苦労しないよ」ですか?

そうですか?


その人物が「自ら」を教えの頂点に位置づけ、教祖のようになってしまっていたり
すべてとは言わないまでも、とりわけて風貌を「自慢げ」にさらしたり
バナーを押すと「○○のエネルギーが流れます」としてみたり
極端に神示を「誇張して」吹聴したり、
過去世をおもしろおかしく伝えたり

そのようなことをしているとしたら・・・

どんなに言葉が美しくても
どんなに、そのときの自分に見合った言葉が並んでいたとしても
その人物の「霊的なレベル」を、
さらにじっくり観察してみるほうが安全です。

もちろん・・・程度にもよります。

ご本人が自覚できないだけで
一生懸命なさっている癒し手の方もおられるでしょうから。

それでも

ある程度、真偽を見抜くまでは
「即座に近づく」「全面信用する」のは
待ってみたほうが、無難でしょう。

もし、
問題にぶち当たっていて
どうにかしたいと考えているなら、
緊急性がないかぎり
身近で
「信頼のおけるまっとうな人」
「愛情豊かな人」
「秘密を他にもらさない人」
といった人物を見出し
彼らと話しをし、
すべてを吐露することはありませんから、
(知り合いがね・・・こうなんだよ・・・と話したってよいのです)
それとなく
助言を受けてみる・・・のも「1つの方法」でしょう。

何の霊的能力もないように見えても、
謙遜に自らの能力を外に顕わさず、生きている人がけっこういるものです。

(能力があるのに気づかないで、自然に他者を救ったりしている人もいます)

また、
傍目には特殊な能力など皆無・・・と思える人でも
この世を賢明に生き抜いてきた人は
思わぬ智慧を持っているものです。

人生経験が物をいう・・・。

この事実を、もう少し重要視してみてはいかがでしょう。
(特に、見えないメッセージにのめり込みがちな場合・・・)

人は、
単なるネット上のやりとりでは味わえない「リアルな人生体験」を、
身近な人々と「共に」、
見えざる計画のもと
日々、重ねているとも言えます。

身近にいる人の、愛のこもった助言は、
その時には「受け取れない進言」であっても、
時間の経過とともに心の真相に触れ、
物事の解決に導いてくれることが多々ある・・・。

こうした重要性を、
「再認識してみる」ことには価値があります。

「人生体験から来る導き」・・・は、
他者からもたらされるようでいて
問題を抱える本人が一番乗り越えなくてはならない部分に触れてくる
「自身の魂が他者を通して送る、本当の導き」であることが多い・・・からです。
(自分が認めたくない「痛い進言」は、けっこう怒りたくなったりしますが)


もちろん、
助言があまりに苦しく、
受け入れ難いものなら、
決して受け入れることはありません。
一時棚上げにしましょう。

でも、この体験を上手に繰り返していくと
本当に自分が何を求め、心を痛め、何を問題にし、
本当はどうしたいのか・・・が
「自らの力で腑に落とす」ことができるようになるでしょう。

繰り返しますが・・・

本当の意味で
「自らの力で腑に落とす」・・・

これは、とても大事です。


人は、誰もが秘めている「自分の内なる力・神性」のもつ
解決力・導きを
もっと・もっと信じていいのです。


昨今は、まことの導きを得るという「うたい文句」とは裏腹に
「主権を他者に委ねてしまう」人が多いようです。

すると、霊的な目覚め・魂の進化をさらに起こしたいのに
足踏み状態になって
前に進めなくなってしまう可能性が生じます。


皆さんが、こうした「妙なループ」に巻き込まれていなければ幸いですが
もし、思い当たることがあるようなら
「他者からの癒し」に依存し切ってしまうのではなく
ほんの少しでよいですから
ここで記したことを一考してみていただけたらと・・・・。



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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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