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エクソシズムの一端:「闇の存在」との対峙

Posted by 世羽 on 03.2013 語り   0 comments   0 trackback
(つぶやき)よく、そこ・ここで「宗教とはいっさい関係がありません」ということわり書き見たりする。そんなんかなあ・・・。
自分は、どんな宗教でも(なるべく聖なる人を出した伝統的なものならば)、
それがきちんとしたもので
人を惑わしたり、騙したり、嘘をこいたり、金品を要求したり、戦いを煽ったり、そんなことをしなければ、仏教とか、キリスト教とか、諸々関係なく、一応、尊敬する。
もっと、胸はっていいのじゃないかなあ・・・・・。ダメなのかなあ・・・。う~ん。

と・・・自前の感覚がかなり「でかい」動きを感じている。だからといってすぐに何・・・というわけではないが。今、ちょっと、それに注意を傾けている。(今日の台湾の地震とは別だと思う)

エクソシズムの光index

神を信じるなら、
その神に「敵対する意思を見せる存在」の有無を信じないのは片手落ち・・・と、
よく言われます。
日本人には馴染みが薄い、その「存在」。

まるでハリー・ポッターの物語のごとく、
名前を言ってはいけない・・・「あの人」のような、その「存在」
・・・これについて少し。

******

それが何であるか、完全にはわかりません。

今は時代遅れとされて、神を信じる人ですら、
また、天使の実在を認める人たちですら
また、妖精や妖怪、その他のゴーストの実在を信じている人たちでさえも、
「闇の存在」を認めることは、ほとんどありません。

ですから、人によっては一笑にふしたりします。

ただ、それは確かにいて
心の闇・・・などと言う類のものではない、「霊的な存在」

むやみに怖れる必要はありませんが、
ただ、どういう時に、彼および彼らの軍団に忍び込まれやすいか・・・は
知っておいて損はないと思います。

まず、その存在は、
人と同じ被造物であって、
いわゆる天使のような霊的な生命体です。
また、至高の存在の対極にあるものではありません。

よく、地獄を神が創った・・・などという誤謬が流れているのですが
それは、「闇の存在」や神聖な存在に対する誤解でしょう。

「至高の存在」はすべての被造物を、
たとえそれが悪の傾きにさらされている存在でも
けっして拒みません。
「闇の存在」も同じです。

「地獄のようなものは、俺たちが創りだした。神はそんなもの創りはしない」・・・
あるエクソシストが
祓魔式(悪魔払いの儀式 rite of exorcism)のときに、
対峙した存在から聞き出した言葉です。

このあたり、わかりにくいと思うのですが
ご覧になる方々には、軽くお知らせしておきます。

そして・・・。

彼らと対峙し、その力を祓うこと・・・
それが、エクソシズム(祓魔式/悪魔払い)として知られています。

神vs悪魔index

多くある儀式の手順や形式のなかで、そして、いくつもの祈りの文言、聖水などの使用、断続的な厳命などがなされるなか、実際に、司祭はたびたび、次のような宣告をします。

「私は厳命する。昔からの蛇よ、
生者と死者の審判者によって、おまえの創造主によって、
宇宙の創造主によって、おまえを地獄へ追いやる力をもつ者によって厳命する。
直ちに恐れつつ、おまえの恐怖の軍勢とともに離れ去れ。
教会の懐に避難を求めるこの神のしもべ・・(個人の名前)・・から離れ去れ」


で・・・。そのような存在に引き寄せられることのないよう
輝く霊性を培うことが必要ということになります。

では、どんなときに彼らは人に影響を与えるのでしょうか?

祓魔師(エクソシスト)として高名だったカンディード・アマンティーニ神父の愛弟子が、
祓魔式(悪魔祓いの儀式)について語ったなかで
4つに分類しています。

 神の許可があるとき(聖人などが「闇の存在」の試練を受ける場合)

 「闇の存在」の支配下にあるとき
(黒魔術など、特殊な闇の力を使う人が、普通の人たちにその力を向けることによって、「闇の存在」の被害者をつくりだす場合)

 人道的・倫理的に大きな罪を犯して良心を失っているとき
(乱れた生活や、薬物におぼれたり、乱れた淫行などで・・・)

 好ましくない場への立ち入り
(降霊や、サタニストたちのブラックミサに参加するなど。悪魔そのものに自らの意思で奉献する場合。ちなみに、こうしたことを画策する団体は、明るい光の世界を模索する人たちが考えるのとは裏腹に、減少するどころか、密かに増加している)


こうしてみれば、本来、ごく普通の一般の人は「3」あたりに注意すればよく
それほど「怖れることはない」わけです。

ただ、そうは言っても、

さまざまな祓魔式での例を見ていくと
けっこうなところで、知らないあいだに
一般の人が影響を受けているかもしれない場合があったりします。

たとえば
カードなど、各種の占いにのめり込んだことをきっかけとした侵入。
黒のみならず、白と言われる魔術からの侵入。
映画にもなったウィジャ盤、オカルトへの過度の興味などによる侵入。
死者や地球外生命体との会話にのめりこみ、その行為のさなかでの侵入。
あまりに悲痛なこと、苦しみが続き、煩悶するあまり、 心が壮絶な闇を宿したための侵入。

なにやら、思い当たるふしもあるような感じで、ちょっと注意も必要です。

これらの行為においては、
影響を受けやすくなる・・・あたりで止まればいいですが、
完全な侵入のケースとなると、あとが大変です。

とある 「闇の存在」は、エクソシズムの最中にこんなことを言いました。

「たいがいの奴は、霊の世界と直接に連絡をとりあったと思いこんでいる。
俺たちの世界に引きずりこまれているとも知らないでね。
で、俺たちが中に入り込むなんて、ちっとも恐がってないのさ。
むしろ、力を得ることを歓迎してる。
むしろ、俺たちのためにドアを開いて待っているってわけだ」

「死んだ人間を真似るなんて一番簡単なことだ。
それが最近だろうが何世紀も前だろうが、まったく関係ない。
時間なんて無関係さ。そいつしか知らないことを喋るなんて朝飯前だから。
人はすぐ信用してしまうね・・・」

エクソシストであるガブリエル・モース神父は
自らの経験をもとにこんなことも語っています。

「透視能力、自動書記、その他の能力が必ずしも聖霊から来ているとは限らない。
“声”を聞く人もたくさんいるが、彼らはその源が何であるかを知らない」

(注:これらを行う人たちが、平素、絶えず不安に陥るなどの、性向がある場合は
よくよく注意がいる)

そしてガブリエル師が提出した実例の概要を・・・。

とある女性が「鏡のゲーム」と呼ばれる、一種の降霊術に参加し、
その時「平和と兄弟愛」の託宣をもらい、
それ以降、実に様々な特殊能力に目覚めていきます。
透視力、読心力、医療診断、死者との会話、生き方の判断能力、痛みを消すヒーリング能力などなど・・・です。
ところが、彼女はクライアントの心を読み、彼らを不安に陥れ、
しかも、自分自身が激昂しやすく、他人を赦せず、不安におののき、絶えず、未来と死に恐怖していました。
彼女は、その後、友人らの祈りによって心を回復し、その能力が尽きました。


独特の「感性」を持つ人は、けっこういて、それを使うことによって
人を支配したくなったりします。傲慢になったりします。
このとき、ちょっと立ち止まり、その気持ちが何処から来ているかを
いつも確かめる必要があるというわけです。

大天使ミカエルGoodVsEvil

エクソシズムは映画になっているように、
実際は、もっと・もっと多くの、そして「想像を絶する」おどろおどろしい実例を含みます。
そこにはいくつもの壮絶な戦いがあり、何人もの聖職者が、実際に命を落としています。
それらすべては語り切れませんし、あえて知ることもないでしょう。

でも、これらに共通していること。

それは小さなことから始まります。
でも、後に大事になる場合があるわけで。

だからこそ、己の心を絶えず律してこそ・・・です。

そして、「良心」「愛の心」にもとづき生きるならば
「闇の存在」など、恐れることはありません。

なぜなら、そのとき、
皆さんの身体、魂、心(先日お話した、あの定義をちょっと思い出してもらいながら)は、
大いなる神の力に、完全に護られています
から・・・。

で。  力強く宣言しときます。

皆さんがいつも、とどこおりなく、
「聖なる光の中」を歩まれますように!




http://www.youtube.com/watch?v=6YUzh2tknyc




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Author:世羽
心のなかに響く声なき「声」を、ひっそりと語ろう・・
ふと、そう思いたった無名の求道者(?)・・です。
すべての人が幸せに
喜びに満ちて生きることができますように祈っています

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